︿論説﹀
プ ラ ト ン の ﹁ 法 律 の 国 ﹂
(一)
白 石 正 樹
プ ラ ト ン の1法 律 の 国 」(一)
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目次
序論シラクサ事件と晩年のプラトン
一徳と教育
ークレタ・スパルタ・アテナイ
2人間論・快苦の修練
二国制の検討
1原始状態・共同体・トロイア・スパルタ
2支配と服従・ペルシア.アテナイ
三建国論
1建国の条件と立法者
2土地配分・次善の国・模範(以上本号) 四五結論 法律論
ークロノス・神・法の前文
2公法・官職・アテナイとの比較
3諸々の法律
4犯罪と刑罰
神学と政治
1無神論・神の存在証明・漬神罪
2夜の評議会
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序論シラクサ事件と晩年のプラトン
プラトンはアテナイでは隠遁を好み︑ほとんどいつも世間を避けていた︒彼は自分の記憶が友人たちの心の中に残
ることや自分の書物が後世に伝えられることを望んでいた︒しかし︑アテナイの政治には関係をもたなかっ(起・プラ
トンはコリトス区に所属する市民であったが︑公的任務としてはわずかに晩年に﹁合唱隊上演の公共奉仕﹂(コレー
ゴス)を行なったことが伝えられているにすぎない︒しかも︑その費用はシシリーの友人ディオン(∪一〇曼9
らO㊤\c︒lG︒漣\G︒しq・○・)が工面したという︒プラトンはソクラテスに倣って授業料(曾為8)を取らなかったし︑お金
をとって教える輩をソフィストとしてさげすみ︑自らの哲学的立場と区別していた︒だから︑いかにプラトンが名門
の出とはいえ︑その学校経営は決して楽でなく︑晩年にはシラクサの暦主の宮廷から資金援助を受けていたと思われ
る︒なぜなら︑ディオニュシオス(Uδ昌︒︒ごωHご在位ω①宇G︒膳G︒)に宛てた﹃第=二書簡﹄の中で︑プラトンはディ
オニュシオスから依頼された買物レオカレス作のアポロン像︑かなりの量の葡萄酒︑蜂蜜など(他に干しイチ
ジクや桃金嬢の実も頼まれたが︑時期的に無理だったと答えている[こ○①一餌])の代金受領の件のみならず︑自分
が世話している亡き姪の娘(四人いて︑その年上の娘)の婚資三〇ムナ︑老齢の母の墓碑建立にかかる一〇ムナにつ
ヨ いて︑ディオニュシオスの在外資産から支出する旨を記しているから(ω①一①)︒
では︑プラトンとシシリー島(シケリア巴雲幾ミ)のシラクサとの人的・教育的︑かつ政治的でもある複雑な関
係はどのようにして始まったのだろうか︒アカデメイア開校の少し前(紀元前三八七年頃か)︑プラトンの最初のシ
シリー島旅行が行なわれた︒﹁私が初めてシラクサを訪れたとき︑私は四十歳ばかりになっていた﹂(﹃第七書簡﹄G︒b︒軽
o)︒シシリーにはヨーロッパで一番高い活火山エトナ山があり︑プラトンはその火口を見に行った︒かつてエンペ
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ドクレス(国ヨb巴09︒︒"ρお甲膳G︒図・四元素説︒ピタゴラス的輪廻説)がまもなく人間の生のサイクルを終わる自分
は︑不死の神になるといって︑その火口に飛び込んだといわれる︒︒フラトンはまたその地で︑ディオンと知りムロった︒
﹁ディオンは大変物分かりのよいひとで︑特にあの頃私の行った論議に対してはそうであり︑私がかつて出会った青
年の誰一人も及びえないほどの鋭敏さ︑旺盛さをもってそれを聞き取った︒そうして彼は以後の生活を︑快楽や放将
よりは美徳の方を尊重しつつ︑イタリアやシケリア在住のおおかたのギリシア人たちとは違った仕方で送りたいと願
うようになった﹂(﹃第七書簡﹄G︒旨㌣σ)︒プラトンはシラクサの層主ディオニュシオス一世(Uδ昌ωご︒︒H・在位
艀OOlG︒①刈)の宮廷に招かれ親交を求められた︒潜主との会見で.フラトンは一般に人間の徳性や勇気を問題とし︑正義
の幸福︑不正の不幸を説いたために層主を怒らせてしまった︒ディオニュシオスは︒フラトンを殺そうとしたが︑ディ
オンらになだめられ︑プラトンはようやくアテナイに帰ることが出来た︒
それから二〇年後︑前三六七年︑老ディオニュシオス一世が亡くなり︑長男が後を継いで二世を名乗った︒かつて
ディオニュシオス一世は同じ日に二人の女と結婚し︑南伊ロクリ出身の妻ドリス(やがて悟主に殺害される)から長
男ディオニュシオスを含む三人の子を︑地元出身の妻アリストマケ(有力者ヒッパリノスの娘)から二男二女を得た︒
プラトンがその資質を高く評価したディオンはこのアリストマケの弟であった︒彼は︑僧主と姉の間に生まれた娘ア
レテー(再婚)を嬰ったが︑もう一人の娘ソプロシュネはディオニュシオスニ世の妻となった︒老ディオニュシオス
は南イタリァへ進出しレギオンやクロトンを占領して一大帝国を築き︑自国シラクサにあっては堅固な城砦に住み︑
ワこカンパニア人の傭兵部隊を使って同市民を支配した︒ディオンは最初は姉の力で尊敬を受けていたが︑後にはその思
慮と実行力によって暦主から愛好され︑国庫の金を自由に使用しうるほどの特別待遇を与えられた(﹁ディオン伝﹂
