九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
アダム・スミスの土地所有形態論 : 彼れの地代論へ の理解のために
田中, 定
https://doi.org/10.15017/4150389
出版情報:經濟學研究. 2 (2), pp.161-186, 1932-10. Society of Political Economy, Kyushu University
バージョン:
権利関係:
ースミスの土地所有形態論
① 土 地 所 有 一 般
② 封 建 的 大 土 地 所 有
⑪ 分 盆 小 作 農 制
④ 資 本 主 義 的 土 地 所 有 ニスミスの地代論における矛盾とその意義
① 地 代 論 と 憤 値 論
② ス ミ ス 地 代 論 の 諸 矛 盾
⑪ そ れ ら の 矛 盾 の 再 吟 味
アダム•スミスの土地所有形態論
は し が き
ア ダ ム .
第 二 巻
田
三五
1
中
ー彼れの地代論への理解のために
1 スミスの土地所有形態論
第 二 輩
一六
一
心
A
合︑精細たる研究の圏外に放置されがちであったJ
賀際
︑
アダム・ぞ`︑スの土地所有形態論
‑=
五二
この小論において私は課題として二つのことがらを取りあげてゐる︒その一はアダム・スミスの土
地所有形態論ー—かりにかう呼べるとして_ーーを紹介するにあり、その二はこの形態論を援用するこ
とによって従来スミス地代論の救ふべからざる矛盾とみなされて来た諸見解の中に包蔵されてゐる内
奥の意味を理解せんとするにある︒
従来
︑
アダム・スミスの地代論は矛盾に充ちたものとして定説づけられ︑それ故にまた︑多くの場
述べられてゐる地代に闘する諸規定は相互に撞着する多くの見解を含んでゐる︒しかも相互に矛盾す
るそれらの諸見解は大腑にも聯絲づけられすに放醤されてゐる︒換言すれば彼自身によってはそれら
の矛盾を内在的に解決するための糸
n
すら︑そこには輿へられてゐない︒しかし︑私がこしに紹介しやうとしてゐる彼れの土地所有形態論ーー←てれは﹃國宮論﹄第三簡第二章﹃ローマ帝國崩壊後のヨー
ロッパ菅時の朕態における農業の不振について﹄の中に主として展開されてゐる│ー'が少くともそれ
らの矛盾の規本的なもの4︱つに封して解決の糸口を輿へてゐるやうに考へられる︒私はこの糸口を
ま し
が
き
﹃國富論﹄第一節に限つていへば︑そこで
第 二 巻
第 二 賊
一六
アダム•スミスの土地所有形態論 るにすら至った︒
アダム・スミスは土地の地代に諭及するに先立つて︑
會的條件を説明してゐる︑ーー
︑"ヽヽ畜︒︑︑︑"︑︑薔ヽ︑︑︑︑﹃る國の土地が悉く私有財産となるや否や︑
くして刈取ることを欲する︒また土地の自然的産物に到してすら︑地代を要求する︒かくて森林の木
材︑原野の牧草︑土地の天然的果賓のすべてが︑嘗つて土地の共有が行はれてゐた時代においては箪
に採集の努苦をさへ彿へば労働者の手中に蹄したに拘らす︑いまや努働者にとつてすら︑
① 土 地 所 有
進めやうとするにある︒
一 般
スミスの土地所有形態論
第ll巻
第 二 絨
一六
一個の附加 地主も亦他のすべての人々と同様︑自らは播くことな
三五三 云奴に地代の問題が問題とされうるための社 手緑りつヽある間にスミスの地代論は︑その包蔵する矛屑の故に︑教ふるところ却つて大なるを感す
要するにこの小論の目的は従来棄て\願みられなかったスミス地代論への理解を内面的に一歩押し
社會的條件の成立するに及んで始めて問題たりうることを規定してゐるeところでこ4に留意すべき
私有ではたく︑その全閤に互る普遍的な私有を意味するといふ貼である︒かくの如き社會的條件の下
にお
いて
は︑
その國の土地といふ土地はたとヘ一片といへども`農業者の自由なる使用には委ねられ
ぬであらう︒如何なる一片の土地の使用についてすら︑農業者はいち/\地主の承昧を受けねばなら
ぬであらう︑一方︑地︑王の側には︑農業者の土地使用を承諜し︑または禁止する絶封的植力が賦典され
るであらう︒かくて︑農業者は︑地主のかくの如き樅力を克服する必要上︑
ひを約定せねばならぬ︒それ故に︑かしるものとして︑地代は︑農業者の使用する一切の土地に釘し
て支彿はれねばならぬであらう︒換言すれば︑たとへ耕境の劣等地といへども︑少くともそれが農業
者の使用に委ねられてゐる限り︑そこには地代が生中る︒この黙︑土地所有並びに地代に闘する一般的 こ
とは
︑
スミスが地代褻生の前提となしてゐるところの土地私有とは︑
ともかくも一定額の支彿 一國の何れか部分的な土地の この一章句は地代の問題が︑
アダム・スミスの土地所有形態論
のもの︑以下すべて同じ︒︶
第 二 巻
三五四
的債格を含むに至るC努働者は︑これらの採集の許可をうけるために︑一定の代憤格を支彿ひ︑その
努働によって採集し︑または生産したもの\一部を地主に封して提供せねばならぬ︒﹄
. . . . . .
