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化学と生物 Vol. 52, No. 1, 2014
巻頭言 「農芸化学」 is backTop Column
三輪清志
味の素株式会社Top Column
「農芸化学」という言葉が世の中からだ んだん減ってきているように思われる.
かねて農芸化学は「実学」として天然物 化学を背景に農業や医療の分野で貢献した り,有用微生物を天然から発掘し発酵や酵 素や遺伝子の技術でバイオテクノロジーの 旗手の役割を担ってきたり,機能性食品の 概念を世界に先駆けて打ち上げたりなど,
さまざまな場面で存在感を発揮し,日本が 世界をリードする強みの科学技術領域でも あった.
しかしながらこの10年20年ほどのうち に大学から農芸化学専攻の学科名が消失す るなどもあってか農芸化学としてのアイデ ンティティや存在感が薄れてきているよう に見える.政府の打ち出す成長戦略や科学 技術政策などを眺めても農芸化学などとい う名前は出て来ないのはともかく農芸化学 がカバーする学問領域への期待もあまり大 きそうに見えないのは寂しい.
この10年20年ほどの自然科学の方法論 の進化には目を見張るものがある.ゲノム 技術や構造生物学,バイオインフォマティ クスなどなど,分析技術とIT技術の急速 な進歩とその融合がもたらす新しい解析手 段は想像を絶するほどである.その結果,
自然をブルドーザーで開墾するがごとくに 学問が進展し,生命現象が手に取るように 解き明かされる,と一部考えられていたよ うに思われる.
たしかにサイエンスはそれによって長足 の進歩を遂げてきたが,世界中の科学者が 寄ってたかってもたとえば単細胞の大腸菌 一匹の生命現象でさえ,現段階では逐一理 解されると考えるほうが単細胞で,自然は 奥深く,生命現象はまだまだよくわからな いということがわかってきたというレベル のように見える.
こうした科学技術の進歩の流れと,「農 芸化学」の名が大学の学科名などから消え
て「生命」などと冠するようになったの が,時を同じくしていると見るのは穿ち過 ぎかもしれないが,強力で便利な新しい方 法論をどこでも誰でも同じように使うよう になって,農芸化学らしさが薄れてしまっ たような気がする.
「実学」として大いに社会に貢献してき た「農芸化学」の学問領域の意義や活躍の 舞台が減りつつあるのだろうか?
高齢化先進国の日本ならではの食の予防 機能や栄養ケア手法の開発であるとか,文 化遺産登録で注目される,だしやうま味を 巧みに使った日本食の健康価値訴求など食 や栄養の価値を世界に発信できるチャンス である.TPPがどちらに転ぼうと日本の 農業の競争力を上げ付加価値を高める努力 が必要で,世界でも食糧の増産などに日本 の科学技術が生かせるのではないか.医療 領域も日進月歩に進んだ分だけ新しいチャ ンスが広がっているし,化学工業のプロセ スを環境負荷の小さいバイオプロセスで置 き換える技術の開発など,21世紀の日本 や世界のもろもろの社会課題は,科学技術 やその産業化による課題解決を待ってい る.
農芸化学は食,農業,環境,医療,化学 工業など広い領域をカバーし,異なる技術 間の連携や産学の密接な連携が活発に行わ れて新しい価値を生み出してきた伝統があ る.生命の理(ことわり)を解き明かすこ とも大事だが,自然と謙虚に向き合い自然 から人の生活に生かせる新しい価値を引出 すのが農芸化学の志であったように思われ る.実学に執着をもってこだわり,泥臭く 愚直に自然の持つ可能性を訴求する,素朴 でちょっと時代がかった響きだが「農芸化 学」の存在価値はまだまだ大きい.いやむ しろ出番は今,というわけで「農芸化学 is back」.