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イングランド銀行の創設と公信用制度

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(1)

九州大学学術情報リポジトリ

Kyushu University Institutional Repository

イングランド銀行の創設と公信用制度

深町, 郁弥

https://doi.org/10.15017/4403344

出版情報:經濟學研究. 29 (4), pp.91-117, 1963-10-25. Society of Political Economy, Kyushu University

バージョン:

権利関係:

(2)

は し が き

イングランド銀行創設の意義

|—ーこれまでの諸説によせて1イングランド銀行創設以前の公信用制度イングランド銀行創設と発券業務

用制度としての発展もこの例外ではない︒それは後進的に資本主

イングランド銀行の創設と公信用制度 義が発達した国々で当初から中央銀行がそのようなものとして設 も古典的な発達をとげたイギリスにおけるイングランド銀行の信 近代的信用制度は産業資本の創造物である︒資本主義がもっと

ま し

四 三

町 郁 弥

イ ン グ ラ ン ド 銀 行 の 創 設 と

公信用制度

第 四 号 九

れは発券業務の確立に同行の近代的銀行の端緒としての意義を認 まず公信用制度の展開︑それからの促迫が発券業務の確立に作用 さいしての本源的蓄積の槙村としての公信用制度のそれである︒ としての資質︑機能をそなえるにいたっている︒商品生産

11

流通

の展開にもとづく信用関係︑商業手形流通の普遍化がまずその基

礎をなしており︑従来の研究は多くがこの面に向けられている︒

しかしィングランド銀行のばあいにおいても中央銀行として確

立をみるには︑さらに国家の強力的作用が必然的な契機として

作用しているのを見落すことはできない︒中央銀行の考察にはこ

の二

面からの接近が必要である︒ところで国家の作用というばあ

い︑歴史的にはじめにあらわれるのは︑イングランド銀行創設に

する態容を明らかならしめることが必要である︒小稿はこの過程

を追跡することによってイングランド銀行の創設がどのような意

味で画期的なものであったかを考察しようとするものである︒そ

めるさいの視角がどのようなものでなければならぬか︑という問

題でもある︒さらにこのイングランド銀行創設に果す公信用制度

の作用態容を明らかならしめることは︑同行が一九世紀にいたり

第二十九巻 立されたのとは異なってむしろ自然生的な発展のうちに中央銀行

(3)

的 措 置 に よ る 干 渉 の も つ 意 義 内 容 を 前 者 と の 差 別 性 に お い て と ら

(1) 

え る た め に も 必 要 で あ る

( 1 )

中 央 銀 行 制 度 の 形 成 と そ の 機 能 の 考 察 に お い て は 国 家 の 強 力 に よ る 干 渉 が 必 然 的 な 契 槻 で あ る

︒ 次 節 で の べ る よ う に こ の 点 に つ い て は い ず れ の 研 究 に お い て も 一 応 ふ れ ら れ て は い る が

︑ た と え ば イ ン グ ラ ン ド 銀 行 の 設 立 の

︱ つ の 動 機 と し て あ げ ら れ て い る と い う に 止 ま っ て 必 然 的 契 機 と し て 考 察 さ れ て い る わ け で は な い

︒ こ の 点

︑ 松 井 氏 は 最 近 の 労 作 に お い て こ の 問 題 を 正 面 か ら 取 上 げ ら れ

︑ 中 央 11

﹁国立﹂銀行ならび に 同 銀 行 券 に お け る 国 家 規 定 の 重 要 性 に 着 目 し て

︑ イ ン グ ラ ン ド 銀 行 の 発 展 過 程 に 即 し て そ の 体 系 化 を は か ら れ

︑ 現 代 の 不 換 銀 行 券 の 本 質 解 明 を 応 図 さ れ て い る

︒ そ の 問 題 視 角 は ま さ に

﹁ 国 家 信 用 を ネ グ ッ て は 兒 換 銀 行 券 の 不 換 銀 行 券 へ の

﹃ 転 化

﹄ 問 題 は 端 著 を み い だ す こ と が で き

﹂ な い

︵ 松 井 安 信

﹁兌換

銀 行 券 の い わ ゆ る

﹃ 転 化

﹄ 問 題

︵ そ の

2)ー

飯 田 教 授 の

﹁二 重 の 本 質 と 二 重 の 運 動

﹂ に 関 連 し て

﹂︑北大﹃径済学研 究

﹄ 第 一 三 巻 第 一 号

︑ニニペ

ージ︶というにあり︑こ

の 点 か ら

﹁ 国 家 信 用

﹂ を 兄 挽 銀 行 券 の

︑兇 換 規 定 と な ら ぷ

﹁ 二 胴 性

定と し て 本 質 を 規 定 す る も の と し

そ の 根 拠 を イ ン グ ラ ン ド 銀 行 の 創 設 時 に 潮 ぽ り う る と こ ろ の

︑ 銀 行 の 公 依 担 保 の

﹁ 保 証 発 行

﹂ 部 分 に 求 め ら れ

︑﹁国家信用﹂

11

﹁公信用﹂という点 か ら 接 近 さ れ て い る よ う で あ る

︒ こ の 問 源 提 示 は 中 央 銀 行 お

中 央 銀 行 へ と 発 展 し て い く 過 程 に お け る 国 家 の ブ ル ジ ョ ア 的 法 制

イ ン グ ラ ン ド 銀 行 の 創 設 と 公 信 用 制 度

第二十九巻

よ び 同 銀 行 券 に お け る 国 家 規 定 を 考 察 す る も の に 大 き な 示 唆 を あ た え る も の で は あ る が

︑ そ こ で

﹁ 国 家 信 用

﹂ を

﹁ 公 信 用

﹂ と 同 一 視 し

︑ 本 来

︑ 兄 換 規 定 を 前 提 と し て の み 妥 当 す る も の と さ れ て い た 産 業 資 本 主 義 段 階 の 銀 行 券 に た い す る

﹁ 法 貨

﹂ 資 格 を

前 者 に 直 接 由 来 す る も の と し て

︑ 国 家 紙 幣 に お け る 強 制 通 用 力 と 同 一 視 さ れ よ う と す る の で あ れ ば

同意 す る こ と は で き な い

︒ 問 題 は む し ろ

﹁公信用﹂と︑﹁

国 家 信 用

﹂ な い し

﹁ 国 民 的 信 用

﹂ と い わ れ て い る も の の 区 別

︑ 初 期 資 本 主 義 11 固 有 の 重 商 主 義 段 階 と 産 業 資 本 主 義 段 階 そ れ ぞ れ に お け る 国 家 の

︑ 中 央 銀 行 制 度 の 形 成

︑ 機 能 に さ い し て の 役 割 の 相 達 を 明 ら か な ら

め る 点 に あ る と い う べ き で あ ろ う

︒ 産 業 資 本 主 義 段 階 の 中 央 銀 行 制 度 に お け る 国 家 規 定

︑ 作 用 態 容︑

そ の 基 礎 を

﹁ 国 家 信 用﹂︑﹁国民的信用﹂の諸問題に つ い て は 別 稿 を ま た な け れ ば な ら な い が

︑ さ し あ た り

︑ 拙 稿

﹁ イ ン グ ラ ン ド 銀 行 に か ん す る 諸 研 究 と 問 題 点

﹃ 資 本 論 講

座﹄

5)