︵傍貼は私
一國の土地の悉くが社會の特定の人々の私有財産となるが如き一定の
第 二 聾 一六 四
.1) Adam Smith. The wealth of Nations, edited by Edwin Canmn, BK. I. Chap. VI. p. 51. 竹 内 謙 二 課 改 造 社 版 184頁。
の如く述べてゐる︒ーー あ
らう
︒
第 二 巻
第 二 跛
一六
五
彼れの最も卓越せる後糠者デビイド・リカアドの見解と到照してみやう︒附者の間には根本的に見
解の相異が什する9リカアドにあっては︑たとへ現に使用されてゐる土地の中でも︑耕境の劣等地に
あっては地代は存在したい︑と樹力主張される︒この黙︑
はねばならぬ︒しかしながら︑リカアドの耕境地無地代の理諭︑すなはち差額地代のみに限定された
彼れの理論にあっては︑意識的にか︑無意識的にか︑耕境地及び耕境地以下の劣等地はすべて各人の
自由なる虚分に委ねられるものと仮定されてゐる︒これは︑しかし︑全く恣意的な仮定であり︑
を以つて直ちにわれ/\の理論的努作の完全なる出褻黙とたすことはできぬ︒むしろ︑われ/\はス
︑tスの現質的な方法ーーーたとへ彼は理論の一貫性を充分に保持することはできなかったとはいへ︑少
くともその理論の中に現質の基本的な計會的條件を見落すまいと努力したその用意ー!ーに躾ぶべきで
スミ
スは
︑
以上に述べた如く︑土地所有をすべての土地到する所有として規定してゐる︒すなはち
土地所布の獨占を規定してゐる︒しかもこの規定は厳然たる歴史的事質に従ふものである︒彼自身次
アダム・スミスの土地所有形態論
規定における彼れの重要たる特質である︒
スミスに報し根本的な相異を示すものと言
三五五
これ
社會的條件の中に求めてゐるかを理解したいと息ふ︒ この混乱に乗じて︑これらの諸民族の酋長及び巨頭はこれらの謹國の土地の大
部分を獲得した︒また纂奪した︒これらの土地の大部分は未だ耕作されてゐなかったが︑しかし︑そ
畜ヽ~。、、、、、、書。、、、`奮ヽヽ竃ヽ、、、、、、.、ヽヽ0、、、"‘、、、の何れの部分といへども︑すたはち既耕地たると未耕地たるとを問は中︑所布者なしに放謹されるこ
︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︒︑︑︑︒︑︑冨"︑︑︑︑︑畜ヽ︑︑︑︑︑︑︑︑︒ヽヽヽゎ
とはなかった︒然り︑その悉くの部分が痙断された︒大部分は少数の大所有者によって領有された︒﹄ つて混趾が濃起した︒
アダム・スミスの土地所有形態論
﹃ゲルマン及びシ︑アの諸民族がローマ帝國の西部諸領を蹂躙するや︑この大革命後の数世紀に亘
これは﹃國富命﹄第1二篇中の一章句であるが︑われ/\はこれによって︑前掲第一節一章句の中で
畜ヽ
畜ヽ
0"
ヽ ヽ
彼が﹃悉くの土地が:;⁝﹄と言って︑ことさらに土地所有の獨占を規定してゐることが如何に歴史的
事寅の考慮に甚いてなされたものであるか︑そしてまた彼が常に理倫的努作の前提をか4る現質的な
以上にいはゞ土地所有一般についてのスミスの概念規定を見た︒それはしかし︑飽くまでも一般な
規定であって︑歴史的にそれん\特殊な形態をとつて現はれるところの具憫的な士地所有についての
規定ではない︒しかるに︑従来のスミス研究においては︑
たゞ
︑
いな彼れの地代論の研究においてさへも︑
この一般的規定だけが取扱はれたにすぎぬ︒そしてこのことはやがてスミス地代諭への皮相的
第 二 巻
五 六
第 二 撃
↓ ヽ
1ヽ
‑ J /
プ
.2) Adam Smith, ibid. BK. III. Chap. II. p. 360.邦 謀 中 巻 24頁
定を見やう︒これによりてやがてスミス地代論の理解は一歩押し進められるであらうと信する︒
封 建 的 土 地 所 有
スミスは上掲の一章句において士地所有は一般に土地所有の獨占であることを歴史に照らして明瞭
にし
た後
で︑
さてか\るものとしての土地所有がその成立以来幾多の形態愛化を遂げて来たことを叙
述してゐる︒またか\る形態愛化が如何なる必然性に媒介されてゐるかをも論じてゐる︒
の三形態を明瞭に甑別してゐる︒それらの請形態を歴史的な褻展の順序に従って列畢すれば
くである︒︵一︶封建的大土地所有︑︵二︶分盆小作農制︑(‑︱‑︶資本主義的土地所有︒以下にその各々に
ついてスミスの述ぶるところを見やう︒
まづ封建的土地所有について︒ーー̲その特質をスミスは次の諸章句において規定してゐる︒
﹃ョ
ーロ
ツ︒
ハ薔
時の
朕態
にお
いて
は︑
の借地人であった︒彼等はすべて︑或ひは殆んどすべて︑奴隷であった︒とはいへ︑彼等の奴隷的欣
︑︑
︑︑
︑
態は︑古代ギ
l J シャ及びローマ人の間に行はれたものに較べると︑割合に寛大であった︒彼等は主人
アダム・スミスの土地所有形態論
(2)
た理解を結果せしめてゐるかに考へられる︒で︑
第 二 巻
一歩を進めて︑土地所布に闘する彼れの特殊的な規
土地の占有者はすべて地主の意志通りに虞分されうるところ
三五七
第 二 戟
一六 七
次の如 スミスは次
..
︑︑︑︑︒.︑︑︑︑畜ヽ︑︑︑︑︑︒︑︑︑﹃これらの借地人は`財産を獲得するこはできたかった︒彼等の捜得したものはその何たるを問は
す主
人の
掌中に牧められた︒主人は彼等から勝手に取り立てることができたのである︒﹄ ヽ畜ヽ、、。、、00、。、.、"、、、、"。~、、畜ヽ畜の所有するところであった︒耕作も︑改良も︑主人の利盆のために行はれた︒かくて︑奴隷は日々の
~、、、0畜。、、、畜ヽ00、、畜ヽヽヽ
..
︒︑︑︑.︑︑︑︒︑︒︒︑︑︑︑︑︑""︑︑︒︑︑︒︑︑︒︑︑ ﹃奴隷が彼自身の生活維持に必要なるものをかつ/\に獲得しうる以上に行ふところの餘分の仕事 會ヽ︑︑︑︑︒︑︑︑︑.︑︑︒︑︑̀︑︒︑︑︑︑富ヽ︑.︒︑︑畜畜ヽ︑︑・︑ 生活維持に必要なるもの以外には何物も獲得しえなかったのである︒﹄ 、~。、曾ヽ、、ー・
"
0
︑ ︑
‑ 9
は︑彼自身の利益のためにではなく︑尊ら暴力によって奴隷の手許から奪ひとられた︒﹄ ﹃かとる奴諄によってきまれる耕作並びに改良のすべては︑もと!\彼等の主人の計算に基くもの︑︑︑︒︑︑︑富ヽ︑︑︑富ヽヽ︑︑畜ヽ︑︑であったしすべてが主入の費用において行はれたのである︒種子も︑家畜も︑農具も︑これらは主人 ︑・・︑・・︑︑.︑`ヽ・︒︑︑︑︑︑︑︑︑.︑︑︑︑︑︑・︑・︑・︑︑の所有物といふより︑直接的にはむしろ主人の所有地に隷恥するものと考へられた︒従って彼等は土
アダム・スミスの土地所有形態論
地と一緒にならば賣却されることができたけれども︑
であ
る︒
﹄ 土地と切り離して訟以却されることはなかったの
ここでこれらすぺての引用文を要約してみやう︒封建的大土地所有の下における農業閥係並びに地
代の特質はほぼ明瞭である︒まづ直接的生産者としての農民は︑大土地所有者としての領主によって
その領土に緊綽せられてゐた3そして土地の附恥物としてただ領王のために貢租の生産に従事した︒ 第二
巻 三五瓜
第 二 蒙
一六 入
3) Adam Smith, ibid. BK. III. Chap. II. p. 363. 4) Adam Smith, ibid. BK. III. Chap. II. p. 364. 5) Adam Smith, ibid. BK. III. Chap. II. p. 364. 6) Adam Smith, ibid, BK. III. Chap. II. p. 864.
