九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
ジエ・エス・ミルの地代論(三・完)
田中, 定
https://doi.org/10.15017/4151150
出版情報:經濟學研究. 7 (1), pp.95-139, 1937-05-15. Society of Political Economy, Kyushu University
バージョン:
権利関係:
ジヱ・ニス・ミルの地代論
万^ ヽ·.•)~、
﹁生産費﹂及び﹁通常利潤﹂
債値論の意義
﹁ 第 一
1一 篇
9 .
父
換﹂
ノr.
第 七 巻
九五
第 一 琥 九 五
地代の︑法則に指る説明及び法則に拡らぬ説明
七 農
商品交換と﹁競俄﹂﹁三つ﹂の商品
四
四 級 き 土 地 諸 限 定 か
︑ 或 は た ん に 士 地 需 供 の 限 定 か
ー五
﹁第二節﹂の限見盆以上前琥︶
綬き
諸限定と技術ーー—具憫的自然
﹁第
二篤
﹁第二篇一の内容
五
︑ル地代論の封象
﹁ 第 一 節 生
は し が
き 目
ジ ェ
分
.
配 ﹂ 在
﹂ 次
エ ス
土
地所有と土地諸限定
農業生産物債格及び工業生産物債格
土地穂抵の限定と例餘の諸限
﹁必
要債
格﹂
︵以上前々琥︶
努 働 自 然 衣 本
田
自然的諸限定
中
・ ミ ル の 地 代 論 ︵ 三 ● 完 ︶
四 自 然 的
几
、ユズこ
なか
った
︒
いま
はまさに逸賞の機合であらう︒
債 値 論 の 意 義
交
換 ﹂
ジヱ
・エス・
ミルの地代論 業生産物債格の最大生産費に
tる決定 土地諸限定のそれぞれの性質の紹明 省約するの僻
﹁ 第 一 一 一 篇
用の理論1に大別される︒
又︑迎常の機會に一度は言及せねばなら
次に﹁第三篇﹂に這入る︒本篇は前後二つの部分ー│前半は債値及び債格の理
論︑ 後半は貨幣及び信
われわれはその前半に研究題目を求める︒
ミルはこの稿の初章即ち﹁債値について﹂なる一音十︐ぜ債値論の慈義に署き起してゐる︒
細論に立ち入るに先き立ち︑この端緒的な一問題を考究するここにしよう︒ー!こ
の問題はミルの研究
にさりかかつて以来営初からわれわれの肺裡に浮動してゐ
た ︒
﹁第四摘社會の痰展が生在及び分配に及ぽす影密﹂
われわれも︑
九
八し
前 水 盃 未 に お け る 超 過 利 約 と 楼 菜 に お け る 地 代
第 七 巻 九 六
第一
被 九 六
ジ ェ
・ エ ス
・ ミ ル の 地 代 論
第 七 巻
Lヒ
4'
/l
第
て﹂ミルの提言ーー債値論の抹殺︑或は軽説ーーの誤謬である﹁所以を證明するに足る﹂さ︒
披
九4・L
︑ル
の論
ー わ れ わ れ の ミ ル 研 究 は 中 絶 の 止 む な 苔 に 立 ち 至 っ て ゐ る
︑
Jのこフこは﹁たんにこの事を以つてし 記の経清學本質観の餘りに狭溢に失する所以を證明するに足る﹂こ︒
われわれはそれではかう言ほう 節まで﹁後廻しにするここができた﹂さ︒更にまたいふ
Jのこくは﹁たんにこの一事を以つてして上
の事由によるものである︒
然る
に︑
ミルはいふ﹁債値に悩する端初的詣法則セ究明する﹂こさを第
たんにこの一事を以つてして上記の経費根本質観の餘りに狭溢に失する所以を瞭明するに足る
C
において債値諭の甚礎が鋏げてわたここはすでに見て来たさこ
寸地所有の性格ンゼ論類ごして取り上げてゐるにすぎす︑
ぞれ以上に一歩も出でえないでゐるのも全くこ
土地の自然的謡限定ご
かれの議論の基調にこの基礎的な観黙がさられてわなかった仁めに︑われわれは被を追求す
1)
J .
S. Mill, ibid, P. 435.るに賞つて直ちに障壁に突き賞らざるをえなかった︒われわれが︑今のさころ︑ ろであるC
﹁第
一篇
生査﹂さ﹁第二篇
分配
﹂
ごをしなかつたであらう︒
それにも拘らす
債値の科學ださ呼んだ︒
もしかうし忙名稲が諭理的に正しいご私に坊へられたならば︑乱はわれわれの
カクラクティッグス﹁;・:著名なる一著述家は経贅學に封して交換の科學こいふ名稲を輿へた︒
研究を債値に闘する端初的語法則を究明するこ'こから始めた筈であり︑
それを第三篇に後処しにするこ かやうに後廻しにするこごがでぎたのである︒このこさは
•••
‑
`︑
ルは
いふ
︑
1
まャい︑ひさびさはそれを
される峡謬の一例であって︑ 然 性 ミ
かくの如き誤謬は彼らの題目に闘して︑セんな そこでわれわれは稜極的にミルの提言の誤謬セ摘疲するこさにしよう︒
値する提
言に證明を典へようさしてゐるところの'ーーを桧討すればよいのである︒
債値論を措いて成功的に展開される︑さいふこさが果してそこで論證されてゐるかどうか︒
「・・・・・・生産の要件並びに生産の法則は、仮りに社會が•その組立上交換を甚礎ごしてゐないにせよ、
は交換さ相容れぬにせよ︑別に髪るものではない︒産業的生活の現秩序においてすら︑
生所の裳事者逹はすぺて或る特定の商品の債格に依存することによ
b自らを しがし︑交換は︑生森物の分配の基礎的法則ビなってわるのではないのであ
る︒それは︑逍路さ車輛が運搬の必須の法則ではあるが︑
祉會の構成によって創り出だされるそれ
を混同するごいふ︑経惰根において甚だしばしば犯i I
一方︑経費限者をして︑
る一時的演理にすぎぬものを永久的普遍的法則ご同列に並べしめ︑又︑他方︐多くの人々セして︑生産
の永久的法則であるさころのものセ︑社會のそのこぎざぎの構成に淵由する一時的出来事さ混同せしめ 又︑賓際上においても大なる失態である︑
さ考
へる
︒
かくの如苔は︑事物の本質から生するこビろの必 ぬと一般である︒私は︑それらの諸観念セ混同することは︑論理上においてざうであるばかりでなく︑ しかし︑運搬機構のたんなる一部仁るにすぎ 報償してゐるのであるが︑ は細かに分割されてをり 即ち抜では仕事
或
生産論及び分配論は 法はこのやうにも逆用できるのだ︒
ジ ェ
・ エ ス
・ ミ ル の 地 代 論
次の章句ーー彼がかの驚嘆に
第 七 巻 九 八
第 一 輩 九 八
2 る︑さいふ二つの封極的な誤謬をつねに惹き起すものである︒
. . . . . .
