博士(獣医学)林谷秀樹 学位論文題名
わが国で分離されたYers えnLa en とercoli とiCa 血 清 型 0 : 8 菌 の 生 態 と 病 原 性 に 関 す る 研 究
学位 論文内容の要旨
食 中 毒 原 因 菌 で あ るYersiロia enとerocolj ticaの う ち ヽ0:3、 0:5,27、0:8と0:9の4血 清 型 菌 は 検 出 頻 度 が 高 く 、 代 表 的な 病 原 性 菌 と さ れ て い る 。 こ れ ら の う ち 、0:3、0:5,27と0:9は 世 界 的 に 広 く 分 布 し て い る の に 対 し 、 病 原 性 の 最 も 強 い 血 清 型0:8( 以 下0:8 菌 ) だ け は 、 北ア メ リ カ 大 陸 に ほ ぼ限 局 し て 存 在 す るとさ れて きた。
こ の た め 、 国 際 的 に は0:8菌 に対 す る 関 心 が 他 の 病原 性Y.en tero− coli ticaに 比 べ て 低 く 、 自 然 界 に お け る 本 菌 の 生 態 や 分 布 に 関 す る研究も著しく遅れている。
本 研 究 で は わが 国 の ゛ 野 ネ ズ ミ にっ い て 病 原 性Yersゴロia属 菌の感 染 調 査 を 実 施 し 、0:8菌 が わ が 国 に も 存 在 す る こ と を 明 ら か に す る と と も に 、 わ が 国 固 有 の 野 ネ ズ ミ で あ る ヒ メ ネ ズ ミ ( イpodemus argen teus)丶 ヤ チ ネ ズミ (Eo thenomys andersonj) と アカ ネ ズ ミ
( イpodemus speciosus)な ら び に マ ウ ス 、 ラ ッ ト 、 イ ヌ とプ タ に 対 す る 本 菌 の 病 原性 の 検 討 を 行 っ た 。さ ら に こ れ ら の 成果、 をも とに、
近 年 、0:8菌 感 染 症 の 散 発 流 行 が み ら れ る 青 森 県 津 軽 地 方 に お い て 本 菌 の 病 原 巣 動 物 と 感 染 経 路 を 調 査 し 、 疫 学 的 解 析 を 行 っ た 。 第 1章 1989年8月 か ら1990年10月 ま で 、 わ が 国 各 地 の 山 野 に お い て 各 種 の 野 生 小 型 哺 乳 類 を 捕 獲 し 、Yersiロia属 菌 の 保 有 状 況 を 調 査 し た 。Yersinia属 菌 は 、 げ っ 歯 類 で は ヒ メ ネ ズ ミ 、 ヤ チ ネ ズ ミ 、 ア カ ネ ズ ミ 、 カ ゲ ネ ズ ミ (Eo thenomys kageus)と ハタ ネ ズ ミ
(〃 icro tusロon tebell′)の5種類の野・ネズミ152匹中77匹(50.7%)、
ドブネズミ(Ra ttus nor vegicus)とクマネズミ(Rattus rattus)の2 種類の住家性ネズミ56匹中2匹(3.6%)、合計208匹中79匹(38.0%)か ら、 ま た、 食虫 目 動物 では ヒ ミズ (Urotrichus tolpoides)、ト ガ リネズミ(Sorex shiロto)とジネズミ(Crocidura dsiロezumi)の3種 類、合計15匹中7匹(46.7%)から分離された。さらにy.en terocoー litメcaは野ネズ ミ152匹中58匹(38.2%)と住 家性ネズミ56匹中1匹
(1.8%)および食虫目動物15匹中5匹(33.3%)から分離された。そこ で こ れ ら の 分 離 株 に っ い て 血 清 型 別 を行 っ たと ころ 、 新潟 県浅 草 岳で 捕 獲さ れた ヒ メ・ ネズ ミ4匹とヤチネズミ1匹由来の5株が0:8菌 と同 定 され た。 本 例は げっ 歯 類か らの0:8菌 の世 界最 初 の分 離例 で あ る と 同 時 に 、 常 在 流 行 地 で あ る 北 米以 外 の地 での 野 生動 物か ら の最初の報告例である。
