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博 士 ( 農 学 ) 木 塚 俊 和 学 位 論 文 題 名

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博 士 ( 農 学 ) 木 塚 俊 和

学 位 論 文 題 名

泥 炭 地湖 沼 の 水 文化 学 環 境 の特 徴 と そ れ に 及 ぼす 農 業 活 動の 影 響

学 位 論 文 内 容 の 要旨

    泥炭地に形成された浅い止水域(泥炭地湖沼)の湖水の化学性は,他の成因の湖沼(例えば,

カルデラ湖や堰止湖など)とは大きく異なり,泥炭土壌水の化学性を反映して酸性,貧栄養で,溶 存性有機物が多く,ミネラルイオン濃度が低いという特徴を有する.泥炭地湖沼は様々な生物の生 息場を提供するほか,流入した栄養塩や種々のミネラルイオンを蓄積させる役割を果たしている,

現在,地球上の泥炭地の大部分が分布する温・寒帯地域では,農地開発や植林などによって総泥炭 地面積の約16%が既に消失し,多くの泥炭地湖沼が排水や埋立てにより消失しつっある,また,残 存する泥炭地湖沼でさえも,人為的撹乱に伴う富栄養化や魚類種組成の変化が報告されており,今 後の更なる生態系の劣化が懸念されている.

    この問題を受け,最近では泥炭地湖沼の生態系保全・修復事業が国内外を問わず実施されつつ ある,しかし,泥炭地湖沼の生態系だけでなく,その基盤となる水文化学環境の研究さえも少なぃ.

とくに,水・物質収支を調べた例はほとんどなく,泥炭地湖沼の水文化学環境の健全性や,それに 及ばす人為的攪乱の影響も定量的に評価されていない.そのため,保全・修復事業も定性的知見に 基づき試行錯誤で行われているのが実態である,

    本研究では,とくに知見の少ない北海道の沖積低地に成立した泥炭地湖沼を対象に,泥炭地湖 沼の水文化学環境の特徴とそれに及ばす人為的撹乱の影響を,水・物質収支を用いて定量的に明ら かにすることを目的とする,そのために,1)北海道の泥炭地湖沼で農業活動による劣化が報告さ れている石狩泥炭地湖沼群を対象に,湖沼水の化学性の現状を把握した.さらに,GIS(地理情報 システム)による土地利用の空間解析を用いて,その劣化原因を統計的に明らかにした.2)人為 的攪乱の比較的少ない釧路湿原の赤沼を対象に水・物質収支を調べ,北海道の泥炭地湖沼の健全性 を明確にした,3)石狩泥炭地湖沼群の中でもとくに化学性の劣化が著しい宮島沼の水・物質収支 を調べた,赤沼との比較により農業活動が泥炭地湖沼の水・物質収支に及ばす影響を検討した,4) 宮島沼の水文化学環境を修復するための最適な手法を検討した.

1)石狩泥炭地に残存する全ての湖沼は,人為的攪乱の小さぃと思われる泥炭地湖沼と比べて栄養 塩濃度とpHが高く,一 般的ぬ化学的特徴が見られなかった,主成分分析を用いて対象湖沼の水の 化学的特徴を検討した 結果,N03‑Nやミネラルイオ ンなどの農地からの浸透排水由来の成分と,

NH4‑N,リン,懸濁物質などの地表排水由来の成分に集約された.これらの主成分得点は,流入水 路数や水路集水域の農地・水田・畑地面積率との間で有意な正の相関が認められた,また,その相 関係数は,融雪,代掻き,灌漑,非灌漑期の各営農段階で異なっていた.以上の結果から,水路か

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ら流入する農地排水が湖沼の富栄養化やミネラルイオン・懸濁物質の増加をもたらし,その影響は 施肥や 代掻きなどの農業活動によって変化すると考えられた.

2)赤沼の水収支では地表流入・流出水が卓越し,それぞれ全流入水量の76%,全流出水量の85% を 占め た. 一 方, 全窒 素(TN). 全リ ン(TP)収 支や ,ミ ネラ ルイ オン の指標であるCa2+収支で は,湖底流入水による供給と地表流出水による流出が卓越し,それぞれ全流入の47〜 97%,全流出 の98〜 99%を占めた.4‑‑11月のTN,TP,Ca2+流入量はそれぞれ31,4.2,31mgrn・2day一1,流出 量はそ れぞれ24,1.2,68mgnr2day−1を示した.北米の泥炭地湖沼に比べて赤沼は水や物質の流 入・流 出量が多かった.水の流入出が多いのは,赤沼では余剰降水量(降水―蒸発散)が多いため と考え られた.物質の流入量が多いのは,湖底流入水量が多いことに加え,栄養塩やミネラルイオ ンを豊 富に含んだ鉱質土壌が,泥炭層の下に存在するためと考えられた.余剰降水量が多いのは北 海道の 泥炭地に共通しており,また泥炭層の下層に鉱質土壌を有するのは,沖積低地に成立した泥 炭地の 一般的特徴と考えられた,したがって,北米の泥炭地湖沼と比べ水文化学環境は大きく異な ったが ,水や物質の流入出が多いという特徴は,北海道の沖積低地に成立する泥炭地湖沼の健全性 を示す指標になり得ると考えられた.

