博士(農学)秋山 克 学位論文題名
Arbuscular 菌根菌を接種した菌根性および 非菌根性作物にみられる生長促進効果に関する研究
学位論文内容の要旨
近年,持続可能な環境保全型農業の実現のために,農薬や化学肥料を極力使わない 有機農業が注目され,菌類による自然循環機能を作物栽培に利用しようという微生物農 法に 関心 と期 待が寄 せら れて いる.微生物資材の中でもArbu scular菌根菌(AM菌)
は明確な効果が期待できることから,園芸作物栽培での育苗や,施設園芸での利用が始 まっている.これまでの研究によって,AM菌との共生関係を成立させる菌根性作物で は明確な生長促進効果が現れ,AM菌との共生関係を成立させない非菌根性作物では生 長促進効果は認められないとされていた.ところが本研究の中で,非菌根性作物である キャベツを用いた場合,AM菌の感染;ま認められないにも関わらず,生長が促進される という事実に直面した.
そこで本研究では,菌根性作物としてアスバラガスを材料に,組織内成分含量毅ら びにそれに関連した酵素活性を測定し,AM菌が感染した植物体の生理的な変化に着目 して生長促進効果の解析を行った.一方,非菌根性作物としてキャベツを材料に,AM 菌が感染していなしヽ植物体でもたらされた生長促進効果の要因について,組織内成分の 変化,さらにキャベツ実生の根の表面殺菌後に検出される糸状菌(根内糸状菌)に着目 して検討を行った.
本論文の要旨は,以下の通りである.
1. AM菌の形態観察ならぴに核DNA量の変化
AM菌を各種顕微鏡で観察したところ,胞子内および菌糸に大量の核が観察された.
また,補助細胞や胞子嚢様器官内にも核の存在が認められた.フローサイトメトリーに よ る 分 析か ら , 休 眠 胞 子 内 に はDNA量がC,2C,3Cと3種類 の核 が確 認さ れ, それ らの核は,胞子の発芽とともに減少し,菌糸へと移行したことが認められた.この観察 は,AM菌 の生 長促進 効果 に重 要な りン の輸 送に ,胞 子内 およぴ菌糸内のDNAが関与 していることを示唆するものである.
‖, AM菌の感染による菌根性作物の生長促進
土 壌 へ の4段 階 の り ン 施 用 量(PO,P20,P100およ びP500) を設定 し, アス バラ ガ ス 実 生 へ のAM菌接 種試 験を 行っ た.AM菌 が感 染し たア スバ ラガス にお いて ,生 長促進効果が認められ,その効果はりン肥料を施用することで増大したが,適正施用量 を 大 幅 に 超 え るP500 (500 mgP205/100g乾 土) では 生長 が抑 えられ ,AM菌の 感染 率ならぴに接種効果も抑えられた.擬葉,主茎および吸収根においては,乾物重と単位
乾物重あたりの糖含量との間に負の相関が認められた(Pく0.01).一方貯蔵根におしヽて は,乾物重の増加にともない糖含量が増加した.
糖代謝関連酵素の活性を調査したところ,分解酵素に分類されるインベルターゼおよ びmフル ク トシ ダ ー ゼは ,AM菌 の感 染によっ て主に地 上部で活 性が増大し た.一方 合成酵素に分類されるスクロース:スクロース1F̲フルクトシルトランスフェラーーゼお よび1F̲フル クトシルト ランスフ ェラーゼ はAM菌の感 染によって主に地下部で活性が 抑制され た.以上の ことから ,AM菌の感染により,植物体内で低次の糖が増加する方 向に糖代謝関連酵素の活性が変換され,エネルギ一源として糖が利用しやすくなったと 考えられる.
擬葉 におけるク 口口フイ ル含量は ,土壌が りン欠乏 の場合に のみAM菌の感 染によ って顕著に増加し,リンが十分に土壌に存在する場合には,ク口口フイル含量の変化は みられな かった.土 壌中のり ンの多少に関わらず,AM菌が感染したアスバラガスの光 合成 関 連組 織 に おい て は, 旺 盛 な光 合 成 能が 発 揮さ れ て いる ことが考 えられた . AM菌の感染 によって, 貯蔵根およぴ吸収根における遊離アミノ酸含量およぴ可溶性 夕ンバク質含量が増加した.このことは,アスバラガスでは貯蔵根に炭素源としての糖 の蓄積に加え,窒素源としてタンバク質やアミノ酸を蓄積することを示している.また,
酵素や構造夕ンバク、質の増加,およぴ遊離したアミノ酸の増加に伴い,組織内における 各種代謝が活発化したことが考えられる・
貯蔵根や吸収根におけるホスフアターゼ活性の増大は組織中への遊離したりン酸の増 加を もたらし, 感染によ ってAM菌か ら受け取 ったりン が組織中 を移動しや すくなっ たことを示している.