邦 際 中 巻 31頁 邦 繹 中 巻 32頁 邦 課 中 巻 32頁 邦 繹 中 巻 31ー2頁
かしる事態は一つに封建的大土地所有の直接の自己表現としての﹃暴力﹄によって維持されることが
できた︒直接的生産者は︑この﹃暴力﹄の上に統御せられ︑
租として︑彼等のかつ/\の生活資料以上の一切の過剰生産物を︑若しくば過測努働を﹃勝手に﹄奪
びとられた︒如何にして地代が土地所有者の手中に蹄するかの問題は︑
の特質たる直接的﹃暴力﹄の作用によって解決せられるc従って特にわれ/\の珊論的分杯を要求す
るものとはならない︒しかし︑以上のスミスの叙述を以つてしては︑土地所有がこの場合如何にして
かしる﹃暴力﹄を行使しうるかの基礎は明かにされてゐない︑
建建的大土地所有についで新たなる士地所有の一形態が生れた︒それは分盆小作農制である︒
アダム・スミスの土地所有形態論
第 二 巻
第 二 琥
一六 九
彼はこの新たたる形態の生成並びにその特質について述べる︒
"~~、、、、~~、"~~~ヽ畜ヽ、、畜ヽ、、、、。、。、畜畜畜畜畜~ヽ畜畜"﹃往時の奴隷耕作者についで︑現在フランスにおいて分盆小作人の名稲によって知らるゞ一種の小
。、、、畜畜畜畜~畜~畜ヽヽヽ作農業者が漸次現はるしに至った︒しかし彼等はイングランドにおいてはすでにすつと以前にその跡
③ 分 盆 小 作 農 制
杯を要求することがらではあるが︒ この﹃暴力﹄の下にあらゆる形態での貢
この場合︑封建的大土地所有
これこそ︑切賓にわれ/\の四論的分
三五九
さて
以上の引用文によって分益小作農制の特質をみやう︒こしでは腹接的生産者はもはや奴隷でなく︑
解放された獨立の自由民である︒彼はまだ一切の農耕手段を地主によつて提供されてはゐるが︑しか 、、。、、、~、、、、、、、、、、。、、、、、、~、、。、、.、、"富ヽ~、、、。、0、は何等の資本をも有しなかったために︑彼は地主によつて提供されるこのによつてのみ耕すことがで、、~、、"。、.、言ヽヽ、、0"ヽ、、、、、、。、。、、~、、、,きた︒従つて彼はフランスの所謂分盆小作人たらざるをえなかったのである︒﹄
畜︒︑︑︑︑"︑︑︑︑︒︑言ヽ︑︑︑︑︑︑︑盲ヽ︑︑︑︑︑︑︑︑"︑︑︑︑︑︑
﹃農奴は解放された︒その時︑彼等の土地を引きつづき占有することを許された︒しかし︑彼自ら しえざる奴隷は︑自己の生活維持に必要なるもの以上には︑
0" ことによって自己の安楽を求める︒﹄ 土地の生南物をできるだけ少からしめる ︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︒︑︑︑ることに明白なる利害を有する︒これに反し︑自已の生活紺持に必要なるもの以外に内何物をも獲得 畜ヽヽ、、、、、0、、、畜ヽヽヽ、、、、~、、、。、、、~、、、、、、、、、、言ヽ、、、するが故に︑彼等自身の頒前をできるだけ大ならしめるために生産物の全菫をできるだけ大ならしめ ヽ"、、、、畜ヽヽ、、、、、、、、、。、、、、、、~、、、、、、、、、、、。、、、、、作農業者は自由民であるが故に︑財産を獲得することがでま︑また士地の生産牧の一定の頒前に参輿 ︑︑"︑︑︑︑︑︑﹃かくの如き小作農業者は奴隷とは極めて即著なる本質的差異を有つてゐる︒すたはちこれらの小 、、畜ヽ言ヽヽ・ヽ、、、、畜ヽ、、、、、。、、言ヽヽ、、、~、、、~ヽ畜ヽ畜"ヽ"、。、本を小作農毀行に代供した︒しかし︑その生産物は資本の維持に必要であると判斯される部分を除い
︑︑
︑會
ヽ 0"
︑︑︑︑︑︑︑"ヽ.︑︒︑︑︑ヽヽ7
て ︑
t
地の所有行と小作農業者との間に全部を平等に分配した︒﹄︑︑︑︑︑︑︑︑.︑︑︑.︑"︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑・・︑︑・︑︑
を絶つてゐる︒⁝⁝土地の所有者は種子︑家畜︑及び農具の如き︑農場の耕作に必要なるすべての資
アダ
ム・
スミ
スの
土地
所有
形態
論
第 二 巻
一 六 0
第 二 琥
一七
〇
7) Adam Smith, ibid. BK. III. Chap. II. p. 365. 8) Adam Smith, ibid. BK. III. Chap. II. p. 365. 9) Adam Smith, ibid. B K III. Chap. II. p. 366.