3)宮島沼では水路から の流入・流出水がそれぞれ全流入水量の88%,全流出水量の78%であり,

水収支の大半を占めた.水路流入量の大部分は,灌漑用水として供給される河川水に由来していた.

宮島沼の水路流入・流出水量は,赤沼の地表流入・流出水量と同程度であり,農地化で失った地表 流入・流出水を補償していた.しかし,水の給源が降水から河川水へと変わったため,物質収支は 大きく異なった.宮島沼では,4〜  11月のTN,TP,Ca゛流入量はそれぞれ63,3.6,344mgm.2day…J 流出 量は87,7,284mgm―2darlを示 し, 赤沼 に 比べ てTNやCa2十 の流入・流出量が2〜10倍程 度多かった,それに伴い,宮島沼の湖水の1N,Ca2゛濃度は赤沼の3〜4倍程度高かった,宮島沼で は農業活動に伴う水管理によって,ミネラルイオンや栄養塩の流入量が増加し,水文化学環境が劣 化したと考えられた.

4)宮島沼の水文化学環境の修復手法を検討するため,灌漑用水の流入を止めた場合(ケース1),

灌漑用水を含む水路流入 水を止めた場合(ケース2) ,ケース2に加え赤沼と同様に集水域をかつ ての湿原に置き換え地表 水を流入させた場合(ケース3)の3つのシナリオを設定し,各ケースの 水収支,Ca2゛に着目した物質収支の違いを調べた,ケース1ではCa2゛濃度が高い非灌漑期の農地排 水が常時流入するため, 湖水のCa2゛濃度が現状を上回った.ケース2では,全ケースの中でCa2+ 流入量は最小となったが ,湖水位は最も低下した.ケース3では,湖水位は現状を上回るほど上昇 した.また,地表水の起源となる降水はCa2゛をほとんど含まなぃため,Ca2゛流入量はケース2と同 様に小さく,Ca2+濃度は赤沼と同程度にまで低下した.以上の結果から,湖水位を維持させ,なお かつCa2゛濃度を赤沼と同レベルにするためには,灌漑用水の供給をなくすだけでなく,地表水の流 入も補償する必要があると考えられた.これは,宮島沼の水文化学環境を赤沼と同様な健全なレベ ルまで修復するためには,現在の水管理を止めると同時に,集水域の土地利用や地形をも復元する 必要があることを示唆していた.

    北海道の沖積低地に成立した泥炭地湖沼では,赤沼のように地表流入・流出水が水収支の大半 を占め,湖水の栄養塩やミネラルイオンの蓄積を抑制する役割を果たしていると考えられた.これ

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に対し,宮島沼をはじめとする石狩泥炭地湖沼群では,集水域の湿原が農地化されて地表流入・流 出水がなくなるのに加え,灌漑によって集水域外部の河川から水・物質が流入し,栄養塩・ミネラ ルイオンの流入量が増加していた.このように,農地造成と水利が泥炭地湖沼の水・物質収支およ ぴ湖水の化学性を大きく変化させると考えられる,今後の保全・修復には,集水域の湿原を保全す るこ と,集水 域外部 の河川水 などを 湖沼に流 入させないことが重要であると結論づけられる.

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学位論 文審査の要旨 主査

副査 副査 副査

教授 教授 准教授 助教

平野 波多野 井上 山田

学 位 論 文 題 名

高司 隆介     京 浩之

泥炭地 湖沼の水文化学環境の特徴と そ れに及ぼ す農業活動の影響

  本 論文 は5章か ら な り, 図50,表26,引 用 文 献270を含 む166ベ ー ジの 和 文 論 文で , 参考 論 文4編が 添 え られ て い る。

  泥炭地湖沼は生物多様性にとって重要な役割を果たしているが,多くの泥炭地湖沼は排水や埋 立て により すでに消 失した, あるい は消失し っっある。また,残存する泥炭地湖沼でも富栄養 化が 進んで おり,さ らなる生 態系の 劣化が懸 念されている。そのため,生態系保全・修復事業 が実 施され ているが ,泥炭地 湖沼の 水文化学 環境に関する研究は少なく,水・物質収支を調べ た例 はほと んどない 。本論文 では, 北海道の 沖積低地の泥炭地湖沼を対象に,水文化学環境の 特徴 とそれ に及ぽす 人為撹乱 の影響 を,水・ 物質収支を用いて定量化することを目的とした。

