奈良教育大学学術リポジトリNEAR
精神薄弱者の社会生活能力の変化と環境条件 − AAMDの分類法による再分類結果を通じて−
著者 柳川 光章, 三好 環
雑誌名 奈良教育大学紀要. 人文・社会科学
巻 36
号 1
ページ 85‑93
発行年 1987‑11‑25
その他のタイトル Changes of Abilities of Social and
Environmental Condition of Mentally Deficient Adults −Through Results of Rejudgement
founded AAMD's Classification−
URL http://hdl.handle.net/10105/2066
精神薄弱者の社会生活能力の変化と環境条件
AAMDの分類法による再分類結果を通じて‑
柳 川 光 章 ・ 三 好 環 (奈良教育大学障害児教育教室) (桜井女子短期大学)
(昭和62年4月30日 受理)
問 題
Lewin,K.ft およびKounin,J.S.(7)は、精神薄弱児の行動に見られる硬さを、人格構造の特殊性 によって説明し、硬さは精神薄弱児に個有のものであると主張した。これに対してGoldstein,K.<5) は、精神薄弱児の硬さは破局状態‑の反応として示される二次的徴候であるとし、Werner,H.a7'は、
硬さはIl一一様性でなく多様性であり、精神薄弱児の硬さはLewinの言う構造的な硬さではなく、
状況に応じて示される機能的な硬さであると批判した。硬さの概念論争に端を発して以来、知的 欠陥を体質的恒久的な損傷ととらえる立場に対しての批判がたかまってきている。
最近の治療教育学の鎖域では、 Maher,B.A.a の「精神薄弱は主として社会的に規程された 現象」 、 Bijou,S.W.<;の「諸経験から利益を得ることのできない子ども」 、 Brount,W.R.‑ の
「発達の停止ではなく発達遅滞である」などの観点から、組織的な訓練によって遅滞の改善をは かることができる、と考えるようになってきている。
著者は、精神遅滞の改善にかかわる諸条件のうち、もっとも基本的に重視されなくてはならな い事柄として、精神衛生の問題を指摘してきた(18‑23)ここでいう精神衛生は精神的健康と同義であ るo これらの一連の報告は、個人にとって悪しき環境が疾病や問題行動を生起させ、あるいは増幅 させ、良き環境がそれらを軽減させていく事実にもとづいて、精神的健康の確保、そのための環境 条件の設定が重要であることを強調している。今回の報告に直接関連する先行研究(19,20,21)は、精 神薄弱者のための授産施設・ 「心境荘苑」に入所した後に、精神薄弱者が肯定的な変化を示して きている点を明きらかにし、その変化と環境条件との関連を考察しようとしたものであった。
本報告は次の内容を骨子とする: AAMD (American Association on Mental Deficiency) の1973年版のmanual'が示す分類基準に従って、精神薄弱者の入所当時と現在の精神遅滞の程 度を判別し、その依って来るところを心境荘苑の特異な生活環境との関連でとらえる。
AAMDの精神遅滞に関する定義は次の如くであるo
精神遅滞とは、一一般的な知的機能が有意に平均より低く、同時に、適応行動における障害を 伴う状態が、発達期に明きらかに示されてくるものをいう。
すなわち、知的能力の遅滞と適応能力の遅滞の二つの条件が備った場合にこれを「精神遅滞」と し、更にこの二つの遅滞のそれぞれの程度(軽度・中度・重度・最重度)によって総合的に精神 遅滞の4段階に分類する。当然のことながら、適応と知的機能のどちらかが非遅滞であれば、そ の者は精神遅滞とは見なされない。本報告では、知的機能の程度(I Q)は入所当時から現在ま でに変化していないものと仮定し、適応行動の変化の側面のみをとり扱った。知的機能の変化の 有無については近い将来に確かめ、その上で再分類を試みる予定である。
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86 柳 川 光 章・三 好 環 方 法 1 対象の実態
精神薄弱者援護施設・心境荘苑(法人)には調査時現在(1985年1月) 、 157名(男93・女64) が入所しており、その遅滞の程度は第1表に示すごとくである。精神遅滞の程度は日本の厚生省 の基準(6)によって、各都府県の精神薄弱者更生相談所が判定した。
この157名のうち、この施設に2年以上入所している老(range 2年1H‑18年2月)の133 名を調査対象とした。
