はじめに
ヒトT細胞白血病ウイルス 1 型(human T-cell leukemia virus type 1:HTLV-1)はCD4 陽性T細 胞に感染する全長約 9kbの
δ
―レトロウイルスに 分類されるウイルスである.1977年,内山,高 月らにより,成人T細胞白血病(adult T-cell leu- kemia:ATL)の疾患概念が提唱されたが,その 報告論文の最後はこう結ばれている.“but other factors such as oncogenic virus infections must be explored”1).この論文において詳細な臨床的 な観察と考察により,現在でも通用する臨床的 特徴を的確に記載し,報告の当初から原因を推 定した洞察は,臨床医学に携わる者としてどの ように疾患に向き合うべきかを改めて教えてく れる.こうしてATLの発症原因としてのウイル スの探索が始まり,吉田らによりHTLV-1の全ゲノム配列が決定され,ATL発症の原因として確 立した.その後,HTLV-1関連脊髄症(HTLV-1-as- sociated myelopathy:HAM),HTLV-1 関連ブド ウ膜炎等のHTLV-1 関連疾患が順次明らかにさ れてきた.本稿では,ATLをウイルス感染によっ て発症する疾患と看破した先人を思いながら,
改めてHTLV-1 感染と関連疾患の疫学的事項に ついて概説する.
1.HTLV-1感染者の分布
HTLV-1 感染者は全世界で 1,000~3,000 万人 と推定されている.推定の幅が広いのは一部の 国・地域で統計データが不十分であるからであ る.その分布には地域的な偏りがあり,high-en- demic area(高浸淫地域)として知られている のは,赤道アフリカおよび南部アフリカ,イラ
HTLV-1関連疾患の疫学
要 旨
ヒトT細胞白血病ウイルス1型(human T-cell leukemia virus type 1: 内丸 薫 HTLV-1)は日本に約100万人の感染者が存在し,近年,九州・沖縄地方 から都市部へ分布が変化しつつある.妊婦検診,献血によって判明する ケースがそれぞれ3分の1で,年間4,000名程度は新規に感染が判明する.
感染ルートは母児感染と性交渉であるが,最近,性感染の実態が明らかに なりつつある.感染者の5%程度が成人T細胞白血病(adult T-cell leuke- mia:ATL)を発症するほか,HTLV-1 関連脊髄症(HTLV-1-associated myelopathy:HAM),HTLV-1 ブドウ膜炎等の原因になる.
〔日内会誌 106:1370~1375,2017〕
Key words 母児感染,妊婦検診,ATL,HAM,HTLV-1 関連ぶどう膜炎
東京大学大学院新領域創成科学研究科メディカル情報生命専攻病態医療科学分野
Recent advances in diagnosis and treatment of HTLV-1-associated diseases. Topics:I. Current status of HTLV-1 infection and related diseases in Japan.
Kaoru Uchimaru:Laboratory of Tumor Cell Biology, Department of Computational Biology and Medical Sciences, Graduate School of Frontier Sciences, The University of Tokyo, Japan.
ンの一部地域,ニューギニア,カリブ海沿岸諸 国,南米,特にブラジル,コロンビア,ペルー,
および日本である(図1左).近年,オーストラ リ ア の 先 住 民 ア ボ リ ジ ニ 居 住 地 域 にhigh-en- demic areaがあり,独特の病態をとっているこ とが報告され,注目されている.アメリカ,ヨー ロッパでも一部感染者がみられるが,ほとんど はカリブ海沿岸地域やアフリカからの移民であ り,その頻度は低い.日本は先進諸国の中で唯 一のhigh-endemic areaであり,HTLV-1関連疾患 研究のみならず,感染予防対策等において世界 に先駆けてリードしていく責務がある.
日本国内においても,感染者の分布に偏りが あり,九州,南西諸島方面に多いことはよく知 られている.しかし,このほかにも感染者の多 い地域があり,四国の太平洋岸から豊後水道沿 岸にかけて,隠岐,紀伊半島の太平洋岸地域,
伊豆半島,東北地方の太平洋岸地域,特に石巻 湾から牡鹿半島にかけての地域等は比較的感染 者の多い地域である(図 1 右).近年,国内の HTLV-1感染者の分布は,人口の移動に伴い変化 してきていることが明らかになってきている.
