博士(医学)計良基治 学位論文題名
Mechanical properties of the anterior cruciate ligament chronically relaxed by elevation of the tibial insertion
(脛 骨停止 部の移動 により弛 緩された 前十字靱 帯のカ学的 特性の変 化)
学 位 論 文 内容 の 要 旨
【緒言】
生 体組織に はカ学的 環境の変化 に適応す る能カが あり、与 えられた 環境に応 じその形態 や特性 を 変化させ る可能性 がある事が 知られて いる。し かし、腱 や靭帯に かかる負 荷の変化が 、そのカ 学 的特性に どのよう に影響する のかにつ いては未 だ不明な 点が多い 。関節固 定による効 果につい て は、ラッ トやイヌ を用いた研 究で膝関 節の関節 包、腱、 靭帯の強 度低下が 報告されて いる。ま た関節運動が靭帯強度を増加させるという報告も散見される。
一 方、 膝 関節 の 靭 帯の う ち、 前 十 字靭 帯 ( 以下ACL)は近年、 臨床的に 最も注目 を集めて いる 靭 帯であり 、この靭 帯のカ学的 特性及び 種々のカ 学的環境 の変化に よるカ学 的特性の変 化を調べ る こ と は極 め て重 要 で ある 。しかし、ACLを対象と して、こ のカ学的 特性に対 する負荷 変化の影 響 について 詳細に調 ぺた報告は 少ない。Noyesらは、サルにギプスを用いた体幹固定を8週間行い、
ACLのMaximum failure loadが著明に低下(39ワ。)したことを報告している。しかし、関節固定よる効 果 の 発 現に は 、ACLに 対 する 負 荷の 変 化 以外 に 多く の 因子が 関与して いると推 定され、ACLに対 す る 負 荷の み を直 接 的 に変 化させ、そ の変化がACLのカ学的 特性に及 ぽす効果 を選択的 に明らか にした研究はない。
著 者ら は 、ACLに 対 する 負 荷を 直 接 的に 変 化 させ る ため、そ の脛骨停 止部をACLの 長軸方向 に 移 動 さ せ、ACLにか か る 張カを 減少させる 方法を考 案した。 本研究の 目的は、 この方法 を用いて 除 負 荷 がACLの カ 学 的 特 性 に 及 ぽ す 影 響 に つ い て 経 時 的 に 検 討 す る こ と で あ る 。
【対象と方法】
体 重9.95土1.81kg(mean:f S.D.)の雑 種 成犬58頭を 使 用し た 。 右膝 関 節 に対 し て手 術を行い (Treated group)、30頭に対しては下記の手技によりACLを弛緩させた(弛緩群、relaxed group)。ま た 別 の28頭 に対 し て はsham手 術 を行 っ た (シ ャ ム群 、sham group)。左膝関 節のACLは手 術をせ ず に対照側(Non‑treated group)とした。 術後外固定 は行わず 、ケージ 内で飼育 し、術後6週、12 週 で 屠 殺し た 。屠 殺 時 に13個 体ではACL脛骨 付着部の 骨片に破 壊が認め られたた め、実験 より除 外した。残る41個体をカ学試験に供し、4個体を組織学検索に供した。
力 学試験は 各膝関節 から大腿骨‑ ACL一脛骨複 合体を取 り出し、 膝屈曲901でTensilon万能試験 機に取り付けた特製のグリップに固定し、膝の前後移動距離(A‑P translation)を測定した後、ACL以 外 の全ての 軟部組織 を除去し、area rmcrometerを用いてACL全体の断面積を測定した。引張試験に
際 して はACLが実 質部 で破断するように、矢状面でantero‑medi甜b孤dを含む約1/3の幅に切除し、
