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化学と生物 Vol. 54, No. 6, 2016
研究と組織の健康寿命
河田照雄
京都大学大学院農学研究科日本農芸化学会
● 化学 と 生物
巻頭言
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筆者は「脂肪細胞」と長年かかわってき た.はじめは肥満したラットの体脂肪量を 計ることであった.ある時,脂肪細胞の写 真を取ろうと,体脂肪を酵素で処理し細胞 を分散させ,顕微鏡で見てみた.なんと,
宇宙空間に浮かぶ惑星のような細胞が見え るではないか.その日から私は脂肪細胞に 魅了された.体脂肪に対する世の中の反応 とは対照的である.時により変容するその 姿は,人々を大いに悩ませ,困惑させる.
しかし,筆者は愛おしく思う極めて希な一 人である.
筆者が脂肪細胞の基礎研究に携わって,
三十数年の時が経つ.その間,飽食の時代 への変遷とも相まって世界的にはいくつか の大きな発見があり,それらが節目,節目 となり,またさらなる多くの発見を生み出 してきた.研究を始めた当時,脂肪細胞を 学ぶ機会を得たくてある医学系の学会に出 入りするようになった.若かったこともあ り,幸い,畑違いの筆者を暖かく受け入れ ていただいた.以来この領域に多くの朋友 を得ることができ,異なる分野の考え方や 価値観などを学ぶことができた.またこん なこともあった.医学系の国際学会のバン ケットのバスの中で,たまたまお会いした 当時肥満の基礎研究でたいへん著名であっ たロックフェラー大学の教授に,始終持ち 歩いていた自分の論文をお渡しし,読んで くださいと請うた.教授は「Thank you」
とおっしゃたが,今思うと汗が出る.
このような時の流れがあるが,筆者に は,化学機械が専門であり日本農芸化学会 が設立された年に生まれた父親が,面白い 分野だと勧めてくれた「農芸化学」が原点 にある.もうかれこれ50年近く前である.
原点とは,「三つ子の魂」であり,筆者の
教育・研究の基盤である.自分の原点を信 じてきたからこそ,医学系の学会の中でも 物怖じすることなく,これまでやってこら れたのだと思っている.また,広範なスペ クトルをもつ農芸化学であったからこそ,
今の専門分野にたどり着くことができた.
そのことはたいへん幸運であった.
さて,脂肪組織は新陳代謝が鈍いように 思われがちだが,実は1日800万から1,000 万個程度入れ換わっているのである.しか し細胞寿命はおよそ10年と驚くほど長い.
また,脂肪組織は脂肪細胞のみならず,T 細胞やM1・M2マクロファージ,マスト 細胞などの免疫系の細胞や交感神経系の細 胞,線維芽細胞など多様な細胞のバランス と相互作用のうえに成り立っていることも わかってきた.まるでジャングルである.
それらが破綻すると糖尿病や動脈硬化症な どの疾病につながり個体全体を危うくす る.これはまさに研究分野やその組織でも 当てはまることであり,そのような「柔軟 性」と「多様性」がなければ,長い「健康 寿命」は得られない.90年以上の世界に 冠たる歴史を有する農芸化学の研究や学会 組織も20年後,50年後の健康寿命のため には,愚直であり続ける一方,変革に対応 できる不断の努力が求められる.自戒の意 を込めてあえて今回記させていただいた.
わ が 大 学 に「農 芸 化 学 系:Faculty con- sort of Agricultural Chemistry」という名 の新たな組織が今年度から誕生した.農芸 化学のますますの発展を心から願うもので ある.
Copyright © 2016 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.54.371