﹂
しかし︑これでは︑
るが
︑
自然経渭におけるt︑商品鎧費におけるフCを問はす︑共通である︑
それは提言のたんなる言ひ換へであるにすぎぬ︒だしかし︑これでは提言は證明されてゐない︑
的法則が商品社合においても基礎的一法則こして存絞してある︑
を擬してゐるのである︒
する︒そしてこれらの前提は交換の法則を必然ごして要求するものである︒
から交換の法則を抹殺すれば︑生産も分配も一般に停止するであらう︒
ための生産︑自己ご自己の家族のための分配が茂るであらうが︑
その上でそれこ自然経憚社會さの共通性を問題にするさい
ふこ
こは
︑
何れに野しても︑ ひさびさは納得しえないであらう︒
しかし︑何れにせよ︑これらの主張によって何物も論證されたここにはならぬ
それ自閤全く無意味であらう︒
︑ "
よb基礎的な法則が存在する︑
ジ ェ
・ エ ス
・ ミ ル の 地 代 論
しない︒比較せらるべき商品社會を抹殺し
第 七 巻 九 九
第 一 撃 九 九
最後に︑ミルは︑交換の法則︑自然経惰の法則の外に︑その
︑ "
そしてこのより基礎的な法則はあらゆる社會に共通す
商品社會そのものは故にはすでに存在
せいぜい︑自已さ自己の家族の 更に言へば︑もしこの社會
であらう︒いふごころの﹁産業的生活の現秩序﹂は︑彼も學げてゐるやうに︑分業さ私有制度を前提さ
︑こでも主張せんこしてゐるが如き口吻 生産並びに分配の基礎的法則に非すこ主張してゐる︒
そしてかく主張するこさにより︑恰かも自然経滸 から︑それは再び證明を要するであらう︒そこで︑第二に商品経溝の社曾の法則ー│交換の法則ーーを
第一に彼はかう主張するが如くであ 生産の條件さ法則並びに分配の條件さ法則は
2)
J .
S. Mill, ibid., p. 435.さころで︑続惰般の封象が社會法則にあり
交換の法則たけが経惰學の封象さし
における操作は正にかくの如きものであっ仁ー~を行ふべきではなかったのである。 ﹁社合のそのnこぎどきの構成﹂にして異る以上︑その異れる﹁構成﹂に﹁淵由する
斜料學の釘象ヤJ
過度に捩大してゐたミルは ぶ文ミレよ t }
し シ
ェ
・ エ ス
・ ミ ル の 地 代 論
であらう︒
より基礎的な︑ ︑ ︒
そしてさうであるが故に如何なる社合にも通 所詮`自然科學の法則︑乃至は家計︑或は管理の法則に外ならぬ
網惰學にこれらのもの一切合切を包撮せしめねばならぬ>こいふのであらうか︒
この墨問に封して餘りにも無理解であったこさを自ら曝露するものである︒
さうださすれ
こ0過度
の掘大を訂正して祉合法
則の究明に専ら裳るべ
きであっ仁︒然るに︑祉會法則は﹁祉合いそのご苔ごきの構成に淵由するそりこきざきの謡事件﹂を諌 明するも
のである︒
そのこさごきの諸事件﹂
構成」を抽象して生応及び分配0共辿的注則を論するrといふ操作ー~彼れの「第一篇」及び「第→一節」
われわれば︑差し賞り︑
えぬのであるが︑ を説明する法則も異らざる↓ぜえぬ︒ださすれば︑彼は﹁祉會のそのさきごさの
しかしながら︑
そして祉曾法則にしてしかく相四的なものであるならば
それらい相封的謡法則を一っ︱つ究明すぺきである'こいふ判断に到逹せざるを
それらの謡法則のうち︑口
2
つ︑ る法則﹂さは峻別されねばならない︒ ふ︒さうだこすれば︑それは︑しかし︑社會科學の法則ではない︒﹁社
會の構成によって作
り出だされ
する法則さはそもそも如何なるものか︒
﹁事物の本質から生する﹂さころのものがそれである︑さい る︑さいふ主張を立ててゐる︒それでは
第 七 巻
10 0
第 一 披
10 0
あるから︒ 法則︑従つて債値法則の究明は︑経済學の本質的課題である︑
第 七 巻
10
第琥
10
ー そ れ を 措 い て 穂 て は 説 明 さ れ ぬ の で
交換の 術にすぎぬのであるがら︒例へば︑自然鯉齊は︑その性質上︑
家長の樅力によって︑意志的に規制された経溝であった︒ 又︑歴史上さうであっャ●如く︑
さのできる事物について科學の必要を感じないさ詞様の理由によつて︑絃では鰹滸學は必要ではなかつ
た︒然るに︑交換社會において
はー
ー拙では人々
は樅力による統御から解放されながら︑
|—この「目に見えぬ」新しい統御は人々の意志に左右
されるものでなく︑それから全く獨立した客観的なものであり︑そしてかかるものこして人々を支配する
のである︒これは明らかに科限的分析の野象物である︒そ
して︑継賽學は︑正に始祖アダム・スミスの経
惰學がさうであった如く、この「目に見えぬ手」の運動法則——それは巌密に法則こ呼ばるべぎものであ
る ー の 究 明 を 任 務 さ し て 誕 生 し た の で あ る
︒ こ れ ら の 事 情 ー 自 然 絆 滸 社 會 さ 交 換 綜 齊 社 會 さ の 封 比
において現はれるー—はわれわれに経済學の任務こ封象を、
う︒さもあれ︑
その綸廓なりさも︑示指して央れるであら ミルは︑彼が基礎的法則に非すさして放撻したこころの交換
の法
則︑即ち商品社會
の構
成に符節するさころの法則を︑彼自身の専らなる研究課題たらしめねばならなかったのである︒
ジニ
・エス・ミルの地代
論
固な一定の闘係によって統御されるのであるが
しかもご后華
それ故︑ひさがその意志によって支配するこ
て茂されるであらう︒何故さいふに
爾餘の謡社會の法則は厳密には法則さ呼ばるぺきでなく
領主或は
一個
の
3) Adam Smith, Wealth of Nations, Vol. II, p. 421.