邦 繹 中 巻 34‑5頁 邦 諜 中 巻 35頁 邦 課 中 巻 36‑7頁
第1
一巻
る︒このことはスミスが分盆小作農制を以つて奴隷解放の後に現はれ︑
二六
はもはや暴力的に地代を強取することのできる封建的大士地所有の身分には居ない︒
第 二 競
一七
L
︑部分的には彼自身の利盆に基いて排作を行ふ︒すなはち箪なる努働者の資格においてではなく︑自ら一個の企業者たる資格において︑生産物からの一定の頒前を要求することができる︒一方︑地主
土地所打者と喧接的生産者との間に生長して来たかくの如キ︳新たなる闘係は︑しかしたがら︑もとも
と封建的大士地所布と資本主義的土地所有との間に介在する箪なる過渡的形態にすざぬと解されてゐ
いまなほフランスにおいては
見られるけれども︑イングランドにおいてはすでに遠き以前に跡を絶つに至ったと言ってゐるに微し
て明かである︒さらにつき連んでその闘聯を考へてみるならば︑農奴の解放後自由なる生産者と化し
た分益小作人が︑引きつづき分盆制度の下にとどまらざるをえなかった理由は︑
所有制の遺物としての彼等の本来的な窮乏にあるのであるから︑ ︱つに封建的大土地
いま彼等の手中に分盆制度によつて
始めて可能となったところの蓄精が行はれるか︑もしくば他の部面からの資本の流入が行はれるかす
るならば︑それは必然的に資本︑主義的小作制度へと轄化せざるをえぬであらう︒彼はよく分盆小作農
制の過渡的性質を指摘してゐる︒
アダム•スミスの土地所有形態論
h
ばならないであらうから︒ 分盆小作農制の過渡的性質を指摘したス︑しスはかくておもむろに資本主義的小作制度に論を進めるヽ0︑畜ヽ︒︒︑︑盲ヽヽ
̀
0
︑︑︑︑︑︑
0 0
︑︑︑︑︑︑︑︑︑.︒︑︑︑︑︑﹃この種の借地脳係の後を極めて除々に樅承したものは︑自已の資本を以つて土地を耕し地主に一"畜ヽヽヽヽ言ヽ言ヽ︑︑︒︑︑︑`ヽ︒︑富ヽヽヽ言ヽヽ︑︑︑︑定の地代を支持ふところの︑館に小作農業者と呼ばるべきものであった
﹄ O l
(4)
資本主義的土地所有
だがこ\でスミスが﹃確に小作農業者と呼ばるできもの﹄と倣してゐる耕作者は彼自身疸接的な耕
作者である︒われ/\はこれを以て館の小作農業苓となすことはできないであらう︒たぜたら買の小
作農業者とは農業に必要なる資本の所有者であるとしもに︑さらにまた農業努働者の使用者でもたけ
われ/\はスミスの経洲史的研究ー~『國富論』第三編ー|からこれ以上詳細たる叙述を見出すこと
︑ ︑
はできぬ︒これは賞時の農業における資本主義の殺逹の未熟なる朕態において︑換言すれば農地固込畜ヽヽヽ︑︑
み運動の初期の朕態において︑不可避的であったと言へやう
Jしかし彼はただ一言︑﹃富裕なる大小
岱羹羹芥
が︑ヨーロツバにおいてよりもイングランドに最も多く存在する事賓を指摘してゐる︒そしb u
てこの富裕なる大小作農業者こそはおそらく資本主義的小作農業者を指してゐるであらうけれども︒ アダム••スミスの土地所有形態論
第 二 巻
一 六
第 二 琥
七
10) Adam Smith, ibid. BK. III. Chap. II. p. 367. 11) Adam Smith, ibid. BK. Ill. Chap. II. p. 370.
邦 諜 中 巻 38頁 邦 繹 中 巻45頁
しかるに彼は﹃國富論﹄第一編において純粋の資本主義的農業者を︑しかも紛れもたい姿において︑
登場せしめてゐる︒その一章句を引用してみやう︒
︑
︑
︑
︑
︑
︑
︑
︑
︑
"
︑
︑
︑
"
﹃例へば穀物の憤格は︑一部分は地主の地代を支彿ひ︑他の一部分はその生産に使用された努働者
冒 ヽ 畜 ヽ
0畜0
︒︑
︑
"
,
4
⁝⁝の賃銀⁝⁝を支彿ひ︑第三の部分は小作農業者の利潤を支彿ふ︒﹄こしで彼は資本の回牧部分を看過してゐる︒
局においてまた地代と努賃と利潤とに分解すべきことを主張してゐる︒
いま論じないであらう︒
いま
の場
合︑
ム・スミスの土地所有形態障
ア ダ
第 二 巻
六
n ‑
ヽ
第 二 臨
。、"ヽ".、`畜ヽヽヽ畜畜畜ヽ竃畜ヽ畜ヽ畜ヽ~畜富ヽ~ヽ冒。、~、、、、、。、畜ヽヽ明社會においてその根本をなし︑その主要成分を形成せる三大階級であって︑それ以外の階級の牧入
畜0"ヽヽ畜0、、~、ヽヽ`奮ヽ。、、、、、、"、、"""ヽヽーは何れも結局においてこれら三階級の牧入より痰生するものにすぎぬ︒﹄ 、、"。、、富ヽ畜ヽヽヽ0"`畜ヽヽ0畜ヽ"、、、`ヽヽ畜ヽヽ、、、、、、.~、、.る人々︑並びに利潤により衣食する人々に到して︑それ/\牧入を構成する︒これこの三階級は各文 、、、、"、、"、畜。、、、、"~、"、、、、、。、、、畜ヽヽヽ0"、、、、~~00利潤とに分たれ︑一一一種の相異れる階級の人々︑すたはち地代により衣食する人々︑賃銀により衣食す 畜ヽ、、、、、、~ヽ富ヽ、"・、、、"""、、薔ヽ"畜すでに本編第六章に述べた如く︑自ら一二個の部分︑すなはち土地の地代︑努働の賃銀︑並びに資本の 容に留意することにしやう︒
、、、~~、、、畜ヽ~奮ヽ、、畜ヽヽヽ~、、`~畜ヽヽ・0"ヽヽ畜ヽ0"。、、富ヽ﹃各國の土地及び努働の年々の生産物の全部︑または結局これと同一物たる該生産物の全憤格は︑ いたその直後において脊︵本の阿牧部分となる部分も結
このことについてはしかし︑
われ/\はこの一章句を受けてゐる次の一章句に述べられる内
一七三
12) Adam Smith, ibid. BK. I. Chap. VI. p. 52 邦腺 J:巻 185頁 13) Adam Smith, ibid. BK. I. Chap. X L p. 248.邦際 J:巻 571一頁2
ればならないであらうから︒ 分盆小作幾制の過渡的性質を指摘したスミスはかくておもむろに資本主義的小作制度に論を進める
、、、、・、富ヽ。、o.、、、0、、、、、、、、•、、畜ヽ、、、、、。、。、、.`ヽ﹃この種の借地脳係の後を極めて除々に繍承したものは︑自已の資本を以つて土地を耕し地主に一ヽ0奮ヽヽ︒︑.菖0︒︑︒̀︒︑︑︒︑︑︑︑︑︑︑畜富ヽ定の地代を支持ふところの︑館に小作農業者と呼ばるぺきものであった
﹄ 0 1
(4) アダム―•スミスの土地所有形態論
資本主義的土地所有
だがこLでスミスが﹃館に小作農業者と呼ばるできもの﹄と倣してゐる耕作者は彼自身直接的な耕
作者である︒われ/\はこれを以て箕の小作農業者となすことはできないであらう︒なぜたら冥の小
作農業者とは農業に必要たる資本の所有者であるとしもに︑さらにまた農業努働者の使用者でもたけ
われ/\はスミスの経済史的研究ー
﹃國富論﹄第三編ー│からこれ以上詳細たる叙述を見出すこと
はできぬ︒これは賞時の農業における資本主義の登逹の未熟なる欣態に
おい
て︑
換言すれば農地固込
︑︑︑︑︑︑
み運動の初期の欣態において︑不可避的であったと
言へやうJしかし彼はただ一言︑
﹃ 富
裕たる大小
岱 翫
︷ 芥
が︑ヨーロツバにおいてよりもイングランドに最も多く存在する軍質を指摘してゐる︒そしb u
てこの富裕なる大小作農業者こそはおそらく資本主義的小作農業者を指してゐるであらうけれども︒
第 二 巻
一 六
第 二 聾
七・
JO) Adam Smith, ibid. BK. IIJ. Chap. II. p. 367. 11) Adam Smith, ibid. BK. III. Chap. II. p. 370.