その ために ,1) 石狩泥炭 地湖沼 群を対象 に,湖 沼水の化 学性の現 状を把 握するとともに,土 地利 用の空 間解析に より劣化 原因を 明らかに した。2)人 為的攪乱 の少な い釧路湿原の赤沼を 対象 に水・ 物質収支 を調べ, 自然条 件の泥炭 地湖沼 の水文化 学的特 徴を明らかにした。3)特 に 劣 化が 著し い宮島 沼の水・ 物質収 支を調ベ ,赤沼と の比較 により農 業活動 が泥炭地 湖沼の 水・ 物質収 支に及ぽ す影響を 検討し た。4)シミ ュレーシ ョンによ り宮島 沼の水文化学環境を 修復するための手法を検討した。

  石 狩 泥炭地 の湖沼 では栄養 塩濃度 とpHが比較 的高く ,泥炭地 湖沼の一 般的な 化学的特 徴が みられな かった 。主成分 分析の 結果,湖 沼水の化 学的特徴はN03―Nやミネラルイオンなどの農 地からの 浸透排 水成分と ,NH4−N, リン,懸 濁物質などの地表排水成分に集約された。これら の主成分 得点は ,流入水 路数や 水路集水 域の農地 ・水田・畑地面積率との間で有意な正の相関 を示し,その相関係数は,融雪,代掻き,灌漑,非灌漑期の各営農段階で異なった。以上より,

水路から 流入す る農地排 水が湖 沼の富栄 養化やミ ネラルイオン・懸濁物質の増加をもたらし,

その影響は農業活動によって変化することが明らかとなった。

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  赤 沼の 水収 支で は地 表流 入 ・流 出水 が卓 越した。一方,全窒素・全リン収支や,ミネラル イオンの指標であるCa2+収支では,湖底流入水による供給と地表流出水による流出が卓越した。

北米の泥炭地湖沼に比べて赤沼は水や物質の流入・流出量が多かった。水の流入出が多いのは,

余剰水量(降水ー蒸発散)が多いためであ り,物質の流入量が多いのは,湖底流入水量が多い ことと,栄養塩やミネラルイオンを豊富に 含んだ鉱質土壌が泥炭層の下に存在するためと考え ら れ た 。 こ の よ う な 環 境 は , 北 海 道 の 沖 積 低 地 に 成 立 し た 泥 炭地 の一 般的 特徴 であ る。

  水質 劣化 が顕 著な 宮島 沼 では ,水 路からの流入・流出水が水収支の大半 を占めた。水路流 入量の大部分 は,灌漑用水として供給される河川水に由来していた。 宮島沼の水路流入・流出 水量は,赤沼 の地表流入・流出水量と同程度であり,農地化で失った 量を補償していた。しか し,水の供給 源が降水から河川水へと変わったため,物質収支は大き く異なり,宮島沼は赤沼 に 比べ て全 窒素やCa2+の流入・流出量が2‑ 10倍多く,全窒素,Ca2+濃度は 赤沼の3〜4倍高か った。

  宮島 沼を 例と して 湖沼 の水 文化 学環 境の修復手法を検討した。灌漑用水 の流入を止めた場 合 (ケ ース1) ,水 路流 入 水を 全て 止め た場 合( ケー ス2) ,ケ ース2に加 え集水域を湿原に 置 換し た場 合(ケース3)を設定し,各ケースの水収支,Caz+に着目した物 質収支を調べた。

ケース1では湖水のCa2+濃度が現状を上回った。ケース2では,Ca2+流入量は最小となったが,

湖 水位 は最 も低下した。ケース3では,湖水位は現状よりも上昇し,Caz+濃 度は赤沼と同程度 まで低下した。以上より, 湖水位を維持しCaz+濃度を赤沼と同程度にするには,灌漑用水の供 給 を 止 め る だ け で な く , 地 表 水 の 流 入 も 補 償 す る 必 要 が あ る こ と が 明 ら か と な っ た 。

  赤 沼の 結果 より ,北 海道 の沖 積低 地の 泥炭地湖沼では,本 来,地表流入・流出水が水収支 の大半を占め,湖水に栄養塩やミネラルイオンが蓄積 されないことを明らかにした。一方,宮 島沼をはじめとする石狩泥炭地湖沼群では,集水域の 農地化に加え,灌漑によって集水域外の 河川から水・物質が流入し,栄養塩・ミネラルイオン の流入量が増加していた。農地造成と水 利が泥炭地湖沼の水・物質収支および湖水の化学性を 大きく変化させることが明らかとなり,

泥炭地湖沼の保全・修復には,集水域の湿原の保全と ,集水域外の河川水を流入させないこと が重要であると結諭づけることができた。このような 知見は,湿原生態系の保全・修復のため の科学的基礎を与えるものであり,環境調和型農業を 目指す農業土木分野をはじめ,水文学,

陸水学といった地球物理化学分野にとっても価値の高 いものである。よって,審査員一同は木 塚 俊 和 が 博 士 ( 農 学 ) の 学 位 を 受 け る に 十 分 な 資 格 を 有 す る も の と 認 め た 。

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参照

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