﹁債値及び債格の謡法則の研究に立ち入るに先き立ち︑私はもう一っさらに考察せねばならぬ︒
頭の
中に置いてゐるところの詣場合は債値及び債格が純粋に競手によって決められる場合である︑
ふこさをもう一度だけ注意して置かねばならぬ︒債値及び債格は︑
み︑何らか指示せらるぺき法則に還元するこビができるのである︒買手は︑
るビ同様に︑安く買ふことに照心である︑ る、ーー— このほか第一章には債値命の端緒的諸問題が幾つか論ぜられてゐる︒
事項であるから獨れぬこさにしよう︒たゞし︑末尾の一節を除いて︒ で推しす\めることができるであらう︒
ご前提されねばならぬ︒だとすれば︑
麻 品 交 換 と
﹁ 競 噌
﹂
先逹の水準にまでミルを拉し来るこさができた︒
ジ ェ
・ エ ス
・ ミ ル の 地 代 溢 直
かく
て︑
われわれがそれに結論
賣手が高く残るこごに努め
かやうに決められる限りにおいての
ヽゞLし 私が ︑ルはそこで次のやうに述べてゐ しかし直接われわれに闘係なき
われわれはミル研究をその巾心的な部分にま
の法則を根祗にして説明してゐるこさはすでにわれわれの観ださころである︒
今われわれはこれらの諸
スミズ及びリカアドが債値法則の究
明を経渭學の基本的な題課さしたこミ
第 七 巻
叉︑諸多の経消現象をこ 1
0
第 一 琥
10
﹁慣習﹂の酎立概念さして取り上げるならば を指摘せねばならぬであらう︒﹁競争﹂を一個の概念ごして︑
第 七 巻
1 0
第 一 鼓
即ち従来それを制限してゐた鰹壺外的な
しか
し︑
われ
われ
は︑
この同じ章句の中に︑同時に て︑この場合`ミルは︑ それを一般に卸つてゐる︒ るビころの債格であり︑
︱つの決定的な混迷の端緒が伏在してゐるこさ
ださすれば︑本章句において言
うした社合において支配する謡多の経滸外的な︑ 現に 卸夜市場における債格である︒それらの場合においては︑'賭買さ販賣とは一箇
の事務の事項である︒買手逹は一定の品質の一貨物が獲得させられる最低の債格を知らんさ努め︑
それ故に︑次の格律はそれらの場合においては正しい︑ーー'同一口血質の同稲
︶ の貨物は同一市場において二つの債格を有しえぬ︒⁝・:﹂
ミルが﹁債値及び債格が純粋に吟邸喰によって決められる場合﹂さいふのは︑
祉曾ど意味するであらう︒
彼自身立つてゐるのである︒
ジ ェ
・ エ ス
・ ミ ル の 地 代 論
を奥へようフこしてゐるこころの︑債値及び債格さは︑
自然経消的な︑
はれてゐるこさは債値及び債格の問題は商品祉會特有の問題こして省察さるぺきである︑ そしてさ
要素の存在せぬ祉會︑換言すれば純粋に南品経癌的な
「血苔」さいふ概念は「慣習」ごいふ概念ー—封建社會を表象するーーの到
立物として即ち商品社會の表象的特徴フこして用ひられるのであるから︒
さいふにあっ
われわれがさぎに彼をそこに導びかねばならなかったさころの正しい立脚黙に
それが純粋に支配してゐるごいふこさは︑成る程︑商品
1 0 = 1
‑
商賓上の債値及び債格であり︑相場表に表示され
4) J. S. Mill, ibid., p. 440. 5) Cf. J. S. Mill, ibid., p. 242.
て存在しない0である︵一八四八年︶︒ ﹁幸ひにも︑慎値の語法則には
法則ご競争場裡におけるその現はれさの間の不一致に闘する諸先逹の煩悶
││l
多くの研究者によって債 値多い煩悶として定説づけられてゐる
1はミルにおいては問題にならなかったのである︒
格はその附者さも﹁相場表に表示される﹂さころの︑
ミルは甚だ明朗である。いふ、ー— の自由さ置き換へるこさによって び彼れの盟承者たちは︑まづ最初に︑交換されろ面品の内在債値の分析に彼らの研究を出痰させ︑の交換が行はれうるそもそもの法則を明らかにした︒ れはスミスの所謂﹁見えざる手﹂
現在の著者︑
ジ ェ
・ エ ス
・ ミ ル の 地 代 論
社會の表象的な特徴さなる事柄である︒とはいへ︑だから︑商品社.曾の法則は直接にこの﹁競争﹂から
﹁競爺﹂はたんに﹁慣習﹂の封立概念たるにすぎす︑
その限り︑人々の行動が純惰外的要素によって拘束されぬこさを意味するにすぎぬ︒
ヽ
が完全に作用しうるための條件であって︑この條件において作用する
スミス及
商品交換の基本法則を見落してしまふ︒従って︑廂品交換の内奥の
債値及び債 或は将来の何人かの解決に委ねられた問題は一っごし
この問題の理論は完全である︒:・':﹂
以上はミル債値論の豫見的な特質である︒次に所謂﹁一八叫八年の完全なる債値倫﹂をその内部に一且 ﹁手﹂そのものを説明するものではない︒ 導き出されねばならぬ`さいふこ>こにはならぬ︒
或は﹁卸賓市場における﹂それである︒ 然るに)ルは商晶交換を﹁競争﹂即ち商品交換 即ち﹁競年﹂からは商品交換の基本法則は生れぬ︒
第 七 巻
i O
四
かく
て︑ 商品
言ひ換ゆれば︑
第 一 琥
そ
1 0
四
6)
J .
