博士(医学)李 暁白 学位論文題名
Conditioned farstress における 視床背内側核の役割に関する研究
学位論文内容の要旨
恐怖条件付けストレス(conditioned fear stress)は恐怖や不安の神経科学的基盤を研 究する上で非常に有用な動物モデルである.恐怖条件付けによって形成された恐怖は条件 恐怖と呼ばれる.恐怖条件付けの過程におぃて,扁桃体は重要な役割を果たしている.扁 桃体の他に,海馬も文脈的な条件恐怖の獲得過程と発現過程において重要な機能を果たし ている.また,各種の記憶系の間の相互作用とぃう脳機能の複雑性を考えると,扁桃体と 海馬の他に,他の脳部位,例、えば,前頭前野や視床背内側核などが,条件恐怖の獲得過程 と発現過程に関与している可能性が考えられる,これまで,視床背内側核と前頭前野及び 扁桃体との間に豊富な神経線維連絡が存在していること,また,視床背内側核が学習・記 憶過程において重要な役割を果たしていることが報告されてきた.しかし,視床背内側核 が情動的学習・記憶のパラダイムである条件恐怖の獲得過程と発現過程に関与するかどう かについては報告がない.本研究は情動的学習・記憶における視床背内側核の機能的役割 を明らかにすることを目的に,視床背内側核破壊による条件恐怖の獲得過程と発現過程に 対する影響を扁桃体破壊の効果と比較検討した.
実験には7週齢のSprague‑Dawley系雄性ラットを使用した.
脳局所破壊にはRGF‑4 lesion generatorと脳定位固定装置を用いた.両側扁桃体の破 壊では60℃,75秒の条件で,両側視床背内側核の破壊では,55℃,60秒の条件で,それ ぞれradiofrequency probeを破壊する脳部位に挿入し,加熱することにより局所脳部位 を破壊した.
恐怖条件付けは5分間のセッシ.ヨンで行った.はじめの4分問では.footshockを与え ず,最 後の1分 間に は,3秒 間の 電撃 を20秒 間隔 で3回負 荷し た.条件恐怖の獲得実験 においては,ストレス負荷の24時間後に,条件恐怖の発現実験においては,ストレス負 荷の11日後にラットを同じショック箱に再び戻し,電撃を加えずに5分間置き,行動を ビデオに記録した,Freezing(すくみ行動)と脱糞数を恐怖の指標とした,5分間の観察 期間のうち,freezingが出現した期間を百分率で示した.5分間の観察期間に排泄された 糞の数(脱糞数)も記録した.
条件恐怖の獲得過程に関する実験では,両側扁桃体あるいは両側視床背内側核破壊後,
ラット に10日間 の回復 期間 を与えた後,footshockを負荷した.Footshock負荷の24時 間 後 に , ラ ッ ト を 再 び シ ョ ッ ク 箱 に 入れ ,5分 間freezingと 脱 糞 数を 観 察 し た , 条件恐怖の発現過程に関する実験では,footshock負荷の翌日,両側扁桃体あるいは両 側視床背内側核を破壊した. 10日間の回復期間の後,ラットを再びショック箱に入れ,5 分間freezingと脱糞数を観察した.
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Postshock freezingに関する実験では,両側扁桃体あるいは両側視床背内側核破壊後,
ラッ トに10日間 の回 復期 間を 与えた .5分間のfootshockセッションの20秒後,ラット をシ ョッ ク箱に おい たま まと し,同 じショック箱でfootshockを加えずにfreezingを5 分間観察した.
痛覚感受性に関する実験では,両側扁桃体あるいは両側視床背内側核破壊後,ラットに 10日間の回復期間を与えた後,ラットをショック箱に入れ,電流強度をセッションごと に0.4 mAから0.2mAずつ 上げ ていき ,前肢の引つ込め,後肢の引っ込め,発声の,痛 みに関連した3種類の行動が出現する閾値を記録した.局所脳破壊の自発運動量に対する 影響に関する実験では,ホームケージを自発運動量測定用の赤外線センサーの下に置き,
ラットの水平方向の移動量を赤外線センサーで計測し,積算値をコンピューターに出カし て記録した.
組織学的検討では,実験終了後,ラットを断頭し,脳を取り出した.脳切片を切り出し,
トルイジン青で染色し,光学顕微鏡で破壊した範囲を確認した.
