博 士 ( 医 学 ) 加 藤 博 之
学 位 論 文 題 名
橈 側 列 形 成 障 害 の 実 験 的 研 究
学 位 論 文 内 容 の 要旨
I目 的
上 肢先天 奇形の 中で, 前腕の 橈側 と母指 に形成 障害が 認め られる 疾患は磽側列形成障害と呼ば れる 。橈側 列形 成障害 は比較 的頻度 の高 い奇形 である が,そ の成因 にっいて検討した報告はほと んど 無い。 著者 はラッ ト胎仔 にヒト と同 様の橈 側列形 成障害 を誘発 することに成功した。本研究 では 著者の作製したラット橈側列形成障害モデルの誘発条件を検討し,橈側歹I亅形成障害の成立機 序を 考察し た。
II実 験材料 およ び方法
実 験 に はWKAG/Hkmラ ッ ト を 用 い た 。 成 熟 雌 ラ ッ ト を 成 熟 雄 ラ ッ ト と 終 夜同 居 さ せ て , 翌 朝 膣 塗沫 標 本 に よ り精子 の認め られた 雌ラ ットを 妊娠0日の 母ラッ トした 。妊 娠8日 から14日 まで の期間 を0.5日間隔 に分け て, それぞ れの妊 娠日に 相当 する母 ラット に抗腫 瘍剤で あるmy‑
leranを単 一経口 投与し た。妊 娠20日 目に母 ラット を開 腹して 生存胎 仔を取 り出し た。 胎仔の 軟 骨骨 染色透 明標 本を作 製して 骨格病 変を 実体顕 微鏡下 に観察 し,以 下の 項目にっいて検討した。
1.ラッ ト橈側 列形成 障害 の出現 頻度。
各妊 娠 日 の 母 ラ ット にmyleranの20mg7kgを 投 与 して , 各 投 与 妊娠 日ごと の生存 胎仔の 前肢 数と 僥側列 形成 障害を もつ胎 仔の前 肢数 を数え た。橈 側列形 成障害 の前 肢数を生存胎仔の前肢総 数に 対する 割合 で表し ,橈側 列形成 障害 出現率 とした 。
2.ラッ ト橈側 列形成 障害 の重症 度。
誘 発され たラッ ト胎仔 橈側列 形成 障害の 橈骨の 形成障 害を 観察し ,障害 の程度 により4っ の型 に分 類した 。
3.myleranの投 与量と 橈側列 形成障 害の 出現頻 度およ び重症 度の 関係
妊 娠10日 の 母 ラッ ト に 対 し ,myleranを15,20,25mg7kgの い ずれか の量で 投与し て, 各投 与 量 ご と に橈 側 列 形 成 障害 の 出 現 率 とそ の 重 症 度 を調 査 し た 。
皿結 果
1.橈 側列形 成障害 の出 現頻度 。
磽側列 形成障害は10,10.5,11日投与群にのみ出現し,その出現率はそれぞれ19.O%,15.5%,
そ して2.9%で あった 。 2.橈 側列形 成障害 の重 症度。
各型の 内訳は ,磽骨 の完全 に欠 損した 橈骨全 欠損型: 11肢,橈骨遠位部に欠損のある橈骨部分 欠 損型:8肢 ,橈骨 に欠 損を認めないが全体に低形成の認められる暑尭骨低形成: 18肢,さらに橈 骨 は 正 常 で 母 指 に の み 形 成 障 害 が 存 在 す る 橈 骨 正 常 型 :14肢 で あ っ た 。 3. myleranの 投 与 量 と 橈 側 列 形 成 障 害 の 出 現 頻 度 お よ び 重 症 度 の 関 係 。 myleranを妊 娠10日 目に 投 与 し た 場合 , 投与 量別 に観察 前肢数 に対す る撓 側列形 成障害 の出 現 肢 数 を 調 査し た 。15mg/kg群では62肢中 に1肢 ,投 与量20mg/kg群 では100肢中19肢, 投与量25 mg/kg群 で は44肢中19肢 に橈 側 列 形 成 障 害を 認 め た 。myleranの 投与 量が増 加す るにっ れて橈 側 列 形 成 障 害の 出 現 頻 度 は上 昇 し た 。 さ らにmyleranの 投与量 別に 橈側列 形成障 害の重 症度 を み る と ,15mg/kg投 与 群 に お いて は , 最 も 軽症の 橈骨正 常型1肢の みが観 察さ れた。20mg/kg投 与 群では ,橈 骨全欠 損型:3肢 ,橈骨 部分欠 損型 :3肢 橈骨 低形成 型:8肢, そして 橈骨正 常型:
