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信用経済段階における金融統制論の理論構造的批判

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九州大学学術情報リポジトリ

Kyushu University Institutional Repository

信用経済段階における金融統制論の理論構造的批判

岡橋, 保

https://doi.org/10.15017/4151179

出版情報:經濟學研究. 9 (1), pp.51-106, 1939-03. Society of Political Economy, Kyushu University

バージョン:

権利関係:

(2)

信用紐涜段階における金融統制論の珂論構造的批判

を要求するものである︒有欝的なる︑完全債値ある商品貨幣ー'ーそれのもつこも代表的なものは貴金局 貨幣経惰より信用経惰へと︑貨幣経而の一聯の疲展は︑

六 五 四 三 ニ ー

内 容 目 示

それぞれの褻展段階に引應的なる支彿の手段

了八四四年のヒール銀行條例とフィッシャーの一

00

パーセント貨幣案

フィッシャーの一

00

パーセント貨幣案の理論的前提

ノーセント貨幣案フィッシャーの一

00

預金 幣の本質

P t

信用経清段階における金融 統制論の埋論構造的批判

(3)

ろの

ーシオンならびに︑ヂフレェーシオンの顕現形態についてみるさき︑

れの段階におけるインフレエ

インフレェーシオンおよびヂフレェーシオンの顕現形態の種々相は それぞれの時代における支醗的なろ貨幣形態の差異に依存し︑

摘し得られる︒こさに︑

ェーシオンの段陪に入ったさいはれてゐるのであるが︑

フレェーシオンの相貌

Y)

は︑その趣を著しく異にする>こころからして︑

オンの性格的な特微が︑銀行券の痰行数埜の壻六のうちに看取されがた笞こさよりして︑

ンフレェーシオンが稲し七︑潜在的インフルにーシオ︑ン !

9 ‑

x ,

' ンビ芝フル・インフレニーシオンこ名

fづけられてあるがごさくであふ︒

︑さらに︑ま忙國家紙幣が貨幣形態こしで支配的であった時代には︑' ‑こもよく明らかさなる︒ いたる一聯の発展︑

わが國の最近の事例について見るに︑昭和七年以降︑

そのイン

フレェージオンの様相が︑" すなはち︑ の過程において︑i者しくその趣をば異ならしむるさころがある︒ の形態が︑それぞれな咎展段階的に租逮してゐるさいふここは︑ 信用繹涜段階における金磁統制論の理論構造的批判

こ この時代のイ こビに︑それのインフレェーシ わが國民経済がインフレ

9

;

晶 の イ ン

それが制約をうけるものたることが指 J

のこさは︑貨幣経病の発展のそれぞ

貨幣であるーー、より不完全憤値の金風貨幣ーーいはゆる補助貨幣がそれである—|をへて、固家紙幣に

ならびに兌換銀行券よ

b

無怜的な銀行帳簿上のたんなる数字にすぎざるさころの預 金貨幣にいたるまで︑これら貨幣形態的なる発逹は︑いづれも貨幣経渭そのもの\痰展に封態せるごこ

それぞれの段階における支配的なる貨幣形態の種々相なのである︒このやうに︑

それら各々の社合経渭への作用さ影懸ご

支配的なる貨幣

(4)

