九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
年雇を使用すること多き地帯に於ける家族労作経営 の成育
田中, 定
https://doi.org/10.15017/4474702
出版情報:經濟學研究. 12 (2), pp.39-74, 1944-09-10. Society of Political Economy, Kyushu University
バージョン:
権利関係:
年雇を使用すること多き地幣に於ける家族努作繹腎の育成
第 二 撃
2
c
主として利用する杢料二.
笙雇地帯における家族努俯 宮城縣調査農家類型別綿表 年雇型提家における家族努働 従事者員数と綜特而稜
一従事者の燐賞面積と稼働日敷
第十二巻 B A
年扉地帯
B 序A .
問題及びその範園 目
次
田 中 年雇を使用するこ 9 ﹂多ぎ地幣に
於ける家族努作経僭の成育
*に
、上●
疋
九
/
する
盛家が調査の酎象とされてゐることが諒解される︒ 翌昭和十五年純漿村地需に於ける
農家
の網螢面積の調査結果による耕種を
主とする専業農家のそれが一町五反三畝といふのに徽するも︑ は相賞に大きいものである︒
A
問題及びその
範園
農林省農
政局﹁
農家経済調査報告﹂では﹁原則として賞該市町村の
農家 平均一戸
賞耕作面稼の十五割
未満の耕作地︵田畑︶を耕作する者﹂が調査報告されてゐる︐昭和十四年度にはさうした二九二戸の農
家についての報告
が行はれてゐる︒すなはち二九二戸の平均一戸
賞り耕作而稜一町六反七畝九歩となっ
てゐるのは︑同年の全國五百四十九
寓千八百三十八戸の平均耕作面稜一町一反
0
畝十五歩さいふのより
序 E
D 家族型農家における家族努働 一應の要約
臨的雇型戻家における家族努働 6 5 4 3 年雇を使用すること多き地帯に於ける家族雰作繹螢の育成
年雇多数●家族少数なる場合
年雇少数・家族多数なる揚合
鯉管規模縮小を遂げたる場合.
︵以
下次
装︶
さうした純農村専
業農家
中若干上位に位 第十二巻
第 二 撃 四
0
l)提林 省農政局 「戻家紐浣調査報告」 自 昭利14年3月至昭和15年2月, 2)同上 15頁.
3)帝國農合 「農業年鑑」昭利17年版,146. 218頁・
4)同上 225頁.
1頁.
これらの農家は︑嘗該年度に於いで︑営該農耕地を胆鈍するため平均七四三日の
曲 琴 業労働を要費して
そこで︑その家族・屈餅別構成を見るに︑それは︑全國の農家としては勿論のこと︑
業農家としても相営又は若干上位に位する益家であるここ前述の如くであるに拘はらす︑
八日︑全儒の九六・七%は家族努例でこれを充たし︑
︐
るにすぎぬのである︐ 屈餅努拗は僅かに二四日︑全開の三・三%に占む年間の農業努慟の中で主力が傾注されるのは一般に水田租作作業においてである︐
の要費努拗量は家族努働の限度以上に膨賑することが多いのである︒
家族労働は矢張り九三・七%といふ躯倒的な割合を占め︑これ
に釘して屈俯努拗は六・三%を占むるにすぎぬことが明らかにされてゐる︐
︱町六反七畝九歩さいふ比較的に上位の農
家において紙にか
.くの如くである以上︑
十五歩の我が國一般の農家ーーその中には一町未満の農
家 ︑
敷に含むのであるがーーにおいて︑
家族傍慟
の比重は更らに高く保たれるであらうこと言ふまでもない︐
いな多くの場合においては屈傭努慟は全く排除されてをり︑
家族努慟中充分に消化することの出米ぬ剌餘セすら残すであらうこ
fこは想倣するに雉くないところで
年雇を使用すること多き蠅符に於ける家族芳作統行の育成 るこさ勿論であるが︑それにも拘らすー ゐ
る︒
第 十 二 巻 第 二 琥 四
更にまた同じゃうに多くの場合においては 五反未満の雌家︑ 純農
村地帯の専 従つて︑この場合
平均一町一反
0
畝一反未満の農家4をすら多 報告瞥の
叫琴
家
において亦然りであ
然もなほ七
5)歴林省樅政/ni「
I
悶家鰈涜調査報告」自昭和14年3月至15年2月, 11頁.東・九州・東北・北海道の順序で︑ あ
る.
/
最高
北陸•四國・近畿・東山・中國・東誨・脳 ヽ第一表に 事焚第三年度の前記のそれよりは若干低いのである︒ 昭和十一年度ーー'事焚直前の年次ーーの家族努働の全國平均比率は︑ 由米︑我が國の農業は家族努作的農業である竺云はれる︒ 年雇を使用すること多き鳩帯に於ける家族努作繹螢の育成
證明されてゐるところである︒然も︑我が國殷業努働論を害き起すに裳つてこの自明ごされる事柄につ
いて詳細な桧討セ加へ︑同時にまた積極的な理論椿成セ得て置きたいと思ふのである︒
先づ︑事がらの中にある問題性を指摘するこ︑こから先づ始める︒
農家網料調査報告昭和十四年度分は昭和六年以降昭和十五年に至る十年間の﹁年次別成紐を掲載して
農家経消騨係の焚造を示す﹂ことに編輯の方針が罹かれ︑﹁地域別既家経料調査成絨を殷し﹂てあるので
それより以師の版により畜地域別の数字を桧討してみるここにする︐
̲%︑水田栢作努慟において九ニ・六%であり︑
事斐セ楔機として家族労働の比率が次第に高められる方向にむかひつA
ある
こ︑
巳が
知ら
れる
︒
さて︑九五・一%といひ︑九ニ・六%といふ全國平均敷字を批廊別敷字に還元してみよう︒
示される如くであ令即ち前者の農業綽努慟痰においては︑
最高九八・九%︑最低八四・六%の間に展開される︒後者の水田租
作努拗においては、北陸•四國・近畿・中國・東山・東油・闘東・九州・東北・北海道の順序で、
年間
農業縮労拗において九五・ このことは上記の敷字によっても明らかに 第十二巻
第 二 撃 四
.
