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昭和前期の公共事業政策--時局匡救事業を中心に 利用統計を見る

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昭和前期の公共事業政策--時局匡救事業を中心に

著者

松浦 茂樹

著者別名

MATSUURA Shigeki

雑誌名

国際地域学研究

3

ページ

123-144

発行年

2000-03

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00003893/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

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国際 地 域学 研究 第3 号2000 年3 月

昭 和 前 期 の 公 共 事 業 政 策

一時局匡救事業を中心にー

松 浦 茂 樹* 123 1 。 は じ め に1923( 大正12) 年 に関 東大 震災 に 襲 わ れた こ と もあ り、 日 本 の経 済 が長 期 にわ たる 不況 の中 で1926 年、 昭 和 を迎 え た。1920年 代 は慢 性 不況 の 時代 とい わ れ、翌1927 年 に は金融 恐慌 が生 じ、 鈴 木商 店 の 閉店 、多 くの銀 行で 取付 け 騒 ぎ となっ た 。 さら に1929( 昭和4) 年、 ニ ュ ーヨ ー クウ ォール 街 で の 株 式大 暴落 に端 を発 する世 界 大恐 慌 が 発生 し た。 こ の大 恐慌 は、1930年1 月11日 に平 価 で金 本位 体制 に復 帰し た日 本経 済 を直 撃し 、 日本 経済 は大 混 乱 に直 面し た。 最 も深 刻 な不況 に陥 っ た東 北地 方な どの農村 で は娘 の身 売 りな ど の惨状 とな り、 社会 不安 は深 刻化 し た。 軍部 に も激し い動 揺 が生 じ、1931( 昭和6) 年、 満 州事 変 の勃 発 となっ て十 五 年 戦争 の火 ぶ たが切 ら れ、 翌年 に は五 ・一 五 事件 な どの テロ、 ク ーデタ ー が発生 し た ので あ る。 一 方、経済政 策 は1931 年12 月、金本 位制 を推 進して い た民 政党 から 政友 会 へ政権 が移動 し た のに 伴い 、 高橋是 清 が大 蔵大 臣 に就 任し 、 金 本 位制 から の離 脱、 通貨 管 理 制度 に 移行し 積 極的 な 財政 支 出 を行 う方 針 に転換 し た。 い わゆ る 「高 橋財 政 」であ るが、 景 気 浮揚 を図 るた め、 この 財政 支 出 の 中 心 は軍 事費 の 増大 とと もに、1932( 昭和7) 年 から1934年 に か けて行 わ れ た時局 匡 救事 業で あ る。 こ の事業 におい て 内務省 は農林 省 と ともに中 心 的 な役割 を担 っ た ので あ る。 本 論文 で は、こ の時 局 匡 救事業 を中 心 にし て昭 和 前期 の 内務省 土 木 局管 轄 の公共 事 業 を取 り上 げ、 そ の具 体的 展開 につい て述 べ る。 さ ら にそ れ が地域 社会 に もたらし た効 果 、 及 びそ の後 の公 共事 業 執行 体 制 に与 えた影 響 につ い て論じ てい く。 あ わ せて、 こ の当 時 打ち 出 さ れた新 た な インフ ラ整 備 の方 針 につ い て述 べてい く。 2 。 失 業 救 済 事 業 か ら 時 局 匡 救 事 業 へ 当 時 の失業 状 況 につ いて み る と、 内務 省 社会 局調 査 に よる失 業者 (就業 の意志 及 び能力 を有 す る に拘 はらず 種々 な 外部的 原 因 に強 制 さ れて就 業 の機 会 を得 ざ る もの)数 は、1930(昭 和5 )年6 月で 表−1 のよ うに推 定 さ れてい た1)。 こ の失業 者数 の うち、2/3 が東 京、大 阪、京都 、神戸 、横 浜、名 古屋 の六 大 都市 及 び福 岡に 集中 し てい た。 大 都市 を中心 とし た彼 ら 失業 者 の 救済 の ため、1921 (大正10 )年 に職業 紹介 法 が公 布さ れ *東 洋 大 学 国 際 地 域 学 部 ;FacultvofReeionalDevelopmentStudies,ToyoUniversity

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124 国 際地 域 学研究 第3 号2000 年3 月 て い た が、1925 (大 正14) 年、 六 大 都 市 に 国庫 補助 を行 い 冬期 に 限っ た 失業 救 済 事 業 が 進 めら れ た2)。 当 時 の 内 務 省所 管 の 公共 事業 の施 行 方式 は、 国 直 轄 は直 営で 、地 方庁 ・ 市町村 の自 治 体 は原則 とし て請 負で 行 わ れて いた。 し 表 ―11930 年6 月 の 失 業 状 況 失業 者 数 う ち要 救 済 者 数 合 計 386,394人 151,511人 ( 失 業 者 総 数 の39 % ) ( 内 訳) 給 料 生 活 者 日 傭 労 働 者 其 の 他労 働 者 77,927人130,913177,55428,972人68,00254,537 か し六 大 都市 の 失業 救 済事業 で は民 間 の 請負 は認 めら れず、 直 営 で行 わ れた ので あ る3)。 そ の後、 世 界大 恐慌 に襲 わ れた1929( 昭 和4) 年II月以 降、 これ を失業 救 済事業 と正式 に称 し て大 都市 に限 る ことな く、 また冬 期 の みな らず一 年 中を通 じ る事 業 とし た。1929年7 月 に成 立 し た民 政 党 の浜 口雄 幸 内閣 は、政 府 財 政 の厳 し い引締 め を行い 、地 方 債 の新 規発 行 は原則 禁 止 とさ れ た が、 災 害 予防 ・ 復旧事 業 、失 業 救 済事 業 の みが起 債 禁止 の 例外 とさ れた ので あ る。 また 失業 救 済事 業 は 新 規事 業 に限 る とい う それ まで の 原則 が撤 廃 さ れ、 財 源難 で新 規 着工 が困 難 となっ てい た地 方庁 に よ る一 般 公共 事業 につい て も、 その実 施 が可能 となっ た。 また単 年度 で な く複数年 度 に またが る事 業 も、 失業 救 済事 業 とし て認 可 さ れた ので あ る。さ らに 使 用労 働 者 の過半 数 につ いて 、認 定 さ れ た 失業 者 を雇 う とい う 条件 で請 負業 者 の 参入 が認 められた4)。 地方 公 共団 体 に よる失業 救済 事業 の状 況 は表−2 にみ る とお りで あ る が、 国庫 補 助 に 頼 ら な い 失 業 救済 事業 も行 わ れてい た5)。 た だし 六 大都 市 関 係公 共団 体 以 外 で 執行 さ れた の は福 岡県 他数 県 で あっ て 、失業 救 済事業 の施 行 は例 外 的 と みら れてい た6)。1929年 度、30年 度 の失業 救 済事 業 の状 況 は 表 −2 失業 救 済 事 業 一 覧 表 (1929 年 川月 以 前 は 自 由 労 働 者 、 其 後 は 一 般労 働 者 及 び 給料 生 活 者 救 済 事 業 ) 年 度 事 業 費 予 算額 内 労 力 費 使 用労 働 者 延 人 員 平 均 一 日 使 用 人 員 工 事 施 工 団 体 工 事 種 類 大 正14 円 5.フフ6.000 円 1,785,700 円 964,800 円 6,830 大 阪 府、 東 京 、 京 都 、 大 阪 、 横 浜 、 名 古 屋 、 神戸 各 市 道 路 、 橋 梁 、 軌 道 、 上 下 水 道 、 河 川 、 埋 立 、 下 水 道 掃 除 大 正15 昭 和1 3,432,00 1,323,800 689,300 6,190 μ 道 路 、 上 下 水 道 、 河 川 埋 立 μl 3,522.000 1,500,900 771,600 5,740 神 奈 川 県 、東 京 、京 都 、 大 阪 、 横 浜 、 名 古 屋 、 神戸 各 市 上 下 水 道 、 河 川 、 プ ー ル 築 造 ;;3 2,758,000 │,148,600 6 日,600 4.880 μ 上 下 水 道 、 道 路 、 河 港 、 河 川 、 埋 立、 砂 採 取 μ4 14,325,000 2,228,900 1,230,100 10,220 東京 都 、大 阪 府 、横 浜 、 門 司 、小 倉 、堺 、東 京 、 京 都 、 川 崎 、 名 古 屋 、 神戸 各 市 、 巣 鴨 町 道 路 、 河 川、 瓦 斯 、 上 下 水 道 、 高 速 度 鉄 道 μ5 54,154,000 12,300,000 6,900,000 34,000 μ 江 戸 川 上 水 町 村 組 合 | 道 路 、橋 梁 、河 川 、軌 道 、 上 下 水 道 、 埋 立 、 高 速 度 鉄 道 出 典 : 中 川吉 造 「失 業 救 済 と土 木 事業 に就 い て 」1931 年 「 土木 学会 誌 」 第2 号

