博士(医学)涌井之雄 学位論文題名
胎児肝臓および婦人科領域腫瘍により産生される alpha‑fetoprotein 糖鎖不均一性に関する検討
学位論文内容の要旨
緒言
Alpha‑fetoprotein (AFP)は, 癌胎 児性 蛋白質であり分子量は約7万で591個のアミノ酸 か ら な りN末 端 から233番 目の アミ ノ酸 に, アス パラ ギン 結合型 糖鎖 を1本有 して いる . 1970年 ,AFPの 精製 と化 学的 同定が なさ れて 以来 ,卵 黄嚢 や胎 児肝 臓あ るい は肝 細胞 癌 や 卵 黄 嚢腫 瘍 な どか ら得 られ るAFPの間 には 分子 構造 的に 差違 はな いと され てき たが , レク チン 結合 性の変化などにより,その違いは肝細胞癌と肝硬変などとの鑑別診断などに も応 用さ れる ように なっ てき てい る.
本 研 究で は , 胎児 肝臓 組織 ・臍 帯血 ・羊 水・ 妊娠 母体 血から 得ら れたAFPのレ クチ ン 結 合 性 の変 化 を 分析 する こと によ り, 母体 血中 に移 行す る過程 にお けるAFP糖鎖 の変 化 を検 討す るこ とを目 的と した .
ま た肝 細胞 癌と同一の形態学的特徴を有する異所性肝細胞癌とも考えられる肝様腺癌な らび に卵 巣お よび腟に発症した卵黄嚢腫瘍をはじめとする胚細胞性腫瘍の患者血清から得 ら れ たAFPの レ ク チ ン 結 合 性 の 変 化 を分 析 す る こと によ り,AFP産 生腫 瘍の 発症 臓器 や 組 織 型 ,あ る い は 分 化 度 の 違 い に よ るAFP糖 鎖 の 不 均 一 性 の 変 化 も 併 せ て 検討 した .
材料と方法
1)妊 娠16‑17週において羊水穿刺を行い染色体分析により胎児trisomy 21妊娠と診断さ れ , 十 分 な イ ンフ オー ムド コンセ ント の得 られ た5症例(36土2歳) を対 象と した .羊 水 穿 刺直 前に 採取された母体血,羊水穿刺時における羊水,人工妊娠中絶時に得られた胎児 肝 臓組 織と ,1例 にお いて は臍 帯血 を研 究材料 とし た.2) 胎児 肝臓 組織は血液除去後,
ガ ラ ス ホ モ ジ ナイ ザー を用 いて細 胞を 破壊 した .5例中3例は 超音 波処 理を 追加 した が2 例 は施 行せ ず,遠心後上清を胎児肝臓組織抽出液とした.3) 150 U/mlの濃度に調整した シ ア リ ダ ー ゼ に, 胎児 肝臓 組織抽 出液 を加 え24時間 後, 電気 泳動 に供 した .4) AFP産 生 婦 人 科 腫 瘍 とし て, 卵巣 原発胚 細胞 性腫 瘍7例( 未熟 奇形腫4例 ,未 分化 細胞 腫1例 , 卵 黄 嚢 腫 瘍2例 ) と 腟 原 発 卵 黄 嚢 腫 瘍1例 お よ び肝 様腺 癌4例 (子 宮体 部原 発2例 ,卵 巣 原 発2例 )を 対象 とし た,5) AFP濃 度は ,AFP測定キット(RIA)を用いて測定した.6)コ ン カナ パリ ンA (Con A), レン ズマ メレ クチン(LCA), 赤血 球凝 集性 インゲンマメレクチ
ン(E‑PHA), ヒ マ レ ク チ ン(RCA120), シ ロ バナ ヨ ウ シ ュ チ ョ ウ セ ン ア サ ガオ レク チン (DSA)およ びカ ブトムシ幼虫レクチン(allo A)を含む,アガ口ースプレートを作成し,AFP 濃 度 を 調 整 した 検体 を電 気泳 動し た. 泳動 後ウマ 抗AFP抗 体結 合二 ト口 セル口 一ス 膜を 圧 着 しAFPを 転 写 し , 家 兎 抗AFP抗 体 , ヤ ギ 抗 家 兎IgG抗 体 を 加 え , ホ ル マザ ン発 色に よ り 可 視 化 した .band強 度は 総和 に対 する 比率で 数値 化し た.7) 統計 学的有 意差 検定 にはStudent's′ testを用 いた.