以上の結 果,AM菌が感 染したアスバラガスの実生においては,代謝や構造に関わる 種々の物質が,組織中で転流・分配しやすしヽ形態に変換され,活発に利用された結果,
生長が促進したものと考えられる.
川. AM菌を接種した非菌根性作物の生長促進
非菌 根 性 作物 で ある キ ャ ベツ の 実生 にAM菌 を 接 種し た とこ ろ,AM菌 の感染は 認 め られな かったに も関わら ず,生長が 促進され た.接種 試験の作 業行程の 中でAM菌 以外の要因が作用した可能性が考えられたが,検討の結果,それらの可能性は除去され た .資材 の種類,AM菌の菌種 による差は あったも のの,AM菌 が含まれ る資材の 接種 により生長促進が明確になった.キャベツにおいては,′組織内糖含量および遊離アミノ 酸 含量に ,アスバ ラガスで 認められた ようなAM菌 の感染に よる変化 は認めら れなか った.
生長が促進されたキャベツ実生の根を表面殺菌し,根内から検出された糸状菌(根内 糸状菌)を単離し,それらの糸状菌を単独でキャベツ実生に接種したところ,いくっか は無接種のものと比較して実生の生長が促進された.無接種区から単離された糸状菌の 接種 では,実 生の生長 は促進されないか,抑制する菌株も認められた.AM菌資材を接 種す ると,単 離した糸 状菌単独の場合よりも生長は促進されたことから,AM菌とそれ らの糸状菌との相互作用,あるいは糸状菌同士の相互作用が植物の生長にとって有利に 働くことが示唆された.他の非菌根性作物として,ホウレンソウ,ソパ,ハクサイの実 生に対する接種試験を行ったが,生長促進はみられず,場合によっては抑制効果も認め られ ,キャベ ツの実生 とは異なる反応を示した.AM菌接種による反応が植物種によっ て異なったのは,土壌中の微生物が作り出す根圏環境と植物との親和性の差違および生 育環境(温度,水分条件など)の差違によるものと考えられ,今後の重要なテーマとな ろう.
本研究の結果から,AM菌の接種による,感染を経由した植物体の生長促進と,感染 を経由しない生長促進には,異なる機構が作用していることが示された.今後,植物組 織内,および根圏に対する園芸生態学的なアプローチにより,新たな微生物利用法の提 案や,自然生態系における植物と微生物との相互作用の解析に役立っものと考える.
学位論文審査 の要旨 主査
副査 副査 副査
教授 教授 教授 助教授
大 澤 勝 次 冨 田 房 男 内 藤 繁 男 増 田 清
学 位 論 文 題 名
Arbuscular 艮菌 を接 種 した 菌根 性お よび 非菌 根性作物にみられる生長促 進効果に関する研究
本 論 文 は4章 か ら 按 り 、 図41, 表19, 引 用 文 献107を 含 む 、 総 頁 数130の 和 文 論 文 で あ り 、 他 に 参 考 論 文3編 が 付 さ れ て い る 。
近 年 、 持 続 可 能 な 環 境 保 全 型 農 業 の 実 現 の た め に 、 菌 類 に よ る 自 然 循 環 機 能 の 活 用 が 注 目 さ れ 、 微 生 物 農 法 へ の 関 心 と 期 待 が 高 ま っ て い る 。 中 で も 菌 根 菌 は 、 植 物 と の 共 生 関 係 を 成 立 さ せ 、 そ の 植 物 に 生 長 促 進 効 果 を 示 す の で 、 施 設 園 芸 や 育 苗 へ の 利 用 が 始 まっ て い る。 こ れ まで の 知 見 では 、 菌 根菌 が 感 染せ ず 、 共 生 関 係 が 成 立 し な い ア ブ ラ ナ 科 植 物 な ど に は 生 長 促 進 効 果 は 無 い も の と 考 え ら れ て い た 。 と こ ろ が 、Arbuscular菌 根 菌 (AM菌 ) を 用 い た 本 実 験 中 に 、 非 菌 根 性 作 物 の キ ャ ベ ツ を 用 い た 場 合 、AM菌 の 感 染 は 認 め ら れ な い に も 関 わ ら ず 、 生 長 が 促 進 さ れ る 事 実 に 直 面 し た 。 そ こ で 本 研 究 は 、 菌 根 性 作 物 と し て ア ス パ ラ ガ ス を 用 い 、AM菌 が 感 染 す る 作 物 の 生 長 促 進 効 果 を 解 析 し 、 同 時 に 、 非 菌 根 性 作 物 と し て キ ャ ベ ツ を 用 い 、AM菌 が 感 染 し な い 作 物 の 生 長 促 進 効 果 の 要 因 を 解 析 し た も の で あ る 。 得 ら れ た 結 果 の 概 要 は 以 下 の と お り で あ る 。
