博士(理学) 林 剛瑠 学位論文題名
立体構造に基づぃたヘリコバクター・ピロりがんタンノヾク質
CagA の機能制 御機構に 関する研究
学位論文内容の要旨
ヘリコバクター.ピロリ(ピロリ菌)は、ヒト胃上皮細胞に感染する螺旋状短桿菌であり、
特にCagAタ ンパク質 を産生す るピロ リ菌の感 染は胃 がん発症と強く相関する。CagAのC 末端領域 にはGlu‑Pro‑Ile‑Tyr‑Alaの5つのアミノ酸残基から成るEPIYAモチーフが複数繰 り返し出 現し、その近傍にはCagA‑Multimerization (CM)モチーフと呼ばれる16残基から 成る配列 が存在 する。ピ ロリ菌CagAは、菌に由来するIV型分泌機構を介して直接宿主細 胞内に注 入され る。その 後CagAは中 央部に存 在する2つの アルギニン残基と宿主細胞の 細胞膜構 成成分 ホスファ チジル セリンとの結合を介して細胞膜内面に局在する。CagAは 細胞内のSrcフ ァミリー キナー ゼあるい はAblキ ナーゼ によりEPIYAモチーフ内のチロシ ン残基に りン酸 化修飾を 受け、 このチロシンリン酸化依存的にがんタンパク質SHP2と複 合体を形 成する 。一方、CagAはCMモチ ーフを介 し、チ ロシンリ ン酸化 非依存的 に上皮 細胞極性 の制御 キナーゼPAR1と結合 する。CagAはこれら の複合体 形成を 通してSHP2を 異常活性 化なら びにPAR1を抑 制することで異常な増殖・運動シグナルを生成し、細胞極 性を破壊 する。 またCagAはCsk、Crk、Grb2、c‑Metなど の宿主タンパク質とも相互作用 すること により 、様々な 細胞内 シグナルを撹乱する。このようにCagAの多様な機能が明 らかにされる一方、その構造生物学的知見はほとんど得られていない。そこで本研究では これらのCagA.細胞内標的分子間の相互作用に関わる構造基盤を明らかにすることを目的 とし、CagAの立体構造解析を行った。
第1章 では 、 組 換えCagAの 発現・精 製系を樹 立し、 精製CagAを 用いてド メイン構 造を 探 索 し た。EPIYA繰 り返 し 領域を含 むC末 端側約30%に相当 するC末端領 域と、残 りの 約70%に相 当するN末端領 域をそ れぞれド メイン と推定し 、CagAのC末端側 は天然変性 領 域である ことを 明らかに した。
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第2章で は、N末端領域とC末端領域が分子内で相互作用することを示した。そ の責任領 域中に2つの相同配列を見出 し、それぞれN‑terminal binding sequence (NBS)ならびに C‑terminal binding sequence (CBS)と命名した。さらにこの分子内N末端7C末端相互作 用 はCagAの 病 原 生 物 活 性 を 促 進 す る 分 子 機 構 で あ る こ と を 明 ら か に し た 。
第3章 で は 、X線 結 晶 構 造 解 析 に よ りCagAのN末 端領 域の 立体 構造 を 決定 した 。CagA のN末端領域はDomain I‑IIIの異なる3つの ドメインから構成されることを示し、それぞ れの構造的特徴について解析した。
第4章 では 、結 晶構造に基いてCagAの細胞膜局在機 構における構造基盤を示した。細胞 膜ホスファチジルセリンとの 結合に必要として報告された2つのアルギニン残基を含むそ の周辺は塩基性残基に富む局 所面(塩基性パッチ)を構成していた。CagAの細胞膜局在 に は 塩 基 性 パ ッ チ 中 の 正 味 の 正 電 荷 が 重 要 で あ る こ と を 示 し た 。
第5章 で は 、 第2章 で 見 出 し たCagAの 分 子内N末 端7C末端 相互 作用 の 構造 基盤 を示 し た 。CagAのNBSとCBSが 疎 水 性 相 互 作 用 によ り直 接結 合す るこ とで 天然 変性C末端 領 域が投げ輪(ラ リアート)様のループ構造を形成することを見出した。このループ構造の 形成によりCagAの病原生物活性が促進されることを示した。
以 上、本研究はピロリ菌CagAタンパク質の立体構造を包括 的に明らかにした初めての報 告 で ある 。EPIYA繰り 返し 領域 を 含むC末 端領域の天然変性構造はCagAと多彩な細胞内 分 子群との相互作用を担うための柔軟性を与えていると考えられた。一方、N末端領域の 結 晶 構造 に基 づい た機 能解 析よ り、CagAの細 胞膜 局在 機構 な らび に分子内N末端/C末 端 相互作用によるCagA機能制御機構の構造基盤を解明した 。
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学 位 論 文 審 査 の 要旨
主 査 教 副 査 教 副 査 教 副 査 教
授 坂口 和靖 授 村上 洋太 授 石森 浩一 郎
授 畠山昌則(東京大学大学院医学系研究科)
学 位 論 文 題 名
立体構造に基づぃたヘリコバクター・ピロりがんタンパク質 CagA の機能制御機構に関する研究
ヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)CagAは菌体内から宿主であるヒ卜胃上皮細胞に移行し、
胃がん発症に密接に関与する細菌由来のがんタンパク質である。近年、CagAについて細胞生物学 ならびに分子生物学的アプローチを用いた研究が盛んに行われ、CagAが多数の細胞内標的分子と 相互作用する足場タンパク質として働き、宿主細胞内シグナルを撹乱することが示されてきた。