を参照されたい︒

︑︑

イ ン グ ラ ン ド 銀 行 創 設 の 画 期 的 意 義 が そ の 発 券 銀 行 と し て の 成 立 に も と め ら れ る 点 で は こ れ ま で の 論 者 の あ い だ に は 見 解 の 一 致 が あ る が

︑そ の 内 容 を ど う と ら え

︑ 規 定 の 視 角 を ど う お く か と い う こ と に な れ ば

︑ そ れ ぞ れ の あ い だ に は 大 き な へ だ た り が あ る

︒ こ

ィングランド銀行創設の意義

ーこれまでの諸説によせて— 第四号

(4)

イングランド銀行の創設と公信用制度 られる﹁中産的生産者層﹂

11

﹃農

村の

織元

の点はイングランド銀行の創設における公信用制度の役割を本質

的な契機として位置づけうるか︑どうかということにかかわりを

もつ

いうまでもなく︑この分野で明確な﹁問題的視角﹂を提出され ︒

ているのは大塚教授であり︑この﹁問題的視角﹂はそれに続く長︑

っている︒その視角はイングランド銀行の﹁設立当初のきわめて

複雑な業務のうち﹂︑﹁︹一︺発券︑未だまざまさな原生的形態の

︹二︺商業手形の割引﹂との重要性を指摘されて︑この面から同行

創設の近代的意義あるいは設立された同行の信用制度としての近

係の展開

﹂ ︑

同氏編﹃資本主義の成立﹂

│︱

ペー

ジ︶

経 済 学 新 体 系 X I

︱ ︱ ︱

1 0  

︵大塚久雄﹃近代欧 対坑関係において出てくる﹁独立自営農氏層﹂にその出自を求め 貸人としての問屋制商業資本家﹂

11

﹁郡市の織元﹂と︑それとの 創的な体系と接合されて︑そこでの基礎範疇

︑ ﹁

商人的問屋制前 この視角は従来教授が展開されてきた雄渾かつ独

代的性格をあとづけようとされる点にある︵大塚久雄﹁信用関 外被に固着したままであるが﹃銀行券﹄

ba nk no te

 の発行と︑ 閤口両氏により継承されてこの分野での最近の主

要 な 業 緒 と な

第 四 号 九 一

洲経済史序説﹄上の二弘文堂︱︱︱三

0

ページ以下︶にそって展開

される﹁前期的高利貸信用︑とくに問屋制前貸信用﹂ー﹁商人から

生産者へ﹂ーと﹁中産的生産者層﹂に立脚する﹁近代的商業信用﹂

割引という視危はこの﹁近代的商業信用﹂関係から発生する商業

手引の割引というようにその具体的内容が賦与︑限定されて︑そ

︑ ︑

の上でイングランド銀行の発券銀行とし

ての

成立が近代的信用制

関係の展開﹂一四

0

︱ ︱ ー ベ

ジ ︶ ︒

の理論構造の核心をなすもの

であ

るが

︑それについての考察はこ

だそれに立脚していわれる商業手形の割引ー発券という視角から

︑ ︑

えがき出される発券銀行の成立←近代的信用制度の確立という構

図が︑結局のところイングランド銀行創設の意義︑その近代的性

格をどのような点でとらえることになっているか︑ということが

さしあたり問題である︒

第二十九巻 こではとりあげる余裕︑能力もないし︑またその必要もない︒た の成立︑発展を分析するさいの二つの範躊ー﹁型﹂ーは大塚教授 いま右のような視角の基礎範疇として定匿されている資本主義 度の確立であることが規定される運びとなっている︵前

﹁信

ー﹁生産者から商人へ﹂ーという基本線の

上で

右の商業手形の

(5)

の売却取引﹂を許されていた

基軸とする﹁国民経済﹂の形成︑﹁それに照応した独自な信用関 まさにこの点に向けられているようである︒ この点については創設当初から商業手形の割引が発券とともにイングランド銀行の正規の業務として認められていたことは︑ヨーロッパ諸国の公立銀行が︑貨幣制度の未整備︑不統一から煩瑣

のちに言及する政府への無期公債としての貸付額︱二

0

万ボン

ドの範囲内で許された正規の発券ー│それは捺印手形

(S ea le d B il l )

として実現されたのであるがーーとともに同行は﹁為替手

形︑地金銀﹂での

﹁取 引﹂

︑あ

るいは同行へ﹁坦保に供された商品

(J. 

Cl ap ha m̀ Th e  B an k  of  E n,   gl an d 

Hi st or y,  V ol .  I . ,   p . 

1 8

)

の他の取引とならぶこの

為替手形での取引の認許が商業手形割引を同行が行なえた根拠で

あることは疑えない︒しかしこの商業手形の割引が創設当初から

一八世紀前半の同行業務のどの程度を占めていたか︑またその割

引手形の内容がどのようなものであったかー別言すればどのよ

うな陪層の手形であったかーー'︑ということになればかなりの危

疑が生じてくる︒業務のどの程度の比率を占めていたか︑という点

については大塚教授も創没当初における比率が少なかったこと︑ リス経済社会全体のうちにおける質的重要度如何におかれなけれ 替︵支払︶銀行であったのとは本質的な差異をなすものである︒ をきわめた貸幣の出納業務の代行という貨幣取扱業務を行なう振 イングランド銀行の創設と公信用制度第二十九巻

そしてその比重の増大は一八世紀に入ってから︑それも決定的増

大は産業革命にはいる六

0

年代以降のことであることをリチャー

(R .D .  R ic ha rd s)

とクラッパムにもとづいて認められた上で

(C la ph am ,0 p.   ci t . , 

p . 

