633
化学と生物 Vol. 52, No. 10, 2014
マイノリティーの立場から
熊谷日登美
日本大学生物資源科学部 refer- ence
巻頭言 Top Column
Top Column
巻頭言の執筆依頼のメールが届いたとき,ま ず,事務局が送付先を間違えたと思った.次に,
添付されていた依頼状の宛名が私であることが わかったときには,日本農芸化学会のマジョリ ティーに属していない私には書けないと思った.
けれども,農芸化学の出身ではなく,唯一の女 性理事であるというマイノリティーの立場であ るからこそ見えることがあるかもしれないと思 い直し,お引き受けすることにした.
私は,お茶の水女子大学家政学部食物学科の 出身である.卒業論文と修士論文は,島田淳子 先生とともに東京大学農学部農芸化学科食糧化 学研究室の荒井綜一先生と渡辺道子先生からも ご指導をいただいたが,修士課程までは食物学 の教育を受けてきた.博士課程は東京大学農学 系研究科農芸化学専攻に進学し,食品工学研究 室で矢野俊正先生のご指導の下,「食品膨化に関 する基礎的研究」で学位をいただいた.博士課 程2年のときに,研究室の先輩であった熊谷 仁と結婚し,学位取得後第一子を出産した.そ の後,日本大学農獣医学部農芸化学科(現・生 物資源科学部生命化学科)に,専門教員約200 名のうち20年ぶり二人目の女性教員として採用 され,食品化学研究室に所属し,第二子の出産 を経て,現在に至っている.
日本大学では,研究室の教授であった石井謙 二先生から「ビタミンCの酵素による定量法の 確立」,助教授であった桜井英敏先生から「陸ワ サビの精油成分の分析と機能性解明」,隣の研究 室の教授であった有賀豊彦先生から「無臭ニン ニクの特性解明」という研究テーマをいただき,
これまでとは全く異なる研究を行うことになっ た.当初は右も左もわからない状態であったが,
必死で勉強し,何をすれば良いのかを考え,方 向を決めた後は,学生たちと一緒に研究を進め ていった.その結果,ペルオキシダーゼを用い たビタミンCの定量法を確立し,陸ワサビ精油 中の6-メチルチオヘキシルイソチオシアネート が血小板凝集抑制作用を有すること,無臭ニン ニクがニンニクではなく,
というリーキと同種の植物であることを明 らかにした.これらの研究を行う過程で感じた のは,農芸化学の教育を受けてきた学生たちが 有機合成や植物の栽培などの幅広い知識をもっ ていることで,食品科学の研究も進めやすいと
いうことである.土壌,肥料,植物,酵素,微 生物,有機合成,食品,栄養など,一見,全く 異なる多様な学問分野が,実はつながっており,
この農芸科学の学問体系が食品科学の研究を行 ううえで大切であるということは,今も強く意 識している.
前述のように,現在私は,唯一の女性理事で ある.日本大学が文部科学省の振興調整費「女 性研究者支援モデル育成」に採択され,男女共 同参画事業にかかわることになり,ようやく,
世の中が男性社会であることに気がついた.な ぜ,特に秀でたところもない私が,この男性社 会で生きてこられたのかを考えてみると,中学 から大学院修士課程までの12年間を女子校・女 子大で過ごし,多くの女性の先生方が生き生き と仕事をしておられるのを見てきて,「女性だか ら○○できない」と考えたことがなかったとい うことが大きい.女性の農芸化学研究者を育て る場合にも,目に見えるところに,ロールモデ ルとなる人がいるということが大切であると思 う.
農芸化学会は男女共同参画学協会連絡会に所 属し,清水 誠会長は日本学術会議の男女共同 参画分科会の委員をなさっている.さらに,来 年度からは,現在,学術活動強化委員会の中に ある男女共同参画部門を委員会として独立させ ることになっている.しかし,日本農芸化学会 会員の約21%は女性(一般会員17%,学生会員 35%)であるにもかかわらず,各委員会におけ る女性委員の割合は平均6%で,ゼロの委員会も ある.この状況を改善するには,しばらくは,
意識して女性の委員を増やす努力が必要であろ う.今後,委員会などにおける女性の割合が増 え,今,表に見えていない,私よりも優秀な女 性研究者たちがもっと可視化されることを切に 願っている.
農芸化学は多様な分野が集まっている.この ユニークな学問体系こそが,農芸化学の発展の 源になってきたのではないかと思う.そこに集 う人々も多様になれば,さらに発展していくの ではないであろうか.
Copyright © 2014 公益社団法人日本農芸化学会
634
化学と生物 Vol. 52, No. 10, 2014 プロフィル熊谷日登美(Hitomi KUMAGAI)
<略歴>お茶の水女子大学家政学部食物学 科卒業/同大学大学院家政学研究科食物学 専攻修士課程修了/東京大学大学院農学系 研究科農芸化学専攻博士課程修了(農学博 士)/日本大学生物資源科学部(旧 農獣医 学部)助手,講師,准教授を経て現在教 授/この間,2000年3月から1年間,イギ リスThe University of Nottinghamで海外 派遣研究員(子連れで)<研究テーマと抱 負>食品タンパク質の脱アミド化による機 能改善および食品フレーバー関連成分の機 能解析等の研究を通じ,嗜好性が高く,か つ,健康の保持増進効果の高い食品の創製 を目指している<現在の楽しみ>通勤電車 内で,iPadで拡大しながら新聞(日経と 朝日)を読むこと(スキーは昨年骨折した ため,しばらくお預け)