的な通貨たるこさより︑ の國家貨幣の増痰によるインフレニーシオンが現はれ︑

兌換銀行券が支配的であった段階にあってほ

F

正貨さり兌換を停止されたる銀行券の

培疲りうちにインフレェーシオンの進行朕態が看取されたのであ

る︒第一次の欧洲大戦巾および大戦後の冊界各國におけるインフレェーシオンこそは︑

換を倅止されたる銀行券い玲疲によるインフレqーシオンであったのである︒

うちには︑もはや︑その足跡ャ見出すこさは出来ないのである︒

幣の支配的形態が︑ら銀行券から預金貨幣にうつりつ\あるからなのである︒

れるこさなく︑銀行帳簿上の預金の振替による決滸が一般に行はるしさころさなり︑

こそ現代の支配的なろ貨幣形態になつて居るからなのである︒

この正貨への兌

而して最近時におけるインフレェーシオンの特質は︑以前におけるそれさぱ異なつて︑銀行券の増疲の

替操作のうへにその反映を見出すべく︑手形交換麓の増大こそは︑預金貨幣段階におけるイン︐フレェーシ

オンの進行程度を明示するものを

[nふここが出来る︒このやうに︑そのインフレェーシオンの進行の過程

が︑銀行券の増大において︑見らる‑しがごさく︑直接︑流通貨幣童の噌大さして︑明確に看取されがたき

こごからして、いはゆるインビジプル・インフレェーシオン、あるひは、預金貨幣が銀行券さ異なり潜在

また潜在的インフレェーシオンとも呼びなされるにいたりし所以なのである︒

信用鯉清段階における金激統制論の理論構造的批判 ひ︑こさに信用純洲の段階に入るさヽもに︑

吾 ︱

かくで預金貨幣の流通敗簸の

増大は︑振

いはゆる預金貨幣 支彿決惰の方法は︑もはや︑銀行券なざの現金をもつてさ 貨幣親消◎疲展にさもな その理山さするこころは︑いまや盲貨

(5)

れにこさは︑賞然のこご\言はねばならない︒か4る金融統制策の法制こしての枇界最初のものは︑ は︑通貨政策ならびに信用政策の軍黙が︑

かつ

て︑

兌換銀行券が流油取引一般

の支彿決齊の手段こして︑

支配的な地位にありし常時にあって

らないのである︒ しての通貨政策︑令融統制策のうへにも︑

おの

づか

ら︑

それぞれその趣を異にするさころがなければな 従ってこれが悪影褥の防止対策ご それが 来るかぎ

b

岡避せんRこするこさが︑ 而してそのいづれの過程をさる

. , J

はいへ︑流通貨幣の逹勁は︑

のうへに典へる影嗚ャ甚大ならしめ︑その及ぶ範園も著しく大なるものがある︒

が︑経惰社合のすべての部分のうへに︑

ざるさころではある︒

さは

いへ

︑か

Lる影喋は︑それが社會の正常なる獲展を阻害し︑ゆヽしき祉曾問

題を醸成するの卵において︑行過すぺからざるものがあるぺく︑こしに︑流通貨幣信用ャ統制して︑こ

貨幣賞局

の甫大なる使命さして議項日程に上ぽされるにいたる所以

である︒しかれざも︑前掲のごさく︑経渭的痰展のそれぞれに野應的なる支配的貨幣の葉異は︑

社合経渭的なる影響作用の過程において︑著しく相違あらしむぺく︑

かヽる支彿決溝手段さしての兌換銀行券の統制のうへにおか ぎ︑あるひは少なくさもその悪影嘩ズの程度を最少限度にさゞめて︑もつて経惰的擾瀧醸成の様會望は出 れが瑳動を︑従ってま忙一般物憤の崚動を︑出来うるかぎり防止し︑それより超る弊害を未然にふせ 一様に︑及ぶものにあらざるこさは︑これ︑また︑言ふをまた もちろん︑か\る影饗

従って一般物憤の崚動は︑社

・曾の各冶

信用網済段階における金激統制論の理論構造的批判

五四

(6)

一八四四年のピール銀行條例の制定をみるにさきだちて︑ の根本的特徴が看取さるべきなのである︒ 制の第一次の目椋さするところは︑頂金貨幣そのものであり︑

正貨の兌換を停止されたる英蘭銀行券セめ 直接これが規制]ご意閾せるさころに︑そ もさより いはゆる 移るにおよんでは︑金融統制の軍黙も︑

しか

るに

八四四年に英國において賓施をみ忙るいはゆるピール銀行條例

(T he Ba nk   Ch ar te r  Ac t,  1 84 4. )

であっ

セのである︒このピール銀行條例の金融統制原理は︑ロバートゾン

(G ol d St an de rd   Principle)

に従へるものであって︑

幣制度法制のうへに及ぽせる影薯はまこさに廣汎なるものがあり︑

についても︑まセ︑なにら架説を要せざるところである︒

るこ

は︑

(R ob er ts on ) 

一般取引界における支彿決漬の手段さしての中心的な地位が︑

兌換銀行券が支配的な支彿決滸の手段であった登展段階におけ

おのづから異同なかるべからざるは︑これまた言ふまでもなきごころである︒

信用繹漬段階における金融統制論の理論構造的批判 これ現代のごこ

く︑預金貨幣が取引界の中心的な支彿決惰の手段さなれる時代にあっては︑預金貨幣

の統

制︑

銀行創造信用の規制の問題が︑金融統制論の中心的テーマーさならざるを得ざる所以である︒

預金貨幣統制が︑兌換銀行券

の統制さまつたく無閥係にあるものさはなすを得すごはいへ︑その金融統

ぐつて議論百出し︑そのうちにあってもリカルドオを先頭さする通貨學派︵C

re nc y sc ho ol )

に封峙す 兌換銀行券より預金貨幣に それの意味の歴史的に重大なるここ

該條例は金本位制度の母法さして世界各國の貨

のいはゆろ金本位原

I)  Pigou & Robertson, Economic esaays and addresses.  1931.  P. 96 ff. 

