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―インドシナ総合開発フォーラムを中心に―

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(1)

2014 年度

ポスト冷戦期における日本の対インドシナ・メコン地 域政策

―インドシナ総合開発フォーラムを中心に―

主査:白石昌也教授 副査:村嶋英治教授 副査:山岡道男教授 副査:古田元夫教授

早稲田大学アジア太平洋研究科 国際関係学 専攻 学籍番号: 4010s011-7

氏名: 島林孝樹

(2)

目次

序章...6

第1節 問題背景... 6

第2節 インドシナ・メコン地域開発に関する先行研究... 10

第3節 研究対象... 14

第4節 FCDIに関する先行研究... 15

第5節 本論の目的と分析の視角... 18

第6節 依拠資料... 19

第7節 章構成... 21

第1章 FCDI提唱に至るまでの地域政策に関する議論...23

第1節 カンボジア紛争以前における対インドシナ地域政策... 23

第1項 ベトナム戦争後における復興構想... 23

第2項 福田ドクトリンの表明... 27

第2節 カンボジア紛争と対インドシナ地域政策... 31

第1項 カンボジア紛争の勃発... 31

第2項 カンボジア和平への取り組み... 33

第3項 カンボジア復興... 39

第3節 宮澤喜一首相による東南アジア歴訪とFCDIの提唱... 45

第1項 21世紀のアジア・太平洋と日本を考える懇談会... 45

第2項 東南アジア歴訪の概要とFCDIの提唱... 50

第3項 日・インドネシア、日・マレーシア首脳会談... 54

第4項 日・タイ首脳会談... 56

総括... 59

第2章 準備会合開催に向けた協議...62

第1節 東南アジア歴訪直後... 62

第1項 国会における答弁... 62

第2項 1993年6月作成の決裁書... 67

第2節 準備会合開催直前... 70

第1項 1993年10月7日作成の準備会合開催要領... 70

第2項 1993年10月27日作成の決裁書... 73

第3項 1993年11月作成の外交公電... 78

第3節 準備会合の開催... 81

第1項 準備会合の概要... 81

(3)

第2項 議長サマリー... 82

第3項 参議院国際問題に関する調査会(1993年12月10日)... 87

総括... 88

第3章 閣僚会合に向けた協議...91

第1節 FCDIの運営方針をめぐる国内議論... 91

第1項 1994年5月, 6月作成の決裁書... 91

第2項 1994年9月作成の閣僚会合開催要綱... 98

第2節 域外国・国際機関との協議... 99

第1項 ADBとの協議... 99

第2項 FCDIの運営方針を記した電信案および招待状の作成... 101

第3項 各国との協議... 104

第4項 閣僚会合直前における国際機関との協議...111

第3節 閣僚会合直前における国内議論...115

第1項 1994年12月作成の決裁書...115

第2項 1995年1月作成の閣僚会合開催要領...117

第3項 対プレス事前ブリーフ... 123

第4項 閣僚会合直前の協議... 124

総括... 127

第4章 FCDI閣僚会合における議論...129

第1節 閣僚会合の概要... 129

第2節 共同ステートメント... 131

第1項 閣僚会合における合意事項... 132

第2項 閣僚会合の成果... 133

第3節 閣僚会合における日本の役割と貢献... 139

第1項 閣僚会合における日本の意図表明... 139

第2項 運輸網整備に関する4つの構想... 141

総括... 151

第5章 閣僚会合以後におけるFCDIの活動とFCDIの終焉...153

第1節 閣僚会合以後におけるFCDIの活動... 153

第1項 民間シンポジウム... 153

第2項 FCDI合同打ち合わせ会合... 155

第3項 インドシナ地域におけるWIDセミナーの開催... 163

第4項 アドバイザリー・グループ... 166

第5項 インフラ作業委員会... 173

第6項 人材育成作業委員会... 184

第2節 FCDIの終焉... 191

(4)

総括... 195

終章...198

第1節 これまでの検討経緯... 198

第2節 FCDIの意義づけ... 198

第1項 議論の場を提供した理由... 198

第2項 地域政策の具体的内容... 199

第3項 地域を対象とした理由... 200

第4項 ODA援助政策との関連... 200

第3節 今後の展望... 201

謝辞...202

参考文献...204

一次資料... 204

二次資料... 212

新聞... 220

白書・年鑑・統計... 220

ウェブサイト... 220

インタビューリスト... 221

(5)

略語一覧

ACMECS(Ayeyawady-Chao Phraya-Mekong Economic Cooperation Strategy):エーヤワデ ィ・チャオプラヤ・メコン経済協力戦略会議

ADB(Asian Development Bank):アジア開発銀行

AEM(ASEAN Economic Ministers):ASEAN経済閣僚会合

AEM-METI(ASEAN Economic Ministers and the Minister for Economy, Trade and Industry):日本・ASEAN経済閣僚会合

AFTA(ASEAN Free Trade Area):ASEAN自由貿易地域 AG(Advisory Group):アドバイザリー・グループ

AIDAB(Australian International Development Assistance Bureau):豪州国際開発援助庁 AMBDC(ASEAN Mekong Basin Development Cooperation):ASEANメコン流域開発協力 AMEICC(ASEAN Economic Ministers and METI Economic and Industrial Cooperation

Committee):日本・ASEAN経済産業協力委員会

APEC(Asia-Pacific Economic Cooperation):アジア太平洋経済協力会議 ARF(ASEAN Regional Forum):ASEAN地域フォーラム

ASEAN(Association of South East Asian Nations):東南アジア諸国連合 ASEAN・PMC(ASEAN Post-Ministerial Conferences):ASEAN拡大外相会議 BHN(Basic Human Needs):基礎生活分野

BOT(Build, Operate and Transfer):民間活力活用方式 CG(Consultative Group):支援国会合

CLMV(Cambodia, Laos, Myanmar, Viet Nam):カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム CLV(Cambodia, Laos, Viet Nam):カンボジア、ラオス、ベトナム

DAC(Development Assistance Committee):開発援助委員会 EC(European Community):欧州共同体

ECAFE(United Nations Economic Commission for Asia and the Far East):国連アジア極東 経済委員会

ESCAP(United Nations Economic and Social Commission for Asia and the Pacific):国連ア ジア太平洋経済社会委員会

EU(European Union):欧州連合

FCDI(Forum for Comprehensive Development of Indochina):インドシナ総合開発フォーラム FTA(Free Trade Agreement):自由貿易協定

GMS(Greater Mekong Subregion):大メコン圏 HRD(Human Resource Development):人材育成

IAI(Initiative for ASEAN Integration):ASEAN統合イニシアティブ

ICORC(International Committee on the Reconstruction of Cambodia):カンボジア復興国際 委員会

ILO(International Labour Organization):国際労働機関

(6)

IMF(International Monetary Fund):国際通貨基金

JAIF(Japan-ASEAN Integration Fund):日本・ASEAN統合基金 JBIC(Japan Bank for International Cooperation):国際協力銀行 JETRO(Japan External Trade Organization):日本貿易振興機構 JICA(Japan International Cooperation Agency):国際協力機構

JSPP(Japan-Singapore Programme):日本・シンガポール・パートナーシップ・プログラム JTPP(Japan-Thailand Partnership Programme):日本・タイ・パートナーシップ・プログラ

MC(Mekong Commission):メコン委員会

MIC(Mekong Interim Committee):暫定メコン委員会 MRC(Mekong River Commission):メコン河委員会

NAFTA(North American Free Trade Agreement):北米自由貿易協定 NIEs(Newly Industrializing Economies):新興工業経済

NGO(Non-Governmental Organizations):非政府組織 NSC(National Security Council):アメリカ国家安全保障会議 ODA(Official Development Assistance):政府開発援助

OECD(Organization for Economic Co-operation and Development):経済協力開発機構 OECF(Overseas Economic Cooperation Fund):海外経済協力基金

PKO(United Nations Peacekeeping Operations):国連平和維持活動 PMC(ASEAN Post Ministerial Conference):ASEAN拡大外相会議

