博士(医学)伊藤耕一 学位論文題名
覚醒剤精神病モデルラットにおけるgamma‑aminobutyric acid (GABA)‑benzodiazepine 神経伝達系の役割について
学位論文内容の要旨
覚 醒 剤(Methamphetamine:MA)を 長 期間 乱用 する と、 次 第に 幻覚 妄想 状態 など の 精神分裂病に類似した精榊蓋状が出現し、いったん 出現すると薬物休止後も再発準備性 が持続し、少量の覚醒剤再使用や、情動ストレス、 環境変化などによって精神症状が再 燃することが知られている。このような精神分裂病 の幻覚妄想状態との横断面での類似 性と、再燃、治療抵抗性との縦断面での類似性とか ら、覚醒剤精神病は精神分裂病の病 態モデルとして注目されている。
一 方、 覚醒 剤を 実験 動物 に反 復投 与す ると運動増強作用 や常同行動惹起作用が次第 に増強し、休薬後にも過敏性が長時間持続し、覚醒 剤再投与によって増強反応を示す。
この 現象 は行 動感作あるいは逆 耐性(Sensitization)と呼ば れ、コカインなど他の薬物 や非特異的なストレスに対しても交差過敏性を示す 。この様な類似性から、動物におけ る行動感作のヌカニズムの研究は、覚醒剤精神病の 解明に有益であり、さらには精神分 裂病の理解にも寄与するものと期待される。
行 動感 作は 脳内 の可 塑的 変化 を基 盤に 持っものと思われ 、学習やキンドリングある いは長期増強(Long Term Potentiation)などと類似 する側面を有する。すなわち、いず れの現象も反復刺激によって形成され、N―methyl―Dーaspartlc acid (NMDA)受容体拮抗 薬やムスカリン陸アセチルコリン受容体阻害薬、夕 ンパク合成阻害薬などによって形成 が抑制される。このような現象的、薬理学的な共通 性を考慮すると、学習やキンドリン グに対して抑制的に働く薬剤が、どのような作用を 示すかを検i寸することは意義のある ことである。
抑制性神経伝達物質であるGABA−benzodiaZepine作動薬は、学習やキンドリングに対 し抑制的に働くことが知られている。臨床的にも精 神分裂病の急性症状に対する鎮静作 用や 不安 軽減 効果 を示 すと いう 報告 や、 慢´陸清神分裂病 患者の死後脳研究において benzodia2epm受 容体 に変 化を 認め たと する 報告 も認 めら れ 、精 神分 裂病 の病 態に も GABAーbenzodiaZepine系はある程度関与していると 推定される。本研究では、抑制性神 経 伝 達 物 質 であ るGABAA−benZ0diaZepine受 容体 複合 体に 作用 点を 持つbenZomaZepm 系薬剤を用い、精神分裂病のモデルでもある覚醒剤精榊蔚モデル動物を文オ象に、運動増 強作用を指標として行動感作に対する影響を検討し た。
実 験に は190〜70gのW迅t・e卜緇ng系雄性ラットを使用し た。投与後の行動は視察的 観察 ある いは 、赤 外線 セン サ― を用 い運 動量を測定した。 視察的観察については、90
分間の各々のラットの行動i黝Hi点の合計点(合計行動評価点)について、Kruskal‑Wmlis の 検 定を 行 い 、有 意 差 の認 め ら れる 場合 にはMann圸恤tneyのU検定を行 い各群 間比較 し た (Pくo.05)。 赤外線 センサー による 測定は2元配置 分散分 析(MかwayANOVA)に よ り 各群 と時間 との交 互作用を みた。交 互作用 が認めら れる場 合、Duncanの 方法によ る多重比較を行い有意差をみた(Pく:o.05)。さらに1元配置分散分析(one−wayANOVA) を 行 い、 各時間 ごとにDuncanらの方法 による 多重比較 を行い 各群間の 比較を 行ったゃ く:o.05)。使用薬剤としては、benZ0diaZepine作動薬はclonaZepam(CZP)、benZomaZepme 拮抗薬はnumaZeniJ旧u)を使用した。