第1表 入所者の遅滞の程度(1985年1月現在)
(判定は厚生省の基準による)
年 齢 分 類 実 数
18 歳
〜 8 0 歳
軽 度 8 1
中 皮 4 0
重 度 3 1
最 重 度 5
表2 調査対象者の実態( 1985年1月現在2年以上の在苑者)
(判定は厚生省の基準による)
分 類 実 数
合 併 症
言 語 障 害 て ん か ん 分 裂 症 自 閉 症 そ の 他 の
疾 病
軽 度 6 8 3 1 4
中 皮 3 6 2 l l 1 1 1 0
重 度 2 4 1 0 1 2 3 6
最 重 度 5 3 3 1 1 2
2 再分類・分類の方法
施設長・生活指導員・職業指導員および著者の合議により、入所当時の適応行動を判定する。
入所当時の判定の資料は、入所直前の精神薄弱者更生相談所における精神科医と臨床心理家によ る検査結果、問診、保護者からの事情聴取等の記録、入所後の観察日誌、および前記関係者の記 憶である。後述する如くこの施設の職員と障害者との接触は緊密で、観察記録は詳細であり、障 害者個々の過去の状態も関係者に知悉されている。著者は調査対象の半数以上を、彼らの入所時 に心理学的側面から面接・調査しており、また、この施設の助言者の立場から障害者に頻繁に接 触する機会をもっている。
再分類・分類を行ったのは1985年1月である。
結 果
精神遅滞の必要条件である知的機能と適応行動の遅滞のうち、知的機能については入所当時の I Qを用い、適応能力についてのみ判定した。先ず、入所当時の適応行動の遅滞の程度をAAM DのManualの「適応障害の水準と該当年齢表」に照合して推定し、これとI Qとの関係から入 所当時の精神遅滞の程度を分類した。同様の方法によって、現在の精神遅滞の程度も分叛した。
その結果にもとづいて両者を比較したものが第3表である。また、第4表は肯定的または否定的 変化をみせた者の数を示した。否定的に変化した2名は、共にテソカソ症状を悪化させているケー スである。
第3表 入所時と現在の精神遅滞の分類(実員) (1985年1月, AAMDの基準による) 入所時 の精 神
遅 滞 の 分 類 変 化 の 有 無 現在の遅 滞の
分 類
非 遅 滞 1 2
軽 度 6 4
非 遅 滞 1 2
6 0 軽 度 5 2
中 度 3 7
軽 度 8
中 皮 2 8 3 2
重 度 1
重 度 2 6
中 皮 4
2 5
重 度 2 ユ
最 重 度 1
最 重 度 6
重 度 3
4 最 重 度 3
88 柳 川 光 章・三 好 環 第4表 入所後の精神遅滞の変化(実員)
(AAMDの基準による)
軽 度 中 度 重 度 最 重 度 %
肯 定 的 変 化 1 2 8 4 3 2 0 .3
否 定 的 変 化 1 1 1.5
* m 5 2 2 8 2 1 3 7 8 .2
考 察 1 結果の考察
第3表および第4表に見る如く、肯定的変化を示した者は20%であることや非遅滞に移行した 者が12名であることは、心境荘苑の環境傑件が精神薄弱者にとってプラスに働いていることを推 測させる。第5表は著者が1972年に同施設において、在所‑I‑年以上の者を対象に調査した結果(19) であるが、ここでも同様に、社会生活能力の肯定的変化が多くの者に見られる Doll.E.A/その 他が指摘するように精神薄弱者の適応能力の可塑性は認められても、このように顕著な変化を示 すことはI‑一般に容易に期待できないことであろうo 著者は、そのことに関連してこの施設の環境 条件の特殊性を考えるのである。
第5表 在苑期間中の社会生活能力の変化(1972 実員)
調 査 項 目 とて も
よ くな った よ くな った か わ らない わ る く な っ た
とて もわ る くな った
1 協調性 を中心 とす る対人関係 5 2 1 2 0 1 1
2 仕事 や遊 びで の集団 参加 2 3 7 9 0 0
3 会 話の頻度 や 内容 2 2 0 2 6 0 0
4 相 互の意志 の伝達 . 理解 0 2 2 2 5 1 0
5 ま じめ さな どの 作業態度 4 3 3 l l 0 0
6 作業 能率 4 1 8 2 6 0 0
7 感 情や欲求 の 自己統 御 0 3 9 8 1 0
8 身辺 処理 0 4 8 0 0 0
9 明 る さ積極 さの生 活意欲 0 3 5 ユ2 1 0
10 自己主張 3 2 5 2 0 0 0
2 施設・心境荘苑の環境僚件 A 心境荘苑の成立過程(13・14,15,捕)