第2章 日 本 の 山 野 に 広 く 生 息 す る ヒ メ ネ ズ ミ 、 ヤ チ ネ ズ ミ と ア カネ ズ ミを 用い て 、新 潟県 の ヒメ ネズ ミ から 分離 さ れた0:8菌の 経 口 投 与 実 験 を 行 い 、 こ れ ら の 野 ネ ズ ミの 感 受性 を検 討 した 。す な わち、ヤチネズ ミとアカネズミにおけるIDso値はそれぞれ10゜. と 10 , ̄であった。 これら3種類 の野ネズミはいず れも経口投与によ っ て 不 顕 性 感 染 を 起 こ し 、 無 症 状 の まま 長 期間 糞便 に 排菌 した 。 排 菌 期 間 は ヤ チ ネ ズ ミ で7〜21日 間 、ア カネ ズ ミで10 28日 問、 ま た 、 ヒ メ ネ ズ ミ で35〜49日 問 で あ っ て 、ヒ メ ネズ ミの 排 菌期 間が 他の2種 類より長かった。こ れらの ことから 、これらの野ネズミは 自 然 界 に お い て も0:8菌 の 病 原 巣 と な り 得 る も の と 判 断 さ れ た 。 第3章 実 験 動 物 に 対 す る0:8菌 の 病 原 性 を み る た め に マ ウ ス と ラッ ト を用 い、0:8菌 の経 静脈 あ るい は経 口 投与 実験 を 行っ た。 マ ウスの経静脈投 与によるIDso値とLDso値はいずれも<10°.。個、ま た、経口投与に よるIDso値は<10゜.9個、LDso値は<105:2個であっ た 。 す な わ ち 、 本 菌 の 経 静 脈 投 与 は 微量 で もマ ウス に 致死 的で あ っ た が 、 経 口 投 与 で は わ ず か な が ら 生残 例 も認 めら れ た。 また 、 ヒ メ ネ ズ ミ 由 来0:8菌 は 北 米 で 分 離 され たヒ ト 敗血 症由 来 の0:8菌 WA株よルマウスに対する病原性が強かった。
ラ ット に0:8菌 を 経静 脈投 与した場合のIDso値とLDso値は それぞ
れ <103.5 と l05 ‥ 、また、経口投与では IDso 値は l04 ‥、 LDso 値は 死亡例がないため算出できず10  ̄。個以上となった。少量の経静脈 投与では発症し ても回復例が多く、菌量の増加とともに死亡率も 次第に上昇し、 投与菌量と死亡率との間に相関が認められた。ま た、l05 個以上の投与群では関節炎様の所見を示す個体が観察され た。しかし、ラット、では大量に経口投与しても関節炎症状は現れ ず、しかも全例が糞便に長期・間排菌しながら回復した。すなわち、
これらの成績は マウスの場合とは著しく相違し、むしろ野ネズミ の成績に類似することが明らかとなった。
第 4 章イヌにっいて経口 投与による 0:8 菌の病原性を検討した。
0:8 菌の経口投与後に NaHC03 液を飲ませた場合、幼犬(4 ケ月齢)で 106 個、また、成犬(12 〜24 ケ月齢)でl09 個以上の投与量で感染が成 立し、持続的.な糞便への排菌が認められた。排菌期間は、幼犬で は 7 21 日間、また、成犬で は7 〜14 日間であった。排菌の認めら れた個体では発 病例は認められなかったが、投与菌に対する血中 凝集素価と ELISA 抗体価が上昇し た。しかし、0:8 菌の経口投与後 に NaHC03 処理を受けなかったイヌでは感受性が低く、自然感染し にくいことが示唆された。
第 5 章ブタ における 0:8 菌の経口投与実験では、 2 ケ月 齢のブタ で 1035 日問にわた る直腸便への排菌が認められ たが、その排菌 量は少なく、しかも大部分が断続的であった。また、4 ケ月齢のブ タでは直腸便で も排菌が認められなかった。しかし、排菌例の多 くは症状を全く 示さなかったものの、投与菌に対する血中凝集素 価が上昇し、感 染の成立が認められた。すなわち、ブタでは主に 幼豚が不顕性感 染を起こして糞便にも排菌し得ることから、食肉 などの汚染源としても重要と思われる。
第 6 章 人の 0:8 菌 感染 症の 散 発流 行が みら れた青森県 津軽地方
