第 3 章 閣僚会合に向けた協議
第 1 節 FCDI の運営方針をめぐる国内議論
第1項 1994年5月, 6月作成の決裁書
1.1 ADBとの関係
準備会合開催以後、日本国内でFCDIの運営方針をめぐってどのような議論が行われたのかを 以下確認していく。
1994年5月23日に、FCDIの方針を記した決裁書が作成された。この決裁書は、FCDIに関 する話し合いをADB関係者と行う際の参考にするために作成された。そのため、FCDIの基本的 な運営方針だけでなく、決裁書の後半では、特にADBとの関係に焦点が当てられている。
まず決裁書では、「1. 本件フォーラムの基本的考え方」として、以下の点が挙げられた。
(1)インドシナ諸国に対する援助の実施は、基本的には、従来からのバイの形での援助 を軸としつつ(適当な案件があれば、複数のドナー国・機関が、複数の被援助国に対して プロジェクトを実施することも排除しない)、その実施に当たっては、ドナー国・機関及 びインドシナ諸国間での情報交換及び意思疎通を図り、各々のプロジェクトが可能な範囲 で相互補完し、効率的な効果を生み、インドシナ諸国地域全体として発展するよう試みる ことが望ましい。
(2)閣僚会合においては、インドシナ各国への開発援助をエンカレッジするとともに、
上記(1)のようなアプローチについて主要ドナー国・機関及び被援助諸国の支持を明ら かにし、それを実践に移すための場とする。
(3)更に、フォーラム本会合において、主要ドナー国・機関及び被援助諸国の事務レベ ルからなる作業委員会の設置につき合意し、平成 7 年度以降、作業委員会の下でドナー 国・機関のインドシナ諸国に対する援助計画及び被援助諸国の開発計画に関する情報交換 を行い、上記(1)のアプローチを促進する。(なお、各ドナー国・機関の援助実施につ いてのフリー・ハンドを拘束するような形で作業委員会が強制的な調整又は勧告を行うこ とは避ける。
(4)作業委員会としては、コンペンディアム(下記4.参照)の更新等を行うこととな るが、その際の事務局機能については、将来的に何らかの専属的な事務局を設置する可能 性も視野に入れつつ、次のラインで対応し、状況に応じて、とりあえずはADBに依頼す る。
本件フォーラムとの関連で ADB との関係は特に慎重な対応が必要である。即 ち、ADBはインドシナの開発について既に相当のノウ・ハウを持ち、地域協力 会合を開催する等本件フォーラムに先行する形で活動実績を有している。この ため、本フォーラムの準備会合の段階でインフラ部門のコンペンディアム作り をADBに依頼した経緯があり、ADB自身本件フォーラムがADBの地域協力 会合の作業についてもドナー国のコミットメント表明の場となることを期待し ている。他方、我が方として ADB の「土俵」に全面的に乗っかった場合、案 件選定・実施に当たっての日本のフリーハンドが狭められる(バイの政策判断 に基づく有償、無償の実施が縛られる、ADB等とのバッティングの結果、日本 が取りたい案件が必ずしも取れない、ADBとの協融を迫られる等々)という問 題がある。従って、ADBとの関係ではあくまで対等のスタンスを確保する必要 がある。
以上から ADB に対しては以下の①~③のラインで対応し、理解が得られる場合は本 フォーラムの事務局機能を依頼することとし、難色を示す場合は今回はこの点はコミッ トすることなく持ち帰ることとする。
①我が方としてADBのこれまでの実績は高く評価し、尊重するものであるが、
他方、我が国を含め他のドナー国も夫々独自のプロファイ等を準備しており、
本フォーラムを特定の国又は機関の提言等を前提とした調整の場とすることは 適当でなく、また、多くの困難を伴うものと思われる。
②従って、フォーラムにおいては、各国・機関はあくまで対等の形で意見、提 言等を行うとの形式を維持しつつ、自然体の形で調整が進むこと期待したい。
③なお、わが国経協サイドはプロファイ調査団の派遣等を通じ対インドシナ ODAの開発戦略の具体化を進めているところであるが、この過程でADBとも 意見交換を密にし、可能な範囲で協力、調整を図る意向である。
(5)本件フォーラムは、プレッジング・セッションにしないとの基本方針の下にある
ものの、フォーラム本会合については、同本会合が閣僚レベルの参加の下でインドシナ 地域の総合開発に政治的弾みをつけるためのものであることから、ただの抽象論・情報 交換に終始することでは不十分であり、上記(2)及び(3)に加え、インフラ整備に 関し、複数の域内国に稗益し得るプロジェクト(ADBの作業を通じて特定されつつある プロジェクトに限定することなく、専ら国内案件であっても、他の域内国も稗益し得る プロジェクト・プログラムを広く含めるものとする)に対して、ドナー国・国際機関が 一定の意思疎通を経た上で何らかの具体的協力の意図表明(必ずしも具体的金額の表明 を伴う必要はない)を行うとの方向で検討する(なお、閣僚レベルでの会合は当面1回 限りとし、7年以降は上記(3)の作業委員会のみを開催する)。
この一環として、ADBの地域協力会合の作業の中で特定されているプロジェクトにつ いての現状(別紙2参照)を把握し、我が国が表明する具体的案件については引き続き 検討する。379(下線は原文通り)
