博 士 ( 医 学 ) 穏 騨 一 利
学 位 論 文 題 名
発 育 ラ ッ ト 脳 の 水 素 お よ び 燐 31 の 磁 気 共 鳴 ス ペ ク ト ロ ス コ ピ ー
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
1.研 究目的
脳 の発育 は, 神経細 胞及び 神経膠細胞の増殖,移動,そして分化といった段階に分けられるが,
ラ ットの 脳は人 間のそ れと 比較し てかな り未熟 な状 態で生 まれ, 生後に 神経細胞の分化及び神経 膠 細胞が 起こっ ている 。こ れら脳 での形 態変化 は同 時に劇 的な質 的変化 ,すなわち生化学的変化 を 伴って いる。 本研究 は, 著明な 質的変 化が起 こる 新生児 期のラ ットの 脳を材料に,生後28日ま で の 脳 の 成熟 の 生 化 学 的変 化 を ,1Hお よ び31Pスペク トロピ ーを 用いて ,工ネ ルギー 代謝, 燐 脂 質 の 代 謝, 脳 内pH,脳内 各種ア ミノ酸 の変 化を無 侵襲的 に,か つ系統 的に 解明す ること を目 的 として 行われ た。
1| ,方 法 1. 動物モ デル
Sprague−Dawleyラッ ト の 雌 ( 生後14←24週 )を 生殖可 能な雄 と交 尾させ ,腔ス メアに て精 子が陽 性な のを確 認した 上で, 雄より分離,飼育し,自然出産させた仔を使用した。発達によ^る 脳 の変 化 を み る ため , 生 後1,4,7,10,14,18,22,28日 目 の (各5匹 )計40匹を用 いた。
母親, 仔ラ ット共に固定食,水共に自由に飲食させ,飼育した。測定の際は,Ketamine hydrochlo‑
ride50mg/kg腹腔 内 投 与 に て麻 酔 し た 上 で,NMRプ ロー べ に 設 置 した 。な お生後10日以 降の仔 にっい ては ,脳以 外の信 号の混 入を防ぐために,.頭皮と―部側頭筋を剥離して,実験に用いた。
2. MR spectroscopy
使 用 機 種 は ,Nicolet社 製NMRシ ス テ ムNTF―200( 静 磁 場 強 度4.7Tesla)で ある 。 ス ペ ク ト口 ス コ ピ ー のコ イ ル と し て ,テ フ 口 ン 防 水し た14Gaugeの 銅線 に て 作 成 した8X12mmの 楕 円 形の 自 家 製 表 面コ イ ル を 用 い ,1Hと31Pの 両 方 に 同調 可 能 の ス イッ チ コ イ ル を使 用 し た 。 a)1H 1331―2662composite pulseに よ り 水及 び脂肪 の信号 抑制 を行い ,spectraを得 た。
1331pulseと2662pulseの間には68msecのエコー時間をおいた。繰り返し時間は2.5秒,掃引幅 は2000Hz,データポイン卜数は4K(4096),加算回数は512回とした。信号の初期成分に残存 する 強い水 および 脂肪の 信号を 抑制す るために,正弦関数のwind owを掛け,この信号を Fourier変換して周波数領域の信号を得た。
b)31PHspectroscopyが 終 了 し た と こ ろ で , 次 に コ イ ル を31Pに 同調 し ,31Pの spectraをlpulse sequenceにより測定した。励起パルス幅は20〃,掃引幅は6000Hz,デ一 夕ポイント数は4K (4096)とした。得られた自由滅衰信号に雑音フアル夕―として30Hz の 指 数 関数 を か け ,F ou ricr交 換 し, 位 相 補正を 行い,31Pのspectraを 得た。
III.結 果
