博士(医学)森井 学位論文題名
実験的脳虚血ラットの中枢神経系における 病理学的ならびに病態生理学的研究
学位論文内容の要旨
健
I.目 的
脳 虚血の 病態 に関す る研究 は数多 くある が多 発性の 悩梗塞 巣を特 徴と する脳虚血モデルの病態 に っいて の研究 報告は 少な い。今 回,直 径50pmの マイク 口スフ ェア ―を内頸動脈に注入し多発性 の 脳梗塞 巣を持 つ新し い実 験的脳 虚血ラ ットを 作成 した。 この実 験的脳 虚血ラットの中枢神経系 に おける 病理組 織学的 なら びに病 態生理 学的変 化に っき検 討した 。更に ,この新しい実験的脳虚 血 ラ ッ ト が 多 発 性 脳 梗 塞 モ デ ル 動 物 に な り う る か 否 か に っ い て 考 察 し た 。
n.実験 方法
1.実 験的 脳虚血 ラット の作成 A.急性脳 虚血ラ ット
塩 酸 ケ タミ ン100mg/kgの腹 腔内投 与によ り麻酔 した ウイス タ一系 雄性ラ ット(10―12週 齢)
を用 い て ,19匹 の 実 験的 脳虚 血ラッ トを作 成した 。実験 的脳 虚血ラ ットの 作成はKo gu re及 び Kiyotaら の 方 法 に 準じ て 右 外 頸 動脈 か ら 逆 行性 にPE―10ポリエ チレン カニ ューレ (内径0.28 x外径O. 61mm)を挿 入し ,その 先端を 内頚及 び外頸 動脈 分岐部 より1mm遠位 に固定 した 。この カ ニュ ー レ よ り 直径50pmの カ ― ボ ン マイ ク 口 ス フ ウ アー ,2000個(20% デキス 卜ラン100HZに浮 遊)を 右内頸 動脈内 へ注入 ,動 脈塞栓による脳虚血ラットを作成した。対照としてマイク口スフェ アーの 代わり に生理 食塩水 を注 入した ラット を13匹 作成し た。
B.手術後7日 目の脳 虚血ラ ット
急 性 脳 虚血 ラ ッ ト の作 成法 に準じ て手術 後7日目の 脳虚血 ラット を8匹作成 した 。対照 として 偽手術 群のラ ット8匹を 作成し た。
62―
2.病理組織学的検討
急性脳虚血ラットのうち4匹にっいてマイク口スフェア一注入後5時間で,脳の病理組織学的 検討を行った。この他,手術後7日目に受動回避反応試験を行った脳虚血ラットのうち1匹につ いて 試験 が 終了 した 後約6週 間後 (手術後約8週間 )に脳の病理組織学的検討を 行った。
3.大脳皮質脳波損IJ定
月畄虚血ラット10匹及び対照7匹にっいて定位脳固定装置を用いて頭蓋を露出し,Bregmaよ り尾側3 mm,左右外側2mm,脳表面より1mmの深さの大脳皮質に直径O.2mmの絶縁ステンレスス チール製で先端をO.5mmだけ絶縁を除去した双極電極を2本挿入し,大脳皮質脳波を記録した。
大脳皮質脳波は周波 数解析装置(日本光電,ATACー450)を用い周波数解析を行った。大脳皮 質 脳 波 の 測 定 は , マ イ ク 口 ス フ ェ ア ー 注 入 前 か ら 注 入 後1時 間 の 間 行 っ た 。 4,大脳皮質局所血流量測定
脳虚血ラット5匹及び対照6匹にっいて大脳皮質脳波測定時と同様の位置に直径550,umの針型 プ口ーべを挿入し,レーザー式組織血流計(バイオメディカルサイエンス,LBFー221)を用い て,大脳皮質局所血流量を測定した。今回の研究における血流量はマイク口スフェアー注入前の 値を100%とした相対的血流量で表した。大脳皮質局所血流量の測定は,マイクロスフェアー注 入前から注入後1時間の間行った。
5.受動回避反応試験
手術後7日目のラット8匹及び偽手術群7匹にっいて受動回避反応実験装置(小原医科産業)
を用いて,獲得試行(75V,3秒間の電気ショック)を行った。獲得試行後24時間から5日間再 生試行を行い,反応潜時を測定し,記憶保持能カを調べた。
m.結 果
1.急性脳虚血ラットの病態 A.病理組織学的結果
注入したマイク口スフェアーは,ほとんどが注入側に分散しており,極僅かであるが非注入側 にも認められた。注入側のマイク口スフェア―は前大脳動脈領域及び中大脳動脈領域に分布し,
大脳皮質の前頭葉および頭頂葉の実質の中,さらに大脳基底核,視床,視床下部,海馬などに認 められた。非注入側で認められたマイク口スフェアーは前大脳動脈領域がほとんどであった。脳 梗塞巣は健常部分と混在し小梗塞が多発した状態が基本であり,一部でこれらの小梗塞が融合し た状態となっていた。脳梗塞巣は,中大脳動脈及び前大脳動脈の支配領域に認められ,これらの
