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日本内科学会雑誌第106巻第9号

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Academic year: 2022

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(1)

 糖尿病性神経障害は,糖尿病発症後の比較的 早期から発症し,多彩な臨床徴候を呈すること により,患者のQOL(quality of life)の低下及び 生命予後の不良化につながる重要な糖尿病性合 併症であることから,神経障害の発症・進展を 予防すると共に,できる限り早期の診断・治療 が重要である.

 糖尿病性神経障害は,広汎性左右対称性神経 障害(多発神経障害)と単神経障害とに大別さ れ,さらに,前者は感覚・運動神経障害と自律 神経障害に分けられるが,一般的に“糖尿病性 神経障害”という場合には,最も頻度の高い感 覚・運動神経障害を指す.

 そこで,本稿では,感覚・運動神経障害を中 心とした糖尿病性神経障害の病態と治療につい て概説したい.

1.糖尿病性神経障害の病態

 糖尿病性神経障害の病理学的所見として,

ニューロンの障害を反映した“軸索変性”と Schwann細胞の障害を反映した“脱髄”の双方 が混在すると共に,神経栄養血管の狭小化及び 閉塞が認められ,その病態は多因子が複雑に絡 み合って構成されている.

 糖尿病の三大合併症と称される神経障害,網 膜症及び腎症は,“細小血管合併症”に分類され ているため,これらの合併症は細小血管障害の みに起因すると考えられるきらいがある.しか しながら,いずれの合併症も,必ずしも血管の みが障害部位ではない可能性も想定されてい る.とりわけ,神経障害では,血管障害とは独 立した神経系細胞における種々の代謝異常が注 目されてきた.これまでに提唱されている発症 機序としては,高血糖により神経系組織におい てポリオール代謝の亢進,プロテインキナーゼ

愛知医科大学内科学講座糖尿病内科

114th Scientific Meeting of the Japanese Society of Internal Medicine:Educational Lecture:15. Pathophysiology and treatment of diabetic neuropathy.

Jiro Nakamura:Division of Diabetes, Department of Internal Medicine, Aichi Medical University School of Medicine, Japan.

本講演は,平成29年4月16日(日)東京都・東京国際フォーラムにて行われた.

糖尿病性神経障害の病態と治療

中村 二郎 Key words 糖尿病性神経障害,血糖コントロール,ポリオール代謝,アルドース還元酵素阻害薬,

対症療法薬

(2)

C活性の異常,非酵素的糖化反応の亢進,酸化 ストレスの亢進,各種の神経栄養因子の低下と いった代謝異常が惹起され,その結果として神 経系細胞(ニューロン,Schwann細胞)が傷害 される.また,神経栄養血管においては,同様 の代謝異常が血管系細胞(血管内皮細胞,平滑 筋細胞)においても生じていることに加え,動 脈硬化性変化も併存することが確認されてい る.これらの結果,神経系細胞と血管系細胞の 各々の障害が交錯しつつ,神経障害の病態を形 成していくものと考えられている(図 1).

2.糖尿病性神経障害の治療

 神経障害の発症・進展を阻止するために,

“cure”を目指した早期からの治療介入を行うこ とが必要であり,痛みやしびれ等の自覚症状の 強い場合には症状改善のための“care”を目的 とした治療が必要となる.

1)cureを目的とした治療

(1)早期からの良好な血糖コントロールの維持  長期間に亘り厳格な血糖コントロールを維持 することにより,神経障害の発症・進展が抑制

されることが,Diabetes Control and Complica- tions Trial(DCCT)等の大規模臨床研究により 明らかとなっている.さらに,DCCTのフォロー ア ッ プ 研 究 で あ るEpidemiology of Diabetes Interventions and Complications(EDIC)Studyに おいては,神経障害の発症・進展予防のために は,できる限り早期から厳格な血糖コントロー ルを行う必要があることが示唆された.

 前述の大規模臨床研究において,厳格な血糖 コントロールによる神経障害発症・進展阻止効 果は明らかになったものの,神経障害改善効果 については明らかになっていない.しかしなが ら,膵腎同時移植により 1 型糖尿病患者の血糖 値を正常化することにより,形態学的にも神経 障害が改善することが角膜共焦点顕微鏡を用い た検討により突き止められ1),長期に亘る血糖 値の正常化が神経障害のcureにつながると考え られる.

