博士(農学)大竹俊博 学位論文題名
カドミウム汚染土壌における水稲のカドミウム吸収 およびその抑制に関する研究
学位論文内容の要旨
本研 究は, 米の カドミ ウム汚 染問題 に関 し,水 稲のカ ドミウ ム吸収 の機 作と,その玄米への蓄 積 を 抑 制 す る た め の 方 法 に っ いて 研 究 し た もの で あ る 。 結 果は , 次 の よ うに 要 約 で き る。
1. 山 形 県 に お け る カ ド ミ ウ 厶 汚 染 の 実 態 と 汚 染 土 壌 に お け る カ ド ミ ウ ム の 状 態 山形 県 のカド ミウ厶 汚染地 域は ,19地域 ,356haが確 認され ており ,その ほと んどが 吉野川 流 域の 村山, 置賜地 域に 分布す る。土 壌汚染 地域と して 指定さ れたの は,南 陽市 の吉野川流域を始 め3地域 であ るが, 汚染 原因は ,いず れも上 流部の 鉱山 活動に よる水 質汚濁 であ る。す なわち , カド ミウム は,灌 漑水 中に懸 濁した 状態で 水田に 流入 し,表 層土壌 に蓄積 した ものである。汚染 土壌 中にお けるカ ドミ ウムの 形態は ,有機 態およ び交 換態を 主とし ,大部 分が0. 1N塩酸可溶性 であ ったが ,水溶 性カ ドミウ ムは認 められ なかっ た。
2.土壌 のカド ミウム 含有 率と玄 米のカ ドミウ ム含 有率の 関係
土壌 の化学 的諸 性質お よび栽 培条件 がほ ぼ等し い場合 ,土壌 のカド ミウ ム含有率とそこから生 産さ れる玄 米のそ れと の間に は,有 意な正 の相関 が認 められたが,この相関関f系は,生育期間中 の土 壌の酸 化還元 状態 によっ て大き く変動 し,し たが って年 次によ る変動 が著 しかった。このた め, 土壌の カドミ ウム 含有率 を調べ ることによって玄米のカドミウム含有率を予il亅することは,
一般 的には 困難で あり ,玄米 のカド ミウム 含有率 を抑 制する ための 先行指 標を 得るには,馴な方 法が 必要で あると 考え られた 。
3.水稲 による カドミ ウム の吸収 と分配
水稲 による カド ミウム 吸収は ,出穂 期前 後の排 水によ って著 しく促 進さ れ,排水区の地上部集 積 量 は, 湛水 区のそ れの8倍以 上に達 した。 また, 経根 的に吸 収され たカド ミウ ムの水 稲体内 濃 度は ,吸収 部位に 近い ほど高 くなっ ていた 。すな わち ,地上 部にっ いては 茎冫 葉身冫籾の順であ り , 量的 に は , 地 上部 に 集 積 された カドミ ウムの70―80% が茎 ,4―6% が葉,14―23% が玄米 に 分 配 さ れ た 。 な お , こ の 分 配率 は 安 定 し てお り , 年 次 に よる 変 動 は 極 めて 小 さ か っ た。
地上部 に移行 したカ ドミウ ムの 玄米へ の集積は米粒の肥大成長が盛んな時期に行われ,その後,
他 の同化 産物 が米粒 へ蓄積 される のに ともな って玄 米のカ ドミウ ム含 有率は やや低 下し,完熟期 以 降ほぼ 一定 に保た れる。 すなわ ち, 出穂期 前後の 土壌酸 化処理 によ って, カドミ ウムは可溶化 し ,水稲 に多 量に吸 収され るとと もに ,出穂 直後の 穂に急 速に蓄 積さ れる。 この結 果,玄米のカ ド ミ ウ 厶 含 有率 は , 出 穂 前後 (7月 下 旬‑8月 上 旬 )の 作 土 の 酸 化還 元 電 位(Eh。 )と 極めて 高 い 相 関 を 示 すこ とにナ ょり, 両者の 回帰 式から 玄米の カドミ ウム含 有率 をl ppmの許容 限界 以下 に 保 っ た め の 限 界Eh。 を 推 定 し た と ころ , 穂 孕 後 期で195mV, 穂 揃 直 後で267mVの 値 が 得 ら れ た。ま た, 自主規 制基準 であるO. 4ppm以下の 玄米カ ドミウ ム含有 率を 確保す るには,同じく 55お よ び79mV以 下に 維 持 す る こと が 必 要 と 推定 さ れ た 。 こ の値 を 農 家 圃 場の 調 査結 果と照 合 し た と こ ろ ,土 壌 の カ ド ミウ ム 含 有 率1―5 ppmの 範 囲 で よ く適 合 し , こ れを 農 家水 田の水 管 理 基準と して 利用で きるな どのこ とが 明らか になっ た。こ れらの 結果 より,Eh。によ る酸化還元 状 態監視 のた めの指 標を設 定した 。
4.水 稲カ ドミウ ム吸収 を抑制 するた めの 水管理 法