新生児ラット脳のIn vivoの1Hのspectraの化学シフトでは,テトラメチルシランを基準(O ppm)と し て,2.02ppmにN―Acetyl―aspartate(NAA),3.04ppmにCreatine,3.21 ppmにCholineの 各 ピ ー ク を 認め た 。 ま た31Pで はPhosphocreatine(PCr)を 基 準(O ppm) と す る が ,6.79 ppmにPhophomonoester(PME),5.05ppm前 後 にInorganic phosphate(Pi),2.6ppmにPhophodiesterくPDE), ー2.54ppmにァ ―ATP, ―7.59 ppmにd一ATP, ←16. 44ppmに ロ‑ ATPの 各 ピ ー ク を 同 定 し た 。 生 後1日 目 の1Hの specctraではNAAが非 常に低く ,Cholineが 高かっ た。ま た3.47ppmの位置にTaurineに よると考えられるピークが認められた。
31PのspectraではPMEの ピ―ク が高く ,PCrのピ ークは まだ低 い所見 がえられた。生後 4日 目 で は1Hのspectraで,NAAの ピー クが上 昇し,Taurineのピー クは同 定不能 となっ た。 生後7日 目ではCholineのピークがCreatineと同レベルとなっており,31Pのspectraで はPCrが やや上 昇して きている。生後10日後ではNAAの急激な上昇がみられた。生後14,18 日で はCholineのピ ークが かなり 減少し ,NAAの一層の上昇がみられる。またPCrが上昇し てい る。生後22,28日 ではCholineのピークは非常に減少しNAAのピークはCreatineよりか な り 高 く な っ て い る 。 ま たPCrが 上 昇 し ,PMEの 減 少 が 著 明 と な っ た 。 発育 の時期 によっ ても脳の 細胞内ATPのレ ベルは不変であると言う多くの報告よルロ−
ATPを 指標(ratioの分 母)と して,Phophocreatine (PCr),Phosphomonester(PME),
無機 燐(Pi),pHの 変化, さらにNAA,Cholineの 脳の成熟に伴う変化をまとめると,PCr/ ロ‑ ATPは生後28日聞直線状に増加を示し,一次回帰直線による解析でも明らかな相関係数
を認め,相関係数はO. 99であった。PMEは生下時に高く,生後およそ10日後にピークを示し,
その後滅少している。NAAは生下時には低く,その後著しく増加し,生後28日後にはおおよそ プラトーに達した。Cholineは生下時には高く,生後7日後そして20日後と2段階で減少してい た。Taurineは生後1日目のみ認められたが,その後は認められなかった。なお生後の脳の成 熟 に 伴 う 脳 内 の pHの 変 化 な ら び にPiの レ ベ ル の 変 化 は 認 め ら れ な か っ た 。
IV.考 案
本 研究 ではIn vivolH,31PのspectroscopyによりPCr,NAAが生下時には低く ,その後 発達と共に増加すること。Choline,Taurineは逆に生下時には高く,その後滅少していくこと。
PMEは生後10日頃にピー クを示すこと。また、pH,Piなどは新生児期のmaturationでは変 化しない等がわかった。ラット脳の形態的発達は4っの時期にわけることができる。すなわち,
第1期は(出生前)は神経細胞の増加がみられ,第2期(生後1日から10日)は軸索の成長と樹 状突起の増加がみられ,第3期(生後10日から20日)では急速な髄鞘形成,そして第4期(生後 20日から30日)は緩徐な髄鞘形成がみられる最終成熟期と言われている。本研究でみられる物質 の変化は,これら発達の時期を反映していると言える。
生後の発達期に於いて自由工 ネルギーの基本単位であるATPは一定レベルを示すと言われ る 。それとは対照的に,PCrは日令と直線的増加をしめした(相関係数0.99)。PCrの脳の成 熟に伴う増加は,神経運動の増加によるエネルギー消費の増大を反映していると思われる。燐脂 質は全脳の脂質の60%以上を占める腫瘍成分であり,細胞膜の構成に関与している。その燐脂質 の 前 駆体 にあ たる のがPMEであり,Phosphoethanolamine,Phosphocholineに代 表される が,本研究に於いても,PMEは生後10日目に最も高く,これは脳細胞の増殖が細大となる時期 と よく一致している。NAAは成熟した哺乳動物のなかで2番目に多いアミノ酸であるにもかか わらず,脳での役割は依然として不明である。しかしながらその急激に増加する時期が脳内の髄 鞘形成の盛んな時期と一致することから,NAAのアセチル化した物が,脂肪酸の生合成の原料 と して,発育する脳の髄鞘形成 に於いて重要な役割を果た している可能性が示唆される。