1. AM菌 の 形 態 観 察 な ら び に 核DNA量 の 変 化
AM菌 の 胞 子 内 お よ び 菌 糸 に 大 量 の 核 が 観 察 さ れ 、 補 助 細 胞 や 胞 子 嚢 様 器 官 内 に も 核 が 散 在 し て い た 。 フ ロ ー サ イ ト メ ト リ ー に よ る 核 量 分 析 か ら 、 休 眠胞 子 内 に はDNA量 がC,2C,3Cと3種 類 確 認 さ れ 、 菌 の 発 芽 と と も に 減 少 し 、 菌 糸 へ と 移 行 し た 。 こ の 観 察 は AM菌 の 感 染 と 生 長 に 重 要 な 役 割 を 果 た し て い る り ン の 輸 送 に 、 DNAの 移 行 が 関 与 し て い る こ と を 示 唆 す る も の で あ る 。 2. AM菌 の 感 染 に よ る 菌 根 性 作 物 ( ア ス パ ラ ガ ス ) の 生 長 促 進 育 苗 土 の り ン の 施用 量 を4段 階(PO,P20,Pl00,P500)に設 定 し 、ア ス パ ラガ ス
の実生 ヘAM菌接種を 行って生育 量等を測定 した。AM菌の接種はりンの施用 と同様か、それ以上の効果のあることが認められた。乾物重と糖含量の関係で は、擬葉、主茎および吸収根においては負の相関(P<O.Ol)が認められ、貯蔵根 のみ乾物重の増加にともない糖含量が増加した。そこで、糖の代謝に関連する 酵素活性を調査したところ、分解酵素(Invertase等)はAM菌の感染によって 地上部で活性が増大し、合成酵素(Fructosyltransferase等)はAM菌の感染によ って地 下部の活性 が抑制され ていること が明らかとなった。このことはAM 菌の感染によって植物体内で低次の糖が増加する方向に酵素が変換され、糖が 利用されやすくなっていると考えられる。
AM菌の感染によって貯蔵根および吸収根における遊離アミノ酸含量および 可溶性タンパク質含量が増加していることが明らかとなった。このことは組織 内における各種代謝が活発化していることを示し、特にphosphataseの活性増 大は組織中の遊離リン酸の増加をもたらし、AM菌から受けとったりンが移動 しやすくなったと判断できる。
3. AM菌を接種した非菌根性作物(キャベツ)の生長促進
AM菌の感 染は認めら れないにも 関わらず、 キャベツの実生にAM菌を接種 すると生長促進が認められる原因を検討した。まず、AM菌資材などのオート クレーブ処理等により、菌以外の要因の点検が行われ、キャベツにおける生長 促進効果が確認された。一方で、AM菌感染性のアスパラガスで確認された組 織内糖 含量や遊離 アミノ酸含 量の変化は キャベツでは認められなかった。
生長が促進されたキャベツ実生の根を表面殺菌し、根内から検出された糸状 菌(根内糸状菌)を単離し、それらの糸状菌を単独でキャベツの実生に接種し てその効果を検討した。無接種区から単離した糸状菌には生長を促進する菌株 は全くなかったが、AM菌接種区からの糸状菌には明らかに生長を促進する菌 株があった。また、これらの単離糸状菌単独の場合より´AM菌資材を接種し た時の生長促進効果の方が大きく、AM菌と糸状菌との相互作用、あるいは糸 状 菌 同 士 の 相 互 作 用 にAM菌 の 存 在 が 有利 に 働い て いる と 考え ら れた 。 本研究の結果から、AM菌の接種による感染を経由した生長促進効果と、
感染を経由しない生長促進効果には異なる機構が関与していることが示され た。今後、植物組織内、および根圏生態系に対する園芸学的なアプローチによ り 、 新 た な 微 生 物 利 用 農 法 の 展 開 に 生 か さ れ る こ と を 期 待 す る 。
以上 のように本 研究は、非菌根性作物(キャベツ)におけるAM菌接種後 の生長促進効果の存在を初めて明らかにし、従来認知されていた菌根性作物(ア スパラガス)の生長促進効果とは異なる機構が存在していることを明らかにし たものであり、学術上、応用上高く評価される。よって審査員一同は秋山克(ま さ る )が 博 士( 農学)の 学位を受け るに十分な 資格を有す ると認めた 。