結果
羊 水中 のAFP濃 度は ,胎 児肝臓 組織 のAFP濃 度よ りも 有意(pく0.05)に,また母体血清 中のAFP濃度よりも有意(pく0.005)に高値を示した.
肝臓のC3+C2分画比は最も高値で,羊水は肝臓に比較し有意(pく0.0001)に,また母体血 清に比較し有意(pく0.01)に低値を示した,
肝臓のL3分画比は,母体血清に比較し有意(pくO.Ol)に低値を示し,羊水に比較し低い 傾向(p二ニ0.0578)を認めた.羊水中に認められたL2分画(11.7土1.5%)は,肝臓と母体血清に おいては認められなかった.
肝臓のP5分画比は羊水より有意(pくO.OOOl)に,母体血清より有意(pく0.05)に低値を示し た. 母体 血清P5分 画比 は, 羊水 より 有意 (pく0.005)に低値を示した,肝臓P4分画比は羊 水に比較し有意(pく0.05)に低値を示した.肝臓P5+P4分画比は羊水に比較し有意(pく0.005) に低 く, 母体 血清 より 低い 傾向(p‑0.0593)を認めた.母体血清P5+P4分画比は羊水に比較 し有意(pく0.05)に低値であった.
羊水のR3+R2分画比は,肝臓より有意(pく0.001)に,母体血清より有意(pく0.005)に高値 を示 した .肝 臓組 織抽 出液 では 超音 波処 理を 追加 した3例に おい ては ,49.1土3.6%がRO 分画であった.
肝 様腺 癌に 関しては,原発臓器の違いに,また胚細胞性腫瘍に関しても,組織型あるい は原 発臓 器の 違い によ りC2分画 比に 差を 認め なか った .しか し肝 様腺 癌は胚細胞性腫瘍 に比較し,有意(pく0.01)に高いC2分画比を示した.肝様腺癌において明確なL2分画を認 めな かっ たが ,胚 細胞 性腫 瘍で は明 確なL2分 画の 存在 が確認 され た. しかし組織型ある い は 原 発 臓 器 の違 いに よるL2分 画比 に差 を認め なか った .ま たL3+L2分画比 での 肝様 腺 癌 と 胚 細 胞 性 腫瘍 の間 に差 を認 めな かっ た.肝 様腺 癌に おけ るP5+P4分画比 は, 胚細 胞 性腫 瘍よ りも 有意 (pく0.05)に 低値 を示 した .肝 様腺 癌は胚 細胞 性腫 瘍に比較して有意
(pく0.001)に 低いR3分 画比 を示 した .肝 様腺 癌と 胚細 胞性 腫瘍 の間 にDl分 画比 とA3分 画比の差を認めなかった.
考察
糖鎖 の生 合成は一連の厳密な基質特異性を持った糖転移酵素により行われ,それらの酵 素 を中 心と した糖鎖生合成系は,細胞の分化や癌化に伴い変動することが知られている.
胎 児肝 臓組 織から抽出液を得るにあたルガラスホモジナイザーのみによる細胞破壊と,そ れ に超 音波 処理 によ る細 胞破 壊を 追加 する2種類の方法を用いたが,超音波処理を追加し た3症 例 に お いて はRO分画 比は49.1%と ,シア リダ ーゼ 消化 を行 って もほ ぽ同 じ効 果が 得 ら れ た こ と , ま た32.4% も のC3分 画 を 認めConAとの より 強い 結合 能を 示し たこ とか
ら , 後 者 で は シ アル 酸 に 加 え て ロ
‑D‑Gal
を も切 断 し て い る こ と が考 えら れた.Trisomy 21
胎児の肝臓組織におけるAFP糖鎖の特徴は,Cl分画比が1.5%,L3分画が28.7
%,L2分画が検出感度以下,P5分画比が3.1%であることを考え合わせると.ほとん どすべてが2
本鎖複合糖鎖であること,また約30%はフコシル化AFP
であり,パイセク トGlcNAc
残基をもつ糖鎖は極めて少ないことが明らかとなった.一方,羊水あるいは母 体血清では高分岐の糖鎖が増加し,2本鎖糖鎖が減少していることが,本研究により明ら かとなった.肝様腺癌由来AFPに比較し胚細胞性腫瘍由来AFPは,バイセクトGlcNAcあるいは3・
4
本などの多分岐側鎖を持つフコシル化AFPの比率が高く,また両者とも70‐80%がジガ ラクトースであるものの,肝様腺癌由来AFPの方がより多くの割合で末端にシアル酸を 結合していることが示唆された,学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
胎児肝臓および婦人科領域腫瘍により産生される alpha‑fetoprotein 糖鎖不均一性に関する検討