127)

︑﹁

の場合︑評価の基準は後年の英

蘭銀行の業務規模との単なる量的比較でなく︑むしろ当時のイギ

ばならない︒﹂︵大塚︑前掲書︑一三ニページ注

( l )

︶といわれてい

(2 )  

る︒ここで問題は量的比率から質的重要度︑手形の内容というこ

とにうつるわけであるが︑その後の長︑関口両氏の研究の力点は

たとえば関口氏は︑さきの﹃農村の織元﹄の行なう羊毛工業を

係の﹃国民的﹄展開︑さきの﹁近代的商業信用﹂の全国的展開系

列としての﹁地方の生産者←ロンドンの卸売商←地方の小売商﹂

および﹁地方の生産者←ロンドン輸出商﹂という方向にそっての

売掛信用の延長などを精力的に実証されている︵関口尚志﹁イ ギリス﹃国民経済﹄の形成と信用関係の展開﹂

H

済学論集﹄第

二九

巻第

︑ 口︑国︑﹃経

三号︑同﹁金融制度の変革

﹂ ︑

大 第四号

九四

(6)

ィングランド銀行の創設と公信用制度 者﹂などによって振出されていた国内手形よりも選好した︑との 的に行なわれていたが︑ ﹁イングランド銀行によって提

供 さ

れた

便宜を用

いて割引をし いたクラッパムの著書の該当個所中で︑一八世紀前半について はそのような﹁近代的商業信用﹂の展開を基礎とする商業手形が 塚久雄・高橋幸八郎・松田智雄編﹃西洋経済史講座﹂皿︑長幸男

﹁信用制度の発達ーイングランド銀行の設立を中心としてー

' ﹂ ︑

撮講座

I I)

いまそれらの実証につ

いて

は一応措くとすれば︑ここでの問題

イングランド銀行での割引手形を構成していたかどうかというこ

とである︒たしかに国内での信用取引がさかんになり︑商業手形

の内容が外国手形から国内手形へ急速にかわってきていたことは

多く指摘されているとおりであろうが︑イングランド銀行での商

業手形割引にそれがどのようにあらわれてきたか︑ということで

ある︒この点については大塚教授がさきに典拠として指示されて

た個人や商業部間について

はほ

とんどなんら知ら

れて

いない﹂

(C

la

ham, opp. 

c it .

,  128)p︑また同行は. 

﹁大

規模商業および信

用度のたかい国際金融の所産

﹂で

ある外国手形を︑その当時普遍

﹁もっとも小規模の商人や小親方製造業

第 四 号 九 五

に入って滅退し﹁主流﹂でなくなったのちも︑個人貸付は﹁国家 係でなされた地主などにたいする不動産抵当貸付などが一八世紀

一七

0

四年には﹁五

0

ポンド以下で︑ニカ月満期以上のも

のであれば取扱わない﹂ということが定められ

︑ ﹁

国内手形を﹃そ

の金額の小さいことを顧慮﹄しないで割引くという方針が止ん

だ﹂(Op.

ci t . ,

1  24)ことなども指摘されている︒p. 

このような指摘は︑いわれるところの商業手形割引の評価につ

割引手形の内容については資料上の考証に委ねるべきであるとし

ても︑さきの手形割引の業務に占める比率が低いという事実は︑

銀行の業務の大部分が貸付に︑それも創設当初においてはさらに

それの圧倒的部分が政府への貸付にあったことに対応するもので

ある︒また政府への貸付以外の一般貸付も︑創設当初の﹁金匠の貸

付の

通常

の型

に属する﹁貴金属や宝石を坦保とする貸付﹂(Op.

ci t

. ,  p. 1 

1との競合関3)や旧式の金融業者であるスクリープナー

の信用

(c re dit of  hte sta

te

)﹂を背後にもった政府の官吏にた

いしてなされたことがあり︑また一八世紀中ずっと銀行はそのよ

第二十九巻 ての危疑を生ぜしめずにはおかないものであるが︑ともかくその て

は Oべられている(p.

cit130)このほかにも手形割引についp.. ︒

(7)

いうことができる﹂といわれている︵玉野井昌夫

﹁ イ

ングランド かで︑﹁旧式金融層を代表する金匠の系列に位置を占めたものと

ところでまたさきの大塚教授をはじめとする諸氏の近代的性

し ﹂ ︑

この国庫との関係という点からみて︑先枢的金融業者のな 然として守旧的な性格を濃厚に止め︑金融機関のための銀行とい ﹁その機構と業務の側面でみるかぎり︑︹一八世紀に入っても︺依 これらのかなり周知のことに属するイングランド銀行の業務内 また五

0

年代からかかる個人貸付の減退に代って拾頭する法人へ イングランド銀行の創設と公信用制度

にさいして仲介者となり︑

市民にたいして保証をあたえるよう

なことがあったことが指摘されている(Op.

c i t . ,  

pp. 

11

4│5)

の貸付も東印度会社などの﹁特権会社﹂にたいするものが大部分

(3 ) 

を占めていたことがうかがわれる(O

p.

ci t .

,   p .  116)

容をそのまま立論の基礎とすれば︑大塚教授らとは逆に︑創設初

期におけるイングランド銀行の前期的性格︑あるいは一九世紀と

くらべての前近代的性格が結論されうることになる︒

たとえば玉野井氏は︑

以上の諸点にほぽあますところなく

及された上で︑

イ ン グ ラ ン ド 銀 行 は 創 設 期 は い う に お よ ば ず

うよりは︑国庫との関係が第一義的に考えられる傾向が強く存在 うな方式をもっとも好んだといわれるが︑銀行当局者が貸付契約

究 年 報

﹄I 第二十九巻

銀行の成立とイギリス金融制度の展開﹂﹃学習院大学政経学部研

0

ージ参照︶︒

らに氏は同行が一般の私的銀行業者にたいする再割引を一七九七

年まで行なわず︑

﹁一

00

年の

数字についてもそれはいわゆる

の二

0%

﹂で︑

﹁割引を受けるものは

non

,b an kers︑

bu si ness

主としてロンドン内部に限定されていた﹂という理由から

︑ ﹁

ングランド銀行はこの時代においても︑現在の中央銀行とはよほ

ど遠い位置に止っていたということができる﹂と結論されている

︵前掲書︑三三一ペ

ジ︶

もしこのようなイングランド銀行の創設から一八世紀にかけて

の業務内容に着目してその前期性あるいは前近代性を強調してい

くとすれば︑同行創設ないし創設後の同行の機能の﹁国民経済﹂

にたいする画期的意義は︑この面からは規定されえなくなるおそ

れがある︒後述するように玉野井氏ご自身別の視角を併せとられ

ている︒すくなくとも前期性の強調はここでは否定の論理でしか

ないからである︒

格規定の方法についていえば︑この国庫あるいは公信用制度との 第四号

九六

(8)

イングランド銀行の創設と公信用制度

したがって以上のような難点を克服してイングランド銀行ーの 義と近代的性格を

規 定 するさいの

基 本 線

であるとす

れば

それは

関連をどう評価されるかという問題が生じる︒いずれもイングラ ンド銀行創設にさいしての直接の契

機の

︱つが財政不足の補横に 発していること

︑ないし

はその創設が近代的財政

︑国

債制度の確立 をもたらしたことに言及されている︒しかし﹁国民経済﹂におけ る﹁近代的商業信用﹂の全国的規模での展開に立脚して

︑そこから

発生してくる商業手

形 の 割 引

発券という視角が創設の画期的意 前記の点が創設にさいしての﹁銀行﹂の

制 度 的 本 質 を制約規定す る必然的契機であるとして

︑また 政府との関係が創設後いつそう

︑ ︑ 緊密になっていくことが︑同行の発券銀行としての発

展︑ 確立を 決定的ならしめる契機であるとして位置づけることとは相

容 れ な

(4 ) 