再度この断面積をarearnicmmeterを用い測定した。引張試験では、靭帯実質部線維側の歪を測定す るために膝関節を約90゜回旋して靭帯のねじれを取り、cross‐headspeed20mm/minで行い、ロード セ ル とW)Aか ら の 出 カ よ り にY‐TRecorderを 用 い てk)ad‐defonnationcurveを 記録 し た 。 犬の 個体 差に よる 影響 を除 くため に個 々の 測定 値を同一標本の非手術側(対照側)で除した数 値 を 慨ate/non‐ 眦a忙r弧oと 定 義 し た 。 統 計 学 的 評 価に は 、tl忙st、 笂2テ ス ト を用 い た 。
【結果】
A‐PTmsl面on:シ ャム 群で は解剖 学的 位置 に整 復固定したにもかかわらず、対照側と比較して 6週 でO.38mm、12週でO.48mmの 移動 距離 の増 加が 認め られ た。 これ に対 して弛 緩群 では6週 で O.86mm、12週で1111mmの 移動 距離 の増 加が 確認 され た。 贓Unon.贓tr面oで は、シャム群では6 週で1115土O.14、12週で1119土0.12であり、弛緩群は6週で1.33土O.28、12週で1.48士O.26であっ た。12週でのみ両群間に有意差(Pくo.01)を認めた。
断面積:シャム群では6週でtre州non.蛾tra晒oが1116土O.12丶12週でl119士0.10と僅かに増加した。
弛緩群では、6週で1137士O.lOと対照側に対しては増加したが、12週では1.29士O.17と6週と較べ て減少した。弛緩群とシャム群との比較では、6週では弛緩群とシャム群との間に有意差(Pくo.01) を認めたが、12週では有意差は認められなかった。
破断 部位 :対 照群 は全 例靭 帯実質 部で 破断 した が、シャム群、弛緩群では約半数の例で軟骨下 骨や骨接合部での破断を生じた。各週において、シャム群と弛緩群に破断様式の差はなかった(笂 2テ ス ト ) 。 以 下 の カ 学 的 特 性 の 解 析 に は 、 靭 帯 実 質 部 で 破 断 し た 標 本 の み を 用 い た 。 引張強度:シャム群では6週で鰍/non‐贓t珊晒oがO.79土O.15と対照側に較べて減少したものの、
12週ではO.87土O.12と回復傾向を示した。弛緩群では6週でO.67士O.17と減少し、12週では0.58土 O.08とさらに減少した。弛緩群とシャム群との比較では、6週では有意差は認められなかったが、
12週では有意差(Pくo.01)が認められた。
弾性 係数 :シ ャム 群で は対 照側に 対し て、6週 で有 意差 を認め たも のの 、12週では有意差は認 め られ なか った 。弛 緩群 では 対照側 に対 して6週 、12週と も有意 差が 認め られ た。弛緩群とシャ ム群との比較では12週でのみ有意差(Pくo.01)を認めた。
組織 所見 :シ ャム 群、 弛緩 群とも 対照 側に 較ぺ て、細胞の核の形態や数には著明な変化を認め な かっ た。 主な 変化 は問 質と コラー ゲン 線維 の変 化であり、シャム群では問質の拡大があり、弛 緩 群 で は こ れ に 加 え 、 シ ャ ム 群 で は 認 め ら れ な か っ た 後 方 線 維 束 で の コ ラ ー ゲ ン 線 維 の f.mgmentadonが認められた。
【考察】
本研 究の 結果 では 、シ ャム 群でも 対照 側に 対し 変化 が現 れた 。6週 では 断面 積、引張強度、弾 性 係数 の全 てに 対照 側と の間 に有意 差を 認め た。 断面積は増加し、引張強度、弾性係数は低下し た 。し かし 、12週で は断 面積 は依然 増加 した まま であるが、引張強度、弾性係数には有意差を認 め なく なっ た。 この 原因 は、6週で は付 着部 のく り抜 きに よる一 時的 な血 流の 途絶や手術侵襲に よ る関 節炎 など の影 響が 考え られ、12週 では 、こ の影響が消退したためカ学的特性が回復したも のと考える。
弛緩 群と シャ ム群 との比較は、弛緩による効果を示す。6週で断面積に有意差を認めるものの、
