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日本内科学会雑誌第105巻第4号

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Academic year: 2021

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はじめに

 コントロール不良な甲状腺機能中毒症では, 感染,手術,ストレスを誘因として高熱,循環 不全,ショック,意識障害などを来たし,生命 の危険(致死率 10%以上)を伴う場合がある. このような生命を脅かすような甲状腺中毒状態 は甲状腺クリーゼ(thyrotoxic storm or crisis)と 呼ばれている1).発症機序は不明であり,臨床 的所見によって定義されている.多臓器におけ る非代償性状態を特徴とし,高熱,循環不全, 意識障害,下痢・黄疸などを呈する.しばしば 感染,手術,ストレスなどを誘因として発症す る.甲状腺機能検査では通常の甲状腺中毒症と 区別できず,臨床的症状・徴候に基づいて診断 される.甲状腺ホルモンレベルが著明に高くな い場合でも発症する.原疾患はほとんどBase-dow病であり,未治療や治療中断のBasedow病 患者が多数を占める.ただし,破壊性甲状腺中 毒症やTSH(thyroid stimulating hormone)産生

腫瘍などによる報告もある.このような状況下 で,的確に甲状腺クリーゼを診断し,早期に治 療を開始することが肝要である.日本甲状腺学 会および日本内分泌学会では,甲状腺クリーゼ を臨床重要課題と指定し,新たな診断基準作成 とそれに基づいた全国疫学調査を実施した2) この調査研究によって,甲状腺クリーゼの発症 実態が明らかになり,診断基準の確立も達成さ れた2,4).さらに,予後改善のために治療アルゴ リズムを含む診療ガイドラインの作成が検討さ れている4).本稿では,これらの検討内容を中 心に,甲状腺クリーゼの診断と治療に関して概 説する.

1.疫学

 我が国において,年間約 150 件発生してい る2,5,6).甲状腺基礎疾患としてはBasedow病が 最も多いが,機能性甲状腺腫瘍や破壊性甲状腺 中毒症に伴って発症した報告もある.抗甲状腺

甲状腺クリーゼ

要 旨 赤水 尚史  甲状腺クリーゼは甲状腺診療における救急の代表例であり,多臓器にお ける非代償性状態を特徴とする.臨床症状に基づいて診断され,日本にお ける診断基準が作成されている.同診断基準に基づいて,我が国における 全国疫学調査が実施され,致死率が 10%を超えていた.致死的疾患であ るので,疑診の段階でも治療を開始することが肝要である. 〔日内会誌 105:653~657,2016〕

Key words Basedow病,多臓器不全,APACHE score II,集学的治療

和歌山県立医科大学内科学第一講座

Endocrine and Metabolic Emergencies;Points of Initial Management. Topics:III. Thyroid storm. Takashi Akamizu:The First Department of Medicine, Wakayama Medical University, Japan.

Ⅲ. 甲状腺クリーゼ

(2)

薬の不規則な服薬や中断症例が非常に多く,未 治療例が約20%を占める.誘因としては感染が 最も多く,特に上気道炎・肺炎が多数を占める. 致死率は10%を超え,死因は多臓器不全,心不 全,腎不全,呼吸不全,不整脈の順に多い.

2.臨床所見

1)臨床症状  全身性症候,臓器症候,甲状腺基礎疾患関連 症候の 3 つに大別される.全身性症候は,高体 温,高度の頻脈や多汗,ショックなどが代表的 である.臓器症候として,意識障害を中心とし た中枢神経症状,下痢・嘔吐・黄疸などの消化 器症状,心不全を中心とした循環器症状が特徴 的である.これらの症状のうち,臓器症状では 中枢神経症状の合併が最も多く,かつ特異的で あると考えられる. 2)検査所見 (1)甲状腺機能検査  甲状腺ホルモンレベルを把握するために, free T3,free T4,TSHを測定する.ただし,甲 状腺中毒クリーゼが強く疑われて全身状態が重 篤である場合,ホルモン測定結果が出るまでに 治療を開始すべきである.甲状腺疾患の合併が 不明である場合,甲状腺エコーや甲状腺シンチ グラフィーが有用である. (2)一般検査  全身状態の把握のため,一般的な血液・生化 学検査,胸部X線,心電図は必須である.しば しば肝機能異常(黄疸を含む)や腎機能異常を 伴い,それらの重症度は予後との関連が深い. 一般的に,甲状腺中毒クリーゼでは相対的副腎 皮質機能低下状態になり,時には副腎皮質機能 低下症を合併するので,電解質を必ずチェック する.誘因のある場合は,それに関する検査を 並行して行う. (3)臓器不全  循環不全,中枢神経障害,肝機能異常などの 臓器不全については,各々専門的検査(心エコー や脳波など)を行う.

