第 2 章 準備会合開催に向けた協議
第 3 節 準備会合の開催
こうして外務省主導の下に、1993年12月9~10日に高級事務レベルによる準備会合が開催さ れた。この準備会合では、日本が議長国を務めることになった。第3節では、準備会合の結果を まとめた報告書「インドシナ総合開発フォーラム準備会合―成果と概要」、準備会合で採択された 議長サマリーと新聞報道を中心に、FCDI に対する政策担当者の認識と準備会合の進捗状況を跡 付ける。
準備会合は、先行研究においても簡単に言及される程度である。また新聞報道における記述も 少ない。準備会合を詳細に検討した舘の研究343においても、準備会合の成果を紹介するだけにと どまっている。したがって、準備会合においてどのような議論がなされたのか、その過程を正確 に跡付ける必要がある。
第1項 準備会合の概要
この準備会合には、カンボジア、ベトナム、ラオスのインドシナ 3 国の他にASEAN6 カ国、
オーストラリア、カナダ、デンマーク、ドイツ、フランス、イタリア、韓国、オランダ、ニュー ジーランド、中国、ロシア、スウェーデン、イギリスから22カ国と欧州共同体(EC: European Community)委員会、また、ESCAP、IMF、メコン事務局、ADB、UNDP、世界銀行という 6 つの国際機関が参加した344。アメリカは、正式な参加国ではなかった。あくまで、オブサーバー
340 同上
341 外務省アジア局「インドシナ総合開発フォーラム関係参考資料」外務省外交史料館, 1993.11.4.
342 同上
343 館・前掲論文, 1994.
344 外務省アジア局「インドシナ総合開発フォーラム準備会合―成果と概要」外務省外交史料館, 1993 年12月10日.
としての参加にとどまった345。その背景には、ベトナムに対する禁輸措置がいまだ解除されてい ないという都合があった。また、ミャンマーも参加国から除外された346。ミャンマーに対しては、
招待状も送られなかった。
インドシナ3国に関しては、ベトナムからはヴー・コワン外相臨時代理、ラオスからはフォン・
サバス外務次官、カンボジアからはサム・ランシー財務相がそれぞれ出席した347。準備会合の議 長は、外務省の松浦晃一郎外務審議官が務めた348。また、会合の構成は、民間人を含む知識人会 議と政府間会議によって構成された349。
第2項 議長サマリー
議論の内容や合意事項は、議長サマリーに記載された。この議長サマリーは、日本の政策担当 者がFCDIを通して何を目指していたのかを知る上でも有用である。そこで、議長サマリーを主 要な依拠資料とすることで、政策担当者の言説を確認にしていきたい。同時に、準備会合で決定 された閣僚会合に向けた方針や取り決めを明らかにしていきたい。
2.1 日本の政策担当者の言説
準備会合冒頭では、羽田孜副総理兼外相から、FCDI の意義が明らかにされた350。具体的に羽 田は、FCDIが提唱されるようになった背景を 3つの点から明らかにしている。すなわち、①イ ンドシナ3国は、資源の賦存状況や開発の優先課題が異なるにもかかわらず、脆弱なインフラへ の対応や人材育成といった共通の問題を抱えている点、②インドシナ3国すべてが経済改革・経 済開放化を推進しており、中央計画経済から市場志向型経済の移行が着実に成果を上げている点、
③インドシナ3 国は、ASEAN諸国をはじめとするアジア・太平洋地域のダイナミックな経済発 展に参画し、その便益を享受することを目指しており、その実現は、東南アジア地域全体の平和 と繁栄をはかる上で重要になっている点の3つである351。
羽田は、FCDI を提唱した背景として、インドシナにおける地域的まとまりを重視している。
特に背景①と②では、インフラや人材育成、市場経済化といった分野がインドシナ3国における 共通の課題であるとみなしている。また、背景③にみられるように、潜在的な不安定要素である インドシナ地域の開発を行うことで、東南アジアやアジア・太平洋地域といった地域大の平和と 安定に寄与できるといった認識もみられた。
345 同上
346 山影は、ミャンマーが除外された理由として、「地理的問題(インドシナではない)ではなく、日 本政府が1988年以来同国に対する新規援助を止めていたことにある」と指摘している。山影・前掲論 文, 2001 p.62.
347 The Nation(Thailand), 1993.12.11 p.2.
348 『讀賣新聞』朝刊, 3面, 1993年12月8日, Asia Division Ministry of Foreign Affairs of Japan, Preparatory Meeting of the Forum for Comprehensive Development of Indochina Chairman’s Summary, the Diplomatic Record Office,1993.
349 『日本経済新聞』朝刊, 2面, 1993年11月24日.
350 外務省アジア局「インドシナ総合開発フォーラム準備会合―成果と概要」外務省外交史料館, 1993.12.10.
351 Asia Division Ministry of Foreign Affairs of Japan, Preparatory Meeting of the Forum for Comprehensive Development of Indochina Chairman’s Summary, the Diplomatic Record Office,1993.
