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準備会合開催直前

第 2 章 準備会合開催に向けた協議

第 2 節 準備会合開催直前

その後、1993年10月7日には、南東アジア第一課によって準備会合の開催要領に関する決裁 書が作成された。また、同月 27日には、FCDIの目的・取り進めに関する決裁書が作成された。

さらに、11月4日には、FCDIの参加予定国や機関に宛てたFCDIの概要に関する外交公電が作 成された。これらの外交記録を用いて、準備会合直前におけるFCDIの形成過程を確認していき たい。

第1項 1993年10月7日作成の準備会合開催要領

1.1 FCDIの参加メンバー

1993年10月7日には、南東アジア第一課によって、FCDI準備会合の開催要項が作成された。

この開催要領には、FCDIの日程や会議の場所、参加者などが記載された。日本側の参加者には、

外務省と大蔵省が想定された。外務省からは、松浦晃一郎外務審議官、池田維アジア局長、経済 協力局幹部の参加が想定された。他方、大蔵省からは、国際金融局幹部の参加が想定された。な お、関心の表明があった場合には、関係省庁(通産省、経済企画庁)、国際協力機構(JICA: Japan International Cooperation Agency)、 海 外 経 済 協 力 基 金 (OECF: Overseas Economic Cooperation Fund)もオブサーバーとしての参加を認める方針がとられた293

参加国に関しては、「インドシナ3ヶ国及びASEAN6ヶ国以外の参加国はインドシナの経済社 会開発に高い関心を有している国、及びわが国としてその積極的関与を慫慂していくべき国に絞 り込むことが適当であり、強い関心表明があった関係国についてのみ出席を招請すること」294に なっていた。この時点で外務省は、明確な参加表明があったフランスを参加国に位置付けていた。

その他にも、アメリカ、イギリス、ドイツ、スウェーデン、オランダ、カナダ、EC、中国、デン マーク、ニュージーランドを参加国と想定していた。そこで、これらの国々に対しては、大使館 を通して参加の打診が行われた295

また、国際機関に関しては、ADB、UNDP、国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP: United Nations Economic and Social Commission for Asia and the Pacific)、メコン事務局、世界銀行、

国際通貨基金(IMF: International Monetary Fund)に対して、参加が打診された296。その理由 は、これらの国際機関が「インドシナ経済社会開発のための種々のプログラムを実施、乃至関し てきている」297からである。ADBに対する協力要請はすでに1月に行われたバンコク・スピーチ で言及されていたが、1993年10月時点では、ADB以外にも国際機関への打診が行われた。

さらに、民間の有識者の参加が予定された。具体的には、廣野良吉成蹊大学教授をゲストとし て招聘することが想定された。廣野には、「総括的ステートメント(「民」の視点からインドシナ

293 外務省アジア局南東アジア第一課「インドシナ総合開発フォーラム準備会合の開催要領について」

外務省外交史料館, 1993.10.

294 同上

295 同上

296 同上

297 同上

の経済社会開発の課題及び本フォーラムへの期待を盛り込んだもの)を行ってもらう」298ことが 期待された。さらに、「インドシナ諸国の経済社会開発に造詣の深い内外の民間有識者を議長のゲ ストとして個人の資格で招聘し、各議題毎に必要に応じてコメントを行ってもらう」299ことが取 り決められた。宮澤によるバンコク・スピーチによれば、FCDI には官民の協議の場としての役 割が期待されていた。そこで、廣野の招聘は、民の意見を取り入れるための実践であった。

1.2 議長サマリーの構想

準備会合の開催においては、会合の成果として、議長サマリーの作成が想定された。1993 年 10月時点で日本の政策担当者は、準備会合で策定される議長サマリーにおいて、以下の内容を盛 り込むことを想定していた。

(1)インドシナ3ヶ国の開放化・市場経済導入の努力をエンドースし、各国が真摯な 開発計画の実施に努めていることを支持し、右支援のために本件フォーラムを活動でき るものとして設立すべく準備することの確認。

(2)インドシナ開発に関するこれまでの当事国及び関係国・機関の努力をasscss し、

評価する。特にADBのイニシアティブを評価し、本件協力の推進を慫慂する。

(3)別添2のライン300に基づきフォーラム自体の方向付けを決定し、明年の本会合の 開催地、開催時期、議長、事務局、本会合開催までの具体的作業内容、作業分担等を出 来るかぎり詰める。(下線は引用者)301

ここで特筆すべき点は、FCDIの役割として、インドシナ3 国における市場経済化の支援が挙 げられたことである。FCDI 開催の準備が徐々に整ってくる中で、基礎となるインフラ整備と人 材育成に加え、市場経済化支援も念頭に置かれるようになった。1993年度版の『外交青書』でも、