条件恐怖の獲得過程に関する実験では,footshock負荷前の両側扁桃体破壊はfreezing を完全に抑制し,条件恐怖による脱糞数の増加も有意に抑制した.一方,footshock負荷 前の両側視床背内側核破壊はfreezingを有意に抑制したが,条件恐怖による脱糞数増加 には有意な影響を与えなかった,
条件恐怖の発現過程に関する実験では,footshock負荷後(すくみ行動を観察するテ ストの前)の両側扁桃体破壊はfreezingを有意に抑制し,条件恐怖による脱糞数の増加 も有意に抑制した.一方,footshock負荷後の両側視床背内側核破壊はfreezingを有意に 抑 制 し た が , 条 件 恐 怖 に よ る 脱 糞 数 増 加 に は 有 意 な 影 響 を 与 え な か っ た . ′ 本研究の結果は,両側視床背内側核破壊がfreezingを指標とした条件恐怖´の獲得過程 と発現過程の両過程を抑、制するこどを明らかにした.この結果は視床背内側核が情動的学 習・記憶過程に関与していることを示唆している.また,以前の他の研究者の結果と一致 して,両側扁桃体破壊は条件恐怖の獲得過程と発現過程の両過程をほぼ完全に抑制した.
しかし,両側扁桃体破壊の効果とは対照的に,両側視床背内側核破壊は条件恐怖による脱 糞数増加に対しては影響を与えなかった.これらの結果は扁桃体が種々の条件恐怖反応の うち行動のみならず,自律神経反応にも関与する一方,視床背内側核はすくみ行動には関 与するが,少なくとも脱糞数増加とぃう自律神経反応に対しては影響しないことを示して しゝる.
また,postshockfreezingに関する実験では,両側扁桃体破壊はpostshockfreezingを 有意に抑制したが,両側視床背内側核破壊はpostshockfreezingに有意な影響を与えなか った,これらの結果は両脳部位の恐怖条件獲得過程における機能的役割の差異を示してい る.すなわち,扁桃体が条件恐怖獲得過程に必須な役割を果たしているのに対して,視床 背内側核は短期的にはいったん獲得された条件恐怖記憶が,長期的に維持されるための過 程に関与しているとぃえる.
両側視床背内側核破壊は痛みに関連した3種類の行動のいずれにも有意な影響を示さな かったが,両側扁桃体破壊は後肢の引っ込め,発声とぃった痛みに関連した行動が出現す る閾値を有意に上昇させた.これらの結果は,条件恐怖の獲得過程に対する両側視床背内 側核破壊の抑制作用が痛覚に対する抑制作用を介していないことを示唆している.一方,
両側扁桃体破壊による条件恐怖の獲得過程抑制作用の少な<とも一部がfootshockの痛覚 閥値を上昇させていることによる可能性を完全に除外することはできないと考えられる,
さらに,両側視床背内側核破壊及び両側扁桃体破壊は自発運動量に有意な影響を与えな かった,したがって,両脳部位破壊の条件恐怖の獲得過程と発現過程に対する効果は破壊
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の非特異的な自発運動量に対する影響によってもたらされた効果ではないことが示唆され る.
以上の結果から,視床背内側核は恐怖記憶の獲得,比較的長期的な貯蔵および発現過程 に関与していることが明らかにされた.視床背内側核は文脈的条件恐怖の獲得・発現過程 において,重要な役割を果たしていると考えられる.
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学位論文審査 の要旨 主 査 教 授 小 山 司 副 査 教 授 本 間 研 一 副 査 教 授 渡 辺 雅 彦
学 位 論 文 題 名
Conditioned fear stress における 視床背内側核の役 割に関する研究
恐 怖 条 件 付 け ス ト レ ス (conditioned fear stress) は 恐 怖 や 不 安 の 神 経 科 学 的 基 盤 を 研 究 す る 上 で 非 常 に 有 用 な 動 物 モ デ ル で あ る 。 こ れ ま で 、 視 床 背 内 側 核 が 学 習 ・ 記 憶 過 程 に お い て 重 要 な 役 割 を 果 た . し て い る こ と が 報 告 さ れ て き た 。 し か し 、 視 床 背 内 側 核 が 情 動 的 学 習 ・ 記 憶 の パ ラ ダ イ ム で あ る 恐 怖 条 件 付 け に 関 与 す る か ど う か に つ い て は 報 告 が な い 。 本 研 究 は 情 動 的 学 習 ・ 記 憶 に お け る 視 床 背 内 側 核 の 機 能 的 役 割 を 明 ら か に す る こ と を 目 的 に 、 条 件 恐 怖 の 獲 得 過 程 と 発 現 過 程 に 対 す る 視 床 背 内 側 核 破 壊 の 影 響 を 扁 桃 体 破 壊 の 効 果 と 比 較 検 討 し た 。
