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雑誌名 奈良教育大学紀要. 人文・社会科学

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奈良教育大学学術リポジトリNEAR

開かれた音楽の構成、動機展開について −J.S.

BachのInventionにおいて−

著者 久納 慶一, 三木 孝子

雑誌名 奈良教育大学紀要. 人文・社会科学

巻 43

号 1

ページ 29‑43

発行年 1994‑11‑25

その他のタイトル On the Development of Motive, as open Structure of Music −In the Case of J.S.Bach's Inventions−

URL http://hdl.handle.net/10105/1656

(2)

奈良教育入学紀要 第43巻第1"j‑ (人文・社会)平成6年 Bull. NaraUniv. Educ., Vol.43, No. 1 (Cult. &Soc.), 1994

開かれた音楽の構成、動機展開について

‑J.S. BachのInventionにおいて‑

''、 ・1°白'fc

(奈良教育大学音楽教室) 三 木 孝 子

(天理大学) (平成6年4月28日受理)

第1章 音楽構成のタイプについて

音楽の受容、聴取についての問題は、音楽そのものの成立と直接かかわり合ったきわめて重要 かつ基本的な問題であるが、この間題により深く立ち入るほど、その込み入った問題の解決には、

さらに複雑な問題がなおも提起される困難な問題である。

音楽教育学において、音楽聴取の様々な種類、様態を記述して、作品解釈のいろいろな可能性 を示そうとしたのは、かってTheodor W. Adornoが(音楽社会学序説Einleitungin die Musik‑

s。zi。l。gie)11の中で音楽の聴取者の類型の分類を試みたのを始め、 Michael Alt (1905‑73)が、

(音楽の教授法Didaktik der Musik)レ'で試みたことであり、またD. Venusが(音楽聴取の指導 法Unterweisung im Musikh。ren)13:の中で示したことでもあった。

だが、そうした諸説をここで列挙することは、本論の目的ではない。ただここでは、とりあえ ず、ただ一つの正しい音楽聴取、すなわち正しい音楽の聴き方はないと言うこと、そして、そこ には様々な異なった音楽と音楽受容のあり方が存在し、また整理さるべき幾つかの類型的な音楽 の構成が存在することが確認できればよいのである。

アルバート・ヴェレックAlbertWellek (1904‑72)は、音楽心理学者の目から見て、特に二 つの素質と結びついた聴取態度を区分している。すなわち、その二つのタイプとは北ドイツで支 配的な「線的」あるいは「対位法的」な聴取タイプと、ヨーロッパの南の地方で優勢な「対立的」

あるいは「循環的」と呼ばれるタイプである。これは単に趣味の傾向とか、好みからではなく、

類型的な、強い「音楽聴取の志向」に基づいた特定の様式に対する「感受性」だと認めなければ ならぬとするものである。ヴェレックによれば、 「線的なタイプは、 ‑より強く線的対位法的な 聴きかたに素質づけられ、 ‑対立的なタイプはより多く和声的‑音響的なものに素質づけられて いるのである。」と言うのである14'。

民族によりそれぞれ個性的なメロディーの歌が歌われ、異なった性格の音楽が成立しているこ とは、こうしたヴェレックの言う「音楽聴取の指向性」、あるいは音楽の「感受性」の相違が民 族間に存在し、その音楽性の基礎を支えているのではなかろうか。

この音楽性の民族間における相違、独自性等の問題は、きわめて重要な問題であるが、それに ついてはまた他日を期すことにしたい。

ここで小論の出発点、論究の手がかりとして、音楽のあり方には、その音楽の基本となる「聴 取の指向性」あるいは「音楽の感受性」の相違により、異なった音楽の聴き方、あるいは音楽の

29

(3)

30 久 納 慶 一・三 木 孝 子 構成が可能であるということに注目したい。

我々は音楽を聴きとる際に、それを一つのまとまったもの、有機的構造体として聴きとるので あるが、その際、その音楽の「核」あるいは「細胞」となる旋律的、あるいは動機的なものを、

まずその音楽の基本的なものとして受けとめ、そこからより大きな有機体である音楽を構成、あ るいは構築していくという形で、音楽を聴きとっているのである。そこではいくつかの異なった 音楽の聴き方、あるいは構成法が存在し、それによって、音楽の聴き手は自らそれぞれの音楽を

自己の内に構成すると考えられるのである。

まず第1に挙げられる音楽のタイプは、旋律そのものが反復され、流動、あるいは浮遊してい るものである。我々はこれを仮に浮遊型の音楽と呼ぶことにするが、この浮遊型と呼ばれる音楽 は、その浮遊的な旋律の反復が微細な変化を介することによって、音楽は微妙なうねりを形成し、

