博士(医学)中島寛文 学位論文題名
溶血性連鎖球菌感染マウスモデルの 病変形成における T 細胞の役割について
学位論文内容の要旨
溶 血 性 連 鎖 球 菌(Streptococcus pyogenes,S.py〇genes) は グ ラ ム 陽性 球菌で あ り ,ヒト に感 染し 扁桃 炎, 咽頭 炎, 猩紅 熱な ど種 々の 急性 化膿性 感染症を引き起こす他 に ,リウ マチ熱や糸球体腎炎などの続発症を引き起こす.S.pj′〇genesによる続発症は 免 疫反応 によって引き起こされる一種のアレルギー疾患と考えられており,リウマチ熱患 者 には高 い抗 体産 生が 認め られ る. 発症に関わる抗原とされるM蛋白は感染防御抗原でも あ り,M蛋白 特異 抗体 は速 やか な菌の 排除とS.pj弧開nes感染からの回復を促進する一方 で ,高抗 体反応はりウマチ熱を発症する引き金となる可能性がある.治療には抗生剤投与 が 適当で あるが,リウマチ熱はS.pyく)genesの再感染などにより再発する危険性も高い た め,長 期に渡る抗生剤の投与が推奨されている.このことは,S.pj′〇genes初感染時 に 獲得し た免疫が二次感染以降において適切かつ有効に機能していないことを示唆してお り ,S.py〇genes感 染 に 対 す る防 御 機 構 は必 ずし も液 性免 疫の みで 全て を説 明でき な い .さら に,劇症型溶連菌感染は,致死率の高い極めて重篤な疾患であるが,本疾患の場 合 には幼 小児 の発 症は 希で あり ,本 来, 防御 免疫 を有 して いるは ずの成人に多くみられ る.このようにヒトのS.p)′〇genes感染においては宿主側の諸要因が深く関与している ことが考えられるが,その感染防御機構には不明な点が多い.また,実験動物を用いてS. pj′〇g.enesの毒素やスーパー抗原の生物活性や致死活性を調べた研究は多いが,生体レベ ル で のS. め ゅgenes感 染 発 症 の病 態 生 理 につ いて の解 析は ほと んど なさ れて いない . 本研究 では,マウスのS.p癶)genes感染防御におけるT細胞の役割を中心に検討した.
ま た , 本 菌 感 染 マ ウ ス に お い ては 高 頻 度 に 関 節 腫 脹 が 認 め ら れ た た め, マウ スのS. pj′〇genes静脈 内感 染に よる 関節病 変におけるT細胞の役割についても解析を加えた.1 群20匹 のICRマ ウ ス に1x10 CFUのS.p閃genesを 静 脈 内 投 与 し た 場合 , 菌 の 投 与 後8 日 目 ま で に 致 死 す る 個 体 が 認 めら れ ,60日間 の観 察期 間に おけ る致 死率 は10%であ っ た .一方 ,菌 投与 後, 感染 マウ スの うち40% が慢 性の 関節 腫脹を 発症した.これらの感 染 マウス の肝臓,脾臓,腫脹関節について菌の分離を行った結果,各臓器よルコ口二一形 成 能を有 するS.め′〇genesが分離された.肝臓・脾臓では本菌投与後,多くのマウスに お いて比 較的 速や かに 菌が 排除 され る傾向が認められたが,wastingなどの症状を示す一 部 の感染 マウ スで は菌 投与 後5日目以 降も菌が分離された。一方,関節腫脹を発症したマ ウ スの関 節部 にお いて は長 期に わた り菌が分離され,症状と菌の分離は100%の相関を示
した.しかし,いずれの臓器や組織においても菌数の推移は増殖・排除を示唆するような 明らかな経時的変化を示さなかった.抗CD4抗体投与ICRマウス,抗CD8抗体投与ICRマ ウスおよびICRヌードマウスを用いて同様の感染実験を行った場合,抗CD4抗体投与群,
抗CD8抗体投与群,両抗体同時投与群のどの群についても感染7日目までの致死率はコン ト口ール群と比較して有意な差が認められず,臓器内菌数についても差が認められなかっ た.一方,これらの抗体投与マウスでは関節腫脹の発症が有意に抑制された.ヌードマウ ス群においても致死率はコント口ール群と比較して差が認められず,さらに関節腫脹の発 症率は0%であった.これらの結果から,S. pyogenes感染マウスモデルにおいては1) 胸腺由来のT細胞を欠いた場合に致死率の上昇がみられないこと,2)CD4陽性T細胞や CD8陽性T細胞の減少はS,pyogenes感染早期における致死率,臓器内菌数に影響を与え ないことが明らかとなり,S. pyogenes静脈内感染における生体防御は,特に感染早期 においてはCD4陽性T細胞やCD8陽性T細胞が防御上重要ではない可能性が示唆された.
