第 3 章 酵素触媒によるポリアスパラギン酸の合成と生分解性評価 43
3.4 結果・考察
3.4.1 プロテアーゼ BS による L - アスパラギン酸ジエチルの重合
3.4 結果・考察 71 モノマーが求核攻撃を行う場合はL-アスパラギン酸エチルの2量体が生成されるのに対して、
水が求核攻撃を行う場合にはモノマーのα位のエステルが加水分解されたL-アスパラギン酸モ ノβ-エチルが副生する。L-アスパラギン酸エチル2量体及びL-アスパラギン酸モノβ-エチル が求核試薬としてEAMに求核攻撃を行うことによって、それぞれの場合にエチルエステル末 端を有するL-アスパラギン酸エチルの3量体及び遊離のカルボキシル基を有するL-アスパラギ ン酸エチルの2量体が生成される。これらのオリゴマーも求核試薬として作用し、重合反応は 逐次的に進行し、Scheme 3.6に示したように主生成物として末端にエチルエステル又は遊離の カルボキシル基を有するポリマー( または )及び副生成物としてL-アスパラギン酸モノ β-エチル( 掘砲 得られると考えられる。
遊離のアスパラギン酸をモノマーに用いた場合では重合は認められず、メチルエステル及び エチルエステルの場合に重合が認められた。したがって、モノマーの加水分解によって生成さ れる( )はプロテアーゼBSの基質にはならず、L-アスパラギン酸ジエチルのみがプロテアー ゼBSの基質として認識されると考えられる。プロテアーゼBSによるL-アスパラギン酸ジエ チルの重合を促進させるためには、副反応であるモノマーの加水分解を抑制することが必要で あると考えられる。
H2N
COOEt
Protease BS
COOEt
+ +
Diethyl L-aspartate
H NH
OEt COOEt
O n
Poly(ethyl L-aspartate) having an ethyl ester end group (Σ)
H NH
OH COOEt
O n
Poly(ethyl L-aspartate) having a free carboxy end groupΤ
H2N
COOEt
COOH
β-ethyl L-aspartateΥ
Scheme 3.6: Enzymatic polymerization of diethylL-aspartate into poly(ethylL-aspartate) andβ-ethyl L-aspartate.
プロテアーゼBSを用いたL-アスパラギン酸ジエチルの重合によるポリマーの合成では、溶 媒スクリーニング、水分量、反応温度、酵素濃度、モノマー濃度及び反応時間について検討を 行い、重合条件の検討及び重合挙動の解析を行った。重合挙動の解析では生成ポリマーの分子 量を測定するとともに粗ポリマー中に含まれる未反応のモノマー、( )、( )及び( )の組
成比を1H NMRより求めた。さらには、MALDI-TOF MSを用いてポリマー主鎖及び末端構
造の詳細な解析を行い、重合機構について検討を行った。
(1)透析によるプロテアーゼBSの簡易精製
L-アスパラギン酸ジエチルの重合に用いたプロテアーゼBSは、4℃、蒸留水中で透析を行い、
水溶性の低分子化合物を除去した後に使用した。Lowry法によりタンパク質濃度を測定した結 果、透析後のタンパク質濃度は95%であり、透析前の酵素原末のタンパク質濃度(74%)と比 較して約1.3倍に増加した。透析による簡易精製がプロテアーゼBSの重合活性に及ぼす効果 について比較するために、透析前及び透析後のプロテアーゼBSを用い、4.5 vol%の水を含む アセトニトリル中、40℃、2日間反応を行い、得られた粗ポリマーの収率及び分子量、さらに 副生成物のL-アスパラギン酸モノβ-エチルの収率を測定した。その結果をTable 3.5に示す。
Table 3.5: Influence of dialysis of protease BS on the activity for the polymerization of diethylL-aspartate.
Entry Protease BS L-Asp-β-monoOEt Poly(ethylL-aspartate) Yield (%) Yield (%) Mw Mw/Mn
1 With dialysisa) 52 44 2,900 1.6
2 Without dialysis a) 32 19 1,600 2.4
3 Blank 19 0 — —
a) Dialysis of protease BS was carried out in distilled water at 4 ℃ for 1 d.
Reaction conditions: A mixture of diethylL-aspartate (54.5 mg; 0.29 mmol) and protease BS (5.5 mg; 10 wt% relative to monomer) was stirred in 1 mL of acetonitrile containing 4.5 vol% water at 40℃for 2 d.