味わい深いものへと高められることも可能であるが、だがそれとともに、この旋律的なものは、

さらにより大きな単位、あるいは組織へと構築、発展するということのない、自己完結的な性格 を有することが指摘されるだろう。こうした楽曲のあり方は、歌謡、民謡などに多く見ることが できるが、これはまた日本音楽における旋律の一般的な特徴でもあると言える。片岡義道は、こ うした日本音楽における旋律型の西洋音楽との相違について「日本音楽に於ては、個々の旋律塑 自体がすでに個体であると言える。成程旋律型も亦それだけでは完全なる音楽ではない。それら がある一定の順序に配列されて始めて一個の楽曲が成立するのであるが、しかしまた一方では

ミクロコスモス

個々の旋律型だけを切り離してみても、その生命を失うことのない謂わば小宇宙若しくは

モナ‑ド

単子的個体と言い得るのである。」.:5'と述べている。

こうした自己完結的なまとまりをもった旋律、すなわち楽節(Periode)と呼ばれるものは、ヨー ロッパの音楽においてもリート、あるいは舞曲等の楽曲にも見ることができる。メルスマン(冒.

Mersmann)はこうした楽節の性格を、 「閉じられた」 (geschlossen)ものとして、 「開放的」と呼 ばれる形式原理から区別している16'。彼によるとリートや舞曲が「閉鎖的」な楽節構造により成 立しているのに対し、フーガやソナタ等の楽曲は、主題的動機(Motiv)を基礎として成立して いるのであるが、この「動機」の性格が「開放的」 (offen)と呼ばれているのである。

この第2の流動的な音楽構成と、さらにそれに基づいた第3の構築的な音楽構想のあり方が、

主としてヨーロッパの近世においてにわかに発展を見せたヨーロッパにおける芸術的音楽を作り 上げるもので、それはまずバロック期に於いて線的‑対位法的な音楽を生みだし、 18世紀に入っ

クラシソク

て和声的‑ブロックの対極的な展開によって、近世的ないわゆる古典的なモニュメンタルな音楽 を生み出したのであった。

小論がここで検討しようとするJ.Sノ〈ッハのインヴェンション(Inventionen,BWV 772‑7 の曲集の作品は、この第2と第3の音楽構成の発端となる動機の展開を様々な形で見せるもので あって、こうした音楽の構成のあり方が、歌謡、民謡などの素朴な、メルスマンの用語によると

「閉ざされた」音楽体験から、流動的一複合的な、 「開かれた」構築的な音楽体験を可能にする ものである。

この曲集は元来、 1820年頃から書き始められた(ヴイルヘルム・フリーデマン・バッハのため のクラヴイーア小曲集(Clavier‑Buchlein vor Wilhel. Friederaann Bach))の中の(プレアンブラ (Praeambula))が、 1723年に(インヴェンティオーネス(Inventiones)) (BWV 772‑786)とし てまとめたもので、今日ではピアノの初心者のための練習曲として広く知られているが、作曲者

1p71

のJ.S.バッハがその自筆譜に記した表題'が示すように、 「良い着想(Invention)を得るだけでは

(4)

開かれた音楽の構成、動機展開について 31

なしに、それを快適に展開できるようになる方法が示されている」のである。

したがって、このインヴェンション曲集に収められている15曲の作品は、作曲技法的には、主 題以外の素材は使われずに、 2声部のみの構成で曲が展開されているその最も良い例である。

第2章J.S. BachのInventionの構成

Inventionl. BWV 772 C‑Dur 4/4拍子

この曲はInvention (着想)という語の意味するように、楽想を着想し、その主題から楽曲を 連続的に展開するように構想することが意図されている。その主題は(語例1)に示されるよう に、動機aと、その対位bからなっている。

(譜例1)

この主題(動機a)の応答はオククーヴ下でなされ、さらに主題は5度上で出されて、そのオ クダーヴ下で応答されると言う形を取っている。

主題の展開は主題の転回形と、その主題の前半の拡大形(語例2)によって始められ、第3小 節から第6小節はその下降するゼクエンツによって導かれる。

(語例2)

中間部に入って第7小節から第8/l頂剛こかけては上下の声部が交代して、ト長調で下声部から 主題が始められ、第9小節から第10小節はその転回形(譜例3)、第11小節から第14小節はその ゼクエンツでイ長調の終止に導き、さらにそのゼクエンツは第15小節以降をハ長調の終止へと導

いている。

(語例3)