はじ め に 、MA行 動感 作 獲 得過 程 に及 ぼすbenZo血aZepme作 動薬の影 響につ いて検討 し た 。MA(lmg爪g) の 投 与をlO日問 反 復 し て受 け た ラッ ト は 、生食反 復処置 を受け た 群 と比 較 し て、7〜8日 間 の 休薬 期 間 をお い てMAlmg爪gを 皮 下投与し た際の 合計行 動i乎価点 が有意 に増加していた。このことは行動感作が形成されていたことを示してい る 。CZPを 併用 反 復 処置 す る と、CZPは 行 動 感 作獲 得 を 用量 依 存陸に 抑制し ていた。
次に 、MA行 動 感 作獲 得 過 程に 及 ぽ すbenZodiaZepine拮 抗 薬の 影響に ついて検 討し た 。Ru(10mg瓜g) 十MA反 復 処 置群 に っいて、7〜8日間 の休薬期 間をおい て各群 にMA (lmg爪g)を皮 下投与し た際の 運動量の検討では、MA反復処置群は生食反復処置群に 対し 有意に運 動量が 増加して いた。 鬥u(10mひくg) 十MA反復処 置群でも運動量が増加 し て おり 、MA反復 処置群 との間に は有意 な変化は 認められ なかっ た。また 、急性 投与 実 験 にお い て 、Flu(10mひくg) の投 与量で はMAの急性 投与に よる運動 増加に 対して は 影 響を 与 え なか っ た 。以 上 か らRuはMA行 動 感 作獲 得 過 程は 抑制 しないと 考えら れ る。
さら に 、Benz鹹aZepme作 動薬 のMA行動 感 作 獲得 過 程 抑制 効 果に及 ぽす拮 抗薬併用 投 与 の影 響につ いて検 討した。MA反復処 置群は、 生食反復 処置群 と比較し て有意 に運 動 量 が増 加 し 行動 感 作 が形 成 さ れて い た 。一 方 、Gp(015mg爪g)十MA反 復処置 群は 生食 反復処置 群との間には有意な変化は認められず、CZP(0.5m飢くg)は行動感作獲得 を 抑 制 し てい た 。 さら に 、FLU(10mg瓜g) 十CZP十MA反 復 処 置群 はMA反 復 処 置群 と の 間 には 有 意 な変 化 は 認め ら れ なか った 。これら の結果よ り、HU(10mg/kg)はCZP
(o.5mg爪g)の行動感作獲得抑制効果を阻止したと考えられる。
CZPは中枢性benZo出aZepine受容体に高い親和性と選択性をもつことが知られており、
FluがCZPの 効 果 を 抑 制 す る 点 を 考 え る と 、MA行 動 感 作 獲 得 に 対 するCZPの 抑 制 効 果 はbenZomaZepme受 容 体を 介 し てい る こ とが 示 唆 さ れる 。 さ らに 、benZomaZepm受 容 体 はGABAA受 容 体 と 複 合 体 を 形 成 し 作用 を 発 現す る 。 そ のた め 、GABAA受 容 体 を 介 し た 神 経 伝 達 系 の 促 進 が 行 動 感 作 獲 得 の 抑 制 に 関 連 し て い る と 推 測 さ れ る 。 腹側 淡 蒼 球と 側 坐 核のGABA系 神 経は 腹 側 被 蓋野 に 投 射し て おり、 腹側被 蓋野は中 脳 ― 皮質 辺縁系 ドーバ ミン神経 系の細胞 体が存 在し、行 動感作 獲得につ いて重 要な役 割を もつこと が推測 されてい る。し かし、腹側被蓋野のドーパミン神経細胞体には主に GABAB受 容 体 が 存 在 し て い る と 考 え ら れて お り 、GABAB受 容 体 作動 薬 の 腹側 被 蓋 野 へ の 局所 投 与 が行 動 感 作獲 得 を 抑制 し た とい う 報 告 も認 め ら れる。そ のため 、GPが 直 接 的 に 腹 側 被 蓋 野 に 作 用 し 行 動 感 作 獲 得 を 抑 制 し た と は 考 え に く い 。 一つ の 可 能性 と し て、CZPは 前 頭 葉皮質 のGABA―benZ0diaZepine受 容体に 作用し、
行 動 感作 獲 得 を抑 制 し たと 推 測 する こと が出来る かもしれ ない。GABAA受容 体作動 薬 である4、5、6、7−tet瑚hydroiSoxazolo[5、4℃]p如出nー3―ol(THP)の前頭葉皮質への局所
