第 2 章 準備会合開催に向けた協議
第 1 節 東南アジア歴訪直後
第1項 国会における答弁
宮澤喜一首相による歴訪直後も、日本国内で、対インドシナ地域政策に関する議論が行われた。
具体的に、国会の答弁を中心に議論が行われた。FCDI という固有名詞こそ出てきていないが、
インドシナ開発が国会の答弁においても本格的に議論されるようになった。特筆すべきは、
ASEANとの協力に言及がみられた点である。前述のように、FCDI提唱の際には、ASEAN諸国 との協力が強調されたが、その後もこの路線は継承された。
例えば、第126回国会参議院本会議(1993年1月26日)において宮澤は、ASEANとの関係 につき、「インドシナにやがて平和が参りましたときには、とのマ マ国づくりのために日本とASEAN とが連携をして一緒になってやりましょう、そのために、ことしの秋にはフォーラムを東京で開 きたい、皆さんおいでくださいませんかというお招きをした」263と言及した。
また宮澤は、歴訪後の1993年3月24 日に開催された第126回国会参議院予算委員会でも、
FCDIに対して言及を行った。宮澤は、FCDIを開催する意図を以下のように論じた。
先般私はASEAN に参りましたときに、ASEANの国で一緒にインドシナ半島全体のこ れからの復興についてお互いに助け合ってやろうじゃないかということを呼びかけまし て、この秋には東京でASEANがみんな一緒になってそういう最初の会議を開きます。
というのは、我が国よりはタイの方が地域的に近いわけでございますからニーズがよく わかるはずでございますし、人の訓練をするのでも東京に来て訓練するよりは隣で訓練 した方がずっときっといいんだろうと思いますから、そういったようなことはみんな一
263 国会会議録検索システム[084/155]126-参-本会議-2号 平成05年01月26日[http://kokkai.nd l.go.jp/cgi-bin/KENSAKU/swk_dispdoc.cgi?SESSION=23301&SAVED_RID=4&PAGE=0&POS=0&
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緒になってやっていって、これで初めてコミュニティーづくり、国づくりがこれから始 まるというふうに我々としては考えて、その役に立たなきゃならないと思います。(下線 は引用者)264
宮澤によるこの発言からも理解できるように、日本政府は、インドシナ開発を進めていく上で、
ASEANとの協力を強調した。ここでは、ASEAN諸国の中でもタイが例に出された。ASEAN諸 国との協力を重視した理由として、タイをはじめとするASEAN諸国はインドシナ地域と隣接し ているため、インドシナ地域の開発ニーズをつかみやすい点にあると宮澤は指摘した。対インド シナ地域政策の内容としては、インドシナ復興に言及がみられた。また、「人の訓練」という言説 がみられるように、人材育成を具体的な開発分野として想定した。
このようなASEANとの協力を進めていく上で、連携型援助(三角協力)が着目された。例え ば、宮澤による東南アジア歴訪に際し、随員として同行した外務省経済協力局の川上隆朗は、1993 年3月時点で、バンコク・スピーチにおいて強調されたASEANのインドシナ支援に言及し、「日 本が第三国においてその周辺国等の研修生を対象に行う第三国研修や、ASEAN 諸国とともにカ ンボジアで行っている共同の技術協力(三角協力)など、アジア諸国のそうした気運を助長して いくためいっそう努力していく考えである」265と論じた。
また、第126回衆議院予算委員会(1993年5月25日)において、宮澤は連携型援助に関して、
以下のように述べた。
私は、カンボジアばかりでなくインドシナ半島全体の問題として、我が国が直接にカン ボジアに援助をすることももとより好ましゅうございますが、インドシナ半島の、ある いはその周辺の国々を通じてむしろ三角援助と申しますかそういう意味で、カンボジア の復興がこの地域の国々全体のプラスになるような、そういう形の援助をいろいろ考え ていくべきではないか。/また、人の訓練にいたしましても、我が国に来てもらって訓練 をするよりは、近くの土壌で、風土で訓練してもらった方がはるかに効率が高い。その ための費用を我々が負担すればいいわけでございますから、そういったものを含めまし て、カンボジア復興会議で、これからみんなでひとつ力を合わせてカンボジアを、イン ドシナ半島を復興させよう、こういう心構えでやってまいりたいとひそかに考えておる ところでございます。(下線は引用者)266
このように宮澤は、日本が直接援助するのではなく、むしろ近隣のASEAN諸国との連携を重
264 国会会議録検索システム[079/126]126-参-予算委員会-8号 平成05年03月24日[http://kokka i.ndl.go.jp/cgi-bin/KENSAKU/swk_dispdoc.cgi?SESSION=18318&SAVED_RID=2&PAGE=0&POS
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265 都市出版『外交フォーラム』, 1993.3 p.10.