POW/MIA(Prisoner of War/Missing in Action):戦時捕虜、戦闘中行方不明

TAC(Treaty of Amity and Cooperation in Southeast Asia):東南アジア友好協力条約 TICAD(Tokyo International Conference on African Development):アフリカ開発会議 UN(United Nations):国際連合

UNDP(United Nations Development Programme):国連開発計画

USAID(United states Agency for International Development):アメリカ合衆国国際開発庁 WB(World Bank):世界銀行

WCID(Working Committee on Infrastructure Development):インフラ整備作業委員会 WCHRD(Working Committee on Human Resource Development):人材育成作業委員会 WID(Woman in Development):開発における女性の役割

WTO(World Trade Organization):世界貿易機関

(7)

序章

第 1 節 問題背景

現在、域外国・ドナー国によるインドシナ・メコン地域に対する地域協力が展開されている1。 インドシナ・メコン地域協力に携わる域外諸国の一国として、日本も現在に至るまで積極的な取 り組みを行ってきた。こうした日本による取り組みを、白石は「地域政策」という用語を用いて 体系的に跡付けている2。白石によれば、地域政策とは、「いくつかの主権国家を包含する地域(も しくはサブ地域)に対して、何らかの共通性を見出し、それら国家を1つのグループもしくはカ テゴリーとして一括して対応する方針と活動のセット」3と定義づけられる。

白石によれば、日本による地域政策は、インドシナ地域、CLMV(Cambodia, Laos, Myanmar, Viet Nam)、メコン地域という3つの地域概念によって分類できるとされる。これら3つの地域 概念を対象にして、日本は地域政策を展開してきた4

まず、カンボジア・ラオス・ベトナムから構成されるインドシナ地域は、「日本が伝統的に有し てきた地域政策の対象や地域概念」5であった。その起源は、1920 年代の「日本・仏印」関係に までさかのぼる6。しかし、体系的な対インドシナ地域政策として、国際的な協力枠組みが打ち出 されたのは、冷戦が終焉した1990年代から2000年代にかけてである。具体的には、1993年に 提唱されたインドシナ総合開発フォーラム(FCDI: Forum for Comprehensive Development of Indochina)を皮切りに、1999年には開発の三角地帯構想に対する支援、2004年には「日・CLV」

対話メカニズムが構想された。これらの中で、FCDI と「日・CLV」対話メカニズムは、日本が 独自に提唱した協力枠組みである。

また1990年代には、インドシナ地域と並列する形で、CLMVを対象とする地域政策が打ち出 された。CLMVとは、ASEAN新規加盟国であるカンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナムの 頭文字を指す。つまり、CLMVはインドシナ3国の他にミャンマーを加えた地域概念である。こ のCLMVという用語の誕生は、経済格差是正の推進に積極的だった通商産業省(以下、通産省)

によるところが大きいと山影は論じている7。それぞれの頭文字を名称にとるようになった背景に は、フランス植民地時代の名残が強い「インドシナ3国」という呼び方を変えようとする動きが あったからである8。具体的な協力枠組みとして、日本の通産省の提唱によって1994年4月に発 足が合意されたインドシナ・ミャンマー産業協力ワーキンググループ(AEM-MITI Working

1 白石昌也「メコン地域協力と中国、日本、アメリカ」『ワセダアジアレビュー』12, 2012 pp.10-16.

2 白石昌也「日本のインドシナ・メコン地域政策の変遷」『アジア太平洋討究』17, 2011.

3 同上 p.2.

4 詳細は、同上を参照。

5 同上 p.2.

6 同上 p.3.

7 山影進「メコン河流域諸国の開発協力とASEAN」『政経研究』39 (4), 2003a pp.455-456.

8 例えば、ASEANのアジット・シン事務局長は、「CLV」という略称を提唱した。『讀賣新聞』朝刊, 4面, 1993年1月27日.

(8)

Group of Economic Cooperation for Indochina and Myanmar)と同ワーキンググループを発展 的に解消する形で1997年10月に発足が合意された日本・ASEAN経済産業協力委員会(AMEICC:

AEM-METI Economic and Industrial Cooperation Committee)の2つが挙げられる。また、南 南協力(経済開発のより進んだ途上国が、他の途上国を支援する仕組み)9への支援も、CLMVを 対象とする協力枠組みに位置づけられる。具体的には、2002年にASEAN主導で発足したASEAN 統合イニシアティブ(IAI: Initiative for ASEAN Integration)、2003年にタイの提唱によって発 足 し た エ ー ヤ ワ デ ィ ・ チ ャ オ プ ラ ヤ ・ メ コ ン 経 済 協 力 戦 略 (ACMECS: Ayeyawadi-chao Praya-Mekong Economic Cooperation Strategy)に対する支援が挙げられる。

最後にメコン地域が意味する地域概念には3つの解釈が存在する。まず、第1の解釈として、

1992 年にアジア開発銀行(ADB: Asian Development Bank)が提唱した大メコン圏(GMS:

Greater Mekong Subregion)構想の範囲を包含するサブ地域概念が挙げられる。第2の解釈とし て、GMSから中国を排除した地域概念としてのメコン地域が挙げられる。この地域概念は、2008 年に行われた「日・メコン」対話に端を発する10。そして、第3の解釈として、「メコン河流域」

という地域概念が挙げられる。

日本は従来、メコン河流域を対象とした地域政策を展開してきた。具体的には、1957年に発足 したメコン委員会(Mekong Committee)と1978 年にメコン員会を改組して発足した暫定メコ ン委員会(Mekong Interim Committee)に対して日本は支援を行ってきた。さらに、冷戦終結 後には、1995年に発足したメコン河委員会(Mekong River Commission)に対して日本は支援 を行っている。一方、GMSを対象とする地域政策(中国を含める)を1990年代後半から日本は 展開した。具体的には、ADBにおける日本特別基金と経済回廊に対する援助(交通インフラ整備)

を1990年代にかけて展開した。他方、対メコン地域政策(中国を含めない)として、2008年か ら日本の主導の下で、「日本・メコン」対話メカニズムを展開した。

9 白石・前掲論文, 2011 p.19.

10 白石は、日本にとって「GMS」(中国を含む)と「メコン地域」(中国を除く)は同じではないと論 じている。つまり、中国を含めるか含めないかによって、地域概念を分類する必要があると述べてい る。同上 pp.27-29.

(9)

表1. 各協力枠組みの対象分野

出所:野本啓介「メコン地域開発をめぐる国際協力の発展」『北星論集(経)』42 (2), 2003, 大西香世

「国際河川のガバナンス(2)アジア―メコン川流域をめぐる紛争と交渉」蔵治光一郎編『水をめ ぐるガバナンス―日本、アジア、中東、ヨーロッパの現場から』(未来を拓く人文・社会科学シ

リーズ05)東信堂, 2008.を参考に筆者による加筆の上で作成。

表2. 各協力枠組みの参加国

タイ ベトナム ラオス カンボジア ミャンマー 中国 日本 ASEAN ADB UNDP

GMS ○ ○ ○ ○ ○ ○ ◎

MRC ○ ○ ○ ○ △ △

AMBDC ○ ○ ○ ○ ○ ○ ◎

IAI ○ ○ ○ ○ ○ ○ ◎

FCDI ○ ○ ○ ○ △ ○ ◎ ○ ○ ○

AMEICC ○ ○ ○ ○ ○ ◎ ○

ACMECS ◎ ○ ○ ○ ○

開発の三角地帯 ◎ ○ ○

◎:提唱国・機関 △:オブサーバー

出所:野本啓介「メコン地域開発をめぐる国際協力の発展」『北星論集(経)』42 (2), 2003, 大西香世

「国際河川のガバナンス(2)アジア―メコン川流域をめぐる紛争と交渉」蔵治光一郎編『水をめ ぐるガバナンス―日本、アジア、中東、ヨーロッパの現場から』(未来を拓く人文・社会科学シ

リーズ05)東信堂, 2008.を参考に筆者による加筆の上で作成。

運輸 エネルギー 通信 貿易 投資 農業・灌漑 漁業・水産 河川航行 水資源管理 環境 人材育成 観光

GMS ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

MRC ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

AMBDC ○ ○ ○

IAI ○ ○ ○

FCDI ○ ○ ○ ○ ○ ○

AMEICC ○ ○ ○ ○ ○

ACMECS ○ ○ ○ ○ ○ ○

開発の三角地帯 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○

(10)

図1. インドシナ・メコン地域の地図

出所:小笠原高雪「『大メコン圏』の形成と地域秩序―ASEANは東南アジアを統合できるか」黒柳米 司編『アジア地域秩序とASEANの挑戦―「東アジア共同体」をめざして』明石書店, 2005a p.91.