引 張 強 度 、 弾 性係 数に は有 意差 を認 めな かっ た。一 方、12週 にお いて は断 面積 に有 意差 を認 め ず 、引 張強 度、 弾性 係数 には じめて 有意 差を 認め たこ とか ら、ACLに 対す る除 負荷の効果は、ま
ず断面積の増大として現れるが、引張強度、弾性係数への影響は早期には現れず、緩除に6週以 後に発現することが示された。
以上のことから、前十字靭帯にとって除負荷はそのカ学的強度を低下させる有害な要素である と言える。
【結語】
1)前十字靭帯の脛骨停止部を挙上し弛緩させることで除負荷し、力学的特性の変化を調べた。
2)弛緩した前十字靭帯には、まず断面積の変化が起こり、続いてカ学的特性の変化が起こった。
3) 力 学 的 特 性 を 表 す 引 張 強 度 と 弾 性 係 数 は 、12週 ま で で は 回 復 傾 向 は な か っ た 。 4) 前 十 字 靭 帯 に と っ て 除 負 荷 は 、 力 学 的 強 度 を 低 下 さ せ る 有 害 な 要 素 で あ る 。
学位論文審査の要旨 主 査 教 授 真 野 行生 副 査 教 授 金 田 清志 副 査 教 授 寺 沢 浩一
学 位 論 文 題 名
Mechanical properties of the anterior cruciate ligament chronically relaxed by elevation of the tibial insertion
( 脛 骨停 止部の移動 により弛 緩された 前十字靱 帯のカ学 的特性の 変化)
生体 組織には カ学的環 境の変化 に適応す る能カが あり、与え られた環境に応じその形態や特性 を変 化させる 可能性が ある事が 知られて いる。し かし、腱や 靭帯にか かる負荷の変化が、そのカ 学的 特性にど のように 影響する のかにつ いては未 だ不明な点 が多い。 関節固定による効果につい ては 、ラット やイヌを 用いた研 究で膝関 節の関節 包、腱、靭 帯の強度 低下が報告されている。ま た関節運動が靭帯強度を増加させるという報告も散見される。
一方 、膝関節 の靭帯の うち、前 十字靭帯 (以下」4CL)は近年、臨 床的に最も注目を集めている 靭帯 であり、 この靭帯 のカ学的 特性及び 種々のカ 学的環境の 変化によ るカ学的特性の変化を調ぺ るこ とは極め て重要である。しかし、」 LCLに対する負荷のみを直接的に変化させ、その変化がカ 学的特性に及ぼす効果を選択的に明らかにした研究はない。
本研 究 の 目的 は 、ACLに 対 する 負荷 を直接的 に変化させ るために 、その脛 骨停止部 をACLの長 軸方向に移動させ、」6`Q」にかかる張カを減少させる方法を用いて、除負荷がAくコしのカ学的特性に 及ぼす影響について経時的に検討することである。
方法としては体重9.95土1.81kg(mean:t. S.D.)の雑種成犬58頭を使用し、右膝関節に対して手術を 行い(Treatedgroup)、30頭に対しては下記の手技によりACLを弛緩させた(弛緩群、relaxedが0up) また 別の28頭に 対してはsham手術を行 った(シ ャム群、shamgroup)。左膝関節の」6皿は手術を せ ず に対照側 (Non眦atedgroup)と した。術 後外固定 は行わず、 術後6週、12週で屠殺 した。屠 殺 時 に13個体で はACL脛骨付 着部の骨 片に破壊 が認められ たため、 実験より 除外した 。残る41個 体をカ学試験に供し、4個体を組織学検索に供した。
力学 試験は各 膝関節か ら大腿骨 一ACL一脛骨 複合体を 取り出し、 膝屈曲90゜でTensnon万能試験 機に取り付けた特製のグリップに固定し、膝の前後移動距離(A‐Ptransladon)を測定した後、ACL以
外の全ての軟部組織を除去し、area micrometerを用いてAa全体の断面積を測定した。引張試験に 際してはACLが実質部で破断するように、矢状面でantero―medial bandを含む約1/3の幅に切除し、