投与 が、 マウ スに おけるamphetamine全身投与により生じる行動感作 の獲得を抑制した と報告も認められている。しかし、THII そ れ自身も線条体への局所注入では常同行動 を生 じ、 線条 体で はGABAA受 容体 拮抗 薬のbicuculline局所投与が、 行動感作獲得を抑 制す ると も報 告さ れており、これらの知 見から、GABA‑benzodiazepine受容体は脳のそ れぞれの部位で異なった役割を果たしている 可能性が推測される。いずれにしても、今 後CZ)の 脳 内 局 所 投 与 が 正 確 な 作 用 部 位 の 推 定 に 必 要 と 考 え ら れ る 。 最 後に 、MA行動 感作 発現 過程 に 及ぼ すbenzodiazepine作動薬の影 響について検討し た。MA反 復処 置群 は生 食反 復処 置 群と 比べ 運動量が有意に増加して いた。これは、行 動 感 作 が 形 成 され 、 かつMA再 投与 時に 行動 感作 が発 現し てい るこ とを 示し て いる 。 さ ら に 、MA反 復 処 置 群 で はMA再 投 与 時 にCZP (lmg爪g) を 前 処 置 し て も 運 動 量 の 増 加 に 有 意 な 変 化 は 認 め ら れ な か っ た 。 っま り 、CZPはMA行 動感 作の 発現 は 抑制 し ないと考えられる。
動 物に おけ る行 動感 作の 成立 は 、覚 醒剤 精神病の症状に対応する 現象である。した がっ て、 本研 究の 結果 は覚 醒剤 乱 用開 始か ら精神症状の発現にいた る過程において、
GABA−benzodiaZepine系の関与を示唆するも のである。また他の報告をも考慮すれば、
精神症状の発現にも複数の伝達物質系を合む 神経回路網の変化を想定すべきかもしれな い。現在、精神分裂病の生物学的仮説は、ド ーパミン神経終末部に注目する初期の段階 から、認知記憶障害や縦断面的経過を考慮に 入れた、より精密なものが求められる段階 となっている。動物モデルにおいてGABAーbenZodiaZepine系の関与を示す本研究結果は、
精神分裂病の理解にも示唆を与えるものと言 えよう。
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
覚醒剤精神病モデルラットにおけるgamma‑aminobutyric acid (GABA)‑benzodiazepine 神 経伝 達 系の 役割 に ついて
覚醒 剤 精神 病は 、そ の臨 床的 特徴 の類似性から精神分裂病の病態モデルとして注 目されている。一方、覚醒剤を実 験動物に反復投与すると運動増強作用や常同行動惹起 作用が次第に増強し、休薬後にも 過敏性が長時間持続し、覚醒剤再投与によって増強反 応を示す。この現象は行動感作くSensitization)と呼ばれ、動物における行動感作のヌ カニズムの研究は、覚醒剤精神病 の解明に有益であり、さらには精神分裂病の理解にも 寄与するものと期待される。行動 感作は脳内の可塑的変化を基盤に持っものと思われ、
学習やキンドリングあるいは長期 増強(Long′rennPotentiation)などと類似する側面を 有する。すなわち、いずれの現象も反復刺激によって形成され、N−methyl‑D‑aspartic acid (NMDA)受 容 体 拮 抗 薬 や ム ス カ リ ン 性 ア セ チ ル コ リ ン 受 容 体 阻 害薬 、夕 ン パク 合成 阻害薬などによって形成が抑制さ れる。このような現象的、薬理学的な共通性を考慮す ると、学習やキンドリングに対し て抑制的に働く薬剤が、どのような作用を示すかを検 討す るこ と は意 義の ある こと であ る。 抑制性補経伝達物質であるGABA一benzomaZepme 作動薬は、学習やキンドリングに 対し抑制的に働くことが知られており、臨床的に精神 分裂 病の 病 態に もGABA‐benzomaZepme系はある程度関与していると推定されている。