S. Mill, ibid., p. 436.ジ ェ
・ エ ス
・ ミ ル の 地 代 論
まづ第二章「需要及び供給—|債値ごの闘係について」から見よう。
需要供給の法則は一般廂品の最終的な債値法則ではない︒
一定の狭い限界以上に珀加させるこごが物理的に不可能な﹂或は﹁その敷祉において絶釘的に有限な﹂
特殊の商品にさつて設終的債値法則たりうるにすぎぬ︒
如くある︒しかし︑われわれにさつて必要なこごは一般商品の最終的債値法則である︒
ごの闘聯においてのみ問題となるさいはれる需要給供の法則が必要なのではない︒.従って︑本章の主題
絃で︑本章に闘して獨れて置きたい黙は商品種類の分類についてである︒前記の特殊なる商品
1例
へば特殊なる土地特殊なる氣候の環境においてのみ生査される侮萄酒︑
れなる書籟及び貨幣、等々が敷へられるであらうー—ーはリカアドの所謂任意不可培財であり、
いても然るものごして所謂第一種の商品を構成する︒ には立ち入らぬこさにする︒
‑l
つて概観するであらう︒
つ ﹂
の 商
品
第 七 巻
‑0
五貨堀1 O:
. . t j
この最終的法則
古代の彫刻︑古名人の維饗︑稀 爾餘の一般商品はリカアドにおいては任意可玲財
. ︑ルにお 本章の主題>こなってゐる事項はおほよそかくの それはたんに不可培財︑即ち﹁その数麓を
で ︑
この研究によって期待されるこころの法則なるものは︑
ださすれば︑第 商品社會の法則でなければならぬであら
的制約から自由であるさころの商品︑ ふ ` ﹃ ︑
の言に従ふべきである︒だから︑J V し来れるわれわれにさつては認容されえぬこさである︒
即ち土地の自然的限定性の問題を明らかにな
般的法則の公式的支配下に一括されてゐた︒ 工業生産物たるさ農業生充物たるさを問けす︑
然さ甑別するを得せしめた端締となれるものである 者︑工業生産物は所謂第二種の商品であり︑ さして一括されてゐた︒ ジェ•エス・ミルの地代論
ミルはこれを更に細目に分つて工業生西物と農業生産物さに二分してゐる︒曲
後者︑農業生産物は所謂第三稲の商品である︒ごもかく︑
この細分はミルをして工業生産物が支配をうける債値法則さ農業生症物が支配をうける債値法則さを判
一般法則たるにさまり︑それは具俯化されてゐない︒
しか
し︑
ビ言ひえやう︒リカアドにおいては︑債値法則は
かかる公式的︑従ってまた粗雑なる取り扱ひは︑
ミルと共に雨部門間における生産條件の質的差燥の問題︑
扱てわれわれは商品債値
0問題は﹁純粋に﹂商品糾清的なる秩序を前提して究明さるぺきであるさい
純粋に商品親溝的な秩序を代表してゐる商晶︑すべての経憤外
即ち第二種の商品において研究にごりかかるべ苔である︒
う︒何故なら︑商品社會の一典型物さしての第二種商品が研究されたのであるから︒
品ビ
第一
1一稲商品こは慨別さるぺきではない︒故に︑ さころ
種商品たる農業生森物さ雖もこの法則に服せねばならぬであらう︒そしてこの限りにおいては第二種商
われわれはリカアドの分類の意義を充分に尊軍せね
第 七 巻
10
六
第 一 披
10
六
ジ ェ
・ エ ス
・ ミ ル の 地 代 論
象の特質はかくの如くである︒ ならば無制限に獲得されるさいふこさ︑
ー 第 二 稲 商 品
︑
第 七 巻
‑ 0
七第駿
‑ 0
七
工業生産物︑即ちわれわれの研究の営面の封
﹁:
. .
獲得の障碍はその商品を生在するに必要なる努働ご続費のみに存する︒
するに非れば︑これを獲得するこさはでぎぬであらうが︑
ば︑その生産物を増加するこごの制限さなるものは何ら存在しえぬ︒
械が充分であるならば︑綿布︑羅紗︑或は麻布は幾千ヤードたりさも生産されうるであらう︑1
たさ
ヘ今日では一ヤードづ\しか製造されて一のないとしても︒
. . . . .
. ﹂
﹁機械﹂さ﹁努働﹂さが生疫の専らなる條件であるさいふここ︑
それ
故︑
それらの﹁費用﹂を投する
もし努働者が充分であり︑且つ機 しかし︑何人かがこれらの負捺に耐えるなら
第二種商品︵工業生産物︶の性質は次の如きものである︒
四
なって再び諭する︒ ばならぬ︒
﹁ 必 要 債 格
﹂
一定の榮働さ費用を投 その折角の意茂を喪ふであらう︒この黙はその箇所に もしミルがこの事情を顧みす第二種>こ第三種とを性質的に別親してわたさすれば︑彼れの折
︑ ︑
角の細目的分類も誤りの方がより決定的であり︑
7) J. S. Mill, ibid;. p. 444.
れるに非れば︑或る︱つの仕ボに投せらる
4こさはないであらう︒
でな
く︑
生陛費及び通常利潤
常期得さる
4利潤セ典へるに充分であるのでなければ︑その商品は永絞的には生査されないであらう︒
さうでないにせよ ﹁一商品
の生産が努働こ経喪の結果である場合には
︑ そ
の商品が無限に培加されるものであるにせよ 籾て
第三章胃頭の一齢
︑ーー← 一般法則はこの二京において述べられてゐる︒ むこごにしよう︒
さいふこさにして次に進
業生産物っこ甑別されてゐるのであるから︒ あらうa
ジ ェ
・ エ ス
・ ミ ル の 地 代 論 商品の︑経痛學的に問題さされる特質は︑続清學におけるその人の見解に應じて異つて規定されるで
しかし︑こ4では追求しない︒ごもかくも︑
われわれの研究の終局の封象たる第三種商品︑農
われわれは︑故では︑第二種商品の特質を︑
有から︑これらの続溝外的制限から︑解放されてゐるさいふこさに見定めた︑
第三
章・
﹁生
産費
ーー
ー・
それ
さ債
伯も
の鴎
係亡
それが永絞的に生産されるがための不可欠の條件たる︱つの最低債値がある︒特定
の時における債値は需要ご供給の結果である︒
: ・
・・
・け
れざ
も
︑
土地及び土地所 その債値が生査費を償ひ且つその上に通
安本家は永久に損失して生産
し
つゞけるこさをしない︒新し
い安本は︑幾許かの利潤が期待されるのみ
その時その場所において他の何れかの職業において期特せられるァこ等しい裔さの利潤が期待さ
…•••それ故、
及び第四章﹁生産費の終局的分析﹂に進む︒いふさころの
第 七 巻
JO
八
第 一 駿
10
八
ジ ェ
・ エ ス
・ ミ ル の 地 代 論
れるのである︒ ﹁然らば
第 七 巻
10
九 第 一 琥
iO
九
然 る に
︑ 投 資 が
︑ 即 ち 生 産 投 が 等 し い 場 合 に 利 潤 が 等 し く あ り う る た め に は
︑ 謡 事 物 は
一般的規則さして
つて典へられねばならぬであらう︒
次の一章句はこの意味において彼れの債値論の核心である︒
に︑彼れの債値論の飩結は﹁必要債格﹂ 到逹黙でゞもなければならないのである︒ 定するにすぎぬのである︒然るに プラス通常利潤は﹁必要債格﹂である 起してゐるのはむしろ常然である︒扱て 品債値の賓閥︑裔品債値の尺度︑等々
生産費 その荊品を生茄するに要した費用︑並びにその商
﹁必要伯格﹂なるものを観るに︑それは︑商品が市場に提供
は︑査本及び榮働によって作られる凡ての物の必要債格︑或は必要債値さ呼ぶこごができる︒﹂
交換が行はれるさいふこつこ\交換が自由であるさいふこ
? C
は顔別さるべき事項であるのに︑れらを混詞し仁
C
否な︑前者を全然顧みなかつ亡︒そこで︑
この償値論の主章のこの前半の初めを︑商 債値論い基本問題に煩はされす︑直接に﹁必要債格﹂から書き されうるためには︑その商品の市場における倍格が︑
品を生産するために投ぜられた全投表に尉する通常利潤を柚俯するこさが必要である︑だから︑
9y
いふたんにこれだけのこつこを︑j
たんなる現賓上の必要を︑規 この﹁必要債格﹂はたんに彼れの出褻勘であるばかりでなく彼れの 上来の彼れのたて前へ上︑骨自然にさうでなければならぬ︒故 そのもの\中に何らかの咄遍的闘係を把握するさいふこさによ 事
物 は 各 生 産 者 に 生 査 費 プ ラ ス 通 常 の 利 潤 を 支 彿 ふ に 足 る が 如 ぎ 憤 値 で︑換言すればすぺての生赤者に野して彼らの投妾に同一率の利潤を典へるが如ぎ債値で相互に交換さ
︑ルはそ
砂
J .