上記の白石の研究から理解できるように、日本によるインドシナ・メコン地域政策は、長きに わたって展開されてきた。その特徴は、植民地支配から第2次世界大戦期に展開された対インド シナ地域政策を除いて、ほとんどがインドシナ・メコン地域との協力や開発支援を志向していた 点である。地域政策と一口に言っても、「政策」には様々な定義が可能である。しかし、ひとまず 本論では、「政府が公的(ないし公共的)な問題を解決するための手段」11と定義したい。その定 義に従えば、日本は一国のみならず地域を対象にして、問題解決のために何らかの方針や活動を 地域政策として打ち出してきたのである。

現在では、援助を展開していく上において、「援助対象国のみならず隣接国、周辺国、さらには サブ地域や地域全体にメリットが及ぶような『広域』的な意義に関する視点」12を持つことが必 要となってきている。つまり、「援助対象国そのものにとってのみならず、さらには国境を跨ぐ連 結性や、隣接国、周辺国を含めたサブ地域、地域全体における広域的な意義」13が問われている。

白石が「二国間主義の限界」を指摘しているように、一国のみならず地域を視野に入れた問題や 課題に対する取り組みがますます求められる14。そうであるならば、インドシナ・メコン地域政 策は、一稿を割くに値する研究課題であると考えられる。インドシナ・メコン地域政策がどのよ うに展開してきたのかを詳細に跡付けることで、日本の地域政策の一角を示すことが期待できる。

11 岩崎正洋「政策過程の理論を紐解くために」岩崎正洋編『政策過程の理論分析』三和書籍, 2012 p.7.

12 白石昌也「21世紀初頭の日本のインドシナ3国(カンボジア、ベトナム、ラオス)に対する援助政 策―『ODA白書』の記述を中心に」『アジア太平洋討究』12, 2009 p.122.

13 同上

14 白石昌也「岐路に立っている日本の選択 第3回:メコン地域開発と日本」(2008年6月5日、於:

早稲田大学アジア太平洋研究センター国際関係公開講座)における配布資料。

(11)

なお、本論で取り扱うインドシナ地域とは、植民地時代に仏領インドシナ連邦に編入されるこ とになったベトナム、ラオス、カンボジアという狭義の意味を指す15。一方、本論で取り扱うメ コン地域とは、1992年にADBが提唱した大メコン圏構想の範囲(ベトナム、ラオス、カンボジ ア、ミャンマー、タイ、中国雲南省、広西チワン族自治区)を包含するサブ地域概念を意味して いる16

第 2 節 インドシナ・メコン地域開発に関する先行研究

現在、インドシナ・メコン地域開発を扱った主要な研究は、大きく分けて3つに分類できる17。 すなわち、①政治・外交面に意義に焦点を当てた研究、②広域的経済圏の形成に焦点を当てた研 究、③水資源管理と環境面に焦点を当てた研究の3つである。

まず、政治・外交面に焦点を当てた研究は、主にASEANにおける地域形成統合や東アジア地 域主義の進展という文脈の中で、インドシナ・メコン地域開発を捉えることが多い。従来、この 分野は、国際関係論、東南アジア地域研究者による関心領域である(後述)。

他方で、広域的経済圏の形成に焦点を当てた研究は、GMS経済回廊による民間投資・交通・通 信への影響に重きを置いている18。現在、アジア経済研究所によって進められている経済回廊に 関するプロジェクトは、その代表的な研究である19

最後に、水資源管理と環境面に焦点を当てた研究は、ダム建設などの具体的なプロジェクト実 施によって生じる様々な影響(プラスの影響だけでなくマイナスの影響も含む)に着目している。

また、メコン員会やメコン河委員会による活動(プロジェクト)を整理した研究も含まれる20

15 詳細は、太平洋協会編『佛領印度支那(政治・経済)』河出書房, 1940, Malay, Armando JR,

“Configuring “Indochina”: 19thCentury Explorations of the Mekong”, in Diokno, Maria Serena I.

and Nguyen, van Chinh eds.,The Mekong Arranged & Rearranged, Chiang Mai, Thailand:

Mekong Press, 2006, Pholsena, Vatthana, “From Indochinese Dreams to Post-Indochinese Realities”, in Diokno, Maria Serena I. and Nguyen, van Chinh eds.,The Mekong Arranged & Rearranged, Chiang Mai, Thailand: Mekong Press, 2006を参照。

16 GMSという地域概念がいかに形成されたのかを詳細に検討した研究としては、Diokno, Maria Serena I. and Nguyen, van Chinh, “Introduction: Mother of Waters”, in Diokno, Maria Serena I.

and Nguyen, van Chinh eds.,The Mekong Arranged & Rearranged, Chiang Mai, Thailand:

Mekong Press, 2006を参照。

17 白石昌也「インドシナ及びメコン・サブ地域に対する日本の協力」(2008年8月30日、於:科学 研究費研究会 ASEAN新規加盟国の「中進国」ベトナムと地域統合―日越関係を視野に入れて 第 一回 国際ワークショップ)における配布資料,Yoshimatsu, Hidetaka, “The Mekong Region, Regional Integration, and Political Rivalry among ASEAN, China and Japan”,Asian Perspective, 34 (3), 2010 pp.74-76.

18 川田敦相『メコン広域経済圏―インフラ整備で一体開発』勁草書房, 2011,Leung, Suiwah&

Bingham, Ben&Davies, Matt編(阿曽村邦昭訳)『メコン地域経済開発論』古今書院, 2012.

19 石田正美編『メコン地域開発―残された東アジアのフロンティア』アジア経済研究所, 2005,石田正 美編『メコン地域国境経済をみる』アジア経済研究所, 2010, 石田正美、工藤年博編『大メコン圏経 済協力―実現する3つの経済回廊』アジア経済研究所, 2007.

20 別府節弥『ベトナム・ラオス・カンボジアメコン河の総合開発』鹿島平和研究所, 1967, 堀博『メコ ン河―開発と環境』古今書院, 1996, Abe, Kenichi ed.,International Symposia: Mediating for Sustainable Development in the Mekong Basin. Osaka: The Japan Center for Area Studies, National Museum of Ethnology, 2006, Osborne, Milton, “The Strategic Significance of the Mekong”,

(12)

この分野は、アカデミズムの分野のみならず開発コンサルタントなどの民間部門や NGO 関係者 によって議論されることが多い。その点と関連して、開発における政府の役割のみならず、NGO の役割に着目する研究も数多く存在している21

これら 3つの研究は、互いに独立しているわけではない。重複している部分も多々みられる。

その理由は、お互いに影響を及ぼしあい相互に関わる中で、当該分野の研究は進展してきたから である。

本論は、日本の地域政策を分析する研究であり、主に政治・外交面に焦点を当てた研究に位置 づけられる。そこで、政治・外交面に焦点を当てた研究の現状を紹介する中で、先行研究におけ る本論の位置づけを検討する。その際に、先行研究では何が明らかにされ、何が明らかにされて いないのかといった現状把握に努める。その作業を通して、先行研究における本論の意義、すな わちオリジナリティーを明確に提示する。

政治・外交面に焦点を当てた研究は、その潮流を大きく3つの系譜に分類できる。

1 つ目の系譜は、数多く存在するインドシナ・メコン地域開発の協力枠組みに焦点を当て、そ れらを整理・紹介する中で協力枠組みの展開や域内諸国に対する影響を論じた先行研究である22。 インドシナ・メコン地域開発の展開は、「メコン・コンジェスチョン」と称されるように、ややも すると乱立の状態を呈しているとも言える。このような状況を鑑み、数多く存在する協力枠組み を整理・紹介していく作業は、大きな意義を有する。

2 つ目の系譜は、特定の国や国際機関の役割に焦点を絞り、対外政策の観点からメコン地域開 発の展開を論じた先行研究である。とりわけ、国レベルであれば、日本23、タイ、ベトナム24、中

Contemporary Southeast Asia, 22 (3), Singapore: University Press for the Institute of Southeast Asian Studies, 2000a, Osborne, Milton,The Mekong: Turbulent past, uncertain future, New York:

Atlantic, 2000b, Browder, Greg&Ortolano, Leonard, “The Evolution of an International Water Resources Management Regime in the Mekong River Basin”,Natural Resources Journal, 40, 2000, Jacobs, Jeffrey W, “Toward Sustainability in Lower Mekong River Basin Development”,Water International, 19, 1994, Jacobs, Jeffrey W, “Mekong Committee History and Lessons for River Basin Development” ,The Geographical Journal, 161 (2), 1995, Jacobs, Jeffrey W, “The Mekong Commission: Transboundary Water Resource Planning and Regional Security”,The Geographical Journal, 168 (4), 2002.