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松浦 :昭 和 前期 の公 共事業 政 策一時局 匡 救事業 を中心 に ー 125 表 −3 に示 す。1929年 度で 事業 費 約1.472万 円 、国 庫 補助 率約9 %、1930 年度 で事 業 費総 額約5.391万 円、国 庫補助 率 約12%で あっ た。1930年12 月で の平 均1 日就 業人 員3 万4 千人 は、要救 済者 数 の22% に 過 ぎ なかっ た。 翌1931年度 は、地 方公 共団 体 に よる事 業 に加 え、国の予 算 に 失業 救 済道 路 改良 を新 た に設 け、3,650 万 円( 現 在価 格で 約73a億 円)7)の 事業 予 算 で もっ て行 うこ ととな っ た8)。 このう ち1,850万 円 は国道 改 良9)、1,800万 円 は府 県道 改良 で あっ た が、国 道 改良 は原 則2/3 の国 庫 負担 に よ り国直 轄で 行 わ れた。 これ は道路 事 業 に対し て、 本 格的 な直轄 事 業 の始 まり で あっ た。 こ の直 轄事 業 に対 し国 庫 の負 担 は1,300 万 円 、残 り の550万 円 は地 方 庁 の 負担 で あっ た。また府 県道 改良 工事 に対 し 、事 業費 の1/3 を限 度 とし て労力 費 の2/3 に対 す る国 庫補 助(600 万 円) が行 わ れた10)。 道路 改 良 事業 に対 する国 庫 の支 出 は これ ら以 外 に300万 円 あり11)、 一 般 会計 にお い て合 わ せ て2,200万 円 が 道路 公 債 金 に よっ て調 達 さ れ た12)。 失業 救 済事業 にお ける 前年度 との 大 きな 相違 は、事業 執 行 の区 域 が全 国的 に行 われ、 そし て 国家 自 ら が失業 救 済 の第一 線 に立 って 事 業 を進 めた こ とで あ る。 つ まり 地 方債 発行 を中 心 として 失業 対 表 −31929 ( 昭 和4 ) 年 度 、30 年 度 失 業 救 済 事業1929 年 度 道 路 ・ 橋 梁 工 事 河 川・溝 渠 水 路 工 事 下 水 測 溝 工 事 水 道工 事 護 岸 工 事 埋 立 工 事 そ の他 合 計 事 業 費 百 分比 労 力 費 百 分比 労 働 者 使 用 延 人 員 百 分 比 国 庫 補 助 費 百 分 比 4,045,069 27.5%1,433,78827.7%769,21627.7 %436,53131.9 % 1,251,731 8.5%558,54810.8 %305,14511.0 %244,44117.9 % 3,347,653 IZ.O%1.275,11424.7%695,81425.0 %437.24432.0 % 1.044,640 7.1%345,0306.7 %178.2166.4 %172.51612.6% 3,492 0.02%1,2570.02 %7540.02 %6290.02 % 541,546 3.7% 184.898 3.6% 102,672 3.7%65,2484.8 % 4,477,386 30.4%1,369,42126.5 %728,50126.2 %11,4080.8 % 14,711,518 100% 5,168,055 100%2,780,319100 %1,368.017100% 国 庫 補助 率 10.1% 19.5% 13.1% 16.5% 18.0% 12.0% 0.3% 9.3% 1930年 度 道 路 ・ 橋 梁 工 事 河 川・溝 渠 水 路 工 事 下 水 測 溝 工 事 水 道 工 事 護 岸 工 事 埋 立 工 事 そ の 他 合 計 事 業 費 百 分 比 労 力 費 百 分 比 労 働 者 使 用 延 人 員 百 分 比 国 庫 補 助 費 百 分 比 22,063,572 40.9%5,791,76841.2 %3,566,97642.7 %4,287,88365.7 % 5,722,586 10.6%2,240.22415.9 %1,397.06316.7 %759,915 目.6% 8,679,022 16.1%2.936,18920.9 %│.715,81120.5 %935,35914.3 % 3,351,144 6.2%975.6376.9%593,9617.2%346,6025.3 % 171,679 0.3% 71,008 0.5%37,0210.4%35,5040.5 % 466,479 0.9%163,3041.2 %98,048│.2 %81.6521.3 % 13,576,574 25.2%1,879,14112.4 %943,33311.3 %78.7021.3 % 53,912,056 100%14,056,271100 %8,352,213100 %6.525,617100 % 国 庫 補 助 率 19.4% 13.3% 10.8% 10.3% 20.7% 17.5% 0.6% 12.1% 出 典 : 川 西 賓三 「 失業 救 済道 路 改良 工 事 に 就 て 」 道路 改 良 会 『 道路改 良 』 第13 巻 第5 号 を 基 に作 成 (注 ) 国 庫 補助 率 と は(国 庫補 助 費 /事 業 費 )

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126 国際 地域 学研 究 第3 号2000 年3 月 策 事業 は従来 行 われ て きた がヽ 累積 す る地 方 債の状況 から行 き詰 ま りを見 せ、 国 が資 金 面 また 執 行 面 に かけ て前 面に 出 て きたの であ る。 そ こで中 心に行 わ れた の が、 国直 轄 に よる国 道 改良 を中 心 と し た道路 改良事業 であ った。 道路 事業 が採択 さ れた その直 接的 な理 由 は、他 の事 業 と比 べ て不 熟 練 工 で あ る一 般失 業労 働者 が 就労 し やす い こ と、さ らに 失業状 況 に応じ て 全国 到 る とこ ろ容 易 に計 画 を樹 て る こ とがで き るため で あっ た13)。 国直 轄 施行 の 方針 は、政 府 の失業 対 策委 員会 の建 議 に基 づい て行 われた が、 それ まで の道 路 事業 は、 道 路 法 の主 旨に 基づ い て府 県で 執 行 され ていた。 この た め東 京府 の土 木部 長 等 から、 土 地 買収 の重 みが 大 きい道 路改 良事 業 の性 格 か ら みて も、府県 で 行 うべ きで はない か との疑 問 が出 さ れ た。 結局 は国 直営 方式 で行 わ れ たが、 技術 者等 の府 県か らの転 出 あ るい は兼 任 に よっ て推 進さ れた ので あ る。一 方、補 助事 業 は、特殊 の 理 由 があ る ものを 除い てI ヶ所3 万 円以 上 と比較 的 規模 の大 き い事 業 に限 ら れた。 道 路公 債 を発 行し て 国 庫補助 をす るので、 構 造令 の規格 に 適合 した もの を原則 と し て補助 対 象 とし た ので あ る。 とこ ろで 直轄 国 道事業 は、1930(昭 和5) 年10月 に行 わ れた国 勢 調 査に よ る失業 者数 を基礎 とし て、 各 地 方で の失業 救 済事業 等 を勘 案 し て東 京、 京 都、大 阪 の三府 の他、29 県、53 ヶ所 で執 行 さ れ た。 工 事 の 執行 箇所 は一 年以 内 に 完了 さ せ るた め、「工 事 の 容易 に 執行し 得 べ き線形 と工法 を採 用し 、土 地 収 用 に著 し く困 難 すべ き処 あ る箇 所又 は地 方 的粉擾 を若 す が如 き もの も避 け 」て行 わ れ たl呪 こ れ に より 約23lionの国 道 が整 備さ れ たが 、1ヶ所あ たり の平均 工 事 費 は31万 円 、1ヶ所 あ た りの平 均 延 長 は4,400m で、舗装 さ れた の は36ヶ所 で あっ た15)。また幅員 は最 小5.5m か ら最 大27m に整 備 さ れ た。1931 年度 に行 わ れ たこ の失業 救 済道 路 改良 事 業に つい てさ ら に みる と、 失業 救済 を目 的 とし てい るた め、 次 の よう な方 針で 執行 され た16)。1. 他地 方 より労 働者 を招 致 し 、又 は 他の 事業 に従 事せ る労 働 者 を奪 うが 如 き結果 とな ら ない よう細 心留 意 す る こと。2. 労働者 の 使 用は、 な る べ く失業 の 最 も甚だし かる べき時 期 及 び地 域に適 応 せ し むる よ う配 慮 す る こと。3. 失業 者中 、特 に生 活 困難 な る ものを優 先す る こ と。4 . 成 るべ く多 数 の労 働 者 を使 用 す るた め、機械 力 を必 要 最小 限 に止 め るこ と。 こ の よう に多 くの 失業者 に賃 金 を与 え るた め、従 来の 工事 方 法 と は趣 を異 にして 「 少々 能 率 が 上 が ら ぬで も不 経 済 になっ て も失業 者 本 意 に調整 施工 して い く」 方 針 を とっ た ので あ る。 使 用し た 労 働 者 の大 半 は不熟 練 工で あ り、 出来 る だ け機械 力 を用 いず人 力 に よっ た。 こ のた め「 甚 だし き はコ ン クリ ート 混合 機 の使 用 をも止 め て手 練 りで行 け と まで 言 わ れた ので あっ たI'^)。 具 体的 に、労 働者 使 用状 況 を内務 省 直轄 の国 道改 良事 業( 事 業 費総 額1,750万 円) で みる と、 使 用 人 員 は全国 で約600万 人 日で 工事 費 に対 す る労 働費 の割 合 は37.4%で あっ た18)。使 用さ れた労 働 者 は 職業 紹 介 所 また は地元 町役場 に登 録し た 者で 、 労働手帳 の所持 者 に 限 られて い た。 地 方 の 失業 救済事 業 につ い て愛 知県 で み よう19)。1930( 昭和5) 年 度、 道路 事業 費予 算100万 円 のうち90万4 千 円 の起 債 の承 認 を得 た ので、 こ れに

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松 浦: 昭和 前 期の 公共 事業政 策 一時 局 匡救 事業 を中 心 にー 127 基 づ き農 山村 救 済事業 とし て 道路 改 良 を行 っ た。 工事 は県 下 全般 に わた り、60 ヶ所 、総 延 長約64km で 執行 し た。 施 行方 式 は請 負工 事 とし た が、 請 負の条 件 とし て、 使 用 す る労働 者 の7 割 以 上 は地 元 民 とす る こ と とし た。 また 河川 事業 にお い て も国庫 補助 を得 て、 矢 田 川改 修事 業 が失業 対 策 事業 と し て1930年 度 か ら2 ヶ年 で執行 さ れた。1931 年度 、 国直 轄 に よる失業 救 済 国道 改 良工 事 とし て、 県下 の国道1 号線 で橋 梁 工事 を 伴う延 長 約6,000m 、事業 費119万 円で 執行 さ れた が、愛知 県で もこの年 度 の道 路 予算 額300万 円 から70万 円 を 割 い て失 業 救済 道路 事業 を行 っ た。この事 業 に 対し 労働 費 の2/3 、すな わち23万4 千 円 の国 庫補 助 を 受 け た。 この事 業 に よる工 事箇 所 は 県下 全般 にわた る22 ヶ所 、 そ の延 長 は48kraに 及 んだ。 な お工 事 はす べて直 営 で行 わ れた。 さ て1932年 度予 算 に向 けて民 政 党 内閣 は、 失業 公債 法 を新 た に制定 し 、 こ れを財 源 とし て事業 費4,800 万円 で もっ て 河川、 港湾 、道路 の失 業 救済 土木事 業 を行 う計 画 とし た20)。 し かし1931年12月 の 政友 会犬 養内 閣 の成 立に よ り、こ の 方針 は見 直 さ れた。政友 会 は、民 政 党 の失業 救 済事 業 につ いて、 「一 方 に国 及地 方 の土 木 予 算 を極度 に切 り詰 めて、産 業 の不 振 、失 業者 の 族 出を招 来 して お きな が ら、 他 方、 失業 救 済の名 を以 て同 一 事 業 に要 する費 用 の起 債 を許 可す る とい うの であ るから 矛盾 も 極 まり であ る。 同一 上 木事業 で も救 済 を目的 として 経営 す れ ば事業 自 体 は極 めて不 経 済 に行 は るる とい う こ とはい う まで もない」(「 政友 」第355 号1930年4 月 臨 時増 刊 号 」)等 と述 べ、 批判 し てい た。 つ まり一 方で は緊縮 財政 の た め新 規事 業 を認 めない の み なら ず、 継 続費 に対 し て もl 割 ない し2 割 の削 減 をし な がら21)、一 方で は失業 者救 済 とい うこ とで 別途 予 算 を編成 し 、本 来、公共 上木 事業 と し て行 う べ き ものを こち らに 回 す。 数 年に わ たっ て計 画的 に行 う べ き事業 を一部 切 り離 し て行 っ た り 、不 経 済な施 行 となっ てい る。 この よう に 厳し く批 判し て いた の であ る。 政権 獲 得後 、 これ に代 わって 検 討さ れ たの が、「 民生 の た め必 要 な る土木 事業 を 起興 し、 道 路・港湾 等 の機 関 を改善 し て交 通 の円 滑 を図 り、 河川 を改良 し て治 水 と利 水 と の実を 挙 げ、以 て 産業 の進 展に 資し併 せて失 業 の防 止 と救 済 に力 む る」 とす る産業 振 興 土木 事 業 の樹 立で あっ た22)。 この新 政府 の 方針 に基 づ き、内 務 省 が1932( 昭 和7) 年早 々 に策 定 し たの が、1932年度 から36年度 にわ た る産業 振興 事業5 ヶ年計 画で あ っ た。その 内訳 は表−4 に みるが 、総 額約3 億8 千 万円 か ら な る もので、 緊縮財 政、 失業 救 済事 業 に より混 乱 を もたら さ れた社 会 基盤 の整 備 につ い て、再 度 、 体 制 を立 て 直し 、計 画的 な 執行 を図 っ た ので あ る。 その 内容 を み る と、 道 路 が全体 額 の56% を占 めて い る。 道路 が事業 の中 心 であ っ たが 、 中で も国直轄 で 進 め る国道 改良 が全 体 の33% を占 めてい る。 産 業振 興事 業 の柱 は、 国 直轄 の国 道 改良 で あ っ たので あ る。 また河 川事 業 は全 体 の33% を占 めて い る。 そ の中で 、府 県 の中 小 河川 事業 に対 する1/2 から1/3 の 国 庫 補助 が半 分 を占 めて い る23)。こ れ まで府 県事 業 への 国庫 補助 は、例外 的 にし か行 わ れて いな かっ た。 こ の方 針が 大 きく転 換し て いっ た ので あ る。 また 利水 事業 も合 わせ て行 う 水利( 河水) 統 制 に 調 査費 が計 上 さ れ、調 査 の開 始 が計 画 さ れた ので あ る。 こ れが 若干 、変 更 さ れなが ら も、 単 年度 の産 業 振興土 木 事業 とし て成 立し た のが、 五 ・一 五 事件 に よる犬 養首 相 暗殺後 の5 月23 日に 召 集さ れた第62帝 国議 会で あ っ た。 事業 費5,520万 円(国費3,900