また,長期にわたる致死率の検討では,抗CD4抗体投与群のみ致死率の有意な上昇が認 められたが,抗CD8抗体の併用により致死率の上昇は抑制された.このような現象が起 こる理由は不明であるが,感染マウスの致死機構には,S. pyogenes感染の増悪以外の 免疫学的な要素も含まれる可能性が考えられる.本菌感染マウスモデルにおける臓器内菌 数の推移については,1)菌の検出が症状の有無と相関性が高いこと,2)投与された菌 はマウス体内にて比較的速やかに血液寒天培地上におけるコ口二ー形成能を失っているこ と,3)菌数の明らかな経時的変化は認められないことが示され,特に3)の結果からS. pyoglenesの感染様式は通常の感染微生物とは異なっている可能性が示唆された.一方,
本菌感染tこより発症する関節腫脹は,症状と本菌の分離が100%相関しており,理想的な 感染病態モデルの様相を呈していた.本実験検討では,ヌードマウスにおける関節腫脹の 発症は全く認められず,抗CD4抗体や抗CD8抗体投与により関節炎の発症は有意に抑制 された.これらの結果はCD4陽性T細胞やCD8陽性T細胞が関節部において本菌の病変形 成能に深く関与していることを強く示唆するものである.S.pj′〇genesはスーパー抗原 を放出し,リンパ球に対しサイトカイン産生を強く誘導する性質をもつことから,本実験 ではさらに関節部におけるT細胞の産生するサイトカインの意義を検討するため,インタ ーフェ口ンァ遺伝子ノックアウト(IFN一アイフマウスを用いて感染実験を行った.その 結果,菌の投与後致死する個体は全く認められず,関節腫脹の発症もみられなかった.以 上の結果から,S.pj′〇genes感染における致死的感染防御および関節部における病態形 成 に ばT細 胞 の 産 生 す るIFN− ア が 密 接 に 関 与 す る 可 能 性 が 考 え ら れ た ,
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
溶血性連鎖球菌感染マウスモデルの 病変形成におけるT 細胞の役割について
溶 血 性 連 鎖 球 菌(Streptococcus pyogenピ ぷ ,S.pyogenピs) は グ ラ ム 陽 性 球 菌 で あ り , ヒ ト に 感 染 し 扁 桃 炎 , 咽 頭 炎 , 猩 紅 熱 な ど 種 々 の 急 性 化 膿 性 感 染 症 を 引 き 起 こ す 他 に , リ ウ マ チ 熱 や 糸 球 体 腎 炎 な ど の 続 発 症 を 弓fき 起 こ す .S. pyogeneぷ に よ る 続 発 症 は 免 疫 反 応 に よ っ て 引 き 起 こ さ れ る 一 種 の ア レ ル ギ ー 疾 患 と 考 え ら れ て お り , リ ウ マ チ 熱 患 者 に は 高 い 抗 体 産 生 が 認 め ら れ る . 発 症 に 関 わ る 抗 原 と さ れ るM蛋 白 は 感 染 防 御 抗 原 で も あ り ,M蛋 白 特 異 抗 体 は 速 や か な 菌 の 排 除 とS. pyogeneぷ 感 染 か ら の 回 復 を 促 進 す る 一 方 で , 高 抗 体 反 応 は り ウ マ チ 熱 を 発 症 す る 引 き 金 と 毅 る 可 能 性 が あ る . 