(2)発症メカニズムに則った治療

 糖尿病性神経障害の発症・進展においては,

「糖尿病であること」,すなわち「血糖値の高い こと」が主要因であることから,高血糖を是正 することがcureを目的とした治療の主体となる ことは言うまでもない.しかしながら,糖尿病 患者,とりわけ,1 型糖尿病患者において 24 時 間に亘って正常血糖値を維持することは不可能 であり,高血糖に暴露される時間帯が出現し,

それが日々繰り返されることにより,高血糖以 降の神経障害の発症機序が作動することから,

罹病年数の増加に伴って,低い確率ながらも糖 尿病性神経障害が発症・進展することになる.

そこで,厳格な血糖コントロールに加えて,高 血糖に起因する代謝異常をはじめとした成因に 則って開発された薬剤による治療が必要とな る.これまでに想定されてきた代表的な成因仮 説として,ポリオール代謝活性の亢進,プロテ インキナーゼC活性の異常,酸化ストレスの亢 進及び非酵素的糖化反応の亢進が挙げられ,そ れぞれの仮説に則った治療薬の有効性について 図1 糖尿病多発神経障害(DPN)の成因

PKC:protein kinase C,

NGF:nerve growth factor,

NT-3:neurotrophin-3,

DRG:dorsal root ganglion 高血糖

Schwann細胞 NGF,NT-3等の 神経栄養因子↓

DRG neuron

末端性軸索変性 神経栄養血管 神経血流の低下

糖尿病多発神経障害 代謝異常

ポリオール代謝活性の 亢進PKC活性の異常 非酵素的糖化反応の 亢進酸化ストレスの亢進

(3)

の検討が行われてきた.そのなかで,唯一,日 常診療の場で使用可能となったのがポリオール 代 謝 の 律 速 酵 素 で あ る ア ル ド ー ス 還 元 酵 素

(aldose reductase:AR)を阻害するAR阻害薬エ パルレスタットであり,臨床的有用性に関する エビデンスが集積されている.

 ARI-Diabetes Complications Trial(ADCT)にお いて,エパルレスタットによる神経障害進展阻 止効果が明らかとなった(図 2)2).また,層別 解析の結果,血糖コントロールが良好なほど,

神経障害が軽度なほどAR阻害薬の効果は大き いことが明らかになり,より早期からAR阻害薬 を開始すると共に,血糖コントロールを良好に 維持することの重要性が示されている.ADCTの 第3報では,糖尿病性神経障害は糖尿病網膜症・

腎症の進展因子の 1 つであることも明らかにな

り,AR阻害薬により神経障害を軽度に留めるこ とは,他の細小血管合併症の発症・進展を阻止 することにつながることが示唆されている3). しかしながら,国際的にはAR阻害薬の有用性は 未だ確立されていない.

 近年,動物実験では,ピオグリタゾンやインク レチン関連薬が血糖改善効果非依存性に神経保 護作用を発揮するという成績が報告されている が,ヒトにおける詳細な検討はなされていない.

2)careを目的とした治療

 これまで,有痛性糖尿病性神経障害に対する 対症療法薬として三環系抗うつ薬であるイミプ ラミンやアミトリプチリン,選択的セロトニン 再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitor:SSRI)であるパロキセチン,抗痙攣 図2 ADCT(文献2より)

MNCV:motor nerve conduction velocity,HbA1c:hemoglobin A1c,

JDS:the Japan Diabetes Society

(年) (年)

-2

-1 0 1

7%≦HbA1c<9%

0 1 2 3

対照群(n=127)

# # ##

**

HbA1c≧9%

-2

-1 0 1

-3 0 1 2 3

対照群(n=36)

**

(年)

-2

-1 0 1

HbA1c<7%

0 1 2 3

対照群(n=51)

**

***

#

###

-2

-1 0 1

全例

0 1 2 3(年)

対照群(n=215)

MN CV変化量

MN CV変化量

MN CV変化量

MN CV変化量

***

***

### ###

#

(m/秒)

#:p<0.05

##:p<0.01

###:p<0.001

(vs対照群)

two sample t-test

:p<0.05

**:p<0.01

***:p<0.001

(vs開始時)

paired t-test

平均値±SE HbA1cはJDS値

(m/秒)

(m/秒)

正中神経MNCVの変化(3年間のHbA1c推移別 )(HbA1c:JDS値)

(m/秒)

エパルレスタット群(n=113) エパルレスタット群(n=31)

エパルレスタット群(n=36)

エパルレスタット群(n=181)

(4)

薬であるカルバマゼピンやガバペンチン,ある いは抗不整脈薬であるメキシレチンが主に用い られてきた.我が国においては,メキシレチン 以外の薬剤は糖尿病性神経障害性疼痛が適応症 として認められておらず,有効性及び副作用に 関する問題点も伴っていた.最近,これらの問 題点を解消あるいは軽減する新たな薬剤が登場 し,その有用性が注目されている.