第一表 農業努働要費鵞に於て家族及び屈傭努働の占むる比李表 年
雇 を 使 用 す る こ と多き池魯に於ける家族努作繹督の育成
1
年間総農業努励に於けるl 1
水田稲作労慟に於ける地 域 別 家族努働 輝 暉
I
地 域 別 家族努働 雇傭苓慟北 陸
嘉 存
北 陸嘉 存
四 國 98.9 1.1 • •9 四 閾 98.3 1.7
近 蒙 98.2
゜
̀ 1.8 近 漿; 97.1 2.9東 山 97.9 2.1 中 國 96,8 3.2 中 固 97.8 2.2 束 山 96.5 3.5 束 渡 97.3 2.7 東 洵: 93.8 6.2 閥 東 96.1 3.9 全 閾 93.1 6.9 全 國 95.6 4.4 閥 東 91.3 8.7 九 州 93.3 6.7 九 州 89.6 10.4 束 北 90.6 9.4 東 北 84.3 15.7
ヽ
北 海 逍 84.6 15.4 北 悔 逍 8t.5 18.5
農林省農務局「傑家紐涜調査報告」自昭和14年3月至昭和15年2月による。
第十二巻
第 二 撃 四
から︑北海道小作第一種の六九 族 努慟 一
00・0
%こいふ場合
作第二稲︑東山小作第二種の家 ある︒四國小作第二種︑騨東自 者を規模別及び自小作別に還元 更に
︑展 間の 幅員 の" 者し い後
ないのである︒ こさが二つながらが看過され得 のものであるここ︑この二つの
してみる︒帥ち第二表の如くで は全地域を通じてなほ確固小動 Jと︑然しながら家族型の桔成 それん\相裳の展開が見られる 九八・三%︑最低八一・五%の
. .
間に展開される︒雨者において
. ̀
第二表 水川稲作努慟に於て家族努慟の占むる比李表
地 域 別 作自別小 規模別 家働族比 努率 1 地 域 別 麟 規模別 は 譴
四 国` 小 作 B 100.0% 束 洵 小 作 B 94.9%
槻 束 自作 B 100.0 閥 束 自小 A 94.6 束 1山 小 作 B I 100.0 北 陸 小 作 B 94.5
近 畿 自作 B 99.6 中 國 自小 B 94.4 中 國 自小 B 99.6 隅 束 小 作 A 93.9 四 國 自作 B 99.6
近 畿 小 作 B 99.5 全 國 平 均
9 3 . 1
四 國 自小 B 99.4 '
北 陸 自作 B 99.2 束 洵 小 作 A 92.6 北 陸 自小 B 99.0 東 北 小 作 A 92.4 四 鼠 小 作 A 98.9 束 北 自作 B 92.3 四 國 自作 B 98.8 束 山 自作 A 92.1 北 陸 自作 A 98.7 束 北 自小 B 91.1 東 海 自作 A 98.7 闊 束 小 作 B 91.0 束 山 自小 B 98.4 九 州 小 作 A 90.4 近 幾 自作 B 98.3 束 洵 自小 A 90.4 束 山 自小 A 98.8' 九 州 自小 B 89.1 中 國 小 作 A 98.2 九 州 自作 B 88.6 北 陸 小 作 A 97.9 束 北 小 作 B 88.2 北 海 逍 自小 A 97.7 九 州 小 作 B 87.9 中 國 小 作 B 97.7 脳 束 自作 . A 85.9 近 幾 小 作 A 97.6 九 州 自小 A 85.4 東 山 小 作 A 97.5 欄 束 自作 B 85.2 東 山 自作 B 97.4 東 北 自作 A 82.4 北 陸 自小 B 97.2 北 海 逍 自作 B 77.9 近 漿 自作 A 96.5 束 北 自小 A 74.4 中 國 自作 A 96.3 北 海 逍 小 作 A 69.9 脳 束 自小 B 96.1 北 梅 迎 自小 B 23.7 四 國 自小 A 95.9
中 國 自小 A 95.8 九 州 自作 A 95.2 近 幾 自小 A 95.1
農林 省農務局 「農 颯 鰐 浣 調 査 報 告」 昭邸11年度により作成す。
符 披Aは比較的に網螢面稜の大な る 股 家 (第 一 種), Bは比較的に小なる農 家(第二種)を現はす。
年 雇 を 使 用 す る こ と 多 き 亀 帯 に 於 け る 家 族 努 作 繹 管 の 育 成
第十二巻
第 二 琥 四 四
することも不可能ではないであらう︒ ・九%こいふ場合に至るまで︑連績性のある配列が相裳の大さの幅員をもつて展開される︒族努拗が依然さして優勢を持してゐることには愛りないのである︒屈傭努働が家族努慟を超過するさいふ場合は北悔道自小作第二種におして一っだけ見られるのであるが︑全く断ち切られてセり︑むしろ例外ビせらるぺきである︒
このやうに家族労拗の占むる比率は全開を通じて相常に心四いものである︒
のと比較的に低いものとがある︒そこでその地域的分布朕況を見るに︑
國民経済的な前進地帯こその周 僻遠の後進地帯には比較的に低い方の数字が集つてゐるこさが
の家族型構成を探し賞てることは不可能︑又は困難である︒
第 二 撃 匹 五
\ 然しまた家
