博士(農学)中河原俊治 学位論文題名
Calypo ぎ eLa 属 培養細胞における
セス キテルペ ノイドの生産機能に関する研究 学位論文内容の要旨
植物の二次代謝産物は多様な化合物群を形成し、また種々の生理活性を示すが、その中に は医薬をはじめ、香粧品、染料などの原材料として産業上の有益性の高いものも多い。その 生産は起源となる植物の栽培だけでなく、野生植物の採集にも多くを依存している。植物培 養細胞を用いた有用二次代謝化合物の生産技術は管理された環境における安定的な生産技術 として重要であり、また非収奪的な生産技術として自然環境保全の考え方からも重要であ る。
植物の培養細胞による有用二次代謝化合物の生産に関する検討は、主としてその生産性の 向上を図ることを目的とし、培養条件の検討、生合成系の生化学的検討、あるいは培養装置 の開発など多分野にわたっている。しかしながらその産業的実施例は一、二にとどまってお り、植物培養細胞の詳細な代謝生理、特に二次代謝系の制御機構の解明を基盤とした汎用的 な技術の確立には至っていない。また、検討の対象とされてきた植物は維管束植物が中心で あ り 、 多 様 な 精 油 成 分 を 含 有 す る コ ケ 植 物 に 関 す る 知 見 は 未 だ 限 定 的 で あ る 。 著者は、植物の二次代謝化合物の中でも主要な化合物群を形成するセスキテルベノイドを 精油成分として含有する茎葉体苔類Calypogeia属植物を用いて、その種間におけるセスキテ ルベノイドの天然物化学的特徴、カルス培養系ならびに懸濁培養系の確立、二次代謝化合物 の検索と新規セスキテルペノイドの単離精製ならびに構造解析、単離したセスキテルペノイ ドの薬理作用、そしてそれらセスキテルペノイドの生合成促進機構ならぴに生合成酵素の酵 素学的特徴について検討を行なったご
1.Calypogeia属植物の天然物化学的特徴
5種のCalypogeia属植物において同じ経路によって生合成されていると考えられるセスキ テルペノイドについて、その含有比を比較すると、種間において明確に差異が認められるこ とを明らかにし、セスキテルペノイドの生合成の各段階における制御機構が存在することを 示唆した。
2.Calypogeね属植物のカルス誘導と懸濁培養の確立
2種のca抑〔鬱ね属植物、ホラゴケモドキ(Ca抑°.ガaazuma)およびca抑呼ねperU洳a のカルス形成およぴ懸濁培養系の誘導、ならぴに再分化条件の検討を行ない、植物成長調節 剤を用いない培養条件で、発達した葉緑体を有するカルス形成または再分化が誘導されるこ
と を見い だし、培 地中のグ ルコース濃 度のみが 培養細胞 の分化、 脱分化の 制御に関 与してい ることを明らかにした。
3.ホラゴケモドキの生産する新規アズレン類の単離と構造
培 養 し たホ ラ ゴケ モ ド キか ら 新たに2種のセス キテルペ ノイドを 見いだし 、単離精 製を行 な い、次 いで種々 の分光学 的分析法に よってそ の化学構 造を解析 した。有 機溶媒に よる抽出 物 よル フ ラ ッシ ュ カラ ム ク ロマ トグ ラフイー によって 単離精製 した2種の 赤紫色化 合物につ いてプ ロトン‐およぴ炭素‑13一核磁気共鳴スベクト少、高分解能質量スペクトル、赤外線吸収 スベク トル、紫外線‐可視光線吸収スペクトル等を測定し、その解析により化学構造が4‐メチ ルアズレン‐1―カルブアルデヒドならぴに4‐メチルアズレン‐1―カルボン酸であると決定し、こ れ らのア ズレン類 が新規化 合物である ことを明 らかにし た。また 、合成実 験によっ ても構造 の確認を行なった。
4.Calypogeia属培養細胞より単離したアズレン類の特性と薬理作用