S. Mill, ibid., p. 451.値︶である︒ーー'ミルは本文に自然債値セ︑ の債値は同一である︒ ければならぬ︒何さなれば︑
口く︑投資即も生産費が等しい場合には詣事物の憤値は同一である︑
こさができるであらう︑債値同一なる専物は相互に交換されるこさができる︑
﹁スミス及びリカアドは専物の生産費に比例する債値をその事物の自然償値︵或は自然債格︶さ呼ん
一黙
︑
第
即ち︑生産費の等しい諸事物は同一の債値でな
かくてこそ、等しい投資は等しい報酬を齋らすであらうから。…•9.」
だ︒これによつて彼等は項物の債値がそれの周園を動揺し︑
゜
即ち中心債値を;・・・言ひ現はした︒:. .
.
﹂
さ ︒
マ ﹂ ︒
かくて︱つのミル的債値論はスミス及びリカアドの債値論に等謹されるさころの存在と化する︒
扱て︑若干の解剖を加へよう︒
第一 に︑
以上要述した第一1一章全閤の一聯の操作を問題にしよう︒︵一︶生森費プラス
︵三︶この生産費に比例する債値はスミス及びリカアドの自然債格︵或は自然債
括弧中に自然債格を置いてゐる︒われわれはそれを逆に笛
通常利潤は生産物供給の必要要件である︒それは必要債格である︒︵二︶生産費が等しい場合に諸粛物 かうであった︒ そしてそれにつねに鯰向する傾向を有する
更に いふ
︑
1 のミル的債値論がある︒ かくて︑拙に
一 っ
われわれは綾けてかう言ふ それらの生産費に比例して相互に交換されねばならぬ︒
ジェ・エス・ミルの地代論
第 七 巻
︱
10
披
︱
10 9) J. S. Mill, ibid., p. 452.
10) J. S. Mill, ibid., pp. 452. 453.
ジェ
・エ
ス・
ミルの地代論
條件を掲げるならば︑︱つには︑投資の回轄期間が等しいここ︑
第 七 巻
第一輩 二つには︑投資を代表する生産技術が 思ひ起せばよいであらう︒故で深く立ち入るこさはできないが︑
こゞ
︑
f
︑ ル
の命題が許されうるための く"CP——さいふ命題は明らかに談りである。われわれは
リカ
アドにおける
所謂債値論修正の問題を 件の規定ー|NP=CP+OP|'—はまさにその通りでよい。︵二︶の商品の債値は生産費
に 比 例 す る
│
̲
NP・・・・必要債格 NP・・・・自然債格
次に進まう︒ (3) (2 (1)
疲展がないばかりではない︒
. ・ .
Vi
n M
il
l"
" NP
i n
Sm
it
h a
nd
R i c
a r d o
.
V
= CP+OP
;
…
•in
M i l l
.
CP・・・•生産費
NP11CP+0p:•--in
Sm
it
h
an
d R
i c a r
d o .
(: .
V =
CP
+O
P) (X
1 1 OP)
o r <
V=CP+x CP
NP
=C P+ OP
ごである︒次の如
し ︑
1
加ふるに誤謬が含まれて
ゐる
︒
いた︒扱て︑まづ何よりもはつきり
して
ゐる事賞は
︵一
︶
の商品供給必要條
OP・・・・通常利潤
Jの一聯の操作3
中になんら
褻展がないといふこ
V・・・・債値
地 代
│
│ 差 額 地 代 ー を 展 開 す る に 営
b
一般的には正しくないが︑脱品生在者がすべて同じ生窮期皿︑詞じ技術水準にある場合には迎用する︒ 比例する場合に通常利潤を含む
C 者は理論的性格を全然異にするものである.0
ジ ェ
・ エ ス
・ ミ ル の 地 代 論 睾しい水準を有するこご︒ミルが甚だ容易に一切の條件を措いて債値は生森費に比例するさ言ひえたの
は︑彼が︑われわれが上記方程式による説明の中で述べて置いたやうに︑﹁生産費プラス通常利潤﹂即ち
換言すれば︑
リカアドの悩みの外部に立脚してわるからであ
︵三︶におけるミルの債値さスミス及びリカアドのそれさの等置も亦誤りであるe
びリカアドさ雖も︑最後には﹁自然債格﹂の理論│ーそれは生産費フラス通常利潤は商品債格の必要な
でに︑この現賓上の必要が寅現されうるための内部闘係を究明して︱のる
L︾
力は一っにこの企てにおいて傾注され仁ものであっ仁
c
ミルにおける﹁必要債格﹂︑そしてそれの同義異語にすぎぬ﹁債伯﹂を︑
又︑商品の債値は生産費に
けを求めてゐるスミス及びリカアドにおける﹁自然債格﹂こ等附するこごは許されぬここであらう︒
以上︑ミルの商品債値論の前半を終へた
︒
商品債値は生産費に比例する
J
これらの命類|—前半・の要黙はかやうに要約されるのであるがー—は
われわれは︑自然的條件においてそれぞれ異れる個々の農業
雨
ごもあれ憤値論にその甚礎づ
然らば︑仁んに経験上の現質の必要を規定する
彼らの債値論上の多難なる努
る構成部分であるさいふ︑ルご同様の規定を含む││に落着いてわる︒
さはいへ︑こ\に行き済くま
る ︒ ﹁必要憤格﹂に立脚してゐるからである︒
第 七 巻
勿論
︑
第
スミス及 披
11) Ricardo, Principles of Political Economy, P. 32.