3肢 で あ っ た。myleranの 投 与量 が 多 い 程 ,橈 骨 全 欠 損 型あ る い は橈 骨部分 損型な どの 重症型 の 占める 割合 が増加 してい た。
IV考 察
m yleranによ り 誘 発され たラ ット胎 仔の橈 側列形 成障 害の骨 格病変 の特徴 はヒト の橈 側列形 成障害 に認め られ る特徴 と同様 であっ た。著 者の 誘発し た橈側 列形成 障害の骨格病変が臨床例の それと 類似し てい る事実 は,動 物実験 の分析 結果 からヒ トにお ける橈 側列形成障害の発現機序を 推測可 能なこ とを 示して いる。
今 回 の 実 験で は ラ ッ ト の特 定 の 胎 生 期 にmyleranとい う外的 因子 を加え ること で,ヒ トと 同 様の橈 側列形 成障 害の発 現をみ た。こ のこと は, ヒトに おいて も胚の 細胞に障害を及ぼす何らか の環境 因子が 橈側 列形成 障害の 成因に 関与し てい る可能 性を示 唆して いる。動物実験において一 定の催 奇形因 子が 胎仔に 及んだ 場合に ,特定 の奇 形をお こしう る胎齢 の範囲はその奇形の臨界期
と 呼ば れる。 ラット 橈側列 形成 障害の 臨界期 は妊娠10日か ら11日で あっ た。こ れは上 肢芽形成期 の 直前 に相当 し,ヒ トの胎 齢23日 から28日 に相 当する 。
臨床例 の経験 から, 僥側 列形成 障害と 尺側列 形成 障害に は,橈 骨ある いは尺 骨の 形成障害が低 形 成か ら部分 欠損を へて全 欠損 に至る 一定の 規則性 が共通 して 存在す ること が知ら れている。し た がっ て,両 奇形の 成立機 序は 極めて 類似し ている と推測 され ている 。しか し,尺 側列形成障害 は 橈側 列形成 障害に 比べて その 発生頻 度が低 く,全 身合併 奇形 の種類 が異な るなど 臨床像の相違 点 も存 在する 。
尺側列 形成障 害の実 験モ デルに は萩野 の報告 があ る。そ こで今 回の橈 側列形 成障 害モデルと萩 野 の 尺 側 列 形 成障 害 モ デ ル の誘 発 条 件 を 比較 し て み た 。両 奇形 モデル の誘発 条件は ,myleran と いう 催奇形 因子で ラット 胎仔 に誘発 される 点と, 臨界期 が上 肢芽形 成時期 の直前 に存在する点 が 一致 してい た。そ の事実 は両 奇形が 類似し た発生 学上の 障害 を持つ 奇形で あると いう従来の推 測 を支 持して いた。 しかし ,両 奇形モ デルの 誘発条 件には 相違 点も認 められ た。す なわち尺側列 形 成 障 害 の 臨 界期 は 妊 娠9日か に10日 である のに 対し, 橈側列 形成障 害の 臨界期 はそれ より1日 遅 い妊 娠10日か ら11日 であっ た。
ヒトに おいて も尺側 列形 成障害 の臨界 期は繞 側列 形成障 害の臨 界期に 比べて わず かに早期に存 在 す る こ と が予 想され る。実 験奇 形の研 究によ れば, 胎齢の1日 異なる ラッ トに同 一の催 奇形因 子 を作 用させ た場合 ,胎仔 の心 臓,腎 臓,脊 椎など に生じ る奇 形は大 きく異 なる。 したがって,
