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巻頭言 Top Column - J-Stage

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化学と生物 Vol. 53, No. 8, 2015

現象に食いつく

森 敏

東京大学名誉教授

巻頭言 Top Column

Top Column

農芸化学の歴史を紐解くと,土壌を出発 点とする農産物の生産・加工・流通・消 費・廃棄の,つまり「食べ物の生産現場」

での 特異な現象の発見 があって,その 原因究明の結果として多くの新規化合物や 有用微生物が先人によって発見同定されて いる.それらを用いて未解明の生命現象を 体系的に解明し,一方では新しい品種や食 品や農薬や医薬品が開発されてきた.最近 では生物への栄養の欠乏症や過剰症以外 に,人間の免疫力や脳神経活動への食べ物 の効果など,西欧医学を代替する予防医学 への寄与も農芸化学の重要な研究ターゲッ トである.鈴木梅太郎が,精製オリザニン の効果の検定を医学者の協力が得られなく て苦労した歴史を繰り返さないためにも,

「農・医連携」が必須である.俯瞰すれば,

「高品質の食べ物の持続的提供」と「食べ 物による人の健康維持」は,農芸化学の万 古不易の研究テーマである.

以上のような農芸化学の歴史が,実習・

インターンシップ・学生実験・講義の中で 繰り返し後輩に伝承されていれば,大学の 農芸化学分野からは,どんな現場でも多様 な発想ができる視野狭窄でない人材が社会 に輩出されているはずである.自戒して言 うのだが,小生は助手に採用されてから,

大学の外に飛び出して,公害現場の課題解 決型研究を10年ばかり実践して,やっと 納得して植物栄養学分野に回帰した.1960 年代の高度成長期には農水省は『省力・安 定・多収』というスローガンを掲げ,「化 学肥料を多投し,作物が徒長して組織が軟 弱になり,病害虫にやられると,それを農 薬でたたく.すると,農産物を食べる農民 や消費者が急性や慢性の疾患になるうえ に,自然生態系も破壊される」という悪循 環の農政を行っていた.当時の浅学な小生 には,このような「人の健康に敵対する近 代農業技術体系」に対抗する代替技術の研 究が,日本のどこの大学にもない,と思え

た.だから有機農業生産現場に積極的に研 究課題を探りにいかざるをえなかった,と いう回り道をした経験がある.

現状では,基礎研究テーマで卓越した研 究業績を上げた教員たちが大学では多数を 占めている.一度は「たべものの生産現 場」で鍛えられて,そこから大学に引き抜 かれて,さらに研究者として成長する,と いう人事のサイクルが今ではほとんど途絶 えている.確かに現場のカオスのなかでの 課題解決型の研究は,試行錯誤なので直ち にはシャープな論文としての成果が出にく い.だから独創性や先駆性の観点からは,

研究業績として直ちには高く評価され難 い.しかし,科学史は,その一見「理解不 能なカオスの現象」の発見の中にこそパラ ダイム変換に発展する命題があったのだ,

といういくつもの事例を明らかにしてい る.多くの斬新な発明や発見は現場からの

「偶然」の産物なのである.

30年前に国立大学の「農芸化学」分野 はこの具体名を解体して「応用生命科学」

「応用分子生命科学」「応用生命化学」「応 用生命工学」「生命機能科学」などの抽象 的分野に解体再編された.しかし,現今で はあらゆる生命科学分野で,分析技術や解 析技術が共通化しているうえに資金力さえ あれば,生物のさまざまな環境応答を迅速 に包括的に遺伝子レベルで解明することが 可能になってきた.だから油断すると生命 科学一般の中に農芸化学も雲散霧消しかね ない.そうならないためには,農芸化学は 本来の 食べ物 に固執すべきだ.最初に 述べたさまざまな食べ物にかかわる実践の 現場で,研究者は常に「特異な現象の発 見」に研ぎ澄まされた観察力で注力するこ とが求められている.特殊から一般へ.パ ラダイム変換を目指して.

Copyright © 2015 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.53.487

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化学と生物 Vol. 53, No. 8, 2015 プロフィル

森 敏(Satoshi MORI)

<略歴>1964年東京大学農学部農芸化学 科卒業/1966年同大学大学院修士課程修 了/同年同大学農学部助手/1991年同助 教授/1994年同大学教授/2002〜2007年 大学評価学位授与機構教授(2002年は併 任)/2003年より東京大学名誉教授<研究 テーマと抱負>植物の鉄栄養.一方では,

放射能汚染地生態系での放射性物質循環や 突然変異の実態調査を行っている.永続的 興味の対象は,植物の無機栄養素の体内セ ンサーの実体解明<趣味>自虐趣味ですが

「どうにもならなくなりつつある自分のか らだの老化過程の観察」<ホームページ>

http://www.winep.jp/<ブ ロ グ>http://

moribin.blog114.fc2.com/

参照

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