(1) セロトニン・ノルアドレナリン 再取り込み阻害薬(SNRI)

 セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻 害 薬(serotonin noradrenaline reuptake inhibi- tor:SNRI)は,三環系抗うつ薬から血管拡張作 用や中枢抑制作用を軽減し,セロトニン及びノ ルアドレナリンに対する作用を残した薬剤であ り,下降性疼痛抑制系を賦活する.本来は抗う つ薬であるが,欧米における検討において,

SNRIであるデュロキセチンの有痛性糖尿病性 神経障害に対する有効性が確認されており,多 くの神経障害性疼痛に対する治療薬として汎用 されている.我が国の臨床試験においても,有 痛性糖尿病性神経障害に対する有効性が明らか

になり4),保険適用が認められている.

(2) カルシウムチャネルα2δ サブユニットリガンド

 神経伝達物質の放出を抑制することから鎮痛 作用を発揮するプレガバリンは,多くの欧米諸 国では糖尿病性神経障害に伴う疼痛に対する第 一選択薬として用いられている.我が国におけ る臨床試験でもその有用性が確認され5),糖尿 病性神経障害を含む末梢性神経障害性疼痛が適 応症として認められている.また,アメリカ神 経学アカデミー等の団体による有痛性糖尿病性 神経障害の治療に関する合同ガイドラインで,

Level A(投与すべき薬剤)に指定された唯一の 薬剤がプレガバリンである6).プレガバリンの 副作用として重要なものが“眠気”と“ふらつ き”であり,特に“ふらつき”は,高齢者での 転倒の危険性を高めることから,できる限り低 用量から開始することが勧められる.我が国で の第III相臨床試験では 300 mg/日と 600 mg/日 が用いられたが,25 mg/日でも十分な効果が得 られることが多く経験される.

図3 有痛性糖尿病性神経障害薬物療法アルゴリズム(文献8より)

ー日本ペインクリニック学会ー 第一選択薬

◇三環系抗うつ薬(TCA)

第二選択薬

◇ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液含有製剤(ノイロトロピン)

第三選択薬

◇麻薬性鎮痛薬:フェンタニル,モルヒネ,オキシコドン,

トラマドール,ブプレノルフィン

SNRI:セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬

◇SNRI

デュロキセチン

◇Caチャネルα2δリガンド

ガバペンチン,プレガバリン ◇抗不整脈薬

メキシレチン

◇アルドース還元酵素阻害薬 エパルレスタット

注意糖尿病治療を必ず行うこと

(5)

(3)治療アルゴリズム

 Toronto Expert Panel on Diabetic Neuropathy のアルゴリズム7)では,第一選択薬として,三 環系抗うつ薬,デュロキセチン及びプレガバリ ンまたはガバペンチンが並列に扱われ,第一選 択薬として使用した薬剤以外の薬剤を第二選択 薬とするとしているが,3剤から1剤を選択する 基準が示されておらず,日常診療に応用するう えでは問題点も多い.

 日本ペインクリニック学会が示した「有痛性 糖尿病性神経障害薬物療法アルゴリズム」(図 3)8)でも,第一選択薬として三環系抗うつ薬,

デュロキセチン,プレガバリンまたはガバペン チン及びメキシレチンが並列に扱われており,

どの薬剤を選択するかの基準は示されていな い.さらには,アルドース還元酵素阻害薬がこ れらの薬剤と同列に扱われていることも大きな 問題である.前述のADCTにおいて,エパルレス タットは自覚症状の改善に有効であることが明 らかとなったものの,AR阻害薬はあくまで成因 に則った治療薬であり,対症療法薬として扱わ れるべきではない.

 COMBO-DN Study9)では,デュロキセチンとプ レガバリンの有効性を 1 対 1 で検討した結果,

デュロキセチンによる疼痛スコア改善効果が大 きかったと報告されているが,三環系抗うつ 薬,デュロキセチン及びプレガバリンの有効性 には有意な差が認められないという報告もあ る10)

 これらの成績及び薬剤の特徴を踏まえたうえ で,筆者が考える「有痛性糖尿病性神経障害に 対する薬物療法のアルゴリズム」が図4である.

おわりに

 国際的コンセンサスの得られた簡易な診断基 準が確立されると共に,簡便且つ鋭敏な定量的 神経機能検査法が開発され,早期診断が可能と なること,さらには糖尿病性神経障害の発症メ カニズムの全貌が解明され,そこから新たな予 防・治療薬が開発されることを期待したい.