邦 謀 中 巻 38頁 邦 鐸 中 巻 45頁
第1一巻六三
ヽ
第 二 蹴
。、、、"”、。、"、、言ヽ"、、、、。、、、、、、、、畜畜畜。、、、~ヽ畜~、、、、明社會においてその根本をなし︑その主要成分を形成せる一︳一大階級であって︑それ以外の階級の牧入
畜0畜ヽヽ~、、畜。、、、`畜ヽヽ冨ヽ畜ヽ"、"ヽ言"、、。、は何れも結局においてこれら三階級の牧入より痰生するものにすぎぬ︒﹄ 畜ヽo.""畜"︑︑︑畜畜ヽ`畜ヽヽ︒る人々︑並びに利潤により衣食する人々に到して︑それ/\牧入を構成する︒これこの三階級は各文 。、、、、冨ヽ"、、。、、畜ヽ。、、"、、、、、。、、、。、"ヽヽ畜ヽヽ"ヽ畜~、。利潤とに分たれ︑三種の相異れる階級の人々︑すなはち地代により衣食する人々︑賃銀により衣食す ゜~、"‘、、、、、。、、o.‘、冒畜0"、"、"""すでに本編第六章に述べた如く︑自ら一二個の部分︑すなはち土地の地代︑努働の賃銀︑並びに資本の 容に留意することにしやう︒
ヽ~畜。、、、、、、冨ヽヽ、畜畜ヽ畜畜ヽヽヽ`ヽ畜ヽ~。、`ヽ、、、""‘、、、、﹃各國の土地及び努働の年々の生産物の全部︑または結局これと同一物たる該生産物の全憤格は︑ しかるに彼は﹃國富論﹄第一編において純粋の資本主義的農業者を︑しかも紛れもたい姿において︑
登場せしめてゐる︒その一章句を引用してみやう︒
、。、~、、、、、。、、、"﹃例へば穀物の憤格は︑一部分は地ヽ下の地代を支彿ひ︑他の一部分はその生西に使用された努働者
ヽ冨ヽ。、、~ヽ……の賃銀••…を支彿ひ、第三の部分は小作農業者の利澗を支彿ふ。』
こ4で彼は資本の回牧部分を看過してゐる︒いたその直後において脊本の同牧部分となる部分も結
局においてまた地代と努賃と利潤とに分解すべきことを主張してゐる︒
いま論じたいであらう︒
いま
の場
合︑
アダム・ス︑︑︑スの土地所有形態障 このことについてはしかし︑
われ/\はこの一章句を受けてゐる次の一章句に述べられる内
一七三
12) Adam Smith, ibid. BK. I. Chap. VI. p. 52 邦 腺 上 巻 185頁 13) Adam Smith, ibid. BK. I. Chap. X L p. 248.邦課上巻 571一頁2
ができるであらう︒ て所謂小作農業者とは︑
アダム・スミスの土地所有形態論
これによってみれば︑地主と資本家と労働者とが﹃文明社會﹄の基本的三大階級を構成する︒従っ
一定の地代を支彿ふ籾約を以つて地主から土地を借受け︑彼自身はもはや涯
接に耕作に嘗らす︒農業努働者を使用して耕作にたづらはしむるところの︑一個の安本家的小作農業者
たらざるをえぬ︒そして彼自身は箪なる利洞取得者である︒勿論︑賞時の砒會朕態において﹃これらの
一二
種の
牧入
が
. . . . . .
同一人に蹄局する﹄こと︑従ってまた﹃その種別が往々にして相互に混同され︑少<
とも通常の用語の上で混同され勝ち﹄であったことは不可避的であったであらう︒しかしながら︑彼
は埋論的た用語はその内容において慣習的な用語と厳密に襄別さるぺきことを主張してゐる︒かくて
われ/\は理論的には彼が飽くまでも衰本家と努働者と地主との三大階級が純粋に到立してゐるとこ
ろの︑抽象的に考へられた資本主義社會の岡象に立脚すべきことを主張してゐることを看取すること
さて土地所有はか4る祉會岡象の下において如何なる形態をとるであらうか︒
地代
は︑
いまや︑封建的祉會における如く暴力的強取によってしかく素朴的に地主の手中に郎恥す
ることはないであらう︒何故なら封建的地代の素朴性は資本主義的地代の素地をなした分盆地代にお
いてすでに本査的な菱化を遂げてゐるし︑また封建的大土地所有の特質としての﹃暴力﹄は︑分益小
第 二 巻
一六
四
第 二 跛
一七 四
14) Adam Smith, ibid. BK. I. Chap. VI. p. 55. 15) Adam Smith, ibid. BK. I. Chap. Ui. p. 55.
邦 諜 上 巻 190頁
邦 諜 上 巻 190‑2頁
アダム•スミスの土地所有形態論
第 二 巻
一六
五
第 二 賊
1七五 ヽ~、、、、、、畜"~、、畜ヽヽ。、。、、"、、"、、、、、"、~、、、~、。、ない︒生産物中︑または︑結局同じことに蹄するが︑生産物の債格中︑かりそめにもこの頒前を越ゆ0、、、、、、畜ヽヽ。、、、、、。、。、、、。、、畜ヽ、、、、、、、~、、、、、"‘‘る部分があるとすれば︑地主は必すその悉くを土地の地代として自からの手中に保留せんと努める︒故に地代とは借地人がその土地の現賓の朕況において支彿いうる最高の憤格であることが明白である︒﹄ ︑︑︑︑︑︑︒︑︑︑畜ヽヽ畜ヽヽ︑・︑
.......
︑ ︑
. .
"
..
..
.
︒︑
︑︑
︑
..
.