266 国会会議録検索システム[066/155]126-衆-予算委員会-25号 平成05年05月25日[http://kokk ai.ndl.go.jp/cgi-bin/KENSAKU/swk_dispdoc.cgi?SESSION=23301&SAVED_RID=4&PAGE=0&PO S=0&TOTAL=0&SRV_ID=7&DOC_ID=1777&DPAGE=4&DTOTAL=155&DPOS=66&SORT_DIR
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視する連携型援助(三角援助)という援助形態を模索した。なお、連携型援助の具体的な内容に は、引き続き人の訓練である人材育成が想定された。
三角協力は、「国際情勢の変化により生じている援助の新しいフロンティアへの積極的な挑戦」
267の 1 つとして外務省でも着目された援助形態であった。こうした認識を反映して、1994 年 1 月にはシンガポールとの間で「日本・シンガポール・パートナーシップ・プログラム」(JSPP:
Japan-Singapore Programme)、1994年8月にはタイとの間で「日本・タイ・パートナーシップ・
プログラム」(JTPP: Japan-Thailand Partnership Programme)が合意された。これらのプログ ラムの意味するところは、「開発パートナー」として、三角協力を通して第三国に対する支援を行 うことであった268。
さらに、翌日に開催された予算委員会(1993年5月26日)においても、宮澤はASEAN諸国 との連携を視野に入れたインドシナ開発に対して、以下のように言及した。
我が国が直接にということもよろしゅうございますが、ASEAN、周辺の国々が我が国と 共同してと申しますか、財政的負担は我が国がいたしますが、具体的にはそれらの国々 が共同してこの援助あるいは訓練等々に参画されるのならば、その成果は、カンボジア ばかりでなく、インドシナ半島全体あるいはこの周辺の国々にも稗益するところとなり ますので、そういう援助の方法も考えてまいるべきだと思います。(下線は引用者)269
宮澤はASEANと共同で援助を行うことで、インドシナ全域に裨益する援助が可能であると述
べた270。
その後の予算委員会(1993年5月31日)においても、宮澤からインドシナ開発の構想が表明 された。この発言においても、ASEANとの関係が強調された。以下は具体的な発言内容である。
インドシナ半島が今後繁栄をしていくということ、そのこと自身はASEAN各国にとっ ては非常に関心の高いことでございます。(中略)ベトナム、インドシナ半島そのものの 復興も、これも日本にとって大事な仕事でございますから、ASEAN の国々とお互いに 力を合わせながらやっていこうではないかというふうに呼びかけておるのでございます。
/(中略)いろいろな意味での経済協力、あるいはインフラをつくりますとか人材を養成 しますとか教育とか訓練とか、もろもろの問題が先ほどもお話がございましたが、いろ んな意味での大きな財政負担は、国際機関は当然入ってもらわなければなりません、ア ジ銀を初めあちこちから助けてもらわなきゃならないと思いますが、やはり主たる財政
267 外務省『我が国の政府開発援助』(上巻), 1994 p.6.
268 白石昌也『日本の「戦略的パートナーシップ」外交―全体像の俯瞰』(WIAPSリサーチ・シリー
ズ No.2)早稲田大学アジア太平洋研究センター, 2014 p.175, 211.