このように地域全体を視野に入れた言説は、他の政策担当者の間でもみられる。準備会合で議 長を務めた松浦晃一郎外務審議官も、①国境を越えたプログラム・プロジェクト、②国境を越え た影響や効果を有するプログラム・プロジェクト、③インドシナ3国にまたがる共通した課題に 取り組むプログラム・プロジェクトを重視することで、社会・経済発展における地域的側面に取 り組むと表明した352。
さらに、準備会合のゲストとして参加した廣野良吉成蹊大学教授からは、インドシナ3国間に おける協力と、ASEAN諸国、ドナー国、国際機関との協力の2点が地域的開発を進めていく上 で不可欠であると表明し、地域的開発に関する諸問題に焦点を当てた353。また、インドシナ3国 の近隣諸国、アジア・太平洋経済と世界経済との生産的な経済関係を促進する上で、既に効果的 な役割を果たしつつある市場経済能力を促進していく重要性を強調した354。
こうして、日本の政策担当者の間で、FCDI の地域的側面がうたわれた背景には、インドシナ 地域における共通性を見出し、インドシナ3国を一括して扱うことの妥当性を確認するという意 図が存在していたと考えられる。
また、このような地域を視野に入れた開発の重要性は、準備会合において共有されたと日本の 政策担当者は総括している。準備会合の成果と概要をまとめた外交記録の「議論の概要」では、
「インドシナ3国、アセアン諸国、ドナー国よりステートメントを行い、インドシナ諸国をより 効果的に支援する為の、地域的アプローチの重要性につき一致した認識のあることが明らかとな った」355と記された。さらに、「ADB、UNDPを始めとする関係国際機関より、地域レベルでの インフラ開発、市場経済移行支援及び人材資源開発に関するニーズにつき説明はあり、インドシ ナにおける地域全体の総合的な開発の重要性がより具体的に明らかになった」356と記載された。
2.2 国際機関による報告
その後は、国際機関から報告がなされた。報告のテーマは、①地域的影響を有するインフラ整 備、②インドシナ3国が共通に必要としている市場経済移行のための支援、人材育成、国の能力 向上、③その他の協力分野である。
インフラ整備に関しては、ADBから自身の取り組み(GMS構想)に関して説明がなされた。
また、1. 参加者がGMS構想の成果を評価したこと、2. 国境を越えた地域開発を模索する実例と して、FCDIにとってGMS 構想が有用であるとの認識が共有されたことの2点が、議長サマリ ーで記された。さらに、参加者の間で、メコン河流域開発がインドシナの経済社会開発、特に運 輸、エネルギー、灌漑、環境の分野で重要な役割を担っている点が確認された357。
他方、インドシナ3国が共通に必要としている市場経済移行のための支援、人材育成、国の能 力向上に関しては、UNDPから報告がなされた。参加者からは、UNDPが仲介して行われている
352 Ibid.
353 Ibid.
354 Ibid.
355 外務省アジア局「インドシナ総合開発フォーラム準備会合―成果と概要」外務省外交史料館, 1993.12.10.
356 同上
357 Asia Division Ministry of Foreign Affairs of Japan, Preparatory Meeting of the Forum for Comprehensive Development of Indochina Chairman’s Summary, the Diplomatic Record Office,1993.
域内諸国の協議の進展を歓迎するとの表明がなされた358。
さらに参加者の間で、1. 貧困の緩和、環境保全、保健、観光、貿易・投資における、地域的視 野からの協力の意義と 2. インドシナ 3 国による地域的な開発のためにこれらの問題に取り組む 重要性の2点が議論された359。これらの分野は、10月に作成された開催要領で策定された「潜在 的協力分野」に当たる。潜在的協力分野とは、インフラ整備・人材育成・市場経済化への支援以 外で、インドシナ諸国が共通して抱えている課題である360。
2.3 準備会合における合意事項
このような議論を経て、社会経済開発の地域的側面として以下の取り組みを行うことで合意さ れた。その取り組みとは、①国境を越えた影響・効果を有するインフラ整備、②インドシナ3国 が共通に必要としている市場経済移行のための支援、人材育成、国の能力向上、③地域的影響を 有する環境その他の問題である361。
さらに、FCDI では、1. 資金のプレッジを行わない点、2. 協議グループ、ラウンドテーブル、
カンボジア復興委員会(ICORC)のような既存の組織と重複するものではない点が、参加者の間 で確認された362。「FCDIでは資金のプレッジを行わない点」を強調することで、既存の協力枠組 み(ICORCやCG会合)との差異を強調する狙いがあった。既存の協力枠組みでは、資金のプレ ッジを行うことを前提としていた。例えば、日本の政策担当者は、第1回ICORC(1993年9月 開催)において、「資金不足が顕著なセクターを中心に更なる復興支援努力を継続していくことが 重要であるとの参加者の共通の認識を形成し」、「具体的プレッジに結び付けていくべく、取りま とめる」ことを意図していた363。また、対ベトナムCG会合(1993年11月開催)では、「議論の 内容としては、端緒につきつつあるバイ/マルチ援助の受入れを前提とした経済開発(公的投資 計画)のレヴューを行うとともに、ドナー側からの新規援助の表明(プレッジング)を募ること に主眼が置かれている」364と政策担当者は言及している。このように、既存の協力枠組みではプ レッジを行うことを前提としている中で、あえてFCDIではプレッジを行わない点が強調された。
その上で、以下に挙げる3つのFCDIの目的が、参加者の間で共有された。
(1)地域的影響を有するインドシナ3国の経済社会開発に対して、高い政治的レベル での国際社会の関心を集め、地域開発のための国際社会とインドシナ開発の努力に弾み を付ける点
(2)地域的影響を有するインドシナ3国の経済社会開発に関する情報・意見交換の場
358 Ibid.
359 Ibid.
360 特に環境問題に関しては、ODA大綱においても、一国レベルにとどまらない「地球的規模」の課 題であると明記された。
361 Asia Division Ministry of Foreign Affairs of Japan, Preparatory Meeting of the Forum for Comprehensive Development of Indochina Chairman’s Summary, the Diplomatic Record Office,1993.
362 Ibid.
363 外務省アジア局南東アジア第一課「第1回ICORC会議(今後のとり進めぶり)」外務省大臣官房 総務課外交記録・情報公開室, 1993.7.5.
364 外務省経済協力局有償資金協力課「対ヴィエトナム支援国会合(対処方針)」外務省大臣官房総務 課外交記録・情報公開室, 1993.11.1.