自から満足しうる最少の頒前である︒また地主はこの頒前以上を借地人に残してやる心組みは殆んど ︑︑富ヽ`ヽ畜ヽ︑︑畜ヽヽ富ヽ`ヽ︑︒︑︑とを︑併せ償ふに足る以上に出でぬやうに努める︒ 、、。、、、富ヽ.、、、~、、、、この頒前は︑明らかに借地人が損失を蒙らす︑
︑︑︑︑︑︑︑畜ヽ畜︒︑︑"︑︑︑"︑︑︒︑︑︑︑︑︑︑畜ヽヽ︒︑言ヽヽヽヽ畜ヽ︑︑︑家畜及びその他の農耕用具を買入れ︑また保存する資本と︑その地方における普通の農業資本の利澗 畜。、、、、、、、、"0言ヽ、、、、、、、、、。、畜ヽヽ~、、冒ヽヽヽ0畜ヽヽ0、、地主はその土地の生産物中借地人の頒前となる部分を︑借地人が種子を買入れ︑努働を支彿ひ︑且つ ﹃土地の使用に鉗して支彿はれる債格であると考へられるところの地代は︑本米︑借地人がその土
奮"ヽ"~、、、、、。~畜ヽヽ"ヽ、、、地の現質の朕態において支彿ひうる最高の憤格である︒土地の賃借契約の條件を決定するに虎たつて る│ーの胃頭の一句に次の如く述べてゐる︑
1
作農制の下においてすでに失はれてゐるのであるから︒われ/\は端的に資本主義的土地所有に闘するスミスの叙述を究明することにしゃう。彼は第一編第十一章ー—ーこの章はスミス地代論の主章であこの一章句の中に資本主義的土地所布の全特質が描き出されてゐる︒すでに見たところに従へば︑
衰本主義耽會の基本的階級は資本家と努働者と地主とであった︒さてこ\に引用したスミスの一章句
16) Adam Smith, ibid. BK. I. Chap. XI. p. 145.邦深」:巻374‑5汀
アダム・スミスの土地所有形態論
によ
れば
︑
地主が受け取るところの地代は︑生産物︑もしくはその債格中︑小作農業者の資本とその
資本に釘する普追の利潤とを支彿つて後に浅るところの超過額によって決定される︐ところで小作農
業者の資本であるが︑これは一部は農業努働者に前貸さると貨銀によって︑他の一部は種子︑肥料︑
農耕用具等によって構成されるであらう︒それ故︑小作農業者がその資本とその資本に鉗する普通の
利潤とを阿牧することは︑同時に彼並びに農業努働者が補償されることを意味するであらう︒資本家
の資本消耗部分と利潤︑並びに努働者の努銀は︑生産物債格の第一次的な分解部分であり︑必中支彿
はれねばたらぬ︒これに封して地主の地代はいはばその第1一次的な分解部分とされる︒換言すれば︑
地主は資本家と努働者との後においてしか支彿ひをうけることができない︒小作農業者と彼の使用す
る農業努働者とが社會的存在の第一線に立ち現はれてをり︑地︑王はそこでは僅かに第二次的な存在と
して前二者に依存する闘係にあること\なってゐる︒
資本主義的秩序の下においては資本家階級が屁會的生活の唯一の機能者として現はれる︒封建的秩
序の下において他の一切に君臨した土地所有は︑いまや資本獨自の作用によって資本の背後に退却せ
しめられる︒資本所有は土地所有を克服する︒土地所有は背つての絶鉗椛を喪ひ︑
所有獨占と士地そのものし制限的性質とを利用することによって︑自己を経濱的に賓現し弓るにすぎ
第 二 巻
こ ﹂ ︑
l
︱ ノ ー'
いまや僅かにその
第 二 披
.
七
4、 ノ'ヽ
私は以上に土地所有に闘するスミスの一聯の規定を見た︒まづ一般的な形態に闘する規定を︑
で歴史的な特殊語形態に闘する規定を︒
もの4すべてである︒
﹃國富論﹄の全慌を通讀するとき︑人はか\る︱つの開系的な所論を褻見しうるのであらう︒そして
この褻見—|再構成といへばより適切であらうーー'に基いて、彼れの地代論への理解は一歩押し進め
られるであらうと信する︒
土地所有が資本所有によって克服せられ︑従つて︑背ての特質を︑すたはち絶釘的櫂力を喪失するや
否や︑それはもはや社會の経滸的秩序を統括する能力をも喪失せねばならぬ︒いまや総てが人格上自 た
い︒
アダム・スミスの土地所有形態論
① 地 代 論 と 債 値 論
第 二 巻
スミスの地代論における予盾とその意義
天 七
第 二 披
勿論︑これはスミス自身によって握めて述べられたものではないが︑ スミスはよくこの事情を明かにしてゐる︒
一七 七
彼れの
つい
これ私が恨りにアダム・スミスの土地所有形態論と名づけた
スミスは封建祉會ーーその社會の基礎は自然的封銀経清である︒そして領'主の網釘的椛力なるもの
も結局はこの基礎において設明されるであらう̲ー'から資本︑主義社會への推轄を﹃努働生産力の改菩﹄
に負ふものと解する︒またこの改善は最も著しく﹃分業﹄に負ふものと解する︒そのことは﹃図富論﹄
第一節の最籾の一孟早において述べられてゐる︒そしてこLに引用する第四章の胃頭の一布句において
この分業の疲逹が対らしたところの計會的結果を線括してゐるのである︒さてこの一ふ早句についてみ 。、、、、・、・、、富ヽヽヽ・、、冨。、、・、、、畜00、、、•0畜ヽ`ヽ。、、、、、人の勢働の生産物のうち︑彼が欲求するところのものと交換することによって︑その欲望の大部分をヽ嘗ヽ︑︑.︑︑︐`ヽ︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︒︑"︒充足するのである︒かくて︑各入は交換によって生活する︑或は或ろ程度において一個の商人とたるそして社會もそれ自開適賞に商業社會と呼ばるLところのものとなる︒﹄ ︑"︑畜ヽヽ言ヽ︑︑︑︑︑︑︑︑"︑︑︑︑︑畜ヽ0畜ヽ︑︑︑︑︑︑︑.冒ヽ︑︑︑かにその極めて小なる部分にすぎぬ︒即ち自己の消費を超過する自己努働の生産物の過剰部分も︑他
:
︑
:
・ :
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︑ :
︑
︑ :
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︑
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︑ 針
﹃分
業
一たび完全に確立せらるLときは︑各人が自己努慟の生産物により充すところの欲望は︑ の根本的問題の解決に嘗り偉大なる業蹟を残した︒
アダ
ム・
スミ
スの
土地
所有
形態
論
由なる人々の制約せられざる活動に基いて遂行される︒いまや社會生活の再生産行程は封建的大土地
所有の絡封的梱力に代つて︑他の何物かゞこれを統括せねばならぬ︒かくてまた土地所有の自己寅現
の方法もこの根本的問題の解決なくしては説明されえなくなるであらう︒
第 二 巻
さて
︑
アダム・スミスはこ 一六八
第 二 競
一七 八
17) Adam Smith, ibid. BK. I. Chap. IV p. 24.邦諜 上 巻 132頁 18) Adam Smith, ibid. BK. I. Chap. I. p. S.邦膵 J:巻 100頁
・ アダム・スミスの土地所有形態論
第 二 巻
一六
九
第 二 駿
一七 九
貫,,t`~-;J.«
、J-
.'.. 9.,•9?iー,•し
. .