において、 1992 年の 11 月、1993 年の6 月と8 月の3 回、本菌感染既往
者の居住地周辺で野ネズミを捕獲して0:8 菌の分離を試みるととも
に、野ネズミと 患者発生との関係を検討した。 0:8 菌は 1993 年の 6
月と 8 月に捕獲されたヒメネズミ、ヤチネズミとアカネズミで.、合 計193 匹中10 匹(5 .2% )から分離された。そこで、野ネズミ10 匹と患 者 12 例から分離された 22 株の 0:8 菌にっいて、プラスミドの保有状 況を調査したところ、全株から病原性プラスミ,ドが検出された。
次に、これらのプラスミドをCf oI で処理して制限酵素切断像を比 較した ところ、これらは I 型と u 型の 2 っに分 類され、しかも両型 は野ネ ズミと患者のいずれの分離株でも観察された。これらのこ とから本地方で発生した 0:8 菌感染症患者の散発流行には感染源と して野ネズミが重要な役割を果たしていることが明らかとなった。
以上の如く、本研究によりこれまで北米大陸にほぼ限局して分
布すると思われていた0:8 菌がわが国の野ネズミにも保有され、人
への感 染源となっていることが明らかとなった。さらに、野生げ
っ歯類 から人への感染経路にっいても疫学的な解明を行うととも
に、マ ウス、ラット、イヌとプタに対する本菌め病原性にっいて
実験的 な検討を加えた。これらの成果は、今後の本菌感染症の予
防 対策 を 確立 する 上の基 礎資料として極めて重要と思 われる。
学位論文審査の要旨 主 査 教 授 橋 本 信 夫 副 査 教 授 喜 田 宏 副 査 教 授 小 沼 操 副 査 助教 授 高島 郁夫 学 位 論 文 題 名
わが国で分離されたy ersLnza en とercoli とfc 〇 血 清 型 0 : 8 菌 の 生 態 と 病 原 性 に 関す る 研 究
食中毒原因菌であるYersinia enterocoliticaのうち病原性の0:3菌、0:5,27 菌と0:9菌は世界的 に広く浸淫し ているのに対 し、最強毒の0:8菌は北米大陸 に限局して分布するとされてきた。
申請者iま0:8菌を わが国の野ネズミから分離するとともに各種動物に対す る本菌の病原性とヒトヘの感染源としての動物の役害|jを検討した。本論文は 和文146頁からなり、参考論文14編を付している。
わが国に生息す る野ネズミに ついて病原性Yersinia属菌の感染調査を行っ たと こ ろ、 新潟 県で捕獲され たヒメネズミ4匹 とヤチネズミ1匹から計5株の 0;8菌 が分 離 された。 これはげつ歯 類からの本菌 の世界最初の 分離例として 注目 さ れた 。そ こでヒメネズ ミ、ヤチネズ ミとァカネズミ に0:8菌を経口投 与 し た と こ ろ 、 い ず れ も 無 症 状 の ま ま 糞 便 への 長 期排 菌が 観 察さ れ た。
実験動物ではマウスの感受性が著しく高く、経口投与で大部分が死亡した。
ラッ ト は経 静脈 投与では10:個以上 で関節炎様症 状を発現して 死亡したが、
経口投与では 不顕性感染し た。イヌとブタ も経口投与では不顕性感染し、血 中抗体価の上 昇が認められ た。すなわち、 これらの動物はいずれも本菌感染 後 長 く 糞 便 に 排 菌 し 、 病 原 巣 と な り 得 る こ と が 判 明 し た 。 次 に、0:8菌感染症患 者が散発した 青森県津軽地方 で野ネズミか ら分離さ れた0ご8菌10株と患 者由来の12株、計22株の保有するプラスミドについて制 限 酵 素 切 断像 を 比較 し たと こ ろ、 こ れら はI型とH型 の2群に 分 類さ れた 。 また 両 型は ヒト と野ネズミの いずれの0:8菌にも 保有されてい たことから、
本 地 方 で は ヒ ト へ の 感 染 源 と し て 野 ネ ズ ミ の 重 要 性 が 示 唆 さ れ た 。 これらの成果は 本症の予防対 策を確立する 上の基礎資料として極めて重要
と思われる。よって審査員一同は林谷秀樹氏が博士(獣医学)の資格を有す るものと認めた。