博士(獣医学)辻 雅久 学位論文題名
Q ・Phenyl ・N‑tert‑butylnitrone の細胞内情報伝達に及ぼす 影響と虚血再灌流誘発中枢神経障害に対する防護機構
学位論文内容の要旨
スピントラップ剤a‑phenyl‑N‑tert‑butylnitrone (PBN)は生体系でのフリーラジカル研究 に 最も よく 使わ れて いる 薬剤 のひ とつ であ り、 低毒性でさまざま な酸化障害に対し防護 効 果を もつ こと が知 られ てい る。PBNが スナ ネズ ミに おい て加 齢に 伴う 蛋白 質の酸化や 酵 素活 性の 低下 およ び記 憶の 喪失 を抑 制す るこ とや、海馬細胞を 虚血再灌流による神経 細 胞死 から 防護 する こと 、さ らにLECラ ット の銅 誘導 性劇 症肝 炎を 抑制 する ことが報告 さ れ て い る 。PBNによ るこ れら の効 果は そ れぞ れの 酸化 スト レス によ る酸 化反 応をPBN が 阻害 する こと によ るも のと され てい る。 最近 、Kotakeら によ りPBNが りポ ポリサッカ ラ イド 投与 ラッ トお よび マウ スに 対し 炎症 性サ イトカインの産生 抑制、抗炎症性サイト カ イン の産 生増 強お よび 誘導 型一 酸化 窒素 合成 酵素の誘導阻害と いった抗炎症効果を持 つ こと が報 告さ れ、 彼ら はこ れら の作 用はPBNが 細胞 内の 酸化 還元 状態 を変 化させ(レ ド ック ス制 御) サイ トカ イン のク ロス トー クを 変化させることに より生じるものと推察 し た。 これ らの 結果 はPBNがフ リー ラジ カル を捕 捉し 、消 去す る作 用の みな らず、細胞 内 のレ ドッ クス 状態 を変 化さ せ、 細胞 内シ グナ ル伝達に影響を与 えうる事を示唆するも のである。
本研 究で はPBNの 薬理 作 用お よび その メカ ニズ ムの 解析 を目 的と して 、ま ず初めに、
神 経 細 胞 の モ デ ル 系と して 広く 使わ れて いる ラッ ト副 腎由 来褐 色腫 細 胞PC12細 胞を 用 い たin vitro培 養細 胞系 にお いて 、PBN処理 によ りPC12細 胞に 神経 様突 起が 誘導される ことを見出し、神経成長因 子(nerve growth factor,NGF)による神経様突起誘導と 比較し な がらPBNによ る神 経様 突 起誘 導メ カニ ズム につ いて 検討 を行 った 。次 に、 珈vivoの系 に おい てス ナネ ズミ での 両側 頚動 脈梗 塞に よる 虚血 再 灌流 に対 するPBNの神 経細胞死抑 制 効 果 を 確 認 し 、MAPキ ナ ー ゼ カ ス ケ ー ド を 中心 にそ のメ カニ ズム の 解析 を行 った 。 ラ ッ ト 副 腎 褐 色 腫 細 胞PC12細 胞 を 用 い た 検 討に おい て、PBNが用 量 依存 的に 神経 様 突 起 を 誘 導 す る こ と を 見 出 し た 。10 mM PBNで3日 間処 理す るこ とに より 約70%のPC12 細 胞に 神経 様突 起の 伸長 が確 認さ れた 。形 態的 にはNGFに より 誘導 され た神 経様突起が 多 極性 であ るの に対 し、PBNにより誘導された神経様突起はその多 くが二極性であった。
さ ら にPBNに よ る 神 経 様 突 起 誘 導 の メ カ こ ズ ム に つ い てNGFに よ る 神 経 様 突起 誘導 経 路 で あ るTrkA‑Ras‑ERK経 路 を 中 心 に 検 討 を 行 った 。PBN処 理に より 代 表的 な3種のMAP キ ナ ー ゼ の 中 でERKの み が5分 以 内 に 活 性 化 し 、SAPKお よ びp38の 活 性 化 は 観 察 さ れ