1936年、天理教の布教師であった尾崎増太郎は、天理教の教義に反逆して"祭増壊し事件"を ひきおこし、これを端緒に約十年間の厳しい"村八分''がはじまった。尾崎に同調する他の3家 族と共に、この4家族は地域社会の心理的な経済的なあらゆる迫害を受けることになる() 4家族 は自衛のために・か所に属性して共lriJ生活を営むが、その/L活形態ゆえに共産L義名と見なされ 官憲の弾什もはげしく加えられて、第2次大戦の末別には想像を絶する;ち'・難を強いられた。当時 の日本では、共産士義は弼家1:.義・軍川l二義に逆行して国家を破滅に導く思想として敵視されて いたo終戦の日を警察の留置場で迎えた尾崎らは、戦後の貧窮と混乱の中で共同体再建に努力を 似けた。戦小の"秩序の破壊者"ば戦後"民l‑」二義の先駆E・"と言われながら、黙々と勤労し、
同人も数十人となり、社会的信頼を得ると共に経済的な安定も確実にしていった。彼らの 主業は 農業であったが後に畳床製造に変わり、そして現在は襖製造である。
自由とは何か、人が人らしく生きるとはどういうことかを戦中の苦難の中で模索してきた尾崎 らは、共同体によって自らを徹っただけでなく、共同体こそ人の自由と埠厳を保証する′自舌形態 であるとの信念をいよいよ囲くするo 「心境」とは"心境(心)を つにして/tきる"という希
いをこめて名づけられたものであるO
「生活共同体・心境」が 一貫して実践してきた事実は、勤労と生活の享受の・体化とY'‑等の'表 現であった。共同体であるために無駄な川費はなく、個人が富の蓄積をしない故に次第に経済的 な余裕が生まれていった。 y一等の実現は、女性をft酷な労働から解放することからはじめられ、
男女間や老若間の差別をなくし、それぞれの能力に応じた労働に従い、共に′日石を享受すること に及ぶ。
1960年代には則司体の経済的展観は安定し、豊かな生活の未来が展望できる段階に争って、彼 らは彼らの生活を福祉事業に拡大することを志向した。心境共同体の理念と/HTTi実践の延長線」‑̲
に施設の創設を構想し、 1967年、 「精神薄弱者援護施.没・心境荘苑」を発足させたo B 精神薄弱者をめぐる環境
1)物理的環境の整備
施設・心境荘苑は奈良県南部の農村地′汚封こあり、心境同人約80名(幼児を含む)と精神薄弱者 約160名が共同体生活を営んでいる。展住区の建物総面積は20,500m2で事務所・食堂・浴場・居 室・医療室等がそこにある。建築は1966年にはじまり、 1982年の第5期工事で1一一応完成した。障 害者の入居施設としてこれほどの余裕をもったものは円本にはないO 尾崎らは、同庫から支出さ れる金額では満足なものは出来ないと、その3‑4倍の資金を投じて1.̲期ごとの建築にあたったo それらはすべて借財である。このような危険を何故に敢えておかすのか(。尾崎は次のようにいうo
「精神薄弱者の多くは無能力厄介者として社会から疎外され差別されている。そのような非人問 的な扱いの中で彼らの無能をいうのは誤りである。人として生きる条件をまず保障することであ
る。そこから従来の通念を破る精神薄弱者の生き方が示されてくる筈だ。 」 2)心境と心境井苑
生活共同体「心境」に併設されたこの施設は、 18歳以j二の精神薄弱者を長射HI入所させてその 社会的自立を授けるためのものである。併設以後の施設の運営形態や生活様式からは、図1の如 き説明が妥当のように思われる。共同体発足当時(1936)の4家族は、その私有財産(山林・出・
畑)を心境荘苑に寄附し、文字どおりの心境荘苑との運命j雄司体となったo r心境」は発展的に
!X) 柳 川 光 卓・三 好 環
「心境荘苑」と合体したのでしあるO心境同 人と障害者は彼らの生産手段である「心境農 産丁二場」において共に襖製造の作業に従事す る。これは保護授産形態で、障害者は施設外 で労働する必要はない。尾崎らはこの生活共 同体(心境荘苑)を一つの社会と考えるゆえ に、施設外の一般社会に出ることも心境同人 となって心境荘苑に永住することも、共に社 会復帰であると考える。何れを選択するかは 障害者自身にまかせられるのでるが、ほとん どの障害者が施設をIll
M4ようとしない。
心境荘苑の別の特徴は、その運営が「心境」
共同体の伝統的な大家族主義によってなされ ていることである。
3)平等の原則 第1図 心境同人と精神薄弱者の関係
心境非苑には健常者と障害者の問や男女の問に・切の差別がない.彼らはそれぞれの能力に応 じて労働に参加し、生活を平等に亨受する。r二場での襖製造を主体に、炊事・掃除・洗濯などの 仕事を健常者と障害者が受けもつが、障害者が強制的に労働に追いやられたり過大な要求を強い られたりすることはない0