透析による簡易精製を行ったプロテアーゼBS(entry 1)は透析前のプロテアーゼBS原末
(entry 2)と比較して良好な重合活性を示し、ポリマー(Mw = 2,900、Mw/Mn = 1.6)が 44%の収率で得られた。透析前及び透析後のプロテアーゼBSを用いた場合の未反応モノマー の割合はそれぞれ49及び4%であった。したがって、透析を行うことによって酵素の比活性が 向上したことが示された。
酵素触媒を用いないブランク反応(entry 3)では重合は進行しなかったが、モノマーの加水 分解は進行し、副生成物のL-アスパラギン酸モノβ-エチルが生成した。このことから、少量の 水を含む有機溶媒中ではモノマーの非酵素的な加水分解が起こることが確認され、反応系に添 加する水分量を出来るだけ少なくする必要があると考えられる。
3.4 結果・考察 73 (2)溶媒スクリーニング
エタノール、アセトニトリル、N,N-ジメチルホルムアミド、1,4-ジオキサン及びトルエンを重 合反応に用いる溶媒としてスクリーニングを行った。各有機溶媒に0、2.0、5.0 vol%の蒸留水 を添加し、水分量が重合挙動に及ぼす影響についても検討した。その結果をTable 3.6に示す。
Table 3.6: Effects of solvents and water contents in solvent on the polymerization of diethyl
L-aspartate by protease BS.
Entry Solvent H2O in solvent Poly(ethyl L-aspartate)
(vol%) Yield (%) Mw Mw/Mn
1 DMF 0 0 — —
2 DMF 2 0 — —
3 DMF 5 0 — —
4 1,4-Dioxane 0 0 — —
5 1,4-Dioxane 2 2 300 1.1
6 1,4-Dioxane 5 7 400 1.1
7 Acetonitrile 0 0 — —
8 Acetonitrile 2 11 900 1.7
9 Acetonitrile 5 37 2500 2.2
10 Ethanol 0 0 — —
11 Ethanol 2 17 1000 1.9
12 Ethanol 5 29 1500 2.1
13 Toluene 0 0 — —
14 Toluene 2 26 1600 1.6
15 Toluene 5 27 1800 1.5
Reaction conditions: A mixture of diethylL-aspartate (54.5 mg; 0.29 mmol) and protease BS (5.5 mg; 10 wt% relative to monomer) was stirred in 1 mL of solvent containing water at 40℃ for 2 d.
溶媒スクリーニングの結果、5.0 vol%の水を含むアセトニトリルを用いた場合 (entry 9)に 最も高い分子量を有するポリマー(Mw = 2,500、Mw/Mn= 2.2)が37%の収率で得られた。
アセトニトリルに水を全く添加しなかった場合には重合は全く進行しなかったのに対して、2.0 vol%の水を添加することによって比較的低分子量のオリゴマーにまで反応が進行し、さらに水 分量を増加させて5.0 vol%の水を添加した場合には重合生成物の収率及び分子量が増加した。
エタノールを用いた場合にもアセトニトリルと同様の傾向がみられ、水分量を増加するにつれ
て生成ポリマーの収率及び分子量が増加した。これらの結果から、プロテアーゼBSは有機溶 媒中で触媒活性を保持するために微量の水分量を必要とすることが示された。
一方、DMF及び1,4-ジオキサンを用いた場合には、溶媒中の含水量を増加させても重合は ほとんど進行しなかった。DMF及び1,4-ジオキサンはアセトニトリルと同様に親水性の溶媒 であるので水と混和するが、その極性が非常に高いために酵素が失活したと考えられる。
疎水性溶媒であるトルエンを用いた場合は、2.0 wt%の水分量を添加した場合に他の溶媒で 同じ水分量の場合と比較して高い重合活性を示したが、水分量を5.0 wt%に増加させても生成 ポリマーの収率及び分子量はほとんど変化しなかった。反応溶液中で一部の酵素が凝集するの が観察されたことから、トルエンと水は混和しないために親水性の酵素の濃度分布が水層で顕 著に増加したと考えられる。このとき、酵素の近傍に存在する水の濃度は仕込みの濃度よりも 高いので、水の添加量が他の溶媒と比較して少ない場合にも触媒活性を有したと推察される。
トルエンに1.0 vol%の水を添加した場合にも重合の進行が確認され、分子量2,000のポリマー が収率27%で得られたが、モノマーの加水分解により生成されたL-アスパラギン酸モノβ-エ チルも57%の収率で得られた。このことから、トルエンを用いた場合には他の親水性溶媒と比 較して少量の水分量でも酵素は重合活性を有するが、酵素近傍で水の濃度が顕著に増加するた めにモノマーの加水分解も促進されることが示された。