ホ ラゴケ モドキ培 養細胞よ り単離した 上記のア ズレン類 について 、安全性 ならびに 薬理作 用 につい て検討し た。変異 原性、急性 毒性およ ぴ皮膚一 次刺激性 試験は、 医薬、香 粧品原料 と しての 基本的な 安全性を 検定するも のである ことから その検討 を行ない 、いずれ も高い安 全 性を有 すること を明らか にした。ま た、抗炎 症、抗潰 瘍作用の 検定を行 ない、抗 炎症剤と し て市販 されてい るグアイ アズレンス ルホン酸 塩と比較 してこれ らのアズ レン類が 有意に高 い 生理活 性を示す ことを明 らかにした 。さらに 、紫外光 に対する 安定性、 水に対す る溶解性 は 、 グ ア イ ア ズ レ ン ス ル ホ ン 酸 塩 に 比 較 し て い ず れ も 高 い こ , と を 明 ら か に し た 。 5.Calypogeia属における二次代謝化合物の生合成
ミドリホラゴケモドキ(Calypogeia gan曲fa)培養細胞におけるセスキテルペノイド生合成な ら びに活 性酸素分 解系酵素 群に対する エリシタ ーの効果 について 検討した 。エリシ ターとし て 酵母細 胞壁成分 あるいは バナジウム 化合物を ミドリホ ラゴケモ ドキ培養 細胞に投 与するこ と によっ て細胞成 分である セスキテル ペノイド の生産が 高まるこ とを示し た。また 五酸化バ ナジウムの投与によってその生合成酵素(3−ヒドロキシ―3‐メチ´レグルタリルCOA還元酵素)の 活 性が高 まること を示し、 同時に細胞 内の還元 型グルタ チオン含 量が急速 に増加し 、スーパ ー オキシ ドディス ムターゼ 、アスコル ピン酸ペ ルオキシ ダーゼ、 グルタチ オン還元 酵素の活 性も高まることを明らかにした。また、この時、グルコース−6‐リン酸脱水素酵素、6−ホスホ グ ルコン 酸脱水素 酵素、ア スコルベー トフリー ラジカル 還元酵素 、デヒド ロアスコ ルベート 還 元酵素 、カタラ ーゼ活性 ならぴにア スコルビ ン酸含婁 は影響を 受けなか ったこと から、エ リ シ夕一 によって 生成した 活性酸素は 、主とし てアスコ ルピン酸 ベルオキ シダーゼ およびグ ル タチオ ンによっ て分解さ れることが 示唆され た。さら に、この 培養細胞 に過酸化 水素を直 接 添加す ることに よって、 酸化的スト レスを与 えたとき にもセス キテルペ ノイドの 生産が高 ま った。 このよう なセスキ テルペノイ ドの生合 成促進と 細胞内の 活性酸素 分解系の 活性増加 との関 係から、 エリシタ ーによる セスキテ´レペノイドの生合成促進には活性酸素の関与する ー
ことを明らかにした。
また、 ホラゴケ モドキの4−メチル アズレンー1‐カルブアルデヒド生合成酵素について検討 し 、 こ の 反 応 がNADPHに 依 存 す る こ と 、 な ら び にP450阻 害 剤 ( ア ンシ ミ ドー ル 、SKF525
A、ト リア ジメ ノー ル、 シト クロ ムc、 一酸 化炭 素) によって用量依存的に阻害されることな どから、4−メチルアズレン−1−カ少ブアルデヒドの生合成がP450依存性酵素によって触媒され ることを明らかにした。
以 上述 べた よう に、 苔類 培養細 胞に よる 二次 代謝 化合物の生産に関して、高い生理活性を 有す る2種 のセ スキ テル ペノ イド を見 いだ し、 また その 生合成 の制 御が 細胞 内還 元カと密接 に関係していることを明らかにした。
学位論文審査の要旨 主査 教授 匂坂勝之助 副査 教 授 水 谷純也 副査 助教授 田原哲士
学位論文題名
Calypoge む Q 属培養細胞における
セスキテルペノイドの生産機能に関する研究
本論文は、総頁数203で和文で記され、図51、表17を含み、内容は緒論、本論、
結論、引用文献247からなり、末尾に英文要約が付されている。また、別に参考論文 7編が添えられている。
植物の二次代謝産物は、多様な化合物群を形成し、また種々の生理活性を示すが、