近畿地域の咄恥家は︑自作・自小作・小作︑その第一種第二種の全閤を泊じて︑家族 型の度合は九五%以上の高さにあり︑これに釘して東北地域の
叫 斧 家︑及び九州地域の
幽
家にか
Aる高度
これは︑南北に長い我が國に於いて中央の
高所から南北附側の僻遠地域に向つて文化的な傾斜が存在するによるものさ鮒せられる︒
の農家はかAる僻遠の低地さ近畿的な高所﹃⁝を繋ぐ線上においてそれん\の位附に位する︐
並びに時差を考慮しながら全地域を比較綜合することによって︑ 蒟餘の諦地域
.構成過程と文化浸透度さの間にかやうな必然的な脈絲の存在するこさが想像されるさすれば︑ 農
業努
働の
尤も︑かAる見解はこAでは未だ箪なる桔想さして許されるに過
年雇を使用すること多き地帯に於ける家族努作繹管の育成 明瞭に指摘される︒ 邊には特に高い方の敷字が集つてセり︑
第十二巻 我が國漿業労働の歴史上の経過夕を探索 文化系列
然しその中には特に高いも
然しこの場合は配列上の連綾性は
慟が家族努働こいふ歴然たる一範躊ご相並んで︑
るべくもないであらう︒
の前提であると考へられる︒ さが出来るであらうと思ふ︒
・ ヽ
て︑たとへその戸数は一戸叉は数戸にすぎぬにもせよ︑ 年湿を使用すること多き地帯に於ける家族努作繹管の育成
について瞭らかにせらるべき幾多の問題を内に含むること自ら明瞭であり︑
ノ が國農業努働の性格的な在り方に0
いて學間的な規定セ豫め決定して置くこ
︐ とは他の諸論勘に及ぶため かAる問題を中心として我 第十二巻
るこさは︑地域別数字によって始めて知り得られるさころである︒
` ヽ 別︑自作農家・自小作
農
家:小作
農家別数字によって︑より一肝明瞭に知られるところである︒
私らの使用しつAある資料が農家戸征の態様にまで近づき得るやうに準備されてゐるビすれば︑
族型栢成をさる一群の農
家を一方の極に促へることになるのは勿論であるが
.9
完全屈傭型構成をさる農家を恐らくは促へるこ
この既についての克明な桧討は後段に譲るが︑ともあれ︑我が國の農
業 労 屈傭努慟の範藝セ併せもつものであるこさは否定せら
かくて我が國の農業労働は賞
然にこれら二つの範疇の有機的な構成過程並びにその
︑壼展
的な斐化過程
それと反討の一極におい ぎぬこっとで︑強く主張するには嘗らぬここである︒
` 奮 他方︑屈傭努励が諸地域のより具閥的な事情の下において看過すぺからざる
存
在 こ し て 保
持されてゐ
またよりご后具開的な綜
営の大きさ
第 二 競
閏六
完全家 若しも
r
昭和十五年度﹁米生産費に騨する調査﹂の調査戸数は七六
0
戸で
あり
︑ 地域的分布︑自作・小作別分布を通登するに第三表の如
9
であ
る︒
調査戸敷は︑大閤に於いて︑米作地帯さしての重要さの度合に應じて裁定されてわるといへる︒
而 し
てこれらの農家は︑﹁郷農家 歪 喜 規 模 の 過 大
︑ 過 小 の も の は 成 る 可
< 之 を 避 け
︑ 経
螢規模︑反賞
牧 赳
年展を使用すること多き地帯に於ける家族努作鯉管の育成
A 年 屈 地
とができるであらう︒
帯
業努働の在り方を決定するのであるが︑ 査農家を通じ大閤において共通してゐる︒ の最近の諸年次の数版においては師調査晶家の詳細が記載され︑
ろ極めて多いものである︒
第 二 筑 四 七
全道府縣に
一 旦
つて
︱
0る ︒
その することA
した
︒
及びその附屡害﹁ ︑稲作作業別努働に脳する調査﹂セ主こして利用 これらは前記
□
家経術調査報
告﹂とともに大正十一年米の朕史を有し︑特にまたそ 加之︑本調査は水田稲作を主とする幽家を選採して行はれ︑雌業組織は全調
地方的な自然差及び歴史差は監業組織を支配し︑延ひては股 さうした事情は本調査を査料とする場合は相賞に緩和されるこ
年雇地需における家族努慟
第十二巻
J
の琺でわれ/\の祈究に恣する5 J
帝國盛會﹁米生産費に闘する調
査﹂
/
B主こじて利用する資料
︐
ヽ .
第三表 昭和15年度米生産費調査農家
道 府 縣
I
調 査 殷 家 戸 数I
その中年雇ある農家自作 小 作 計 自作 小作 計
北 海 逍 5戸 8戸 13戸 一戸 1戸 1戸
[ :
田 24 1138 3 14 3 6 9 33 27 16 14 ‑‑12 4- —·
2 2 1 13 2 6形 19 11 30 7 2 9 禍 島 10 8 18 2 2 、4
., , 円 119 2 114 9 22 186 3 2 1 ‑‑‑ 3 2 1
亀 玉 7 9 16 3 ‑ 3
i
奈 川茉京 164 2 1 0 2 2 ‑2 4 8 8 3 2 ‑‑‑ ‑3 2'
>禍 井静 岡愛 知潟川阜野梨山 21121159 4 69 3670 I 31 17 117 9 8 9 03 ・ 57 33 21 30 2012 110 178 ‑‑‑‑—
‑‑4 3 ヽ‘
‑‑‑‑-
‑‑‑3 ‑‑
‑‑‑‑7 3
三 重 15 8 23 ‑ ‑ ‑
滋 賀 9 4 17 ‑ ‑ ‑ 京 都 8 8 16 ‑ ‑ ‑
大
!
