はじめに
HTLV-1関連脊髄症(HTLV-1-associated myelop- athy:HAM)は,成人T細胞白血病・リンパ腫
(adult T-cell leukemia:ATL)の原因ウイルスで あ る ヒ トT細 胞 白 血 病 ウ イ ル ス 1 型(human T-cell leukemia virus type 1:HTLV-1)の感染者 の一部に発症する炎症性神経疾患であるが,有 効な治療法に乏しく,極めて深刻な難治性希少 疾患であり,国の難病に認定されている.本稿 では,HAMの病態,診断と治療のポイント,さ らに近年の病態研究より得た新規治療法やバイ オマーカーの知見について概説する.
1.HAMの疫学
HAMは,HTLV-1 キャリアの約 0.3%に発症す ると推測され,全国の患者数は推定約3,000名,
近年は関東等の大都市圏で患者数が増加してい る.発症は中年以降の成人が多いが,10代等若 年発症も存在する.男女比は,男性に多いATL とは対照的に 1:2 ないし 2:3 と女性に多い.
2.症状
臨床症状の中核は進行性の両下肢痙性対麻痺 で,両下肢の筋力低下と痙性による歩行障害を 呈す.初期症状は,歩行の違和感,足のしびれ,
つっぱり感,転びやすい等であるが,多くは進
HTLV-1関連脊髄症の 診断と治療
要 旨
山野 嘉久 HTLV-1関連脊髄症(HTLV-1-associated myelopathy:HAM)は,ヒ
トT細胞白血病ウイルス 1 型(human T-cell leukemia virus type 1:
HTLV-1)感染に起因する両下肢痙性対麻痺を主徴とする神経難病である が,その症状・経過には個人差が大きく,疾患活動性に応じた治療が必要 であり,そのバイオマーカーとして髄液中ネオプテリンやCXCL10 の測 定が重要である.現在,ステロイドやインターフェロン(interferon:IFN)
αによる治療が主軸であるが,近年,病因であるHTLV-1 感染細胞を標的と した抗体療法の治験が実施されており,新規治療法として注目されている.
〔日内会誌 106:1404~1409,2017〕
Key words HAM, CXCL10, disease activity, CCR4, clinical trial
聖マリアンナ医科大学難病治療研究センター先端医療開発学
Recent advances in diagnosis and treatment of HTLV-1-associated diseases. Topics:VI. Diagnosis and treatment of HTLV-1 associated myelopa- thy(HAM).
Yoshihisa Yamano:Department of Advanced Medical Innovation, Institute of Medical Science, St. Marianna University School of Medicine, Japan.
行し,杖歩行,さらには車椅子が必要となり,
重症例では下肢の完全麻痺や体幹の筋力低下に より寝たきりになる場合もある.下半身の触覚 や温痛覚の低下,しびれ,疼痛等の感覚障害は 約 6 割に認められ,持続性のしびれや痛みを伴 う場合はQOL(quality of life)低下の原因とな る1).自律神経症状は高率にみられ,特に排尿 困難,頻尿,便秘等の膀胱直腸障害は病初期よ り出現し,初めに泌尿器科を受診するケースも ある.また,進行例では起立性低血圧や下半身 の発汗障害,インポテンツがしばしばみられ る1).神経内科学的診察では,両下肢の深部腱 反射の亢進やBabinski徴候等の病的反射がみら れる1).
3.診断と検査
HAMは早期の診断と治療介入が重要である ため,両下肢の痙性麻痺を呈する患者を診た ら,HAMという疾患を思い浮かべてほしい.
HAMの可能性が考えられる場合,まず血清中抗 HTLV-1 抗 体 の 有 無 をEIA(enzyme immunoas- say)法またはPA(particle agglutination)法で スクリーニングを行う.抗体が陽性の場合,必 ずウエスタンブロット法(Western blotting)で 確認し,感染を確定する.感染が確認されたら 髄液検査を施行し,髄液の抗HTLV-1 抗体が陽 性,かつ他のミエロパチーを来たす脊髄圧迫病 変,脊髄腫瘍,多発性硬化症,視神経脊髄炎等 を鑑別したうえでHAMと確定診断する.
