N- 結合型糖アミノ酸の 新規合成法の開発
3.2 ヒドロキサム酸エステルを用いた N- 結合型糖アミノ酸の合成
生体内でみられるような、アスパラギン側鎖の窒素原子からの求核攻撃により進行す
る N-グリコシル化反応の開発を目指し、ヒドロキサム酸エステルを用いた N-結合型糖ア
ミノ酸の合成法を立案した。本節では、本法の利点と鍵化合物であるヒドロキサム酸エス テルの合成法を述べ、N-グリコシル化反応の結果についても詳述する。
3.2.1 反応系の設定
生体内における N-グリコシル化反応は、N-結合型糖タンパク質の合成時に、糖転移酵 素、Oligosaccharyl Transferase によって触媒されることにより進行する。一方で、カルボ キサミドとの直接的な N-グリコシル化反応を経る N-結合型糖アミノ酸の化学合成例は、
前節でみたように高橋らによって報告されるまで知られていなかった。著者は、Figure 3- 3 に示すように、カルボキサミドをヒドロキサム酸エステルへと変換することで、窒素原 子の酸性度及び求核性が上昇し、その反応性が向上するものと期待した81)。
ヒドロキサム酸エステルの窒素原子からの求核攻撃によって進行する反応は数多く知 られており、光延反応82)を用いた縮合反応がその好例である(Figure 3-4-a)。たとえば、
Langlois らは分子内光延反応を用いて、ピペリジン環誘導体を合成している83)。一方で光
延反応を用いたグリコシル化反応も様々な例が知られており、その多くがアリールアルコ ールとの光延反応によってO-グリコシド結合を構築するものである(Figure 3-4-b)84)。
H2N R1 O
HN R1 O OR2
Carboxamide Hydroxamate
Figure 3-3. Activation of Carboxamide Converting to Hydroxamate
HN OH O OH
NHBoc Hydroxamate
Ph3P DEAD
N OBn O
OH
NHBoc
68%
OBn N
O H OH
NHBoc
84%
SmI2 a) Mitsunobu Reaction and One Electron Redction by SmI2
b) Mitsunobu-type Glycosylation with Aryl Alcohl
Figure 3-4. Mitsunobu Reaction
O PhSe
OBn BnO
BnO
OH
Ph3P, DEAD O
PhSe OBn BnO
BnO O
80%
OH
これらの知見から、ヘミアセタールとヒドロキサム酸エステルとの間で光延反応を行 えば、窒素原子からの求核攻撃が進行し、N-グリコシド結合が形成できるものと予想でき るが、ヒドロキサム酸エステルを用いた N-グリコシル化反応を用いて N-結合型糖アミノ 酸の合成を試みる場合は、アスパラギンの側鎖のアミドをヒドロキサム酸エステルへと変 換した非天然型アミノ酸を合成する必要が生じる。そのようなヒドロキサム酸エステルと ヘミアセタールとの光延反応で、N-グリコシド結合の生成に成功すれば、N-結合型糖アミ ノ酸前駆体が得られるが、このものは窒素原子上にアルキルオキシ基が存在するため、N- 結合型糖アミノ酸への変換を考えた場合、これを除去する必要が生じる。前出の Langlois らは、分子内光延反応で合成したピペリジン環誘導体中に存在するヒドロキサム酸エステ ル由来のベンジルオキシ基を、SmI2 を用いた一電子還元反応85)により容易に除去してい る(Figure 3-4-a)83)。これを本法に適用すれば、ヒドロキサム酸エステルを用いたN-結合型 糖アミノ酸の合成計画をFigure 3-5のように立案することができる。すなわち、両者を光 延反応により縮合して N-結合型糖アミノ酸前駆体を得た後、SmI2 を用いた一電子還元反 応により、N-結合型糖アミノ酸へと変換するという方法である。
O OH
+
Mitsunobu
Reaction O
N OR3
O HN R1
R2 O HN
OR3
O HN R1
R2 O
Reduction R4O
R4O
O H
N O HN
R1 R2 R4O O
N-Linked Glycoamino Acid -OR3
Hemiacetal Hydroxamate
Figure 3-5. Synthetic Plan of N-Linked Glycoamino Acid by Using Hydroxamate
また、アスパラギン側鎖のカルボキサミドをヒドロキサム酸エステルへと変換するこ とにより得られる利点は、単に窒素原子の反応性を向上させるという点だけではない。た とえば、Taddei らはヒドロキサム酸エステルのエステル部分を固相へと変換し、分子内 光延反応と固相合成法を組み合わせることによって、βラクタム環の効率的な合成に成功 している(Figure 3-6)86)。生成したβラクタム環の固相からの切り出しは、前述の SmI2を用 いた一電子還元反応により行っている。これを、N-結合型糖アミノ酸合成に適用すれば、