再度この断面積をarea nucrometerを用い測定した。引張試験では、靭帯寒質部線維側の歪を測定す るために膝関節を約90゜回旋して靭帯のねじれを取り、cross‑head speed 20m剛minで行い、ロード セ ル とVDAか ら の 出 カ よ りX‑Y‑T Recorderを 用 い てLoad‑deformation curveを 記 録 し た 。 犬 の個 体差 による 影響 を除 くために個々の測定値を同一標本の非手術側(対照側)で除した数 値 を treate/ non眦 批 rati0と 定 義 し た 。 統 計 学 的 評 価 に は 、 ト 慨 tを 用 い た 。 この結果、ハPTra懲lalionにおいては、シャム群では鼇a伽on眦atra五oが、6週で1115土O.14、12週 でl●19士0.12であり、弛緩群では6週で1.33士O.28、12週で1.48士O.26であり、12週でのみ両群間 に有意差(PくO.01)を認めた。断面積においては、シャム群では6週で眦a伽on眦atramが1116土0.12 12週で1119士O.10と僅かに増加した。弛緩群では、6週で1.37土O.10と対照側に対しては増加した が、12週 では1.29士0.17と6週と較ぺて減少した。弛緩群とシャム群との比較では、6週でのみ 有意差(Pく0.Ol)を認めた。引張強度においては、シャム群では6週で眦a伽on眦atra曲がO.79土O.15 と対照側に較ぺて減少したものの、12週ではO.87土O.12と回復傾向を示した。弛緩群では6週で 0.67士O.17と減少し、12週ではO.58土O.08とさらに減少した。弛緩群とシャム群との比較では、12 週でのみ有意差(PくO.01)を認めた。弾性係数においては、弛緩群とシャム群との比較では12週で のみ有意差(PくO.01)を認めた。組織所見では、シャム群、弛緩群とも対照側に較ぺて、細胞の核 の形 態や 数に は著明 な変 化を 認めをかった。主を変化は問質とコラーゲン線維の変化であり、シ ヤ ム 群 で は 問 質 の 拡 大 が あ り 、 弛 緩 群 で は こ れ に 加 え、 後 方 線 維 束 で の コ ラ ー ゲ ン 線 維 の 触g賦n洳onを認めた。
こ れ らの 結 果 か ら 、ACLを 直接 徐負 荷す るこ とで、 断面 積は6週 で137%に 増加 し、 」`CLも 除負荷されることにより、早期に断面積が増加する事実が分かった。一方、引張強度は、6週では 67% に 低下 す る も の の 有 意 差 を 認 め ず 、12週 で58% に低 下し 、初 めて 有意 差を 認め たこ とか ら、 力学 的特 性の変 化は 形態 の変化に遅れて現れる事実が分かった。さらに、断面積など形態上 はRemodelingが 認 め ら れ て も 、 力 学 的 特 性 は な お 低 下 の 途 上 に あ る と 考 え ら れ た 。
口頭発表に当たり、犬の年齢はどのように揃えたか、犬の膝ACLのカ学的特性に左右差はないか、
除負荷 の後 に再 負荷 の効 果は どう か、 正常なACLに過負荷を与えたらどうなるか、当該実験の臨 床的な 意義 は何か、等の質問があった。申請者は、雑種成犬で体重をほぽ一定に揃えたが年齢そ のもの は不 詳である、しかし、幼犬およぴ老犬は使用されていない。本研究結果に影響を与える ような 左右 差はないことが証明されている。兎の膝蓋腱での実験で、除負荷によるカ学的特性の 低下は 再負 荷によって回復することが証明されている。正常腱への過負荷はカ学的特性を低下さ せるこ とが 同様 な実 験で 証明 され てい る。臨床的意義としては、ACL付着部剥離骨折での病態が こ れ に 近 似 し て い る 、 等 の 回 答 を し た 。 そ の 後 個 別 に 審 査 を 受 け 合 格 と 判 定 さ れ た 。
以上、本研究は前十字靭帯における除負荷がそのカ学的強度に与える影響について初めて明ら かにした点に研究の創意が見られ、膝関節のバイオメカニクスの分野に寄与した論文として、博 士(医学)の学位に相応すると判定した。