6 6 12 ‑ ‑ ‑兵 15 13 2 8 ‑ ‑ ‑
奈 5 4 9 ‑ ‑ ‑
和 歌 4 3 7 ー '‑ ‑
問 >
取 2 4 6 ‑ ‑ ‑円
11128 16 8 0 22 1194 ‑‑‑ ‑‑‑ ‑‑‑ ..口 IO 8 18 ‑ 1 . I
>
媛島川 1350 ‑7 6 10 1110 ‑‑‑ ‑‑‑ ‑‑‑高 知 4 2 6 ‑ ‑ 疇 ー
! I
品 118 29 0 118 44 0 26 20 1163 ‑‑1 1 ‑‑‑‑ ‑‑I 1, 4 7 1 l ‑ ‑ ‑
7 8 15 1 ‑ 1
兒 10 5 15 1 ー 1
全 國
4 1 0 3 5 0 7 6 0 5 0 1 3 6 3
帝國農會「米生産に脳する調査」昭和 15年度による
ーー·—-'--
年属を使用すること多き地帯に於ける家族努作繹管の育成
第十二巻
第 二 肇 四 八
ること前述の如くであり︑従つて︑
ふことは︑努力の構成を斐化せしむる最も根本的な理由となるからである︒
前表によって明らかである如く、年雇を入るA農家の存在する地方は北悔道J東北地域の青森•宮城・
秋田・山形・輻島の五縣︑闘東地域の茨城・栃木・群馬・埼玉・東京・神奈川の六縣︑北陸地域の新潟・
富山の二縣︑及び九州地域の輻岡・熊本・宮崎・鹿兒島の四縣︑中國地域の山口の一縣である︒
這三府四十三縣中の一道一府十七縣である︒その他の地域︑その他の諸府縣には年屈農家は出てゐない︒
年雇を使用すること多き地帯に於ける家族努作鰐替の育成 に行はるべきは︑
第十二巻 一人叉はそれ以上の年屈が利用されるか︑
第 二 輩
四九
全國 叉は利用されないかさい の農家毎戸の要費努慟撮は左程に大きいものではなく︑而してその殆んどが家族努慟によつて充たされ 差富つてはそれを問はないで︑ いては﹁平均欣態よりは梢3経螢規模も大きく︑
を﹂になるのは賓際上止むを得ないことではあるが︑
り方を比較研究するために︑用ひらるぺき曲定家たりうるこビは言ふまでもないこどである︒
要費努働輩は各農家鉦に異るこご勿論であるが︑
この場合︑先づ初め努慟撮を如何なる源泉に求めて充たしてゐるかに従って調査股家を分類してみる︒
年屈を入れてゐる農家︑年屈を入れてゐない農家の爵別を立てることである︒我が國 どもあれ大小の要費 然し︑それらの農家は︑各地それ卜\の幽家の在 且つ技術その他においても優秀なるものが相賞多いこ ±池債格︑其の他中庸を得たる自作農家及び小作農家にして正確に調査し得るを主要條件とし︑
の作が農業牧入の半ば以上を占むるものを目標さして選定﹂したものである︒かAる性質の記帳調査にお 且つ米
ヽノ ヽノ
6 7
「米生産費に闘する調査」昭和15年度1頁・
同 上 1頁・
第四表は以下叙述を進めるに賞つて︑原数字のま> 宮城縣では三十三戸の農家が選ばれ︑その中
年廂セ入れてゐない疫餘の十七戸の農家は︑臨時屈
努慟を比較的多菌に入るAものと︑殆んど家族努慟のみでやつてゐるものとに分たれる︒戸数の振合ひ は臨時扉型農家が八戸︑家族型腿家が九戸となつてゐる︒衰料は︑年屈型農家・臨時屈型農家・家族型 農家の三類型を匝別することが出来るやうに作成されてゐる︒臨時屈努働に日屈的なものと季節的なも
のとの窟別がある筈であるが︑そこまでは資料では罷別されてゐない︒し
または加工した上で︑ で年屈を入るA農家は十六戸の多きに上つてゐる︒ 縣が著しい︒北陸地域の新潟も高い振合ひを示してゐる︒ 宮城縣調査農
家類型別綿表
年屈型農家の振合ひが最も著しいのは東北地域であり︑その中でも宮城縣は特に著しい︒ のと思はれる.
B
年雇を使用すること多き地帯に於ける家族努作繹管の育成一部
づ
A再録することに ついで山形 地域に隣接し︑農業方法において多くの類似黙セ有するのみならす︑浴出し来たる常置屈傭努拗を受け入るA
ことによって維持存績せしめるといふ闊係が存在するに依るも
それを地域の輝演燐造上束北より 査からは姿を消してしまつてゐる︒闘東地域が後者に島せすして︑前者に局するのは︑この地域が東北 年屈農家は︑我が國の南北の雨端︑及び西の背に位するところに分布してゐるのである︒中央部であり︑文化的な中央部でもある地帯︑その周邊︑
及びその廊下に賞るところでは少くとも本調
第 十 二 巻 俸
1一 肇
自然地理的な 五
0
第四表 宮城縣調査農家類型別継表
年雇を使用すること多き地帯に於ける家族努作鯉管の育成
第十二巻第1一撫
玉
;
浪家 水田面積
棗
戻カ業換従募事 熊 水田作業従事日数竺 閃竺 閃
香猿 (水田率) 員 家族
□
雇 家 族 靡 彗I
臨時雇l t t
」賞り 蹟・リ1
年I 雇1.自 令 2.§
ふ
18g 479 197函
7日5 11日92. 自 ) 12 3.8 2.8 645 409 100 1.154 165 146 3.自 12 3.6 2.0 541 357 83 986 150 177 4.自 3 2.0 0.8 196 27 231 699 98 339 5.自 4 3.6 2.0 272 241 10 523 76 121 6.自 6 3.0 1.0 368 164 56 588 12.3 164 7.自 8 1.9
甘
193 150 98 441 101 150 8.自 3 2,6 290 244 5 539 109 174 9.自
,
2.4 279 82 161 522 116 81 10. 小自 4 1.8 227 174 52 454 126 174 11. 5 1.6 2.7 1'29 143 101 378 81 55 12.自 10 3.5 0.8 295 161 89 545 84 202 13.自 2 1.8 2.8 183 130 28 341 102 48 6 1.8 1.0 124 111 48 288 69 110 15.自 6 3.6 1.5 56 95 98 249 15 63 16.自 も 2.6 1.0 85 30 33 148 32 30 平 均 7 2.6 1.6 2552 0 3
87 545 96.7 121.21
臨 時 扉型農家8戸1 7 • 自 2翌21翌144251. .••. 3
盟
0認
0008050000(0j0(((((7翌57ば7.978067.•: ••
0:
3府
765} ) ) ) )
10 3.6 522 . 74 596 145 18.自 7 1.7 一 328 216 544 192 19. 小自 7 3.6 257 93 350 71 ー 20. 4 3.2 341 44 91 476 75 ‑ 21.自 6 3.6 421 67 488 117 22.自
,
2.6 204 94 2 8 79—
23.小 2 1.8 233 63 ')96 129 24.自 3 1.8 73 38 111 62 ' 平 均 6 2.7 氾7 5.5
g
395 1091
家 族型農 家9戸2 5 • 小小 10 3.3 353 34 887 109 26. 182 1 3.6 368 368 106 27.自 5.1 428
,
10 447 84—
28.小
,
2.8 一 312 312 111 2.9.小 8 3.0 424 5 429 141 3301.. 月自 12 3.3 231 21 7 259 69 '7 3.9 357 14 371 90 32. 小自 6 1.7 166 166 94 33. 6 1.8 87 10 8 105 48 平 均 8.7 3.2 303. 9.8 3.3 316 95
帝國股會 「米生産費に隣する訊庫」及び「稲作作業別努拗に腸する調査」
昭和15年度による。
.