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128 国 際 地 域 学 研 究 第3 号2000 年3 月 表 −4 産 業 振 興 事 業 の5 ヵ 年 計 画 の 内 訳 ① 全 体 計 画( 昭 和7 年 度 ∼H 年 度) 支 出 総 額375,397 千 円 う ち 河 川 事業 費122,767 千 円 ノリ 萱路 事 業211,000 千 円)) 港湾 事 業38,640 千 円 昭 和7 年 度59,309 千 円 昭 和8 年 度60,362 千 円 昭 和9 年 度80,356 千 円 昭 和10 年 度89,767 千 円 昭 和H 年 度85,603 千 円 昭 和12 年 度 以 降24,020 千 円 ② 河 川 事 業 治 水 事 業 費 繰 上 治 水 事 業 費 追 加 治 水 事 業 新 規 河 川費 砂 防 費 補 助 砂 防 事 業 費 河 川 改 良 費 補 助 水 制 統 制 調 査 費 土 木 試 験 充 実 費 40,235千 円740 千 円9,820 千 円3,834 千 円5,572 千 円61,250 千 円815 千 円500 千 円 施 工 中 の 直 轄 河 川 工 事30 ヶ 所 を 繰 り上 げ 施 工 執 行 中 の阿 武 隈 川 、 北 上 川 の 計 画 を 拡 張 鳥・神 流 川 、太 田川 他3 川 を 直 轄 事 業 とし て追 加。 そ の う ち5 ヵ 年 分 の 経 費 を 計 上 府 県 の 工 事 費 に1/2 を 補 助 神 通 川 外5 ケ所 川 流域 で 新 た に直 轄 砂 防 工 事 を 施 工 府 県 の 中 小 河 川 事業 に 多 々1/3 な い し1/2 を補 助 水 利 統 制 の 調 査 を開 始 土 木 試 験 所 の設 備 を充 実 総 額 122,767千 円 ③道路 事業 国 道 改 良 費 軍 事 国 道 改 良 費 国 道 改 良 費 補 助 府 県 道 改 良 費 補 助 街 路 改 良 費 補 助 140,175千 円334 千 円18,100 千 円50,000 千 円2,390 千 円 改 良 を 要 す る1,900里 の う ち 政 府 直 轄 で約560 里 を 改 良 着 手 中 の 千 葉 県 、 広 島 県 下 の 改 良 事 業 を 継 続 す る。 現 在 、 補助 中 の国 道 改 良 工 事 を 中 心 に 補 助 す る。 地 方 交 通上 、 重 要な る府 県道 の う ち1,250里 を 選 択 し 、1/3 を 国 庫 補 助 東 京 他4 部 分 の 街 路 改 良 補助 未 済 額548 万 円 を10 年 間 で 完 済 す る。そ の5 ヵ 年 分 合 計 211,000千 円 ④ 港湾事業 港 湾 改 良 費 繰 上 港 湾 修 築 費 追 加 港 湾 改 良 新 規 港 湾 改 良 費 補 助 7,916千 円2,075 千 円88,250 千 円10,399 千 円 施 工 中 の 神戸 港 外H 港 の改 良 工 事 に つ い て2 年 な い し3 年 の繰 上 施 工 中 の関 門 海 峡 、 神 戸 、 今 治 、 鹿 児 島 港 で 新 工 事 の 起工 重 要 港 湾 で あ る 青森 港 、 大 地 方 港 湾 で あ る 三 角 、 若 松 外6 港、 及 び 関 門 海 峡 の 改 良 府 県 の 改 良 工 事 に対 し て1/2 の 補 助 合 計 38,640千 円 「産業振興と土木事業」「港湾」第10巻第2号1932(昭和7)年を基に作成 万 円 ) か ら なるこ の事 業 の内 訳 は、 道路 関係3,430万 円、 河 川 関係1,520万 円、 港 湾関 係570万 円 で あ る24)。 うち 国直 轄 は道路 で1,654万 円 、河 川で548万 円、 港湾 で377万 円 であ っ た。 そ の 他 は六大 都 市 の街 路 事業 の 他、 府県 事業 とし て行 わ れた25)。

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松浦 :昭 和前 期 の公共 事業 政 策一時局 匡 救事業 を中心 に一 129 前年 度 の失 業救 済事 業 に比 べ、 河 川、 港 湾関 係 で直轄 事業 が取 り込 ま れ、 そ の額 を増 大 させ てい る。 そ れ まで 一般 公 共事業 とし て行 わ れ てい たの が、 産業 振興 土 木事 業 へ と振 り返 ら れて いっ た の で あ る26)。また この土 木 事業 に よっ て 地方 庁 に よ る河川・港湾 事 業 に対し 、初 めて本 格的 に1/2 の国 庫補助 が行 わ れた。 なお この産 業振 興 土木 事業 の 執行 につ いて 、 次の よう な方 針 が採 ら れた。 失 業 者 が特 に 多 い と認 定 し た地 域 で は、 使 用労 働者 の 中 の7 割以 上 は職 業紹 介所 から紹 介 さ れ た要救 済失 業者 から採 用 す る こ と。 就 労 の機会 を公 平 にす るた め、顔 付(指 定人夫 )の 数 は技術 上 必 要 の最小 限度 とす る こと。 また認定 以 外 の地域 で も、 出来 る限 り職 業紹 介 所 から紹 介 さ れた 要救 済労 働者 、 方面 委員 等 が認 定 し た生活 困 窮者 を採 用 す るこ と。 雇用 者 につ いて、 失業 救 済 の方 針 は貫 か れ たので あ る。 ま た補助 事 業 につ い て、預 金部 資 金 を融 通 す る条件 として 原則 とし て直 営 方式 で 執 行 する こ とが求 め ら れた。産 業 振興 土 木事 業 とい って も、 そ の 執行面 に おい て は失業 救 済 の方 針 が採 ら れた ので あ る。 第62帝国 議 会で は、 さ ら に農村 救 済、 農 村振 興 を目 的 とし た時 局匡 救 決議 が 採択 さ れた。 そ して 同 年8 月 に第63臨 時議 会 (時 局匡 救 議会 と称 せ られた ) が召 集さ れた ので あ る。 この議 会 で、 農村 救 済 のた め の3 ヶ年 の時 局匡 救 の支 出 が 決定 さ れた。 時 局匡 救議 会 で決 定さ れ たそ の財 政 規模 は、中央・地 方合 わせ て3 ヶ年 度8 億 円 の事業 予 算 と各種 低 利 融通 資金8 億 円 か らな る計16億 円 で あっ た。 産業 振興 土 木事 業 に比 べ て事業 規模 はず っ と大 き い 。事 業予 算 につ い て みる と、当初 の総 額8 億 円 は、国 の負 担6 億 円、地 方の 負担2 億 円で あっ た。 し かし 実際 の3 ヶ 年度 の支 出 は国 庫 負担 は約5 億円 とな り、 地 方 負担 は約3 億 円 と なっ て地 方 負担 が約1 億 円増 えた ので ある。 この事 業 費 の うち 内務省 所 管分 は約50% 強 、 農村 省 所管分 は約30% で あ っ た。 この よう に地 方財政 に負担 す る割 合 は大 き かっ た。 し かし 大 不況 に よ り疲弊 し てい た地 方財 政 な ので 、一 般 歳入 で ま かなう こ と は不 可 能 だっ た。こ のた め多 く の部分 を起 債に頼 る こと となっ た が、 府 県 債 は国 の許 可 を不要 とし 、 市町 村 債 に対 し て は内 務 ・大 蔵 両大 臣 の許 可権 限 を地 方長 官 に委任 す るな ど、起 債 に関 す る手 続 き を簡 単 にし た。 また起 債 に対 し て貯 金部 低利 資 金 を融 通 する が、 こ の債 入金 に対 し て7 年度以 降 の3 ヶ年 間 、利 子 を国 庫 から 補給 し た。 な お参 考 まで に1931年 度の 国家 予 算 額 を みる と、追 加予 算 を 含 めて約14 億94万 円 で あっ た。 また1932 (昭 和 フ)年 から1939年 まで の一 般 会計 支 出 の軍事 費(陸 海軍 省 費 の合 計)を み る と25億円 で あ る。 さ らに当 時 の国民 所得 額 は180億 円 とい わ れる27)。 こ の よう に1932(昭 和7 )年 度、 五・一 五事 件 を契 機 とし て 高橋 是清 蔵 相 の下、 産業 振興 土 木事 業 、 農 村振 興 ・農 村 救済土 木事 業 が 執行 さ れ た ので ある が、翌33 年度 か ら は時 局匡 救事 業 とし て一 本 化 さ れ た。 3 。 内 務 省 土 木 局 に お け る 時 局 匡 救 事 業 時局 匡 救事 業 につい て、 内 務省 土 木局 管 轄 の河 川・ 道路 ・ 港湾 事業 につ いて み よう。 事業 費 総 額

