博士(医学)鈴木 岳 学位論文題名
各種固形悪性腫瘍由来細胞株120 系について
yeast assay を用いた p53 ,APC , PTEN 遺伝子変異の検討 学位論文内容の要旨
【緒言】癌の発生機序の解明,生物学的特徴の解析および雛濡妻方法の開発などの研究に おいて,培養癌細胞株は実験モデルとして重要な役割を担ってきた.また,培養癌細胞 株は扱いやすいことから,各種の細胞生物学的および分子生物学的研究で正常細胞の代 役としても用いられてきた.しかし,これらの研究は培養癌細胞株における未知の遺伝 子変異により,誤った実験結果を招きうる潜Tfff<Jな危険性を有している.したがって,
各種の生物学的および医学的研究に用いる細胞株の遺伝子異常をあらかじめ同定してお くことは実験結果を評価する上で極めて重要である.本研究では各種培養癌細胞株の研 究における情報資源を提供する目的で,ヒト固形悪性腫瘍由来細胞株120系を対象に,
癌抑制 遺伝子p53,APCお よびPTENにつ いて解析 を行ったIこれらの 細胞株に関す る癌抑制遺伝子変異に関する報告はこれまでにも多くなされてきたが,しぱしぱ不正確 である,本研究では癌研究に用いられる多くの細胞株を対象に,遺伝子の状態について 信頼しうるデータベースの作製を目的とした.本結果は全ての研究者にとって重要な情 報資源になると考え入手経路の確かな細胞株を用い,変異検出に正確性が証明されて いるyeast assayによるスクリーニングを行い,塩基配列決定により正確に変異を決定 することに留意した.
休オ料と方法】細胞株:検討に用いたヒト各種固形悪性腫瘍由来細胞株は胆道癌3系,
膀胱 癌1系 ,脳 腫 瘍6系, 乳癌11系, 大腸癌13系 ,線維肉腫1系,胃癌9系,肝睡 瘍11系 , 肺 癌22系 ,melanoma8系 ,口 腔 扁 平上 皮 癌6系, 骨 肉 腫1系, 卵 巣癌 9系 ,臓 晦12系 , 前立 腺 癌4系, 腎 癌2系 ,皮 膚 癌1系の計120系である .遺伝子 解析:yeast p53 functional assay;p53遺伝子解析をTadaらの方法に従って行った.
yeast‑based PrEN stop codon assay;PTEN遺伝子解析はZlrangらの方法に従い,
ス卜ップコドンアッセイ法を用いて行った. APC yeast co()rassay;F匝N遺伝子解 析 をFUnluChiら の 方 法 に 従 い , 酵 母 カ ラ ー ア ッ セ イ 法 を 用 い て 行 っ た .
【結果】検討に用いたヒト各種固形悪性腫瘍由来細胞株120系のうち,文献報告のあ っ た細胞株71系中,25系(35.2% )に異な った結果 を認めた.p53 assayでは120 系 中 ,RT‑PCRに てcDNAの 増 幅が 得 られた ものが117系 で,その 内88系に変 異を 認 めた. Hep 3B,HRA,SaOS2の3系にcDNAの 増幅が得 られなかった.変異およ
び発現消失を認めたものは91系(75.8%)であった.その腫瘍別内訳は胆道癌2/3, 鹿罍¢i癌1/1,H畄腫瘍6/6,孚し癌8/11,:才d湯癌11/13,繕お准肉腫0/1,胃癌7/9, 肝 腫 瘍9/11, 肺 癌17/22,melanoma l/8, 口 腔扁 平 上 皮癌5/6,骨 肉 腫1/1,卵 巣 癌8/9, 膵 癌11/12,前 立 腺 癌3/4, 腎癌0/2,皮 膚癌1/1であ った,変 異は88 系に97個を認め,内訳はミスセンス変異65個(65.O閤,中断型変異23個(ナンセ ンス変異8,欠失11,挿入4冫(23.0閤,インフレーム挿入3個(3.0%),インフレーム 欠失6個(6.O%)であった,
PTENは120系 中 ,RT‑PCRでcDNAの 増 幅 が 得 ら れ た も の が112系 で , その 内 10系に12個の変異 を認めた .変異の 内訳はエクソンスキッピング3個,欠失3個,
挿 入2個 ,ナ ン セン ス 変 異3個, ミ スセ ン ス 変異1個 で ある .8系 にcDNAの増 幅 が得られなかった.PTENの異常を認めたものは胆道癌1/3,脳腫瘍3/6,乳癌4/11, 大 腸 癌1/13, 胃 癌1/9, 肝 腫 瘍2/11, 肺 癌3/22, 膵 癌2/12, 前 立 腺 癌1/4で あ っ た . 変 異 お よ び 発 現 消 失 を 認 め た も の は18/120 (15.0% )で あ っ た.
