博士(医学)立野佳子 学位論文題名
HIV . 1 の 増 殖 抑 制 お よ び 分 離 に 及 ぼ す CD8 十 細 胞 の 効 果 学位論文内容の要旨
Iはじめに
Human immunodeficiency virus type l(HIV‑1)抗体陽性者は、末梢血中に抗ウ イ ル ス 効 果 を 持 つ CD8+細 胞 を 有 す る こ と が 知 ら れ て い る 。 本 研究では、 まず42名の抗 体陽性者か ら得られた 末梢血、212検体から CD8+細 胞除去法を 用いてHIVニ1分離を行った成績について報告する。次に CD8+細胞のHIV‑1増殖に及ぼす影響を検討するために、抗体陽性者から得ら れ た末梢血リ ンパ球より 、CD8+細胞を除 去して得ら れたHIV‑1と、CD8+細 胞を除去せずに得られたHIV‑1について、その両者を比較検討したので、以 下にその要約を述べる。
1I対象
HIV‑1抗体陽性者42名(血友病33名、同性愛者5名、異性愛者3名及び針刺し 事故1名)を対象とし、これらの症例についてそれぞれー回から複数回にわた り 、のべ212回のウイル ス分離を試みた。さらにCD8+細胞のHIV‑1の増殖に 対 す る影 響 を 血友病Aの4名と針刺 し事故によ り感染した 症例1名 の計5名 (CDCII)について検討した。
m方法
HIV‑1の分離:症例より得られた末梢血リンパ球(PBL)を抗CD8単クロ・ン 抗体と反応させた後、抗マウスIgG抗体をコ‐トしたプレ・トを用いて非付着細 胞を回収し、PHA刺激正常人PBLと混合培養を行った(B法)。一部の検体につ いてはPBLよりCD8+細胞を除かずに同様に混合培養を行った(´法)。培養開 始後、3.4日毎に培養上清を回収し、逆転写酵素(RD活性とp24抗原量を測定 レ、HIV11の分離を確認した。
CD8十細胞のHIV.1増殖に対する影響の検討:CDCHにある3症例からA法、
B法で分離されたHIV・1をそれぞれPHA刺激正常人リンパ球に感染させた後、
この培養系に同症例のCD8十細胞、または他の無症候症例のCD8十細胞を混合し 培養を行った。上清中のRT活性値を測定することにより、産生されるウイルス 量 を測定し、CD8十細胞を加えずに同様に培養を行った系のRT活性値と比較 した。
宿 主域の検討 :MT2、HUn8、Raji、U937の各種培養 細胞株と正常人末梢
血から得られたprimarymacro phageに対してA、B法それぞれにより分離され たHIV‑1の感染性を検討した。
South emblot法による検討,:A丶B両方法で分離されたHIV‑1をそれぞれ、
正常人 リンパ球に 感染させた 後、細胞全DNAを抽出した。DNAを各制限酵素 で消化後、southern blot法を行った。プ口・ブはHIV‑1の全遺伝子を含むp26を 用いた。
V3ル‐プの遺伝子解析:上記で得られたDNAを用いてpolym erasc ch ain reaction (PCR)法により、HIV‑1のエンベ口・プ遺伝子のV3領域を増幅し、そ れぞれのPCR生成物について直接シ・クエンスを行った。さらにそれぞれにつ いてクロ‐ニングを行い、得られたクロ‐ンについても同様にシ・クエンスを行 った。
IV結果
HIV‑1の分離:42名中39名からHIV‑1を分離した(92.9%)。HIV‑1を分離で きなかった3名は、ウイルス分離を一回しか試みなかった血友病の症例であっ た 。 こ れ ら は 、 デ 一 夕 の 得 ら れ な か っ た1名 を 除 きCD4/CD8比 、CD4十 細胞数と もに正常範囲にあった。19名については、経時的に複数回ウイルス 分離を試 みたが、う ち5名 はCD8+細胞の除去の有無に拘らずウイルス分離し づ らか っ た。 こ のう ち4名 はCDCIIにあ る症例であ ったが、1名につい ては AIDSを発症し た同性愛者 であった。CD8+細 胞除去法の 有効性を検 討するた めに、」 琺士B法を行い分離率、p24抗原陽性化の時期について検討したとこ ろ、B法のみで ウイルス分 離し得た例 は10%に達 した。また 両方法でウ イル ス分離し 得た102検 体において も、15検体においてB法による分離の方がA法 に比して抗原陽性化が早かった。