り︑ミ
は何らかの換作によってそれに必然性を賦典せねばならぬであらう︒J V
ジ ェ
・ エ ス
・ ミ ル の 地 代 論
│ V
= C P + o r
ー さ 椴
定し
よう
︒
それはこもあれ つねに利潤を含むか︑︑ ︒
'
り︱
)
・~艮
i
︑ル
の通
b
に ︑
に比すろこさによって罪常の利潤を含むのである︒
第 七 巻
;
第 一 輩
しかし︑商口加の俯格は生究牲に等しい場合に何故に 程度自明のここがらであった︒然るに 次に︑第二の一半︑第・四漱・﹁生庄費の終局的分析﹂に進む︒ーースミス及びリカア州の場合においてけ︑商品の債格はその秤後にそれ自身生杏費ご誦常の利潤を含むさころの賓閤的な債値を豫定するものであったから︑
ぞれが自然率の債格である場合にはそれが生産投プラス通常の利潤に等しいこさは或る
ミルにおいて︑商品の憤格は生森費に比例する︑そして生森費
叉︑利潤は何故につねに通常利潤であるか︑ミルにおいては少しも明らかではな
生発費に比例すろ債値が生在費︒フラス通常利潤に等しい
その債値の一一悪素中の後者即
t
荊常利潤は甚ゼ不確定なものであ﹁生産費の終局的分析﹂
五
﹁ 生 産 費
﹂ 及 び
﹁ 通 常 利 洞
﹂
はあるがー'ーは︑解明的な法則仁りうろであらうC のさして前提する︒然ろ場合においては︑ 抒を︑集巾的に自然的條件のぞれらの発異を考究する闊係上︑
ミルの債値論ーー債値論さしては甚だ不要領に終れるもので 生所期間並びに技術水準何れも問一のも
利潤を含めて再彿ひするに相述ない︒ 具を生在しないで 祁び賃銀から成り立つっAころの
ジ ェ
・ エ ス
・ ミ ル の 地 代 論
われわれが︑その際︑そいこ
成る程︑彼は前り生窟者に
なる一章は通常利潤の必然性を主張するために骰かれてゐる
t
言ってよろしい︒﹁各資本家の観費の大部分は賃銀の匝接支彿ひであろ︒
これ以外のものは建物を含む材料及び道具か
そしてわれわれの仮定する安本家は箪一
駿業セ代表するものさ解せらるべきでなくて全國の生面的店業の一典型たるべきものであるから︑
われは彼が彼自身の逍具を作り彼自身の材料を持ち来るもの﹃こ似定しても差支へない︒ われ
以前の前彿ひを用ひてなすc
たさへわれわれが︑彼は自分で材料や逍 それ等を賄買するさ仮定するにしても︑事柄は少しも焚らぬ︒即ち彼はその時には 油の生術者に、郎の生産者が支彿つた•1Jころ3賃銀を再彿ひするのである。
しか
し︑
もし彼がそれらを自分で生沌したならば︑彼はその投資
のこの部分に射する︑並びにそQ
他の一部に封するその利洞を彼自身に支彿はねばならなかったであら う︒さは言へ︑材料及び道具さ共にはじまり完成品を以つて終る生査の全過程において︑
が貨銀以外の何物からも成り立たぬァこいふ事賀は依然>こして事賓である︒ 一切の前彿ひ
但し闘典せる謡姿本家の或る ものは一般的便宜いために生産行程が完了せぬ以前に彼等の利潤の頒前を支彿はれてゐるこさがある︒
終局生赤物のうち︑利潤でないものはすぺて貨銀の再彿ひであろ︒﹂
﹁努働﹂は嘗つて第一篇﹁生森論﹂の巾では基本的生ギ庇要素i
じあ
った
'︱
ら成り立つ︒けれざも材料及び道具は努働により生森される︒
第 七 巻
彼は
この
こフ
ヽ
Jを ミルはいふ︑ーーl
︱︱ 四
第 一 撃
︱︱ 四
12) J. S. Mill, ibid., p. 418.
ジェ・エス・ミルの地代論
は﹃さもあれ き利潤ではなくて︑彼が支彿はねばならぬ利潤
の
みで
ある
︒
第 七 巻
~. fi.
第跛
り︑前防段の生庄者が後附段り生庁者にそれだけ砂ふ買るこ
ァこによっャ珈詞ばれるもり
であ
る︒
ー →
」 , :
︱つの利潤本質論が企てられてゐるこいへる︒.ミルは然るにかかる見解を﹁俗見﹂さし ついては未だ確定されてゐない︒
‑ l
し
ここ
︵因みに︑利潤はかかるものこしては終局的生肉者い支彿︐^似格であ 利潤一
般︑少く
>こも終局的生在苓の利憫に の一部を構成する︑>汽しかしかうした利潤は間題たる廂品—ー終局的廂品ーーの牛術者が獲得すぺ
それ
は前
者に
っヽ
Jつて生陀代
定性セ止楊するこさは全く不可能である
︒
上掲い章句において︑
る︒日<`終局的生森者が前附段
の生在芥に利潤を含む債格を支彿ふ以上︑
ヽ レ よJし別い
方法
で︑
利潤は廂品伯格い一
構成部分たるべきここ
を述ぺてゐ
故にかかる操作セなしたか甚だ不可解である︒こ
り重要なる槙粁を逸するならば︑
Jレ
はヽ
利潤の不確
ぴ見失はれるであらう︒
むしろこの範桔的獨立性を利潤必然付
の説明に桟朴たら
しむべかりし彼が何が 働﹂に解消せしめるならば︑生面論における
﹁蓄猿された努働﹂こしてのそれらい範袖的な獨立性は祁
然的所在であらう
ら
扱て
︑ 生庄
の全過程を箪一の岩
本家に移してしまひ︑材料巫び逍具セ直接に﹁努 本家の﹁経費﹂さして︑即ち﹁努賃﹂さして捉へられてわる
のであるからc
勿臨
︑ '
ミル理論の峙傾り必
値概念
の
索線
'ぜ
得ん
がた
めで
あっ
た︒
いまやそれも全く期待されなくなった
e
何故なら
﹁努働﹂は表 ァ竺3
ミル
の
取り扱ひ方に脳して多少ごも
言
及し
て年
l l i
いた所以は︑
スミス及びリカアドに倣つてそこに債
て排斥してゐるC
通高率の利潤セ︑前提せらるぺき事項さして放骰するこさは許されながったであらう︒︶
化する利潤を︑彼れの出費の一構成部分たる彼の支彿ふ利憫さ等置するこさは︑
れの出費3中に悉皆算入されてゐる︒けれごも︑
﹁似りに二つの廂品A
及び
Bが︑共にそ0
生士
匹に
一年
を要
し︑
て一、000~に裳るさころの衰本によって生任されるつこせよー~Aド仝然直接努例によつて作られ る、そして全てooo~が直接に榮賃に費されるつこする。
らす
︑
そしてその機枝は一ケ年の使用で泊耗し濫くすさする︒二つの痴
" U
けu
その債値はこれセ貨幣で計窮し︑且つ利潤が年二