(5)

32 久 納 慶・一一  三 木 孝 子

曲は全体として、ハ長調‑ト長調‑ハ長調といった、 6‑8‑ 小節の三部の構成をとってい る。このような簡潔な構造の中に、主題の展開があたかも紡ぎ出されてゆくかのように、流動的、

連続的になされているのである。

lnvention2. BWV 773 c‑moll 4/4拍子

この曲は く語例4)に示した主題による厳格なオクタ‑ヴ・カノンの曲である。 16分音符が主 になって動く10小節のフレーズは、 ④〜⑤の5つの部分から成り立っている。 ④が主題であり、

⑧は④に対する対位句で、 ◎は⑧に対する対位句、 ⑥は◎に対する対位句、 ⑥は⑥に対する対位 句とそれぞれなっている。

(語例4)

この第1の部は、第1小節から第10小節で、上声が④⑧電)(◎⑤と進行し、下声は2小節遅れて

④⑧◎⑤と、 ‑オクターブ下でこれを追うカノンとなっている。 ④の構成はI‑F‑WO7‑Iのカ

(6)

開かれた音楽の構成、動機展開について 33

デンツになっている。

第2部は、第11小節から第20小節までである。カノンは第1部の上声と下声が交換したもので、

主題は同一である。第11小節からは下声が先行して⑳⑤◎⑧⑤と進み、これを2小節遅れて上声 が追いかける厳格なカノンである。調性はト短調から変ロ長調になっている。

これに続く第21小節から第22小節は、コーダへの導入句としてハ短調に向かっている。上声は

⑥の後半の変形から⑧の後半の動きで、下声は⑨の後半から(杏の後半の変形である。終りの第23 小節から第27小節は、主題の再現的内容をもつコーダで、上声は④⑧と進み、下声は@と進んで 第27小節で終止している。注目されるのは、ここでの終止音への進行がきわめて巧みなことであ る。このように、この曲は主題のみによる厳格なオクタ‑ヴ・カノンの曲で、主題とその対位句 は、正に「紡ぎ出し」 (Fortspinnung)と言う名にふさわしい技法で連続されているのである。

Invention3. BWV 774 D‑Dur 3/8拍子

(語例5)に主題とa、 bのモティーフを示したが、この曲の主題はかなり自由に扱われてい

a/

曲は大きく3つの部分からできている。そして中間部は比較的長く、前半、後半と二つに分け ることができる。

第1の部分は、下声が上声の主題をオクターブ低く模倣することから始まっている。第5小節 から第8小節はモティーフaの変形が繰り返されている。下声にはA音の持続音を対位させて おり、この動きは第10小節で上声の7度の跳躍進行によってイ長調のカデンツを美しくまとめて いる。このFis‑Gis‑Aの進行は第9小節の下声のA‑H‑Cisの進行と関連するものである。

中間の部分と考えられる第12小節からは、 (語例6)に示される動機 V で始められる。こ れは主題の拡大とみなされる。これがイ長調、ホ短調、ロ短調と、上声、下声で模倣されていく。

この中間部の後半の第24小節から第42小節にかけても、この動機による上声、下声の応答が続け られている。

(譜例6)

四日,サ*&*.

第43小節から第3の部分に入るが、ここで冒頭の主題が再現される。だが第47‑50小節では第

1部の5‑8小節とは異なって、上声部にD音の保持音が現れている。ここでのコーダはきわ

めて簡潔、明瞭である。

(7)

34 久 納 慶 一・三 木 孝 子

Invention4. BWV 775 d‑moI1 3/8拍子

主題は(語例7)に示されるように、 16分音符の7度音程を含む上行下行のアーチ状の音形a と、分散和音による8分音符の対位句bからなっている.応答はオクタ‑ヴ下でなされ、それ はさらに上声部で2オククーヴ上から下降するゼクエンツで繋がれて、第18小節でヘ長調に流れ 込んでいる。

く語例7)

中間部では第22小節から第25小節にかけて(語例8)のように、主題が転回されている。全体 はやさしくなめらかに音階的に上下降する主題とこれの反行形、反復進行による間奏がこれに続 き、イ短調で段落している(第38小節)0

(語例8)

曲は大きく3つに分かれており、第3部は第38小節から始まってニ短調で終止している。特に この第3部では、主題のゼクエンツとその反行型で、劇的な効果を見せ、主題と対旋律は緊密な 構造を示している。

lnvention5. BWV 776 Es‑Dur 4/4拍子

主題は(語例9)に示されるように主題と対比主題が絶えず結合されている二重フーガの形を 示している。また、主題は逆行形や転回形、転回・逆行形が使われている。対比主題は16分音符 から成る反復進行や下降進行であるが、 b'で示される諸動機が主題の対位として、共に規則正