(7)

に︑法制化されるにいたったのである︒甑来︑九十餘年︑屋うつり歳かぱりて︑貨幣敷址詫論者の雄アー 一八四四年つひ リカルドオをその理論的指導者にもつ一群の政治家に 種々相たるにすぎざるものなのである︒ 通貨學派の勝利において終りをみ忙 一八四四年の

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Jの対立が︑貨幣 るものさしてツウーク︑ 第

ファーラートン一派の銀行學派

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なるものが存し︑

奉持・するさころの通貨原理

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~銀行原理

ならびに金融に閥する學鋭史上にもつさころのその意義は︑昧筆に値いするものがある︒

ビール銀行條例こそは︑涌貨原理の法制的顕現であって︑つひに︑

のではあったが︑爾来︑油貨原珂さ銀行原理ごのこの珂論的野峙は︑依然さして存績し︑それが通貨に

闘するものであれ︑あろひは信用に闘するものであれ︑金融政策論のすぺては︑畢究するに︑

つの金融原理のうちのいつれか一方にそれが珂倫的根拙を求めたるものであり︑

これ ら二

それらの官践的論策の

ウイクゼル

( K .

Wi

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)

によって︑それの非生産性さ非建設的學詮なる論難をこうむれるトウーク

一派の銀行原理に対して︑それが多分に建設的であって︑唯一の貨幣理論さまで賞揚せられてゐる貨幣

数罷説をば甚礎理論にもつさころの通貨原理は︑

よって︑こさに営時の宰相忙るサー・ロバート・ピール

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)

によ

って

ヴング・フィッシャーによって︑こごにルウーズベルト大統領のプレイン・トウラストの指導的第一人者

セるこのフィッシャーによって︑通貨原理は︑あらたなる衣装をまさつて登場せしめられ︑い乏や︑ふた4 信用鯉涜段階におげる金融統制論の踵論構造的批判

第 九 巻 五六

それらの

五六

2) K. Wicksell, Gel dz ins and Gu'terpreise. 1898; SS. ・ II. 38 ff., L. V. Mises;  Geldwertstabilisierung und Konjunkturpolitik. 1928, 8.41. 

(8)

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さ セ

信用鯉涜段階における金融統制論の理論構造的批判五七

五七 一六九四年のいはゆる噸税法

(T on na ge .A ct ) 

代の金融統制理論たる一

八四四年

のピール銀行條例の基本的原理をば︑まづ︑

の通過によって︑その成立を見たる英闇銀行の政府貸

上金ささもに︑銀行券の流布がはじまれるも

3

Lごさくである︒而して英繭銀行の特許期限

の更改ごさ

に政府貸上金は増大し︑それさしもに銀行券い痰行高も次第に培加をみるにいたつに︒そのはじめ︑ 概説しておくこご\しよ

野照

的に

より明氾に浮かびあがらしめんがだめに︑それより以前の︑従って兌換銀行券中心時 れたる銀行創造信用統制論の理論的性格さ︑ いな︑この小篤において問題さするさころは︑現代のごこぎ信用貨幣中心の

焚展段附における金融統 巧それが建設的能力を誇示せんさしてゐるがごさくである︒

制論の︑ことにフィッシャー

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)の狸論的構造ヤ明らかにし︐ての銀行創造信用統制論

↓こ

れが

現代史的なろ意味を究明し︑批判するこさに存するの

であ

る︒

‑ A

四四年のビール鐙行條例とフィッシャーの

1 0

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︒ハーセント貨幣案

われわれは︑現代的な金融統制の理諭︑こさにフィッシャーの﹁一

CO

︒ハー七ント貨幣珂諭﹂

それが貨幣耗惰の寝展史のうへにおいてもっさころの意味 919 .