CD8+細 胞 の増 殖 に及 ぼ す影 響:CD8+細胞のHIV‑1増殖に 及ぼす影響 を検 討したところ、CD8+細胞を除去せずに得られたウイルス( A ウイルス)と CD8+細胞を除去して得られたウイルス( B ウイルス)では、自己または非自 己のCD8+細胞を培養系に加えた時に、HIV‑1の増殖に差のある場合があった。
即ち、 B ウイルスは パ ウイルスに比してCD8+細胞の有する増殖抑制作用 に対レて 感受性を有 していた。 一方、AIDS関連症候群(ARC)に近い症例にお いては、CD8+細胞を加えても パ、 B ウイルス両者への増殖抑制作用が認 められな かった。次に、両法で分離したウイルスの増殖速度及び、宿主域を 検討した ところ、両 ウイルス間 に差を認めなかったが、検討した5症例のう ち4症例で、両ウイルスの制限酵素切断パターンに明瞭な差を認めた。残る1 症例は嚢 期が進んでいる症例であるが、この症例から両方法で分離したウイ ルスは類 似の制限酵素切断パ夕一ンを示した。V3ループあ聶基琵茹あ検[1そ は、両ウイルスの間での相同性は87.9〜100%と高く、クローン間でも A ウイ ルス、 B ウイルスの間の塩基配列の違いに共通する傾向は認められなかっ
V考察
42名 のHIV‑1抗体 陽性者から 得られた212検体よりCD8+細胞除去法を用い
てウイルス分離を行い、従来わが国で報告されている抗体陽性症例からの分 離率と比較レ、極めて高い分離率を得た。この高い分離率が得られた理由の ー つに、CD8+細胞を除去して分離を試みたことがあげられる。すなわち、
CD8+細胞を除去することによってのみHIV‑1を分離し得た検体は全体の10% を占めたこと、またCD 8+細胞を除いた方がp24抗原の陽性化が早かったこと か ら、CD8+細 胞がHIV‑1増 殖に 対して 抑制 的に 働き、CD8+細胞の除去によ ってウイルスの増殖が促進されることが示唆された。特に、より病初期の症 例からHIV1を分離する場合は、CD8+細胞除去法は有用な方法と思われた。
CD8+細胞の抗ウイルス効果とレては、感染細胞に対する抗原特異的な細胞障 害性T細胞(CTL)活性を介する機序の他に、CD8+細胞から分泌される可溶性 物質によるウイルス増殖抑制機序が報告されている。今回示した増殖抑制作 用 は、自 己及 び非 自己双 方のCD8+細胞 につい て認められたことから、MHC の拘束をうけるCTL活性とは異なっており、他の機序すなわち可溶性物質な どによる効果である可能性が示唆された。さらに今回、病初期にある症例に おいて、CD8+細胞のウイルス増殖抑制作用に対して異なる感受性を有する複 数種のウイルスが生体内に存在することを明らかにした。一方、病期が進行 した症例では、両ウイルスともCD8+細胞のウイルス増殖抑制作用に抵抗性を 示し、制限酵素切断パターンにも差を認めず、かつ分子生物学的に類似のウ イ ルスで あっ た。これらのことから、病期の進行と分離されるウイルスの CD8+細胞に対する感受性との関係について、以下のニつの機序が考えられる。
1)病期の進行とともにCD8+細胞のウイルス増殖抑制作用が減少し、CD8+細 胞の有無に関係なく同一のウイルスが分離された。2)病期の進行とともに CD8+細胞のウイルス増殖抑制作用に抵抗性のあるウイルスが優位に増殖して きた。どちらの機序がより強く関与レているかに関レては、今後の検討課題 で ある。 最近 、AIDS、ARCの症 例にCD8+細 胞を 投与し、治療的効果が得ら れたという報告がある。いまだ致死率の高いAIDSのより効果的な治療法の確 立のため、CD8+細胞の抗ウイルス作用について詳細に検討していくことは臨 床的にも重要なことと思われる。
VI結語
1)HIV‑1抗体陽性症例42名,212検体よりCD8+細胞除去法を用いてHIV‑1分離 を行い、約90%の高いHIV‑1分離率を得た。
2)病初期の抗体陽性者はHIV‑1の増殖を抑制する作用を有するCD8+細胞を持 っており、病期の進行とともにこのCD8+細胞のウイルス増殖抑制作用は低下 した。
3)病初期の症例においてCD8+細胞のウイルス増殖抑制作用.に対して感受性が 異なるHIV‑1が同一個体内に同時に存在した。
4)これらCD8+細胞に対して感受性を有するウイルスがAIDS発症における潜 伏期を規定している可能性が示唆された。
学位論文審査の要旨 主査 教授 松本脩三 副査 教授 小林邦彦 副査 教授 生田和良
HIV―1の 増殖抑制 および分 離に及ぼ すCD8+細胞の 効果