いことと思われるのである︒

ちに中央銀行へと発展していく特権的銀行であるところのー—の

﹁国

民 経 済

に た い す る 画 期 的 意 義 を 把 握 す る に は ど の よ う な 視 角がとらるべきかが問題として自らを提示してくることになる︒

( 2 )

現実の商業手

形割引のイングランド銀行の業務に占め

る比

率の僅少性と︑割引

発券の視角にたって同行創設の画期的

第四号

九七

意義︑同行の近代的性格を立証する基本線とがいかにイング ランド銀行創設そのものに即して説明されているかは興味あ る問題である︒この点︑関口氏の説明は次のとおりである︒

﹁銀行の経営内部における業務の比率や後年におけるいとな みとの対比において当時の手形割引がそれほど大きくなかっ たにせよ︑この銀行の創立で割引歩合が急落したという事実 そのものが︑まさに決定的な重要性をもっている﹂と︵関口

﹁金

制度

の変革﹂︑前掲晋︑一四八ページ︶︒ここで割引歩

合の﹁急落

﹂といわ

れているものが︑銀行自体の割引歩合

さらに一般的に同行の貸出利率のみをさすのか

市場での割 引歩合︑市場利

子率 の低下をも含めてのことであるのか明示 されていないのではっきりしないが︑いま後のばあいをも

めてのこととして考えよう︒そうするといわれているのは結 局割引歩合の急落が銀行設立の結果実現されたというに止ま り︑別段商業手形割引が行なわれたからそうなったというわ けではなく︑割引であれ︑貸付であれ︑ともかく

発券により︑︑︑︑`ヽ︑︑r

市場にたいして信用創造

11 貨幣資本の追加供給がなされたと いうことに帰着するようである︒そうだとすれば︑ここでは 追求さるべき手形割

引 ー 発券という視角が

︑厳密にはそ

れと

区別さるべき︑貨幣資本の追加供給ということに同一視され 倭小化されて

しまって

いることになるのではなかろうか︒

このような点からいえば︑長氏はイングランド銀行の発券 確立の意義を明確に貨幣資本の追加供給という視角へ純化さ れてしまってはっきりした因果関係をあたえられているよう である︒氏は同行の業務の圧倒的部分が政府貸付であったこ とを是認︑前提されて︑その貸付が︑従来国庫への二割にも

第二十九巻

(9)

ィ ン グ ラ ン ド 銀 行 の 創 設 と 公 信 用 制 度 及 ぷ 高

で の 貸 付 を 行 い

︑ た

めにロ

ン ド ン 金 融 市 場 を 圧 迫

ていた

巨 大 金 匠 の 貨 幣 資 本 の 拘 束 を 解 放 す

るこ

と に な

った︑

す な わ ち ィ ン グ ラ ン ド 銀 行 の 国 庫 へ の 貸 付 が

金 匠 の 国 庫 へ の 貸 付 を 肩 代 り し た と い う 論 理 を 用 い て

同 行 の 発 券 11

﹁信

用 創

造﹂

11

﹁貨

幣 資 本

﹂の

追 加 供 給

は﹁

全 国 的 信 用 の 重 心 で あ っ た ロ ン ド ン の 金 融 事 情 を 一 挙 に 緩 和 す る 強 力 な 手 段 に ほ かならなかった﹂と

結論

し て お ら れ る

︵ 長

﹁信 用 制 度 の 発 達

ー'

イング

ン ド 銀 行 の 設 立 を 中 心 と し て ー

﹂ ︑ 前 掲 書

三四九

ページ︶︒と

も か く 現 実

の手

形割

引 の 僅 少 性 に 阻 ま れ て 手 形 割引

発 券 の 視 角 は イ ン グ ラ ン ド 銀 行 創 設

その

も の に ま

で貫

していないようである︒

( 3 )

念 の た め 創 設 当 初 の 業 務 内 容 を 推 察 で き

数 字 を 若 干 あ

て お け ば

一 六 九 五 年 三 月 の 同 行 最 初 の 損 益 計 算 書 で は

︑﹁

本 払 込 み 完 了 後 は じ ま っ た 国 庫 へ の 貸 付 を も 含 む

政府 への 貸 付 と 一 般 貸 付 の 合 計 と し て の 貸 付 に も と づ く 利 潤 が 一 万 五︑八

0

七 ポ ン ド 一

0

シリング

三ペンス︑

こ れ に た い し て 手 形 割 引 に も と づ く も の は わ ず か に 一

0

八 八 ポ ン ド 七 シ リ ン グ

︱ ペ ン ス で あ る

C(

la ph

am

,0 p.

c it .

, p .

 

11 5)︒ ま た 対 政 府 取 引 と 対 民 間 取 引 ー 手

割 引 お よ び 貸 付 を 併 せ

の比率を示すものとして一六九六年―月一0日付の貸

借 対 照 表 の 資 産 項 目 が あ る

︒ 対 政 府 貸 付 と し て は

資 本 金

0

万 ポ ン ド を 別 と

ると

︑ 五 八 万 四

︑五

七 六 ポ ン ド

ー六シ

リ ン グ 五 ペ ン ス

︑対

民 間 貸 出 と し て 二 六 万 六

︑六一

0

ポンド

一七シリ

ン グ と あ る

( A .

Fe

av

ea

ye

ar

, T

he   Po un

d Ste

r l in

g,  

Hi sto

ry o  f  En gl i sh Mon

ey

, 2

nd  E di ti on

̀r eivs

d e

by. 

E.  V .

 Morg

na

̀p . 

144; 

Cl

ap

ha

m, 0p .  c i t. ,   p .  

44)

貸 付 の 業 務 に 占 め る 比 率 の 圧 倒 的 な こ と や 一 般 貸 付 の 内 容

様 式

第二十九巻

( 4

)