な か っ た 。 一 方 、NGF刺 激 で は い ず れ のMAPキ ナ ー ゼ も 活 性 化 し た 。 阻害 剤 を用 いた 検 討 か らERKの 活 性 化 がPBNに よ る 神 経 様 突 起 誘 導 時 に 必 要 で あ る こ とが 示 され 、ま た 、 ド ミ ナ ン トネ ガ ティ ブRasの 過剰 発現 によ っ てもPBNによ る神 経様 突起 誘 導は 有意 に抑 制 され た。 これ らの 結果 から 、Ras―ERK経 路の 活性 化がPBNに よる 神経様突起誘導 に 必 要 で あ る こと が 示唆 され た。 しか し、NGFに よる 神経 様突 起誘 導と は異 なり 、PBN はTrkAレセ プタ ー型 チ口 シン キナ ーゼ を活 性化 する こと はな く 、さ らにShcの活性化お よびGrb2と の会 合、 ホス ファ チジ ルイ ノシ トー ル3.キナーゼの活性 化に由来するAktの 活 性 化 お よ び ホ ス ホ リ バ ー ゼCyの 活 性 化 も観 察 され なか った 。さ らにPBNに よる 神経 様 突 起 誘 導 に は プ ロ テ イ ン キ ナ ー ゼC (PKC)の 活 性 化 が 必 要 で あ り 、PBN処 理 後5分 以内 にPKCsの活 性化 が観 察さ れ、 この 活性 化は 少な くと も120分後 まで 続いた。また、
PKCの 阻 害 に よ りPBNに よ る 神 経 様 突 起 誘 導 が 阻 害 さ れ 、 か つ 、ERKの 活 性 化 も あ る 程 度 抑 制 さ れ たこ と から 、PKCは 神経 様突 起誘 導 に必 須で あり 、か つERKの 活 性化 にも 部分 的 に関 与し てい るこ とが 示唆 され た。 一方 、PBNによ る神 経様 突起 誘導はチオール 性 抗 酸 化 剤 で あ るN‑ア セ チ ル シ ス テ イ ン(NAC)に よ り 阻 害 さ れ 、 処 理 後5分 で のERK の 活 性 化 はNACだけ でな く他 のSH還元 剤で ある ジ チオ スレ イト ール や2−メ ル カプ トエ タノ ー ルに よっ ても 阻害 され た。 これ らの 結果 からPBNが 蛋白 質中 に生 成したアミノ酸 ラジ カ ルと 結合 する こと によ り蛋 白質 に構 造変 化を生じさせシグナル伝達系路に影響を 与 え て い る か 、 も し く はPBNと ラ ジ カ ル の 結 合 時 に 生 成 す る 一 酸 化 窒 素(NO)が 間 接 的にRasに影響を与え神経様突起を誘導していることが推察された。
ス ナ ネ ズ ミ ヘ の200 mg/kgのPBN投 与 に よ り5分 間 の 脳 虚 血 再 灌 流 後7日 目 にお いて 脳海 馬CA1領域 での 顕著 な神 経細 胞 死抑 制効 果が 観察 され た。 この 際、 虚血再潅流およ びPBN投 与 処 置 後6時 間 目 で のMAPキ ナ ー ゼ フ ァ ミ リ ー の 蛋 白 質ERK (extracellular response kinase)、SAPK (str.ess activated protein kinase)およびp38において、いずれも蛋 白質 の 発現 量に は変 化が 見ら れな かっ たが 、次 のようなりン酸化量(活性化量)の変化 が 観 察 さ れ た 。 (1) 虚 血 再 灌 流 に よ りERKお よ びSAPKの り ン 酸 化 が コン ト ロー ルに 比 較 し 増 加 し た 。 (2)PBN投 与 に よ り 自 発性 のERK活性 化が コジ ト口 ール に 比較 し促 進 さ れ 、 一 方 、 自 発 性 のSAPKお よ びp38の 活性 化は 抑制 され た。 (3)PBN投 与に より 虚 血 再 灌 流 誘 導 のSAPKお よ びp38の 活 性 化 はPBN未 投 与 虚 血 処 置 群 に 比べ て 減少 し、
PBN投 与 虚 血 未 処置 群と 同レ ベル に抑 制さ れた 。 また 、こ れら と同 時にPBN投 与に より 虚 血 再 潅 流 時 に 発 現 す る 熱 シ ョ ッ ク 蛋 白 質HSP27お よ びHSP70の 発 現 量 がPBN非 投 与 群に 比 較し 有意 に増 加し た。 これ らの 結果 からPBNが 、本 来持 って いる フリーラジカル 除去 能 によ って のみ でな く、MAPキ ナー ゼシ グナ ル伝 達系 の調 節や 熱シ ョック蛋白質の 誘導 に よる 耐性 状態 を誘 導す るこ とに よっ ても 、脳虚血再灌流による神経細胞死を防護 していることが示唆された。