21 松本悟『メコン河―21世紀の開発援助』築地書館, 1997, リスベス・スルイター(メコン・ウォッ チ、日本国際ボランティアセンター、柿崎一郎、高橋宏明、中野亜里訳)『母なるメコン、その豊かさ を蝕む開発』めこん, 1999.

22 小笠原高雪「メコン地域における国際協力と国際関係」石田正美編『メコン地域開発―残された東 アジアのフロンティア』アジア経済研究所, 2005, 白石昌也「ポスト冷戦期インドシナ圏の地域協力」

礒部啓三編『ベトナムとタイ』大明堂, 1998, 野本啓介「メコン地域開発をめぐる地域協力の現状と展 望」『開発金融研究所報』12, 2002, 野本啓介「メコン地域開発をめぐる国際協力の発展」『北星論集(経)』

42 (2), 2003, 山影進「メコン河開発の紆余曲折―水系・流域・地域をめぐる国際関係」『国際問題』521,

2003b, Nugyen, Phuong Binh, “Geopolitics and Development Cooperation in the Mekong Region”, in Diokno, Maria Serena I and Nguyen, van Chinh eds.,The Mekong Arranged & Rearranged, Chiang Mai, Thailand: Mekong Press, 2006.

23 石井梨紗子「ポスト冷戦期インドシナにおける日本の援助外交―地域政策構想具現化に向けた援助 の活用と限界」『国際関係論研究』20, 2003, 島林孝樹「インドシナ三国における地域的援助概念の登 場―国際社会復帰からカンボジア紛争終結までの日本の援助政策」『アジア太平洋研究科論集』20, 2011, 白石昌也「1990年代日本のインドシナ3国(カンボジア、ベトナム、ラオス)に対する援助政策―

『ODA白書』の記述を中心に」『アジア太平洋討究』11, 2008b, 白石・前掲論文, 2009, Shiraishi, Masaya, “Japan Toward the Indochina Sub-Region”,Journal of Asia-Pacific(Waseda University)13,

(13)

国(雲南省)25、国際機関レベルであれば、ADB や ASEAN26の視点からインドシナ・メコン地 域開発を論じた研究が多くみられる。

3 つ目の系譜は、広域的な意義の重要性を指摘する研究や地域政策の観点からインドシナ・メ コン地域開発の展開を論じた研究である27。第 3 の研究の進展の背景には、地域協力における広 域的な意義に対する関心の高まりがある。

以上の 3つに分類される先行研究は、系譜によって互いに独立しているわけではない。重複す る部分も多々みられる。特に第3の系譜である広域的な意義の重要性を指摘する研究に関しては、

その傾向が顕著に表れている。つまり、広域的な意義それ自体に焦点を当てる研究よりもむしろ、

第 1、第2の系譜に位置づけられる研究において、広域的な意義の重要性に言及されるケースの 方が多い。

本論は日本の地域政策に焦点を当てた研究である。そのため、第2の系譜に属する研究である。

2009, Shiraishi, Masaya, “Japan and the Reconstruction Indochina”, in Guy Faure ed.,New Dynamics between China and Japan in Asia, Singapore: World Scientific, 2010, Yamamoto, Makiko, “Japanese Participation in Mekong Development: Changing Paradigms of the Past 50 Years”, in Abe, Kenichi ed.,International Symposia: Mediating for Sustainable Development in the Mekong Basin, Osaka: The Japan Center for Area Studies, National Museum of Ethnology, 2006.

24 小笠原高雪「メコン地域開発におけるベトナムとタイ―開発協力をめぐる国際関係」石田暁恵、五 島文雄編『国際経済参入期のベトナム』アジア経済研究所, 2004, 小笠原高雪「『大メコン圏』の形成 と地域秩序―ASEANは東南アジアを統合できるか」黒柳米司編『アジア地域秩序とASEANの挑戦

―「東アジア共同体」をめざして』明石書店, 2005, 白石昌也「インドシナ圏協力をめぐるベトナムの イニシアティブとASEAN・日本協力」『「ASEAN統合と新規加盟国問題」研究委員会報告書』地球産 業文化研究所, 2001, 白石昌也「メコン地域協力とベトナム」白石昌也編『ベトナムの対外関係―21 世紀の挑戦』暁印書館, 2004.

25 大西香世「国際河川のガバナンス(2)アジア―メコン川流域をめぐる紛争と交渉」蔵治光一郎編『水 をめぐるガバナンス―日本、アジア、中東、ヨーロッパの現場から』(未来を拓く人文・社会科学シリ ーズ05)東信堂, 2008, Shengda, He, “Friendly and Wealthy Neighbors, Stable Nation”: Yunnan’s Participation in the GMS”, in Diokno, Maria Serena I. and Nguyen, van Chinh eds.,The Mekong Arranged & Rearranged, Chiang Mai, Thailand: Mekong Press, 2006.

26 小笠原高雪「メコン地域開発をめぐる国際関係とASEAN」山影進編『東アジア地域主義と日本外 交』日本国際問題研究所, 2003, 山影・前掲論文, 2003b, Doung, Chanto Sisowath, “Regional within a Region: The Mekong and ASEAN”, in Diokno, Maria Serena I and Nguyen, van Chinh eds.,The Mekong Arranged & Rearranged, Chiang Mai, Thailand: Mekong Press, 2006, Kao Kim, Hourn and Chanto, Sisowath D, “The Greater Mekong Subregion: An ASEAN Issue”, in Tay, Simson S.C, Estanslao, Jesus P and Soesastro, Hadi eds.,Reinventing Asean,Singapore: Institute of Southeast Asian Studies, 2001.

27 例えば、冷戦期における日本の地域政策の過程を分析した研究(島林・前掲論文, 2011)、東アジ ア地域主義の文脈から、メコン地域開発を論じた研究(白石昌也「メコン・サブ地域の実験」山本武 彦、天児慧編『東アジア共同体の構築』第1巻(新たな地域形成)岩波書店, 2007)、日本のインドシ ナ・メコン地域政策の変遷を捉えた通史的研究などが存在する(白石・前掲論文, 2011)。他にも、国 境を越えた「広域協力案件」の事例として、メコン地域開発を取り上げ、地域公共財の概念を用いて その特徴と限界を示した研究(渡邊恵子「国境を超える問題に対するODAの新たなアプローチ―メコ ン河流域諸国を対象とした日本の広域協力案件」『国際開発研究フォーラム』27, 2004)、メコン地域 における開発と環境問題を公共圏の視点から分析した研究(渋谷淳一「『メコン』地域主義と公共圏―

開発と環境問題の視点から」『法政大学大学院紀要』65, 2010)、インドシナ開発を事例に、国境を越 えた地域開発の現状と課題を地域主義の観点から分析した研究(大平剛「国境をまたぐ開発協力と地 域の安定―冷戦後インドシナにおける開発の現状と課題」『地域研究論集』2 (2), 1999)などが挙げら れる。

(14)