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130 国 際地域 学研 究 第3 号2000 年3 月 は2億9,700万円 で、約8 億 円 の時 局匡 救事 業 費に対 し て4 割弱 と、重 要 な役割 を果 たし たの で あ る。 とこ ろで 失業 救 済 と土 木 事業 との 関連 に つい て、1931年 開 催 さ れた土 木学 会総 会 で、 内務 省 土 木 技 師 のト ップ の内務 技監 で あ る と と もに、 当 時 の土 木 学会 会長 で あっ た 中川 吉造 は、 土 木事 業 が 失 業 救 済事 業 に最 も適 当 とし て 次の 三 つ の理 由 をあ げ てい る28)。 (1) 其 の事 業費 の大 部 分が 賃 金所 得 とな る こと。(2 ) 格別 熟 練 を要 せ ず誰 にで も出 来 る仕 事 なるこ と。(3 ) 其 の事業 が 直ち に 或い は 間 もな く其 の効力 を 発揮 す るこ と。 農村 振興 事業 は、疲弊 窮 之 の極 みに あっ た農 山 漁村 の救 済が 目的 で あっ た。山 本達 雄 内務 大 臣 は、 予 算 成 立前 の1932(昭和7 )年8 月18日 の内 務部長・土 木部 課長 会 議 で、 次 のよ うに事 業 の 性 格 を述 べ てい る29)。 「 其 の 計 画 も自 ら土 木 、 衛 生 、 社 会 施 設 等 、 相 当 多 方面 に亘 る こ と と為 る の で あ り ま す が 、 就 中 其 の 主 要 な る 部 分 は 、 全 国 的 に 土 木 事 業 を 起 興 し 、 之 に 依 り て 窮 之 せる 地 方民 に 普 く労 働 の 機 会 を 与 へ 、 其 の 勤 労 に 依 り て 収 入 の増 加 を図 り 。 以 て自 力 更 生 の 資 を 得 し む る と 共 に 、 将 来 地 方産 業 の 進 展 に 資 せ し め ん と す る こ と に 在 る の で あ り ます 。」 「 今 回 起 興 せ ん と す る 事業 は 、 固 よ り 之 に 依 り 国 民 を し て自 力 更 正 の 資 を 得 し め ん と す る の 目 的 に出 づ る も ので あ り ま す け れ ど も、 其 の 内 容 は 何 れ も産 業 振 興 の 基 礎 を な す等 地 方 永 久 の利 益 とな る べ き もの を選 定 す べ き 筋 合 い で あ り ま す 。」 この よう に、 土木 事業 へ の労 務 提供 に よっ て賃金 を得 て 自力 更 正 の糧 とす る とと もに 、 さ ら に地 方 産業 発 展 へ の基礎 とな るこ と を期待 す る との考 えの下 で 、農 村振 興 土木 事業 は計 画 さ れ たの で あ る30)。 執行 にお け るそ の基本 方 針 また 執行状 況 からそ の特 徴 を整理 す る と、次 のよう に な る31)。なお 事 業 に お け る具 体的 状況 は次章 で詳 説 す る。(1) 事業 の 配分 を農 村 疲弊 の程 度 に応 じ て行 った こ と。 事業 費 の 各府 県 への配 分 に当 た って は 、農業 者 漁業 者の 数 を基 礎 とし、 疲弊 の程度 が 著 しい 地 方 に は厚 く配 分 す る方針 を とっ だ。 また国 の直 轄事業 と府県 事業 のうち 、 中小 河川 事業 と地 方港 湾 事 業 につ いて は、 その施 行箇 所 は国 に よっ て指 定し た が、 これ以 外 の事 業 は府 県知 事 が管 内事 情 、 他 の土 木、 農 村土 木事 業 との関 係 を勘 案し た上 で 選択 させ た。(2) 事業 の 選択 基準 を 定 めた こ と。 本 事業 はす みや かに 着手 し て竣 功 す る必 要が ある ので、 容 易 に執行 する こ とので き る工 法 で か つ 労力 費 の多 い もの を採 用 す るこ と とした。(3) 工 事 の執行 は、 原 則 とし て直 営 で行 っ た こと。 本事 業 は、 農民 を就 労 させ る こ とが目 的 であり 、 また賃 金 が搾 取 さ れる のを避 け る必 要 が あ るの で、 特 別 の理 由 があ る もの を除 い て原則 として 直営 に よっ て 工事 を執行 す る こと とし た。 つ ま りた とえ少 々、 工 事 が非経 済的 に な る場 合 があ る として も、就 労 の均 等 と中 間搾 取 を防 止 す るた めに 直 営 を 原則 とし た ので あ る。 止 む を得 ず請 負 とする場 合 は、 請 負人 は地 元農民 を使用 す る こ とを請 負

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松 浦: 昭和 前 期の公 共 事業政 策 一時 局匡 救 事業 を中 心 に一 131 条件 に 入 れた。 (4) 地 元農民 の就 労の 機会 を均 等 と な るよ うに し たこ と。 地 元 農民 の就 労 の機会 は、 公 平 に分 配 す る必 要 があ る。 こ のた め起 業者 で あ る国、 府 県、 町村 に そ れぞ れ の工事 に対 する就 労圏 内 を協 定 で 定 め、 就労者 の割 当 を行 っ て就 労 の機 会 を均 等 にな る よ う にし た。(5 ) 労 働賃 金 の統 制 を図っ た こ と。 就 労 す る農民 に対 し て、 特 に低 賃 金 の支 給 は本 事業 の目 的 に合 わ ない。 また 高賃 金 を支給 し て、 地 方 の労働 賃 金 を昴騰 させ るこ と も避 けな け れ ばなら ない。 この た め起業 者 た る国、 府 県、 町村 は 互 に協 定 して 大体 の一 定水 準 を定 め て賃 金 を支 給 す るこ と とし た。 (6) 賃 金 と農民 の 負担 金 と の相殺 を許 さな かっ た こと。 本 事 業 の趣 旨 に反 する ので、 起業 者 の支払 う べ き賃 金 と農民 が 負担 し てい る税 金 等 との 相殺 は認 めな かっ た。 (7) 町 村事 業 に対 し、 指 導方 法 を講 じ た こ と。 全国 の各 町 村 に於 て、一 斉 に土 木事 業 を起 こし た こと は今回 が初 めて であ っ た。町 村で は技 術 員 を 確保 して い る ところ は少 ない ので 、府 県 に担 当 者 を置 いて 町村 に対 す る事 業 施行 の 指導 を行 わ せ た。 こ の よう に、 疲労 困 ぱいし て い る農 山漁 村 の 救済 とい う社会 政 策 に基 づい て 執行 さ れて いっ た の で あ る。上木 局 の総事 業費2 億9,700万 円 の うち 直接 労働 費 とし て は54% の1 億6,200万 円 が向 けら れ た と推 定 さ れ、就 労 者数 は延 べ23,072万人 と算 出 され てい る32)。 河 川、 道路 、 港湾 の事業 状 況 につ い て そ れぞ れ みてい こう。 そ れぞ れ の事 業 の 内訳 、及 び 負担 の 状 況 を みた の が表−5 であ る。こ れで 分 か るよう に、内務 省土 木 局 管轄 の 事業 費2億9,700万 円 のう ち 道 路事 業 費 は1 億8,320万円 、河 川事 業 費9,120万 円、湾 岸 事業 費2,250万 円 で あっ た。道 路事 業費 が 約62 % を占 めてお り、 道路 の ウェ イト が 高 かっ た こ とが分 か る。執 行 機 関 につ いて み ると、 府県 執 行44% 、 町村 執行39 % と地 方 事業 が大 き な割合 を占 め、 国 直轄 は17% と小 さかっ た。 また事 業 費の 負 担 につ い て みる と、国 庫 負担 が62% と最 も大 き く、府 県 が28%、町 村10% の 負担割 合 と なっ てい る。 率 の高 い国 庫 補助 の下 に、 府県 、町 村 が 執行 し て いった こ とが 理解 さ れ る。 なお 第63臨時 議 会 (時局 匡 救議会 ) で 決定 さ れ、1932年度 に執行 さ れ た事業 費 総額7300万 円 の農 村振 興土 木 事業 のみ をみ る と、 町村 執 行 事業 は61%を占 め最 も大 きい。 続い て府 県事 業33% 、国 直 轄事 業6 % となっ てい る。町村 執行 事業 が圧 倒的 な役割 を占 め てい る ので あ る。 そ の後、5ヶ年計 画 の下 で 行お う とし た産 業振 興土 木 事業 も時 局匡 救事業 の中 に取 り 込 ま れ、そ の結 果、町村 執行 の ウェ イ ト は下 がっ た のであ る33)。 4 。 時 局 匡 救 事 業 に お け る 町 村 事 業 農村 振興 土 木事 業 の特徴 は、 何 とい っ て も国 庫 補助 の下 に全 国 津々 浦々 で 大々 的 に行 わ れた 町村 事 業で あ る。 町村 事業 こ そが 、普 遍 的 で早 く困 窮 者に金 が 回 る こ とを大 き な目的 とし た 時局 匡 救事 業 の 眼目 であ っ た。 そ れは、 い う まで も な く疲弊 した 農 (漁 )民 に生 活 の糧 とな る賃金 を与 える の