この決裁書は、FCDI の運営方針を考える上で、いくつもの重要な示唆を与えてくれる。同決 裁書によれば、FCDIという議論の場を通して、「インドシナ各国への開発援助をエンカレッジす るとともに」、「主要ドナー国・機関及び被援助諸国の支持を明らかにし、それを実践に移す」こ とが確認された。第2章で見たように、この背景には、日本がイニシアティブをとり、国際社会 を牽引していこうとする政策担当者の意図が存在していた。
今回の決裁書において特筆すべき点は、FCDI を展開していく上で、二国間による援助を中心 に想定していたことである。準備会合では、「地域的影響を有するインドシナ3国の経済社会開発」
がうたわれていたが、実施において二国間ベースの援助が基本になると政策担当者は認識してい た。
現在においても、地域政策を展開するにあたっては二国間援助が中心である。白石も地域政策 の新たな方向性の1つとして、広域的・越境的な意義を持つ支援を挙げている380。すなわち、た とえ二国間援助であっても、交通インフラなどの援助においては、援助対象国にのみ影響を及ぼ すだけでなく、その近隣諸国に対しても波及効果を及ぼすケースがあると白石は指摘している。
ただし、1994年時点では、こうした広域的・越境的な意義を持つ支援はまだ想定されていなか った。あくまで二国間援助に関する情報・意見交換を通して各プロジェクトの相互補完(調整)
を行うことで、インドシナ地域全体が発展していくという論理がとられた。1994 年当時、FCDI に携わった南東アジア第一課補佐の大鷹正人は、情報・意見交換を通してインドシナ地域全体の 発展に寄与していくという論理がFCDIを展開する上でとられていたと述べている381。つまり、
意見・情報交換を実施することで、援助の重複をなくし、効率的な援助を実施していくことで、
地域全体の開発に裨益できると考えられたのである382。
379 外務省アジア局南東アジア第一課「インドシナ総合開発フォーラムに関するADBとの打合わせ」
外務省大臣官房総務課外交記録・情報公開室, 1994.5.23.
380 白石・前掲論文, 2011 pp.21-23.
381 大鷹正人とのインタビュー(2013年9月25日)
382 同上
同時に、ADBの活動を支援していくことで、インドシナ地域全体の開発に寄与していくという 論理がとられた。つまり、1. GMS構想を中心としたプロジェクトを国際社会に周知させること、
2. GMS構想を中心としたプロジェクトの整理を通してADBの活動を支援することの2点で、イ ンドシナ地域全体の開発を推進することが意図されたのである383。
政策担当者は、FCDIを構想していく上で、引き続きADBとの協力が不可欠であると認識して いた。この時期には、実際の議論を行う場として作業委員会が構想されたが、この作業委員会を 構想する上で、特に調整・協力を図ることが求められた相手もADBであった。すでにGMS構想 を通して地域開発に取り組んでいた ADB との調整・協力を図ることは必須であった。決裁書に おいても、「ADB はインドシナの開発について既に相当のノウ・ハウを持ち、地域協力会合を開 催する等本件フォーラムに先行する形で活動実績を有している」との記載がみられ、ADBとの関 係構築の重要性に言及された。作業委員会の事務局機能も、ADB に依頼する方針が立てられた。
通常、インドシナ諸国やドナー国・国際機関との協議は1994年11月あたりから開始された(後 述)。しかるに、ADBとの間ではすでに同年 5月という早い段階で協議が行われていた点から、
日本がいかにADBとの協力を重視していたかをうかがうことができる。
ただし、閣僚会合開催に向けた準備期間においては、外務省経済協力局によるプロファイ調査 団の派遣が構想されるなど、日本自身のODA開発戦略の具体化が図られた。GMS構想との差別 化が模索されたと考えられる。こうした背景には、GMS構想の枠組みを全面的に受け入れるべき ではないという考えが存在していたからである。事実、FCDIを進めていくにあたり、ADBとも 対等な形で意見交換を行うことが念頭に置かれていた。また、作業委員会を開催するにあたって 強制的な調整・勧告を行うことを避けるように明記されているのも、ADBとの関係を考慮した結 果であった。
このような懸念は、その後もみられた。1994年6月7日には、前述の決裁書に対するコメント が、外務省アジア局内からなされた。その内容は、ADB と打ち合わせを行う際の留意点である。
具体的には、「協調案件は衝突案件の異名」と題して、以下の留意点が打ち出された。
対インドシナ諸国援助の中でも、稗益効果・広報効果が甚大で維持管理が比較的容易な 運輸インフラ整備に係る分野は、(お金がだぶつき借り手探しに懸命の)ADBと、(大事 な血税を効率的に使い、外交・広報効果を最大限にしたい)我が国ODA(無償)との草 刈り場となる案件が高い。ADB及び我が国双方が関心を示し、同案件に取り組むことと なった場合、一往マ マ、被援助国が仕切りの上、双方の役割分担を明確にし、協調案件(握 手しながら足でけりつつ)として取り扱うこととなるか?(当方の働きかけにより)被 援助国の意向から同案件のメイン部分を我が国ODA(無償)で実施し、残りの付属部分 をADBローンで実施する場合が多い。(下線は引用者)384
このように、ADBとの関係をどのように構築していくのかが課題となった。こうして上記のコ
383 同上
384 外務省アジア局南東アジア第一課「インドシナ総合開発フォーラムに関するADBとの打合わせ(決 裁書)に対するコメント」外務省大臣官房総務課外交記録・情報公開室, 1994.6.7.