治 療 に は 抗 生 剤 投 与 が 適 当 で あ る が , リ ウ マ チ 熱 はS. pyogenピsの 再 感 染 な ど に よ り 再 発 す る 危 険 性 も 高 い た め , 長 期 に 渡 る 抗 生 剤 の 投 与 が 推 奨 さ れ て い る . こ の こ と は ,S. pyogenピs初 感 染 時 に 獲 得 し た 免 疫 が 二 次 感 染 以 降 に お い て 適 切 か つ 有 効 に 機 能 し て い な い こ と を 示 唆 し て お り ,S. pyogピ 門 ピ ざ 感 染 に 対 す る 防 御 機 構 は 必 ず し も 液 性 免 疫 の み で 全 て を 説 明 で き な い . さ ら に , 劇 症 型 溶 連 菌 感 染 は , 致 死 率 の 高 い 極 め て 重 篤 な 疾 患 で あ る が , 本 疾 患 の 場 合 に は 幼 小 児 の 発 症 は 希 で あ り , 本 来 , 防 御 免 疫 を 有 し て い る は ず の 成 人 に 多 く み ら れ る . こ の よ う に ヒ ト のS. pyogenes感 染 に お い て は 宿 主 側 の 諸 要 因 が 深 く 関 与 し て い る こ と が 考 え ら れ る が , そ の 感 染 防 御 機 構 に は 不 明 な 点 が 多 い . ま た , 実 験 動 物 を 用 い てp pyogenesの 毒 素 や ス ー パ ー 抗 原 の 生 物 活 性 や 致 死 活 性 を 調 べ た 研 究 は 多 い が , 生 体 レ ベ ル で のS. pyogenピs感 染 発 症 の 病 態 生 理 に つ い て の 解 析 は ほ と ん ど な さ れ て い な い . 本 研 究 で は , マ ウ ス のS. pyogen es感 染 防 御 に お け るT細 胞 の 役 割 を 中 心 に 検 討 し た・
ま た , 本 菌 感 染 マ ウ ス に お い て は 高 頻 度 に 関 節 腫 脹 が 認 め ら れ た た め , マ ウ ス の5. pyogenes静 脈 内 感 染 に よ る 関 節 病 変 に お け るT細 胞 の 役 割 に つ い て も 解 析 を 加 え た .1 群20匹 のICRマ ウ ス に1x 10 CFUのS.pyogenビsを 静 脈 内 投 与 し た 場 合 , 菌 の 投 与 後8 日 目 ま で に 致 死 す る 個 体 が 認 め ら れ ,60日 間 の 観 察 期 間 に お け る 致 死 率 は10% で あ っ た . 一 方 , 菌 投 与 後 , 感 染 マ ウ ス の う ち40% が 慢 性 の 関 節 腫 脹 を 発 症 し た . こ れ ら の 感 染 マ ウ ス の 肝 臓 , 脾 臓 , 腫 脹 関 節 に つ い て 菌 の 分 離 を 行 っ た 結 果 , 各 臓 器 よ ル コ ロ ニ ー 形 成 能 を 有 す るS. pyogピ ぬ ビ ぷ が 分 離 さ れ た . 肝 臓 ・ 脾 臓 では 本菌 投与 後, 多 くの マウ スに
紀彦 郎 知邦 二 川林 川 皆小 有 授授 授 教教 教 査査 査 主副 副
おいて比較的速やかに菌が排除される傾向が認められたが,w astingなどの症状を示す一 部の感染マウスでは菌投与後5日目以降も菌が分離された。一方,関節腫脹を発症したマ ウスの関節部においては長期にわたり菌が分離され,症状と菌の分離は100%の相関を示 した.しかし,いずれの臓器や組織においても菌数の推移は増殖・排除を示唆するような 明らか な経時的変化を示さなかった.抗CD4抗体投与ICRマウス,抗CD8抗体投与ICRマ ウスおよぴICRヌードマウスを用いて同様の感染実験を行った場合,抗CD4抗体投与群,