玄米の カドミ ウム含 有率は ,出 穂10日後 の落水 によ って上 昇した が,35日およ び25日後の落水 に よって はほ とんど 影響を 受けな かっ た。し たがっ て,出 穂直後 の落 水は, 玄米の カドミウム含 有 率 を 高 め る お そ れ が あ り ,25日 程 度 以 上 の 余 裕 を も っ て 落 水 す べ き で あ る 。 水稲の 生育期 間中, 玄米の カド ミウム 合有率 が最も 上昇 しやす い排水 時期は ,穂孕 期から穂揃 い 直後の 時期 で,次 いで幼 穂形成 期( 出穂25目 前)か ら穂 孕期( 出穂10日 前) にかけ ての期間お よ び中干 し期 間(出 穂40日前 から 出穂25日 前)で あり ,一般 に,出 穂期に 近い 排水ほ ど,玄米の カ ド ミ ウ ム 含有 率を高 める傾 向にあ った 。した がって ,幼穂 形成期 以降 の排水 はもと より,6月 上 旬から7月 上旬に かけ ての強 度の中 干しも 避け る必要 がある 。
土壌を 還元的 に維持 する水 管理 技術は ,水稲 のカド ミウ ム吸収 抑制対 策のう ち,農 家が実施で き る 最 も 有 効な 対 策 で あ る。 出 穂 期を 中心と してEh。を監 視する こと により ,土壌 を還元 的に 維 持し, 玄米 のカド ミウム 含有率 を抑 制する 方法は ,測定 が簡便 で, かつ予 知の精 度も比較的高 く ,汚染 米発 生防止 のため の現地 指導 には極 めて有 効な方 法であ り, 実際に 適用し て満足すべき 結 果が得 られ た。
5.水 稲の カドミ ウム吸 収に対 する土 壌改 良の効 果
水管理 による 水稲の カドミ ウム 吸収制 御を支 援する 方法 として ,熔成 燐肥お よびケ イ酸石灰の 効 果を調 べた 。還元 的な水 管理条 件下 におい ては, 熔成燐 肥,ケ イ酸 石灰と も水稲 のカドミウム 吸 収を抑 制し た。し かし, 酸化的 な土 壌条件下では,これら土壌改良材の抑制効果は不明瞭であっ
た。熔成燐肥の効果は,対象土壌の燐酸吸収係数の25ー50%に相当する多量施与によってはじめ て発現し,燐そのものの効果というよりは,pHの上昇またはEh。の低下による間接的なものと 推定された。また,熔成燐肥とケイ酸石灰の相乗効果も明らかでなかった。したがって,土壌改 良 は, それ だ けで は安 定し た カド ミウ ム吸 収抑 制 対策 には なり 得な い と判断 された。
6.水稲のカドミウ厶吸収に対する客土および排土客土の効果
汚染土壌に対する反転耕,上乗せ客土および排土客土の効果を調べた。30―50而/10a程度の 少量客土および反転耕は,吸収抑制効果が低く,効果的な対策とは認められなかった。上乗せ客 土および排土客土とも,玄米カドミウム濃度を低下させるのに有効で,その効果は客土深に比例 する。酸化的水管理条件下では,玄米のカドミウム濃度をO.4ppm以下に抑制するのに必要な客 土深は,危険率5%で計算上約45cmとなったが,慣行水管理条件下では,客土深25cm程度で十分 な効果を期待できた。客土後の水田にっいては,再汚染の防止が問題であり,強度の酸化的水管 理 や 深 耕 を 避 け る と と も に , 灌 漑 水 系 の 水 質 お よ び 底 質 保 全 対 策 が 重 要 で あ る 。
学位論文審査の要旨
カドミウムによる土壌汚染は,作物の生育阻害ではなく,汚染米を摂取することによって人の 健康が損なわれるのをどう回避するかが主題であった点でそれまでの土壌汚染とは違った問題を 提起した。この問題が表面化して以来多くの研究がなされたが,現実的で有効な対策はなかなか 見出せなかった。汚染土壌に生育する水稲にカドミウムを吸収させないあるいは吸収しても玄米 に蓄積させない方法を見いだすという課題が,各地の水稲栽培の実態に即して解決できなかった ことによる。本論文は,山形県のカドミウム汚染水田土壌を例として,この点にっいて詳細に分 析し,具体的な方法を提案するとともに,水管理の指導を通してその効果を確かめたもので,表 83および図27を含む7章,総頁数199の和文論文である。別に,参考論文19編が添えられている。
始めに山形県におけるカドミウム汚染地域の分布と特質を調査し,県全体で19地域,356haの 汚染水田が存在することを確認するとともに,汚染原因は,いずれも上流地域で排出される鉱山
雄 隆
秋
敏
利
間 田
野
久
佐 前
但
授 授
授
教 教
教
査 査
査
主 副
副