道を考へて見ることにしよう︒ 出
来る
︒
人の稼慟
H
数は2番農家程には高くはないが︑ る農家( 1 5
番︶がある︒ 家族従事者が揃つてわる黙では斐りないのであるが︑その一人々々の働きが十分の一以下に低下してゐ
数︶
あり
︑ 人︑家族努慟日数二五五日︑また一人裳りの稼働日数は九六・七
H
といふことになる.家族従事者三・八人︑然もその鋸人は一六五
H
といふ稼働日数を記録する農家(2
番
︶が
ある
︒
封肱的なこれら二農家の中間的存
在と
して
︑
家族従事者は半分にすぎぬが︑毎
その他︑殆んど各股家それ
k
\に各在り方を示してゐるので︑その一っーつを睾げることは鋲に耐へないことである︒
先づ番琥を學げた三戸の農
家 ︑
番農1 5 家よりは遥かに高い農家
( 1 0
番︶を見出すことも
郎ち2番農家と
1 5 1 番幽家と
家だけセ念頭に置いて1 0 番農豫め事柄の筋 これを農家各戸にいつて見るに︑賓に様々である︒ 農業努働従事日数は総計四•O七二日である。その
また
一戸賞りにすれば家族従事者員数一︳・1
ハ
第一の年雇型農家十六戸の中には︑年雇
を鰊
用す
るこ
と多
き鳩
帯に
於け
る家
族努
作饂
管の
育成
経螢従事者と経営面積 C年屈型農家における家族努拗 筆十二誉
なるのであるが︑基本線表として参照せねばならぬ場合があるので掲げて置くことにした︒
家族にして農業努働に従事するものが︑四ニ・一人︵能力換算員 筆1
一 鑢 五
.
第五表 網螢従業者とその苺人耕地面釈 その一 年凧を使用すること多き地帯に於ける家族榮作繹腎の育成
第十二巻
筆 二鵠五
従 事 者 員 数 斜 地 面 積
農 家 喬 臨
族 1年 履
I
計 1 従人事雷者り一 !家 計 趙
2
* 3.8 2.i 6.6函 危
I 'ヽ 2.5 4.0 6.5 51.0 78 t
'
'
' 會
3 , 3 ; 6 2 . 0 5S 4 5 . 4
5 ( 3.6 2.0 5.6 ZJ.7 53 i
ヽ ,
.
'1 5 I 3 . 6 1 . 5 5 . 1 1 4 . 0 2 8
i13 I :
.
1.8 2.8 4.6 209 7:
1 l 1.6 2.7 4.3 21.5 50 12 3.5 0.8 4.3 20.0 47 6 3.0 1.0 4.0 z:J.O 73 8 2.6 1.4 4.0 27.5 69 16 'I 2.6 1.0 3.6 8.0 22
,
2.4 1.0 3.4 25.0 74 7 1.9 1.0 2.9 ')9.0 100 4 2.0 0.8 2.8 37.1 1331 0 1 . 8 1 . 0 2 . 8 2 ' l . O 7 8
, \
14 j 1.8 1.0 2.8 15.4 55
平 均
2 . 6 1 . 6 4 . 2 2 7 ‑ 8 6 3
前掲基本表による。
`
'
}‑ゞ
即ち
︑
営つてみるに次ぎの如くである︒ 従事者を有しながら︑その経螢耕地面積は一町四反にすぎす︑
従事者が耕地に
それから正に一町一反一畝
これを年屈型農家十六戸のすべてについて 2番農家は一―-•八人の家族とそれにニ・六人の年屈を加へ、 第十二巻
町の水田を経営し︑また10番農家は一・八人の家族こそれに一
・ O
人の年雇を加へ︑
合計ニ・八人の継
2
番悦家においては七反六畝︑10番農家においては七反八畝といふ風にこもかくも正に一致すると見てよい而積が割り振られ︑従事者員数さ絆螢規挨どの闘係は順調に展開されてゐるのが見られ
これに財して︑
1 5
番農家の場合は︑家族三・六入︑年屈一・五人︑合計五・一人の綜営従事者員数と経螢耕地規校との闘係はこの場合においては決
農業従事者が耕地而秋に酎し順調な雌係を保つやう割り振られる場合さ然らざる場合とが岐れること︑
これら三つの農家においてすでに見られるところであるが︑
一人賞り掠裳面放一町三反五畝(4番脹家の場合︶を最大として︑
といふ大きな開きを示しながら最小二反二畝
( 1 6
番農家の場合︶といふのが出てくる︒
封して椋準的℃割り振られてはゐない場合が多数に存在してゐるこごはこのここから瞭らかである︒ して順調に展開されてゐるとはいへぬのである︒ 殆んど三分の一に落ちてしまふのである︐ 螢従事者を以つて︑二町二反の水田を続螢してゐるのだが︑
一人裳り控賞而釈は二反八畝︑前二者の るのであるが︑ に
討し
て︑
この雨農家の間では︑従事者員敷一人裳り
合計
1ハ・六人の親鶯従事者qぜ以つて︑五 年雇を使用すること多き地帯に於ける家族努作繹管の育成
第 二 賦
五四
であらうこさも明らかである︒ 然し︑叉︑次の事情を顧みるならば︑ なるのである︒は前者は幾分か粗放的に農業を続
螢し
︑
かくも辻棲は合ふことがらではある︒
.2
第六表 一従事者揉常面稜
群 別 一従事者捩賞面拭
上 位 群 {
i
k10畑0 3 18 I 78 10 78 椋 準 群 13 77 2 76,
74 6 73 '8 69l
14 55下 位 郡 11152
53 印 47 15 28 l6 22
前掲基本表による
第 二 撃
したがつて︑恨りにその中で組織をいくらか異 へるならば︑標準から著しく偏差せるもの八戸︑椋 どが瞭らかにされるのである︒いまこれが戸数セ敗 耕地面積を割り振られ七ゐる場合が亦相常に多いこ てゐるここが注目され︑従事者がさうした椋準的な また︑その中において︑
鬱
一従寮者捺常面秩ビ家族従事者の稼拗日数
*開においてともかくも経螢の組綴を等しくしてゐる︒
にする農家があらうさ︑ 一人常り控裳面稜七反台︑
及びその前後といふ場合が比較的躙密な分布を見せ
準から六畝以内の囮内にあるもの八戸さいふ割合に
標準から偏差せる農家は標準から上位に二戸︑標準から下位に六戸あり︑そして恐らく
後者は幾分か集約的に経営してゐると推論するさすれば︑さも
ことがらの辻棲がさうした方法では合はされることにはならぬ
ビいふのは︑調査農家はすべて水田稲作を中心とする農家のみであり︑
その理由で幾倍も幾十幾倍もの努力が必要とされるといふとは考へられぬこと
年 雇 を 使 用 す る こ と 多 き 地 幣 に 於 け る 家 族 努 作 鐸 符 の 育 成 五 五
第十二巻
•
稼拗日数の上で矢張りそれに相應しい階差が生じてゐるこご︑第七表に見られるが如くである︒
而して右に酎する例外さして學げらるぺきは︑後者の椋準的な器家つには十六戸中の十四戸が含まれ︑ 椋準的な農家とに分類することが出来るのであるが︑ ざぬのである︒前二者の稼働日数も説明を必要こする程度の開きをもつてはゐるが︑然し︑ともあれ︑
雌二者蕊後一者との間には︑看過されることのできぬ正に決定的な大きな開きが現はれてゐる︒.