同時に、広域的な意義を踏まえていることから、第3の系譜にも属する研究でもある。

次に、日本の地域政策を分析した先行研究を確認していく。域外国である日本の取り組みに焦 点を当てた研究は、本論の他にも数多く存在している。例えば、第1の系譜に属する研究では、

日本による取り組みの内容や成果が必ずといってよいほど紹介されている。また、第2の系譜に 属する研究においても、日本によるメコン地域開発の展開に焦点を当てた先行研究は数多く存在 している。たとえ、日本以外の国や国際機関に焦点を当てた研究であっても、日本の役割を包括 した上で検討されるケースも多い。

これらの事実から、域外国という立場でありながらも、いかに日本が、インドシナ・メコン地 域開発に積極的な姿勢をみせているかをうかがうことができる。また、それだけ、インドシナ・

メコン地域開発において、日本が果たす役割に期待がもたれている表れであると言える。事実、

日本のODA政策を鑑みても、日本はインドシナ3国に対してトップドナーの位置にいる28。 他方で、他の側面から日本の取り組みを評価しようとする研究が出てきた。すなわち、本論の 問題背景でも触れた広域的・越境的意義から、日本の取り組みを評価する研究である。従来の日 本の ODA 政策は、援助対象国が得られるメリットのみを考慮に入れた二国間主義が中心であっ た。しかし、インドシナ・メコン地域開発の展開は、「伝統的な二国間主義を超える視点の明確化 を促すものとなった」29

当初、広域的な意義とは、ASEAN域内での格差是正を指す場合が多かった。1999年4月にカ ンボジアがASEANに正式加盟したことによって、ASEANの古参組(ASEAN6)とASEANの 新参組(ASEAN4ないし CLMV)との格差問題、すなわちASEAN ディバイド問題が顕在化し た。こうした格差を是正することが、日本政府にとって課題となった。具体的な研究としては、

小笠原や山影の研究を挙げることができる。両者の研究では、冷戦後に展開された日本のインド シナ外交において、CLMV加盟問題からASEAN域内格差是正に課題がシフトした過程が論じら れている30

その後、広域的な意義に明示的に言及したのが白石の研究である。白石は、『ODA 白書』の記 述分析を行うことで、インドシナ3国に対する日本の ODA援助政策を跡付けている。その際、

メコン地域開発の新展開として、広域的な意義を明示的に指摘した31。さらに白石は、広域的な 意義として、上述のASEAN域内格差是正のみならず、東アジア地域主義という視点を提供して いる32。つまり、インドシナ地域が東アジア地域の中核に位置するという地理的要素を踏まえ、

インドシナ・メコン地域開発の展開が東アジア地域主義の進展にも寄与すると意義づけたのであ

28 詳細は、白石・前掲論文, 2008b, 白石・前掲論文, 2009を参照。ただし、2014年現在、カンボジ アに対する援助に関しては、トップドナーではなくなった。

29 白石・前掲論文, 2009 pp.122-123.

30 小笠原高雪「インドシナ外交戦略の変容―ASEANディバイドをどう是正するのか」末廣昭、山影 進編『アジア政治経済論―アジアの中の日本をめざして』NTT出版, 2001, 小笠原高雪「ASEAN二層 化問題と日本―メコン地域開発への取り組み」黒柳米司編『ASEAN再活性化への課題―東アジア共 同体・民主化・平和構築』明石書店, 2011, 山影進「日本の対ASEAN政策の変容―福田ドクトリンを 超えて新たな連携へ」『国際問題』490, 2001a.

31 白石・前掲論文, 2009.

32 メコン地域開発と東アジア地域主義の関連を論じた先行研究として、白石・前掲論文, 2007, Yoshimatsu,op.cit., 2010を参照。

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33。こうした重要性を踏まえ、白石は、日本によるインドシナ・メコン地域政策の変遷の過程 を詳細に描き出している34

上記の先行研究の大半で採用されている代表的なアプローチは、協力枠組みの変遷を通して、

地域政策の展開を跡付けるという方法である。乱立とも称されるように、地域協力の枠組みが多 数存在する中で、日本の地域政策を1つ1つの協力枠組みの変遷の中で跡付けていく作業は非常 に重要である。なぜなら、協力枠組みの変遷という巨視的な視点から捉えるアプローチは、地域 政策の全体像を知るという意味においても非常に大きな意義を有するからである。

その反面、1 つの協力枠組み自体がどのように展開されてきたのか、その過程を一次資料に基 づき詳細に跡付けた研究はそれほど多くない35。しかし、各協力枠組みの変遷を跡付け、相互の 関連をみていくだけでは、ある特定の時期に打ち出された地域政策の特質を見過ごしてしまう可 能性がある。一口に地域政策といっても、時期や状況によって、その内容や意図は異なる。そこ で、ある特定の時期に打ち出された地域政策の特質を把握するためにも、1 つの協力枠組みの提 唱から終焉に至るまでの形成過程を詳細に跡付ける作業が求められる。

第 3 節 研究対象

本論では、日本が提唱した協力枠組みの 1 つであるインドシナ総合開発フォーラム(以下、

FCDI)を取り上げる。FCDIとは、日本外務省によって提唱されたインドシナ地域を対象とする 協力枠組みである。冷戦の終結とカンボジア和平の成立という国際情勢の変化が、このような体 系的な地域政策の提唱を可能にした。カンボジア和平の成立に伴い、FCDI にはインドシナ地域 を対象に復興・開発を目指す協力枠組みとしての役割が期待されたのである。

FCDIが正式に提唱されたのは、1993 年1月の宮澤喜一首相による東南アジア歴訪であった。

この歴訪において、宮澤はFCDIを正式に提唱し、カンボジア紛争終結後のインドシナ地域に対 する積極的な日本のコミットメントを示した。

FCDI は、多くの参加国や国際機関の関心を集め、インドシナ地域における開発に関する情報 や意見を交換・議論することに主眼が置かれた協力枠組みであった。このようなFCDIの役割は、

多くの先行研究においてすでに指摘されている。

その後、宮澤によるFCDIの提唱を受けて、1993年12月に東京で準備会合が開催された。さ らに準備会合の開催から約1年経過した1995年2月には、同じく東京で閣僚会合が開催された。

閣僚会合開催後は、インフラ整備や人材育成などの開発を進めていくための作業委員会が設立さ れるなど、具体的な取り組みが進められた。しかし、1996年12月の人材育成作業委員会の開催

33 白石・前掲論文, 2009 pp.120-121, Shiraishi,op.cit., 2009 pp.25-31, Shiraishi,op.cit., 2010 pp.156-161.

34 白石・前掲論文, 2012.

35 無論、個別の事例に着目した研究がまったくないわけではない。例えば、白石は、三角地帯の開発 構想に対する日本の支援を詳細に跡付けている。白石昌也「カンボジア、ラオスベトナム国境三角地 帯の開発構想に対する日本政府の支援―2004~2007年」『アジア太平洋討究』20, 2013, 白石昌也「カ ンボジア、ラオスベトナム国境三角地帯の開発構想に対する日本政府の支援―2008~2012年」『アジ ア太平洋討究』21, 2013.