3.診断

1)診断基準  2008年初めに,日本甲状腺学会および日本内 分泌学会によって「甲状腺クリーゼの診断基準 (第1版)」が作成された.次いで2009年に,そ の診断基準に基づいて全国疫学調査が実施され た.同全国疫学調査の結果から,診断基準が改 訂された(第 2 版)(表 1)2,3).改訂点は,黄疸 の目安として血中総ビリルビン値が 3 mg/dlを 超える場合とされたことであった.血中総ビリ ルビン値が3 mg/dlを超える場合,死亡率の有意 な増加が認められたこととChild-Pughスコアな どの肝不全評価において重症の目安として同基 準が用いられているからである.この診断基準 の特徴は以下のようである.  ①甲状腺中毒症の存在またはその疑いを必須 とする.  ②エビデンスにできるだけ基づく.  ③致死率の高い疾患であるので偽陰性を避ける. 2)重症度判定  全国疫学調査の結果,致死率10%以上であっ た2).死因は,多臓器不全,心不全,腎不全, 呼吸不全,不整脈の順に多かった.また,後遺 症として,不可逆的な神経学的障害(低酸素性 脳症,廃用性萎縮,脳血管障害,精神症)が少 な か ら ず 認 め ら れ た. 予 後 規 定 因 子 と し て ショック,DIC(disseminated intravascular coag-ulation),多臓器不全が挙げられ,治療前の入院 病棟の重症度に応じて予後不良であった.例え ば,一般病棟とICU(intensive care unit)を比較 すると,ICUのオッズ比は5.57(P=0.0003)で

(3)

あった.さらに,ICU入室患者の重症度評価の 指標であるacute physiology and chronic health evaluation(APACHE)II scoreを見ると,甲状腺 クリーゼ患者全体の平均値は10.97±0.35(n= 354,最高 37,最低 0)であり,生存者(10.48 ±0.36)と死亡者(15.00±1.04)間で有意な差 があった(p<0.0001).すなわち,APACHE II スコアーが甲状腺クリーゼ重症度判定に有用と 考えられる.APACHE IIスコアー9 以上ではICU 入室として,9 未満となった状態で退室とする ことが推奨されよう.

4.治療

 甲状腺中毒クリーゼは甲状腺診療における救 急疾患の代表例であり,その診断と治療は集中 治療における重要な問題である.稀な病態であ るが,放置すれば致死的である.甲状腺クリー ゼの可能性があるときは,疑診の段階でも治療 を始めることが肝要である.専門医にも同様に できるだけ早期にコンサルトする.日本甲状腺 学会および日本内分泌学会の研究班では,現在 治療アルゴリズム作成中であり,その完成が待 たれる7)  Basedow病による甲状腺クリーゼの場合,具 体的には以下の 4 本柱で治療する(表 2)8) 表1 甲状腺クリーゼの診断基準(第2版)3) 定義