ヒ トに おける 尺側列 形成障 害と 橈側列 形成障 害の間 にみら れる 全身合 併奇形 の差は ,胚に加えら れ た損 傷時期 の違い によっ て生 じると 考える ことが 可能で ある 。
myleranは ラッ ト 胎 仔 に 対し て 催 奇 形 因子 で あ る と とも に致 死因 子とし ても働 いてい る。胎 仔 死 亡 率 の 推移 をみる と妊娠8日 から9.5日の 期間と 妊娠11.5日から13日の 期間の ニっの 期間に 死 亡率 のピー クが存 在した 。萩 野の実 験結果 による とラッ ト尺 側列形 成障害 の臨界 期は最初の胎 仔 死亡 のピー ク内に 存在す る。 これに 対して ラット 暑尭側 列形 成障害の臨界期は,最初と2番目の 胎 仔死 亡のピ ークの 間隙に 存在 する。 したがって橈側列形成障害の臨界期における胎仔死亡率は,
尺 側列 形成障 害の臨 界期に おけ る胎仔 死亡率 に比べ て低率 であ る。こ のよう な臨界 期と胎仔死亡 の 関係 がヒト におい ても存 在す ると考 えると ,臨床 例で橈 側列 形成障 害の発 生率が 尺側列形成障 害 の発 生率を 上回っ ている 事実 を理解 するこ とが用 意とな る。
81
学位論文審査の要旨
目的:先天奇形の中で,前腕の橈側と母指に形成障害が認められる疾患は橈側列形成障害と呼 ばれる。橈側列形成障害は比較的頻度の高い奇形であるが,その成因にっいて検討した報告はほ とんど無い。著者はラット胎仔にヒトと同様の橈側列形成障害を誘発することに成功した。本研 究では著者の作成したラット橈側列形成障害モデルの誘発条件を検討し,撓側列形成障害の成立 機序を考察した。
実 験方 法: WKAG/Hkmラット を用いた。雌ラットを雄ラッ トと終夜同居させて,翌朝 膣に 精子の認められた雌ラットを妊娠0日の母ラットした。妊娠8日から14日までの期間をO.5日間 隔に分けて,それぞれの妊娠日に相当する母ラットに抗腫瘍剤であるmyleranを単一経口投与 した。妊娠20日目に母ラットを開腹して生存胎仔を取り出した。胎仔の軟骨骨染色透明標本を作 製して骨格病変を観察し,以下の項目にっいて検討した。1.橈側列形成障害の出現頻度。2. 橈側列形成障害の重症度。3. myleranの投与量と橈側列形成障害の出現頻度および重症度の関 係。
結果:各妊娠日の母ラットにmyleranの20mg/kgを投与した場合,橈側列形成障害は10,10.5, 11日投与群にのみ出現し,その出現率はそれぞれ19.O%,15.5%,そして2.9%であった。橈側 列形成障害の重症度は臨床例の分類法と同様の方法で4型に分類された。各型の内訳は,橈骨の 完全に欠損した橈骨全欠損型: 11肢,橈骨遠位部に欠損のある橈骨部分欠損型:8肢,橈骨に欠 損を認めないが全体に低形成の認められる橈骨低形形成型: 18肢,さらに橈骨は正常で母指にの み形成障害が存在する橈骨正常型: 14肢であった。myleranを妊娠10日目に投与した場合,投 与量が15mg/kg群では生存胎仔の62前肢中に1肢,投与量20mg/kg群では100前肢中19肢,そし て投与量25mg/kg群では44前肢中19肢に撓側列形成障害を認めた。myleranの投与量が増加す るにっれて橈側列形成障害の出現頻度は上昇していた。さらにmyleranの投与量と橈側列形成 障害の重症度の関係をみると,投与量が20mg/kg,25mg/kgと多くなるにっれて僥骨全欠損型あ るいは橈骨部分損型などの重症型の占める割合が増加していた。
童窒: myleranにより誘発されたラット胎仔の橈側列形成障害の骨格病変の特徴はヒトの橈側