た と え ば 長 氏 は

﹁イ

ン グ ラ ン ド

行 の 成 立 と そ の 意 義

﹂と

いう節

で︑﹁こ

のイング

ランド

銀 行 設 立 の 意 義 の 第

一は︑莫

大 な 公 債 の 引 受 に よ っ て

革 命 政 権 の 危 機 を 救 い

重 商 主 義

の政

策 体 系 を 実 現 し て ゆ く 政権の

政的 土台を

り 出 し た こ とである︒﹂あるいは

﹁原

始 的 菩 稼 の も っ と も 強 力 な 槙 杵 の

︱つであった

公 依 制 度 を 体 現 す る こ と に よって

革 命 政 権 の

財政

体 系 を 整 備 し

︑ そ れ を 強 化 す る こ と で あ っ た

﹂ と い わ れ て い る

︒ な お

﹁第

二 の 意 義

と し て あ げ ら れ て い る の は

い う ま で も な く

展し

つつ

る 近 代 的 プ ル ジ

ョア

的 信 用制 度 を 強 化 す る こ と で あ っ た

﹂ということである︵長︑

前 掲 書

三四八ペ

︒ 関 口 氏 も 同 じ 内 容 の こ と を の べ ら れ て い る

し か し こ の よ う な

﹁意義

の 指 摘 に も か か わ ら ず

前 者 は イ ン グ

ン ド 銀 行 創

の 必 然 的 契 機 と し て 取 入 れ ら れ て い る わ け で は な く

基本

線 は あ く ま で

も﹁

第 二 の 意 義

﹂にあ

り︑

む し ろ こ の 意 味 で の 信 用 制 度 と

て の 確 立

︑ 近 代 銀 行

ばあ

い と 同 様 な 発 券 に よ る

﹁ 信 用 創 造

が財 政 不 足 を 補 填

て い く 効 果 を も つ こ と が 強 調 さ れ て い る と み る こ と が で き る よ う で あ る

︵ 松 井

前 掲 稿

︑四

0

ページ参照︶︒

ところで手形割引発券(あるいは発券による「信用創造」) と い う 視 角 か ら イ ン グ ラ ン ド 銀 行 創 設 な い し は 同

の 近 代 的 性

規 定 す る 視 角 を と るに

し ろ

あ る い は ま た そ れ と 対 照 的 に 政 府 の 点 か ら 同 行 の 性 格 の 前 期 性

非 近 代 性 を い う に し ろ

︑ い ず れ も

第 四 号 九 八

(10)

イングランド銀行の創設と公信用制度 その規定の方法の特徴はいかなるルートでー割引か貸付か—‘

そしていかなる階層にたいして1政府へか民間へか︑さらにそれ

のどういう階層へかーという視角に終始しておること︑また発券

︑ ︑

I I

﹁信用創造﹂

11

貨幣資本の供給という視角にみられるように発

︑ ︑

p券の確立ということはすべて貨幣資本供給という点でのみとらえ︑︑

︑ ︑

られていることにある︒いわばその規定方法は信用論的視角とで

しかしながらイングランド銀行の発券業務の確立について語る︑︑とき︑それはまずこの銀行の銀行券

11

信用貨幣の成立という点で

とらえられなければならない︒問題はイングランド銀行という信

用制度が銀行券という流通用具︵手段︶をつくり出すということで

ある︒たしかに銀行は発券の確立ということによって銀行信用を

貸付けうるのであり︑両者は現実にはからみあっているが︑銀行の

貸付とそれがなされる手段とは論理的には厳密に区別されなけれ

ばならない︒すなわち信用貨幣の成立ということと︑それで銀行が

どのようなルー

トで

︑どのような階層へ割引︑貸付を行なうか︑と

いうこととは別のことがらである︒したがって発券業務の確立と

いうことはそれで銀行が貸付をおこなうことができ︑そして国民 もいうべきものである︒

第 四 号 九 九

の信用通貨たる銀行通貨への発展過程﹂と︑これに対応する﹁い 氏は﹁イギリスにおける紙券通貨の発展﹂を﹁商業通貨の本来 的流通でーここではまだ全而的にかどうかという範域の広狭に

ついていっているのではないー—鋳貸にかわりあるいはそれと

また商業手形などとあいならんで︑いわば通貨として機能しうる︑︑ような信用貨幣の創造という意味でとらえらるべきものである︒︑

これはさきの信用論的視角に対比していわば通貨論的視角とでも

いうべきものにほかならない︒いまこのような意味でとらえると

すれば︑創設当初のイングランド銀行の政府貸付の圧倒的比重と

いうことは発券の意義をとらえることの障害にはならない︒前述

な信用関係の﹃国民的展開﹄﹂はまずもって商業手形流通の普遍

化を明らかにするものにほかならないわけであるが︑まず問題は

そのような商業手形流通を痙礎に本来の信用貨幣としてのイング

ランド銀行券が︑公信用制度からの促迫によって成立してくる態

(5 )

6容が明らかにされればよいことになる︒

小野氏はこの通貨論的視角から意識的にイングランド銀行創設

の意義をとらえようとしておられるようである︒

第二十九巻 した関口民の精力的に追究されている﹁国民経済﹂の成立︑

﹁独

(11)

く︒

﹂︵

前掲

書︑

一六

0

ー一ページ︶ところが金匠の信用創造業務 貨﹂の系譜を追われ︑この﹁信用通貨﹂をつくり出す金匠の﹁信

適貨

﹂︵

前担

三︳三︒ヘージ了

究極的には﹁政府紙幣﹂となり︑" したがって︑それに対応して信用通貨の要求も全国民に及んでい 券通貨の発展﹂の系譜を二分されて︑右のような﹁商業通貨の

ぎた見解といわざるをえないであろうが

この視角にたって氏所得流適で機能する︑ということであるとすれば︑やや先走りす イングランド銀行の創設と公信用制度

つの系列に大別される︵小野朝男﹃イギリス信用体系史論﹂一八

七︒ヘージ︶︒そしてこの発展を追跡される視角は︑﹁信用なり信用

制度なりの近代化に対応して信用的手段の近代化の過程﹂を明ら

かにすることに向けられており︑したがって﹁信用制度﹂とそれ

の創造する﹁信用的手段﹂

11

﹁信用通貨﹂とは明瞭に区別されて

いるといえよう︵前掲書︑一八六ページ︶︒

は︑商業手形の流通ーそれを基礎に成立する金匠手形と﹁信用通

用創造業務﹂の近代性をたかく評価しながらも︑それがイングラ

ンド銀行創設によって代替される必然性︑すなわち同行創立の基

本的理由の︱つを︑金匠手形の﹁信用通貨﹂としての﹁流通の限

度﹂に求められる︒すなわち﹁資本制生産の発展は︑しだいに国

民的市場を形成し︑商品

11

貨幣流通を全国民的規模に拡大する︒

は︑﹁不安定な個人信用をもとにした流通範囲の狭小な信用通貨︑

さらにいえば特定の商人間の信用流通上の要求をみたす信用通貨 一六ニページ︶を創造するイングランド銀行のご ま︱つの前期的信用通貨たる公的信用手段の新たな動き﹂とのをたかだか創造するにすぎなかった﹂︵前把書︑一六ニページ︶から︑﹁資本流通のみならず所得流通においても機能しうる信用通貨

﹂︵

掲書︑

﹂︵

掲書︑

とき近代銀行にとってかわられることになる︑といわれるのであ

る︒ここでいわれている

﹁国

民的規模での信用通貨﹂の内容が︑

その点を措くとすれ

ば︑きわめて明らかにさきの信用論的視角とは区別される視角を

出されていることは評価すべきであろう︒問題はむしろ氏が﹁紙

本来の信用通貨たる銀行通貨への発展過程﹂︑イングランド銀行

の設立に対置されるもう︱つの系譜である

︑﹁

期的信用通貨の

一種であった公的信用手段﹂の﹁政府紙幣﹂への途が︑前者とど

のようにからみあって展開するのか︑その様相が示されていない

ことにある︒結論的にいわれているのは﹁国庫証券

(E xc he qu er Bi ll )