. , . . i ' ・ : .
. .
.
ゃう︒人はいまや人格上自由人である︒すべてはこれらの人格上自由なる人々の行動によって腐し遂
げられる︒そして個別的に見る限りではこれらの人々の行動は自由でれり無制約的であるに拘らす︑
全罰的にこれをみれば︑それらはすぺて一全開としての交換網朕態の一環を形成してゐる︒人はその欲
する財貨の大部分を他人の努働の結果に侯たねばならぬ︒
生介することができぬ︒かくの如く分業の預逹に伴ふ祉會的結果をこの交換網航態の成立のうちに看
取した彼ば︑さらにこの交換網朕態において﹃自然的に遜守されるところの法則﹄を究明せねばたらな
かった"そしてこの法則︑すたはち債値法則こそは領主の絶劉的椛力に代つて現はれたところの︑祉
今や地代の問題は交換綱朕態において自然的に姦守されるところの法則ー—'すたはち憤仙法則ーー_
に成功してはゐない︒いたそこに奥へられてゐる謡々の規定の幾つかは︑平面的にこれをみれば︑﹃そ
の或る一節に於ける結論の論撮﹄は﹃その他の一節に於ける結論を覆へす論握﹄をたすほどに︑前後 との闘聯において説明されねばならぬ︒しかし︑
ス ︑
tr︿はその場合決して自らのキ張を一貫せしめる
② ス ミ ス 地 代 論 の 諸 予 盾
會的生活の再生産行程における新たなる統括者なのであった︒ 一人はこの交換網朕態への依存たくしては
!9) Adam S1.ith, ibid. BK. I. Chap. IV. p. 30.すl環 j̲倦 141頁
20)小 泉 信三氏『リカアドオ研究』 238頁
と規定されてゐる勁である︒ 矛眉するものすらある︒私は︑この小論において︑
アダム・スミスの土地所有形態論
が︑規本的規定だけについて︑それが如何に矛府してゐるかを見やう︒
彼はその憤値論において三つの異れる原理を併存せしめてゐる︒その一は労働憤値原理である︒
の原理に従へば︑商品はすべて︑
れた人間労働の分最に従って或る一定の大いさの債値として測定される︑従って憤値としては一全閥
的たものであり︑ 三七0
スミス地代論の全構成を吟味してゐる餘裕はない
それに人間努働が個化されてゐるが故に慎伯を有する︑また開化さ
この一全閤としての憤値が﹃分解﹄して努働者の努賃︑衰本家の利潤︑
を﹃構成﹄する︑と規定される︒その二は生産費債値原理である︒こ4では商品の債値は︑前の場合
とは全く逆に︑努賃と利潤と地代との集成によって﹃構成﹄され︑そしてその大いさはこれらの各構
成部分がそれ人\購ひ︑または支配しうるところの労働の敷簸の合計によって測定される︑
れる︒最後の一っは﹃必要憤格﹄の原理である︒これはその根本において第一の榮慟憤値原理の一愛
形である︒すなはち努賃︑利潤︑及び地代が一全開としての生産物債値の﹃分解部分﹄であると倣さ
れてゐる限りにおいては︑第一の努働債値原理の場合と何等異るところはない︒たゞ異るところは︑
地代だけは﹃分解部分﹄たる資格において努賃及び利潤の次ぎに位ぴし︑
第 二 巻
こ
地主の地代
と規定さ
いはゞ第二次的な分解部分
第 二 韓
一八
0
さて
︑
これら三つの規本的規定の中にわれ/\は次の二つの顕著なる矛盾を指摘することができる
であ
らう
︒
第一
に︑
地代を商品債値の﹃分解部分﹄たる地位に置くのとその﹃梢成部分﹄たる地位に置くのとは
釘角線的に異る二つの見解であると言はねぱたらぬ︒︵榮賃及び利潤についても同じことが言へる︶﹃
前の場合では全閣が前提される︑後の場合では全閤は部分から生れる︑それ故に前の場合では憤格が第
一次的︑決定的たものとして現はれ︑それの高さは全個として一二牧入の高さを決定する︒けれども後の
場合では憤格は牧入によって決定されるものとして現はれる︑それの高さは後者の高さに依存する﹄か
くてこれら二つの見地の到立はアダム・ス︑ミスのーつの顕著なる矛附として指摘されねばならぬ︒
第二に次ぎの如き顕著なる矛眉が指摘されるであらう︒以上二つの見解にあっては︑たとへ地代は
債値の﹃梢成部分﹄と倣されるにもせよ︑また逆に﹃構成部分﹄と倣されるにもせよ︑
は努賃並びに利潤と同一の資格に立っ分配範喘と規定されてゐたのであるが︑
いては地代のみは第一一次的な﹃分解部分﹄として他の二つの分配範疇から頴別されてしまつてゐる︒
努賃及び利潤はこれに封し第一次的た﹃分解部分﹄と規定されてゐる︒この新見解は﹃國宮論﹄第一
節最後の一窄において初めて採用されたものであり︑
の土地所有形態論アダム・スミス
第 二 巻
三七一
第 二 披
一八
ともかく地代
いまゃ第三の見解にお
蛾代を他の分配範疇と順位の上で翫別した黙で
21) Hans Marzell, Das Kakitalzins.problem im Lichte des Kreislauf s.. der Waren vud des Geldes, s. 30.