APCは120系 中 ,PCRでcDNAの 増 幅 が 得 ら れ た も の が119系 で , その 内18系 に23個の変異を認めた.変異の内訳は欠失5個,挿入8個,ナンセンス変異10個で,
おもに変異集積領域に分布していた. MA PaCa―2にcDNAの増幅が得られなかった・
な お , 卵 巣 癌 よ り 樹 立 さ れ たHRAのAPCはmouse由 来APCで あ っ た .APCの 異 常を 認めたも のt瑚黼1/6, 大腸癌11/13, 胃癌2/9,melanoma l/8,卵巣癌2/9, 膵癌1/12,前立腺癌1/3で,大腸癌に高率な変異を認めた.変異および発現消失を 認めたものは20/120 (16.7%)であった.
p53,PTEN,APCの 異 常 を い づ れ も 認 め な か っ た 系 は27系 で あ っ た . は擦】 p53,I:TEN,APCについて酵母アッセイを用いて変異の解析を行った.その 結果,これらの変異の解析について文献報告のあった細胞株71系中,25系(35.2%)
に異なった結果を認めた.これらの文献報告と本結果が異なった原因としてはSSCP 法 での判定 困難例,direct sequence法による対 側alleleのdeletion検出困難,
autoradiogramの 誤 判 定例 ,PCRにTaq polymelaseを用 いたこと によるPCRエ ラ ー などの可 能性が疑われる.また,DNAを用い,一部のexonしか解析していない報 告もあった.さらに細胞の取り違えが疑われる報告もあった.AI:℃変異の検討では卵 巣 癌 と され て きたHRAがmouse由来APCと 判明 し ,樹 立方法また は入手経 路のい ずれかに問題があったと推測された.これらの結果は細胞株を用いた研究を行う際には 常に細胞の取り違え,コンタミネーションに留意する必要があること,さらに本研究で 用いたような信頼性の高い手法で,分子生物学的背景が判明している細胞株を用いる必 要性を強瀞げるものである.
p53では各種臓器悪性腫瘍において広く異常を認め,その造腫瘍性における重要性 を 反映した ものであ った.PTENの異 常は脳腫瘍,乳癌で多く認められた.PTENの 異 常には高 率に対立遺伝子のホモ欠失が報告されている.したがって,8系にcDNA の増幅が得られなかった背景には対立遺伝子のホモ欠失の存在が疑われた.APCでは 大腸癌に高率な変異を認めた.
ほ】本研究の結果は細胞株を用いた様々な研究の基礎となるもので,今後のさらな る解析にっながるものである.
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
各種固形悪性腫瘍由来細胞株120 系について
yeast assay を用いた p53 ,APC , PTEN 遺伝子変異の検討
癌 の 発 生 機 序 の 解 明 , 生 物 学 的 特 徴 の 解 析 お よ ぴ 治 療 方 法 の 開 発 な ど の 研 究 に お い て , 培 養 癌 細 胞 株 は 実 験 モ デ ル と し て 重 要 な 役 割 を 担 って きた . また ,培 養 癌 細 胞 株 は 扱 い や す い こ と か ら , 各 種 の 細 胞 生 物 学 的 お よ び分 子生 物 学的 研究 で 正 常 細 胞 の 代 役 と し て も 用 い ら れ て き た . し か し っ こ れ ら の研 究は 培 養癌 細胞 株 に お け る 未 知 の 遺 伝 子 変 異 に よ り , 誤 っ た 実 験 結 果 を 招 き うる 潜在 的 な危 険性 を 有 し て い る . し た が っ て , 各 種 の 生 物 学 的 お よ び 医 学 的 研 究に 用い る 細胞 株の 遺 伝 子 異 常 を あ ら か じ め 同 定 し て お く こ と は 実 験 結 果 を 評 価 す る 上 で 極 め て 重 要 で あ る . 本 研 究 で は 各 種 培 養 癌 細 胞 株 の 研 究 に お け る 情 報 資源 を提 供 する 目的 で , ヒ ト 固 形 悪 性 腫 瘍 由 来 細 胞 株120系 を 対 象 に , 癌 抑 制 遺 伝 子p53,APCお よ び PTENに つ い て 解 析 を 行 っ た .p53,APC,PTENの 解 析 は そ れ そ れyeast p53 functional assay,APC yeast color assay yeast PTEN stop codon assayを 用 い て 変 異 の ス ク リ ー ニ ン グ を 行 っ た 後 , 塩 基 配 列 の 決 定 を 行っ た. そ の結 果,
