ヨーロッパ諸国にみる「スポーツ教育」の動向と課 題 −西ドイツ、ソ連、東ドイツ、オーストリア、
スウェーデンの場合−
著者 稲垣 正浩
雑誌名 奈良教育大学紀要. 人文・社会科学
巻 32
号 1
ページ 129‑148
発行年 1983‑11‑25
その他のタイトル Die Richtungen und Aufgaben der Sporterziehung in Europa −BRD., RSFSR., DDR., Osterreich, Schweden−
URL http://hdl.handle.net/10105/2299
餌NAa監事蕊.㌔霊832gan*(a c.V。l.32,N。.1(c霊t.&s。c.),1983
ヨーロッパ諸国にみる「スポー.ツ教育」の動向と課題
一西ドイツ,ソ連,東ドイツ,オーストリア,スウェーデンの場合‑
稲 Il l" iK 浩 (奈良教育大学体育学教室)
(昭和58年4月30日受理)
I 本研究の目的と課題
1)本研究の目的
「スポーツ教育」ということばそのものは、イギリスのパブリック・スクールにその典型的な 例をみることができるように、ヨーロッパ各国はもとより、わが国においても長い歴史的な意味 内容を形成してきている。しかし、近年になってしばしば誌上をにぎわすようになった「スポー ツ教育」の意味内容は、これまでの伝統的な「スポーツ教育」のそれとは若干その性格を異にし ていると言わねばならない。その違いのもっとも大きな特徴は、これまでの「スポーツ教育」が 青少年教育に集中して論じられてきたのに対し、近年の「スポーツ教育」は老若男女をすべて包 括した国民教育の一環としてとらえようとしている点にある。にもかかわらず、今日、わが国で なされている「スポーツ教育」に関する論議は、主として学校体育との関連のなかで展開されて いて、巨視的な視野に立つ論議を欠いているように思われる。したがって、「スポーツ教育」その ものの理念や内容についての共通理解は深まらないばかりか、議論百出して、その主張はますま す細分化していく傾向にあると言っても過言ではないであろう。つまり、「スポーツ教育」という ことばの持つイメジは多種多様であり、その主張の力点も多方面に分散しているのが実情である。
しかし、現在必要なのは国民教育の視座に立つ「スポーツ教育」の構想であり、そのための基礎 作業であろう。つまり、より建設的な論議を今後展開していくための共通の基盤を作っていくこ とが急務であろう。
本研究では、「スポーツ教育」論議に関するこうした現状認識に立つ、その基礎作業の一環とし て、ヨ‑ロッパ諸国が「スポーツ教育」についてどのような取り組みをし、どのような試みに着 手しようとしているのかという点を整理し、分析・考察を加えながら、ヨーロッパ諸国の「スポ ーツ教育」に関する動向と課題を明らかにしたいと思う。
2)先行研究の検討
ヨーロッパ諸国の「スポーツ教育」を軸にして、それらを比較考察するという本格的な研究は 残念ながら今日までのところまだ手にすることが出来ない。しかし、問題意識や焦点を若干拡大 して、各国別の体育・スポーツの一般的動向や学校体育の課題を明らかにしようとした論文は相 当数認めることができる(1)
。けれども、多少なりとも「スポーツ教育」の問題を扱い、複数国の
比較・考察をしたものとなると、その数はごく限られてくる。ここでは本研究の意図するところ
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と比較的近いと思われる研究を先行研究としてとりあげ、若干の検討をしておくことにする。
まず、拙稿: 「世界におけるスポーツ教育の動向」 (「体育科教育」第2 2巻第11号、 18‑21頁、
1974年、大修館書店)。この論文は本研究の問題意識の出発点であり、重要な礎となっている。し かし、ここでとりあげられた国は、イギリス、東ドイツ、西ドイツ、オーストラリアの4カ国で、
その問題意識も国際比較というよりはむしろ各国の動向を整理して紹介することに力点が置かれ ている。また、その後、約10年を経過してスポーツ教育に関する情況も大きく変化しているので、
再度検討し直す必要が生まれてきている。
高橋健夫: 「世界の潮流にみる学校体育の改革」‑運動教育とスポーツ教育の方向(「体育科教 育」第28巻第4号、 24‑27貢、 1980年、大修館書店)。サブ・タイトルにもあるように、運動教育 についてはイギリスとアメリカを、スポーツ教育については東・西ドイツとアメリカのプレイ論 を軸にして論を展開している注目すべき論文である。しかし、残念ながら、この論文の意図する ところは学校体育の改革にあり、本研究の意図するところとは若干問題意識が違っている。
高橋健夫: 「スポーツと教育」‑‑新しいスポーツと教育の関係(‑学校体育」第34巻第13号、