269 国会会議録検索システム[064/126]126-衆-予算委員会-26号 平成05年05月26日[http://kokk ai.ndl.go.jp/cgi-bin/KENSAKU/swk_dispdoc.cgi?SESSION=23301&SAVED_RID=4&PAGE=0&PO S=0&TOTAL=0&SRV_ID=7&DOC_ID=1778&DPAGE=4&DTOTAL=155&DPOS=64&SORT_DIR
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270 ただし、「周辺の国々」がどこを指すのかはっきりと言明されていない。
負担はどうしてもそれは我が国がいろんな意味で筆頭になると申しますか、それはフラ ンスなんかもいろいろやってくれると思いますけれども、それは覚悟しておかなければ なりませんと思います。/それをしかし使います上で、やはりASEANの国々に必要な資 材を供給してもらうとかあるいは訓練所を設けてもらうとか、何もみんな東京へ持って きて我々がやるということは必要でもないし賢くもないことであろうと思いますので、
そういう形でASEANの国々と一緒にカンボジアあるいはインドシナ半島のこれからの 復興をやっていくという、大体そういう腹構えを持っておらなければならないんではな いかと思っております。/(中略)全体としてやはりインドシナ半島がよくなっていく、
またそれを助けたい、それによってお互いに共存したいという気持ちが周辺の ASEAN の国々には十分ございますので、我が国としてはそのためのいわばよき仲介役になる、
仲介役だけではございませんで相当な財政負担はしなきゃなりませんけれども、そうい う考え方でやっていきましたらどうかというふうに思っております。(下線は引用者)271
この宮澤の発言では、ASEAN以外にもADBやフランスとの協力に言及がみられた。ADBは、
1992年よりGMS構想を推進していており、日本がインドシナ開発を進めていく上でも、先例と なりえた。また、フランスは、インドシナ諸国と歴史的関係を有していた。これらの背景から、
ADBとフランスとの協力に言及がみられたと考えられる。
具体的な地域政策の中身としては、インフラと人材育成(教育、訓練)が挙げられた272。ASEAN との連携を重視していく姿勢は、前述のように連携型援助の構図を継承していると考えられる。
さらには、単なる仲介役のみならず、応分の財政負担を日本が担っていく点が強調された。財 政負担に関しては、ADBからの援助が期待されていたが、主たる負担は日本自体が担っていく方 針が打ち出された。ASEAN や関係国、国際機関との協力を前提としながらも、日本は財政負担 を含めて積極的な支援を行う姿勢を前面に打ち出した。宮澤は、日本の政治的役割を果たしてい く上で、一定の財政的負担を行わなければならないと自覚していた。
こうして、ASEAN との関係が重視された理由は、前述のように、対インドシナ地域政策を進 めていく上で、「ASEANをディバイドすること」273を避け、ASEANの警戒心を緩和するという 狙いがあった。外交記録にも、ASEANに対する配慮がみられた。例えば、FCDIに対する各国・
国際機関の反応を扱った外交記録では、「広く先進援助国の参加を得ることについてはASEAN諸 国の一部が慎重であることから、わが国としてもこれまで積極的に取り上げなかった経緯はある」
274と記述された。また、第126回国会衆議院外務委員会において、渡辺美智雄外相は「宮沢総理
271 国会会議録検索システム[063/126]126-衆-予算委員会-18号 平成05年05月31日[http://kokk ai.ndl.go.jp/cgi-bin/KENSAKU/swk_dispdoc.cgi?SESSION=23301&SAVED_RID=4&PAGE=0&PO S=0&TOTAL=0&SRV_ID=7&DOC_ID=1479&DPAGE=4&DTOTAL=155&DPOS=63&SORT_DIR
=1&SORT_TYPE=0&MODE=1&DMY=23649](閲覧日2012年6月23日)
272 宮澤は、インフラ、人材の養成(人材育成)、教育、訓練という4つの分野は並列に扱っている。
しかし、教育と訓練は人材育成に包括して捉えることができる。インフラと人材育成に関する開発を 議論していくという構想は、バンコク・スピーチで述べられた通りである。
273 ここで言う「ASEANをディバイドすること」とは、対インドシナ地域政策を進めていく上で、
ASEANとの関係を軽視することを意味している。相星孝一とのインタビュー(2013年9月18日)
274 外務省アジア局「『インドシナ総合開発フォーラム』に対する各国・国際機関等の反応 別添2」