排 水に懸 濁物質 とし て含有 された カドミ ウム が濯漑 水とと もに水 田に流 入し ,表層 土壌に蓄積さ れ たこと による もの である ことを 明らか にし た。ま た,汚 染水田 土壌中 のカ ドミウ ムは,主とし て 有 機 態 お よび 交 換態と して存 在し, その 大部分 がO.iN塩酸 可溶性 で, 水溶性 のもの は認め ら れ なかっ た。
次 に, これら の各形 態のカ ドミウ ム含 有率と そこで 栽培さ れた 水稲の 玄米カ ドミウ 厶含有率の 関 係を調 べた。 両者 の関係 は,土 壌の種 類お よび水 稲の栽 培条件 によっ て大 きく変 動し,土壌の カ ドミウ ム含有 率を 調べる ことに よって 玄米 のカドミウム含有率を予沮lJすることは,一般的には 困 難であ った。 した がって ,土壌 のカド ミウ 厶含有 率は, 玄米の それを 抑制 するた めの先行指標 と しては 不適当 と考 えられ た。
上 記の 変動の 原因を 追求す ること によ って, 出穂期 前後の 作土 の酸化 還元電 位(Eh。)が重要 な ことを っきと め,Eh‥を監 視する こと によっ て玄米 のカド ミウ ム含有 率を許 容限度 以下に抑制 す る こ と が 可能 で あ る と の作 業 仮 説 を設 け,い ろい ろな水 管理条 件下でEh。と 水稲の カドミ ウ ム 吸収, 転流お よび 玄米へ の蓄積 の関係 を分 析した。その結果,@水稲によるカドミウ厶吸収は,
穂 孕期か ら出穂 期に かけて 土壌が 酸化的 にな ったと きに最 も顕著 である ,◎ 水稲の 地上部に移行 し た カ ド ミ ウム は ,その70―80.q6が茎,46%が 葉,14ー23}/0が玄米 に分配 され る,◎ 玄米へ の カ ド ミ ウ ムの 集 積 は 米 粒の 肥 大 成 長が 盛んな 時期 に行わ れる, @穂孕 期,出 穂期 のEh。を そ れ ぞ れ195mVお よ び265mV以 下 に 保 っ よ う な 還 元的 水 管 理 に よっ て , 玄 米 の カド ミ ウ ム 含 有 率 を1 ppmの 許 容 限界 以 下 に 抑 制で き る , ◎ また , 自 主 規 制基 準 で あ る0.4ppm以下 の値を 確 保 す る に は ,同 じ く55お よ び79mV以 下 に 維 持す る こ と が 必要 で あ る , ◎上 記 のEh。に関 する 基 準fま,現 地圃場 におけ る調 査結果 との適 合率が 高く ,農家 水田の 水管理基準として利用できる な どのこ とが明 らか になっ た。こ れらの 結果 に基づ いて,Eh。に よる酸 化還元 状態の 監視のため の 指標を 設定し た。
さ らに ,水管 理によ る水稲 のカド ミウ ム吸収 の抑制 を支援 する 方法と して, 熔成燐 肥およびケ イ 酸石灰 の効果 を調 べたが ,酸化 的な土 壌条 件下で は,玄 米のカ ドミウ ム含 有率に 対するこれら 土 壌改良 材の抑 制効 果は小 さかっ た。さ らに ,汚染 土壌に 対する 上乗せ 客土 および 排土客土の効 果 を調ベ ,@両 客土 とも, 玄米カ ドミウ ム濃 度を低 下させ るのに 有効で ,そ の効果 は客土深に比 例 する, ◎酸化 的水 管理条 件下で は,玄 米の カドミ ウ厶濃 度をO. 4ppm以下 に維 持する のに必要 な 客 土 深 は ,危 険 率5% で計 算上約45cmとな ったが ,慣行 的また は還 元的水 管理に よれば ,客 土 深25cm程度 で十分 な効果 を期 待でき る,◎ 再汚染 を防止 する ために ,客土 施工後 の水 田にっいて は 強度の 酸化的 水管 理や深 耕は避 けるべ きで あるな どのこ とを明 らかに し, 深さ25cm程度の客土
と 還元 的 水 管 理 を組 合 わ せる ことに よっ て汚染 米の生 産を防 止でき ると の結論 に達し ている 。 以上 のよう に,本 研究は 水稲 のカド ミウム 吸収お よび 玄米へ の集積 機構を 明らかにするととも に,そ れと 土壌の 酸化還 元電位 の関 係を水 稲栽培 の実際 に即し て解 明した もので,学術的に高く 言平価 され る。ま た,穂 孕期か ら出穂期の土壌の酸化還元電位を監視することによヮて汚染米の生 産を防 止す る具体 的な方 法を提 案し ,その 実用性 を確認 した点 では ,汚染 水田における土壌管理 の実際 面に も貢献 すると ころが 大き い。
よっ て審査 員一同 は別に 実施 した学 力確認 試験の 成績 とあわ せて, 大竹俊 博は博士(農学)の 学位を 受け る資格 十分な ものと 認定 した。