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にあらは

l万W.:F:・S'paldting,The Loriddn̲Money Market. 6. ed. ̲1938. pp. 34 etseq 1.

(9)

さいふこさが出来るであらう︒ 英蘭銀行の獨占的地位が確保せられ︑

爾来

1 ‑ 0

萬︒ハウンドであっ忙銀行券の獲行額が︑

一七八九年には一︑

信用網涜段階における金議統制論の理論構造的批判

一七

1

1一年ないし一七八五年の間には六

00

萬︒

ハウ

ンド

わづかに超過せるにすぎなかったのであったが︑

った︒しかも︑これら英蘭銀行券のほかに︑群小地方銀行の疲行にか\る銀行券の流通が相裳の数祉に

上ぽつておったこさヤ看過してはならないであらう︒すなはち︑

イングランド地域内では︑六名以下の組合員をもつて糾織

され忙る銀行もしくは命社にかぎ

h

銀行券の疲行が許されてゐたのでさる︒そうして一七五

0

年にはロ

ンドンをのぞいては︑その藪十二行にも及ばなかつたこれら群小地方銀行が︑

ぞふるにいたったのである︒

他方一七九七年の英瀾銀行の兌換停止前に國内に流通しておった令貨の数猜については︑

ドであったさされてゐる︒

こも

あれ

その推計を著しく異にしてゐるさはいへ︑トゥー.クの推算するフこころに従へば︑大憫二︑二五

0

萬︒

ハウ

J しかし相嘗最額の退蔵があったこrこを顧慮しなければならない︒

かの一七

0

九年の新條例における組合員六名以上の銀行の紙幣疲行の禁止が︑銀行そのも

Qヽ設立をも

禁止せるものなるかのこごくに考へられたるほざ︑常時︑すでに︑銀行券の発行が銀行の主要なる業務

さなっておったのであって︑流通取引上における中心的な地位も︑すでに︑銀行券にうつりつヽあった

人々により

一七

九一

1

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百を

一七

0

九年の特許條例の更新によつて ︱︱二紙︒ハウンド以上に逹してお

五八

五八

: 2) T. Tooke.  A History of Prices,  and of the State of the  Circulation  from 1793 1837.T. E. Gregory's ed., 1928. Vol. I., p,194. 

‑3) A.  Andreads, History  of thc Bank of England, 1640 to 1903.  2. ed•

1924.  p.  121 123. 4) Ibid., p.  172. 

‑5) T. Tooke, ibid. vol. I., pp. 130

132.

6)A. Andreads,ibid, p.  123. 

(10)

信用鯉済段階における金融統制論の理論構造的批判

雙化についてみるに︑︑一七九七年の兌換倅止前に一︑

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萬ないし一︑

0

‑ C O

註一︑五バウンド券およびそれ以上の額面の銀行券数最のうちには英蘭銀行郵便手形の数獣を含む︒

0

年の敬字は五月五日と十二日との数字

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第一表

E. Cannan, The Paper Pound of 17971821.p. 55.  に依る

(11)

ごころで政府への貸上高の年平均は︑一七九七年の兌換倅止以来︑減少して居るのであって︑銀行券の

8)  9) 