133‑139頁、 1981年、日本体育社)。スポーツ教育立論の根拠を「スポーツの内在的価値」と「ス ポ‑ツ的運動の人間学的関心」の2点から論究した論文。スポーツ教育の国際比較という関心よ りは哲学的、人間学的関心の強い論文。
拙稿: 「世界における体育の潮流」 (「体育科教育」第29巻第13号、 10‑14貢、 1981年、大修館書 店)。現代社会を体育・スポーツにおける大きな転換期にあるものという認識のもとに、 「労働」
と「防衛」を前面に押し出す社会主義諸国と生涯スポーツ‑の転換をはかる自由主義諸国の2大 潮流を対比させ、中立国オーストリアと民族の伝統を求めるスウェーデンの動向の意味するとこ
ろを問うたもの。本研究は、この論文を発展させ、とくにスポーツ教育に焦点をあてたものである。
以上が本研究に近い先行研究である。すなわち、本研究の意図する「スポーツ教育」の国際比 較はまったく新しい研究領域であって、これから本格的な研究が期待される債域である。
3)本研究の課題と方法
以上の先行研究の検討からも明らかなように、「スボ‑ツ教育」を国際的な視野から比較・考察 する研究というものは、ようやくその端緒についたにすぎないと言ってよいであろう。本研究も また、この分野のこうした研究の未成熟さの制約から逃れられるものではない。しかし、ヨーロ
ッパ諸国の「スポーツ教育」に対する取り組みはきわめて熱心になされており、その研究は日進 月歩の勢いであるL,このような情況下で「スポーツ教育」の国際比較をすることは、当然のこ とながら、大変な困難を伴なうものである。その理由は、言うまでもなく、 1つには「スポーツ 教育」に関する各国別の情報もけして十分であるとは言いがたいこと、したがって、現状では比 較・考察の視点を各国共通に定めることが困難であること、さらに言語上の制約から情報の得ら れる国に限界があること、などである。したがって、 「スポーツ教育」の国際比較を意図する本研 究は今後の本格的な研究に入っていくための序説的な基礎作業にとどまらざるを得ない。そこで 本研究ではこれまで比較的情報の多かったアメリカとイギリスについては割愛することにし、い わゆる自由主義圏については最近目ざましい動きのみられる西ドイツを軸にして考察することに し、これまで比較的情報の少なかった東ドイツ、ソ連、オーストリア、スウェーデンを取り上げ、
これらの国の「スポーツ教育」の動向と課題を明らかにし、これまでの研究をさらに一歩進める
ことに主眼を置いてみたいと思う。
ヨーロッパ諸国にみる「スポーツ教育」の動向と課題 iWI 以上のように、本研究はこれまであまり比較検討の対象とされなかったこれらの国々の「スポ ーツ教育」に関する動向と課題を比較考察するという初めての試みをとおして、今後の「比較ス ポーツ教育学」的研究への道を模索しようとするものであるo
I 諸外国にみる「スポーツ教育」の動向
1)生涯スポーツへの転換をはかる自由主義諸国‑西ドイツの場合
いわゆる自由主義諸国において、 「生涯スポーツ」とか「スポーツ教育」ということばが市民権 を得てしばしば論議の対象になりはじめるのは1960年以後のことと考えてよいであろう。すなわ ち、カナダのモントリオールで開かれた「国際成人教育会議」 (1960年)において、 「成人教育は、
いわゆる学校教育終了後の継続ではなく、生涯教育過程の一環である」̀2'ことが確認され、生涯 過程としての教育(education as a life‑long process),つまり生涯教育(life‑long education) についての合意が得られて以後のことである。この会議後に明らかにされた見解によれば、 「急 激な社会変動は、 ①教育を生涯にわたる過程として考え直す」必要を生じていること、 ㊨ 「この ような原則に立って成人教育の計画をなすべきである」̀2'という2大原則が明確に示されている。
こうした生涯教育的発想にもとづく体育・スポーツの対応が求められることになり、自由主義 諸国では一斉に生涯体育論や生涯スポーツ論が展開されることになった。しかし、それらの成果 がみのりはじめるのは1970年代に入ってからであり、その成果の1つが1975年の「ヨーロッパみ んなのスポーツ憲章」であり、 1978年の「ユネスコ体育・スポーツ国際憲章」̀3'であろう。
こうしたすう勢のなかで、学校体育のあり方についても、当然のことながら大きな反省が求め られることになり、旧態依然たる「体育」 (Physical Education, Leibeserziehung‑身体教育) から、身体教育的色合を払拭して生涯スポーツとの接点を求める「スポーツ教育」 (Sports Education, Sportunterricht, Sporterziehung)の理念や実践が誌上で論議されるようになってく
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