しく配置をかえ、調をかえ組み合わされている。

(語例9)

h l 心一 十 J+ +

r=r 一umfjmmm m ^tmm m^mmmmm ^^ ^‑mmmmm‑ lI‑

ォJ

+ 声 r 声 . f ◆

,

‑ # 蝣サ # ・一 ‑ 一 声 雷 ー 鼻 声 一 雷

■ t 1コ S S S ^ ^ ^ ^ ^ ^ B ^ ^ ^ ^ ^ S = = i= ^ ^ ^ lS ^ E .^ iSS aS iS 一.I‑ ‑ .一‑

iォiniS iB BB B ^ H ^ B B ^ ォ '^ ^ M an^ = == = ^ B = = = 一 一l .一 ‑

一 」 ♭l 」 」 ♭>i 」 ♭l

(8)

開かれた甘楽の構成、動機展開について

3 「 魂 ift tf ^ 'i r 私 細 工 で 一 丁 ( r 魂 舶 珊 1 一一"1 I‑ 日 ヨ !≡亡∃ l

▼ ケ→ ,十 ‑* ‑ J ‑ → j ‑

.・ ..・ .‑..・ ...・ ...・ ..・ .・ ..・ . 蝣 r^ ‑w ^ ^ ^ ^ M ^ E S B B B B ォB B B d B J ォr i F F

. .〝 ̀i 】ー →一重⇒→‑ + ‑ ←■「ll「 = =

」 ♭l 」 」 ♭3 」 L ♭3 」 」 ♭I J

35

曲の構成の段落は明瞭ではないが、大きく見れば3つの部分からなっていて、最初の部分は変 ホ長調から声部を交替した変ロ長調の部を介した変ホ長調の部分(第1‑11小節)で終わり、中 間の部分はハ短調からヘ短調、変ロ短調と主題動機が流動的に扱われる部分である。 (第12‑26 小節)、そして再び変ホ長調に戻って冒頭の部分が再現されて変ホ長調で終止する第3の部分か

らなると見ることができる。

Invention6. BWV 777 E‑Dur 3/8拍子

主題は(譜例10)に示されるように、下声の主題と対旋律が反進行という形で常に一体となっ ている。上行する主題に対して下行する対旋律はシンコペーションで、リズム的にも対比されて

いる。

(語例10)

粛崩咋

つ1 /WE. 1ア tK!!B ‑ 計

m ¥イ ニ ー■ .一...一 .Ll

‑i

≡ 慧

十 J . . I 声 US‑H‑ T F

一 夏 麹 ∫ ー ■ 一 一 一

曲は15曲中、唯一の繰り返し記号が付けられた2都形式の曲で、 2部のそれぞれが反復されて いる。第1部は、第1ノ」、節から第20小節でホ長調から、第20小節で属調のロ長調で終わり、これ が反復されている。第2部は第21/J領有から第42/J領有で、嬰ト短調でいったん終止している。そし て第43小節から改めて第1部の冒頭に出された主題とその対旋律が、上声、下声の声部を交換し てホ長調で出現している。従ってこの43‑62小節の部分は第3部と見ることができるが、この第

2部、第3部はここに置かれた反復記号により、改めて反復されるのである。

この曲は優美で繊細な表現豊かな音楽的な曲である。中間部の前半では冒頭の主題持続を行う ことによる動機展開がなされ、第3部ととれるその後半は冒頭の第1部の再現部という形を取っ ている。確かにこの曲は、後のソナタ形式への展開がうかがえる曲である。

Invention7. BWV 778 e‑moli 4/4拍子

動機aと対位bからなる主題を(語例11)に示す。主題が簡潔であることことや、主題と対

(9)

36 久 納 慶 一・三 木 孝 子 位の取り扱いにおいて、この曲集の第1番のハ長調の曲と類似している。

(語例11)

曲はまずホ短調で主題動機の提示、そしてそのオクタ‑ヴ下の応答がなされ、それに続いてこ の動機a、 bは上声、下声とその対位を変えながらその応答が続けられ、ト長調で一段落してい る。

動機aはその形を変化させながら連続的に使用されている。 (語例12)に示されるように第11 小節から第12‑13小節にかけて、主題が終わらないうちに、それにかぶせて主題が出てくるスト

レッタが、フーガの中間部のなごりを感じさせる。

(譜例12)