銀行

券い

︑主

Jして疲行せられるのは︑ て︑その勢び調著︵ご0ものが肴取せられるにいたつて︑これらのボ象は︑

69U そうしてこれが原因に闊して︑學者︑宵際家および政治家たち⑪間に激しぎ論兼セ惹起

﹁地金棗﹂

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なるものがこれである︒一八一

0

年ニ 珀貨の朕態を調牡﹂すべき﹁地金委員會﹂が議合によって任命さ

地令委員會がその調芥にもさづいて作成せし︑こころの報告

政府への貸上さ尚業手形い割引フこい二つの場合においてである︒ に従へば︑英闇 月︑﹁金地金の劇債の原因ゲ寮知し︑

,  

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したのであって︑いはゆる ころさなった︒

一八

0

九年

以後

一般物債は漸時に聡賞しはじめ︑ 二百七十行に減じておった地方銀行が︑ .  ヵ

一八

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年の五月には二︑

信用鯉演段階における金融統制論の理論楷造的批判

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為替相場は逆調になり︑

八一

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年には七百二十一行にのぼり︑その発行せる銀行券は︑

︐ 

たさ言ばれてゐるのである︒

第 九

→ 巻

令地金の憤格は暴肥し

やうやく︑世人の闘心.するこ

六 の

iC C萬バウンドにまで激増してゐるのである︒こさに︑第一表の示す

がごさく︑小額銀行券の発行額の激地傾向が注目に値ひするものがある︒これら哭蘭銀行券の増痰は︑

これに依櫨して寝行さるぺぎ地方銀行券の壻痰ヤ惹起するは︑この必然の結果であって︑

一八

0

八年にぱ六百行をかぞへ.﹁地金委員會﹂の成立せる一

三 ︑

0 0

0

萬︒ハウンドにもおよんでおつ

ヽ ャ ︑

兌換停止前に

5

7)  Cf.  E.  Cannan,  Tpe Paper Pound of 1797‑1821. A reprint  of the  Bullion Re!ilort.  1919. pp.54

55.

Cf. Ibid., p. 61. 

A. Andreades, op. cit.,  p. 219. Cobbettに依れば兌換停止前の地方銀行数

を二百三十行として居る。そうして地方銀行券の流通拭をば 7,000萬 パ ウ ン

ド以上となして居る。 Cf.W. Cobbett, Paper against Gold.  1812.  pp. 2  82‑284.  ・ 

10) Cf. T. Tooke, History of Prices. Vol. I.,  pp. 359360.

(12)

︐  

信用糀浣段階における金磁統制論の理論構造的批判

. 

いま参考のために︑一七九二年より一八ニ︱年にいたる期間の英蘭銀行券の流通祉と英蘭銀行保有の金貨お よび仝地金の数拭︑商業手形割引高︑ならびに物債指数に賜する計数を組げておかう︒

来二十四ヶ年の長きにわたる兌換の倅止はこしにまった<撤夜されるにいたったのである︒ ﹁安全にしてつねに完全なる方策﹂箭の過剰を防止すべき

しながら︑﹁地令委員合の報告﹂は︑を勧告するフこころがあった︒しか ヽ ノ

はな

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貨兌換の再開は︑

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一 八

1二年にいたつてはじめて賓施せられたのであって︑

つひ

に︑

の統

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流通総額の漸増は︑︱つに商業手形の増加に節因するものである︒

. . . . . .  

J

一七九七年以 議會の容れるごころざ

通練額そのものをもつて︑もちろん︑直ちに︑銀行券の過剌なりやいなやの晰定を下すこさは許されな

m

いが︑為替の逆調さ地金の高債さは︑銀行券の過多なることを物語るものであらう︒さらに英闇銀行券

の発行額の増大さしもに地方銀行券も著しく壻大したるが

[ J V

くであって︑委員合はJ

︑地

金.

の高

債ご

大 陸徴替の低落朕態さは

︑目下︑銀

行券の流通椛の過多々ぜ示すものであるテこなし︑この過剌のよって来た

る原因をば黄闇銀行の紙幣痰行

統制すぺぎ充分なるチェックの訣除︑すなち︑﹁自然的なかつほんこうq f

をさり除けろ正貨支彿の停止にありと断じてゐるのである︒かくして委員會は︑銀行かを3流通

は正貨兌換以外にはなさここを強調し︑それ 而してこの年々増大する銀行券の流

11) Cf. E. Cannan, The Paper Pound. pp. 56‑58. 

12) Cf. E.  Cannan, ibid., pp. 61  et  seq.,  66‑‑68. 

(13)

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信用鯉演段階における金融統制論の痙論樽造的批判

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ニ ニ ニ ニ ニ ニ ニ ニ ニ ニ ニ ニ こ こ ニ ニ ニ ニ ニ ー ー ー ー ー ー ニ ー ー 一

六 七 九 七 六 七 七 七 八 四 四 三 三 三 三 三 四 ー )L八 七 八 九 七 一 七 六 七

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信用鯉演段階における金融統制論の理論構造的批判

四 .

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(15)

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八 八 ^八

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.. ...  八 二 八 二 八 二

ニ四•三

0

・ 三 一︑大骰の数字はキャナンにより︑銀行券の減債の敬字はアンドレアーデスにより作成す︒

(E . Ca nn an ,  Th e  Pa pe r  Po un d  of  

17 97 . 18 21 , 

pp . 

XL

II

I‑

XL

V.

A.   An dr ea de s,   His to ry f  o h  t e  Ba nk   of   England 

16 40

19 03 .

p , 

242.)