志 暹
彦
清
邦
田 巻
林
金 葛
小
授 授
授
教 教
教
査 査
査
主 副
副
列形 成障 害に認 められ る特徴 と同 様であ った。 著者の 誘発し た橈 側列形 成障害 の骨格病変が臨床 例の それ と一致 してい る事実tま ,今回 の実 験の分 析結果 からヒHこ おける 橈側列 形成障害の発現 機 序 を 推tal亅 可 能 な こ と を 示し て い る 。 今回 の 実 験 で はラ ッ ト の 特 定の 胎 生 期 にmyleran と いう外 的因子 を加え るこ とで, ヒトと 同様の 橈側 列形成 障害の 発現を みた。 このことは,ヒ トに おい ても胚 の細胞 に障害 を及 ばす何 らかの 環境因 子が撓 側列 形成障 害の成 因に関与している 可能 性を 示唆し ている 。ラッ ト橈 側列形 成障害 の臨界 期は妊 娠10日 から11日であった。これは上 肢芽 形成 期の直 前に相 当し, ヒト の胎齢23日から28日に 相当す る。
臨 床例に おける 上肢先 天奇 形の分 類方法 による と, 磽側列 形成障 害は縦 列形成 障害に分類され る。 縦列 形成障 害には 橈側列 形成 障害以 外に尺 側列形 成障害 があ る。橈 側列形 成障害と尺側列形 成障 害に は前腕 の骨の 形成障 害に 共通の規則性が存在している。しかし,尺但lI列形成障害は橈側 列形 成障 害に比 べてそ の発生 頻度 が低く ,全身 合併奇 形の種 類が 異なる など臨 床像の相違点も存 在す る。 尺側列 形成障 害の実 験モ デルに は萩野 の報告 がある 。そ こで今 回の橈 側列形成障害モデ ルと 萩野 の尺側 列形成 障害モ デル の誘発 条件を 比較し てみた 。両 奇形モ デルの 誘発条件は,my・ leranと いう催 奇形 因子で ラット 胎仔に 誘発さ れる 点と, 臨界期 が上肢 芽形 成時期 の直前 に存在 す る 点 が一致 してい た。 しかし ,両奇 形モデ ルの誘 発条 件には2っ の明ら かな相 違点が 認め られ た 。 第1の 相 違 点 は 臨界 期 の 違い であり ,尺 側列形 成障害 の臨界 期は妊 娠9日から10日で あり,
橈 側 列 形成障 害の臨 界期 は尺側 列形成 障害よ り1日遅い 妊娠10から11日 であ った。 尺側列 形成障 害の 臨界 期は胎 仔死亡 が高率 に見 られる 時期と 一致し ている のに 対し, 橈側列 形成障害の臨界期 は全 身奇 形が高 頻度に みられ る時 期に一 致して いた。 このよ うな 臨界期 と胎仔 死亡あるいは全身 合併 奇形 の関係 がヒト におい ても 存在す ると仮 定する と,両 奇形 にみら れる臨 床像の差は,胚に 加 え ら れた損 傷時期 の違 いによ って生 じると 考えら れた 。両奇 形モデ ルの誘 発条 件にお ける第2 の 相 違 点は ラ ッ ト の 系 統差 で あり ,尺側 列形成 障害はGun: Wistarラット に誘 発され たのに 対 し 橈 側 列 形 成 障 害 はWKAH/Hkmラ ッ ト に 誘 発 さ れ て い た 。 こ の 事 実 は , 胚 の 遺 伝 的 因 子 の 違い に基 づく催 奇形因 子に対 する 感受性 の差が 奇形の 表現型 を規 定して いる可 能性を示唆してい た。
本 研究は ,特定 の胎生 期に 加えら れ環境 因子と ,遺 伝的素 因の違 いによ る環境 因子に対する感 受性 の差 が,縦 列形成 障害の 表現 型を規 定して いる可 能性を 明ら かにし たもの であり,博士の学 位に 値す るもの と認定 された 。