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132 国 際地 域学 研究 第3 号2000 年3 月 表−5 時局 匡救土木事業 費の内 訳 ①内務 省土木局所 管時 局匡救土 木事業費 ( 単 位 千 円) 支 出 総 額296,953 国 庫 負 担額183,536地 方 費 負 担 額113,416う ち 府 県 負 担 額84,633う ち 町 村 負 担 額28,783 う ち 直 轄 事 業 費 う ち 府 県 執 行 事業 費 う ち 町 村 執 行 事 業 費 51,8川 (17%)129,944 (44%)115,195(39%) 39,490 57,633 86,412 12,321 72,300 28,783 12,321 72,311 28,783 ②河 川関係事業費 ( 単 位 千 円) 事 業 費 総 額91,199 国 庫 負 担 額58,410府 県 負 担 額29.236町 村 負 担 額3,553 備 考 う ち 中 小 河川 改良 事 業 費 う ち 府 県 執 行 う ち 町 村 執 行 54,436 40,222 14,213 30.625 19.965 10.660 20,257 20,257 3,553 1/2補 助3/4 補 助 ( 府 県 を 通 じ て ) う ち 府 県 執 行 砂 防 工 事 14,475 8.750 5,725 1/2∼2/3 の 国 庫 補 助 う ち 直 轄 事 業 費 う ち 直 轄 治 水 事 業 う ち 直 轄 砂 防 事 業 22,287 14,090 8,197 19,033 13,990 5,043 3.254 100 3,154 既 定 工 事 費 の 繰 上 新 規 十規 定 工 事 費 の 追 加 ③道路 関係事業費 ( 単 位 千 円) 事 業 費 総 額183,2 】1 国 庫 負 担 額111,746府 県 負 担 額47,191町 村 負 担 額24,274 備 考 う ち 直 轄 国 道 改 良 24,506 16,839 7,667 う ち 府 県 執 行 改 良 61,603 22,080 39,523 1/3補助 う ち 町 村 執 行 の道 路 改 良 97,101 72,827 24,274 3/4 国 庫 補 助( 府 県 を 通 じ て) ④ 港湾関 係事業費 ( 単 位 千 円) 事 業 費 総 額22,543 国 庫 負 担 額13,380府 県 負 担 額8,206町 村 負 担 額957 備 考 う ち 直 轄 事 業 費 5,018 3,618 1,400 規 定 費 の繰 上 十関 門 海 峡 の 改 良 及 び 新 規 う ち 府 県 執 行 の 地 方 港 湾 改 良 費 13,64∠1 6,838 6,806 1/2国 庫 補 助 う ち 町 村 執 行 の 地 方 港 湾 改 良 費 3,881 2.924 957 3/4 国 庫 補助( 府 県 を 通 じ て) ⑤事業 費別執行額 ( 単 位 千 円) 事 業 費 国 庫 負 担 金 額 府 県 負 担 額 町 村 負 担 額 河 川 関 係 道 路 関 係 港 湾 関 係 91,199(31 %)183,211(62% )22,543 (7% ) 58,410 111,746 13.380 29.236 47.191 8,206 3.553 24.273 957 A 計 口 口 296,953(100% ) 183,536(62 %) 84,633(28%) 28,763(10%) ( 注) 武 井群 嗣 「匡 救 事 業 の善 後 措 置 」『水 利 と土 木』 第8 巻 第4 号1935 年 に 基 づ き作 成

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松 浦 : 昭 和 前 期 の 公 共 事 業 政 策 一 時 局 匡 救 事 業 を 中 心 に 一一 133 に最 も妥当 だっ た からで あ る。 例 え ば内 務大 臣 は「国 道 より県 道、 県 道 よ り町村 道 の方 が普 遍的 で 早 く金 が回 る」 と述 べ てい る34)。 対 象 とな っ た事業 は、 町村 道 、 河川 の堤 防・護 岸・水制・浚 渫、 港 湾の 桟 橋・物 揚 場・ 岸壁 ・護 岸 ・防 波 設備 ・ 浚 渫・海 岸堤 防 等 であ っ た。 これら の中 か ら経 済上 、 最 も効 果 が あ り工 法 が容 易 にし て 労 力 費 の多 い も のが 選 択 さ れ た が、 中 で も町 村 道 の 割 合 が 大 き かっ た ので ある。 事業 執行 は、基 本的 には直 営 で行 わ れ た。そ の状 況 を1932( 昭和7) 年度 で み る と、総 事業 費7,400 万 円 の うち4,436万 円が 町村 事業 とし て16,107ヶ所 で行 わ れ、 こ の内9,791ヶ所(61 %) が直 営 であ っ た35)。 一 ヶ所 あ たり の事業 費 は2,700円 とな る。 その他 の方 法 とし て地 元( 大字) 請負(31 %)、 民 間 請 負(8 %) で あっ た。 民 間請 負で 執 行し た 工事 は、主 とし て特 殊 技術 を必 要 とす る橋梁 また はコ ン クリ ートエ で あ る。 裏 返 しに 言 え ば、町 村 直 営さ らに 地元 請 負で 行 わ れた ほ とん どの工 事 は、 熟練 を要 し ない単 純 な土工 を中 心 とし た ものだ っ た。 こ の よう に、基 本的 に直 営 方式 で 執行 さ れ る こ ととなっ た ので あ る から 、民 間請 負業 者 か らは強 い 反発 が あ り、全 国 の土 木請 負業 者 が 日比 谷 公会 堂で 集合 し て直 営 反対 を主 張 した。 し かし直 営で 執 行 さ れたの で ある。 そ れ は、 農 村 漁村 の不熟 練 者で 困 窮 な地 元民 の雇 用を優 先 にし 、 公正 に 間違 い な く賃 金 を行 き渡 ら せ るた めで あ った。 このた め事 業 の効 率 性 は無 視 され たの で あ る。 請 負 に出 す と、直 接的 に は請 負業 者 に金 が渡 さ れ、 労 働者 に 確実 に 支払 わ れる かどう か不明 で あ る。 特 に当 時、 請 負業 者 に よる 中 間 搾取 、賃 金 不払 いが 大 きな問 題 となっ て い た。 また生 活困 窮者 を公 平 に扱 う か どう かは 不確 か で あ り、 直 営方式 が 前面 に出 た ので あ る。 当 時、全 国 で約11,300の町村 があ っ たが、そ れら に対 す る配 分 は国直 轄 、府県 事業 もあ わせ て基 本 的 に は 次の よう な考 えの 下 に行 わ れた。 農 業 、 漁業 の従事 者 数 を基 礎 とし 、 こ れに全戸 数 また は全 人 口 、 町村 財政 また は財 産状 況、 失業 者 数、 窮農 者 数、 納税 額 及 び納 税 の成績 、特 殊 農業 生 産額 そ の他 特 有 の事 情 を加 味 す る。さ らに 既 定 の産 業振 興土 木事 業 また は農業 土 木事 業 の状 況 を配慮 し て、 各町 村 で普 遍的 に事 業 が行 え るよ うに す る36)。 この 基本 方針 の下 、 農村 振興 土 木事 業予 算 の府県 へ の配分 に つ いて さ ら にみ る と、 国、 府 県、 町 村事 業 全体 を考 慮し 土木 局 より農村 の窮 乏 の程 度、 府県 の大 小 等 に応 じ て割 付 けら れ た。 知 事 の一 部 か ら は、 本当 に 窮 乏し て い る の は東 北 地 方及 び その 接 続 府 県 さ ら に 鳥 取県 な ど の特 殊 な地 方 で あ っ て、全 国均 等 にで は なく重 点的 に分 配 す べき だ、との意 見 も あっ た37)。し か し自 分 の府県 は必 要 ない と手 を挙 げ る ところ はな く、 農家 戸 数 と専 業 漁業戸 数 を基 本 にし て す べて の府 県 に割 り当 てら れ た ので あ る。 さ ら に町 村 へ の配 分 は府 県 知事 に よっ て 行 わ れた が、一 つ の町 村 事 業 の 規 模 は工 事 費 で1,000円 ∼2,000円 が多 かっ た。 府県事 業 に比 べて 規模 は小 さ かっ た ので あ る38)。 農民 の就労 基準 をみ ると、 生活 困 窮者 を優 先さ せ るこ と は当然 とし たが、 その具 体的 状 況 を全 国 的 に み る と概 ね次の よう であ っ た39)。工 事 施工 力所 が確定 し た ら、この 工事 の 就労 圏 内 を決定 す る。 この就 労 圏内 の 町村 で は、 区長 また は方面 委 員 に よる就 労調 査あ るい は就 労希 望者 を申 告させ 、 就

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134 国 際地域 学研 究 第3 号2000 年3 月 労名 簿 に 登録 さ せる。 工 事現場 から 要求 が あっ た とき は、町 村長 が 就労 を 通知 す る。 また就 労 者 に 対 し て 、 就労 票 を公布 する もの も少 なく なかっ た。賃 金 の基 準 は地 域的 に 差が あっ たが、 府 県 町 村 の 地 方事 業 で みる と、1 日 当 た り男性 で57 銭か ら51銭、 女 性 で39銭 から61銭 であ っ た。 町村 に対 す る国 庫補助 は、 国 か ら町 村 に直 接渡 すの で はな く府 県 を経由 し て行 わ れた。 また こ れ ら 町村 事 業 は、 府県 の指 導監 督 に よっ て 進 めら れたが 、府 県 で は、 この た め国庫 か ら3/4 の 補助 を 得 て、 臨時 を中 心 に土 木職 員 の増 大 を図っ た。 工事 執 行 する 町村 に は技術 者 の数 は 極 めて 少 な く、 そ の能力 に対 し 府 県 は疑 問 視し て い た。 例 えば某 県の 土 木課長 は「 町村 に県 の設 計 を渡 し て やっ て も、 そ の ま ま満 足 に仕上 が る こ とは恐 らく不 可能 の こ とで はあ る まいか と思う。」と述 べて い る40)。 山 形 県下 の町 村 事業 の 実情 を みる と41)、技術 者 を有 する極 めて 少ない 町 村 を除い て 、他 のす べ て の 町 村 の 測量 ・設 計 は県 で行 っ た。 従来 、 県 は設計 料 を徴収 し てい たが、 今 回 は時 局 匡 救 の事 業 で あ るた め 徴収し なか っ た。 施 行 に対 し て は土木 技能 を有 す る「棒 頭 」 を 雇入 れ、人 夫 の 指導 監 督 を行 わせ た。 また県 下 に は8 ヶ所 の 県土 木 出張 所 があ るが、そ れ ぞ れ4 ∼6 名 の増 員 をし、各 土 木 出 張所 員 一 人 当 た り2 、3 ヶ町村 を分 担 さ せて 指 導監督 さ せた42)。 また 随時 、本庁 の土 木課 員 、地 方 課 員 を 町 村 に巡 視さ せた。 なお現 場 で の日々 の会計 、人 夫 の点 検簿 、 材料受 払 簿、 労働 手 帳 の作 成 等 の 事 務 の整 理 に は別 途 雇用 さ れ た。 この 事業 に より 、賃 金 は果 たし て 困 窮者 に どれほ ど行 き渡 っ ただ ろ うか。 全国 的 な デ ー タで は な いが 、1932( 昭和7) 年 度で 大 阪府 下 の農 村で は2 万 人 の 懐 に平 均15 円 くらい が 潤っ た と記 録 さ れ て い る43)。 事 業 の 執行 につい て みる と、32年 度予 算 で は、 府県 道路 事業 と町 村道 路事 業 の間 で、 割 り 当 て ら れ た国 庫補 助範 囲 内で知 事 の判 断 に よ り事業 相互 間で の 流用 は認 めら れた。 府 県道 、 町村 道 に対 す る道 路 事業 の優 先順 位 は知 事 に任 さ れ たので あ る。し かし 道路 と河川 、港 湾 の間 で は認 め ら れな かっ た。 た と えば府 県 執行 の中 小 河川 改 良 につい て みる と、 そ れぞ れの 河川 ご との改 良 費 は国 に よ っ て 定 めら れ、 こ の工事 費 の範 囲 内で 施行 区 域及 び施工 法 が府 県 に よっ て計 画 され た。 し かし 河 川・ 道路 ・港 湾 の間 で の 流用 を認 めない こ と は、事 業 を 執行 す る府県 か ら大 きな 不満 が 出た。 こ のた め1933年度 か ら はこ れ らの 間で の流 用 も認 めら れ、 府県 の役 割 が一 層 大 き くなっ た の であ る。 なお 事 業 の執行 に つい て年 度 内 に消化 し、 翌 年度 の繰 り 越し は出さ ない よ う厳 し く指 導さ れた 。 5 。 時 局 匡 救 事 業 の 社 会 的 評 価 世 界大 恐慌 に 因 を発し た 不況 へ の対 策 とし て、1932( 昭 和7) 年 度 から1934年 度 に かけ て行 わ れた 時 局匡 救 事業 だ が、 景気 は時 局 匡 救事 業 が始 まった1932年 度 から 回復 過程 に入 っ た。1934年 に は、 ま ゆの値 下 がり 、風 水害 、冷 害 な ど に より農村 は再 び 不況 に落 ち 込 んだが 比較 的早 く持 ち直 し 、 翌1935 年 には回 復 して いっ た。こ の回 復 につい て為 替相 場 の低 落 に起 因 する輸 出 の増 大 が最 も大 き く、 これ に続 い て時 局匡 救事 業 な どに よ り消費 と資 本形 成 に向 けら れ た政 府支 出 が重 要な 役割 を占 め、 軍 事支 出 に誘 発さ れた生 産増 加 は、こ の時期 、1割 に満 たな かっ た と評 価 され てい る44)。時 局 匡 救 事