平成2年度の厚生科研「成人T細胞白血病の母児 感染防止に関する研究」における田島らの報告 によれば,全国の推定感染者数は約120万人で,
九州地区在住者はそのうち 50.8%,関東地方は
10.8%であったが,平成20年度厚生労働科学研 究「本邦におけるHTLV-1感染及び関連疾患の実 態調査と総合対策」(代表:山口一成)の調査に よると,推定キャリア数は約 108 万人で九州地 区在住者の比率は46%に減少し,関東地区在住 者は18%に増加していた.これは首都圏地区へ の人口の移動による分布の変化と推定され,実 際,東京大学医科学研究所附属病院HTLV-1キャ リア専門外来受診者の調査において,同外来を 受 診 し た 首 都 圏 在 住 のHTLV-1 キ ャ リ ア の 39.5%はendemic areaの出身で,また,首都圏 出 身 の キ ャ リ ア の 母 親 の 出 身 地 は 57% が endemic areaで あ っ た こ と か ら も う か が わ れ る2). 昨 年,AMED(Japan Agency for Medical Research and Development)浜口班により,再度 全国のHTLV-1キャリア数の推定が行われ,約82 万人という数字が出されている.本調査も含め て,これまでのデータは献血者の陽性率をもと に推定がなされているが,どの程度実態を反映 しているかについては再度検証が必要であろう.
2.HTLV-1感染の疫学
HTLV-1の感染ルートとして,母乳を介する母 児感染と性交渉による感染,および現在では日 赤によるスクリーニングによりなくなっている 図1 世界と日本のHTLV-1感染者の多い地域
が輸血を介する感染の 3 つが主に知られてい る.前述の通り,HTLV-1感染者の分布が,特に 大都市圏へ拡大(感染が拡大しているのではな く,分布が拡散しているという方が適切であろ う)している現状を踏まえ,これまでのendemic areaにおける地方単位の対策ではなく,国とし て対策を進めるために 2010 年,HTLV-1 総合対 策が提言され,翌年から本格的にスタートし た.全国的な妊婦のHTLV-1抗体検査は重点施策 として掲げられ,公費負担による妊婦の全例抗 体検査が始まった.2012 年の日本産婦人科医 会,厚生労働科学研究 板橋班の齋藤らによる推 定では,ウェスタンブロット法で陽性と判定さ れる妊婦は年間約 1,700 名,判定保留となる妊 婦が 400 名弱で,合わせて毎年 2,000 名以上が HTLV-1 キャリアないしキャリアの疑いとして 授乳対策の対象となっている.都道府県別でみ ると最も多いのが福岡県,2 位が鹿児島県であ るが,大阪府が3位,東京都は6位であった(図 2).その後,大阪府,東京都はそれぞれ 2 位,
5 位となり,改めて大都市圏のキャリアの分布 のシフトが推定される結果であった.今後,
endemic area のみではなく,non-endemic meg- alopolisにおけるHTLV-1 感染対策が重要な課題 となっていくと思われる.
母児感染の予防のため,抗体陽性の場合,授 乳制限に関する指導が行われる.キャリアマ ザーが通常の授乳を行った場合の児の感染率は 18~20%程度とされているが,人工乳哺育(断 乳)を行った場合の児の感染率は 3%程度まで 減少する.授乳しなくても感染率が 0 にならな いのは授乳以外の母児感染が存在することを示 しており,産道感染,子宮内での臍帯血を介す る感染等が想定されているが,詳細は未だ不明 である.その他,授乳期間を 3 カ月以内の短期に した場合の感染率は1.9%,母乳を搾乳したうえ で凍結解凍して与える凍結母乳法で授乳した場 合の感染率は 3.1%と報告されており,HTLV-1 抗体陽性の妊婦に対しては,人工乳及び 3 カ月 以内の短期授乳,凍結母乳を説明し,授乳方針 を妊婦自身に選択させる.
性交渉による水平感染の実態は必ずしも明ら かではないが,日赤中央血液研究所の佐竹ら は,継続的な献血者における抗HTLV-1抗体の陽 図2 妊婦健診で判明したHTLV-1感染者数 都道府県別推定値(2012年)
(日本産婦人科医会,富山大学齋藤滋原図による)
0 50 100 150 200 250
福岡
長崎
熊本 大分
宮崎 鹿児島
沖縄 大阪
愛知 兵庫
静岡 東京
神奈川 埼玉
千葉 北海道宮城
人
大都市圏は九州地区 に匹敵する
転化例の比率から年間の抗体陽転者数,すなわ ち水平感染者数の推定を試み,年間 4,190 名と いう試算を昨年報告した3).この数字はキャリ ア妊婦と診断される数をもとに全員が断乳した と仮定した場合の児の感染率を 3%,あるいは 全員が通常の授乳を行ったと仮定した場合の児 の感染率を 20%としたときの年間母児感染数 をはるかにしのぐ数であり,今後,水平感染を どのように考えるべきかという重要な課題が示 された.性感染は男性から女性への感染が主で あるといわれてきたが,この報告では男性から 女性への感染が100,000人年あたり6.88である のに対し,女性から男性への感染は2.29と試算 されており,男性から女性への感染 対 女性か ら男性への感染が3:1程度であることを示唆し ている大変興味深いデータである.
