博士(医学)原 信彦 学′位論文題名
ヒト腫瘍細胞の多剤耐性獲得に伴う 微 小 管 の 変 化 に 関 す る 研 究
学位論文内容の要旨
I.研究目的
抗腫瘍化学療法時における腫瘍細胞の多剤薬剤耐性獲得は,臨床的に大きな 問題となっている.この耐性獲得機序の解明・耐性解除については,近年細胞 生理・生化学的研究成果が多岐にわたり報告されているが,細胞骨格系など形 態学的研究は非常に乏しく詳細は不明である.本研究では多剤薬剤耐性株に強 い発現が認められた微小管の経時的変化について、共焦点レーザー螢光顕微鏡 を用い て研 究し た.また,薬剤耐性解除を検討する目的で,tubulinの重合阻 害剤であるcolcemidを投与し,直接細胞の微小管構築を阻害することによる薬 剤 耐 性 細 胞 株 の 細 胞 内 薬 剤 分 布 の 変 化 に つ い て も 検 討 し た . H.材料及ぴ方法
1.細胞:ヒト腫瘍細胞として,急性骨髄性自血病細胞株HL‑ 6.0,慢性骨髄性 白血病細胞株K562を用いた.前2者のadri amycin耐性株(/ADR)は培養液中の ADR濃 度 を20nMよ り 開 始 し1ルMで 維 持 す る よ う に 段 階 的 に 上昇 さ せ る こ と により,当研究室で樹立し継代した・
2. MDR‑1 geneに 関 す る 検 討 :HL‑60,HL‑ 60/ADR,K562,K562/ADR の 各 細 胞 よ り 抽 出 し たRNAを 用 い て ,MDR‑1 gene mRNAの 発 現 をRT‑ PCR 法を用 いて 検討 した .各々20・30サ イクル と行 い,内部コントロールにはp‑
Actinを用いた.
3.共 焦 点 レ ー ザ ー 螢 光 顕 微 鏡に よ る 細 胞 骨 格 の 解 析 : 免 疫螢 光 染 色 は , 一次抗体として抗 ‑tubulin抗体,二次抗体としてFITC標識抗マウスIg‑G抗体 を用 い て 行 い , 共 焦 点 レ ー ザ ー螢 光 顕 微鏡 で観 察し た.同 時に 蛍光 強度 を MRC ‑500シ ステ ムで 測定し ,単 位面 積当た りの 螢光強度を相対的な細胞骨格 の発現量として算定した・
4. 細 胞 内 薬 剤 分 布 に 関 す る 検 討 : 各 々 の 細 胞 にADRを5pMの 濃 度で 加 え
0.15,30.60,120分の時点で固定し,共焦点レーザー螢光顕微鏡を用いて核 内 のADRの 螢 光 強 度 をMRC500シ ス テ ムで 算 定 し た . 各 時 点 で の 単 位面 積 当 たりの 螢光 強度 から各 々の 細胞 の自 家螢光 を減 じて相対的なADRの核内蓄積量 として検討した.
m.結果及ぴ考察
本 研 究 で 樹 立 し た 細 胞 のADRに 対 す るICsoは ,HL‑ 60/ADRで はHL‑60の 159倍 ,K562/ADRで はK562の127倍 で あ り , RT‑PCR法 を 用 い たMDR‑1 geneの 検 討 で は ,HL‑60及 ぴHL‑60/ADRで は ,MDRーlgeneの 増 幅 は認 め ら れず ,K562/ADRで は ,K562より 過 剰 にMDR‑1 geneが 発 現 して し ゝ る こと が 示された.
これ ら薬 剤耐 性株の微小管の発現の亢進が,耐性を獲得するどの時点で起こ って い る の か , 薬 剤 耐 性 獲 得と の 因 果関 係を 検討す る目 的でHL‑60,K562の 薬剤 耐性 株を 樹立 する経 時的 な微 小管の 発現 を観 察し た.結 果は20nMとぃ う 殺細 胞 効 果 の な い 濃 度 のADRを添 加 し72時間 後に はじ めて微 小管 の有 意な 発 現亢進がみられ.,その後も継続して濃度を徐々に増加させるとさらに微小管の 発現も 亢進 した .この 間に ,ADRに 感受 性の あった細胞が耐性細胞に変化して おり,ADRの直 接的 ある いは 間接的 な作 用に より微小管構築に変化が起こり,
それに 伴っ て薬 剤に対 する 感受 性が 変化し たも のと考えた.ADR投与による微 小 管 の 発 現 亢 進 がADRに 特 異 的 な 作 用か ど う か , 他 の 自 血 病 細 胞 株MT‑1, Molt‑4で も 検 討 し た が , い ずれ もADR添 加培 養72時間 後に微 小管 の発 現が 亢 進し て い た . こ の こ と か ら ,ADR添 加 時 の 微 小 管 の 発 現 亢進 が ,ADR自体 あ るいは 薬剤 投与 とぃう スト レス によ る細胞 の反 応かは判然としないが,ADRに 比較的特徴的な作用と考えられた.