Alpha‑fetoprotein (AFP)は , 癌 胎 児 性 蛋 白 質 で あ り 分 子 量 は 約7万 で591個 の ア ミ ノ 酸 か ら な り ,N末 端 か ら233番 目 の ア ミ ノ 酸 に , ア ス バ ラ ギ ン 結 合 型 糖 鎖 を1本 有 し て い る . 本 研 究 で は , 胎 児 肝 臓 組 織 ・ 臍 帯 血 ・ 羊 水 ・ 妊 娠 母 体 血 か ら 得 ら れ たAFPの レ ク チ ン 結 合 性 の 変 化 を 分 析 す る こ と に よ り , 母 体 血 中 に 移 行 す る 過 程 に お け るAFP糖 鎖 の 変 化 を 検 討 す る こ と を 目 的 と し た . ま た 肝 細 胞 癌 と 同 一 の 形 態 学 的 特 徴 を 有す る 異 所性 肝 細 胞癌 と も 考 え ら れ る 肝 様 腺 癌 な ら び に 卵 巣 お よ び 腟 に 発 症 し た 卵 黄 嚢 腫 瘍を は じ めと す る 胚細 胞 性 腫 瘍 の 患 者 血 清 か ら 得 ら れ たAFPの レ ク チ ン 結 合 性 の 変 化 を 分 析 す る こ と に よ り , AFP産 生 腫 瘍 の 発 症 臓 器 や 組 織 型 , あ る い は 分 化 度 の 違 . い に よ るAFP糖 鎖 の 不 均 一 性 の 変 化 も 併 せ て 検 討 し た ・
妊 娠16‑17週 の 羊 水 染 色 体 分 析 に よ り 胎 児trisomy 21妊 娠 と 診 断 さ れ , 十 分 な イ ン フ ォ ー ム ド コ ン セ ン ト の 得 ら れ た5症 例 を 対 象 と し , 羊 水 穿 刺 直 前 の 母 体 血 , 羊 水 穿 刺 時 の 羊 水 , 人 工 妊 娠 中 絶 時 に 得 ら れ た 胎 児 肝 臓 組 織 な ど を 研 究 材 料 と し た . ま た ,AFP産 生 婦 人 科 腫 瘍 と し て , 卵 巣 原 発 胚 細 胞 性 腫 瘍7例 ( 未 熟 奇 形 腫4例 , 未 分 化 細 胞 腫1例 , 卵 黄 嚢 腫 瘍2例 ) と 腟 原 発 卵 黄 嚢 腫 瘍1例 お よ び 肝 様 腺 癌4例 ( 子 宮 体 部 原 発2例 , 卵 巣 原 発 2例 ) を 研 究 の 対 象 と し た . コ ン カ ナ バ リ ンA (Conり , レ ン ズ マ ヌ レ ク チ ン(LCA), 赤 血 球 凝 集 性 イ ン ゲ ン マ ヌ レ ク チ ン(E‑PHA), ヒ マ レ ク チ ン(RCA120), シ ロ パ ナ ヨ ウ シ ュ チ ョ ウ セ ン ア サ ガ オ レ ク チ ン(DSA)お よ び カ プ トム シ 幼 虫レ ク チ ン(allo A)を 含 む ,ア ガ ロ ー ス プ レ ー ト を 作 成 し ,AFP濃 度 を 調 整 し た 検 体 を 電 気 泳 動 し た . 泳 動 後 ウ マ 抗AFP抗 体 結 合 二 ト 口 セ ル ロ ー ス 膜 を 圧 着 しAFPを 転 写 し , 家 兎 抗AFP抗 体 , ヤ ギ 抗 家 兎IgG抗 体 を 加 え , ホ ル マ ザ ン 発 色 に よ り 可 視 化 し た ,band強 度 は 総 和 に 対 す る 比 率で 数 値 化し た . 羊 水 中 の AFP濃 度 は , 胎 児 肝 臓 組 織 のAFP濃 度 よ り も 有 意 に , ま た 母 体 血 清 中 のAFP 濃 度 よ り も 有 意 に 高 値 を 示 し た . 肝 臓 のC3+C2分 画 比 は 最 も 高 値 で , 羊 水 は 肝 臓 に 比 較 し 有 意 に , ま た 母 体 血 清 に 比 較 し 有 意 に 低 値 を 示 し た . 肝 臓 のL3分 画 比 は , 母 体 血 清 に 比 較 し 有 意 に 低 値 を 示 し , 羊 水 に 比 較 し 低 い 傾 向 を 認 め た . 羊 水 中 に 認め ら れ たL2分 画は , 肝 臓 と 母 体 血 清 に お い て は 認 め ら れ な か っ た . 肝 臓 のP5分 画 比 は 羊 水 よ り 有 意 に , 母 体 血 清 よ り 有 意 に 低 値 を 示 し た . 母 体 血 清P5分 画 比 は , 羊 水 よ り 有 意 に 低 値 を 示 し た . 肝 臓P4分 画 比 は 羊 水 に 比 較 し 有 意 に 低 値 を 示 し た . 肝 臓P5+P4分 画 比 は 羊 水 に 比 較 し 有
三郎 郎
一 信和 征
嶋本 西長 藤 授授 授 教教 教 査査 査 主副 副
意に低く,母体血清より低い傾向を認めた.母体血清P5+P4分画比憾羊水に比較し有意に 低値であった.羊水のR3+R2分画比は,肝臓より有意に,母体血清より有意に高値を示し た.肝臓組織抽出液では超音波処理を追加した3例においては,49.1土3.6%がRO分画であ った.