対位もこれに応じていろいろ変化している。

第3部(第15‑23小節)では、この動機aはさらに変化された形をとり、これがゼクエンツの 手法により連続的に使用されて、曲全体を統一あるものにしている。

Invention8. BWV 779 F‑Dur 3/4拍子

主題を(語例13)に示す。第1小節で上声部に置かれた動機は、第2小節では当然のごとく1 オクタ‑ヴ下の下声部にIE答として置かれ、フーガの如くそれは構築されている。主動機aの分 散形の8分音符の上行形と対位句bの16分音符の下行音階は、対照をなしながら、主題として 旋律的、和声的にまとまっている。ここで我々は、線的一旋律的なポリフォニーが和声的一構築 的ポリフォニーと対置されているのを見ることができる。この曲は語例のaとbの主動機とb の対位句のみで曲が形成されている。ヘルマン・ケラーによると、 「互いに相手を追いかけながら、

羽が生えたように軽やかに上昇して、まっさかさまに転がり落ちるといった二声部を極めて陽気 にもてあそぶ」し81という説明がなされるように、上行する分散和音の跳躍に、下行する音階の流動 的進行が対比させられている。こうした作品において我々はまさにこのバッハやヘンデルで終息 するポリフォニー音楽の発展の最後期の様式を見ることができるのである。

曲はその第1部(1 ‑12小節)がヘ長調からハ長調で終わり、第2部は上声部と下声部の対位

を変えてハ長調からト短調を介してヘ長調で終止しており、この曲集では珍しく2部の構成を

とっている。

(10)

開かれた音楽の構成、動機展開について

Invention9. BWV 780 f‑moll 3/4拍子

主題は、 (語例14)に示されるように対比主題と結び合った二重フーガの形をとっている0 (語例14)

、  、 、.

対比主題は主題に対応したもので、この主題と対比主題の音進行は、語例に示されるように2 小節は主題と反行して、次の第3小節目は並進行し、第4小節目で改めて反進行するという形を 取っている。ここでバッハによって書き込まれたスラーは、この曲を当時の常識では音をつない で旋律を歌わせることが極めて困難だと思われたクラヴイーアで、美しく歌うように演奏するこ とを演奏することを特に強調したものと考えられる。そして第5小節から主題はオクタ‑ヴ下で 下声部に受け継がれ、それに対して上声は2オククーヴ上で対比主題を引き継いだ後に、これら

の動機を展開して曲を続けている。

曲の第1部は、 1‑17小節にわたり、ヘ短調に始まってハ短調で終わっているが、第2部はこ のハ短調から第1部と声部を交換して始まり、主題動機の展開をはさみながら進行し、第29小節 から改めて上声部に主題がヘ短調で再現されて終止しているO この終わりの5小節は、また終IL 部として見ることもできる。

lnventioniO. BWV 781 G‑Dur 9/8拍子

この曲は く譜例15)に示すように、上声部で始められる主題はドミナント(D‑Fis‑A)で応答

(11)

38 久 納 慶 ‑一・三 木 孝 子

され、フーガ的な始まり方を思わせている。主題と応答、そしてそれから紡ぎ出される句も分散 和音による音型の反復進行が主である。対位は、主題の反行形ともとれる。主題の終りと下声の 応答が重なり合って進行していくところに特徴がある。

第4小節から第10小節にかけて、上声は分散和音によるゼクエンツで下向進行を見せ、下声も それに応じて進行し、和声的な空間の広がりを感じさせている。

曲の構成は全体として、 2部と見られ、最初の部分は、 1 ‑14小節でニ長調で終ILしている。

後半はニ長調で下声から主題がHiされ、上声はそれをドミナントで応答しているが、以降の展 開はかなり自由で、アルペッジョによる和音をはさみながら音階的な順次進行によって曲に明快 な流れを見せている。

Inventionll. BWV 782 g‑moll 4/4拍子

この曲は(語例16)に示されるように、 16分音符で音階的に波状進行する2小節にわたる主題 と、半音階的に下行する対比主題が常に結合されている。

(譜例16)

主題と対比主題は常に進行を共にしている。下声部の対比主題は、 G‑Pis‑F‑E‑Es‑Dという下 降する半音の進行が中心になっている。また、上声の第3小節の終りから第5小節の始めにかけ て、 D‑ES‑E‑fLFis‑Gという動きで、第1小節の下声の下行進行の対比主題の転回形として上昇 する反進行が見られる。

曲は第1レト節の始めにニ短調で段落し、後半はヘ長調からト短調へと戻る2部の形式と見られ るが、またその終わりの第18小節からは、冒頭の主題と対比主題がそのまま再現される第3部の 終結部とも見ることができる。

invention12. BWV 783 A‑Dur 12/8拍子

この曲は、この曲集のNo. 14B‑Durの曲と同様、その装飾音などの細かな動きから見てチェ

ンバロのために書かれた曲と思われる。この主題は、動機aと動機bの部分から成り、下声の

対旋律とは対称し、常に関連し合って進行している。

(12)

開かれた音楽の構成、動機展開について (語例17)

山山 当 4v I ('*

fiS S 措 i .L‑ ‑ J '

lL

‑P ‑ ?