髄液検査では,細胞数増加(単核球優位)を 約 3~4 割に認めるが,HAMの炎症を把握する には感度が低い一方,髄液のネオプテリンや CXCL10 の増加は多くの患者に認め,これらは HAMの脊髄炎症レベルを把握するうえで感度 の高い重要な検査である2). 血液検査では,
HTLV-1 プロウイルス量がキャリアに比して高 値のことが多く,長期予後との相関が報告され ている3).また,血清中の可溶性インターロイ
キン 2 受容体濃度が高いことが多く,末梢レベ ルでの感染細胞の活性化やウイルスに起因する 免疫応答の亢進を非特異的に反映していると考 えられる.また,白血球の血液像において異常 リンパ球を認める場合がある.5%以上の異常 リンパ球を認める場合はATLの合併の可能性を 考える.MRI(magnetic resonance imaging)で は,発症早期の急速進行性の症例にT2強調で髄 内強信号が認められる場合があり,高い疾患活 動性を示唆する.慢性期には胸髄萎縮がしばし ば 認 め ら れ る( な お, 髄 液 ネ オ プ テ リ ン,
CXCL10,ウイルス量定量の検査は保険未承認 であるが,筆者の教室で研究班として測定可).
4.経過と予後
一般にHAMの経過は,緩徐進行性と考えられ ているが,実際には“経過に個人差が大きい”
という特徴がある.全国HAM患者レジストリ
「HAMねっと」による484例の疫学的解析では,
歩行障害の進行速度の中央値は,発症から片手 杖歩行まで 8 年,両手杖歩行まで 12.5 年,歩行 不能まで 18 年であった4).また,発症後急速に 進行し,2 年以内に片手杖歩行レベル以上に悪 化する患者が全体の19.7%存在し,その集団の 長期予後は有意に悪かった.一方で,発症後20 年以上経過しても杖なしで歩行可能な集団も存 在した.これらの特徴を整理すると,HAM患者 の約7~8割は発症後緩徐に進行し(②緩徐進行 例),約2割弱は発症後急速に進行し2年以内で 自立歩行不能になる(①急速進行例).一方で,
頻度は少ないが運動障害が軽度のまま進行しな い例(③軽症例)もある(図).このようにHAM の経過は個人差が大きく,予後と相関すること から,治療方針を決定するうえで考慮する必要 がある.また,ATLの合併は生命予後を左右す るため,経過中は十分に注意を払う必要がある.
5.病態
1)病理
HAMの剖検例では,肉眼的に頸髄下部から腰 髄上部までびまん性の萎縮がみられ,脊髄の横 断面では両側索の萎縮と変性が観察される.病 理組織所見では,慢性炎症過程が脊髄,特に胸 髄中・下部に優位にみられる.病変は左右対称 性で,小血管周囲から脊髄実質に広がる炎症細 胞浸潤と周囲の脊髄実質,すなわち,髄鞘や軸 索の変性脱落がみられる.主として両側側索に 強くみられ,灰白質にも及んでいる5).HTLV-1 の感染は浸潤したT細胞にのみ確認され,周辺 の神経細胞やグリア細胞には確認されていな い.このことは,HAMが単なる神経感染症ではな く,浸潤した感染T細胞を中心とした免疫応答が 過剰となり,慢性炎症病巣を形成・維持すること が病態の中心であることを示唆している.