献血時のスクリーニングによって抗体陽性と なった場合,希望者には通知されるので,献血 はHTLV-1 キャリアであると判明する重要な契 機 の 1 つ と な っ て い る. 厚 生 労 働 科 学 研 究
「HTLV-1 キャリアとATL患者の実態把握,リス ク評価,相談支援体制整備とATL/HTLV-1感染症 克服研究事業の適正な運用に資する研究」(代 表:内丸 薫)による調査では,HTLV-1 キャリ ア で あ る と 判 明 し た 経 緯 は, 妊 婦 検 診 が 32.2%,献血が 26.4%,その他が 41.3%となっ ている4).日赤中央血液研究所の佐竹による調 査では,献血のスクリーニング検査での陽性件 数は年間 1,200 件程度である.従って,国内で は妊婦検診,その他の経緯(家族がHTLV-1感染 者であることが判明した,別の理由で医療機関 を受診したときに偶然判明した等)で判明した 人を合わせて年間 4,000~5,000 名が毎年新規 にHTLV-1 キャリアと診断されていると推定さ れる.
3.ATLの疫学
ATLはHTLV-1無症候性キャリアの中から一部
の ケ ー ス が 長 い 期 間 を 経 て 発 症 し て く る.
HTLV-1 感染細胞に種々のエピジェネティック な異常,ゲノム異常等が蓄積し,感染後長期の 後に腫瘍化して発症してくるものであるが,発 症するのはHTLV-1 キャリアのうちのごく一部 であり,大体数のキャリアは生涯にわたり無症 候性キャリアとして過ごす.キャリアからの生 涯ATL発症率は5%程度とされている.前述の厚 労科研 山口班の第 10 次全国調査結果からは,
男性で 8.7%,女性で 5.1%と推定されており,
男性の方が発症率が高い.2002年,山口らによ りJSPFAD(Joint Study on Predisposing Factors of ATL Development)が開始された.本研究は多 施設共同HTLV-1 キャリアコホート研究であり,
登録されたキャリアを年に 1 回フォローして血 液検体を採取し,ATL発症ハイリスク群の同定 につながるバイオマーカーの検索を目的とする ものであるが,2016年4月までの時点で登録者 数3,327人,収集検体は10,832検体で現在も新 規登録が続けられている.本研究に登録された キャリアからATLに進展したケースの解析か ら,岩永らにより 4 つのリスクファクターが抽 出された.すなわち,1)末梢血中のHTLV-1 プ ロウイルス量(proviral load:PVL単核球中の感 染リンパ球比率)が4%以上である,2)年齢40 歳以上,3)ATL発症の家族歴,4)他疾患で医 療機関受診時に判明したキャリア,がATL発症 のリスクファクターであった.JSPFAD登録例の 解析ではPVL 4%以上のケースは全体の 25%で あり,このグループがATL発症のハイリスクグ ループと考えられる5).
HTLV-1 の感染ルートは上記のように主に母 児感染と性交渉による感染であるが,そのうち ATLを発症するのは母児感染によるケースだと 考えられている.ATL患者の発症年齢の中央値 は,厚生労働科学研究「ATLの診療実態・指針 の分析による診療体制の整備」(代表:塚崎邦 弘)における第 11 次全国調査によれば 68.9 歳 であり,感染してからATL発症まで70年近い時
間がかかっていることになる.患者年齢中央値 は2001年に報告された第9次全国調査の結果で は61.1歳であり,発症年齢の高齢化が進んでい ることがうかがわれる.これは若年者の感染率 が低下し,高齢者にキャリアの大きなプールが あり,ここから持続的にATLを発症してくるこ とが原因と考えられる.ATLの患者発生数に関 し て は, 上 記 厚 労 科 研 山 口 班 の 調 査 で 年 間 1,146人と推定されている.RARECAREによる希 少がんの定義では10万人あたりの罹患率6人以 下と定義されており,ATLも希少がんの1つと考 えることができる.ATLは下山分類によりくす ぶり型,慢性型,リンパ腫型,急性型の 4 病型 に分けられるが,前記の厚労科研 塚崎班による 第11次全国調査では,各病型の頻度はくすぶり 型 12.4%,慢性型 11.1%,リンパ腫型 27.9%,
急性型47.1%であり,aggressive ATLに分類され るリンパ腫型,急性型で全体の 80%近くを占 め,残りindolent type ATLがそれぞれ 10%程度 を占めるという結果であった.