しかし、その多くはCagAが脱制御する相互作用因子の同定或いは細胞・生体に及ばす表現型の 解析に基づぃて生物学的役割を明らかにすることを目的としており、その機能を理解する上で極 めて重要な意義を持つCagAの立体構造は未だ明らかにされていなかった。このような背景から CagAが引き起こす発がんの分子メカニズムの解明には更なる研究成果が待たれる状況にある。
本研究は、CagAタンパク質の立体構造を明らかにし、その構造に基づく詳細な機能解析を通し てCagAによる胃がん発症の分子メカニズムを解明することを目的としており、著者は上記目的 を 達 す る 以 下 の 有 益 な 知 見 を 得 て そ の 研 究 成 果 を 本 学 位 論 文 と し て 纏 め て い る 。 第1章では、組換えCagAの大量発現・高純度精製系の樹立し、プロテアーゼ限定分解解析を 用いてCagAのドメイン構造を見出した。また、そのドメイン構造に基づいたNMR解析から、主 な生物活性を担うCagAのC末端領域は天然変性構造であることを明らかにし、CagAの多様な相 互 作 用 を 直 接 媒 介 す る 性 質 と し て 構 造 的 柔 軟 性 を 保 持 す る こ と を 見 出 し た 。 第2章では、CagAの主要な標的分子の】っであるがんタンパク質SHP2の脱制御を促進する分 子機構として、CagAのN末端領域とC末端領域との間に分子内相互作用が存在することを明ら
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か に し た 。 さ ら に 、 こ の 相 互 作 用 の 責 任 領 域 はcagA遺 伝 子 内 で 配 列 の 重 複 が 生 じ た 結 果 生 ま れ た と 推 測 さ れ る2っ の 相 同 配 列N‑terminal binding sequence (NBS)とC‑terminal binding sequence (CBS)に 依 存 す る こ と を 見 出 し た 。
第3章 で は 、CagAのN末 端 領 域 の 結 晶 構 造 の 決 定 に 成 功 し 、Domain l‑IIIの3つ の 異 な る ド メ イ ン か ら 構 成 さ れ る こ と を 明 ら か に し た 。Domainllは11本 のDス ト ラ ン ド か ら 成 る 大 き な 逆 平 行 Bシ ー ト を 含 有 しN末 端 領 域 の コ ア と な る 構 造 を 構 築 し て い る 一 方 、DomainIは10本 のaヘ リ ッ ク ス か ら 構 成 さ れ 、 ゆ ら ぎ の あ る 構 造 体 で あ る こ と を 見 出 し た 。 ま た 、C末 端領 域 に 繋 が るDomain IIIは 5本 の aヘ リ ッ ク ス か ら 成 る バ ン ド ル 構 造 を 形 成 す る こ と を 見 出 し た 。 第4章 で は 、 結 晶 構 造 に 基 づ き 、16残 基 の 塩 基 性 ア ミ ノ 酸 が 局 所 的 に 集 中 す る 特 徴 的 な 表 面 構 造 と し てDomain IIに 塩 基 性 パ ッ チ が 存 在 す る こ と を 見 出 し た 。CagAの 細 胞 膜 内 面 へ の 付 着 は 塩 基 性 パ ッ チ と 細 胞 膜 ホ ス フ ァ チ ジ ル セ リ ン と の 静電 的 相 互 作 用に 依 存 し て い るこ と を 明 ら かに し 、 宿 主 細 胞 内 に お い てCagAの 生 物 活 性 発 揮 に 寄 与 す る と 考 え ら れ る 分 子 配 向 を 見 出 し た 。 第5章 で は 、 第2章 で 同 定 し たNBSとCBSに よ り 形 成 さ れ る4ヘ リ ッ ク ス バ ン ド ル がCagAの N末 端 領 域 とC末 端 領 域 と の 分 子 内 相 互 作 用 の 実 体 で あ る こ と を 見 出 し た 。 こ の 相 互 作 用 に よ り 天 然 変 性C末 端 領 域 が 投 げ 縄 構 造 を 形 成 す る こ と で 、CagAと 細 胞 内 標 的 分 子 で あ る セ リ ン / ス レ オ ニ ン キ ナ ー ゼPAR1やSHP2と の 複 合 体 が 安 定 化 す る 結 果 、 こ れ ら 標 的 分 子 の 脱 制 御 が 促 進 さ れ る と い うCagAの 活 性 制 御 機 構 を 見 出 し た 。
こ れ を 要 す る に 、 本 論 文 は ピ ロ リ 菌CagAの 宿 主 細 胞 内 に お け る 標 的 分 子PARlな ら ぴ にSHP2 と の 相 互 作 用 を 促 進 す る 高 次 構 造 基 盤 を 解 明 し 、CagAの 三 次 元 的 な 全 体 構 造 に 依 存 し た 細 胞 内 シ グ ナ ル 脱 制 御 機 構 を 世 界 に 先 駆 け て 明 ら か に し た も の で あ る 。PAR1お よ びSHP2は 上 皮 細 胞 極 性 な ら び に 細 胞 増 殖 の 制 御 に 関 わ り 、C噂 へ に よ る そ の 脱 制 御 は 胃 が ん 発 症 に 密接 に 関 与 す ると 考 え ら れ る こ と か ら 、 著 者 が本 研 究 で 得 た新 た な 知 見 はc . 酣 遺 伝子 陽 性 ピ ロ リ 菌感 染 に 起 因 した 発 が ん の 分 子 メ カ ニ ズ ム の 解 明 の み な ら ず 、 そ の 予 防 か ら 治 療 に 至 る 今 後 の 胃 が ん 研 究 に 対 し て 貢 献 す る と こ ろ 大 な る も の が あ る 。
よ っ て 著 者 は 、 北 海 道 大 学 博 士 ( 理 学 ) の 学 位 を 授 与 さ れ る 資 格 あ る も の と 認 め る 。
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