2)ウイルス免疫学的特徴
HAM患者では,末梢血単核球中のプロウイル ス量,すなわち,感染細胞数がキャリアに比較 して有意に多い6).また,ウイルス感染細胞に 反応するHTLV-1 特異的細胞傷害性T細胞や抗体 の量も増加しており,ウイルスに対する免疫応
答が亢進しているという免疫学的な特徴を有し ている.さらに,髄液中や脊髄病変局所で一 部 の 炎 症 性 サ イ ト カ イ ン やchemokineの 産 生 が高まっていることが知られてきており,な か で もHAM患 者 髄 液 で 高 値 を 示 すchemokine
(CXCL10)に着目,感染T細胞から産生される インターフェロン(interferon:IFN)-
γ
により,脊髄のアストロサイトが刺激され,CXCL10 を 過剰産生し,CXCL10が新たな感染T細胞や炎症 細胞の脊髄への遊走を促し,それらの細胞が IFN-
γ
を産生し,さらにCXCL10 の産生を刺激す るという,炎症のポジティブフィードバック ループが形成されていることがわかった7).こ れがHAMにおける炎症の慢性化機構の主軸で あり,脊髄病巣の形成・維持に重要な役割を果 たしていると考えられる.3)経過と関連するバイオマーカー
HAMの経過は個人差が大きく,疾患活動性の 違いは予後に反映されることから,早期に疾患 活動性を把握し,治療方針を決定することが求 められるが,HAMの進行度を症状から把握する には長期間を要する場合があり,進行度と相関 し,予後を予測可能なバイオマーカーの同定が 求められる.進行度や長期予後との相関性につ いては,末梢血のHTLV-1プロウイルス量が長期 予後と相関するとの報告があり3),また,我々 は,無治療HAM患者 54 例の検体を用いて 25 種 類 の バ イ オ マ ー カ ー を 検 討 し た 結 果,髄 液 CXCL10 濃度,髄液ネオプテリン濃度は進行度 と相関が高く,感度も優れていると報告した2). なお,末梢血プロウイルス量は患者の長期予後 と相関するが,その相関性は弱い2,3).従って,
HAMにおいては,末梢血プロウイルス量のみな らず,髄液検査でネオプテリン,CXCL10 濃度を 把握することが,疾患活動性の評価や予後予 測,治療効果判定を行ううえで重要である可能性 が強く,バイオマーカー候補として期待される.
図 HAMの臨床経過の特徴
①急速進行例
重症軽症 ③軽症例
10 20(年)
発症からの期間
進行停滞例
②緩徐進行例
6.HAMの治療
1)疾患活動性に即した治療
前述のとおり,HAMでは,できるだけ発症早 期に疾患活動性を判定し,治療内容を検討する ことが求められる.現在,HAMの治療はステロ イドとIFN-
α
が主に使用されているが,これらに 関して疾患活動性や経過別の患者を対象とした 臨床試験はこれまで実施されておらず,治療対 象となる基準,投与量,投与期間等に関するエ ビデンスに乏しい.このような現状において,厚労省研究班により専門家の意見を集約した
「HAM診 療 マ ニ ュ ア ル 」 が 作 成 さ れ て い る
(HTLV-1 情 報 サ ー ビ ス:http://www.htlv1joho.
org/で入手可能).
(1)急速進行例(疾患活動性が高い)
発症早期に歩行障害が進行し,2 年以内に片 手杖歩行レベルとなる症例は,明らかに進行が 早く,疾患活動性が高い.納の運動障害重症度
(表)のレベルが数カ月単位,時には数週間単位 で悪化する.このような症例は,髄液検査で細 胞数や蛋白濃度が高いことが多く,ネオプテリ ン濃度,CXCL10 濃度も高い.治療はメチルプ レドニゾロン・パルス療法後にプレドニゾロン 内服維持療法が一般的である.特に発症早期の 急速進行例は治療の“window of opportunity”
(好機到来)が存在すると考えられ,治療によっ て改善が見込める時期を逃さないこと,すなわ ち,早期発見・早期治療が強く求められる.
(2)緩徐進行例(疾患活動性が中等度)
症状が緩徐に進行する症例は,HAM患者の約 7~8割を占める.一般的に納の運動障害重症度 のレベルが 1 段階悪化するのに数年を要するの で,臨床的に症状の進行具合を把握するのは容 易でなく,疾患活動性を評価するうえで髄液検 査の有用性は高い.髄液検査では,細胞数は正 常から軽度増加を示し,ネオプテリン濃度,
CXCL10 濃度は中等度増加を示す.治療前に髄
液検査(ネオプテリンやCXCL10)でステロイド 治療を検討すべき炎症の存在について確認し,
有効性の評価についても髄液検査での把握が望 まれる.治療は,プレドニゾロン内服かIFN-
α
が 有効な場合がある.プレドニゾロン 3~10 mg/日の継続投与で効果を示すことが多いが,疾患 活動性の個人差は幅広く,投与量は個別に慎重 に判断する.ステロイドの長期内服に関して は,常に副作用を念頭に置き,症状や髄液所見 を参考にできるだけ減量の可能性を検討する.