本研 究で は 、抑 制性 神経 伝達 物質 であ るGABAA‐benZomaZepme受容体複合体に作用点 を持 つbenZomaZepme系薬 剤を 用い 、精 神分裂病のモデルでもある覚醒剤精神病モデル 動 物 を 対 象 に 、 運 動 増 強 作 用 を 指 標 と し て 行 動 感 作 に 対 す る 影 響 を 検 討 し た 。 実 験 には190〜270gのWbterIK地系 雄性 ラッ トを 使用 し、 投与 後の 行動 は 視察 的観 察あるいは、赤外線センサーを用 い運動量を測定した。使用薬剤はすべて皮下投与を行 しゝ 、mema呷heta亅nne帆u、benZ刪aZepm作動薬はclonaZepan1(〔Z)、benZ讎aZepme 拮 抗 薬 はnumaZe皿 卿u) を 使 用 し た 。 は じ め に 、MA行 動 感 作 獲 得 過 程 に 及 ぽ す benZomaZephle作 動 薬 の 影 響 に つ い て検 討し た。MA(lmひ @の 投与 を10日 間反 復し て受 けた ラ ット は、 生食 反復 処置 を受 けた群と比較して、7〜8日間の休薬期間をおい てMAlmg爪gを皮 下 投与 した 際の 運動 量カ 靖意 に増 加し てい た。 その ため 行 動感 作が 形 成 さ れ て い た が 、G璽 を 併 用 反 復 処置 する と、GTは 行動 感作 獲得 を用 量 依存 性に 抑 制 し た。 次に 、MA行 動感 作獲 得過 程に 及ぽ すbenZ( 油aZepme拮抗 薬の 影 響に つい 一3301
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て検 討し たカt同uはMA行動 感作 獲得 過程 は抑制しなかった。そこで、benzo匝aZep血e 作 動 薬 のMA行動 感作 獲 得過 程抑 糾効 果に 及ぽ す拮 抗薬 併用 投与 の影 響に つい て 検討 して みる と、MA反 復処 置に より 、行 動感 作は形成されていたが、く2P(05mひ(g冫を 併 用 反 復処 置す ると 丶 行動 感作 獲得 を抑 制し てい た。 さら に、QP+MA反 復処 置 に際 し 、FLU(lonlg/幽 を 併用 投与 する と、MA反 復処 置群 との 間に は有 意な 変化 は 認め ら れ な かっ た。 これ ら の結 果よ り、FLU(10m眺g) はGP(o.5mg爪g冫の 行動 感 作獲 得 抑 制 効 果 を 阻 止 し た と 考 え ら れ た 。 最 後 に 、MA行 動 感 作 発 現 過 程 に 及 ぽ す benZomaZepぬ 作 動 薬 の 影 響 に っ い て 検 討 し た が 、GTはMA行 動 感作 の発 現は 抑 制し なかった。
以 上の 発表 に際 し、 質問 を受 け解 答し た。まず、吉岡教授よルラットの行動感作獲 得と成育過程との関係について質問を受けた。一 般には出生後ある一定の期間は行動感 作獲得がされない点を姉tを引用の上で解答し、発達過程との関連性にっいて説明した。
さ ら に 、GABAA作 動薬 の行 動感 作へ の影 響に っし ゝ て質 問を 受け た。GABAA作 動 薬の 脳内局所投与により、行動感作の獲得が抑制され るという文献を引用し、その行動感作 獲得への影響について説明したが、一方で全身投 与の場合には手技的な問題点が多い点 について説明した。次ぎに、菅野教授より、今回 の結果と臨床症状、特に精神吩裂病へ の影響について質問をうけた。動物における行動 感作の成立は、覚醒剤精神病の症状に 対応する現象であり、したがって、本研究の結果 は覚醒剤乱用開始から精神症状の発現 にい たる 過程 において、GABA−benZ0maZepine系の関与を示唆するものである点にっい て説 明し た。 さら に、 その 縦断 面で の類 似性から、benzo出aZepb作動薬の精神分裂病 における再発や再燃の予防に可能性について説明 した。
本研究の成果は精神分裂病のモデルでもある覚 醒剤精榊芳モデル重わ物を対象に、運 動増強作用を指標とした行動感作におけるGABA―benZo出aZepめe系の関与を示唆するも のであり、今後、精神分裂病の病態ヌカニズムを 解明するうえで役立っことカ湖待され る。審査員一同は、これらの成績を高く〓乎価し、申請者が博士(医学)の学位を受ける のに充分な資格を有するものと判定した。