「日本は、特に政府開発援助(ODA)を通じ、移行期にある諸国、開発途上国の民主化、市場経 済化の促進に努めており、ODA大綱においてもその旨明らかにしている。また、日本はそうした 努力を支援するための多国間協調の枠組み作り、その中での協力に主導的役割を果たしている」302 と明記され、その取り組みの一例として、FCDIが紹介された。

ポスト冷戦期におけるODA援助政策において、市場経済化の支援は主要な課題の 1つであっ た303。それにもかかわらず、今まで言及がみられなかったのは、第1章でも論じたように、市場

298 同上

299 同上

300 スケジュールが記載された別添2の資料は発見できなかった。

301 外務省アジア局南東アジア第一課「インドシナ総合開発フォーラム準備会合の開催要領について」

外務省外交史料館, 1993.10.

302 外務省『外交青書』, 1993 p.103.

303 例えば、1990 年3月の国会における施政演説で、1990年代における日本外交の課題に海部俊樹 首相が言及している。海部は、「我々の求める新しい国際秩序」の1つとして、「開放的な市場経済 体制の下で世界の繁栄が確保されること」を挙げた。外務省『我が国の政府開発援助』(上巻),1992 p.5.

また、『我が国の政府開発援助』(上巻)1992年度版の総論「新たな理念と原則を掲げて」でも、イ ンフラ整備、市場経済化を進めるための人材の育成といった分野の重要性が、ODA4指針の精神を背 景に論じられた。外務省『我が国の政府開発援助』(上巻), 1992 pp.2-3.

経済化支援の前提となるインフラ整備・人材育成分野の開発が優先されたからである。

また、ドナー国や国際機関との関係を踏まえた中で、FCDI は徐々に形成されていったが、特 に、外務省はADBのイニシアティブを高く評価していた。それゆえに、FCDIに対するADBの 関与を特に求めた。具体的に、「特にADBのイニシアティブを評価し、本件協力の推進を慫慂す る」という記述がみられた。

このように、ADB との関係を重視するようになった背景には、GMS 構想を進めている ADB と協力することで、インドシナ地域における国境を超えた協力や開発を模索していく狙いがあっ たからである304。FCDI では、単にインドシナ3国を一括して開発対象として扱うだけでなく、

国境を超えた協力や開発を進めていくことが想定された(「バンコク・スピーチ」を参照)。しか し、FCDI の形成に携わった相星孝一によれば、当時の外務省においては、そのような開発を進 めていくための知識や経験を有していなかったという305。そこで、ADBと協力していく姿勢がと られたのである306。準備会合の前には、FCDIに関する話し合いを行うために、ADBとの協議が 実際に行われた(後述)。

1.3 準備会合の議事日程

さらに議長サマリーの構想と同時に、準備会合の議事日程も構想された。

1 日目は、オープニングセッションと「インフラ分野」の協議が予定された。まずオープニン グセッションでは、日本側議長による発言の後に、インドシナ 3国と、ASEAN 諸国代表からの 発言と、廣野良吉成蹊大学教授によるステートメントが予定された307。また、インフラ分野の協 議においては、運輸、エネルギー、通信分野における話し合いが想定された。具体的には、ADB による基調報告の後に、メコン事務局とUNDPによって、「メコン流域協力の新たな枠組みにつ いて」と題する報告が予定された308。報告後は、ASEAN 代表、関係国・国際機関、民間有識者 によるコメントが予定された309

2日目は、「人材養成・市場経済移行のための知的支援」と「その他の潜在的協力分野」に関す る協議を行い、会合の最後で議長サマリーの採択を行うことが取り決められた。まず、人材養成・

市場経済移行のための知的支援に関する協議では、UNDPによる基調報告が予定された。基調報 告の後は、ASEAN代表、関係国・国際機関、民間有識者によるコメントが予定された310。一方、

その他の潜在的協力分野では、環境保護、投資、観光などの分野が想定された。その他の潜在的 協力分野に関するセッションでは、ADB、UNDP、ESCAPによる簡単な報告が期待された311

304 研究者の間では、すでにFCDI提唱時からGMS構想に関心を寄せていた、例えば、友田は、すで に1993年3月時点で、「日本のカンボジア支援が一段と大きな枠組みの文脈に位置付けられているこ とから考えると、メコン川開発計画との関連も注目すべきであろう」と述べている。友田・前掲論文, 1993.3 p.33.

305 相星孝一とのインタビュー(2013年9月18日)

306 同上

307 外務省アジア局南東アジア第一課「インドシナ総合開発フォーラム準備会合の開催要領について」

外務省外交史料館, 1993.10.

308 同上

309 同上

310 同上

311 同上