第 3 章 日中社会文化の差異に関する分析
3.2 中日両国の宗教信仰の差異
宗教と信仰は、ある民族が文化の長期的な影響の下に形成した安定的かつ持久的な信念 であって、その民族の歴史と精華がここに凝り固まったものであり、また、人間の心と感 情の高度な拠り所であると言える。国家と民族により宗教と信仰には差異が生じ、また、
違う民族の宗教と信仰には違う禁忌と傾向がある。ある国で支配的地位を占める宗教と信 仰はさまざまな側面で人々の生活と観念に影響を与え、これが神聖でかつ侵犯できないも のとなっている。中日両国は共に東アジア文明圏にあり、西洋文化と比べ、更なる類似性 がある。例えば中日両国の古代の交流の歴史から、中日両国ともに祖先崇拝があり、宗教 信仰は共にシャーマニズムを信じていたことが分かる。祖先を崇拝し、また冠婚葬祭の意 義についても多くの類似性がある。しかし、両国の地理環境、歴史の発展過程と経済方式 の差異もあり、宗教信仰での区別も明らかである。
3.2.1 「忠・孝」観念についての差異
『日本国語大辞典』によれば、忠と孝、個人よりも集団の利益を重んずる経済政策の原 理。主君に対する忠誠と、親に対する誠心の奉仕。臣下としての義務を尽くすことと、子 としての義務を尽くすこと。中日文化は「忠・孝」を重視している。もっとも、中国と日本 の集団主義には差異があり、中国はより血縁関係を重視するが、日本は共同体意識と共同 体利益を重視する12。
中日両国は共に「忠・孝」を奉じる。「孝」を個人と家族の関係の規範とし、「忠」で個 人、家庭と国家の関係を指導する。両国は共に「忠」と「孝」を強調するが、両者には差 異もある。具体的に言えば、中国人は「孝」を基礎とするが、日本人は「忠」を善として 重んじるのである。日本では「孝」の範囲は血縁関係を超え、天皇制とも密接に関わりが ある。それに対し、中国では、儒教、仏教、道教は何れも人間と自然の調和、人間と人間 の調和、また全社会、全世界の調和を提唱する。それゆえに、日本の和文化は中国の和文 化とは異質である。日本は広範に儒教文化の「忠恕」思想の影響を受けており、日本人の 社員は、根深い序列制度観念と権威への絶対的な服従を示すのが一般的である13
忠・孝において、中国人は「孝」を基礎とすることをより重んじ、孝道は日本よりもっ と絶対的である。但し、「孝」の範囲は血縁関係内に留まる。中国人にとって家庭の重要性 は世界のどの民族よりも強く、夫婦、親子は社会倫理関係の中心で、それが家庭となり、
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家庭の上に家族ができる。宗法制は中国的価値観の基礎である。中国人の孝は血縁関係の 上にできており、両親が自分を育てるかどうかを問わず、親孝行をすべきなのである。日 本人も世界で数少ない祖先崇拝の観念が強い民族であるが、中国と違うのは、日本の「孝」
の範囲は血縁関係を超え、天皇制と密接に関わっていて、その制度を守らなければいけな いという点にある。「孝」は両親の血縁関係の上で成立するものではなく、両親が自分を生 み、育てた場合に親孝行をすべきなのである。もし、両親が自分を捨てたのであれば、親 孝行をする必要はない。このように日本人と中国人を比較してみると、中国人は日本人よ り親孝行を重んじていると言える。
中国では、「忠」は臣下が恩義の感情を持つ時の、君主への報いである。中国の君主と臣 下の関係は家庭における夫婦、親子関係の拡大である。夫婦、君主と臣下の関係が確定す ると上下関係が生じ、それに対する礼儀制度と道徳規範が形成された。君主への「忠」は
「仁愛」を基礎とし、忠の価値観は理智的である。例えば、君主が英明であれば、臣下は 理論的に忠をすべきである。しかし、もし君主が英明でなければ、不服従どころか、君主 の非道があった場合にはこれを征伐することもでき、これが大忠であるとされる。だから こそ、中国での君主は最高の権威を持ち、中国の帝王が時代とともに移り変わっても、中 国人の「忠君」の観念が揺るぎないのである。