操作の簡便化、合成の効率化が実現でき、長鎖の糖ペプチドの合成が可能になると期待で きる。
O HN
NHZ O
OH
N O NHZ O
HN O NHZ Solid Phase
Synthesis
Cleavage from Resin Ph3P
DEAD SmI2
O OH
Mitsunobu
Reaction O
N O
O HN R1
R2 O
One Electron Reduction
by SmI2 R3O
R3O
N-Linked Glycopeptide HN
O
O HN R1
R2 O +
Peptide Ligation
O N O
O HN R2 R3O O
O NH
O H
N R1 R'
R' n
O H
N O HN
R2 R3O O
O NH
O H
N R1 R'
R' n
Solid Phase Synthesis
Solid Phase Synthesis
Cleavage from Resin a) Taddei's Strategy
b) Our Strategy
Figure 3-6. Application for Solid Phase Synthesis
3.2.2 ヒドロキサム酸エステルの合成
アスパラギン側鎖のカルボキサミドをヒドロキサム酸エステルへと変換した非天然型 アミノ酸は、本反応を行う上で必須となる化合物である。これは、Scheme 3-1に示すよう に、対応する側鎖が無保護のアスパラギン酸誘導体85とO-ベンジルヒドロキシルアミン 86を、CDIを用いて縮合させることにより合成が可能であった87)。
しかし、アスパラギン酸α-ベンジルエステル85aを用いた場合は、期待する生成物であ るヒドロキサム酸エステル 87a はわずか 23%しか得られず、副生成物として環化合物 88
が収率 60%で得られた。これは、ヒドロキサム酸エステル 87a が生じた後に、分子内環
化反応が進行したために生成したとものと考えられる。一方で、カルボン酸のエステル部 分がより立体的に嵩高い、tert-ブチルエステルであるアスパラギン酸α-tert-ブチルエステ ル 85b を用いた場合は、分子内環化反応が抑制され、ヒドロキサム酸エステル 87b のみ が収率91%で得られた。
HN OBn
O HN R1
R2 O HO
O HN R1
R2 O
NH2OBn +
CDI THF 85a : R1 = Boc, R2 = OBn
85b : R1 = Fmoc, R2 = Ot-Bu
87a : 23%
87b : 91%
Intramolecular Cyclization of Compound 87a
BocHN O
OBn O
HN OBn
N O
O OBn BocHN
-OBn
87a 88 : 60%
Scheme 3-1. Synthesis of Hydroxamate 87 86
3.2.3 N-グリコシル化反応の検討
続いて、合成したヒドロキサム酸エステル87b を用いて、ヘミアセタール89 との間で グリコシル化反応を行い、N-グリコシル化反応の検討を行うこととした(Table 3-1)。試薬 の種類を種々検討し、反応の最適化を図った結果、角田らによって報告されている TMADとn-Bu3Pを用いた場合88)、光延反応が良好な収率で進行することが判明した(entry 3)。しかしながら、これらの光延反応により生成する化合物は、望みの N-グリコシド 91 ではなく、副生が懸念されていた O-グリコシド90であった。このように、光延反応を用 いたヘミアセタール 89 とヒドロキサム酸エステル 87bのグリコシル化反応では、期待し た N-グリコシル化反応の進行が全くみられなかったため、光延反応の適用を断念して、
別の手法によるN-グリコシル化反応の確立にあたることとした。
ヒドロキサム酸エステル 87b の窒素原子にはベンジルオキシ基が結合しているが、こ れにより生じるα効果によって窒素原子の求核性が向上しているため、ヒドロキサム酸エ ステル 87b は糖供与体として振る舞うことが十分に可能であると予想できる。そこで、
光延反応に代わるN-グリコシル化反応として、グリコシルフルオリド92 とのグリコシル 化反応を行うこととした。
HN OBn
O NHFmoc Ot-Bu O BnO O
BnO
OBn OBn
OH
OBn
O NHFmoc Ot-Bu O BnO O
BnO
OBn OBn
N
N NHFmoc Ot-Bu O O
BnO BnO
OBn OBn
O BnO azo compound
phosphine toluene
3 h
entry 1 2 3
azo compound (eq.) DEAD (1.4) DBAD (1.4) TMAD (3.0)
phosphine (eq.) Ph3P (1.6) Ph3P (1.6) n-Bu3P (3.0)
yield (%) 45 60 95
α : β 1 : 3 1 : 1.6 β only +
91 : N-Glycoside
90 : O-Glycoside Table 3-1. Mitsunobu-type Glycosylation by Using Hydroxamate 87b