Human immunodeficiency virus typel(HIV−1) 抗体陽性 者は末梢 血中に抗 ウ イ ルス 効 果を 持 っCD8+細胞 を 有す る こ とが 知 られ て い る。 立 野 氏の 研 究は 42名 の 抗体 陽 性者 か ら 得ら れ た末 梢 血 、212検 体 からCD8+細胞 除去法を 用いて まずHIV一1分離 を 行 ったうえ 次にCD8+細胞 のHIV―1増殖 に及ぼす影 響を検討 す る た めに 、 抗体 陽 性 者か ら 得ら れ た 末梢 血 リ ンパ 球 より 、CD8+細 胞を 除 去し て得 ら れ たHIV―1と 、CD8+細胞を 除去せず に得られ たHIV−1につい て、その 性 格を 比 較 検討 し たも ので ある。ウ イルス分 離の対象はHIV−1抗体陽 性者42名で あり 、CD8+細胞 のHIV一1の増殖に 対する影 響に関し ては血友病Aの4名と針 刺し 事故 に よ り感 染 した1名の 計5名を対 象とした 。HIV−1抗体陽 性者から 得られた 212検 体 よ りCD8+細 胞 除去 法 を 用い て ウイ ル ス 分離 を行った ところ、 従来わが 国 で 報告 さ れて い る 分離 率 と比 較 し 、極 め て 高い 分 離率 が え られ た 。こ の 高 い 分 離 率 が 得 ら れ た 理 由 の1っ にCD8+細 胞を 除 去し て 分 離を 試 み たこ と があ げら れ る 。す な わち 、CD8+細 胞を除去 すること によっての みHIV−1を分 離しえ た 検 体は 全 体の10Xを 占め た こと 、 ま たCD8+細 胞 を除 い た 方がp24抗 原の 陽 性 化が 早 か った こ とか らCD8+細 胞がHIV―1増 殖に対し て抑制的に 働き、CD8+細 胞 の 除 去に よ って ウ イ ルス の 増殖 が 促 進さ れ る こと が 示唆 さ れ た。 今 回立 野 氏 が 示 した 増 殖抑 制 作 用は 、 自己 お よ び非 自 己 双方 のCD8+細胞 に つ いて 認 めら れ た こと か ら、MHCの 拘束 を うけ るCTL活性 と は 異な っ てお り 、 他の 機 序す な わ ち 可溶 性 物質 な ど によ る 効果 で あ る可 能 性 が示 唆 され た 。 さら に この 研 究 で 病 初期 に ある 症 例 にお い ては 、CD8+細 胞の ウ イル ス 増 殖抑 制 作 用に 対 して 異 な る感 受 性を 有 す る複 数 種の ウ イ ルス が 存 在す る こと が 明 らか に され た 。 一 方 、病 期 が進 行 し た症 例 では 、 両 ウイ ル ス ともCD8+細 胞の ウ イ ルス 増 殖抑 制 作 用に 抵 抗性 を 示 し、 分 子生 物 学 的に 類 似 のウ イ ルス で あ るこ と が示 さ れ た。 こ れ らの こ とか ら 、 病期 の 進行 と 分 離さ れ るウ イルスのCD8+細胞iニ対 立
る感 受性との関 係にっいて 、以下の2っの機序が考えられる。すなわち第一 は病期の進行とともにCD8+細胞のウイルス増殖抑制作用が滅少し、CD8+細胞 の有 無に関係な く同一のウ イルスが分離される場合。第2は病期の進行とと もにC D8+細胞のウイルス増殖抑制作用に抵抗性のあるウイルスが優位に増殖 してくる場合である。どちらの機序がより強く関与しているかに関してtま、
今後の検討課題である。
以上をまとめると同氏の研究によりHIV−1抗体陽性症例の212検体よりCD8+細 胞除去法を用いてHIV−1分離を行うと約90%の高いHIV―1分離率が得られるこ と、また病初期の症例においてはCD8+細胞のウイルス増殖抑制作用に対して 感受性が異なるHIV―1が同一個体内に同時に存在すること、さらにこれらCD8
+細胞に対して感受性を有するウイルスがAIDS発症における潜伏期を規定して いる可能性のあることが示された。以上の結果はいずれもHIV感染個体を性格 づけるユニークな結果であり、学位論文として十分に評価できるものと判断 された。発表にひき続き副査の小林、生田両教授並びに小野江教授からそれ ぞれ質問があり、更に又副査の両教授からは後日個別的に質疑が行われたが、
い ず れ に 関 し て も 極 め て 妥 当 な 答 え が な さ れ た も の と 評 価 さ れ た 。
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