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化学と生物 Vol. 55, No. 5, 2017
構造か活性か
川端 潤
北海道大学大学院農学研究院日本農芸化学会
● 化学 と 生物
巻頭言 Top Column
Top Column
「物取り」といっても泥棒ではなく,天 然素材中から有用な化合物を探し出す天然 物化学の手法の一つである,という話はつ い先頃(2016年8号)河岸洋和先生が巻頭 言に書かれているのでご記憶の読者も多い だろう.筆者も学生時代からずっとこの
「物取り」を主たる生業とし,取れてきた 化合物に一喜一憂してきた.天然物化学分 野に構造活性相関研究があるように,化学 構造と生理活性には密接な関係がある.先 年のノーベル賞で話題になったエバーメク チンやアルテミシニンはすばらしい薬効で 多くの人を救った化合物であるが,その構 造だけをみても化学的に十分な魅力を備え ている.これはまさに天が二物を与えた希 有な例であり,新規で希少性の高い化学構 造と顕著な生理活性とは必ずしも両立しな いのが通例である.となると構造と活性と どちらに重きを置くべきだろうか.
以前,年会の発表分類の有機化学・天然 物化学カテゴリーには「生理活性物質(動 物,植物,微生物)」という大きなセクショ ンがあり,申し訳程度に「その他の植物成 分」という細目があった.構造的には興味深 いもののほとんど生理活性とは無縁の「物 取り」をやっていた筆者はいつもこの「その 他」組であり,空席の目立つ会場で細々と 発表するのが常であった.一度,研究室の ボスに急用が生じたときに,生理活性物質 セクションで代理発表を務めたことがある.
いつもと違う会場をぎっしりと埋めつくす聴 衆を演壇から眺めて,こうも違うものかと慨 嘆したものだ.かように生理活性こそは天然 物化学の正義であり,実学たる農芸化学に おいての重要性も高いのだと痛感した.
時は移り,時代の趨勢に流されて曲がり になりにも生理活性を指標にした「物取 り」をするようになった筆者に,またも正 義の鉄槌が下された.植物中からある酵素 の阻害活性物質の探索を行い,主活性成分
として既知のフラボン配糖体をいくつか同 定した.周知のようにこの手のポリフェ ノール類の酵素阻害性は数多く報告されて おり,学術的な価値はそれほど高くない.
それでも一応データをまとめてある国際誌 に投稿したところ,立ちどころに採用され た.一方,ついでに同じ植物の弱い活性画 分の成分を調べてみると,新規テルペン配 糖体を数種単離・構造決定することができ た.前例のあまりない構造のものだったの で勇躍別の国際誌に送ったところ,「掲載 に値するが読者の興味をひくために何らか の生理活性データを加えることが望まし い」との編集者のコメントとともに採択保 留でもどってきた.新規化合物であるし,
構造的な興味だけで十分学術的価値がある のだと反論したい気分ではあったが,長い ものには巻かれろというわけで弱い活性の データを本文に数行追加して送ると,こん どはすんなり受理された.全く泣く子も黙 る生理活性おそるべしだ.
さて,現在では膨大な数の化合物ライブ ラリによるハイスループットスクリーニン グやコンピュータによる構造最適化などの 手法が進み,より効率的かつ網羅的な薬剤 探索が可能となってきている.こうなると 古典的な手作業による生理活性物質探索に はほとんど勝ち目はない.しかし構造的に 新規な物質の探索は,従来にない化合物を ライブラリに加えることができる点でまだ まだ有用のはずだ.実際,発見当初は等閑 視されていた化合物に後になって思わぬ生 理活性が見いだされることも数多い.今こ そ「その他」組の出番ではないか.ただし,
行きあたりばったりではさすがに効率が悪 い.新規構造を指標に「物取り」を行う効 率的な方法がどこかにないものだろうか.
Copyright © 2017 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.55.295
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川 端 潤(Jun KAWABATA)
<略歴>1977年北海道大学農学部農芸化 学科卒業/1980年同大学大学院農学研究 科博士課程中退/同年同大学農学部助手/
1992年同助教授/2002年同教授/2006年 同大学大学院農学研究院教授,現在に至る
<研究テーマと抱負>天然物化学,食品機 能化学<趣味>長い距離を走ること,鉄道 に乗ること<所属研究室ホームページ>
http://www.agr.hokudai.ac.jp/fbc/
日本農芸化学会