︑商業手形の割引高は年平均数なり︒

てころが︑正貨兌換の再開を規定せる一八. 一九年の條例は︑銀行券の兌換業務以外には︑

忙︒これまで︑銀行券の語区行が優良なるの痰行藪簸の統制については●なにら規定するさころはなかつ

けるかぎりは︑なにら過剌痰行に陥るこさなさこさを固執しつゞけてをつた︒商業手形の割引にもさづ .

̀ '

 

英闇銀行裳局も︑地金委員會い報告の主張に賛意を表するもの次第に出で︑さらに一八二五年の恐慌は

らるべぎここの必要を認めしむるにいたりしがごさくである︒

銀 行 券 の 痰 行 尺 校 極 的 な 統 制

0加

八弓ハ年および一八ー︱元年3

恐慌は︑銀行券の統制論に拍手をかけ︑賞時の産党

4

h i

の反対にもかはら

3.^す︑令融業者の絶大の支持のもさに︑一八四四年︑つひに︑時の宰相.ヒールによって︑銀行吟介の疲行数 いはゆるピール銀行條例なるものこれであって︑これこ婿#ゲ統制すべぎ條例が制定されだのであった︒

 

←ー一八四三四. .

. . . 

二九二九六土

r o

ハ 四

いまだ︑そ ︐ 

六四

:13) 

J .  

St. Lewinski, Money, Credit, and Prices.  192.9.  pp.  111  et  seq, 

(16)

信用細涜段階における金融統制論の理論構造的批判

しむるこさ\なるべく︑か\る手形の割引に封し銀行も︑ は︑手形によるよりも︑むしろ︑銀行よ

b

貸出をうけて︑ よ

b

も ︑

中心的な貨幣形態になれる段階に於ける金融統制論なのであ

貨幣経惰︑こさにそれの高次段階たる信用経溝の痰展は︑

これによってもつて創設さるべき賞座預金に つひに︑信用貨幣のうちにあっても︑

貨幣の流通をもつて中心的なる地位にまでおしすめ\るにいたりしものヽごさくである︒

︵ 註

最近における手形割引の減少的傾向のよく物語るさころであって︑

こさが出来よう︒これは流通取引一般の痰展過程において必然的にあらはるべき現象竺言ふこさが出米

一般に現金割引制度が手形による決済を敷して預金貨幣による振替決惰に移らしむるに

いたることは︑看過さるぺくもない︒ 3

さいふのは商品の購買者は︑

現金支彿によって受ける割引の利盆のほうが大であるから︑

もさづいて︑小切手をもつて支彿ふにいたるであらうからである︒しかも︑か4る現金割引慣習のある商

取引において︑それにも拘らす︑なほ︑手形決惰の方法に出づるこさは︑

いぎほい︑消極的さならざるをえない︒これ

に加ふるに︑資本の證券化の進展にさもなひ︑有憤證券の市場性はますます高度化すべく︑このこさは銀 るのであって︑ そは︑銀行券が流通取引のうへにおいて︑

六五

却つて債務者の金融力を疑は

商品購入代金の決惰方法こして

割引料さして銀行に支彿うべき利子 これが減少は世界的なる趨勢さいふ J

のこ

さは

︑ 預金

(17)

* 写 四 芋 = 元

=

、 王0=.

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=   綿

荷割 鯰弓l

、 、 、 岳、、一•一.

‑ . . .  

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工 三^ 四〇 =― ー̀

⇒—g→

l l l l  

手 形形 及

ーュこユ〜ニ 百同

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六 工 四 == 元

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0、 ‑ 匹、 四2c0一、西00 0、 芋90、 四.".' 

荷割 鯰引

‑ ‑ ‑ ‑ ‑ そ 替 手

0、 ‑ 、 き、 早

一 . . ,

==、 ヤ=、、

ら;;:Ill!  手形

形 及

0  0  ‑-..-..-•一-= ユ 七 百同

三盃克な自盃%

比 上

第三表

用の頂要性がますます加はつてくるものさみなければならない︒もちろん︑

勢をもつて︑従ってまセ流通取引一般における支彿決済方法の商業手形より預金貨幣への中心の推移を もつて︑流通取引が信用取引より現金取引へさ逆轄せるものさなすこさは許されないのである︒