VI.結 論
新生児の ラットの生後28日までの脳の成熟の生化学的変化を1Hおよび31Pスペクト口スコ ピ ー を 用 い て , 経 時 的 に 観 察 す る こ と に よ り , 次 の 結 論 を 得 た 。 1)PCr7ロ―ATPは生後28日間直線状 に増加を示した(相関値二二O.99)。PME/ロ・ATP
は生下時に高く,生 後およそ10日後にピークを示 し,その後滅少していた。2)脳内pH及び Piのレベルは生後28日間では変化はなかった。3)NAAは生下時には低く,その後増加し,
生後28日後におおよそプラ卜―に達していた。4)Cholineは生下時には高く,生後7日後そし て20日後と2段階で減 少していた。5)Taurineは 生後1日目のみ認められたが,その後は認 められなかった。
学位論文審査の要旨
脳の発育は,神経細胞及び神経膠細胞の増殖,移動,そして分化といった段階に分けられる。
ラットでは生後速やかに神経細胞の分化および神経膠細胞の増殖,分化がおこっている。本研究 は,急速に質的変化が起こる新生児期のラッ卜の脳を材料に,生後28日までの脳の成熟の生化学 的変化を,1Hおよび31Pスペクト口スコピーを用いて,工ネルギー代謝,燐脂質の代謝,脳内 pH,脳内各種アミノ酸の変化を非侵襲的に,系統的に解析した。
新生児期のラッ卜脳のIn vivoの1Hの化学シフトでは,テトラメチルシランを基準として2. 02ppmにN亠acetyl―aspartate (NAA) ,3.04ppmにCreatine,3.21ppmにCholineの 各 ピ ー ク を 認 め た 。 ま た31Pで はPhosphocreatine(PCr)を 基 準と して ,6.79ppmに Phosphomonoester (PNE),5,05ppm前後に無機燐(Pi),2.6ppmにPhosphodiester,―
2. 54ppmに7―ATP,−7.59ppmにd―ATP,‑ 16. 44ppmに ローATPの各 ピー クを 同 定 し た。 生後1日 目の1Hで はNAAが 非常 に 低く ,Cholineが高かった。また3.47ppmの位置 にTaurineによ ると 考え られ るピークが認められた 。31PではPMEのピークが高 く,PCrの ピークはまだ低 い所見がえられた。生後4日 目では1Hで,NAAのピークが上昇し,Tau rine のピークは同定 不能となった。生後7日目ではCholineのピークがCreatineと同レベルとなっ て おり,31PではPCrが やや上昇してきている。生後10日後ではNAAの急激な上昇 がみられ た。生後14,18日ではCholineのピークがか なり減少し,NAAの一層の上昇がみられた。ま たPCrの上昇がみられた 。生後22,28日ではCholineのピークは非常に減少しNAAのピーク
弘雄 厚 輝和 部橋 部 阿石 阿 授授 授 教教 教 査査 査 主副 副
はCholineよ り か な り 高 く な って い た 。 ま た31Pで はPCrが 上 昇 し,PMEの減 少 が 著 明 であ っ た 。p―ATPを 指 標(ratioの 分 母 ) と し てPhophocreatine (PCr),Phosーphomonoester