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松浦 :昭 和 前期 の公共 事業 政策 一時局 匡 救事業 を 中心 にー 135 業 が社 会安 定 の下支 え となっ た こ と は否 定で きない だろ う。 こ こで東北 地 方 に並 び困窮 者 の多 かっ た鳥 取県 と、 地域 的 に は先 進地 域 であ り大 都市 名 古 屋 を抱 えて い る愛知 県 につ いて その 具体 的 状 況 を みてい こ う。1 )鳥 取県 に おけ る時局 匡 救事 業45) 鳥取 県 は当 時水 害で 有名 な 県で 、 そ の復 旧費 の た め1918( 大正 フ)年 頃 か ら1,100万 円 に の ぽる県 債 を 負っ てい た。 こ のた め全国 に比類 の ない窮 乏 地域 であ っ たが、 こ こ数年 来 の不 況 に よって 拍車 が かけ ら れ、多 数 の失業 者、 窮乏 者 が続 出 した。 彼ら の日 常生 活 の悲 惨 さ につ い ては、 報道 する の が憚 るほ どで あっ た。1932 年度 の産 業振 興、農村 振興 土 木 事業 で は、合 わせて 総額121 万6,215円 の事業 が行 わ れ、延 べ632 万2,165人 が就 労 し、十 分 と はい か ない が県 民 生活 に わず かな が ら明 るい きざし が 見 え始 めた。そ の 状況 は次 の ようで あっ た。 東伯 郡某 村 で は、 税 金滞 納 のた め に差 押処 分 を受 けた者 が全戸 数530戸 の内40戸 に上っ て いた が、 匡 救事 業 の恩 恵 に よっ て30戸 が納 税し た。 その 他 の町村 にお いて も税 金 の2 割 や3 割 の 滞納 はほ と ん どで あっ た が、匡 救事 業 に よっ て滞 納 額 を完 済し た町 村 が182 ケ村 の内8 ヶ村 に上 っ た。また電 燈 料 の支 払 えな い者 が多 数い た が、完納 の村 が2 ヶ村 となっ た。電 燈 数 の減 少傾 向 は一時 停 止 の状 況 と な り、さら にそ の数 が復 活し つつ あ る村 が3 ケ村 生 じた。また 西 伯郡 某村 で は、1931年に 成牛199 頭 、 子牛66 頭で あ った が、1933年で は成牛209 頭 、子 牛85頭 に増 加 した。 一 方、 産 業 基盤 の整 備 につ いて み る と、 気 高郡某 村で は「 赤坂 」とい う高 さ約100m の急坂 が あっ た。中 で も峠 に近 い50m 程 は、神社 の 石段 の よう に階段 を造 っ て昇 降 し てい て馬 な ど は全 く通 わず 、 村民 はこ こ を朝夕 越し て、 約20町 歩 の耕 地 に出 向 き生計 を立 てて いた 。近 隣 の 集落 か らは「 赤 坂が あ る から娘 を嫁 にや らぬ」 な ど言 わ れ、 この峠 の 切 り下げ は村 民 の昔 から の熱望 で あっ た。 ここ を 匡 救事 業 に より、 総工 費4,000円 の 第一 期 工事 で もっ て直 高15.8m の切 り下 げを 行い 、不 便 の大部 分 を取 り除 い たので あ る。 こ れに より耕 作 上、 多 大 の便益 を受 け、 さ らに 久し く荒 廃して い た約10町 歩 の耕 地 を開 墾・ 復旧 す る こと が出来 た。 また東伯 郡 某村 で は、 窮地 に追 い込 ま れて いた 村内 の製 材会 社 は、 その生 産 品搬 出路 の一 部 が改 修 さ れた ので 活気 を み るよう に なっ た。 さ ら に岩 美郡某 村 で は、道 路 改良 に より一 ヶ年 の 間の 運賃 の差 は810円 に上っ た。 木炭 の みで も一 ヶ 年間360 円 の手取 金 を増 す よう に なっ た。2 ) 愛 知県 に おけ る道路 改良 事 業 に よ る産業 基 盤整 備46) 町村 事業 、 国直 轄、 府県 事業 も含 め た3 年間 の愛知県 下 にお け る道 路 改良 事業 につい て み る と、 表 ―6 の よう な事業費 、また執 行 方法 で あ った。本事 業 に よる就 労者 は、国・府 県 道事 業 で約41万 人 、 町村 事 業 で約67万 人 の合 わせ て108万 人 で、労 力 費約119万 円 が支 払 わ れた47)。また この事 業 に より国 府 県道 約82kTn、町 村 道約275kmが 改良 さ れ たの であ る。 こ の道路 改 良 は、 疲弊 して い た農 山漁 村 に大 きな効 果 を及 ぼし た。 それ まで 豊富 な 資源 、産 物 を 有 し なが ら、 運搬 で き る道が な かっ た た め人 肩に よ るし かな かっ た地 域 が多 くあ り、 ここ の資 源・ 産物 の価値 は激 減し てい た。 こ の状況 に 次の よう な インパ クトが加 え ら れたの で ある。

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136 国際 地域 学 研究 第3 号2000 年3 月 表−6 愛知県下の時 局匡救事業 ①愛 知県 自昭 和7 年 度至昭 和9 年 度 産業開 発農村振興道路改良 事業費総括 表 年 度 別 事 業 別 7 年 度 8 年 度 9 年 度 計 国 庫 補 助 率 国 庫 補 助 額 計 指 導 費 産 業 開 発 府 県 道 改 良 事 業( 府 県 道 改 良 事 業) 円 753,000 円 279.000 円 -円 1,032,000 1/3 円 344,000 農 村 振 興 府 県 道 路 改 良 事 業( 府 県 道 改 良 事 業) 273,000 270.000 171.000 714,000 1/3 238,000 農 村 振 興 市 町 村 道 改 良 事 業 783.70) 764,000 184,000 1.731,700 3/4 1.298.775 7,333.30 計 1,089,700 1,313,000 355.000 3,477.700 - 1.880,775 7,333.30 名 古 屋 市 街 路 改 良 事 業 378,000 150.000130,000 558,000 1/3 186,000 国 道 改 良 事 業 - - 50,000 50,000 1/2 25,000 合 計 2,187,700 1,463,000 435,000 4,085,700 211,000 7,333.30 市 町 村 指 導 備 考 上 表 の 指 導 費 は 市 町 村 土 木 事 業 道 路 河 川 港 湾 改 良 事業 に 対 す る も の とす ②愛知 県時局匡救道 路改良事業工 事執行方 法一 覧表 年 度 別 事 業 別 総 工 事 費 箇 所 数 直 営 地 元 負 担 一 般 請 負 工 事 費 箇 所 数 工 事 費 箇 所 数 工 事 費 箇 所 数 7 年 度 産 業 開 発 府 県 道 改 良 事 業 円 708,000.00 13 円 556,735.60 8 円 151,264.40 5 農 村 振 興 府 県 道 改 良 事 業 237,392.00 H 193,686.45 9 43,705.55 2 農 村 振 興 市 町 村 道 改 良 事 業 818,618.01 272 131,451.78 36 656,850.91 226 30,315.32 10 8 年 度 府 県 道 改 良 事 業 253,700.00 7 253,700.00 7 府 県 道 路 改 良 事 業 245,453.00 13 228,150,00 12 17,303.00 1 農 村 振 興 市 町 村 道 改 良 事 業 793,474.00 289 74.505.96 19 710,568.33 268 8,399.75 2 9 年 度 府 県 道 路 改 良 事 業 155,455.00 18 155,455.00 18 農 村 振 興 市 町 村 道 改 良 事 業 195.196.66 216 6,061,03 6 186,986.62 207 2.149.01 3 国 道 改 良 事 業 50,000.00 I 計 3,457,288.71 840 1,599,745.82 115 │615,4I4.4I 704 192,128.48 20 備 考 国 道 改 良 事 業 費 は岐 阜 県 施 行 木 曽 川 橋 梁 改築 本県 負 担 額 と す 出 典 :小 坂 忠一 「 産業 開 発・ 農 村 振興 道 路 改良 事 業 大 要 」「 土 木」 第31 号1936 年 指定 府 県道名 古屋・瀬 戸線 で は、 その最 も狭隆屈 曲 部分 約1,370m を 幅員12m に拡 幅し 、 その 大部 分 を舗装し て面目 を一 新し た。 府県 道三 谷・豊 橋線 で は延長 約3,400m を幅員6m に拡 幅し 、 う ち約1,800m を 舗装し て面 目 を一 新し 、 県下 唯 一 の観光 道路 とし た。 田 原・ 福江 線 は、豊 橋市 よ り渥美 半島 の突端 にあ る漁 港 福江線 に至 る府県 道 の一 部 で あ るが 、 豊