考へ
るか
ら︒
⑱それらの矛盾の再吟味
以上は全く維薄た説明ではあるが︑これによってすら︑ アダム・スススの土地所有形態論
他の何れの見解とも異る一箇の新たたる見解である3しかもこの甑別が撹つて生ナる必然的な根撮は
この第一碕何れの衣においても展開されてゐたいのである︒それ故に突如として現はれたこの第三の
見解は一つの新たなる矛盾を附加することになるであらう︒
着すると思はれる詣規定を平氣で併存せしめてゐることだけは充分に看取されるであらう︒學者はし
ば/\これらの矛盾を指摘し`
して来た︒私は︑しかし︑ アダム・スミスの地代論はそれ故に改めて問題にするに値せぬと結論
これらの明白なる矛府の中に含蓄せらるしことがらがそも/\何を意味す
るか︑改めて再吟味せられねばならぬと考へる︒けだし︑これらの矛府はむしろ偉大なる観察者とし
ての︑また︑たとヘ一貰せる理論を樹立するには至らなかったとはいへ︑ともかく偉大なる理論家と
しての︑彼れの偉大なる特質を反映するものであり︑従ってそれらの矛府の中に包蔵されてゐる彼れ
の偉大なる雨面を理解し︑且つこれを統一するといふことの中にスミス研究家の箕の態度が在すると スミスがその峨代論において︑明かに前後撹
箪
︱
︱ 巻
t:
第 二 賊 一八
は ︑ す見解の引立について考へてみやう︒しかし︑
第 二 巻
まづ第一の矛盾︑すなはち地代を憤値の﹃分解部分﹄とたす見解と︑逆に憤値の﹃構成部分﹄とな
これは利潤並に努賃についても言ぴうることであり︑
ぶ般的に努頃憤値原珊と生産費憤値原理との矛盾として表現されるのであらう︒さて︑この大腑たる
矛盾に驚暖する前に︑むしろわれ
l
\は彼れの思想の豊富なることに習意すべきであらう︒に初めてその主要なる貼において完成せられたる債値論がわれ
l
\の眼前に展開されてゐるのみたらす︑同時にその中に後世において之をよりよき︑より完全なる︑より満足たる説明に導かんとした種
々の特殊の學説の出痰貼となった殆んど凡ての思想並びに原理を見出す︒われ/\はこれがその凡て
の本質的な部分において完成された最初の債値論であることを忘れてはならないのみなら中︑理論的
ヽ 冒 畜
〇
研究が全ご世紀の永きに亘つて︑彼れの思想の賽庫をついばむことによつて生活して来たものなるこg とを忘れてはならぬ︒﹄︵傍駄はアモン自身のもの︶
だが︑更らに進んで︑これらの大謄なる矛盾はわれ/\に菫大なることがらを啓示してゐる︒彼は
すでにわれ/\の見た如く︑封建社會における櫂力理に代つて︑いまや査本主義社會において全開的
に経清生活をその内奥において統括するところの新原理を探求することを意閾した︒そしてこの意閾
一應︑努働債値原理の樹立となって賓を結んだ︒しかしながら︑
マダム・スミスの土地所有形態論
こ4では一般に交換社會を特質
三 七一 ︱
︱
第 二 輩
l八三
﹃そ
の中
22) アルフレッド•アモン、 打E流派系翌氾平』58ー59頁。
スミスの訣貼は︑これら二つの思惟方法︑二つの原理を何等統一することたく︑たゞ平面的に併存
せしめたことの中に存する︒しかしスミスがかくの如く交換憤値︑債値の源泉を一全閤としての投下
努働に求むると同時に︑それを努賃︑利澗︑地代の合成から導き出さうとしたことは︑彼れの債値論
の混氣紛糾拾取すぺからざるまでに導いたものであると云はんよりは︑彼が努働債値設を人ーる限り︑
資本家的祉會における債値からの債格への轄化を不充分ながらも意識してゐたことを示すものであっ
て︑寧ろ彼れの債値論の長所であるとも言ひ得るであらう︒彼れの債値論の矛眉は︑ の思惟方法は︑アモンの言へるが如く︑ マダム•スミスの土地所有形態論
づけてゐるところの︑交換網朕態の内部に潜む努働協働開を抽象的に解剖したにとゞまり︑従つてこ
の原理は直ちに現賓に妥嘗することはできなかった︒かくて生産費原趾において彼は立場を代へて現
寅の経験的な事賓から︑すなはち個々の人々の生活過程に外見的に現はるましの事象から︑出痰し直
す︒前者は抽象的思推方法に基き︑後者は経験的思推方法に基く︒しかもこの雨者はわれ/\の理論
的思惟において︑
であ
らう
︒
三七四
ともに不可訣的である︒具開的なものから抽象的なものへの上昇と︑抽象的なもの
から具閲的なものへの再下降とによって具閤的なものへのわれ/\の理論な理解は初めて可能となる
スミスはこれら不可訣的な二つの思惟方法をわれ/\に啓示してゐる︒しかもこれら二つ
﹃その本質的た部分において完成された﹄形で示されてゐる︒
第 二 巻
理論の矛府の外 第
二 聾 一八 四
て置きたいといふ心組みから︑中にさしはさんで置いた︒
第 二 巻
第 二 輩
了八 五
に︑現賓の憤値︑憤格現象そのものと矛盾の一反映であったとも云はれうるわけである︒かくて︑
ス
ミスのか4る附原踵の間の矛肘は︑その間に︱つの中項を置くことによって︑統一に導くことができ
るであらう。そしてスミス憤値論における他の―つの原理ーー需要供給の原理—ーが以上雨原理の媒
介物として︑中項として︑軍大なる役割を課せらる\こと\たるであらう︒
次ぎに第一一の矛屑の意義を間明することに進もう︒それこそ︑
し︑第一の矛盾について以上に述べたところは︑この小論にとつて蛇足ではあるが︑この第一の矛府と
第一一の矛府とはスミス地代論の債伯論的規定における二つの規本的た矛府として指摘され来ったもの
であり︑詳細に一旦つて論及することのできぬこの小論においてせめて規本的た部分だけにでも論及し
さて︑第二の矛肘の意義は︑ この小論本来の課題であった︒しか
この小論の前半において述べたスミスの土地所有形態論を按用すれば
明瞭に理解されうるであらう︒﹃固富論﹄第十一章に至り︑何等の豫述もたく突如として︑地代を生産
物債値の第二次的分解部分となしたことが︑これまでの見解︑すなはち地代を他の分配範鴫と同位の
債値分解部分と倣す見解に到して矛屑することなった︒そこでまづ第十一章以前の詣章においてスミ
スが何故に地代を他の分配範磨と甑別しなかったかについて考へてみやうJアダム・スミスは彼れの
マダム・スミスの土地所有形態論
三七五
あら
う︒
マダム•スミスの土地所有形愈溢
経滑躾を構成するに営り︑まづ土地の私有に先立つ原始社會の解剖から始めて︑つぎに上地が私有さ
れてゐる﹃文明社合﹄の解剖に這入ってゐる︒しかし︑その場合での卜地の私付とはk地の私有一般
に外ならないしそこでは箪に土地所有の獨占が規定されてゐるのみであって︑特殊な歴史的形態の特
りも存しなかった︒ 質は問題となってゐない︒従つてそれに照應する地代が他の分解範略と高別さるべき何等の手が\
これ第ト一寇以前において他の分配範略と同位に骰かれた所以であらう3
第十
一
衣における規定が︑資本家が産業の指導植を握り︑地主ばたゞ特定の
t
地に封する自己い所有樅を設定するにとゞまり、発業の指導とは直接なんらの闘係を有しなくなった特定の歴史的砂5"|—'査本主
義祉會ー—ーでの土地所有の歴史的特質を反映するものであることは、小論の前半においてすでに開系
的に述べたところである︒かくて︑この策十一ふ早以前の規定と第十一章の規定とは︑互ぴに矛盾する
二つの規定としてゞはなく︑むしろ一般的な規定から特殊的な規定への獲展として︑理解さるべきで
孟紙面の都合ですぺての註とスミスの原本から以外のすべて引用並びに考証はこれを削除せざるをえなかつた︒︺
第 二 巻
一七
六
第 二 琥
一八
六