毎人の挽賞面稜が比較的に大きい農
家と︑比較的に小さい
誤家ビ︑凡そ
その後二者|—小さい農家ご椋準的な農家では、
この 二
十六戸の年屈型農家全部を︑
て︑
15
番農
家は毎人二反
豪の耕地を受持ち︑ 七反亭の耕旭を割り振られ︑そして家族従事者は毎人一六五日及び︱二六日を働いてゐる︐これに封し
そして家族従事者は餌一人につき一五日を働いてゐるにす そこで事賞についてこれを調べてみよう.2番及び
1 0 番の二
曲 琴 家
はいづれも農業従事者毎人について の稼働
H
数が低下するのである︒そして︑稼拗H
数の低下は︑これらの年雇型農家においては賞然に家族従事者の稼拗日数に著しく現はざるをえないさいふこさになるのだ︒ かくて︑経螢従事者員数に餘りある場合︑その餘りの分だけは大部分遊休する以外にはない︐従事者 年層を使用すること多き鳩帯に於ける家族努作繹管の育成
である︒水田の自然條件畜
も考へられぬではないが︑
第十二巻
そしてそれにもとづいて生する水田努働所要槃の自然決定的偏差といふこさ
かうした標準調査ではかうした偏差を最小にするやうに工夫されてゐる筈
だ︒幾倍も幾十幾倍もといふ偏差はこの理由からは生じてこない︒ 筆1一鵠
.
五六1) 反賞所要努力は最大26.2 日,最小 14.1 日の間にある•
J‑0
f
第 七 表 一従事者擦嘗面租
嬢1一輩
五七 だからごい
例へば︑比較的に大きい農家の中で︑その中でも大きい
7番農家においてそれだけ稼慟
H
数が高いさいふのでもなく畜女た3
番︑
16
番︑
2
番 ︑
6
番 ︑
8番は︑稼働日数の高い農家であるが︑
年雇を億用すること多き亀帯に於ける家族努作繹管の育成 るかさいふに︑さうした細かな訊になると︑ だわれ!\は行きつくーてはゐない.
第十二巻
寧ろ︑規則を稜極的に否定するが如き配置を呈してゐるの されねばならぬ︒かやうにしてはじめて事質の裏付けを受けるこごができるのである︐
拾嘗面精の比較的に大きい農家ー—それは二戸ではあるがーーは
標準的な翡家よりも家族の稼働日敷は低くなってるのだ︒
の比較的に小なる農家︑
比較的に大なる農家それん\の内部において一絲胤れるこさもなく貰かれてゐ
然 し な が ら
、 ま
令 ・・一招従霜事而積者
l
家日族稼数働上 位 群 {4 7 133畝 98日
100 101
平 均 I 116
1 0 0
、
3 81 165 II 78 75
10. 78 126 標 準 群 ・ 13 77 102
2 96 150
,
74 1166 73 123
8 69 109
平 均
7 2 1
14 55 71
5 53 76
下 位 郡 112 1 50 47 98 64
15 28 15
16 22 32
平 均
4 2 5 4
また大捉みにみられる先の規則が︑控掌面積
まれねばならぬ︒そしてます/\細かに
前掲基本表による
純梓論理は次第に細部に亙つて打ち込 ある現象として現はれてゐるのである︒ 大捉みにではあるが︑ともかくも規則性 る場合は稼慟日数も亦低いといふこどが 準的であり︑比較的小さな面積を控常す 準面放を控営する場合は稼働日敷も亦様 ‑(の一戸1
番農家︶あるのみである︒振
b
にすれば七反一畝ビいふこビになり︑/ 一従事者裳
四.