の法貨規定にみられるように︑なにか別の力に支えられた 一六一ページ︶すなわち﹁国民的規模での信用通 第二十九巻第四号

1 0

0  

(12)

分析されることになる︒そこでは﹁公債制度﹂との関連で紙券通 度との関係﹂︵玉野井︑前

掲稿

︑ 二九六ページ︶という

視 角 から

比してイギリスで全

独自に現れた

一連

紙券業務に関する技術

から

イングランド

銀行創設の意義は

それとは別に︑﹁

大陸に

前 者 と 併 存 す る も の と し て 位 置 づ け ら れ て い る と い う こ と で あ 界の止揚を求める手段が

︑ 信 用流通の展開に立脚して

︑い

われる ランド銀行

の発

行業務の確立によってその

﹁流通性﹂を止揚され

それが近代的国債制度へと転成していく︑というからみあいの関

(7 )  

係が具

体的に分析されねばならない︒

玉野井氏にあ.っては︑貸付

11 信用論的視角からは対政府貸付か

中心であるこ

と を 強 謁され︑前期性が結論され

ていたわ

けで

ある

発達

︑就中イングランド銀行券

の原始的な諸形

式 と 短期公債制

貨の

発展を追うという通貨論的な

視角が

とられているといってよ いようである︒氏の提出されてい

この分析視角は︑重

要な手が

かりをあたえる︒

以下︑発券業務の確立という視角からイングランド銀行創設と イングランド銀行の創設と公信用制度

ところの﹁公的信用手段﹂を生み出してきたのであるが︑イング る︒さらに創没以前の公信用制度の財政不足補搬手段としての限

公信用制度との関連を考察してみたいと思う︒

( 5 )

商業

信用と銀行信用

︑商 業手形と本来の

信用貨幣との閲係 は次のようにいわれている︒なおここで信用なり信用制度と

︑ ︑

﹁それが自己のためにつくり出す諸要具﹂

11 信用貨幣とが明 確に区別されていることに注意︒

﹁諸生産者および諸商人のあいだのこれらの相互的前貸

信用の木来の基

礎を

なすものであるよう

に︑その流

通用 具︑ 手形は︑本来の信用貨幣その

の基礎をなす︒銀行券等

.   手形流

通にもとづくものである︒﹂

(D

as

Ka

pi

ta

l,

 B

d.  

I I I ,  

s .  

43 6.

坂訳田

一︱︱︱︱ページ︶ここでいわれていることは

手形流通の展開︑普遍化が銀行券

11

本来の信用貨幣の成立︑

流通の基礎であるというに止まって

商業手形割引

ー発券と

いう商文信用を銀行信用でおきかえる様式︑信用のあたえ方 が問題となっているわけではない

( 6 )

このようにここで通貨論的視角を強調することは︑信用 論 的 視 角 で

の考察が

イングランド

銀行のような

中央︵国民 的︶銀行へと発展する銀行の考察のさい必要なことを否定す

るものではな

い︒中央銀行測度の確立とは

発券制度の確立 ーその内

容はその銀行券

が国民的流

通で一般的流通

・支払手

段 と し て 国 民 的 通 貨 と い う 地 位

︑ 機 能 を 取 得 す る こ と ー と と も に

︑ 同 行 が そ の 領 域 で の 国 民 的 統 一 市 場 を 基 礎 に 形 成 さ れ る 信 用 連 関

︑ す な わ ち 国 民 的 信 用 制 度 の 頂 点 に 位 す る

﹁ 銀 行 の 銀 行

﹂ と な る こ と を 内 容 と し て い る

︒ こ の 二 つ の ことがらはその形成過程ではからみ合いながら進行していく ものであ

るが︑したがって

この二つの区別

歴史的叙述

では 往々意識されないことになるが︑論理的には明確に区別して

第二十九巻第四号

1 0 

(13)

イ ン グ ラ ン ド 銀 行 創 設 以 前 の 公 信 用 制 度

取扱われなければならないものである︒さきの通貨論的視角 で発券業務の確立をみるということは前者への発展の端緒を さぐる意味をもっている︒そして信用詮的視角といったもの が後の﹁銀行の銀行﹂への問題へと関連するものであること は明らかであるから

︑大塚教授

︑関

口氏によって提出された視 角と分析は︑早

発的に創設とともに国民的信用制度の成立の 上にイングランド銀行が﹁銀行の銀行﹂としての地位を占め るようになることを実証されようとしていることにならない

であろうか︒この意味でー'一面的規定によっ

てで

あるがー同

行が近代的中央銀行として位囮づけられるとすれば︑通常産 業革命期の開始とともに始まるとされる﹁銀行の銀行

﹂化の

過程はなんら質的な変容をもたらす契機としてはとらえられ ないことになる︵関口

︑前掲書︑一五六ページ参照︶︒なお中 央銀行制度確立ということの二面的内容については拙稿

﹁イ

ングランド銀行にかんす吝諸研究と問題点﹂二﹁中央銀行制

度の確立﹂を参照されたい︒

( 7 )

この点について松井

は小野氏にたいして﹁国庫証券から

政府紙幣へと展開す

る 道 は イ ギ リ ス に は な か っ た

︵ 松 井 前掲稿︑三九ー四

0

ページ注四︶といわれている︒こういわ れるのは氏がイングランド銀行設立を公債制度との﹁相互関 連ではあく﹂し︑﹁公信用のイングランド銀行への肩代り

を設立の契機とし︑かかる公信用によって保証発行銀行券の 本質を規定されることによることはいうまでもない︒

イングランド銀行の創設と公信用制度

に渕ぽるといわれる︒このような

Ta l li e sof 

ところで

﹁短期国債

的な

﹁政府証券﹂出現の系譜は︑通常工 体現して創設されるという関係にある︒

第二十九巻

用制度の展開はこの財政膨脹による国庫の不足という財政制度の 内包する矛盾を止楊する︱つの

かつ主

要な方法であったといっ

の 不 足 の 補 堰 を 目 的 と し て 発 行 さ れ る

(pa

pe r  o rd

er)﹂が︑

債 券 で あ る と 同 時 に

﹁ 流 通 性

をもっ﹁通 貨

﹂ た る こ と を 意 図 せ ら れ て い た こ と に 端 的 に 表 現 せ ら れ て い る︒若 干の予示をおこなっておけば

この

﹁政府証券

という特 有な形態であらわれる﹁短期国俵

がたえず膨脹していく財政の 要求 に対応しえない限界を露

してくるところに長期国債制度の 出現の契機があるわけであるが

イングランド銀行はこの両者を ドワード

ニ 世 治 下 (

‑三

0

七 ー 一 三 二 七 年

︶ に は じ ま る 割 符 (Ta

l l y

) ︑

それもたんなる国庫金の受取として発行された

Ta l l i

es

of  s

・lではなo

しに

︑ Ta l l i

es

f  orp

o . 