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松 浦:昭 和 前期 の公 共事 業政策 一時 局匡 救事業 を中心 に ー 137 橋 か ら田 原町 まで は幅 員7.5m で 改 良 済 みで あっ た。し かし その先 は未 改築 部分 が多 く、道路 の 態 を 成 し てい ない ところ が多々 あ っ た。 し かし 約60kmを幅 員7m に拡 幅し 整 備し た。 これ に より海 岸 ま で ト ラッ クを運転 で きる よ うに な り、 漁村 の振 興 に多 大 な好影 響 を 及 ぼし た。 こ れに よっ て新 鮮 さ が 大事 な魚 介類 の価 値 を損 する こ とな く運 搬 が 出来、 腐 れや すい 夏 に は肥料 に するこ とし か出 来 な かっ た状 況 が大 き く変 わっ たの であ る。 町 村事 業 に よっ て改良 さ れた 町村 道 の多 く もこ のよう な効 果 を もっ てい た。 6 。1933 (昭 和8 ) 年 の 土 木 会 議48) 失 業救 済 事業、 そし て時局 匡 救事 業 で は、 これ まで と大 き く異 な る政策 が 展開 さ れた。 先 ず注 目 す べき こ と は、5ヶ年 に わた る河 川、道 路、 港 湾の一 体的 な事業 投 資計 画 が、産 業振 興事 業5 ヶ年 計 画 とし て内 務省 内部 の計 画 と はい え、 樹 立 さ れた こ とで あ る。 そし て 不 十分 な がら も一 定 の役割 を もっ て、 この期 間、 執行 さ れ たの で あ る。 こ の5 ヶ年 計 画 は道 路 の ウェ イト が 大 きく、 国 直轄 に よる国 道 改 良 を 先頭 にし て道 路 整 備 を進 め よう とし た。また時 局匡 救事 業 で は、農 村 救 済 の目的 のた め町村 執行 の道路 事 業 が大 きな 役割 を担 っ た。 ここ に明 治・ 大正 時代 と異な る新 たな 社会 基 盤 の整 備 政策 が 強 く推 進 さ れた と考 えら れる。 つ まり内 陸輸 送 で は鉄道 に代 わ り、 内務 省 の中 で は河 川事 業 に代 わっ て道 路整 備 が前 面 に出 て くる時 代 と なっ た のであ る。 それ も産 業 基盤 とし て の役 割 であっ た。 河川 事業 につい て みて も、 大 きな転 換 の時期 を迎 えてい た。 明 治 か ら行っ て きた 大河 川 の改修 事 業 が、 着々 と竣工 し てい たの で あ る。1930(昭 和5 )年度 に は利 根 川、 荒 川下 流 、翌 年度 には増 補工 事 が加 えら れた淀 川 、補 修工 事 が追加 さ れた 信濃 川 が竣 工 し た。 そし て府県 執 行 に よる中 小河 川 の 改 良 が重 要 な課題 となっ て きた ので あ る。 国 庫補 助 に よる中 小河 川改 良 は、 内務 省 土 木局 に とっ て大 正末 期 か らの 強い 要 求で あっ た。 そ れ は農林 省 (1925年に 農商務 省 は農林省 、商 工省 に分 割) と の間で の 激し い 権限 争 いで もあ っ た。 農林 省 の 前身 であ る農 商務 省 は1923(大 正12 )年、「用排 水改 良事 業 費 補助 要項 」を定 め、府 県 営 の500町 歩以 上 の用排 水幹 線 ま た は用排 水 設備 の 改良 に対 し て、2 分 のl以 内 の 補助 を行 う用 排 水 改 良 事業 を開 始し た。 ところ が この事 業 は中 小 河 川 を対象 と す る場 合 が多 い た め、 内務 省 の河 川改 修 事 業 と正 面 か らぶつ かっ た ので あ る。 内務 省 、 農林 省間 の権 限争 い は 激し く、 内 閣 の行 政制度 審 議 会 な どで 取 り上 げ ら れて審議 さ れ た結 果、1928(昭 和3 )年12 月 にな っ て政 務官 会 議で 決着 を見、 内 務 省 は府 県 に よる中 小 河川 改良 事業 に 進 出 す る足 場 を築 い たの であ る。 内務 省 に よ る中小 河 川で の国 庫補 助 は 、 まず 木曽 川 の上 流 支 川で1928(昭 和3 )年度 に 行 われ た。 木 曽 川上 流 で は、1921(大 正10)年 度 か ら直 轄 に よ る事業 に着手 され て いた が、 そ の改 修費 か ら犀 川他2 支川 に対 し、1928年 度 から34年 度 の事 業 に、 そ の半 額の 補助 が な さ れた ので ある。 これ に引 き続 い て、1930(昭 和5 )年度 に は新 た に 河川 改 修費 補助 の費 目 が設 置 さ れ、福 岡 県 の矢部 川 、石 川 県 の 梯 川、 山形 県 の赤 川上 流 の三 川で 半 額補 助 の 改修事業 が成 立し た。 し かし 世 界恐 慌 に よる経 済 の不振 のた め、 財政 が 厳し く緊 縮 さ れて こ れに 続 く新 規予 算 は得 ら れな かっ た。

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】38 国際 地域 学研 究 第3 号2000 年3 月 し かし 「 高橋 財政 」 の登場 によ り国 家予 算 の考 え方 は一変 し 、 農村 救 済の有力 事 業 とし て中 小 河 川事 業 は華々 し く展 開し てい っ た。 産業 振 興土 木事 業 とし て39河川 、 続 く時局 匡 救事 業 で29河 川 と 合 計68 の中 小 河川 が 事業 対 象河川 とし て選 定 され、 そ のう ち66河 川で 府県 事業 とし て 着手 さ れた の で あ る。 また1933( 昭 和8) 年 度 に は新 た に36河川が 追加 さ れ、 前年 に引 き続 く61河川 と合 わせ 事 業 が行 わ れた。 こ のう ち1934年 度 までに竣 工 し たの は24河川 であ っ た。 ここ に府県 事 業 であ る中小 河川 へ の半額 国 庫補助 が 、本 格的 に開始 さ れ たので あ る。 なお 町村 事業 はわず か な区 域 を対 象 と す る 局部 改 良で あっ て、 府 県 の指 導 の下、 農 山村 を中 心 に全国 各 地で 行 わ れた。 こ こで産 業 振興 土木 事業 、 農村 振 興事 業 とし て執 行し た国 直 轄 河川 につい て 、 少し詳 し くみ てい こ う。1972年 度 の産業 振興 土 木事 業 とし て 取 り上 げ ら れた 河川 は荒 川上 流、 多 摩川 上 流、 雄 物川 、 千 曲川 、 木曽 川上 流、 太 田川( 広 島) であ る。 これ に加 え て翌 年度 執行 を みた の は旭川 、 芦 田川 、 紀 の 川、 千 代 川、安 倍 川、 阿賀 川 、 阿武 隈 川、最 上 川、 神通 川 、大 淀川 で ある。 こ れらで 注 目 すべ きこ とは、重 要な 地方 都 市の治 水 が推 進さ れたこ とで あ る。そ れら は秋 田市(雄 物 川)、 広島 市( 太 田川)、 岡 山市( 旭 川)、 福山市( 芦 田川)、 和 歌山 市( 紀 の川)、 鳥 取 市( 千 代 川)、 静 岡 市( 安 倍川)、 酒田 市( 最 上川)、 富 山市( 神 通川)、 宮崎 市( 大淀 川) で あ る。 地方 の重 要 都市 の 治 水整 備 が、 当時 、 大 きな課 題 となっ てい た のであ る が、 そ の背景 には新 た な都 市 とし て の発 展 とそ の期 待 があ っ た。 もう一 つ 注目 すべ きこ と は、 港 湾 整備 と一 体的 に取 り上 げ ら れた 河川 が かな りあ る こ とで あ る。 そ れ ら の港 湾 は土崎 港( 雄 物 川)、 広 島港( 太田川)、 和歌 山 港( 紀 の川)、 酒田 港( 最上 川) 、 岡山 港( 旭川) であ り、 時 局匡 救事 業 の中 で こ れら の港湾 整備 も進 めら れた。 振 り返 っ て み れば 、明 治 時 代 か ら改 修 が進 めら れ、 既 に修了 し た利 根川、淀 川 、 信濃 川 な どの大 河川 の改 修 も、 港 湾 整 備 と 密 接 に関 連し て事業 は進 めら れた。改 修効果 の中 で、港湾 機能 の 確保 は重 要 な位 置 を占 め てい た が、 昭 和 前期 にお い て も河川 改 修事 業 は港湾整 備 とい う開 発効 果 と密 接 に関 係し てい た ので あ る。 こ の時 期 の道 路事 業 につ い て簡 単 に振 り返 る と、1931( 昭和6) 年度 の失 業 救済 事業 とし て失 業 救 済 道路 改 良事 業 が行 わ れ、 こ れが 直轄 国道 事業 の本 格 的 な着手 の端緒 で あっ た。 旧道 路 法 で は、 普 通 国 道 につい て 新設 ・改 築 か ら維 持 まで府 県知 事が 行 う のが 基本 であ り、 必 要あ る場 合 は 主務 大 臣 が 国道 の 新設 ・ 改築 を行 う こ とが で きる と なっ てい る。 し かし こ れ まで直 轄国 道 事業 は、1924( 大 正14) 年 に国 道4 号 線 の利 根川 大 橋 を架設 し て以 来 、 行 われ てい なか っ た。 な ぜ失業 救 済事業 とし て 道路 事 業 の みで1931年度 に行 っ た のか 、 その理 由 とし て、 先 述 し た よう に道 路工 事 が 他の事 業 に比 べ て、 何 の技能 も持 だ ない一 般 失業 労 働者 を就 労 させ 易い こ と、 さら に 人 々 が住 む所 全 国津々 浦々 に道 路 はあ り、 どこから で も手 を 付け 易か っ たので あ る。 例 え ば 河川 と 比 較 す るな ら ば、 河 川 は上 ・下 流 連続 し てい るた め計 画的 に行 わ ね ばな らない 。 こ れに比 べ普 遍 的 に行 わ れる のが 道路 事業 で あ り、 時局 匡 救事業 の町 村事 業 で も中 心 となっ て行 わ れた ので あ る。 港 湾事 業 につ いて み る と、 最 も重 要な こ とは、 時 局匡 救 事業 によっ て、 府県 の 経営( 管 理) に 委 ねら れてい る指 定港 湾 に初 めて国 庫補 助 が行 われ たこ とで あ る。そ の補助 率 は1/2で あ っ た。さら に 時 局 匡 救事業 で は、 町村 に よ る小 港湾 の 修築が3/4 の国 庫 補助 を 基準 に行 わ れた。