(PME), 無 機燐(Pi,pHの 変 化 , さら にNAA,Cholineの 脳 の成 熟 に 伴 う 変化 を ま と め ると , PCr/ロ‑ ATPは 生 後28日 間 直 線 状 に 増 加 を 示 し , 一 次回 帰 直 線 に よる 解 析 で も , 明か な 相 関 係 数を 認 め , 相 関係 数 はO.99であ った 。PMEは生下 時に高 く,生 後お よそ10日 後にピ ーク を 示 し , そ の 後 減 少 し て い た 。脳 内pHお よびPiの レベ ル は 生 後28日 間 で は 変化 は な か っ た 。 NAAは 生 下 時 に は低 く , そ の 後著 し く 増 加 し, 生 後28日後 に は お お よそ プ ラ ト ー に達 し た 。 Cholineは生 下 時 に は 高く , 生 後7日後 そ し て20日 後 と2段 階で 減 少 し て いた 。Tau rineは 生 後1日目 のみ認 められ たが, その 後は認 められ なかっ た。
ラッ ト 脳 の 形 態的 発 達は4っ の時期 にわ けるこ とがで きる。 すなわ ち, 第1期 は( 出生前 )は 神経 細胞の 増加が みら れ,第2期 (生後1日 から10日 )は軸 索の 成長と 樹状突起の増加がみられ,
第3期( 生 後10日か ら20日 )では 急速 な髄鞘 形成, そして 第4期(生 後20日 から30日 )は 緩徐な 髄鞘 形成が みられ る最 終成熟 期と言 われて いる。 本研 究でみ られる 物質の 変化は,これら発達の 時期 を反映 してい ると 言える 。
生後 の 発 達 期 に於 い て 自 由 工ネ ル ギ ― の 基本 単位 であるATPは 一定レ ベルを 示す と言わ れて い る 。そ れ と は 対 照的 に ,PCrは 日 令 と 直 線的 増 加 を し めし た ( 相 関係 数0.99)。このPCrの 脳の 成熟に 伴う増 加は ,神経 活動の増加によるエネルギー消費の増大を反映していると思われる。
燐脂 質は全 脳の 脂質の60%以上 を占 める主 要成分 であり ,細 胞膜の 構成に関与している。その 燐 脂 質 の 前 駆 体 に あ た る の がPMEで あ り ,Phophoethanolamine,Phophocholineに代 表 さ れ る 。本 研 究 に 於 いて も ,PMEは 生 後10日目 に 最も 高く, これは 神経細 胞及び 神経 膠細胞 の増 殖が 細大と なる時 期と よく一 致して いた。
NAAは 成 熟し た 哺 乳 動 物に な か で2番目 に 多 い ア ミ ノ酸 で あ る に もか かわら ず,脳 での役 割 は依 然とし て不明 であ る。し かしな がらそ の急激 に増 加する 時期が 脳内の 髄鞘形成の贐んな時期 と 一 致す る こ と か ら,NAAの アセ チ ル 化 し た物 が, 脂肪酸 の生 合成の 原料と して, 発育 する脳 の髄 鞘形成 に於い て重 要な役 割を果 たして いる可 能性 が示唆 された 。
口頭 発 表 の 審 査会 に お い て ,阿 部 和 厚 教 授よ り1H及 び31Pスペク ト口 スコピ ーの各 ピーク と そ の 絶 対 値 と の 関 係 , ま た ラッ ト 脳 で の 髄鞘 形 成 とN―acetyl―aspartate (NAA)の ピ ー ク の 関 係 , さ ら にPhosphocreatine,ATPなど の 高 工 ネ ルギ 一 燐 酸 化 合 物と ラ ッ ト の 脳の 発 達 に っ い て の 質 問 が な さ れ た 。ま た 石 橋 輝 雄教 授 よ り , ロ・ATPが31Pの 各 ピー ク ( す な わ ち PME,Pi,PCr)と の 比 の 分 母 と し て 適 当 か , 燐 脂 質 の 前 駆体 とPME,Cholineの 関 係に っ い
て ,31Pス ペク ト口 ス コピーでのPCrと1Hスペク ト口スコピーでのCrの関係に っいて質問 がなさ れた。さらに藤本征一郎教授より,ラットの脳代謝にたいする麻酔薬の影響,MRスペ クト口スコピ一検査時の周囲の温度,発育ラットの栄養にっいて質問がなされた。最後に,寺沢 浩一教授より臨床に於ける研究の可能性にっいて質問がなされた。これらにっいて,申請者は概 ね適切な回答を行った。
本研究は発育ラット脳に於いて水素及び燐31の磁気共鳴スペクト口スコピ―を用いて,各種ア ミノ酸 等の変化を明らかにしたものであり,有意義な研究と考えられ,学位授与に値する。