四)︒老ディオニュシオスは息子が自分に対して陰謀を抱いて支配権を奪いはしまいかと心配したため︑賢明な人々
と交わらせないようにし︑番人をつけて部屋に閉じ込めていた︒老ディオニュシオスはすべての人に対して疑念.恐
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怖を抱き︑髪の毛にも剃刀を使わせず︑理髪師が来ては炭火で髪の周りを焼いていたほどだった(﹁ディオン伝﹂九)︒
老ディオニュシオスが病死すると︑息子の若くて(二七歳)教養不足のディオニュシオスが地位についた︒叔父にし
て義兄弟のディオンは︑ディオニュシオスニ世を立派な支配者に教育するためにプラトンを招聰しようと考えた︒他
方︑ディオンの影響力増大を望まない宮廷の勢力は︑追放されていた歴史家フィリストスを呼び戻した(﹁ディオン
伝﹂九&一一)︒
こうしてプラトンの第一回シラクサ招聰(前三六七年︑六十歳)は︑二〇年前に初めて知り合ったディオンの考え
によるもので︑ディオニュシオスからもディオンからも使者がやってきて懇望した(﹃第七書簡﹄G︒培島)︒︒フラトン
は思案の挙げ句﹁もし誰かが法律や統治に関する自分の理想を実現しようと企てるべきならば︑今こそその試みの時
ハ である︒もし私がただ一人のひとを説得しうるならば︑そのこと自体︑完全な成功を保証するであろう﹂と考え︑故
国を発った︒このように僧主制を通して﹁上からの﹂改革を行おうとする考えは︑︒フラトンのプログラムに完全に一
致したものであった︒例えば﹃法律﹄に次のような記述がある︒﹁立法者よ︑どんな状態の国をあなたに与えれば︑
あなたは自分の手で立派に国を建てることができるでしょうか﹂﹁暦主の支配する国を与えて欲しい︒そして暦主は
若く︑記憶力に富み︑聰明で勇気があり︑気宇壮大な素質であって欲しい︒﹂もう一つ︑彼には節制の素質も必要で
ある(︑NO⑩Φ1刈一〇σ)︒さて︑世人はプラトンのシシリ!行きを暦主に媚びその利益に預かろうとしていると噂した︒
それに対する弁解として︑プラトンは一︑自分が自分の眼に口先だけの人間でしかなく︑実際活動には一度も進ん
で手出しできなかったと映るのを恐れる気持ちがあった︒二︑ディオンに対する友情︑彼とその仲間の期待を裏切
りたくないという気持ちがあった︑と書いている(﹃第七書簡﹄G︒卜Oc︒oIα)︒
シラクサに到着したプラトンは︑最初人々から驚くべき好意と尊敬を受けた︒市民たちの間に改革の希望を抱く者︑
哲学に熱中する者が出︑宮廷でも幾何学を学ぶ者が︑床の上に砂をまいて図形を描いたため埃が上がったほどだとい
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う([ディオン伝﹂一三)︒しかし︑四ヵ月目に︑反対派の中傷に動揺したディオニュシオスは︑層主位を狙う陰謀の
かどでディオンを小舟に投じて追放した(﹃第七書簡﹄︒︒卜︒⑩︒)︒ディオンはギリシアへ渡り︑アカデメイアに出入り
したり︑コリントやスパルタに滞在したりしたが︑シラクサの地所からの多額の送金は認められていた︒プラトンは
ハ そのまま半ば強制的に暦主の城砦に留められて(﹃第七書簡﹄ω悼⑩Φ)︑妃ソプロシュネらがよくしてく.れたとはいえ︑
なかなか帰国を許されなかった︒ディオニュシオスは哲学を覚えるわけでもなかったが︑さりとてプラトンを放そう
とはせず競争心からディオン以上に自分が称賛されたいと望んでいた︒このときプラトンはタラスのアルキュタスと
ハ 連絡をとった模様である︒翌三六六年夏シラクサとカルタゴの間に戦争が始まった︒プラトンは平和が回復されれば
また来るという約束をしてようやく帰ることができた(﹃第七書簡﹄c︒G︒︒︒plげ)︒
それから数年後︑プラトンは再びシラクサへ旅立つ(第二同シラクサ招聰︒前三六一年︑六六歳)︒ディオニュシ
オスは再三プラトンに来訪を促していたし︑亡命中のディオンもそれを熱心に希望し︑タラスの政治家アルキュタス
(﹀需げ答器ピタゴラス学派の数学者)からの手紙も︑ディオニュシオスの哲学への意欲を伝えるものだった︒︒フラ
トンは始めは躊躇していたが︑イタリアからは引き寄せられ︑アテナイからは押し出されるようにして︑三度目につ
いに招待に応ずることになった(﹃第七書簡﹄︒︒︒︒⑩創)︒ディオニュシオスはプラトンの旅を快適なものにするためと
称して軍艦を派遣し︑使者にはアルキュタスの弟子アルケデモスを差し向けた(﹃第七書簡﹄G︒G︒㊤⑳1σ)︒アカデメイ
ハ アからはスペウシッボスがプラトンに随行したと思われる︒しかしシラクサに着くと︑︒フラトンはディオニュシオス
が生半可の知識をかじっているにすぎないこと︑彼が哲学への道を進む労苦にたええず︑ただ評判からプラトンを引
き止めようとしていること︑またデイオンの全資産を勝手に処分したがっていることを知る(﹃第七書簡﹄G︒軽O〒P
G︒占91PG︒心①鋤1︒︒ミΦ)︒そうしているうちに暦主の傭兵たちの減給問題から一騒動が起き︑ヘラクレイデスという者
がこの暴動の首謀者と見倣された︒ヘラクレイデスを逃亡させたテオドタス(その者の叔父か)がプラトンと交際し