p53異 常 を91系 (75.8% ) に 認 め た . 各 種 臓 器 悪 性 腫 瘍 に お い て 広 く 異 常 を 認 め , そ の 造 腫 瘍 性 に お け る 重 要 性 を 反 映 し た も の だ っ た . し か し , 細 胞 株 に お け るp53変 異 頻 度 は 必 ず し も 臨 床 検 体 に お け る 頻 度 を 反 映 す る も の で は な く , p53変 異 を 有 し た も の が 多 く 樹 立 さ れ る と 推 測 さ れ た .PTEN異 常 を18系 (15. 0% ) に 認 め た .APC異 常 を20系 (16.7% ) に 認 め , 大 腸 癌 に 高 率 だ っ た . 本 結 果 と 文 献 報 告 の 比 較 検 討 に よ り ,p53変 異 ま た はPTEN、APC変 異 の い ず れ か が 既 に 報 告 さ れ た 系 は71系 で 、 そ の う ち25系(35.2% ) に 異 な る 結 果 を 認 め た . そ の 原 因 と し て , 細 胞 株 の 取 り 違 え や 細 胞 コ ン タ ミ ネ ー シ ョ ン , 何 ら か の 実 験 過 程 で の 問 題 が 推 測 さ れ た . こ れ ら の 結 果 は 細 胞 株 を 用 い た 研 究 を 行 う 際 に は 常 に 細 胞 の 取 り 違 え , コ ン タ ミ ネ ー シ ョ ン に 留 意 す る 必 要 が あ る こ と , さ ら に 本 研 究 で 用 い た よ う な 信 頼 性 の 高 い 手 法 で , 分 子 生 物 学 的 背 景 が 判 明 し
博
也
敬
正 哲
香
内
木
浅
守
吉
授
授
授
教
教
教
査
査
査
主
副
副
ている細胞株を用いる必要性を強調するものと考えられた.以上,ヒト各種固 形悪性腫瘍由来細胞株120系を対象に,異なる経路を介する主要な腫瘍抑制遺伝 子であるp53,PTEN,APCについて変異解析を行い,その分子遺伝学的背景を明 らかにした.
口頭発表後,副査の吉木教授から1.培養癌細胞株の特殊性,臨床検体との 相関性,2.変異スクリーニンダのカットオフ値を赤コロニー>20%にした意 味について,3.今後の応用について質問があった.1について,樹立されやす い細胞が細胞株になるものと推測され,細胞株での変異頻度が臨床検体とは必 ずしも相関しない.よって,細胞株での結果を全て,臨床検体の結果に当ては めるのは危険があると回答した.2については実験方法上,背景に最大約10% の赤コ口二ーが生じる.今回は確実な変異を検出するため,カットオフ値を高 くしたと回答した.3については更なる細胞株,臨床検体の変異解析はもとよ り,各種実験における細胞の選択を行う際の基礎デ一夕として,また,DNAア レイ解析における前情報として応用が可能と回答した.副査の守内教授より染 色体検査の有無,マイコプラズマの感染の有無について質問があった.染色体 は細胞バンクで一部調べられている旨,マイコプラズマは一部に感染を認めた が,変異解析結果に影響を及ぼさない旨を回答した.主査の浅香教授から1・ 今までの細胞株のデータが著しく異なるものであったということだが,インバ クトフんクターの高い雑誌のデータはどうか,2.細胞株の結果がそのまま臨 床検体を反映しないこともあり得るか,等の質問があった.1につい´てはその ような雑誌の報告も異なったものがあった,2についてはそのとおりであると 回答した.最後に主査の浅香教授が上記審査員の質問への補足質問とその回答 の確認を行って,発表を終了した・
本研究は各種培養癌細胞株の研究における情報資源を提供し,細胞株を用い た様々な研究の基礎となるもので,今後のさらなる解析にっながるものと期待さ れる.
審査員一同は,これらの成果を高く評価し,大学院課程における研鑽や取得 単位なども併せ,申請者が博士(医学)の学位を受けるのに十分な資格を有す ると判定した.