4)余暇利用
「ゎれわれは/=舌を豊かにするために労働する」という心境同人の基本姿勢は、積極的な余暇 利用につながる。休日の障害者は、手芸・日本式の茶の礼法・コーラス・野球・読み書きの学科 学習などのクラブ活動に参加する。指導者は心境同人とヴォラソテァである。春秋2回の障害者 の家族を招いての園遊会や月例の催しを楽しむ。心境荘苑所有の温泉保養所やスキーの山荘を利 用し、年に一・度は三IIHFI
IfMはどの国内旅行もある.これらを実行にうつすために、同人たちは余暇 をつくり出すことに「夫を凝らすのである0
5)入浴の意義
1936年の共同体発足以来今「lまで、尾崎たちはI一一日も入浴を欠かさない。入浴はI一一一日の労働の 汁を洗い流し身体を清潔に保つことだけが目的ではなく、それによって労働と安息の時を心理的 に区切る重要な意味を持つ、と尾崎らは考える。また尾崎は、[不潔な体からは生活‑の意欲も 美しい恋愛感情も生まれない」と言い(12)、精神薄弱者の入浴には格別の関心を示し、真剣に入 浴指導に努力する。従って入浴は欠くことのIll
│I4来ない日課の・つとなっている。
6)大家族̲L義
心境はその発足以来、大家族主義によって統・されてきた。Pi難を越えて今日の発展をもたら し得たのは、同人が"家族"としての心理的紐帯で結ばれていたからだ、とし、う信念がそこには あるo心境同人はその大家族主義に榊島した者たちであるoもちろん、夫婦・親子の単位は心境 の中にあるのだが、心境が「家族会議」という場合は同人全員の会合を言う。尾崎をはじめとす る心境同人は、この考え方を施設運営に敷ffiL、‑一般家庭で障害児があれば家族がこれを援けて いくように、心境荘苑の障害者に"家族としで'接しようとする。心境荘苑においては「施設」
「収容」「障害者.」r精神薄弱」などは禁句であり、障害者も自らを"施設に収容されている精
神薄弱者"と意識することはないか、あってもうすいものである。心境荘苑には理事長とか苑長 とか先生とかの呼び名はない。理事長の尾崎は「おっちゃん」 、苑長の杉原良枝は「おばちゃん」 、 そして他のすべての同人も愛称で呼ばれるのである。こういう姿も日本の他の施設に見られない。
7)指導組織
上述したような大家族1:̲義によって運営される心境荘苑では、従って、精神薄弱者のL描野内な 生活指導や職業指導はすべて心境同人によってなされる。心境荘苑には事務職員やl二場労働イ机こ 部外者もいるが、それらの人びとは直接には障雷者の指導にあたらない。この点も他の施設には 見られないところであろう。
C 障害者と環境のダイナミ、ソクス
1967年の施設発足当時、心境同人は精神薄弱についての知識を全く持ちあわせず、施設を創る ことを決定した後にこれについて学び、試行錯誤を重ねながら施設の運営にあたってきた、とい うのが実情である。もちろん、指導法・訓練法の理論も技術も皆無であった。元来同人たちは農 民であり、誠実に働いても他人を教育することは得意としない人びとであった。現在でも同人た
ちは日常生活の中で具体的な指導はしても、改めて目標を立てた「訓練」や「教育」は施さない。
同人たちが巌も努力していることの一つは良き環境をつくることであり、それによって障害者 の良き生活態度を醸成することであるO良き環t蝣‑をつくるとは、衣・食・住を充分で快適なもの にするといった物理的環境を整備することと、精神薄弱者の精神活動が活発になるような、彼ら が自ら人Ffj掴復を果たしていけるような心理的環境を拡大することであるO良き生活態度の育成
とは、他人の立場を考え、他人に迷惑をかけない、まじめに生きるといった行動が日常的になる ことであって、特に「訓練」を要することではない。
同人たちは「訓練」 「教育」より、まず、障害者の心を開かせ、彼らの精神的な健康の回復を はかることに力を注ぐ。精薄者の多くは、多少とも暗く悲しい生活史を糾って入所してくるo し かし心境荘苑には、彼らが経験してきた差別や迫害や4く平等はない。能力にみあった労働と楽し さを享受できる生活がある。時間の経過と共に、彼らから不必要な抗争や逃避や卑屈さの態度が 影をうすくし、明かるさや生活‑の意欲が色濃くなる。第5表はその事実を示していると言って
よいのではないか。
総 括
AAMDの精神遅滞の分類方法に従って、施設・心境荘苑の精神薄弱者の適応能力を判定し、