IFN-
α
は,300 万単位を 28 日間連日投与し,そ の後に週 2 回の間歇投与が行われるのが一般的 である.(3)進行停滞例,軽症例(疾患活動性が低い)
HAMは,発症後長期に亘り症状がそれほど進 行しないケースがある.また,ある程度の障害 レベルに到達した後,数年間以上,症状がほと んど進行しないケースもある.このような症例 では,髄液検査でも,細胞数は正常範囲で,ネ オプテリン濃度,CXCL10 濃度も低く,あるい は正常範囲なこともあり,ステロイド治療や IFN-
α
治療の適応は乏しい.表 納の運動障害重症度
Score Motor Disability
0 歩行,走行ともに異常を認めない 1 走るスピードが遅い
2 歩行異常(つまずき,膝のこわばり)
3 かけ足不能
4 階段昇降に手すり必要 5 片手によるつたい歩き
6 片手によるつたい歩き不能:両手なら10 m以上可 7 両手によるつたい歩き5 m以上10 m未満可 8 両手によるつたい歩き5 m未満可
9 両手によるつたい歩き不能,四つんばい移動可 10 四つんばい移動不能,いざり等移動可 11 自力では移動不能,寝返り可 12 寝返り不能
13 足の指も動かせない
(4)対症療法
いずれの症例においても,継続的なリハビリ や排尿排便障害,疼痛,痙性などへの対症療法 はADL(activities of daily living)維持のために 非常に重要で,他科と連携しながら,きめ細か な治療を行う.
2)HAMに対するステロイドの医師主導治験 これまでHAMに対するステロイド治療の有 効性は示唆されてきたが,比較対照のある臨床 試験に基づくエビデンスは乏しく8),また,ス テロイドはHAM治療薬として保険承認されて ない.そこで,我々は 2016 年 8 月から,HAM に対するステロイドの疾患活動性に応じたラン ダム化比較試験を多施設共同で開始している.
治験の目的は①疾患活動性別にステロイドの有 効性や安全性を検証し保険承認を目指す,②疾 患活動性を判定するバイオマーカーの前向きの 検証である.本試験により,世界初のステロイ ド治療の質の高いエビデンスが創出され,ガイ ドライン策定や標準治療を検討するうえで重要 な試験となるので,無治療HAM患者の参加協力 をお願いしたい.
3)感染細胞を標的とした新薬開発
HAMの治療は,その病態から①感染細胞の制 御,②脊髄炎症の鎮静化,③傷害された脊髄の 再生,が必要と考えられる.現時点では,脊髄 炎症を鎮静化させるステロイドやIFN-
α
が主に 用いられているが,効果は不十分であることが 多く,病態を制御するには感染細胞の制御がよ り根本的な治療となることが期待されてきた が,これまでその開発は実現しなかった.最近,我々はHAMにおいてHTLV-1 がケモカイン受容
体CCR4 発現T細胞に主に感染しており,その機 能異常がHAMの病態形成に重要であることを 明らかとしたこと等を踏まえ9,10),CCR4抗原を 標的として抗体依存性細胞障害活性を示すヒト 化抗CCR4抗体製剤(モガムリズマブ:遺伝子組 換製剤)に着目し,HAM患者の血液・髄液由来 細胞におけるモガムリズマブの感染細胞殺傷効 果,抗炎症効果等を証明し,CCR4 がHAMの有 用な治療標的分子であることを示した11).さら に,モガムリズマブが感染細胞を標的とした根 本的なHAM治療薬になり得ると判断し,HAMに 対する抗CCR4 抗体の安全性と有効性に関する 医師主導治験を実施中である.モガムリズマブ は日本で開発され,ATLの治療薬として承認さ れた薬剤であり,現状ではHTLV-1感染細胞の劇 的な減少を期待できる唯一の薬剤である.HAM への応用に向け,実用化に資する有用なエビデ ンスを蓄積することが求められる.
おわりに
HAMは日本の研究者が発見した疾患で,臨床 像の解明や病態研究において世界をリードして きた.しかしながら,欧米先進国に患者が少ない ことも影響しバイオマーカー研究や治療法開発 などに関する質の高いエビデンスが少なく,そ の分野の研究推進は急務である.近年,HAMの病 態や治療標的の理解が分子レベルで進んできて おり,神経再生医療の進歩とあわせ,今後,HAM の治療が大きく前進することが期待される.
著者のCOI(Conflicts of Interest)開示:山野嘉久;研究 費・助成金(第一三共)
文 献
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