溶媒スクリーニングの結果、水を含むアセトニトリルを用いた場合に良好な重合活性が示さ れたので、以後の検討では溶媒にアセトニトリルを用いた。
(3)反応温度
反応温度は酵素活性に影響を及ぼすことが考えられたので、4.5 vol%の水を含むアセトニリ ル中、10 wt%のプロテアーゼBSを用いて30 〜 60 ℃の範囲で2日間反応を行った。得られ た粗ポリマーの分子量及び収率に加えて、副生成物のL-アスパラギン酸モノβ-エチルの収率を 測定した。その結果をFig. 3.12に示す。
30 〜50 ℃の範囲では、生成ポリマーの分子量及び収率に変化がみられず、分子量3,000程 度のポリマーが約45%の収率で得られたが、60 ℃では分子量及び収率は減少した。30 〜 50
℃で得られたポリマーの主鎖構造はα結合で構成され、均一な構造からなるポリマーであった が、60 ℃で得られたポリマー分子中には僅かではあるがイミド構造が含まれ、生成物の着色が 生じた。これらの結果から、30 〜 50℃の室温付近でプロテアーゼBSによるL-アスパラギン 酸ジエチルの重合を行うことにより、ポリマー主鎖構造がα結合で構成された均一なポリ(L -アスパラギン酸ジエチル)が得られたことが明らかになった。
3.4 結果・考察 75
Temperature (oC) Mw/MnMwYield (%)
1 1.5 2 2.5
0 20 40 60 80 100
30 40 50 60
0 1000 2000 3000 4000
: Poly(ethyl L-aspartate) : β-Ethyl L-aspartate
Fig. 3.12: Effect of temperature on polymerization of diethyl L-aspartate. Reaction conditions: A mixture of diethylL-aspartate (54.5 mg; 0.29 mmol) and protease BS (5.5 mg, 10 wt% relative to monomer) was stirred in 1 mL of acetonitrile containing 4.5 vol%
water (45µL) for 2 d.
(4)水分量
有機溶媒中でのプロテアーゼBSによるL-アスパラギン酸ジエチルの重合では、少量の水を 添加した場合に反応の進行が確認された。少量の水は酵素活性の保持に必要であるが、その一 方で求核試薬として作用するので副反応としてL-アスパラギン酸ジエチルのα-エチルエステル の加水分解を引き起こし、α位に遊離のカルボキシル基を有するL-アスパラギン酸モノβ-エ チルが生成される。L-アスパラギン酸モノβ-エチルは求核試薬として作用するがプロテアーゼ BSの基質にはならないため、多量に生成される場合にはポリマーの収率及び分子量は低下す る。したがって、生成ポリマーの収率及び分子量の増加のためには、プロテアーゼBSの活性を 保持しつつもモノマーの過剰な加水分解が抑制される水分量で反応を行う必要がある。そこで、
0〜 8.0 vol%の水を含むアセトニトリル中で、10 wt%のプロテアーゼBSを用いたL-アスパ ラギン酸ジエチルの重合を行い、生成ポリマーの分子量及び収率に加えて副生成物のL-アスパ ラギン酸モノβ-エチルの収率を測定し、最適な水分量を求めた。その結果をFig. 3.13に示す。
Fig. 3.13より、プロテアーゼBSによるL-アスパラギン酸ジエチルの重合では最適水分量 が存在し、4.5 vol%の水を含むアセトニトリル中で反応を行うことにより、最も高い分子量を 有するポリマー(Mw = 2,900、Mw/Mn = 1.6)が44%の収率で得られた。0 〜4.5 vol%の 水分量では添加する水分量の増加に伴って生成ポリマーの分子量及び収率、さらにL-アスパラ ギン酸モノβ-エチルの収率が増加した。また、4.5 vol%の水分量のときにポリマーの分散値は 最小になった。この結果から、アセトニトリル中でプロテアーゼBSが酵素活性を発現するに は4.5 vol%の水分量が必要であることが明らかになった。一方、4.5〜8.0 vol%の水分量では 添加する水分量の増加に伴って生成ポリマーの分子量及び収率が低下したの対してL-アスパラ ギン酸モノβ-エチルの収率は増加した。4.5 vol%以上の水分量が含まれる場合は、求核試薬と して作用する水が増加することによって、重合反応よりもモノマーの加水分解が優先して起こ ることが示された。これらの結果から、プロテアーゼBSが酵素活性を発現するためには4.5 vol%の水分量が必要であるが、4.5 vol%以上の水分量では重合よりもモノマーの加水分解が優 先されることが明らかになった。