図4 有痛性糖尿病性神経障害薬物療法アルゴリズム ー私見ー

有痛性糖尿病性神経障害 血糖コントロール AR阻害薬

第一選択薬

三環系抗うつ薬 第二選択薬

メキシレチン

急性 慢性

第三選択薬

三環系抗うつ薬 デュロキセチン

プレガバリン

(三環系抗うつ薬)麻薬性鎮痛薬 第四選択薬

うつ状態

プレガバリン デュロキセチン or

プレガバリン デュロキセチン or

(6)

著者のCOI(conflicts of interest)開示:中村二郎;講演 料(アステラス製薬,アストラゼネカ,MSD,小野薬品 工業,協和発酵キリン,興和創薬,サノフィ,塩野義製 薬,第一三共,大正富山医薬品,武田薬品工業,田辺三 菱製薬,日本イーライリリー,ノバルティスファーマ,

ノボノルディスクファーマ,ファイザー),寄附金(ア ステラス製薬,アストラゼネカ,MSD,小野薬品工業,

協和発酵キリン,サノフィ,ジョンソン・エンド・ジョ ンソン,第一三共,大正富山医薬品,大日本住友製薬,

武田薬品工業,田辺三菱製薬,日本イーライリリー,日 本たばこ産業,日本ベーリンガーインゲルハイム,ノボ ノルディスクファーマ,ファイザー)

文 献

1) Tavakoli M, et al : Corneal confocal microscopy detects early nerve regeneration in diabetic neuropathy after simultaneous pancreas and kidney transplantation. Diabetes 62 : 254―260, 2013.

2) Hotta N, et al : Long-term clinical effects of epalrestat, an aldose reductase inhibitor, on diabetic peripheral neu- ropathy : the 3-year, multicenter, comparative aldose reductase inhibitor-diabetes complications trial. Diabetes Care 29 : 1538―1544, 2006.

3) Hotta N, et al : Long-term clinical effects of epalrestat, an aldose reductase inhibitor, on progression of diabetic neuropathy and other microvascular complications : multivariate epidemiological analysis based on patient background factors and severity of diabetic neuropathy. Diabet Med 29 : 1529―1533, 2012.

4) Yasuda H, et al : Superiority of duloxetine to placebo in improving diabetic neuropathic pain : results of a ran- domized controlled trial in Japan. J Diabetes Investig 2 : 132―139, 2011.

5) Satoh J, et al : Efficacy and safety of pregabalin for treating neuropathic pain associated with diabetic peripheral neuropathy : a 14 week, randomized, double-blind, placebo-controlled trial. Diabet Med 28 : 109―116, 2011.

6) Bril V, et al : Evidence-based guideline : Treatment of painful diabetic neuropathy : Report of the American Academy of Neurology, the American Association of Neuromuscular and Electrodiagnostic Medicine, and the American Academy of Physical Medicine and Rehabilitation. Neurology 76 : 1758―1765, 2011.

7) Tesfaye S, et al : Painful diabetic peripheral neuropathy : consensus recommendations on diagnosis, assessment and management. Diabetes Metab Res Rev 27 : 629―638, 2011.

8) 日本ペインクリニック学会神経障害性疼痛薬物療法ガイドライン作成ワーキンググループ編:神経障害性疼痛薬物 療法ガイドライン.第 1 版,真興交易医書出版部,2011, 1―50.

9) Tesfaye S, et al : Duloxetine and pregabalin : high-dose monotherapy or their combination? The “COMBO-DN study”―a multinational, randomized, double-blind, parallel-group study in patients with diabetic peripheral neuropathic pain 154 : 2616―2625. Pain 2013. http://dx.doi.org/10.1016/j.pain.2013.05.043

10) Boyle J, et al : Randomized, placebo-controlled comparison of amitriptyline, duloxetine, and pregabalin in patients with chronic diabetic peripheral neuropathic pain : impact on pain, polysomnographic sleep, daytime functioning, and quality of life. Diabetes Care 35 : 2451―2458, 2012.

 

参照

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4) American Diabetes Association : Diabetes Care 43(Suppl. 1):

10) Takaya Y, et al : Impact of cardiac rehabilitation on renal function in patients with and without chronic kidney disease after acute myocardial infarction. Circ J 78 :

[r]

38) Comi G, et al : European/Canadian multicenter, double-blind, randomized, placebo-controlled study of the effects of glatiramer acetate on magnetic resonance imaging-measured

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