甲状腺クリーゼ(Thyrotoxic storm or crisis)とは,甲状腺中毒症の原因となる未治療ないしコントロール不良の甲状 腺基礎疾患が存在し,これに何らかの強いストレスが加わった時に,甲状腺ホルモン作用過剰に対する生体の代償機 構の破綻により複数臓器が機能不全に陥った結果,生命の危機に直面した緊急治療を要する病態をいう. 必須項目 甲状腺中毒症の存在(遊離T3および遊離T4の少なくともいずれか一方が高値) 症状(注1) 1.中枢神経症状(注2) 2.発熱(38度以上) 3.頻脈(130回/分以上)(注3) 4.心不全症状(注4) 5.消化器症状(注5) 確実例 必須項目および以下を満たす(注6). a.中枢神経症状+他の症状項目1つ以上,または, b.中枢神経症状以外の症状項目3つ以上 疑い例 a.必須項目+中枢神経症状以外の症状項目2つ,または b. 必須項目を確認できないが,甲状腺疾患の既往・眼球突出・甲状腺腫の存在があって,確実例条件のaまたはbを満 たす場合(注6). (注1)明らかに他の原因疾患があって発熱(肺炎,悪性高熱症など),意識障害(精神疾患や脳血管障害など),心不全(急性心筋 梗塞など)や肝障害(ウイルス性肝炎や急性肝不全など)を呈する場合は除く.しかし,このような疾患の中にはクリーゼの誘因と なるため,クリーゼによる症状か単なる併発症か鑑別が困難な場合は誘因により発症したクリーゼの症状とする. このようにクリーゼでは誘因を伴うことが多い.甲状腺疾患に直接関連した誘因として,抗甲状腺剤の服用不規則や中断,甲状腺手 術,甲状腺アイソトープ治療,過度の甲状腺触診や細胞診,甲状腺ホルモン剤の大量服用などがある.また,甲状腺に直接関連しな い誘因として,感染症,甲状腺以外の臓器手術,外傷,妊娠・分娩,副腎皮質機能不全,糖尿病ケトアシドーシス,ヨード造影剤投 与,脳血管障害,肺血栓塞栓症,虚血性心疾患,抜歯,強い情動ストレスや激しい運動などがある.

(注2)不穏,せん妄,精神異常,傾眠,けいれん,昏睡.Japan Coma Scale(JCS)1以上またはGlasgow Coma Scale(GCS)14以 下.

(注3)心房細動などの不整脈では心拍数で評価する.

(注4)肺水腫,肺野の50%以上の湿性ラ音,心原性ショックなど重度な症状.New York Heart Association(NYHA)分類4度または Killip分類 III度以上.

(注5)嘔気・嘔吐,下痢,黄疸(血中総ビリルビン>3 mg/dl)

(4)

 ①甲状腺ホルモン産生・分泌の減弱  ②甲状腺ホルモン作用の減弱  ③全身管理  ④誘因除去  Basedow病による甲状腺クリーゼの場合,抗 甲状腺薬投与は大量に行う(例:メチマゾール 3~4 錠(15~20 mg)またはPTU(プロピルチ オウラシル)4~5 錠(200~250 mg)を 6 時間 ごとに投与).  抗甲状腺薬投与とともに,無機ヨードを投与 する(例:ルゴール 6 滴またはヨー化カリウム 50 mgを 6 時間ごとに投与).なお,PTU,副腎 皮質ホルモン,βブロッカーにはT4 からT3 への 変換抑制作用がある.  全身管理としては,一般的緊急処置,十分な 輸液と電解質補正,徹底した身体の冷却と解熱 薬投与を行う.解熱薬としては,遊離型甲状腺 ホルモンの上昇を来たす可能性のあるNSAID (non-steroidal anti-inflammatory drug)より,そ の作用が少ないアセトアミノフェン(例:アン ヒバ座薬[1 回 500 mg,1 日 1,500 mg],カロ ナール,ピリナジン)の使用が勧められる.頻 脈 に対して はβブロッカーで心拍数をコント ロールするが,心不全を伴う場合は,厳格な心 血行動態モニターとそれに応じた治療を行う. できるだけβ1 選択性かつ短時間作用型遮断薬 を用いる.βブロッカーの過剰投与には注意が 必要である.循環器症状による死因が最多であ ることを鑑み,重症例では専門家による集学的 治療を図ることが重要である.最重症例には人 工心肺も考慮する.ストレス下および相対的副 腎不全の状態にあると考えられるので,副腎皮 質ステロイドを投与する.中枢神経症状(せん 妄,痙攣など)があるときは鎮静薬や抗痙攣薬 を使用する.黄疸を伴う重症肝不全や心不全を 含む多臓器不全では血漿交換(+[高流量]血液 濾過透析)も考慮する.具体的な適応基準とし て,日本アフェレシス学会の重症急性肝不全に 対するアフェレシス療法9)が提唱されている.  甲状腺クリーゼの誘因で対応可能な場合は適 切な処置を施す.例えば,感染による場合は抗 生物質の投与などを行う.