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後、FCDI による積極的な活動はみられなくなった。FCDI の関与の下で進められた国際会議は 1999年4月に開催された「大メコン圏開発シンポジウム」36が最後となった。

このように、FCDI 自体は消滅し、今はなき協力枠組みである。消滅という結果のみに着目す るのであれば、現在においてFCDIを取り上げることは、いささか奇異に思えるかもしれない。

しかし、それでもなお、FCDIに一稿を割く価値は十分にある。なぜなら、FCDIとは、日本政 府、とりわけ外務省によって提唱された、インドシナ地域を対象にした初めての協力枠組みであ ったからである37。冷戦期からすでに日本は、メコン河流域の開発を志向するメコン委員会に対 して支援を行っていた。しかし、メコン委員会は、国連アジア極東経済委員会(ECAFE: United Nations Economic Commission for Asia and the Far East)の主導の下で設立された協力枠組み であった。それゆえ、日本自らが地域政策を提唱したわけではなかった。その点、FCDI は、日 本が独自に打ち出した協力枠組みであり、従来の地域政策とは異なる。また、冷戦期の時点です でにインドシナ地域を対象とした地域政策は模索されていたが38、具体的な枠組みとして提唱さ れたのは、このFCDIが初めてであった。以上から、FCDIは日本の対インドシナ地域政策の先 駆けと評価できる。FCDI という協力枠組み自体は消滅したが、日本の地域政策が立ち消えたわ けでは決してない。2008 年からは、「日・メコン」39という新たな協力枠組みを日本は展開して いる。現在に至るまで展開されているインドシナ・メコン地域政策を正確に把握するためにも、

その萌芽期にあたるFCDIを取り扱う意義は非常に大きいと言える。

第 4 節 FCDI に関する先行研究

次に、上述の先行研究の中で、FCDI がどのように取り扱われているのかを確認していく。日 本によるインドシナ・メコン地域政策を扱う先行研究において、FCDI は必ず言及されると言っ てよい。ポスト冷戦期において日本が初めて提唱した体系的な地域政策だからである。先行研究 においては、FCDIの独自性を評価する研究も少なくない。

FCDIに関する先行研究は、主に3つに分類できる。その分類とは、1. メコン地域開発をめぐ る様々な協力枠組みの 1 つとして FCDI を分析した研究、2. 日本のアジア外交の枠組みの中で FCDIを分析した研究、3. FCDIの機能的側面に焦点を当てた研究の3つである。

第1の分類に属する先行研究においては、数ある地域協力の1つとして、必ずと言ってよいほ ど FCDI に対する言及がみられる40。特に、多岐にわたる協力枠組みを様々な観点から整理・分 類する中で、FCDIの特徴を把握した研究がみられる。

36 このシンポジウムにおいては、メコン河流域における貿易、投資の促進や民間部門の育成、人材育 成などの開発に関して、関係国、国際機関、民間の代表によって意見交換がなされた。東南アジア調 査会『東南アジア月報』, 1999.4 p.148.

37 島林孝樹「インドシナ総合開発フォーラムに対する新たな意義づけ―外交当事者の認識を中心に」

『東南アジア―歴史と文化』41, 2012 pp.61-62.

38 島林・前掲論文, 2011, 白石・前掲論文, 2011 pp.4-9.

39 この場合の、メコン地域とは、大陸部東南アジア5カ国(カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベト ナム、タイ)を包括する地域概念として用いられる。

40 小笠原・前掲論文, 2005, 白石・前掲論文, 1998, 白石・前掲論文, 2004, 野本・前掲論文, 2002, 野本・前掲論文, 2003a.

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例えば、小笠原によれば、インドシナ・メコン地域における協力枠組みは、開発の目的に着目 することで、3つに分類できると言う41。すなわち、Ⅰ.水資源そのものに焦点を当てた協力枠組 み、Ⅱ.流域国の社会経済開発を重視する協力枠組み、Ⅲ.流域国の開発をASEAN全体の経済 発展や経済統合にリンクさせようとする協力枠組みの 3 つである。これらの分類の中で、FCDI は流域国の社会経済開発を重視する協力枠組みに包括されると小笠原は論じている。

他方で、白石は協力枠組みを大きく 5つに分類している。その分類とは、ⅰ.ASEAN 新規加 盟国=CLMV諸国が抱えるギャップの縮小、および大陸部東南アジア諸国間の連携と協力を意図 する動き、ⅱ.大陸部東南アジアと中国西南地方を包含するGMS(大メコン・サブ地域)におけ る連携と協力を意図する動き、ⅲ.サブ地域内の特定の地帯にスポットライトを当てる「回廊」

構想、ⅳ.メコン・サブ地域のほぼ全体もしくは一部とインドシナないしは南アジア諸国の連携 と協力を意図する動き、ⅴ.国際的河川としてのメコン流域における資源の持続的利用や環境の 保全を施行する動きの5つである42。これら5つの分類の中で、白石は FCDIを「ASEAN新規 加盟国=CLMV諸国が抱えるギャップの縮小、および大陸部東南アジア諸国間の連携と協力を意 図する動き」に位置づけている。

第1の分類(メコン地域開発をめぐる様々な協力枠組みの1つとしてFCDIを分析した研究)

に属する先行研究においては、協力枠組みの乱立が強調されるきらいにある。それゆえ、否定的 な文脈で FCDI が論じられることもある。第 1 の分類に属する先行研究に共通している点は、

FCDI はインドシナ・メコン地域における協力枠組みの1 つという認識であり、FCDI という協 力枠組みそれ自体が扱われているわけではないという点である。

第2の分類に属する先行研究では、日本のアジア外交の枠組みの中でFCDIが取り上げられて いる。一口にアジア外交といってもその定義は様々であるが、本論では大きく3つに定義する。

第1の定義として、二国間の外交が想定される。ここで二国間の外交とは、対ベトナム外交や 対カンボジア外交などのインドシナ各国を対象とした外交を指す。このような二国間の外交の中 で、FCDI は取り上げられている。例えば、日本の対ベトナム外交を扱った添谷の研究や日本の 対カンボジア外交を扱った波多野の研究などが挙げられる43。ただし、これらの研究では、あく まで二国間の外交に重きが置かれており、FCDIに関する記述は相対的に少ない。

次に、第2の定義として、インドシナという地域的なまとまりを対象とした外交が想定される。

一国のみならず複数国を包括した地域を対象に展開される外交をここでは指す。大部分の先行研 究では、この文脈の中でFCDIが論じられている。

例えば、小笠原の研究では、日本のメコン地域開発支援を、①FCDI の提唱によるインドシナ 政策の模索(1993~2000)、②GMS計画やそれに関連するプロジェクトに対する側面支援(2000

~2003)、③CLMVの開発支援に対する新たなイニシアティブ(2003~)という3つの時期区分 に分類している。小笠原によれば、FCDIは、メコン地域開発支援の先駆けと位置付けられる44

41 小笠原・前掲論文, 2003.

42 白石・前掲論文, 2007 p.68.

43 添谷芳秀「日本外交の中のベトナム」西原正、ジェームス・W・モーリー編『台頭するベトナム,

1996, 波多野澄雄「カンボジア問題と日本外交」波多野澄雄、佐藤晋編『現代日本の東南アジア政策』

早稲田大学出版部, 2007.

44 小笠原・前掲論文, 2011 pp.185-186.

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他方で、白石は、日本による対インドシナ・メコン地域政策という文脈の中でFCDIを論じて いる。白石によれば、FCDIは、カンボジア和平以降の1990年代に展開された狭義のインドシナ を対象とした地域政策に位置づけられる。このように、インドシナという地域的なまとまりを対 象とした外交において、FCDIはその先駆けと位置付けられる。

第3の定義として、対ASEAN外交が想定される。FCDIは、インドシナ外交という文脈のみ ならず、日本の対ASEAN外交の中でもたびたび論じられる。例えば、山影の研究では、1990年 代における日・ASEAN関係の総括をカンボジア和平から始めている。その上で、1990年代初頭 における日本の対ASEAN外交を、以下のように論じている。

カンボジア問題という入り口から入った日本は、地域安全保障への積極的関与、体系的 な地域産業協力、政策立案や社会制度作りにまで立ち入る知的政策支援など日本にとっ て未経験だった新しい関係を、最初は周辺のインドシナ諸国で開始し、次いで ASEAN ないしその加盟国に広げていったのである。(下線は引用者)45

山影の論を踏まえるのであれば、FCDIの提唱は、日本の対ASEAN外交を展開していく上で1 つの足掛かりを作ったことになる46

以上、3つの定義に従い、アジア外交の枠組みの中で、FCDIがどのように位置づけられてきた のかを論じた。日本のアジア外交の枠組みの中でFCDIを扱った研究においては、(FCDIの成果 はともかくとして)その積極的なイニシアティブやコミットメントが評価されることが多い。

最後に、第 3の分類に属する先行研究においては、FCDIの機能的側面に焦点が当てられる。

代表的な研究には、矢野と野本の研究がそれぞれ挙げられる。

例えば、矢野の研究においては、開発経済学の観点からFCDIの意義が論じられている。具体 的には、「広域的開発」や”Human Development“という概念を用いて、開発経済学の観点から FCDI の意義が論じられている47。矢野の研究は、1996年という比較的初期の段階で、FCDIを 中心に扱った唯一の研究である。

また野本の研究においては、平和構築の観点からFCDIの意義が論じられている。具体的に、

野本は平和構築を進めていく上で重要な視点を2点提示している。すなわち、①紛争を経験した 国だけでなく、当該国を取り巻く周辺国をも含んだ地域全体として捉える視点、②国際社会によ る支援やコミットメントを長期的、継続的なものとして捉える視点という2点である48。これら2 つの視点を踏まえ、野本はFCDIに関して、「新たな枠組みを設立するものではなく、より多くの 参加国・機関を集めて総合的に議論する場を提供するという手法は、当時ようやく政治的な安定 を取り戻しつつあったメコン地域に対して国際社会の目を向けさせた、という観点から大きな意

45 山影・前掲論文, 2001a p.58.