支 払 指 図 状 と し て 発 行 さ れ た と い わ れ る

pr

o.

がのちにオ入先取の目的をもって︑国庫が資金を借入れたば

いわゆる﹁政府証券

てよ

い︒

そ し て 一 七 世 紀 後 半 の 公 信 用 制 度 の

︱ つ の 特 徴 は

︑右

重鹿主義政策

体系の推進は政府財政の膨脹をも

らすが︑公信

第四号

1 0 

(14)

イングランド銀行の創設と公信用制度 この段階で あいに債権者に交附されるようになる︒いわゆる譲渡割符(T

al l, i es   of  a nt ci pa ti on  o r  as si gn me nt

)で七3る︵

長谷

田泰

︱︱

‑﹃

国財

政史研究﹄七ー八ペー

ジ ︶ ︒

ようになったのは︑ほとんど破産に顔した財政をうけついだチャ

ールスニ世以来であり︑そこでは右の譲渡割符制度(Sy

st em of   ta ll y  of  a ss ig nm en t) か ら さ ら に 発 達

︑転化したものとして

﹁政府証券﹂が発行されるにいたったの

であ

る︒

︶  資金の貸付をなす者にたいして国庫は債務割符

(T al ly of  l oa n 

および払戻指図状(

re pa ym en t or de r)

︑また物資を供給した者

には

︑関係当局の受取証と引きかえに国庫から商品代金支払指因

状(

or de r fo r r ep ay me nt o  f r g oo ds

)が交付された︒

れたのである︵前掲書︑ それは一六六四

一四

︑二

0

ーニニペー

ジ ︶ ︒

そして

この払戻指図状は譲渡人の裏書によって譲渡しうることが定めら

はこれら﹁政府証券﹂の発行は︑従来のように資金︑商品の借入

が現実に行なわれてそれにたいしてなされるというのではなく︑

このような取引なしに政府の必要に応じて将来の租税収入︑﹁関

税であれ︑十分の一税であれ︑その収入部門の一般的信用にもと 年に︑対オランダ戦争の戦費識達の方法として採用され︑政府に このような方法が頻繁に用いられる

第四号 としての﹁流通﹂が一七世紀後半にはいると広範に行なわれるよ

(8うになっている︒この商業手形の流通性が︑

第二十九巻

1 0

三 一方において金匠手 替手形の裏書譲渡の制度が遅入され︑商

人 間 に お け る 商 業 貨 幣

引がかなり商人間において普遍化し

一七世紀初頭になると為 通性のいかんにかかわっている︒

当時国内における商業信用取

Ba nk f  o   En gl an d. , op .  c it . ,   p .  

1 1

)

づいて﹂

(C la ph am ,0 p. c it . ,   p .  

1 1 )  ¥ I ; なわれ︑した

がっ

てそ

らは歳入の先取を目的とする保証手形

(f id uc ia ry pa pe rs )

の一

種だったといわれている︵長谷田︑前掲書︑ニニペ

ージ

玉野井︑

前掲書︑三0六ページ︑

Sh aw ,

W .  

A . T,   he   Th eo ry n  a d  Pr in , 

そしてそれは︑たとえばショーによって﹁イングランドにおけ

る公的な紙幣

( of f i ci a l pa pe r  mo ne y)

の起源﹂だといわれ︑多

く の 論 者 が そ れ に し た が っ て い る

ci pl es o  f  C en tr al  B an ki ng ,  p

26).  

(S ha ẁ   Th e  Tr ea su ry   Or de r  Bo ok ,  in  E co no mi c  J ou rn al ,  c it .  i n  Cl ap ha m' s  Th e 

以上の経過が示すように

︑ こ

の﹁政府紙券﹂は

︑ 財

政上の国庫の

不足の補填手段としての従来の割符制度のもつ限界を止揚しよう

とするところに成立するのであるが︑ことの成否はまさにその流

(15)

よう︒金融市場の未確立のもとで特有に成立する公信用の形態 cit••p.

1 1

1 2

;

Fe av ea ye ar , op. 

c it . ,   p . 

1 1 1 )

﹁それらが利子つきであったという事実は︑通貨のようなもの 公信用の直接的流動化を求めたものであったということができ いわばそれは

効果をももたらすはずのものだったのである

うるわけである︒だが重要なことは通貨としての

﹁ 流

通性﹂と債 いことを主要な原因とする﹁貨幣不足﹂をも止揚せしめるという 鋳造制度の不備を基盤に前期的な貨幣取扱業務を営み︑そこに成 金匠——貨幣制度の未整備とくに大陸との金銀比価の追いや 券﹂が出現したのであるが︑他面その前提をなした国庫の不足を

に新

たな公信用の形態としての﹁流通性﹂を意図された﹁政府証 形の信用貨幣としての流通の基礎をなすものであるが︑

﹁政府証券﹂の裏書譲渡制度の認許による﹁流通性﹂の賦与の意

図は︑この商業手形の流通に依拠して︑金匠手形との対坑関係に

かにその﹁流通﹂が実現されれば︑のちの銀行券発行のばあいと

同様に︑その償還がその流通のあいだ免除されたことになり︑発行

高だけの分が直接に国庫収入を形成することとなり︑所期の目的

を達成する手段があたえられたことになる︒しかもそれは同時に

立する高利潤を基準に高利貸資本として機能していた│ーの高利

吸着基盤たることから︑国庫を解放せしめ︑また当時の商品生産

11

流通の広がりに対応して右のように貨幣制度が整備されていな

(C

la ph am ,  o p.  

おいてその﹁流通﹂を実現せしめようとするものであった︒たし イングランド銀行の創設と公信用制度

さきの 第二十九巻

したものであったことに求められうる︒前述のように国庫の不足

を従来の割符制度という公信用の形態が解決しえなかったところ

直接の原因とする﹁国王および政府の信用が不充分なものであっ

たこ

と﹂

(C

la

hap m, op .  cit••p.

1 3

)通貨としての﹁流通性﹂が︑

︑︑

︑︑

と矛盾する利子つきの債券という性格を依然としてそれにもたせ

ていたのである︒それは通常六%の利子つきであったが︑現実に

はその他の名目

でそれ以上のものが支払わ

れたといわれている

(F ea ve ay ea r̀ op .  c it

, p .