その中には医薬をはじめ、香粧品、染料などの原材料として産業上の有益性の高いも のも多い。その生産は、起源となる植物の栽培だけでなく、野生植物の採集にも多く を依存している。植物培養細胞を用いた有用二次代謝化合物の生産技術は、管理され た環境における安定的な生産技術として重要であり、また非収奪的な生産技術として 自然環境保全の考え方からも重要である。
植物の培養細胞による有用二次代謝化合物の生産に関する検討は、主としてその生 産性の向上を図ることを目的とし、培養条件の検討、生合成系の生化学的検討、ある いは培養装置の開発など多分野にわたっている。しかしながらその産業的実施例は 一、二にとどまっており、植物培養細胞の詳細な代謝生理、特に二次代謝系の制御機 構の解明を基盤とした汎用的な技術の確立には至っていない。また、検討の対象とさ れてきた植物は維管束植物が中心であり、多様な精油成分を含有するコケ植物に関す る知見は未だ限定的である。
本論文は、植物の二次代謝化合物の中でも主要な化合物群を形成するセスキテ´レペ ―486―
ノイドを精油成分として含有する茎葉体苔類Calypogeia属植物を用いて、Ca」卯(増管ね 属の種間におけるセスキテルペノイドの天然物化学的特徴、カルス培養系ならびに懸 濁培養系の確立、二次代謝化合物の検索と新規セスキテルベノイドの単離精製ならぴ に構造解析、単離したセスキテルペノイドの薬理作用、そしてそれらセスキテルペノ イドの生合成促進機構ならびに生合成酵素の酵素学的特徴について検討を行ない、そ の成果をとりまとめたものである。
緒論では、コケ植物の分類学的特徴ならぴに細胞構造の特徴、また、コケ植物が多 様な二次代謝化合物を生産することについて概説するとともに、本研究の目的と意義 について述べている。
第2章では、5種のCa切〔曙℃ね属植物が含有する主たる精油成分の組成について述 べている。これらのCa切(轡シね属植物において同じ経路によって生合成されていると 考えられるセスキテルペノイドについて、その含有比を比較すると、種間において明 確に差異が認められることを明らかにしており、セスキテルペノイドの生合成の各段 階における制御機構が存在することを示唆している。
第3章では、2種のCり夘〔堵鷺ね属植物、ホラゴケモドキ(Ca抑(塘eねazuma)および Ca伽〔鬱ねp刪Wanaのカルス形成および懸濁培養系の誘導、ならびに再分化条件の検 討を行ない、植物成長調節剤を用いない培養条件で、発達した葉緑体を有するカルス 形成または再分化が誘導されることを見いだしており、培地中のグルコース濃度のみ が培養細胞の分化、脱分化の制御に関与していることを明らかにしている。また、誘 導したホラゴケモドキのカルスが含むセスキテルベノイドである4種のアズレン類に ついて含量を測定し、誘導直後のカルスではその培養容器毎に細胞中の含量が著しく 異なっていることが明らかにされている。また誘導したカ´レスからセスキテルペノイ ド含量の高いカルスの株を取得したことについて述べている。
第4章では、培養したホラゴケモドキから新たに2種のセスキテルペノイドを見い だし、単離精製を行ない、次いで種々の分光学的分析法によってその化学構造を解析 した結果について述べている。有機溶媒による抽出物よルフラッシュカラムクロマト グラフイーによって単離精製した2種の赤紫色化合物について、プロトン‐およぴ炭素―
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13‑核磁気共鳴スペクトル、高分解能質量スペクトル、赤外線吸収スペクトル、紫外線‐
可 視光線吸収スペクト少等を測定し、それらの詳細な解析により、その化学構造が4‐メ チルアズレン‑1‑カルブアルデヒドならびに4―メチルアズレン‐1―カルボン酸であると決 定 し、 これ らの アズ レン類 が新 規化合物であることを明らかにしている。また、合成実 験によっても構造の確認を行なっている。
第5章 では 、ホ ラゴ ケモ ドキ 培養 細胞 より 単離 した上 記の 新規アズレン類について、
