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化学と生物 Vol. 56, No. 10, 2018
生きているということは
木曽 真
岐阜大学名誉教授日本農芸化学会
● 化学 と 生物
巻頭言 Top Column
Top Column
歳をとると,楽しかった昔のことを思い 出す.子供の頃,身近に接する多様な生き 物に興味をもち,毎日のように付近の野山 を歩き回った.花山トンネル(花山洞)を 抜けて山科まで歩いて行くと,田畑と竹藪 が広がる,緑あふれる人里が現れた.道沿 いの清らかな小川の小石を掘り起こすと,
サワガニが出てきた.トンネル手前の道を 将軍塚に向かって上る途中に池があり,今 では貴重な水生動物が住みついていた.ラ ンドセルをほうり投げて,すぐ近くにある 寺の境内で友達と群れ遊ぶ時間は本当に楽 しかった.無数の蟻地獄が巣くう本堂の裏 には,亀やザリガニが住む古池があり,そ の周りにピンク色に熟れたアケビが垂れ下 がる薮や林がこんもりと茂って,まさに自 然のビオトープであった.夏になると,ミ ンミンゼミやクマゼミがフォルティシモで 合唱した.そこからちょっと外へ出ると,
さらさら流れ込む沢沿いにセリが群生し,
薄茶色のむかごが実っていた.猛スピード で路地を低空飛行するオニヤンマ,大木の 上に群がり飛ぶ玉虫,地上をはう青大将や マムシ,みんな元気だった.渋谷街道から 清水寺へ抜ける山道には,クワガタが集ま る立派なクヌギの木があった.
京都東山の渋谷街道沿いにある実家辺り は,山科の農家さんが牛車を引いて野菜を 売り歩き,帰りに下肥を桶いっぱいにして 戻って行った.今から思えば,蟯虫や回虫 がわれわれの腸と野菜畑を循環し,身体の 健康や成長に少なからず影響していたであ ろう.ちょくちょく虫下しとして飲まされ たカイニン酸は,興奮性グルタミン酸受容 体のアゴニストとして虫の神経を過剰に興 奮させ,後に麻痺させることを大学生に なって知った.
生物の生き様に対する化学的な視点は,
農芸化学科にいるだけで自然と身についた が,まもなくベトナム戦争が泥沼化するな か,70年安保をきっかけに大学紛争が激 しくなり,教育現場は混乱した.授業はス トップし,自主ゼミで乗り切った.その反 動もあってか,大学院では1970年前後に 花開いたChemical Ecology(化学生態学)
研究を横目に,流行とは無縁の
γ
-BHC類 縁体の合成と殺虫活性の構造活性相関研究 に没頭した.これらの化合物は昆虫の抑制 性シナプスに局在するGABA受容体に非 競争的アンタゴニストとして作用し,神経 興奮を誘導する.時間と労力のいる「モノ 作り」(化学)から始めて神経生理学の領 域まで踏み込んだ経験は,その後の研究ス タイルに大きな影響を与えたと思う.しか し1975年に岐阜大学に赴任してからは,一転して糖質化学を志すことになった.そ の後の40年に及ぶ経緯は,文書館(本誌 Vol. 51, No. 1, 2013)の「糖鎖の研究:糖 鎖の人工合成と細胞機能」に詳述させてい ただいたとおりです.
私の農芸化学は,生物・生命への興味と 愛情から生まれ育ちました.生きていると いうことは,多くの人や生き物と出会い,
学び,生かし生かされながら,それを糧と して人生の一本道を歩いていく,そんな感 じがします.「芸」を楽しむことも大切で しょう.永 六輔さんは生前,生きている ということは誰かに借りをつくること,生 きていくということはその借りを返してゆ くこと̶̶と歌いました.「化学と生物」
に集う皆様のますますのご活躍を楽しみに 小文を閉じることとします.
Copyright © 2018 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.56.645
プロフィール
木 曽 真(Makoto KISO)
<略歴>1970年京都大学農学部農芸化学 科卒業/1975年同大学大学院農学研究科 博士課程単位取得退学,同年岐阜大学農学 部農芸化学科助手/1977年ウイスコンシ ン大学生化学科研究員/1979年岐阜大学 農学部農芸化学科助教授/1990年同大学 農学部生物資源利用学科教授/2004年同 大学応用生物科学部応用生命科学課程教授
(改 組)/2007年 文 科 省WPIプ ロ グ ラ ム
「京都大学物質̶細胞統合システム拠点」
(WPI-iCeMS)PI兼任/2013年岐阜大学特 任教授・名誉教授/2015年日本農芸化学 会フェロー/2017年WPI-iCeMS退任・岐 阜大学退職,同年日本農芸化学会有功会員
<研究テーマと抱負>糖鎖の構造と機能解 明に興味をもち続けながら広く社会貢献が できたらと思う<趣味>庭いじり,合唱,
スポーツ
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