おわりに

 甲状腺クリーゼはいったん発症すると,現在 でも死亡率の高い緊急治療を要する病態であ り,臨床現場で遭遇する機会もある.特に,救急 医や循環器内科など非甲状腺専門医を初めに受 診する場合があり,早期の診断確定と治療が求 められる.日本で作成された診断基準と診療ガ イドライン・治療アルゴリズムが甲状腺クリー ゼ診療の向上に貢献することを期待している. 謝辞:本稿の内容は,日本甲状腺学会と日本内分泌学 会に設置された「甲状腺クリーゼの診断基準の作成,全 国疫学調査,診療ガイドライン作成」委員会で討議され たものに基づくものです.筆者が委員長を担当していま すが,委員の佐藤哲郎,磯崎収,鈴木敦詞,脇野修,飯 降直男,坪井久美子,門傳剛,幸喜毅,大谷肇,手良向 聡,金本巨哲,古川安志の諸氏にはその精力的な活動に 心から感謝します. 表2 甲状腺クリーゼの治療8) 1.甲状腺ホルモン産生・分泌の減弱 ●大量の抗甲状腺薬:甲状腺ホルモン合成抑制 ●無機ヨード:甲状腺ホルモン分泌抑制 ●副腎皮質ステロイド:T4からT3への変換抑制 2.甲状腺ホルモン作用の減弱 ●βブロッカー* 3.全身管理 ●一般的緊急処置(呼吸管理,酸素吸入,鎮静薬な ど) ●輸液:脱水,電解質失調の改善 ●高体温:解熱(身体の冷却,解熱薬) ●頻脈,心房細動:βブロッカー*,ジギタリス ●心不全;心血行動態モニターに応じた治療,利尿 薬など ●副腎皮質ステロイド:相対的副腎不全に対して ●中枢神経症状:鎮静薬,抗痙攣薬 4.誘因除去 *気管支喘息では禁忌,心不全での使用は要注意.

(5)

著者のCOI(conflicts of interest)開示:本論文発表内容 に関連して特に申告なし

文 献

1) Tietgens ST, Leinung MC : Thyroid storm. Med Clin North Am 79 : 169―184, 1995.

2) Akamizu T, et al : Diagnostic criteria and clinico-epidemiological features of thyroid storm based on a nationwide survey. Thyroid 22 : 661―679, 2012.

3) 赤水尚史,他:甲状腺クリーゼの診断基準(第 2 版).2012. http://www.japanthyroid.jp/doctor/img/crisis2.pdf 4) Isozaki O, et al : Treatment and management of thyroid storm : analysis of the nationwide surveys : The taskforce

committee of the Japan Thyroid Association and Japan Endocrine Society for the establishment of diagnostic criteria and nationwide surveys for thyroid storm. Clin Endocrinol(Oxf)22 : 661―679, 2015.

5) 赤水尚史,他:甲状腺クリーゼ.内科 107 : 115―118, 2011. 6) 赤水尚史:甲状腺緊急症への対応.臨床検査 58 : 1480―1483, 2015. 7) 赤水尚史:甲状腺クリーゼ・粘液水腫の診断・治療の指針,救急・集中治療 最新ガイドライン2014-’15.岡元和文 編著.総合医学社,東京,2014, 341―342. 8) 赤水尚史:甲状腺クリーゼ,内分泌代謝専門医ガイドブック(改訂第 2 版).成瀬光栄,他編.診断と治療社,東 京,2009, 148―151. 9) 一般社団法人日本アフェレシス学会:アフェレシスマニュアル 改訂第 3 版.2010.  

参照

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