1 封 碩 一年

39

曲は均衡のとれた構成を示している。ヘルマン・ケラーの分析によるとl''鹿示都は第1小節か ら第4小節で、各2小節ずつ上声には主題と対位、下声は対位と主題でなっており、曲は全体と して、 3つの展開部からなり、第1展開部は提示部と間奏、第2展開部は短調で延長され、間奏 がそれに続き、そして第3展開部(第19‑21小節)とされているが、曲は大きく見れば、 2部の 形式(第1‑8小節、第9‑21小節)をなしていると見ることができる。主題と対比主題はまず 2重フーガの形で始まっているが、その応答される主題は短縮され、展開的、流動的になってお り、いわゆる「紡ぎ出し(Fortspinnung)」のよい例がここに見ることができる。

lnvention13. BWV 784 a‑moll 4/4拍子

主題は、 (譜例18)に示された16分音符による分散和音の動機aと、 8分音符の分散和音によ る動機bとで作られている。この主題のa、 bの動機がいろいろ変化、発展して曲を形作ってい る。特にここでは、 bの動機が自由に扱われて、曲を流動的にしている。

(譜例18)

「  a 「   rb 「 手v.‑   」・.・ン

12

V  工   ∇‑  工

和声構造はこの語例に示されるようにI‑Ⅴの連続である。

曲は3部に分けられ、その第1部はイ短調、第7小節からハ長調を経て、第13小節でのホ短調 からイ短調で終止する流動的な第2部。そして第18小節からはaの動機とその展開による第3の 部分である。

全体としてみれば、この曲は主題と応答という対位法的な手法による作品であるが、軽快なリ

(13)

40 久 納 慶 一・三 木 孝 子 ズムとハーモニーに支えられ、近代的明快さを示している。

Invention14. BWV 785 B‑Dur 4/4拍子

この曲はNo. 12のA‑Durの曲と共にチェンバロ用に書かれた曲と思われるが、主題は(語例 19)に示されるように、細かく動くa、 bの動機と、その転回形a'、 b'より成っている。共に分 散和音によるものである。対位のCも分散和音形で、主題を機能的に支えている。曲は、 3部分 になっているが、すべてこれらの動機の連結や展開によっている。

全体としてこの曲は3部分からなると見られ、第1小節から第12小節にかけては、主題が変ロ 長調からハ短調で提示される第1部、そこから第16小節にかけての第2の部分は、この主題動機 が流動的に扱われる中間部、そしてこの第16小節以降の第3部は、改めてこの主題動機aが下声 部、上声部と、連続的に重ね合わされて変ロ長調で終止するのである0

(語例19)

mS m ^^^ ^^^^ m一 一 ■ 一 n ‑一 B r a s

‑ iv ‑サ‑サ‑r‑F ‑r ‑サH ‑ fh ‑ ‑ r f」‑→‑ l▼ ■q h ー

U 毘 」 L ♭ 巧 打 紬

P ′

l l l l

朔 維 C/

lnvention15. BWV 786 h‑mol一 4/4拍子

主題は、 (語例20)に示したとおりであるが、第3小節から第5/J領有にかけての主題応答に見 られるように、主題の後半は柔軟に変化している。対旋律は、主題に対する和声のバスと言う性 格を持っていて、主題は常にこうした対旋律に担われて柔軟に展開されるのである。

(語例20)

曲は全体として2部の構成をとると見られる。ロ短調で始まりニ長調で終わる第1 ‑12小節が 第1都、主題が流動的に扱われる第12‑18小節の部分を介し、主題がロ短調で下声部に現れ、そ れがオククーヴ上で応答されて終止に至る部分が第2の部分であると見られる。

ま と め

この15曲のInventionの曲は、すべて1つの主題のみによって曲全体が展開され、その主題は 小さい基礎動機(Grundmotiv)を基にして構成されている。ここでは、この主題動機が転回、

反行、あるいはゼクエンツ等々の手法によって形や位置を変え、それがいろいろな調を経由する

(14)