安 全性 なら びに 薬理 作用の 検討 結果が述べられている。変異原性、急性毒性および皮膚 一 次刺 激性 試験 は、 医薬、 香粧 品原料としての基本的な安全性を検定するものであるこ と から その 検討 を行 ない、 いず れも高い安全性を有することが明らかにされている。ま た 、抗 炎症 なら びに 抗潰瘍 作用 の検定を行ない、抗炎症剤として市販されているグアイ ア ズレ ンス ルホ ン酸 塩と比 較し てこれらのアズレン類が有意に高い生理活性を示すこと が 明ら かに され てい る。さ らに 、光(紫外光)に対する安定性、水に対する溶解性は、
グ ア イ ア ズ レ ン ス ル ホ ン 酸 塩 に 比 較 し てい ず れ も 高 い こ と が 明 ら かに されて いる 。 第6章 では 、ミ ドリ ホラ ゴケ モドキ(Cal)pogeia granulata)培養細胞におけるセスキ テルペノイド生合成ならびに活性酸素分解系酵素群に対するエリ、シターの効果について 検 討し た結 果が 述べ られて いる 。エリシターとして酵母細胞壁成分あるぃはバナジウム 化 合物 をミ ドリ ホラ ゴケモ ドキ 培養細胞に投与することによって細胞成分であるセスキ テ ルペ ノイ ドの 生産 が高ま るこ とが示されている。また五酸化バナジウムの投与によっ て その 生合 成酵 素(3ーヒ ドロ キシ‑3‑メ チル グル タリ ルCoA還元酵素)の活性が高まる こ とが 示さ れ、 同時 に細胞 内の グルタチオン含量が急速に増加し、スーパーオキシドデ イ スム ター ゼ、 アス コルピ ン酸 ペルオキシダーゼ、グルタチオン還元酵素の活性も高ま る こと が明 らか にさ れてい る。 このことからエリシター処理によって細胞内に活性酸素 が生成することが示唆されている。また、この時、グルコース−6―リン酸脱水素酵素、6‐ ホスホグルコン酸脱水素酵素、アスコルベートフリーラジカ´レ還元酵素、デヒドロアス コ ルベ ート 還元 酵素 、カタ ラー ゼ活性ならぴにアスコルゼン酸含量は影響を受けなかっ た こと から 、エ リシ ターに よっ て生成した活性酸素は、主としてアスコルビン酸ペルオ キ シダ ーゼ およ ぴグ ルタチ オン によって分解されることが示唆されている。さらに、こ ‑ 488一
の培 養細 胞に 過酸化 水素を直接添加することによって、酸化的ストレスを与えたときに もセ スキ テル ペノイ ドの生産が高まることを明らかにしている。このようなセスキテル ペノ イド の生 合成促 進と細胞内の活性酸素分解系の活性増加との関係から、エリシター によ るセ スキ テルペ ノイドの生合成促進には活性酸素の関与することを明らかにしてい る。
また、ホラゴケモドキの4−メチルアズレン−1‐カルブアルデヒド生合成酵素について検 討 し 、 この 反 応 が ・NADPHに依 存す るこ と、 なら びにP450阻害 剤( アン シミ ドール 、 SKF525A、 トリ アジ メノ ール 、シ トク ロムcヽ一 酸化 炭素 )に よっ て用 量依存 的に阻害 されることなどから、4ーメチルアズレン‐1ーカルブアルデヒドの生合成がP450依存性酵 素によって触媒されることを明らかにしている。
最後に、本論文の内容を総合的に考察している。
以 上の とお り、本 研究は植物培養細胞による有用二次代謝化合物の生産に関して、薬 理作 用を 有す る2種 の新 規の セス キテ ルペ ノイド を見いだし、その生合成の制御機構を 解明 する 上で の知見 を加えたものであり、今後関連分野の研究に寄与するところが大き いものと思われる。
よ って 審査 員一同 は、別に行なった学力確認試験の結果と合わせて、本論文の提出者 中 河 原 俊治 は 博 士 ( 農 学 ) の 学 位 を 受 け る の に 十 分 な資 格が ある もの と認 定した 。