次に 微小 管の 発現の 亢進 と薬 剤耐 性獲得 につ いて,ADRの核内蓄積量を検討 した. 薬剤 耐性 を獲得する経過の細胞としてHL‑6 0+ADR(20nM72時間添加),
HL‑ 60+ADR(lOOnM維持),そしてHL ‑ 60/ADR(1メM維持)を用いてその経時 的な 薬 剤 蓄 積 量 を 検 討 し た .ADR投 与 後60分 ま で は 核 内 のADRの 核 内 蓄積 量 はほぼ 同様 に推 移しているが,120分後では,ADRの投与時間が長い細胞ほど,
その核内蓄積量が減少していた.すなわち,微小管の発現が亢進するにつれて,
逆にADRの核内 蓄積 量が 減少 し薬剤 に耐 性に なっていることになる.この結果 より, 微小 管がADRの輸 送に 関連し てい るこ とが示唆されたため,tu bulinの 重合阻 害剤 であ るcolcemidを細胞に添加して,微小管を脱重合させた細胞での ADRの核 内への 蓄積を検討した.colcemidの作用機序はcolc hi ci neと同様で freeのtubulin dimerに結合してその重合を阻害し,分裂毒として作用する.ま たその 細胞 毒性 はcolchicineより少ないため,本研究ではcolcemidを用いた.
細 胞 と し て ,MDR‑1 geneを 持 た な しゝHL‑60とHL‑ 60/ADR,MDRー1geneを 持 つK562と そ の 過 剰 発現 を 持 っ たK562/ADRを 用 いた . い ず れ の 細 胞 も0.5ルM のcolcemidで3時間培養すること′によりtubulinが脱重合され,微小管の繊維状 構 造が殆 ど消 失し た. この時 点でcolcemidを洗い流し,新たにADRを加えその 核 内へ の蓄 積を検 討す ると ,HL‑6 0/ADRもK562/ADRもcolcemid処理 により , 120分 後の 薬剤 蓄積量 が減 少せ ず各々 の親 株と 同様であった.この結果より,
MDR‑1 geneの 発 現 に関 係 な く 薬 剤 耐性 株の核 から のADR蓄 積量 の減 少にこ の 過 剰 に 発 現 し た 微 小 管 の 構 造 が 関 与 し て い る こ と が 示 唆 さ れ た . 薬剤耐性と微小管については,Minottiらはcolce mid,taxolの耐性株を用いて 重合したtub ulinの割合及び遺伝子の解析を行い,tub ulinの重合度が耐性度と 関 連し てお り,こ れら の薬 剤に 対する 耐性 獲得 の機 序につ いて は, 及びp‑
tubulin遺 伝子 の変異 に起 因す ると述 べて いる .また,松本らは,抗微小管剤 の1種であ るthizoxinに 対する 耐性 株か らp‑tubulinの遺伝 子を クロ ーニン グ し,その塩基配列を比較したところ,耐性変異株で100番目のaspa ragine(Asn) がisoleucine(Ile)に変異していたことを指摘し,この耐性変異株由来のIleiooを 含 む遺 伝子 断片を 感受 性株 の遺 伝子の 相当 する 部分 と入れ 換え るこ とによ り thizoxinに対 する耐性が確認されたと述ぺている.今回樹立したHL‑ 60/ADR. K562/ADRに つ い て は遺 伝 子 の 変 異 に つ い て 検 討を 行 っ て い な い が ,各々 の 耐 性株 をADRを 含ま ない 培地で6カ月間 培養 して も微 小管の 発現 亢進 及び薬 剤 へ の耐性 能に は変化を認めておらず,微小管の発現亢進に遺伝子レベルでの変 化が起こっているものと推測された.
本研究 にて 観察された多剤薬剤耐性株における微小管構造の変化は,多剤薬 剤 耐性 株の 有する 多様 な細 胞学 的特性 を形 態学 的な 面から とら えた もので あ り , ヒ ト 自 血 病 細 胞株 の 多 剤 薬 剤 耐 性 の 獲 得 にはMDR‑1 geneの 増 幅の有 無 に 関わら ず微 小管の発現の亢進を伴い,その核からの薬剤排出など薬剤耐性に は , 微 小 管 が き わ め て 重 要 な 役 割 を 演 じ て い る も の と 考 え ら れ た .
主 副 副
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
ヒト腫瘍細胞の多剤耐性獲得に伴う 微 小 管 の 変 化 に 関 す る 研 究
I.研究目的
抗腫瘍化学療法時における腫瘍細胞の多剤薬剤耐性獲得は,臨床的に大きな 問題となっている.この耐性獲得機序の解明・耐性解除については,近年細胞 生理・生化学的研究成果が多岐にわたり報告されているが,細胞骨格系など形 態学的研究は非常に乏しく詳細は不明である.本研究では多剤薬剤耐性株に強 い発現が認められた微小管の経時的変化について、共焦点レーザー螢光顕微鏡 を用いて研究した.また,薬剤耐性解除を検討する目的で.tubulinの重合阻 害剤であるcolcemidを投与し,直接細胞の微小管構築を阻害することによる薬 剤 耐 性 細 胞 株 の 細 胞 内 薬 剤 分 布 の 変 化 に つ い て も 検 討 し た . ]O[.材料及び方法
1.細胞:急性 骨髄性自血病 細胞株HL‑60、慢性骨髄性自血病細胞株K562を 用い、adriamycin耐性株(/ADR)は培養液中のADR濃度を1皿Mで維持するよう に段階的に上昇させ、樹立し継代した.