開かれた音楽の構成、動機展開について 41 ことによって楽曲が形成されているのである。

曲の形式は、 3部形式のものが8曲(No.1、 2、 3、 4、 5、 7、 13、 14)、 2部形式のものが7 曲(No.6、8、 9、 10、 11、 12、 15)と、その数は一見、相半ばしているように見えるが、 2部 形式のものもその多くは、その終わりに短いが第3部と見られる終結部を備えており、本質的に はA‑B‑A'といった3部形式であると見ることができる。これは基本的にはdacapoの記譜 法は見られぬものの、バロック時代のアリアの形式に大きく依存しているものと思われる。

主題は1小節から4小節に至るまでその長さは大小さまざまであるが、主題動機の応答に関し ては、フーガ的なドミナントでの応答は少なく(4度下での応答No.5、 10、 12、 14、 15)、そ の他はすべてユニゾン的なオククーヴ下での応答で曲は始められている。

これに対して、 2重対位等の対位法的技法はきわめて厳格に取り扱われており、 N0.2のハ短 調の曲が厳格なオククーヴ・カノンであるのを始め、 No.5、 9、 11、 12等の曲が2重フーガの曲 となっている。そしてフーガに見られるような自由な間奏部が、ここでは全く見られないという 点からすれば、作曲技法からすれば極めて厳格に対位法的技法が取り扱われているといえる。

こうした諸点を見れば、一方ではN0.2の曲のような厳格なカノンの曲や、 No.5、 N0.9の曲 のように2重フーガの形で始まる曲などが見られるが、また一方では複合2部の形式を備えた N0.6の曲や、 No.8、 No. 10などの曲のような舞曲的な曲から、主題が和声的に柔軟な展開を見 せるNo.13、 14、 15の曲などに原始的なソナタ形式の萌芽を思わす曲も見られるというように、

様々な曲がここに並べられているが、ここで共通して見られる特徴は、後の古典派の楽曲の特徴 とされる、 3部的形式における対照的、対比的な構成とか、転調的な区分が極めてはっきりとし ているということが注目され、これらの曲からその後の古典派のソナタ等の曲に向かっての発展 が予見されることである。

この曲集についてフィッシャーは「『インヴェンション』 (‑着想)という名称はこの頃では、

単‑一一・楽章の器楽曲に対する名称としてよく用いられる」と述べているが、それとともに着想さ れた主題を様々な調において展開する手法を学ばせようとすることも、この「インヴェンション」

の曲集は含んでいると思われる。音楽史的な視点からの、このバッハのインヴェンションの曲種 の源泉についての研究は、一般的には、 17世紀のイタリアにおける2声のRicercarに由来する

*

と見る説が有力とされる。

こうしたタイプの曲は、バッハの作品では、このインヴェンションの曲集と同時期に作られた、

「平均律クラヴイーア曲集」 (Das Wohltemperierte Clavier)の第1巻(BWV 846‑g  のNo. 3、

9、 11、 13、 15、 18、 19、 20のプレリュードや、 「パルティータ」 (Partita) (BWV 825‑831)の 最初の3曲(BWV 825、 826、 827)のプレリュードにも見ることができる。このうち前者の「平 均律クラヴイーア曲集」でのプレリュードはフーガに、そして後者の「パルティータ」では舞曲 の組曲に先立つ自由な構成の曲として対比されている。ここで見られる技法、すなわち数音の小 さな昔の集まりからなる基本動機から主題が形成され、その主題が位置、方向を変え、分割され、

変形される等、様々な技法によって展開されてゆき、そうした部分がついには全体的視野のもと に完全に均衡のとれた全体へと仕上げられてゆくのである。ここに我々は開かれた有機的動機展 開の最もよい例を見ることができ、このバッハの以後に繰り広げられる華々しい古典派の音楽の 展開を予期させるのである。

しかし、ここではまだ対立的な動機や主題はまだ導入されていない。その意味では、ここで見

た開かれた動機の展開による楽曲の構成は一元的であり、連続的、流動的であると言えるが、そ

(15)

42 久 納 慶 一・三 木 孝 子

れはまだ大きな構築的な音楽を生み出すものとはなっていない。ここにイタリアからのコンチェ ルト・グロッソの対比的な様式の導入が、様式転換の大きな転機となるものと思われる。この間 題については、小論の第1章に於いて提示した、流動的な「開かれた」音楽体験と、和声的、対 極的な「構築的」音楽体験との問題に関わるもので、連続的な動機展開に対する対立的主題によ る非連続的な音楽構成の体験が問題とされるのである。この、いわば第2と第3の音楽体験が如 何に関わり合うものかということについての考究は、ここに残された問題として、今後の研究の 課題とする。

参考文献

(1) Schmieder, W,, : Bach‑Werke‑Verzeichnis, Leipzig, 1990. (2. Aufl.) (2) Kirby, F.E., : A Short History of Keyboard Music, The Macmilian CO. 1966.