0
バーセントである一、二00~であるであらう。
に小褻するミルにおいては︑終局的生究者の獲
それまでに`
けれごも︑こ0‑︑二
0 0
砂いう
ち︑
は二
00
砂だけが︑或は六分の一だけが利潤である
︒ Aの場合において
五
00
謗'ーー機械の債値ーーのうちに機械製造業者の利憫から炒ろ部分がある︒場合
e
こすれば 正確に同一の債値たるであらう︒ れを罪人するこさは︑甚だ容易の業であったらしい︒それは︑機械も
然るに
B
0場合においてはたゞに二
00
謗のみな
値する機械*こによって作られる B
は在
0c
謗に伯すろ榮働ご
r五
00
謗に ―つの資本—|この場合貨幣で表はし
る ︒
何らの諭證
も典へられてはゐないのであ 例へば︑次の一章句においてはそれらの二つは彼
そして彼れの出費にそ
しか
し︑
;ルにおいては、ー—ーもごも,さ,「必要憤格」 之 然らばミル自身﹁俗見﹂ならぬ本質論を展開すぺきであったであらう︒
利 潤 を
︑ 加
ジ ェ
・ エ ス
・ ミ ル の 地 代 論
第 七 巻
︱ ︱ 六第一裁
︱︱ 六
時
は る
時 は ジ
ェ
・ エ ス
・ ミ ル の 地 代 論
﹁出費﹂は﹁生森費﹂に等しい
第 七 巻
︱︱七
第 一 撃
︱︱七
滴晶債格は﹁出牝﹂に等しい
﹁出投﹂は﹁生在費プラス油常利獨﹂である︑
さいび︑叉或る 廂晶伯格
3
一般的桔成部分たるこ>こー即も前京の﹁一般的規則﹂ーーを繰り返してゐろにすぎぬ︒或
るC 以上︑第四意におけるミルは
前者は明らかに
Bい
獲得する利潤である︒後
亦その生ャ匝に一年間を要したつこすれば︑詞じく六分の一である︒
B
においては利潤の要索は全個の六分の一のみならす小ならざろ追加的六 分の一をも包令してゐるのである︒﹂
この一章句は︑
前窄の﹁生斥牝ぶ等しい場合には謡事物の債伯は団
一で
ある
﹂つ
ヽ
Jいふ命題さ爛聯せし
めらるべきである︒それ故もしリカアドをして言はしむれば`
自らそれを否定してゐる︑ 分の一だけが利潤であるが
さ言ふァこころであらう︒それは措いて佃はぬさして︑
﹁線牧盆已ハ分り一﹂こ﹁追加的六八JJ0
‑﹂
ゞ
Jより成るJ
従って︑その後の全叙述には論誰はなく︑主張があるのみである︒又︑
さも
あれ
︑ 省は彼の支挑ふ利潤である︒而して面者は・こもに商品債格の必然的一部を構成するのである
c
問題を命證せん‑こする第
一歩において論證いためい積粁を逸してゐ
その︑下張において韮常利潤は
﹁生在代﹂は﹁努貨プラス通常利憫﹂である︑さいふ︒蛉後に︑
又︑﹁辿常利潤は恒常的にして普辿的なる要索﹂なり︑さいふ︒すべての生庁において少くさも那常利潤
B0利潤は
ールは前章ではさう言ひながら本章でば
かくてY
の場合においては全牧盆の六
13) J. S. Mill, pp. 463, 4S4. 14) J. S. Mill, ibid., p. 479.
最初から前提してゐたし
さいふのは︑後者においては︑
彼は
︑
さて
︑
ジ ェ
・ エ ス
・ ミ ル の 地 代 論
が學げられねばならぬIJ
" , . J
まさにミルの・主張の通りであるが︑
限げうるぺきこ
aこを命證したのではない︒
この窄
にお
いて
︑
後者においては︑ ミルはたゞ學げらるべきである
< J
張したにっこゞまるり
. t
この二つは︑商晶の債格は﹁必要債格﹂である
Rこ
いふ
こフ
こに
還元
の周阻を堂々巡りしてゐるのである︒
いよいよ︑第五
淮﹁
地 代 そ
の債
値に対す
ろ欄係について﹂に取りかしるであら
う ︒
地代は生両我の中に算入さるぺきか不"かさいふ
問題を狙
つて
わる
︒ おいて利潤を問題にした場合のそれご全く詞一である
︒
又︑この最初に骰かれた前提以ト一のものを何ら説明しなかったりであるが︑
ごもあれ︑説明さるべきものを説明してわる︒ を取扱ふ場合さの間にけ厳峻な二深異が認められる︒
さいふのは︑前者においては説明さるべきものを しかし︑彼が利潤を取り扱ふ場合
Rこ
J ^ ノ~ヽ
地 代 の
︑ 法 則 に 撼 る 説 叫 及 び 法 則 に 披 ら ぬ 説 明
されるであらう︒彼は最初の出疲黙たりし﹁必屯伯格
﹂ つねに通常利潤を含むご述べてゐる︒ 批後に以上二ふ払を憩括しよう︒
前索では廂品
の債値
は生
七旺
費に
比例する'J)
池ペ
るかを説明するのが経洲根の任務ではないか︒
第 七 巻
︱︱八
この視角は前P早に
後疱では廂
n f P
l債格は
しかし︑通常利潤が如何にして拳げられ
第城
いま地代
ヽ レ
よJt
︱︱八
かくて ﹁然しながら︑なほ︑筍一1一
種の
商品
︑
である︒そこで彼はいふ︑ーーー 充分に間に合ふものであったからである︒ nヽJもあれ
第 七 巻
︱ 一 九 第 一 撃
︱︱ 九
然らば︑この仮定においては
士地を除く甑餘の生
第二種商品から襄別されてゐるこさ︑妓に
換言すれば或る一定の費用にて任意の賛が生森
このここは前二琥に一旦つて詳倫したR
き︶
ろ ≫
しカ
一定の債値法則を有つてるるし︑そしてこの債値法則はそれ自身甚だ不完全ではあるが︑ヽJ
はいへ︑問題の前提ーー土地及び土地所#ーーに闘する何れの特異なる把握を前提する限
bにおいては
扱て
第一
1一種商品即ち農業生産物の特質はそれが土地ご土地所有を前提こするさいふ黙に存する︒
し︑ミルにおいては︑後者の土地所有は前者の土地の限定的性質の倫理的所性なのであり︑
性格は完全に土地の限定的性質に従
って導き出されてゐるC
示されてゐる通りである︒
ジェ・エス・ミルの地代論
従つてその
即ち努働ご資本を投するこさによりその猜を培すこさはでき
る︑けれごも榮働及び資本の董こ等しくは増せぬ商品︑
︑ ︑
される︑けれ.ざもそれ以上の麓はそれの賛よりもより大なる費用を費すこつこなくしては生窄されぬ商晶
めを考察せねばならぬ︒
. . . . .