ろ︑預金貨幣による決惰をもつて信用取引の︑従ってまた︑信用親惰の︑

いま

︑我

國に

おけ

る貸

出総

額中

にお

いて

︑割

引手

形の

占む

る地

位の

髪逃

を示

すな

らば

︑つ

ぎの

如く

であ

る︒

ないでもなきことが強調されねばならないであらう︒ 高度化を象徴するもの以外の むし か4る手形割引の減少の趨 ら諸稲の事情は商業手形の相酎的重要性を減袈し︑預金貨幣による決清方法の進出に伴ふ銀行の創造信 六六

行の投資物こして荊業手形に到し有債證券

相酎的煎要性をますます培大せしむるの結果となる︒U J 信用鯉浣段階における金融統制論の理論構造的批判

六六

J

14)田中金司、新庄博「銀行網菅論」(新訂版) 171173頁参照。

(18)

ビきには︑大帷において︑銀行券にかへられる︒

六七

六七

第四の段階においては︑賃金支 第一 一一 の段 階に おい ては

︑ 銀行券の使用は賃金および

おいては︑銀行預金は︑ 第二の段階に のもろもろの割合は︑この進歩において︑ ne

ss

,d

ep

os

it

s)

および所得預金

(I

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de

pg

it

s)

ケインズも述べてゐるがごさく︑

一︑ 金滋 事項 参考 書に より 箱定

二︑

昭和 十 二年 度の 数字 は六

月末 現在 なり

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1︱︱ 

︱ ︱

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そ翌

︑全

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0 ︑ 0 兵︑ 四迄 1 0 ︑ H o o ︑ が 四 0 二 ︑翌 七

︑ 空一

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︑ 九 迄

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︑ 七 迄

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二六

一 九 . 一 六

九︑ 九迄

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︑召

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︑翌 六

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︑ ︱ ︱

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1 0 ︑ 王 淫 ︑ 写h

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一 ︑ 一 七

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︱六︱︱ 一 ︑ 棗 〇

翌01

一 ︑ 七

一六 ︑ 一

呑 一

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六写 ニニ—-

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= 匹 七 工 六 が

写 ^ ブ ヤ ^ c;,  の堅寅なる進歩があっ亡︒而していづれの國においても︑貯蓄預金︵

Sa vi ng s, de po si ts )

螢業預金

(B us i, その國が到逹し忙る段糀によるものである︒第一段階におい

ては︑大多数の支彿は銀行券

によってなされ︑銀行預金は主

t

じ て 投 資

の性質セ有する︒

一部分は現金を保有する手段ごして用ひられるが︑・しかし支彿をなさんとする

小雑費の支彿にかぎられ︑商取引は︑主さして小切手によってなされる︒

信用細漬段階における金融統制論の現論檸造的砒判

セそれぞれに現はすものさ考へ得られる銀行預金中

﹁賓に︑過去百年間にわたつて︑

=  ‑

0 カ 』 ^ 七

銀行券

の使用より小切手

使用 へ

(19)

は︑寅際上︑これが計敷以上にのぼるべく︑ 貨幣にうつりしこさは︑れてゐる︒ケインズに従へば︑祁一次改洲大戦後の八ケ年の間においてさへ︑の割合は約六分の一から八分の一にまでも下つてゐるのである︒のそれに比して苦しく高位にあるこごを顎慮するならば︑ 四の段隊の直前にまで来てゐるであらう︒

後者は︑流通貨 流通取引

K

における預金貨幣の優勢的地位はなほご店大な

るものがあらう︒また︑英國の場合について見るも︑

金貨幣は一︑

0

七五百萬バウンドであり︑流通銀行券は二五

0

百寓

.ハ

ウン

ドで

あっ

て︑

幣線量中の1九︒ハアセントすなはち五分の一にあたるにすぎないのである︒ ケインズの推算に従へば一九二六ーニ八年には預 従って預金貨幣をもつてされたる支彿決惰額 ことに預金貨幣の流通速度が現金通貨 アメリカにおける現金ご預金通貨この合計に封する現金 な銀行券ならびに鎧貨なざの現金貨幣の補助的な地位さは︑ Jれ℃封照的 信用鯉涜段階における金融統鵠論の理論構造的批判

彿も︑また︑小切手によってなされ︑銀行券は小維費や小使錢をのぞいては︑殆んざ︑

多敬の大陸の國には︑第二さ第一1一の段階の中間にある︒英國は第一︱︱の段階にあろが︑しかし恐らくぱ第

合衆國は第一一マ﹂第四の段階の中間にある︒﹂

また︑流通取引上における中心的な支彿決渭手段さしての地位が︑

いま

や︑

兌換銀行券を去つて預令

流通貨幣練憫の構成上における各種貨幣の敷麓的なる割合のうちに明白に示さ

英國および合衆國のごさき國々においては預全貨幣は流通貨幣の線寵の

おそらくは十分の九を構成してをるが

[

さくである︒この預金貨幣の黙倒的な軍要ささ︑J

第四表の計数の明示するさころであって︑ 使はれない︒大

一 鵠

六八

15) 

J .  