脳梗塞巣では,周囲よりも染色性が低下し神経網の粗鬆化が認められ,神経細胞は核,胞体とも に縮小し ,濃染していた。これらは, 急性脳梗塞の特徴的な病理 組織学的所見であった。
B.大脳皮質脳波変化
大脳皮質脳波は6波が両側ともマイク口スフェア一注入直後より有意なパヮーの増加を示し,
5分後で最も増加し,その後僅かに減少を示した。これらの変化は注入側でより顕著であった。
また,注入側では60分後でも有意なパヮーの増加状態は継続していた。非注入側では増加傾向を 示した。
C.大脳皮質局所血流量変化
大脳皮質局所血流量はマイク口スフェア一注入後より注入側で有意な血流量滅少を示した。血 流量の減少は60分後も続いていた。また,非注入側では,注入後20分までは血流量減少の傾向を 示したが,対照群との間に推計学的な有意差はなかった。その後は有意な血流量の減少を示し,
60分後も血流量の減少は続いていた。
2.手術後7日目以後の脳虚血ラットの病態 A.受動回避反応試験
手術後7日目の脳虚血ラットでは,5日間の再生試行のうち,獲得試行24時間後から3日目ま で , 偽 手 術 群 に 比 較 し て 再 生 試 行 に お い て 反 応 潜 時 の 有 意 な 短 縮 を 認 め た 。 B.病理組織学的検討
手術後約8週間経過した時点での脳虚血ラットの病理組織学的変化fま,多発性の脳梗塞巣を認 めたが,その脳梗塞巣は,局所的に神経細胞の脱落を示し,その体積も萎縮しており,グリアの 増 生が みら れ ,と きに へモ ジデ リ ンの 沈着 を伴 い ,陳 旧性 脳梗 塞の 像 を呈 して いた。
IV.考 案
マイク口スフェア―の大きさと注入量を適切に設定することによって,ラットに多発性の脳梗 塞巣を作成できることがわかった。この脳虚血ラットは急性期では大脳皮質脳波の徐波化及び大 脳皮質局所血流量の滅少を特徴とし,7日後の時点で記憶障害が認められることが特徴であった。
また大脳皮質脳波と大脳皮質局所血流量は脳虚血発症早期では必ずしも相関した変化を示さない と考えられた。今後さらに検討を加えることにより,この脳虚血ラットが多発性脳梗塞モデルと なることが期待された。
V.結 語
1.直径50pmのマイク口スフェアーをラット右内頸動脈内に注入することによって新しい脳虚血 モデルを作成できた。
2.病理組織学的には多発性脳梗塞で,脳梗塞巣は主にマイクロスフェアー注入側の前頭葉,頭 頂葉,大脳基底核,視床,視床下部に認められ,わずかに非注入側の前頭葉にも認められた。
3.脳虚血ラットの急性期における大脳皮質脳波は大脳皮質局所血流量の滅少とほぼ平行して徐 波 化 し, マイ ク口 スフ ェア一注入後60分では両者と も,もとの状態には戻らな かった。
4.本病態モデルは手術後7日目の時点で記憶保持能カの低下が示唆され,多発性脳梗塞の病態 生理を研究する上で有益なモデル動物となることが考えられた。
学位論文審査の要旨 主 査 教 授 齋 藤 秀 哉 副 査 教 授 阿 部 弘 副査 教授 近藤喜代太郎
直径50pmのカーボンマイク口スフェア一(以下,MSと略記)を内頸動脈内に注入し多発性脳 梗塞巣を特徴とする新しい実験的脳虚血ラットの作成を試み,この脳虚血ラットの中枢神経系に おける病理組織学的ならびに病態生理学的変化にっいて検討した。さらに,この脳虚血ラットが 多発性脳虚血モデル動物になりうるか否かにっいて考察した。
I.実験方法:塩酸ケタミン100mg/kgの腹腔内投与により麻酔したウィスター系雄性ラット(10
〜20週齢)を用いた。ラットの右外頚動脈から逆行性にポリエチレンカニュ―レを挿入し,この カニュ―レより直径50ltmのMS 2000個(20%デキストラン100肛fに浮遊)を右内頸動脈内ヘ注 入して,塞栓による 実験的脳虚血ラットを19匹作成した。対照としてMSの代わりに生理食塩 水を注入したラットを13匹作成した。また,手術後7日目の脳虚血ラットを,急性脳虚血ラット の 作 成 法 に 準 じ て8匹 作 成 し た 。 対 照 と し て 偽 手 術 群 の ラ ッ ト を7匹 作 成 し た 。 病理組織学 的検討は,急性脳虚血ラッ トのうち4匹にっいてMS注入 後5時間で,手術後7 日目の脳虚血ラット のうち1匹にっいてMS注入後8週間でそれぞれの脳を摘出し,病理組織 学的変化を調べた。
大 脳 皮質 脳波 測定は ,急性 脳虚血 ラット10匹お よび対 照7匹にっ いて定 位脳 固定装 置を用 いて 頭 蓋 を 露 出 し ,Bregmaよ り 尾 側3mm, 左 右 外側2mm,脳 表 面 よ りlImnの 深 さの 大 脳 皮 質 に直 径O.2mmの絶縁 ステ ンレス スチー ル製で先端を0.5mrnだけ絶縁を除去した双極電極を2本挿入し,