I Qとの関連からその精神遅滞の程度を分撰したO入所当時の分類と現在を比較すると、 20%の 者が精神遅滞度を軽減させ、 133名中12名が非遅滞に分熱された。このような傾向がもたらされ た要因は、心境荘苑の特異な環境であり、評価されるべき心境同人の努力がそこにあることを許
者は強調した。
心境荘苑は、その成立過程・建築‑の多額の投資・運営の独創性などの点で、日本の他の精神 薄弱者施設に例をみない。性界的な見地からも稀な存在といえよう。,しかしながら、暑者はその
ことに第 ‑に注Hするのではない。心境荘苑の実践と成果は、その理念と共に日本における障書 者福祉のあるべき方向を示唆している点が重要なのである。
精神薄弱者は久しい間無能ノ)者・厄介者扱いにされてきた。過去に、成人の施設は日本に極め て乏しく、あったとしても"棄民的性格"すらもっていたのであるo心境荘苑の指導者たちは、
92 柳 川 光 章・三 好 環
「人間の回復」をその実践の中でめざしている。代表者の尾崎増太郎は心境荘苑を自ら評して、
「不要として捨てられたチリ紙を、再びすき直してtu:のLf叫こ返す紙すきl二場」と言う。著者もま た、精神薄弱者にとって施設は終着駅ではなく折り返しの始発駅ではなくてはならない、と考え るゆえに、心境荘苑の20年の実践が示す意義を評価するものである。
文 献
( 1 )AAMD 1973 Manual on Terminology and Classification伊i Mental Retardation, Garamond/Pridemark Press.
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(13)杉原良枝1962 心境部落.春秋社.
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(20)‑1973 同 〔2〕 , 22,1,17ト178.
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(22)‑ ‑1967 精神蒲粥児の知能指数の変化と環境条件(2),児尭精神医学とその近接領域,8,1,4.
(23)‑ ‑1974 吃音の起関とlj・子の性格傾性,児塵精神医学とその近接領域, 15,1,22‑28.
Changes of Abilities of Social and Envirora稚ntal Conditior芯of Mentally Deficient Adults
‑Through Results of Rejudgement founded AAMD s Classification
Mitsuaki YANAGAWA
(Dept. of Defectology, Nara University of Education, Nara 630, Japan)
Tamaki MIYOSHI
(Sakurai Women's Junior College, Sakurai 633, Japan) (Received April 30, 1987)
In Shinkyo‑soen, the residential institution for the mentally handicapped adults,satisfactory results were obtained in a short period on improving the social adjustment of the mentally handicapped. It leads to the suggestion that inadequate social adjustment of the mentally handicapped must be grasped in relation to their social circumstances rather than held only as the results of constitutional defects fixedly. As regards the general tendency in this respect, the present writer gave general overviews in 1973, 1974 and 1975.
The purpose of the present paper is : to make a trial to rejudge the abilities of social‑life on the mentally handicapped in Shinkyo‑soen according to AAMD s