0
人とい︐ふ 四•O人の年屈が 年雇を使用すること多き鳩帯に於ける家族努作繹螢の育成まづ1
番謀
家である︒ 第十二巻
家族毎人の稼拗
H
数は低いといふ場合がいかにして生するであらうか.純粋論理に討してかやうに攪乱的要因として作用してゐるものを見究めるために︑攪乱されるさこ
この
股
家では家族ニ・五人とそのほかに年
廂四
・ O
人が拗
いて
ゐる
︒
家族従慕
者員数よりも年屈の員数の方が優勢になつてゐる︒また榮拗従事
H
数の上でみると︑家族
員の努慟
H
数︵一八九日︶よりは年屈の努傲日数︵四七九
H )
の方が座倒的に優勢となつてゐる︒
這
入り込んでゐることがこの農家の労慟
椿成を根祗において特徽づけてゐるのである. 3
年屈多数・家族少数なる場合
ろ最も著しい農家セ中心として考察を試みるべきであらう︒
然し︑それも︑
年屈はすべての年屈
農家の中で年屈の員数の最も多い例である︒
この農家は水田五町一反といふすべての農家の中での最大の経螢である︒
この
農
家の努働人員に到して過大でもなく過小でもなく︑正さ
一箭︑擦賞面積大なるに拘らす︑ 同一の根元から生じたものである. と1
0番の面農家の場合︑また極端にそれが強められ︑
除外扱ひをせねばならなかった
1番農家の場合ビ つて控常面積がそれだけ大きいといふのではないのである︒
五八
かうした乱れは︑先に説明を留保した2酋
第 二 撃
. .
年雇を使用すること多き地幣に於ける家族努作繹管の育成
第 二 戟
五九
の賓絃にて換算するビするならば︑
また︑あるがまゞにこれを捉へてニ・八人の年屈を通年
•
鬱 ? の他の理由により努拗に従事しなかった者が出で︑
それセ家族で柚充したといふ事梢によるものであら
ゐる
のだ
︒
他の一戸
農1 3 番家については︑ なく︑ほかに二戸
(U
番及び
1 3 番︶ある︐その一戸
1 1 番農家についてはもはや別に云ふ必要はないが︑ 賓際においては︑
そこ
で︑
こビーー尤も︑
Jの 一
農
家において見られるのみでは
一従事者賞りの稼拗日数もそれに合せて過大でもなく過小でもない︑大骰椋準的なものである
標準的な面積を大経螢で掠賞する場合は︑それを小続螢で挽嘗する場合よりは︑協業の 効率が加はるので幾分か少い努慟
H
数で足ることゞなるーーーが期待されるのであるが︑従事者巾年屈の榮慟
H
数はともかくとするも︑家族従事者の努拗日数だけはさうしたことを考慮に入れてなほ諒解するをえぬ稲度に低くなってゐるのだ︒
年屈が家族従事者よりも員数において優勢になってゐる例は︑
家族の慟きが比較的に高く︑これまで述べて来たさころと衝突するかに
見へるので一言を要するであらう︒この農
家では︑然し︑年屈の働きが一方において
甚しく低くなっ︱℃
これは恐らくニ・八人といふこの家の年廂の中で可成り長期に亘つて家を離れるか︑病氣そ
ニ・八人の年扉が一般の年扉型是
家における王同稼の働きをすぺて保つてゐたこすれば家族の拗き
はこのやうには高められなかったであらうし︑
年屈多数・家族少数の曲定家から︑次ぎに述べる年厠少数・家族多数
第十二巻 それにも拘ら・す しく標準大いさの規模のものであると云へる.
第九表 年廂多披..家族少数なる年屈網螢
農家香撃
ー
11
13
,.,.\
A
平 均
4571415均B均
i
ー ヽ
i
ー1
ー1'︐平B平A糖
従 事 員 数
家族
2.5 1.6 1.8
1 . 9 .
2.0 3.6 1.9
1.a
3.6
2 . 6 2 . 3
年 雇
49 2.7 2.8
3.2
0.8 2.0 1.0 1.0 1.5
1 . 2 2 . 0
計
6.5 4.3 4.6
5 . 1
2.8 5.6 2.9
2 . 8
5.1
5 . 8
45耕 規 模
51~0 21.5
~.o
31.2
37.l 刀.7 29.0 15.4‑ 149•
25.Q
刃.3
ヽ・
り
:
76
50
カ人
一
地6 1
33
53
00
55
28
65
63
稼 拗 日 敬 家 族
75 81 102
8 5
98 76 101 69
15
6 6 7 2
年 雇
19
55
侶
8 5
ー
339 121 150 110 63
1 0 9 * 9 0
前褐基本表による。
Aは員数及び従事日数に於て年雇が家族よ I)優勢を占むるもの,
に於て年雇が家族より優勢を占むるもの.
*
4番農家の年扉の従事日数は合理的な数字ではないのでこれを省いて平均せるもの. ,
Bは従事日敦
の農家は他年度の調査にも拾
更らに年屈多数・家族少敷 断されるが如くである︒ ことは︑表示の数値により判 農家が以上に準じてすべて律
筆十二篭 多数・家族少数の農家と範店
農家が五戸
(4
番・
5 . 7 .
14番・に番︶ある︒これらの
することのできる農家である るべ苔農家である︒さうした の等しい農家として考察せら 凌ぐ農家も︑賓質的には年屈
日敷において年扉が家族セ 要な農家だ︐ の叫哀家に組み替へるこごが必 揖雇を髄用すること多き鳩警に於ける家族努作繹螢の育成
筆 二 撃
六
0
の年
屈ビ
︑
宮城縣にこれを拾つてみるに︑昭和十四年に三戸︑昭和十三年に五戸︑昭和十二年に
更に昭和十一年に潮れば︑そこでは︑六`
0
人その半数にも充たぬニ・五人といふ家族従事者とによって螢まれる七町七反二畝三歩
G E
水田六町一反二畝二七歩︶さいふ経螢を拾ふこごもできる.
てよいであらう.年次を更に遡るこごができるをすれば︑ 家族ニ・五人︑六町五反︵内水田五町一反︶といふのセ同じ性格において更に撰大した鯉螢であると見
更に多数の年扉汽然しながら家族従事者の
今日よりほ逝かにより大きな純螢セ螢んでゐたさいふ場合に行きつくこさも不
可能ではあるまい.