46 同様の議論は、山影進「外交イニシアティブの試金石―対東南アジア外交の戦略的重要性」国分良 成編『対外政策 地域編』(日本の外交第4巻)岩波書店, 2013でもみられる。

47 矢野修一「インドシナ総合開発フォーラム―その背景と意義」高崎経済大学附属産業研究所編『開 発の断面―地域・産業・環境』日本経済評論社, 1996.

48 野本啓介「平和構築と地域協力―カンボジア和平後のメコン地域開発の経験」山田満他編『新しい 平和構築論―紛争予防から復興支援まで』明石書店, 2005 pp.139-140.

(19)

義があった」49と評価している。さらに、平和構築の視点から FCDI の意義を、以下のように論 じている。

カンボジア和平達成後で同国の平和構築プロセスが歩み出したという設立当時の国際環 境下において、メコン地域の復興、開発に対する日本のコミットメントを内外に広く明 示した。(中略)さらに、発足当初においてはメコン地域、ひいてはカンボジアの平和構 築プロセスに国際社会の注目を引きつけるという目的もあった。平和構築における地域 協力の意義、役割という本稿の文脈で見た場合、特にこの点に意義が見られる。(下線は 引用者)50

野本は、長期的な視点に立った国際社会による継続的なコミットメントを可能にしたという点 でFCDIを評価している51。このように矢野や野本の研究では、FCDIの機能的側面に焦点が当て られているだけあって、FCDIに対しても相当の分量の記述が割かれている。

以上 3 つの分類から、FCDI に関する先行研究を論じてきた。このように、FCDIはすでに数 多くの優れた先行研究で取り扱われて議論されてきた。

しかし、いずれの研究でも、FCDI の提唱から自然消滅に至る過程を描ききれているわけでは ない。先行研究では、準備会合と閣僚会合の成果が紹介されているにとどまっており、これらの 会合に向けて外務省内でどのような議論が行われたのかという点に関しては、あまり言及がみら れない。同様に、閣僚会議以後、FCDI をめぐりどのような議論が行われたのかという点も、ほ とんど取り扱われていない。

また、FCDI を通して、日本自身がインドシナ開発に関して、どのような意見・情報を国際社 会に提供したのかについての内容を扱った先行研究もほとんど存在しない。周知のとおり、FCDI とは、インドシナ開発に関する議論や意見交換を行う場であり、国際社会に対してこの場を日本 が提供したという事実が先行研究でも強調されるきらいにある。しかし、FCDI という場を日本 が提供したという事実に着目するだけでなく、FCDI を通してどのような意見や情報を国際社会 に提供したのかという点にも着目する必要がある。こうした点を明らかにしないことには、FCDI の全体像を把握することはできない。ひいては、ポスト冷戦期における対インドシナ地域政策を 不鮮明にしてしまう可能性すらある。

第 5 節 本論の目的と分析の視角

そこで本論では、FCDIの提唱から自然消滅に至る過程を跡付けることで、FCDIの全体像を提 示するとともに、ポスト冷戦期における対インドシナ地域政策の特質を論じることを目的として いる。

49 同上 p147.

50 同上 pp153-154.

51 平和構築におけるFCDIの意義を論じた他の研究としては、野本啓介「平和構築支援における地域 協力の役割―カンボジア和平後のメコン地域開発を事例として」『北星論集(経)』43 (2), 2004も参照。

(20)

上記の目的を達成する上で、本論では4つの視角を設定する。

第1の視角は、なぜFCDIという、インドシナ開発に関する議論の場を日本の政策担当者が提 供したかという点である。FCDI では、インドシナ開発こそ志向されたものの、直接、資金協力 を行うことは意図されなかった。また、単なる日本・インドシナの関係にとどまらず、FCDI は 国際社会を包括する協力枠組みであった。こうした点は、現在展開されている対インドシナ政策 と比較しても異質である。なぜ、このような形態がとられたのかを明らかにすることは、ポスト 冷戦期における対インドシナ地域政策の特質を論じる上でも重要である。

第 2の視角は、FCDIを展開する上で、地域政策の具体的な中身として、どのような対応や方 針がとられたのかという点である。1990年代半ばには、インドシナ地域以外にも、日本は地域政 策を展開した。例えば、1995年11月には、「日・中米対話と協力フォーラム」(日本・中米フォ ーラム)を開催した52。また、1997年10 月には、第1 回太平洋・島サミットを開催した53。こ うした一連の地域政策の流れの中で、FCDI の位置づけを明らかにすることは、ポスト冷戦期に おける対インドシナ地域政策の特質を論じる上でも重要である。そのためにも、政策担当者が、

FCDIという地域政策の中身をどのように想定していたのかを分析することが求められる。

第3の視角は、なぜ、そもそもインドシナ3国を一括して、地域を対象にした政策を打ち出す 必要があったのかという点である。この点も、ポスト冷戦期という時期における地域政策の特質 を論じる上で重要な視角である。

第4の視角は、FCDIが、日本の対インドシナODA援助政策の展開にどのような影響を与えた のかという点である。ポスト冷戦期から現在に至るまで、インドシナ諸国に対する二国間援助に おいて、日本はトップドナーの一角を占めている54。この点から、日本の対インドシナ地域政策 を展開する上でも、ODA 援助政策が重要な位置を占めていることが理解できる。先行研究では、

ODA援助政策と関連付けてFCDIを論じたものは少ないが55、FCDIの特質を論じるためには、

ODA援助政策との関連をみていかなければならない。

以上の 4 つの視角から、FCDI の形成過程を跡付けることで、FCDI の全体像を提示するとと もに、ポスト冷戦期における対インドシナ地域政策の特質を論じる。

第 6 節 依拠資料

上記の目的を達成するためにも、一次資料を経年的に読み込んでいく作業が必須となる。一次 資料を用いた分析は、より実証的な研究を可能にする。さらには、先行研究では提示されていな い新たな事実を浮き彫りにできる可能性を有している。

本論で扱う依拠資料は、大きく分けて 3つに分けられる。以下、3つの依拠資料の特徴と性格 を論じていく。

52 外務省ウェブサイト「日本・中米『対話と協力』フォーラム(概要)」[http://www.mofa.go.jp/mof aj/area/latinamerica/kaigi/j_ca/gaiyo.html](閲覧日2014年11月12日)

53 外務省ウェブサイト「日・南太平洋フォーラム(第1回太平洋・島サミット)首脳会議宣言」[htt p://www.mofa.go.jp/mofaj/area/ps_summit/palm_01/s_sengen.html](閲覧日2014年11月12日)

54 白石・前掲論文, 2008b, 2009, 2011.

55 白石・前掲論文, 2008b, 2009.