(3) Keller, H,, : Die Klavierwerke Bachs, Leipzig, 1950.

(4) Geiringer, K., : Johann Sebastian Bach, New York 1966.

(5) J.S, Bach Neue Ausgabe Samtlicher Werke : Serie : Klavier u. Lauten Werke Bd, 3. Hrsg. J.S, Bach‑Institut u. Bach‑Archiv, Barenreiter, 1970.

(6)角倉一朗「バッハ」,音楽之友社, 1963

(7)市田儀一郎「バッハ インヴェンションとシンフォニーア」音楽之友社, 1975 (8)山崎 孝「バッハ インヴェンションとシンフォニア」ムジカノーヴァ, 1984

(1〕 Adorno, Theodor W∴ Einleitung in die Musiksoziologie, Frankfurt 1962.

(訳)音楽社会学序説、渡辺・高辻訳、 I.音楽に対する態度の類型、音楽之友社 (2) Alt, Michael : Didaktik der Musik, Ddsseldorf 1968.

(3) Venus, Dankmar : Unterweisung im Musikhoren, 1969/1984.

(4) Wellek, Albert : Musikpsychologie und Musikasthetik, Frankfurt/M. 1963.

(5)片聞義道:叡声論致、第3部 日本音楽考究、 2. 「E]本音楽における音楽的要素の固形化現象」昭和 56年、353頁

(6) Mersmann, Hans : Musikhoren, 1952, S. 26f.

(7)バッハの自筆譜(Autograph : Berlin, Deutsche Staatsbibliothek, P610)の表題「率直な手引き、これによっ てクラヴイーアの愛好家、とりわけその学習希望者たちに対し、 ‑よいivention (着想)を得るだけ でなしに、それを快適に展開できるようになる、しかし何よりもカンタビーレの奏法を会得し、併せて 作曲することの喜びを強く予感するようになるための、はっきりとした方法が示される。アンバルト=

ケ‑テン領主殿下の楽長たるヨハン・ゼバステイアン・バッハ作。キリスト紀元1723年。」

(8)ヘルマン・ケラー:バッハのクラヴイーア作品、音楽之友社、 1972、東川清一、中西和枝共訳P.156 (9)上掲書:157頁

w.フィッシャー:器楽の歴史(東川清一‑訳アカデミア・ミュージック)上巻1979、 52頁

* 1 Reimann, M∴ Invention, in M.G.G. (Die Musik in Geschichte und Gegenwart, Allgemeine Enzyklopadie der

Musik), Bd. 6, S. 1383ff., 1957一

(16)

EK

On the Development of Motive, as open Structure of Music

‑ In the Case ofJ.S. Bach's Inventions ‑

KeiichiKm

(DepaγIntent of Music, Nara University of Education, Nara 630, Japan)

and Takako Miki

(Tenri University, Tenri 632, Japan) (Received April 28, 1994)

The problem of reception or hearing of music is now a matter of the greatest importance in the problem of music education, concerned directly in the existence of music itself.

Many researchers of music education have tried to describe diverse arts and styles of music hearing. As Albert Wellek pointed out the different type of inclination of music‑hear‑

ing between linear or contrapuntal music and polar or cyclic music, different type of music comes into being according to the difference of inclination of music‑hearing or sensibility of

music.

In general, it may be pointed out that two types of music have existed, according to the inclination or sensibility of music hearing.

1. Floating type of music: music of "Period Type ; based on the closed character of period" (as H. Mersmann's naming, "geschlossene''). Many of music of Japan, Lied and danse music of western‑music belong to this type.

Fluid or constructive type of music: music of "Motive Type" ; based on the open (offene) structure of "motive". By the developed use of thematic motive, European music has reached greatest artistic heights in the 18 19th centuries.

In chapter2, we investigated the development of motive in J.S. Bach's "Inventions (BWV 772‑786), and confirmed that all pieces are developed out of one theme, constructed from small motive. Though the techniques of counterpoint used in these pieces are very strict, we can see the contrastive structure in ternary form or distinct section by modulation, foreshadows later classical sonata form.

As a concluding remark, we found in the pieces of "inventions typical model of open

motive development, enables us to do the fluid musical experience.

参照

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