宮城縣の米作反裳努力の家族・屈人別構成を大正年代まで潮つてみるさ︑
大正十四年においては家族努働が四八・ニ%︑屈人努
拗が五ー・八%といふ風に殆んざその位猶セ轄倒してゐるのセ知ることができる ︑の
であ
る︒
めには︑常置屈傭努働としての相営大湿の年雁努拗の存在したこさは前提せねばならぬことだ︒
年雇を使用すること多き地帯に於ける家族努作鯉管の育成 努働必すしも年扉努拗を意味するのではないのであるが︑
第十二巻
第 二 聾
• ‑
ノ
然し屈人努慟がかくの如き軍みを占めうるた
尤も︑廂人
人努拗が三七・七%ごいふ昭和十五年の敷字が︑ 家族労慟が六―-•三%、屈 員敷の家族従事者さが︑ 慟に出動するものミ員数は減少するのであるから︑今日におけるさほゞ斐りない員数か︑或はより少い 員数は一定限度以上には増加しえないし︑また年扉が自由に入手可能な場合には︑寧ろ家族員中農
業努
この経螢は︑昭和十五年の年屈四`〇入︑ 八戸︑年次セ朔るにつれて次第にその敷は多数となり︑ ふことができる.
第十表 宮城縣農家の反賞投下努力の推移
年 次 家 族 雇 人 計
大 昭 昭
正 和 和
14 8 15
年 年
年
B 凍
11.8(俎.2) 13.0(61.0) 12.6(62.3)
e 遺
12.7(51.8) 8.3(39.0) 7.6(37.7)
24.5(日 遺100.0)
21.3(100.0) 202(100.0)
̀
帝國農會「米生産我に隣する調査」各年次版による。
︵
はないであらう︒ 年濯を使用すること多き地帯に於ける家族努作繹管の育成
第十二巻
大正十年の公刊にかゞる農商務省農務局編﹁農業努働者事情搬要﹂に
はその東北地域の部分に﹁性ーー就キテ^季節雇ーー女三人︑定屈
=︱
女一
人
アルノ外^凡テ男子ナリ︒年齢^女子ーー於テA最高三十歳
︑最低十九歳 男子︱︱於テ︵最高五十四歳︑最低十九歳ナリ︒全開ヲ通ジテ三十代及ピ
二十代ノモノ各六人︑四十代ノモノ五人︑五十代及ビ十代ノモノ各一人
トス﹂ご述べられてゐる︒
年
屈農 業労働者が大正年代にはなほ大韮に保存されてゐたことは前述
の如く推定されてよいこさであるが︑それらの年屈が農業経営能力を充
分に開
得してゐる男子批年を中心とするものであったこといま見るが如
くであるとすれば︑さうした事情の下において︑多数の年屈・少数の家
族従事者を以つてするところの大鰈螢︑またその最も純粋な形態こして
の家族従事者のないー年屈だけの経営の存在を想定するとして.も誤
りで
昭和十五年度の←番盛家は︑それほざに古典的なものでは勿論ない.
然し
︑
さもかくもその流れを汲む一例であると見られる.かやうな例は
第 二 鵠
. . . . . .
/
ヽ
繹奴旺心い認咋嗅恥”ヽ J 冠や五如四恥疇コ畔心”•叫』・心 J む環釦
埠お内母匡叫隊溢
G 辻縦令槃菜足ぶ特脳ヤ内は. _
器業憾は弁らド 2' 志泣・誅簑 ら 4 器器辻眺は
第十一表 家族・年底の作業分欅表 その一
農家番賊 耕 地 ・ 整 地 挿 秩 除享・その他 7k ヽ,.仁がe;• 珪l 刈 取 牧 納 家 族 年 展 臨 時 家 族 年 届 臨 時 家族 年雇 臨時 家 族 年雇 臨時 家 族 年 雇 臨 時
A { II I
27a 87日
ー
8 19a 58a 23fl 56日 1548 公)日 3a 2Rー
H 35日 12313 1031,1 5 34 12 6 33 44 49 33 3 1 1 45 31 30 13 33 8 ' 14 6 1931 39 15 2 57 ‑57
平 均
Z !
43‑
・ 15 23 25 43 78 31 7 5゜
49 70 444 30 23 6 13 45 39 42
111 1 1 4 4 53 115 58 5 56 45 29 20 6 51 54 4 6
.
.77 77 B 7 31 34̀ 1 22 15 27 37 45 35 65 22 3014 お 29 4 5 17
24 17 16 7 36 50
"
15 8 28 10 6 65 1 I 24 5 17 27 29 平 均
3 0
32 1 16 18 31 34 35 33 8 2 1 50 54 16I
A B平 均 26
1 15 20 26
3 8
51 32 7 3 1 咽 602 3
帝國農會前渇基本表及び「稲作作業別芳囁 i こ漏する調査」昭和 15年度による •A, Bは前表に同じ・
母誕如学正ト心U 4念如乗綜ビ条土心悩掛祢辻謳珈QielC笞 蠍 +1! 鞄 蠍
i l
纂 約II年雇努拗ビ家族努慟この構成比率は︑ 4
然しながら國民的労働配箇の高度化︑それに伴ふ人口の社會的 年雇を使用すること多き逓帯に於ける家族努作縫警の育成
年屈が八七日働いてゐるのに野して︑家族は二七日しか働いてゐない.
もつ粕3小規模の農家であるがーーにおいては年屈が三四日働き家族は僅かに五日しか働いてゐない.
技能作業を家族は自分自身の力よりも年扉に兌れて螢んでゐることが看取されるのである︒
敷で家族が少数だごいふ謂はゞ外面から捉へられることのその内奥には︑
に補助的に加はるのみであるといふ農家の一般的在り方から見れば正に特殊な在り方︑
族は農業に従事することなく︑
ゐるのだ︒そして︑さうした内奥の意味この必然的な脈絲において︑ 然かも仔立するここのできる股業経常の在り方のあることが意味されて
年屈多数・家族少数なる農家の家
族の稼慟
H
数が常則さして低く保たれざるをえぬ所以が理解されてくるのである.︱つの特徴として畢げられるところである︒ 後述する現代一般の年屈型農家におけるほどに高くないことは
恐らくは家事的雑用に使用されるこビ多く︑農業努慟にの
み充賞されるのではないといふ理由に基くものであらう︒
年屈少敷・家族多数なる場合
移轄が進行するにつれて可成り敏感に動くものと考へなくてはならぬであらう. Jれらの農家における年雇の働きが︑
かくて︑農村的労働は 然し︑資料によって確めることはできない. 極端に云へば家 年屈が主開となり家族はこれ 年屈が多 11番農家ー—これも同じ性格セ 集十
11奪巻1
一聾
六四