M. Keynes, A Treatise on Money. 1930. vol. I., p. 40.  16) Cf. J. M. Keynes, A Treatise. vol,  I., pp. 3132.

(20)

第四表 アメ J力に於ける頂金貨幣1

t

現金この割令 信用綽涜段階における金磁統制論の理論構造的批判

同 _ 卜 百 分 比 ;

預金貨幣 1流通貨幣 預 金 1現 金 1流通貨

総 額 貨 幣 幣穏額

l 百万弗 百万弗 百万弗 %  34,?  % 

1919  (83)  (17)  JOO 

1920  (83)  (17)  100̲ 

1921  18,012  3,985  21,997  (84) 82  (1168 )  100  1922  18,096  3,649  21,745,   (85) 83  (15) 17  IOO  1923 

│  │ 

18,889  4,046  22,935  (15) 18  100  1924  19,399  3,949  23,348  (86)  (14)  100 

83  17 

1925  21,012  3,877  24,889  (87) 84  (1136 )  JOO  1926  21,707  3,910  25,617  (87) 85  (13) 15  100  1927  22.462  3,866  26,328  85  15  100  1928  22.738  3,930  26,668  85  15  100  :  1929  22,744  3;947  26,691  85 ・  15  100  I 

1930  22,038  3,668  25,706  88  12  100  193!  20,118  3,957  24,075  83  17  100  1932  15,871  4,咲石 20,776  76  24  100  1933  15,163  5,071  20,234  75  25  100 

,1919年ー1926年の括孤内の百分比はケインズによる。

. : : : :

1921年ー1933年の宜数はキューリーによる。 (Cf.I.  M. Keynes, A  Treaties. vol. I.,  p. 32.:  L. Currie, Supply and Control of  Money  in United States. 1934. p. 32.

(21)

形小切手百分比

其 の 他 都 市

I

手 形 1手 形

現 金 小切手 現 金 小切手

%  % 

34.2O,6 

  6 ̀

31.9  63.1  31.6  63.4  29.0  71.0  24.4  75.6  21.5  78.5  19.9  80.1  20.9  79.1  20.4  79.6  20.3  79.7  20.0  80.0  19.9  80.1  18.6  81.4 

│ 

17.9  82.1  18.7  81.3  20.5  79.5  18.1  81.9  18.2  81.8  49.0  51.0  192  80.8  45.2  54.8  19.8  80.2  43.2  56.8  16.9  83.1  40.9  59.1  14.7  85.3  37.9  62.l  142  85.8  39.7  60.3  14.1  85.9  40.7  59,3  13.5  86.5  37.8  62.2  122  87.8  36.7  63.3  12.6  87.4  34.1  65.9  10.81 , 89,2 

班を推論するに足りるものがあらう︒

なほ

第五表の示すが

[ J

ご く

信用網清段階における金議輯綱論の哩論壽造的訛判

それが流通取引上における黙倒的地位については︑ なにら愛るさころはない︒ わが國においては︑その預金貨幣の流通につき︑欺米諸國にいまだ及ばざるものありてはいへ︑

全國手形交換所組

合および代理交換銀行における牧納現金および手形小切手比李について見るに︑

である︒もちろん手形小切手の牧納額が分離されすに計出されてゐるがため︑

の暇倒的地位は理解され得るも︑直ちに小切手決惰の絶劉的地位を表明するものさはなし得ざるが

[ J

>J

くである︒然れざも第六表︑第七表および第八表によれば︑その計数が局地的のものであり︑ 従つてこ

れをもつて一般的結論ヤ

J

ひき出すこさは︑あるひは過成ャ犯すこさなきを保しがたしさはいへ︑

これセもつては信用取引

ま ︑

0

なほ 七〇

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