大脳 皮質脳 波を記 録し, 周波数 解析 装置に て周波 数解析 を行 った。
大 脳 皮 質 局 所血 流 量 の 測 定は ,急性 脳虚血 ラット5匹 および 対照6匹に っい て大脳 皮質脳 波測 定 時の 電 極と同 様の定 置に 直径550pmの針 型プ 口一べ を挿入 し,レ ーザー 式組 織血流 計を用 いて 行っ た。
受 動 回 避 反 応試 験 は , 手 術後7日 目 の 脳虚 血 ラ ッ ト8匹と偽 手術 群7匹 にっ いて受 動回避 反応 実 験装 置 を 用 い て 行っ た 。 獲 得 試行(75V,3秒 間 の 電気 シ ョ ッ ク 〕後 ,24時間か ら5日間再 生 試行 を行い ,その 反応潜 時を測 定し ,記憶 保持能 カを調 べた 。
u.結 果 : 急 性 脳虚 血 ラ ッ ト の 病態 の う ち , 病理 組 織学 的結 果は次 の通り であっ た。注 入し た MStま , ほ と んど が 注 入 側 に分 布 し て お り, ご く わ ずか である が非注 入側に も認 められ た。MS は主 に前大 脳動脈 および 中大脳 動脈 領域に 分布し ていた 。脳 梗塞巣 は多発 性であ ることが特徴で あっ た。脳 梗塞巣 では周 囲より も染 色性が 低下し 神経網 の粗 鬆化が 認めら れ,神 経細胞は核,胞 体と もに縮 小し, 濃染し ていた 。
大 脳 皮 質 脳 波tまd波 が 両側 と もMS注入 後 よ り 有 意な パ ヮ ー の 増加 を 示 し, これら の変化 は 注 入側 で よ り 顕 著 で,60分 後も 続いて いたd,ロ1波 の変化 に一定 の傾向 は認 められ ず,臼 およ びロ2波の 変化 は認め られな かった 。
大 脳 皮 質 局 所血 流 量 はMS注 入 後 よ り 注入 側 お よ び 非注 入 側 と も 血 流量 の 滅少を 示した 。血 流 量 の 減 少 は60分 後 も 続 い て い た 。 ま た , 注 入 側 の 血 流 量 滅 少 が よ り 著 明 で あ っ た 。 手 術 後7日目 以後の 脳虚 血ラッ トの病 態を検 討する 目的 で受動 回避反 応試験 を行 った。 手術後 7日目 の 脳 虚 血 ラッ ト は ,5日間 の 再 生 試 行 のう ち , 獲得試 行24時 間後か ら3日目ま で,偽 手術 群に 比較し て再生 試行に おいて 反応 潜時の有意な短縮を認め,記憶保持能カの低下が示唆された。
MS注 入 後8週 間 経 過 し た時 点 で の 脳 虚血 ラ ッ ト の 脳の病 理組織 学的変 化は ,急性 脳虚血 ラッ トと 同様に 多発性 の脳梗 塞巣を 認め ,梗塞 巣は, 局所的 に神 経細胞 の脱落 を示し ,グリアの増生 が み ら れ , と き に へ モ ジ デ リ ン の 沈 着 を 伴 い , 嚢 胞 の 形 成 も 認 め ら れ た 。 m.考 案 なら び結語 :これ までに 多く の脳虚 血モデ ルが報 告さ れてき たが, 多発性 脳塞栓 モデ ル の 病態 に 関 す る 報 告は 少 な い 。 そこ で 今 回MSを 用 い て 多 発性 の 脳 梗 塞 巣を 特徴 とする 脳虚血 ラ ット の 作 成 を 試 みた 結 果 , 主 にMS注 入 側 に多 発 性 の 脳 梗塞 巣 を 有 す る新 しい 脳虚血 ラット の 作 成 に 成 功 し た 。 さ ら に ,こ の 脳 虚 血 ラ ット の 病 態 生 理を 明 ら か に する こ と が で きた 。
口頭発 表に際 して ,阿部 (弘) ,近藤 ,皆 川およ び田代 の各教 授から ,ヒトの多発性脳梗塞と の相違 点,他 の月畄 虚血 モデルとの差異塞栓に加えて二次的変化が病態に関与する可能性,注入後 7日目 での 意識障 害の有 無にっ き, それぞ れ質問 があっ たが, 森井 はおお むね適 切な回 答を なし 得たと 考える 。また ,副 査の阿 部(弘 )およ び近藤 両教 授から ,詳細 なる論文審査ならびに面接 の試験 が課せ られた 。本 論文は ,直径50ftmの カー ボンマイク口スフェアーを内頸動脈内に注入し 多発性 脳梗塞 巣を特 徴と する新 しい実 験的脳 虚血ラ ット を作成 し,そ の中枢神経系の病態を解明 した研 究であ り学位 に値 すると 判定さ れた。