.
その主なるものは農業生女此物である︒⁝・:﹂
第三種商品が︑土地限定性の故に︑而してそれ故にのみ︑
ミルにおいては︑農業生産がそれに服してゐる
5 J
ろの土地諸限定
性の影響を考察すればよいのである︒叉︑この影響を集巾的に取り扱ふためには︑
産要素は農業全骰を通じて或る一定のものであろさ仮定すぺきである︒
15)
J .
S. Mill, ibid., p. 469.日く
︑ー
ーー
べる︶を措くさすれば︑ーーー甚だ坦々たるものでありえた︒ ら︑われわれは︑︑ルビ共に 生産物の債値は投査に比例する︒ ジェ•Hス・ミルの地代論
さにしよう︒いふまでもないが︑
ミルの地代の説明︑並ぴに地代が生面物憤格の構成部分たるや否やの説明は︑ーーー彼は︑費用プラス 通常利潤り理論が土地謡限定
.を
前提すろ場合に受ける雙容セ︑
罰を痒叫ヽベきであり︑
されてゐるのである︒
又 ︑
ミルの所謂﹁費用プラス通常利潤﹂の理論が通用するのである︒だか
この理論ぶ.. 土地謡限定セ前提すろ場合に如何に貰徹されるかを桧するこ
地代はこの買徹過程の所術である︒
骰いてゐるのであるが︑この中心の一黙に闘する若十
の質疑︵それは後で述
﹁撮
初
い一
0
0
クオターはすべて詞一のや面戸いて生両されるさする︒つこいふのは加良
の
土 地 の み が 耕 その費用は一クオターニ
0
志の債格にて通常利洞を賠倣されるさする︒︵彼
はそ
0ほか曲廷耕技術の水率をもすべて詞了こすべぎであった1筆者︶又︑
より以上の数 ︑ ︑
"
‑ 星 ぶ
.. 要求
然ら
ば︑
されぬ限り︑小変の自然債格は二
0
志であらう︒⁝⁝然し︑その地方の人口が培加するならばそれを蓑ふために一
0
0
クオター以上必要さされる一時期が到米するであらう︒仮定によって一
o c
クオター以
︑ "
上はよ
b
劣悪なる土地を耕作するか︑耕作方法をよ
b
要牲的な方法に髪へるかするに非ればその地方に おいては生茄されえぬ︒これらは何れも債格
の膀貴を煎提すろこ
つこなしには行はれぬ
( }
こい
俯格膀鉗は
而してそ
の
必然性を展開するこごに中心
第 七 巻
︱二0
第 一 琥
一 1 1
0
れる
︒
一クオターニ五店より少ない報酬では第二の披良地或け第二の虻近地を耕すに不充分であろこすろ
︒
その債格は増加牛硲物を第二竿●地から學げろに要費すろ謡扱作を賠佑すろに必要であろさすろc
あるならば︑債格は困要培加により二五本に辻すろっこころまで腑るであらう︒
今やそれは自然債格であ
らう︑社合がその債格において報要すろ数ぃ軍がその債格でなければ生庄されぬのであろから︒﹂
農業の生在謡要素
3
っち︑その基本的な要索たろ土地が限定的に作用する以上︑もし最大の債格が市場を支配するならばーーこの黙は一っ0題
H >
こして項を改めて諭すろであらうーーその最大債格は﹁残餘のすべてのものに碇得されるであらう﹂そしてそれに合まろる通常利 潤のほかに或る﹁超過利潤﹂を得せしめるであらう︒又︑超過利潤はこれを府らしだ土地條件の﹁排他 的﹂所布さ結びついて農業者から土地所有者に地代
pこして滸難せねばならぬであらう︒
土地生査物の市場一般債格が費用プラス通常利澗に等しいこごによって得ら
かくてミルは本平"太の問題に釘して次のやうに答へるこごができる︑ーー'
地代は︑農業生赤物の債値を決定するさころの生赤費のなんらの一部分をも構成しない ジ ェ
・ エ ス
・ ミ ル の 地 代 論
﹁それ故に である︒この超過利洞は︑ 然
るに
︑ れば︑等額の査本を投じて不等
E l i
見の生庄物qぜ生じ︑従って箪位生所物の債格も不傘さならざるをえぬ︒
利潤セ賠償するに充分でない間は 術要の如"加に作ひ漸次猜らされる︒しかし債格は騰毀すろも`
第 七 巻
第
一 賊
地代は超過利洞
他の條件を等しさす ぢうで
又
それが追加的数
"
l 車の生所費プラス辿常
限られたる供給
り珀加債値は稀少侑値
の性質を亨くろものであろ︒
16) J. S. Mill, ibid., pp. 469, 470 17) J. S. Mill, ibid., p. 476. 18) J. S. Mill, ibid., p. 422. 19) J. S. Mill, ibid, p. 472.
れるならば︑ のか3 同一費用の生森物の数煎をそれぞれ異らしめる︒ では市場債格法則を煎提しないで﹁︱つの別の説明﹂
解してゐたのではなかったこさを曝露してゐる︒日く︑ーー
﹁われわれは︑かくて︑他の︱つの途セ仁ざるこさによって︑
︶ したのである。…•:」
がありうろのか︒ーーー土地限定性は
﹁策
二篇
﹂
におけろ説明は︑これを一つの別の品明なb
` ヽ
Jす
れば
︑
明で
ある
︒
そしてこの数撒の差異は借他人仁ちを競喰に駆り立て
成る程︑従来︑
︑︑
︑・
︑
の生産物数披の差額よて地︑王に中し出づるこアこによって︑
る︒ミルは策二簡ではこの競半により﹁︱つの別な説明﹂を企ててゐる︒この企てが成功しえたさいふ
︒ ︑
最劣孵なる條竹の土埴セ耕作してゐた者は︑他のより優良なる條件の耕作者>こ
最強の競年者たりうる︒競噴にして完全に行は 彼の巾し出づる差額数載全額は地代さして地主に獲得されたるこさになるであらう︒しか
し︑地代はこれで説明されたこさになるのか︒
︒ ︑ 第一に︑誠劣等の耕作村がより優良なる耕作者
Rこの比較において計策するさころの究額敷債は︑右〇 しかしながら︑ ジェ・エス・ミルの地代論
︑ ‑
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債伯法則を前提しないァfJころの説
第・
ニ篇
結ー
1 1ヤに心九明した地代法則に到逹 ミルは、次のやうに言ふ場合、地代ご市場債格法則この上述の不可分的賜聯を〗県に理
第 七 巻
第 一 硫
20) J. S. Mill, ibid., p. 472. 21) J. S. Mill, ibid., p. 472.