両 側 扁 桃 体 破 壊 は 条 件 恐 怖 の 獲 得 過 程 と 発 現 過 程 の 両 過 程 に お け る 不 安 ・ 恐 怖 行 動 と し て のfree zingを 有 意 に 抑 制 し 、 条 件 恐 怖 に よ る 脱 糞 数 の 増 加 も 有 意 に 抑 制 し た 。 一 方 、 両 側 視 床 背 内 側 核 破 壊 は 両 過 程 に お け るfreezingを 有 意 に 抑 制 し た が 、 脱 糞 数 増 加 に は 有 意 を 影 響 を 与 え な か っ た 。 こ れ ら の 結 果 は 、 扁 桃 体 と は 対 照 的 に 、 視 床 背 内 側 核 は 条 件 恐 怖 に お け る す く み 行 動 に は 関 与 す る が 、 自 律 神 経 ` 反 応 で あ る 脱 糞 数 増 加 に 対 し て は 影 響 し な い こ と を 示 し て い る 。 ま た 、postshock freezingに 関 す る 実 験 で は 、 両 側 扁 桃 体 破 壊 はpostshock freezingを 有 意 に 抑 制 し た が 、 両 側 視 床 背 内 側 核 破 壊Iまpostshock freezingに 有 意 な 影 響 を 与 え な か っ た 。 こ れ ら の 結 果 は 扁 桃 体 が 条 件 恐 怖 獲 得 過 程 に 必 須 な 役 割 を 果 た し て い る の に 対 し て 、 視 床 背 内 側 核 は 短 期 的 に は い っ た ん 獲 得 さ れ た 条 件 恐 怖 ゛ 記 憶 が 、 長 期 的 に 維 持 さ れ る た め の 過 程 に 関 与 し て い る と 考 え ら れ る 。
以 上 の 結 果 か ら 、 視 床 背 内 側 核 が 恐 怖 記 憶 の 獲 得 、 長 期 的 な 貯 蔵 お よ ぴ 発 現 過 程 に 関 与 し て い る こ と が 明 ら か と な っ た 。 視 床 背 内 側 核 は 文 脈 的 条 件 恐 怖 の 獲 得 ・ 発 現 過 程 に お い て 、 重 要 な 役 割 を 果 た し て い る と 考 え ら れ る 。
質 疑 応 答 で は 本 間 教 授 か ら 、 脳 局 所 破 壊 の 効 果 が 神 経 細 胞 と 通 過 線 維 の い ず れ に 対 す る 影 響 を 介 し て い る の か と ぃ う 点 、 脳 局 所 破 壊 後 、 ラ ッ ト に 回 復 期 間 を 長 く 与 え た 場 合 、 生 体 の 代 償 作 用 に よ っ て 条 件 恐 怖 に 対 す る 影 響 が 変 化 す る 可 能 性 、 ま た 、 不 安 ・ 恐 怖 行 動 で あ るfreezlngと 自 律 神 経 の 指 標 で あ る 脱 糞 数 増 加 に 対 す る 影 響 に 関 連 し て 、 指 標 に よ る 効 果 の 解 離 を 統 一 的 に 説 明 す る こ と が 可 能 か と ぃ う 点 に つ い て 質 問 が あ つ た 。 こ れ に 対 し て 、 申 請 者 は 主 と し て 神 経 細 胞 を 破 壊 す るNMDAに よ る 扁 桃 体 基 底 外 側 核 破 壊 が 条 件 恐 怖 を 抑 制 し た と ぃ う 報 告 が あ り 、 扁 桃 体 の 神 経 細 胞 自 体 が 恐 怖 条 件 付 け の 過 程 に お い て 重 要 な 役 割 を 果 た し て い る と 考 え ら れ る 。 一 方 、 視 床 背 内 側 核
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につ いて は、条 件恐 怖に関するNMDAによる破壊研究はこれまでな<、神経細胞の 破壊を介しているのか、神経線維の破壊を介しているのかについては不明であり、今 後検討したぃこと、また、生体の代償作用によって条件恐怖に対する脳局所破壊の効 果が変化するかについてはこれまで報告がないため不明であること、さらに、視床背 内側核破壊は条件恐怖による脱糞数増加に影響を与えなかったので、freezingだけに 関与すると考えられが、今後、他の自律神経の指標を用いて、さらに検討したいこと を回答した。次いで、渡辺教授から、racliofrequency破壊の方法の特徴、free zingと 脱糞数以外に他の指標を用いる可能性、また、視床背内側核と海馬や扁桃体の間の線 維連絡に関するこれまでの研究結果について質問があった。これに対して、申請者は、
radiofrequency破壊は神経細胞を確実にかつ再現性よく破壊し、また境界は明瞭であ り、出血や他の組織部位に対する損傷が見られず、妥当な方法と考えられること、ま た、今後、行動の指標としては、fear‑potentiated startleを、自律神経の指標として は、血圧、心拍数などを用いて検討していきたぃこと、さらに、視床背内側核と海馬 との線維連絡はないが、視床背内側核と扁桃体との線維連絡はラットとサル両方にお いて証明されていることを回答した。
この論文は視床背内側核が文脈的条件恐怖の獲得・発現過程において、重要な役割 を果たしていることを証明した点で高く評価された。今後,行動薬理学的,神経化学 的研究への進展が期待される。
審査員一同は、これらの成果を高く評価し、大学院研究科における研鑚と併せ、申 請 者 が博士 (医 学) の学 位を受 ける のに 充分 な資格 を有 する ものと 判定 した 。
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