89 87b
N N R R
O
O DEAD : R = OEt DBAD : R = Ot-Bu TMAD : R = NMe2
グリコシルフルオリド 92 を用いたグリコシル化反応では、銀塩とメタロセンが活性化 試薬として汎用される57)。AgOTf と Cp2ZrCl2 を活性化試薬として用いたところ、期待通 りにN-グリコシル化反応が進行し、望みのN-グリコシド 91が収率 53%で得られた(Table
3-2, entry 1)。次に、銀塩を種々変更して反応の最適化を試みることとしたが、AgOTf 以
外を用いた場合、entry 1と同様の条件では、望みのN-グリコシド91がほとんど得られな かった。このため、反応性の向上を期待して、用いるモレキュラーシーブスを酸で処理し たモレキュラーシーブスである AW 300 へと変更することとした。その結果、AgBF4、 AgPF6、AgSbF6を用いた場合に N-グリコシル化反応が進行し、特に AgSbF6を用いた場合 では収率が53%と高水準であった(entry 2〜4)。なお、良好な結果を与えた entry 4の条件 において、メタロセンを Cp2HfCl2 に変更して反応を試みたが、この場合は収率の向上が みられなかった(entry 5)。同様に、溶媒を変更してトルエンを用いたところ、反応収率に 大きな変化はみられなかったものの立体選択性に顕著な相違が見られ、α選択性が大きく 上昇した(entry 6)。この他、活性化試薬に BF3·OEt2を用いた場合89)もN-グリコシル化の進 行が見られたが、収率、立体選択性共に特筆するような結果を得ることはできなかった (entry 7)。
HN OBn
O NHFmoc Ot-Bu O O
F OBn OBn BnO
BnO +
MS solvent
time
O N OBn OBn BnO
BnO
O NHFmoc Ot-Bu OBn O
promoter
promoer AgOTf/Cp2ZrCl2 AgBF4/Cp2ZrCl2 AgPF6/Cp2ZrCl2 AgSbF6/Cp2ZrCl2 AgSbF6/Cp2HfCl2 AgSbF6/Cp2ZrCl2
BF3·OEt2
yield (%) 53 18 trace
53 39 55 48
α : β 5.5 : 1 1.7 : 1 N.D.
2.0 : 1 2.1 : 1 4.0 : 1 1.8 : 1 entry
1 2 3 4 5 6 a) 7 b)
MS MS 4A AW 300 AW 300 AW 300 AW 300 AW 300 AW 300 time (h)
3 24 24 24 24 24 10
a) solvent containing 10% of CH2Cl2 b) reaction was started at -20 °C
91
92 87b
solvent CH2Cl2 CH2Cl2 CH2Cl2 CH2Cl2 CH2Cl2 toluene CH2Cl2
Table 3-2. Glycosylation of Glycosyl Fluoride with Hydroxamate 87b
HN OBn
O NHFmoc Ot-Bu O O
O OBn OBn BnO
BnO +
MS 4A CH2Cl2 -78 °C → r.t.
43%
α : β = 3.3 : 1
O N OBn OBn BnO
BnO
O NHFmoc Ot-Bu OBn O
CCl3 NH
TMSOTf
93 87b 91
Scheme 3-2. Glycosylation of Glycosyl Imidate with Hydroxamate 87b
この他、グリコシルイミデート93 とヒドロキサム酸エステル 87b とのグリコシル化反 応においても、N-グリコシル化反応の進行が見られたが、これまで得られた結果と比較し て、大きな相違は認められなかった(Scheme 3-2)。
以上のようにして得られた N-グリコシド 91 は N-結合型糖アミノ酸前駆体であり、窒 素原子に導入されたベンジルオキシ基を除去すれば、N-結合型糖アミノ酸へと変換できる。
このベンジルオキシ基の除去を当初の計画にしたがって、SmI2を用いた一電子還元反応 により試みたところ、反応は Scheme 3-3 にあるように期待通りに進行し、N-結合型糖ア
ミノ酸94が収率88%で得られた。
これまでの検討の結果、N-グリコシル化反応の収率は最大でも 55%であったが、収率 が中程度にとどまっている理由の一つに、O-グリコシドが数%副生している点が上げられ る。更なる収率の向上を考えた場合、O-グリコシル化反応の抑制をいかにして押さえる かが、大きな課題となろう。
O BnO OBn BnO
BnO
N
O NHFmoc Ot-Bu O
O BnO OBn BnO
BnO
HN
O NHFmoc Ot-Bu O BnO
SmI2 MeOH
THF 88%
Glcα1→Asn 91α 94α
Scheme 3-3. One Electron Reduction by SmI2