以 上 の結 果は 、成 長因 子と は違 うPBNとい う非 夕ン バク 性二 トロ ン系 抗酸化剤が、in vitroさらにはin vivoにおいて も神経細胞の分化・生存に関与するシグナル伝達系を活性 化し 、 酸化 スト レス に防 護的 に作 用す ると いう 今まで全く報告されていない事実を示し てい る 。し たが って 、本 研究 で明 らか にさ れた 非夕ンバク性二トロン系抗酸化剤のシグ ナル に 及ぼ す効 果と 神経 様突 起形 成ヌ カニ ズム はアルツハイマー、パーキンソシや老人 性痴呆のための創薬研究において重要であると考えられる。
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学位論文 審査の要旨 主査
副査 副査 副査
教授 教授 教授 助教授
桑 原 幹 典 藤 田 正 一 伊 藤 茂 男 稲 波 修
学位論文題名
Q ・Phenyl‑N‑tert‑butylnitrone の細胞内情報伝達に及ぼす 影響と虚血再灌流誘発中枢神経障害に対する防護機構
oc‑phenyl‑N‑tert‑butylnitrone (PBN)は本来 生体内フ リーラジ カル反 応を検出 するた め 開 発 さ れ た 化 合 物 で あ る が 、 低 毒 性 で 様 々 な 薬 理 効 果 を 持 っ こ と が 報 告 さ れ て い る こ と か ら 、 本 研 究 で は 中 枢 神 経 系 障 害 に 対 す るPBNの 防 護 効 果 を 検 討 す る と と も に その作 用機構の 解明を 試みた。
先 ず 、 神 経 細 胞 モ デ ル と し て ラ ッ ト 副 腎 由 来 褐 色 腫 細 胞PC12を 用 い 、in vitro培 養 系 でPBN処 理 し た と こ ろ 用 量 依 存 的 にPC12細 胞 に 神 経 様 突 起 が 誘 導 さ れ 、 神 経 成 長 因 子(NGF)と 類 似 の 薬 理 作 用 を 有 す る こ と が 判 明 し た 。NGFに よ る 神 経 様 突 起 誘 導ではTrkA (NGF受 容体)‑Ras‑ERK (extracellular‑signal regulated kinase)の情報伝 達 経 路 が 必 須 で あ る こ と か ら 、 そ れ と 比 較 し な が らPBNに よ る 神 経 様 突 起 誘 導 機 構 を 調 べ た 。 そ の 結 果 、PBNはTrkA活 性 化 を 介 さ ず にRas‑ERK経 路 を 活 性 化 し 、 さ ら に そ の 下 流 の 情 報 伝 達 経 路 の 活 性 化 と 神 経 様 突 起 誘 導 を も た ら す こ と が 判 明 し た 。 ERKの 活 性 化 は 細 胞 の 生 存 に も 関 与 し て い る と 報 告 さ れ てい る 。 従っ て 、in vitro の 結 果 は 、PBNがin vivoで 神 経 細 胞 死 に 対 し 防 護 的 に 作 用 す る 可 能 性 を 示 唆 し て い る 。 そ の た め 、 次 にin vivo実 験 と し て ス ナ ネ ズ ミ の 両 側 頚 動 脈 を 結 紮 し 、5分 後 血 液 再 灌 流 す る こ と に よ っ て 作 出 し た 酸 化 ス ト レ ス 誘 導 性 神 経 細 胞 死 に 対 す るPBN の 抑 制 効 果を 調 べ た。 さ ら に、ERKを 中 心 にMAPK(mitogen‑activated protein kinase) 活 性 化 を 調 べ 、 そ の 防 護 効 果 と の 関 連 も 解 析 し た 。2 00mg/kgPBN投 与 は 脳 海 馬CA1 領 域 で の 顕 著 な 細 胞 死 抑 制 効 果 を も た ら し た 。 こ の 時 、PBN投 与 はERKを 活 性 化 す る 一 方 で 、 細 胞 死 を も た ら す 情 報 伝 達 系SAPK/JNK、p38MAPKの 活 性 化 を 抑 制 す る こ と が 観 察 さ れ た 。 従 来 ま でPBNは 生 体 内 に 生 じ た 活 性 酸 素 ・ フ リ ー ラ ジ カ ル を 除 去 す る こ と に よ り 生 体 防 護 作 用 を 有 す る と 考 え ら れ て い た が 、 本 研 究 結 果 は 、PBN がMAPKシ グ ナ ル 伝 達 系 の 調 節 を 通 し て 脳 虚 血 . 血 液 再 灌 流 に よ る 神 経 細 胞 死 防 護 を 行 ってい ることを 明らか にした。