(21)

第1の依拠資料は、外務省が発行している年次刊行物である。具体的に使用する資料には、『外 交青書』、『ODA白書』などの政府刊行物が想定される。なお、『外交青書』は、1957年に刊行さ れてから、1986年度版まで『わが外交の近況』というタイトルであったが、本論では、一括して

『外交青書』と表記する56。一方、『ODA白書』に関しては、2000年度版までを『我が国の政府 開発援助』、2001年度版以降は、上巻に相当する部分を『ODA白書』、下巻に相当する部分を『ODA 国別データブック』と表記する57

このような政府刊行物は、「一見無機質な文章で構成され、直近の年次間での記述が全く、もし くはほとんど同文なケースもしばしばある」58。しかし、『ODA白書』を例に挙げてみても、「経 年的に読み込んでみると、インドシナ3カ国に対する日本の援助政策やその背後にある論理や認 識の推移が読み取れる」59。さらに、「たとえわずかな表現の変化や新たな記述の何気なく見える 挿入であっても、それに込められた執筆者、さらにはODA担当者たちの思いも伝わってくる」60。 それゆえ、FCDI に携わった政策担当者の認識を明らかにしていく上でも、政府刊行物は有用な 資料となる。

次に第 2 の依拠資料として、FCDIに関する外交記録が挙げられる。具体的には、FCDIに関 して取りまとめた決裁書や報告書、また各国に宛てた外交公電が想定される。

これらの資料は、入手方法によって3つに分類できる。第1の資料は、外務省独自の公開シス テムである「30 年公開ルール」に基づき、日本外務省外交史料館で公開された資料である。「30 年公開ルール」とは、作成から30年経過した外交文書を審査・選別した上で、マイクロフィルム やCD-ROM によって公開する方法である。第 2の資料は、筆者が情報公開法に基づき開示請求 を行う形で、外務省大臣官房総務課外交記録・情報公開室から直接入手した資料である。情報開 示請求は、各省庁が備えることが義務付けられている行政文書管理簿に基づき、情報の請求を行 う方法である。「30 年公開ルール」と異なり、情報開示請求の場合、基本的にどの時代の外交記 録も請求の対象となる。したがって、FCDI のようなごく最近の情報も入手可能になる61。第 3 の資料は、各省庁が設置している情報公開室から開示請求された後、一般利用を目的に「歴史資 料としての価値が認められる開示文書」として外交史料館に移管された資料である。

本論で扱うFCDIは、1990年代に提唱された協力枠組みである。したがって、これら3つの資 料の中で、主として情報開示請求によって入手した資料と「歴史資料としての価値が認められる 開示文書」を用いる62

56 1994年度版『外交青書』は欠号。

57 2003年度版『ODA国別データブック』は欠号。

58 白石・前掲論文, 2008b p.174.

59 同上

60 同上

61 情報公開法によれば、個人や法人の権利や利益を保護するという観点から、不開示情報と判断され、

開示請求を行えないケースも発生する。FCDIに関する外交記録に関して、筆者が開示請求した資料 は、すべて開示情報と判断された。ただし、不開示情報が含まれている一部の箇所に関しては、当該 部分の内容が分からないように黒塗りされた。具体的には、海外の政策担当者や決裁書の起案者の名 前・役職は、不開示情報に該当すると判断された。

62 本論では、これらの資料を参考文献として表記する際、情報開示請求によって入手した資料は、外 務省大臣官房総務課外交記録・情報公開室所蔵の資料として表記する。一方、「歴史資料としての価

(22)

こうした外交記録を用いることで、FCDI に関してどのような議論が行われてきたのか、その 詳細を明らかにできる。その結果、FCDIに対する政策担当者の認識を実証的に分析できる。

第3の依拠資料は、国会議事録である。具体的には、通常国会での施政方針演説や外交演説が 想定される。また、予算委員会や外務委員会における議論も、FCDI の形成過程をみていく上で 有用である。通常、外交を行う機関は行政府(外交を所管するのは外務省)が中心であるが、国 会に対しても外交関係を報告する義務を負う(日本国憲法72条)。国会へ報告する内容に関して は、特に規定はない。しかし一般に、「通常国会での施政方針演説や外交演説がそれにあたる」63 と考えられている。したがって、国会への報告内容も、政策担当者の認識を知る上で有用である。

また、日本における対外政策の形成は制度的に行政府主導であるものの、外務省で正式に決定 するまでには、与野党の了解を得なければならない64。そのため、国会における与野党の答弁を 分析する作業も不可欠である。その意味で、国会議事録を分析する意義は大きい。なお、国会議 事録は、『外交青書』のような政府刊行物にも記載がみられるものの、全ての内容が網羅されてい るわけではない。そこで本論では、より多くの情報を渉猟するためにも、国会会議録検索システ ムと田中明彦研究室ウェブサイト「データベース『世界と日本』」を利用する。

さらに本論では、これらの資料に加え、政策担当者とのインタビューから得た情報も利用する65。 人間が持つ記憶は可変的である。それゆえに、インタビュー調査においては、対象者が記憶違い をしてしまう危険をはらんでいる。しかし、上記の資料だけでFCDIの全体像を提示するには不 十分であると筆者は判断した。そこで、本論では、文献調査と並行して、インタビュー調査も行 うこととした。また、資料に書かれていることのみが事実とは言い切れない。資料を作るのも人 間である以上、そこに何らかの間違いや不確かな情報が記載されることも当然ありえる。本論で は、可能な限り政策担当者とのインタビューを行うことで、資料を浮き立たせ、歴史を立体化さ せることをこころみる。

第 7 節 章構成

本論の構成は、序章、第1章から第5章、および終章からなる。第1章では、FCDIが提唱さ れる以前における日本の対インドシナ地域政策に関する議論の過程と宮澤喜一首相による東南ア ジア歴訪の過程を跡付ける。その作業を通じて、いかにFCDIという体系的な地域政策が誕生し たのかという過程が描き出される。具体的には、冷戦期における対インドシナ地域政策に関する

値が認められる開示文書」は、日本外務省外交史料館所蔵の資料として表記する。

63 山影進『国際関係論講義』東京大学出版会, 2012 p.109.

64 同上 pp.113-114.

65 詳細は、インタビューリストを参照。他にも筆者は、小倉和夫元国際交流基金理事長(FCDI形成 時:1994~1995年:駐ベトナム大使)、恩田宗社団法人総合研究フォーラム業務執行理事(FCDI形 成時:1994~1996年:タイ駐特命全権大使)、川上隆朗NGOプラン・ジャパン理事長(FCDI形成 時:1990~1994年:外務省経済協力局局長)河野洋平元衆議院議長(FCDI形成時:1994~1996:

外務大臣)、松富重夫イスラエル駐特命全権大使(FCDI形成時:1995~1996年:外務省アジア局南 東アジア第一課課長)、山本忠通ハンガリー駐特命全権大使(FCDI形成時:1991~1994年:外務省 アジア局南東アジア第一課課長)に対してインタビューを依頼した。しかし、詳細を覚えていないと の返答だったため、インタビューを実施できなかった。

表 1. 各協力枠組みの対象分野 出所:野本啓介「メコン地域開発をめぐる国際協力の発展」『北星論集(経)』42 (2), 2003, 大西香世 「国際河川のガバナンス(2)アジア―メコン川流域をめぐる紛争と交渉」蔵治光一郎編『水をめ ぐるガバナンス―日本、アジア、中東、ヨーロッパの現場から』 (未来を拓く人文・社会科学シ リーズ 05)東信堂, 2008.を参考に筆者による加筆の上で作成。 表 2
図 1. インドシナ・メコン地域の地図 出所:小笠原高雪「 『大メコン圏』の形成と地域秩序― ASEAN は東南アジアを統合できるか」黒柳米 司編『アジア地域秩序と ASEAN の挑戦―「東アジア共同体」をめざして』明石書店 , 2005a p.91
表 13. 鉄道プロジェクト GMS 構想 日本 雲南省―タイ鉄道プロジェクト 雲南省―ベトナム鉄道プロジェクト カイラン港 タイ―カンボジア―ベトナム鉄道プロジェ クト 第一メコン国際橋を通したラオスへの鉄道 ネットワークの強化プロジェクト メコン架橋建設 雲南省―ミャンマー鉄道プロジェクト タイ東北部―ラオス鉄道プロジェクト ラオスの鉱物資源と関連した鉄道プロジェ クト タイ―ミャンマー鉄道プロジェクト 表 14

参照

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