日本では、「忠」は強制的な義務、すなわち、臣下の君主への強制的な義務で、君主に返さ なくてはいけない恩義の感情である。日本の現地宗教である神道の発展の歴史をたどると。
最初は自然への崇拝を表し、その後は他の宗教の思想を吸収し、「忠」を代表とする教義を 形成した。それが国家、天皇への絶対的な忠誠を提唱したため、国教として定められ、日 本の近代の歴史へ非常に大きな影響を与えた。中国の儒教は日本への影響が大きく、「仁、
義、礼、智、忠、孝、和、愛」などの倫理思想は、日本の「天皇に忠誠を誓い、天皇のた めに死んでも後悔しない」という神道精神と一致する。「忠君」は日本では恩義の感情の色 彩がある。日本社会は序列社会であって、連続した世襲制度により、政治制度が一般的に 上から下までの序列により領土を分配できたので、上から下までの段階的な忠誠関係が形 成された。そのため、日本人の「万衆忠君」の基礎には報恩があり、天皇は長い歴史の中 で権力を持たなくなっても、政治制度の隅に置かれるようになっても、天皇への恩情は揺 るがず、報恩の感情は非常に強い。この天皇への恩情は、すべての序列制度に一貫して存 在するものである14。また、広範に儒教文化の「忠恕」思想の影響を受けているため、日本 人は根深い序列制度観念と権威への絶対な服従を徹底的に強調するのが一般的である。彼
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らは自分より偉い領主に忠誠を尽くし、忠君の目標を達成する。日本人の忠誠は倫理感情 に基づき、敬虔に固守されるもので、巨大な凝集力を持っていて、人々を家族のような集 団として結束させる。この日本人の忠誠には強力な持続性があり、第二次大戦以後も企業 内部の最高原則として、日本経済の復活の秘訣の一つともなった。
3.2.2「聖俗」観念についての差異
中日両国では、世俗社会と宗教などの神聖社会に対する認識が異なる。中国人は世俗世 界と宗教などの神聖世界を明確に分けるが、日本人は厳格に世俗社会と神聖世界を分けな いのが一般的である。日本の宗教学者である中村元博士は「大部分のインド人と一般の中 国人は宗教世界と肉体世界とを分けるが、日本人は両者を混同する傾向がある」とした。
中国人にとって、聖と俗は性質が完全に差異、この二つの世界は調和し難いものである。
中国人の心の中では、聖と俗は生活方式と心理状況が何れも異なり、いずれか一つの方式 を選択して自己の生存方式とするのが一般的である。世俗生活には宗教的精神がなく、宗 教世界では世俗的雰囲気が欠けているから、二つの生存方式の中間で生活する人はいずれ の社会にも適合しないと思われ、社会から高い評価を与えられない、特に世俗生活を気に する宗教信徒は常に「俗世に執着」することを皮肉られる。中国人の考えでは、僧侶は参 禅座禅に没頭するのが彼らの日常生活であるべきなのである。中国人は聖と俗とを分け、
聖と俗が相互に影響を与えることを避けている。
これに対し、日本人の聖俗観では、世俗社会と宗教世界との間に厳しい区分をしないの が一般的である。日本固有の宗教である神道は、多くの原始宗教の特徴を持つため、聖俗 の区分が曖昧であるという特徴を持つ。日本人の考えでは、日本民族は天照大神の子孫で、
世俗世界は聖なる世界でもある。日本では、最も宗教精神も持つ人であっても世俗生活の 享受を諦めず、他方、最も世俗に関心を持つ人も宗教的探究を諦めない15。このように日本 人は宗教生活を世俗化し、世俗生活を宗教化するという心理的傾向を持つ。この二つの心 理的傾向の具体的な現れは以下の通りである。
第一に、宗教生活の世俗化である。日本の伝統的な宗教である神道は中国人の宗教より 更に世俗化された特徴を持つ。日本人の考えでは、宗教上の理想を実現するために現実世 界を離脱する必要はないと思い、真面目な世俗生活を送ることによって宗教上の理想を実 現すべきなのである。日本の宗教は中国の宗教より現世肯定的立場に立っており、中国の 宗教ほど杓子定規的ではない、宗教者の生活方式も世俗社会の人々に近い。日本僧侶の生 活は普通の人と大体同じで、彼らは妻帯し子供を持つことができ、殺生肉食をすることも