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松 浦: 昭和 前期 の公 共 事業政 策 一時 局匡 救事 業 を中 心 に一 139 指 定港湾 と は、 地方 的 に みて重 要 な る港 湾 であ って 内務 省 に よ・)て指 定 さ れる がヽ1922(大正11) 年 、 内務 省 訓令 に よっ て新築 ゛改 築 等 の重 大 な工 事 は内務 大臣 から許 可 を受 け て行 う こ とと なっ た。 その 数 は、1934(昭 和9 )年に指 定 さ れ た74港 を加 えて1935年 に は303港で あ っ た。 この うち 、1932 年度 に は産 業 振興 事業 で17港、 時 局匡 救 事 業で17港 、 翌年 度 に は時局 匡 救事 業 とし て28港 の合計61 港 に 着手 し たので あ る。なお3 ヶ年 で竣 工 し た のは19港湾 であ っ た。一 方 、国 が関与 し てい た重 要港 湾 に つ いて み る と、 既定 工事 費 を繰 り上 げて 促 進 する ほか、 酒 田、 広島 、 和歌 山 の三 港 の新 規着 手 と関 門 海峡 の改 良 に1933(昭 和8 ) 年 か ら着 手さ れた。 以 上 み て きた ように 、時 局匡 救 事 業で は、 こ れ まで と大 き く異 な る政策 が推 進さ れ て きた。 府県 に よる河 川事業 、 港湾 事業 に国 庫 補 助 が大 々的 に行わ れ た。 そ れ まで これ ら の事 業 で は国直 轄 事業 が中 心で あ った が、 こ れ以 降 、府 県 に よる中 小 河川改 良事 業、 指 定 港湾 改 良事 業 が重 要 な柱 となっ た ので あ る。 一 方府 県事 業 を中 心 に 進 めら れて い た道 路 事業 で は、 直 轄事 業 が本 格的 に行 わ れて い く こ と となった。 国 直轄 お よび 都道 府 県 事業 へ の補助 の両輪 で 進 め られ てい る今 日 の事業 執行 状 況 が、 この時 期、 確 立さ れた ので あ る。 公 共事 業 執行 体制 に対 し て 新 たな枠 組 みが造 ら れた と評し て よい。 こ れら の新 しい状 況 を政 府 とし て公 式 に確認 し た のが、1933(昭 和8 )年 に行 わ れた土 木 会議 で あっ た。 そ れ まで河 川 につ いて の公式 の計 画 は、1921(大正10)年 に策 定 さ れた「 第 二次 治水 計 画」が あっ た。 道 路 につ いて みれば1919年 に決 定し た 「第 一 次道路 改 良計 画 」 があ っ た。 これら の計 画 と現 実 とが大 き な乖 離 を みたので あ り、 ここ に土 木 会議 を設 置し て国 の公 式計 画 を全 面的 に 見直 す こ と と なっ たの であ る。 なお 、 当初 の計 画 は、 河川 委員 会 を 設置 し て 第二次 治水 計 画 に代 わ る計 画 の確立 を 図 ろう とす る もの であ り、1931年 に官制 制 定 の閣 議 決 定に 到 った。 そ の具 体的 課題 は、 重 要な 治水 事業 とし て 前 面 に 出て きた中小 河 川へ の国 庫補 助 、 お よ び直轄 事業 として 進 めて きた大 河 川の事 業 の 見直し 等 の 治 水計 画 の 根本的 改訂 で あっ た。 さ ら に こ れに加 え、 そ の当時 、 急 激 に発 展 して きた 水力 発電 と他 の 水利 用 との統制 という利 水 の課 題 が あ っ た。 し かし 河川 委員 会 は設 立さ れ な かっ た。 それ は、河 川、 道 路、 港 湾等 の施 設 は相 互 密接 な関 係 を もっ てお りヽ 連絡 ・ 統制 を十 分図 っ て 総合 的 見地 より土 木 政策 を行 う べ きだ との議 が あっ て、 土 木 会 議 の設 置 が主張 さ れた か らであ る。 つ ま り個々 別々 に計 画 を作 り 事業 を進 めて も十 分で あっ た 時 代 か ら、 そ れら の事業 を統 合 し てい く必 要 が認 識 さ れる時 代 と なっ た ので あ る。 土木 会 議の メン バ ーは、 内務 大 臣 を議 長 とし 、 内務省 から 次官 、局 長 等、 大 蔵省、 農林省 、 商工 省 等関 係 行政府 の次官 等、 また貴 族 院、 衆 議院 の議員14名 さ らに 学識 経 験者 として2 名 が任 命 さ れ た。 土 木 会議 は、 そ の下部 機 関 とし て道 路 部会 、 河川部 会、 港 湾 部会 が設 置 さ れ、 失業 救 済土 木事 業、 時 局匡 救事 業 な どを通 じ て展 開 さ れて き た公共土 木 事業 を踏 ま え、新 たな 計画 が樹 立 さ れた の で あ る。 こ れら の計 画に つい て簡 単 に みる と、 治 水で は第三 次 治 水計 画 が策 定 さ れた。 この計 画で はこ れ まで 直轄 施 行 によ り8 河川 を竣 工 さ せ、34 河川 が 改修中 で あっ た が、 こ れ以 外 に新 た に24河川 を選

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140 国際 地域 学研 究 第3 号2000 年3 月 択 しヽ15年以 内 に竣工 さ せ る もの となっ た。また中 小 河川 に対 し て1/2 の国 庫 補助 を行 う こと とな っ た。 こ の治 水事業 につい て興 味 深 い こ とは ヽ その 選択基 準 とし て事 業 の評 価 に、 改修 事業 に よっ て もた らさ れ る利益 率 が掲 げ ら れた こ とであ る。戦 後 に なっ て公 共事 業 の評価 に効 果 対 費 用 を基 本 と す る投 資効 果 が盛 ん に用 いら れた が49)、そ の先駆 を なす もの と考 え ら れる。その 背景 とし て は、多 目 的 ダ ム の アロ ケー ショ ンの 分析 を中 心 に研 究 が進 めら れ たア メリ カで の 公共 経済 学 の発 展 があ っ た と推 測 し て い る。 なお 、特 に水力 発電 の進展 によ り 複雑化 し ていっ た利 水事 業 に つい て は、何 ら定 め ら れてい ない。 この 当 時、 発電 を管轄 し てい た逓 信 省、 農業 を担当 す る農林 省、 そし て内務 省 と の間 で利 水行 政 を め ぐ り 激し く対 立 し てい た。 こ の対 立 が上木 会 議を通 じ て も調 整 に 到 らず、 議題 に も取 り上 げ ら れ な かっ た と判 断 さ れる。 国 の事 業 と な るに は、 もう少 し時 間 を必 要 とし たの であ る。 道路 部 会で は、第 二 次道路 改 良計 画が策 定 さ れた。 この 計画 の 最 も大 きな 特徴 は、 改 良 し よ う と す る普 通 国道6,9O3kinを国直 轄 で行 お う とし た ことで あ る。また 府県 道 改良 に つい て は1/3 の国 庫 補 助 とし た。 港 湾 部 会 は、 河川、 道 路部 会 に遅 れ て1934( 昭和9) 年12月 開 会 とな り、 翌年 決議 し て答 申 が行 わ れた 。 だ が、 全体 計 画 は定 めら れず 、港 湾 改良 計画 の改 訂 と指 定港 湾改 良計 画 の確 立 が図 ら れ た。 重 要 港 湾 につ い て は、 八戸 、 飾磨 、 宇部 港 が新 たに第 二 種重 要 港湾 とし て 選定 さ れ、 改良 計 画 が策 定 さ れ た。 一 方、府 県 管理 の指 定 港湾 につい て は、時局 匡 救事業 とし て行 っ て きた国 庫補 助 を国 の公 式 の港 湾計 画 の中 に位 置付 け、 緊急 改良 を 要 する指定 港 湾 に対 し1/2 の国 庫補助 が 決定 さ れ た。 一 方、 この土 木 会議 で 定 めら れた 公式 の政 府 計画で は、 町 村事 業 は考 えら れなか っ た。時 局 匡 救 の特 徴 を示 す重大 な事業 は、3/4の国 庫補 助 の下、大 々的 に行 わ れた町 村事 業 であ っ た が、こ の町 村 事 業 は、農 村 救済 の一時 的 措置 で あっ た ので あ る。 この ように み る と、 土木 会 議で 決 定さ れ た公式 の政 府計 画 の基 本 となっ たの は、1932( 昭和7) 年2 月 に内 務省 で 策定 さ れた産 業振 興 事業5 ヶ年計 画で あっ た と考 え ら れる。道 路 を中心 に 、新 た な産 業 振 興 基盤 の整 備 とし て 政府計 画 は 策定 さ れ たのであ る。 7 。 お わ り に 時 局 匡 救事 業 を中 心に、 昭 和 前期 の 公共 事業 政策 につ いて みて きた。 疲弊 し た農 村 の救 済 と産 業 振 興 の 基 礎 とす るこ とを 目的 に時 局 匡 救事業 は行わ れ、 社会安 定 の一 定 の 役割 を果 たし た。 また こ の事 業 を 通じ て 国直轄 に よ る国道 整 備、 河 川・ 港湾事 業 に対 す る国 庫補 助 な ど公共 事 業 執行 体 制 に 新し い 枠 組 みが 造ら れた。こ の状 況 を政 府 とし て公式 に 確認し た のが、1933年 の政府 土 木会 議 で あ っ た。 また こ の時期、 道 路整 備が 産業 の新し い イ ンフ ラ とし て 注目 さ れ、公 共 事業 の中 で 最 も大 き な部 分 を 占 め るよう に なった。 戦 後 、昭 和30年 代 に なっ て道 路 が産 業 イン フラ の柱 とし て整備 が 進 め ら れた が、 その推 進 の出発 点 を この時 期 に みる こ とがで き る。

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