2.MDR‑1ヱeneに 関 す る 検 討 :HL‑60. HL‑60/ADR.K562. K562/ADR の各 細 胞よ り 抽出 したRNAを用 い て,MDR‑1 scene mRNAの 発現 をRT‑PCR 法を用いて検討した.
3. 共焦点レーザー 螢光顕微鏡に よる細胞骨格 の解析:免疫 螢光染色は・
抗 ‑tub ulin抗体を用いて、共焦点レーザー螢光顕微鏡で観察した.同時に螢 光強度をMRC ‑500システムで測定し,単位面積当たりの螢光強度を相対的な
博
巳
夫
正
勝
隆
香
崎
池
浅
宮
小
授
授
授
教
教
教
査
査
査
細胞骨格の発現量として算定した.
4. 細 胞 内 薬 剤 分 布 に 関 す る 検 討 : 各 々 の 細 胞 にADRを5ロMの 濃 度 で 加 え 0,15.30. 60. 120分 の 時 点 で 固定 し, 共焦点 レー ザー 螢光 顕微鏡 を用 いて 核 内 のADRの 螢 光 強 度 を 算 定 し た . 各時 点 で の 螢 光 強 度 か ら 各 々 の細 胞の 自家 螢 光を減じて相対的なADRの核内蓄積量として検討した.
m.結果及び考察
(1) ヒト 自 血 病 細 胞 株HL‑60とK562か ら そ れ ら のadriamycin耐性 株HL‑60/ADR とK562/ADRを 樹 立 し た .HL−60とHL‑60/ADRに はMDR‑1 geneの 発現 を認 めず , K56 2/ADRではK562より強いMDR‑1 geneの発現を認めた.
(2) ヒ ト 自 血 病 細 胞 株HL‑60,K562,Molt‑4,MT‑1に 低 濃 度 のADR(20nM)を 加え72時間 培養 する こと により ,各 々の コン ト口ールより微小管の螢光強度が有 意に増加し,その構築も変化していた.
(3)HL‑60とK562及 び そ のADR耐 性 株 の 微 小 管 構 造 を 共 焦 点 レ ザ 一 顕 微鏡 で 観察 し,HL―60とK562の いずれ にお いて も多 剤薬剤耐性の獲得とともに微小管が 有意に強く発現していた.
(4)HL‑60がADRに 耐 性 に な る 各 段 階 の 細 胞を 用 い てADRの 核 内 へ の 蓄 積を 共 焦 点 レー ザ ー 螢 光 顕 微 鏡 で 観 察 した が,ADR投与 後120分 の螢 光強度 が薬 剤耐 性 になるにっれて減少していた.
(5)colcemid処 理 に よ りHL‑60とK562及 び そ のADR耐 性 株 の 微 小管 は繊 維状 構 造 を 失い ,ADRの120分 後 の 核 内 へ の蓄 積 が ,colcemid処 理 し たADR耐性 株に お いて増加していた.
薬剤耐性と微小管については,文献上tubulinの重合度が耐性度と関連しており,
これ らの薬 剤に 対す る耐 性獲得 の機 序に つい ては, 及びロ‑tubulin遺伝子の変 異 に 起 因 す る と 述 ぺ ら れ て い る . 今 回 樹 立 し たHL‑60/ADR、K562/ADRにつ い ては 遺伝 子の 変異に つい て検 討を 行って いな いが ,各 々の耐 性株 をADRを 含ま な い培 地で6カ 月間 培養 して も微小 管の 発現 亢進及 び薬 剤へ の耐 性能に は変 化を 認 めて おらず 、微 小管 の発 現亢進 に遺 伝子 レベ ルでの変化が起こっているものと推 測さ れた. 本研 究に て観 察され た多 剤薬 剤耐 性株における微小管構造の変化は,
多剤 薬剤耐 性株 の有 する 多様な 細胞 学的 特性 を形態学的な面からとらえたもので あ り .ヒ ト 自 血 病 細 胞 株 の 多 剤 薬剤 耐性 の獲得 にはMDR‑1 geneの増 幅の 有無 に 関わ らず微 小管 の発 現の 亢進を 伴い 、そ の核 からの薬剤排出など薬剤耐性には,
微 小 管が き わ め て 重 要 な 役 割 を 演じ てい るもの と考 えら れた .臨床 的に は現 在 tubulinを標的にした薬剤,Paclitaxel(Taxol)やRhizoxinの臨床試験が行われてお り, これら 抗微 小管 薬と の併用 によ る多 剤耐 性の克服の研究が今後更に必要にな
るものと考えられる.
以上より,本研究は博士(医学)の学位論文として妥当なものと判断される.