 

1

3 )

l

)

が〜

って

﹁祐5

店此

皿辛

分﹂

のこ

二面的規定こそまさに財政︑公信用制度の矛盾のあらわれといい

券としての受領性とはまった<相反する規定だということであ

る︒この点についてショーは次のようにのべている︒ この点は﹁政府証券﹂が財政︑公信用制度の矛盾をそのまま化体 ょ

︑ ︒ ナ︑ '>

であ

る︒

だ が 現 実 に は そ の よ う な 目 的

︑効果は達成されえ 第四号

1 0

(16)

らわれてくる︒そこではさきに

﹁政府証券

と金匠手形との関係

(q

ua

si 

cu

rr

en cy ) としての広範かつ容易な流通の実現の可能性 ということとは撞着するものであった︒いつも利子つきの紙券は それは満期まで保持され

︑しまいこまれてしまうかたむきがあり

もし満期前に処分しようとすれば

︑利子の計算が面側であった︒

チャ

ルスニ世の国庫支払状

(E

xc he qu

er

Or de r) は紙幣

(p

aper

cu rr en cy ) の形態としては失敗であった︑それは政府証券の形態 と し て は 活 発 に 用 い ら れ 続 け る の で は あ る が

(Sh

aw

,The 

T

he

or y 

an

d Pr in ci pl es o  f 

Ce

nt ra l 

Ba

nk in g,  p . 

27)

の旧式金融層のもとに蓄栢され

高利の吸着基盤となっていくの

(9

である︒だがこのような公信用の手段に

﹁流通性

﹂を賦与するこ

とによって公信用の直接的に流動化することにより

︑その限界の

打破をはかろうとするこころみは︑再度︑イングランド銀行創設 直後の一六九六年における国庫証券

(Ex

ch

eq

eru

Bi ll) としてあ イングランド銀行の創設と公信用制度

ず︑それに圧倒されて︑

従来の割符と同じ運命を辿って金匠など 開しつつあった金匠手形に対抗して通貨への道を歩くことができ

したがってこのような

﹁政府証券

は本来の信用貨幣として展

通貨の一種としてよりはむしろ投資の一形態とみなされている︒

第四号

1 0

にあらわれていた事態が︑国庫証券とイングランド銀行券のあい だに展開されていくことになる︵国庫証券については後述する

︶ ︒

( 8 )

野氏は国内商業手形ー為替手形

ーの﹁流通性﹂について

裏書譲渡制度の導入過程を詳細に論じられている︵前掲書

第四章﹁イギリスにおける紙券通貨の発展﹂︑第二節

﹁商業通貨の発展﹂参照︶︒

(

9 )

﹁政府証券﹂の﹁

流通性﹂がどのようなものであったか

と い う こ と に つ い て は 必 ず し も 論 者 の あ い だ に 一 致 し た 見 解が存在するわけではない︒前掲のシ

ョー

のように通貨とし

ての

﹁流通性﹂

を む し ろ 否 定 し

ただ債券の裏替譲渡制度 による移譲という意味でのみ

﹁流通性﹂を認めている立場に

たいして︑その通貨としての﹁流通性﹂を金匠手形とならん で評価する立場もあるようである︒たとえばアン

レア

ーデスはダヴェナント(Ch

ar le s

Da

ve

na

nt

1 L よって

︑一

六九

六年の大改鋳を契機とする﹁鋳貨の不足のばあいに﹃いっさ

いの大きな取引は割符︑

銀行手形

(b

an k b il l

A手形によって行なわれた﹄﹂とのぺている(A. sおよび金匠)︑

nd re ad

es, 

Hi

st

or

y  of  t he  Bnk  oa

Engla

nd

 1640 

to

 190332町p.

田訳﹃英蘭銀行史論﹄二八

九ペ

ージ︶︒ そして玉野井氏はこの指摘によられながら

︑﹁政府証券﹂

と 金 匠 手 形 な ど と の 性 格 お よ び 機 能 の 共 通 性 を 強 調 さ れ て

いる

﹁ ︒

:

・ 先起的金融業者の発行した紙券

︑﹁公の種類﹂の紙券と

発行の形式あるいは流通界の機能という点で全く共通

した側面を伴いつつ︑別の言葉でいえば︑

私的な信用と公的な信用

第二十九巻

(17)

が未分離な時代に発行されたものであった︒したがって王政 復古以降甚しく普及し

その取扱に習熟するようになった金 匠あるいは国庫の発券は

︑いり 交って流通界の必要を満しつ

つ︑

他方ではそれらの紙券の性格の中に初期資本主義に特有 な複合した内容規定を混在せしめたままで一般的な流通媒介

物として機能を果していた︒﹂︵玉野井︑前把稿︑三一六ペー

ジ ︶︒

かくて玉野井氏はこの﹁公的な信用﹂と

﹁私的な信用﹂の未分離と︑両

者の系譜にたつ紙券が共通に﹁流通性﹂をもち

﹁一般的な交換媒介物﹂として機能するという面で公信用制 度 の こ の 時 代 に お け る 特 有 な 規 定 を お さ え ら れ る わ け で あ る︒しかしさきにのぺたように公信用の手段の﹁流通性﹂は 財政︑公信用制度の矛盾の表現にほかならず︑したがって結 局通貨の﹁流通性﹂としては実現されえなかったという点は 銘記さるべきであろう︒そうしないでその﹁流通性﹂︑すな

わち商業貨幣や

本来の信用貨幣へと発展しつつあった金匠手 形と同様に流通媒介物として機能しうることを強調すれば

財政︑公信用制度の限界はそれで止揚されることになり︑さ らにその面からの長期国債︑イ

ングランド銀行設立という方

向への発展の

必 然 性 は 出 て こ な い こ と に な る よ う に お も わ

れる

以上のように﹁

政府証券﹂というこの時代に特有な公信用の形 態が︑財政

公信用制度のもつ限界を止揚しえないものであった ことの直接の帰結が一六七二年の﹁国庫支払停止

(t

he St op o  f 

イングランド銀行の創設と公信用制度

わ ち 支 払 指 図 状 の 義 務 を 一 時 停 止 す る こ と に よ っ て 右 の 公

﹁ 信

0

ページ︶を

本質とするものだから

ある

︒ を担保として︱ニカ月間の期限の信用循環

﹂︵長谷田︑前掲書︑ 第二十九巻

the 

Ex ch eq ue r)﹂で

あり

︑その結果とられるにいた

る手段が長期 国債という公信用の形態とその一環と

して

のイングランド銀

行創

設だったわけである︒

えなかったことの結果は

︑た

とえその方法による資金調達がたと

え年々円滑になされえたばあいを想定しても|—現実はもちろん

そうではなかったのであるが

││

︑ その増大に対応して年々の元 利支払が増大

して

くることにもとづく財政への圧

迫作用

の加重に

ほかならない︒

p.

234) 

のような方法による調達は

︑﹁オ入の主要部分

﹁国

庫支払停止

はかかる公

﹁信 用 術環

﹂の不可能化を意味し︑﹁政府証券﹂︑すな

用 循 環

﹂ の 財 政 へ の 圧 迫 作 用 を 断 ち 切 ろ う と す る も の で あ っ た︵前掲書︑二七ページ︶︒それは決して国庫の全般的閉鎖ではな

かったのである︒(

Ri ch ar ds

︑Th

e

Ea rl y  Hi st

or

y  of  B an ki ng , 

であり︑利子つきの短期債券としての性格のものに止まらざるを

﹁政府証券﹂が結局のところその﹁流通性﹂を実現しえないもの 第四号

1 0

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