4.HAMの疫学
HAMはHTLV-1 キャリアに発症する両下肢痙 性対麻痺を中核症状とする難治性の脊髄炎とし て 1986 年に納らにより提唱された.運動障害 の次に重要かつ高頻度にみられるのが膀胱直腸 障害で,下肢のしびれや痛み等の感覚障害を伴 うケースもある.HAMの生涯発症率は 0.3%程 度と見積もられ,全国で約 3,000 人の患者が存 在すると推定されている.年齢的には中年以降 が多いとされており,聖マリアンナ医科大学の 山野らにより運用が開始されたHAM患者登録 ウェブサイト「HAMねっと」の登録データの解 析では,発症時年齢44.2歳,診断時年齢51.3歳 で男性 25.9%,女性 74.1%とATLとは対照的に 女性の発症率の方が高く,発症年齢はATLに比 べて若年であった.ATLと異なり,母児感染例,
性感染例,輸血感染例のいずれからも発症する
ことが知られている.
5.HTLV-1関連ブドウ膜炎の疫学
HTLV-1ブドウ膜炎(HAU:HTLV-1 associated uveitisまたはHU:HTLV-1 uveitis)は 1992 年に 望月らにより第3のHTLV-1関連疾患として提唱 された疾患概念である.前部,中間部ブドウ膜 炎を比較的急速な経過で発症してくるケースが 多い.キャリアにおける有病率の推定がなされ ており,キャリア10万人あたり112人程度との 報告があり(0.1%),比較的稀な関連疾患と考 えられる.HAUにおいて非常に特徴的なのは Graves病の合併である.HAU患者の実に 17%,
女性に限れば 25%にGraves病の合併がみられ る.これらの例では全例でGraves病が先行して おり,甲状腺ホルモンによる影響等が議論され てきたが,むしろGraves病に対する治療が影響 しているのではないかという説も出ている.
6.その他の疾患とHTLV-1の疫学
上記のほかにHTLV-1 感染が原因で発症する ことが明らかになっている疾患に感染性皮膚炎 があるが,日本においてはまずみることはな い.HAM,HAU以外にも関節リウマチ,Sjögren 症候群,多発筋炎等の膠原病や,閉塞性肺疾患,
間質性肺炎,慢性気管支炎等の肺病変等様々な 炎症性疾患がHTLV-1 感染が原因で発症するこ とがあるのではないかと疑われてきた.特に関 節炎との関連は古くから議論されてきており,
厚労科研「HTLV-1 感染症に関連する非ATL非 HAM希少疾患の実態把握と病態解明」(代表:
岡山昭彦)による疫学調査が継続されている が,現時点では明らかな関連は見出されていな い.前述の通り,近年,オーストラリアのアボ リジニの中にHTLV-1 感染率が高率な集団があ り,気管支拡張症の合併頻度が高いと報告され ており,注目されている.
おわりに
HTLV-1 感染および関連疾患に関連した疫学 的なデータから,HTLV-1キャリア,関連疾患の
全体像についての概観を試みた.個々の関連疾 患の詳細については,該当項目の論文を参照し ていただきたい.
著者のCOI(conflicts of interest)開示:本論文発表内容 に関連して特に申告なし
文 献
1) Uchiyama T, et al : Adult T-cell leukemia : clinical and hematologic features of 16 cases. Blood 50 : 481―492, 1977.
2) Uchimaru K, et al : Factors predisposing to HTLV-1 infection in residents of the greater Tokyo area. Int J Hema- tol 88 : 565―570, 2008.
3) Satake M, et al : Incidence of human T-lymphotropic virus 1 infection in adolescent and adult blood donors in Japan : a nationwide retrospective cohort analysis. Lancet Infect Dis 16 : 1246―1254, 2016.
4) 内丸 薫:HTLV-1キャリア自主登録ウェブサイトの構築,厚生労働科学研究費補助金 がん政策研究事業「HTLV-1 キャリアとATL患者の実態把握,リスク評価,相談体制整備とATL/HTLV-1感染症克服研究事業の適正な運用に資す る研究」(研究代表者:内丸 薫).平成 27 年度総括・分担報告書,2016, 15.
5) Iwanaga M, et al : Human T-cell leukemia virus type I(HTLV-1)proviral load and disease progression in asymp- tomatic HTLV-1 carriers : a nationwide prospective study in Japan. Blood 116 : 1211―1219, 2010.