すなわち,羊水には,胎児肝臓あるいは母体血清のAFPに比較し,高分岐型の糖鎖と バイセ クトGlcNAc残基やフ コース残基 による修飾 を受けた糖鎖を持つAFPが有意に増 加していることが明かとなった・
肝様腺癌に関しては,原発臓器の違いに,また胚細胞性腫瘍に関しても,組織型あるい は原発臓器の違いによりC2分画比に差を認めなかった.しかし肝様腺癌は胚細胞性腫瘍 に比較し,有意に高いC2分画比を示した.肝様腺癌において明確なL2分画を認めなかっ たが、胚細胞性腫瘍では明確なL2分画の存在が確認された.しかし組織型あるいは原発 臓器の違いによるL2分画比に差を認めなかった.またL3十L2分画比での肝様腺癌と胚細 胞性腫瘍の間に差を認めなかった.肝様腺癌におけるP5十P4分画比は,胚細胞性腫瘍より も有意に低値を示した.肝様腺癌は胚細胞性腫瘍に比較して有意に低いR3分画比を示し た . 肝 様 腺 癌 と 胚 細 胞 性 腫 瘍 の 間 にD1分 画 比 とA3分 画 比 の差 を 認め な かっ た ・ すなわち,胚細胞性腫瘍の患者血清では,肝様腺癌に比較して,バイセクトGlcNAc残 基 に よ る 修 飾 を 受 け た 糖 鎖 を も つAFPが 増 加 し て い る こ と が 明 ら か に な っ た . 公開発表に際し,副査の長嶋教授より,AFP糖鎖の違いが羊水・母体血・臍帯血の間 でみられる理由について,ヨークザック腫瘍と他の組織型の胚細胞性腫瘍との糖鎖の相違 について,胚細胞性腫瘍・肝様腺癌における糖鎖自体の発生母地の反映について,肝臓組 織抽出液の糖鎖が超音波処理の有無で異なる理由について,ヨークザック腫瘍と羊水なら びに肝様腺癌と肝臓の糖鎖構造上の関連について,質問があった.次いで.主査の西教授 からは,超音波処理による細胞酵素流出と糖鎖の変化について,3本鎖.4本鎖糖鎖の呼 稱について,ヒト羊水中のAFPの起源について,などの質問があった.最後に,副査の 藤本教授からは,21トリソミー胎児と正常胎児の肝臓組織における未分化糖鎖の出現の 差について,糖鎖の種類による組織透過性・親和性の相違について,などの質間があった.
いずれの質問に対しても,申請者は,実験成績の統計学的解析結果,これまでの文献的 知見,自身の臨床経験などをもとに概ね妥当な回答をなしえた.
胎児肝 臓,臍帯血 ,羊水,母体血におけるAFP糖鎖不均一性ならびにAFP産生腫瘍に おけるAFP糖鎖不均一性をそれぞれ明らかにした本研究の成果は高く評価され,今後AFP 糖鎖の組織特異性,親和性の解明および病的胎児の早期診断,AFP産生腫瘍のより正確な 診断に役立つことが期待される.
審査員一同は、これらの成果を高く評価し,申請者が博士(医学)の学位を受けるのに 十分な資格を有するものと判定した.