抗CD8抗体投与群,両抗体同時投与群のどの群についても感染7日目までの致死率はコン トロール群と比較して有意な差が認められず,臓器内菌数についても差が認められなかっ た.一方,これらの抗体投与マウスでは関節腫脹の発症が有意に抑制された.ヌードマウ ス群においても致死率はコントロール群と比較して差が認められず,さらに関節腫脹の発 症率はO%であった.これらの結果から,S. pyogenes感染マウスモデルにおいては1) 胸腺由 来のT細胞を欠いた場合に致死率の上昇がみられないこと,2)CD4陽性T細胞や CD8陽性T細胞の減少はS.pyogenピぷ感染早期における致死率,臓器内菌数に影響を与え ないことが明らかとなり,S. py ogenes静脈内感染における生体防御は,特に感染早期 におい てはCD4陽性T細胞やCD8陽性T細胞が防御上重要ではない可能性が示唆された・
また,長期にわたる致死率の検討では´抗CD4抗体投与群のみ致死率の有意な上昇が認 められたが,抗CD8抗体の併用により致死率の上昇は抑制された.このような現象が起 こる理由は不明であるが,感染マウスの致死機構には,S. pyogenビs感染の増悪以外の 免疫学的な要素も含まれる可能性が考えられる.本菌感染マウスモデルにおける臓器内菌 数の推移については,1)菌の検出が症状の有無と相関性が高いこと,2)投与された菌 はマウス体内にて比較的速やかに血液寒天培地上におけるコロニー形成能を失っているこ と,3)菌数の明らかな経時的変化は認められないことが示され,特に3)の結果からS. pyogenピぷの感染様式は通常の感染微生物とは異なっている可能性が示唆された.一方,
本菌感染により発症する関節腫脹は,症状と本菌の分離が100%相関しており,理想的な 感染病態モデルの様相を呈していた.本実験検討では,ヌードマウスにおける関節腫脹の 発症は 全く認められず,抗CD4抗体や抗CD8抗体投与により関節炎の発症は有意に抑制 された .これらの結果はCD4陽性T細胞やCD8陽性T細胞が関節部において本菌の病変形 成能に深く関与していることを強く示唆するものである.S. pyogピ門ピsはスーバー抗原 を放出し,リンバ球に対しサイトカイン産生を強く誘導する性質をもつことから,本実験 ではさらに関節部におけるT細胞の産生するサイトカインの意義を検討するため,インタ ーフェロンy遺伝子ノックアウト(IFN‑ア゛)マウスを用いて感染実験を行った.その 結果,菌の投与後致死する個体は全く認められず,関節腫脹の発症もみられなかった.以 上の結果から,S. py ogeneぷ感染における致死的感染防御およぴ関節部における病態 形 成 に は T細 胞 の 産 生 す るIFN ‑yが 密 接 に 関 与 す る 可 能 性 が 考 え ら れ た . 口頭発表後,副査有川教授より,10%程度に認められる致死マウスの原因につい て,関節腫脹の有無を決めているのは何か.副査小林教授からは,本研究の現象は極めて 興味深いものがある.病理組織から細菌の再活性化の様子はどうか.免疫不全では細菌感 染は増悪するのが普通であるが,どのように考察するのか.などの質問があり,さらに主 査皆川より,結核などの慢性感染と肉芽腫の関係を想像させるが,溶連菌によってもその ような病態生理が認められるのか.これらの質問に対して申請者は文献的考察を加え適格
に解答した・
本研究の成果は,臨床感染症学との連係のもとにさらなる研究が期待され,溶連菌感染 の予防およぴ治療に貢献する事が期待された.審査員一同は,これらの成果を高く評価 し, 申請者が博士(医学)の学位をうけるに十分な資格を有するものと判定した.