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第6章

分業の基本的な様相を、図 32に示す。

図 32:回路設計者と基板設計者のデータの流れでの分業の図

この分業における特徴的な状況は、基板設計者に対して回路設計者から提示される 基板設計情報が、基板設計の詳細を示さないことだ。基板設計者に示される基板の構 造を示す情報は層数などの層構成、基板外形、主要な部品配置(コネクタやスイッチ など、配線の引き回しや操作性都合で指定される配置)が示され、多くのその他の部 品の配置の指定はおこなわれない。指定されていない部品は、ネットリストデータど おりに配線が接続されていれば、基板上の部品配置やパターン設計は自由におこなえ る状態である。

この部品配置の自由度によって、基板設計者の知識と、意志の反映をおこなう余地 が多く残されている。他方で、自由度が高いからといえど、どのような基板設計をし ても回路設計者に受け入れられるということではない。事例研究から明らかになった ように、近年の回路技術の進化にともない、基板設計者は多分に回路設計者の回路上 の意志を汲まねばならない状況である。具体的にはインフォーマントが語った、高速 信号、クロックガード、インピーダンス、等長配線、等遅延などの言葉で表された技

術的な制約だ。その逆に、回路設計者側も基板設計者側の意志を汲むこともおこなわ れていた。更に回路設計者、基板設計者双方にとって意志の反映を十分にすることを 困難にする要素も存在した。それは、機器の小型化に伴い、これらを十分配慮するだ けの基板面積が縮小し、全てを設計者が思い描く状態にすることが物理的に困難にな った状況だ。

回路設計者と基板設計者の分業では、技術の進化、寸法制約の影響は受けつつも、

他方では設計の自由度を活かし、回路設計者独自のこだわり、好み、基板設計者のこ だわり、好みがバウンダリーオブジェクトに作用していた。基板設計者の木村氏の「十 人やって十人違う」、「顧客の数だけ答えがあり、基板の数だけ答えがある」との発言 は、このことを端的に表現した言葉であった。

6.1.2 SRQ2 についての答え

SRQ2「分業状態にある専門が異なる設計者間の共鳴とはどのようなものか?」に ついての答えを述べる。

共鳴は、相手が出してきたバウンダリーオブジェクトに存在する相手の意志を推測 し、それを自身の経験と意志に照らし合わせ、違和感を認識することから始まる。次 に、感じた違和感をそのままとせず、バウンダリーオブジェクトと対話によって相手 のこだわり、好み、意志の確認を始めることで、相手の意志をバウンダリーオブジェ クトに留めるか、更に変更するか、それを認めないかといった対話がおこなわれる。

対話の目的は、設計における自身の意志を反映したい欲求と、分業相手の意志を反映 したいという欲求のバランスをとるためのものである。意志反映の欲求の落としどこ ろが互いに納得できる状態になることにより、設計者間の共鳴が生まれる。

共鳴を促進する要素は、回路設計者からは「美しい」とされ、基板設計者からは「意 志を感じる」とされた回路図、対話と省察的実践、判断の速さであった。

共鳴のための対話は、分業時の不安定要素である技術的理想の実現困難、設計者の こだわり、好みと表現された、分業相手の自由度が高い設計が許容された状態が基に 存在し、その上に発生する。

回路設計者と営業との対話は会社間における対話の場を構築し、その場に入るため の敷居を下げるといった冗長性を持たせる行為であると考えられ、これによっても回

路設計者と基板設計者の対話が促進されると考える。

この状態を図 33に示す。

図 33:共鳴の状態

バウンダリーオブジェクトによって、回路設計者と基板設計者の共鳴が発生するポ イントは、基板設計中に少なくとも2回存在していた、これを図 34に示す。

一回目のポイントは、基板設計者が回路図によってイメージした部品配置と、回路 設計者が抱いていた部品配置のイメージをすり合わせるポイントである。

二回目のポイントは、基板設計者の意志が含まれたパターンと、回路設計者の電気 回路的な意志をすり合わせわるポイントである。

共鳴を促進する要素で一回目、二回目のポイントとも共通するのは対話のしやすさ であった。その対話のしやすさを実現するために、「遊びの話」「プライベートの話」

と表現された、対話の時間を業務以外の話で多用する行動が認められた。この行為は、

基板設計会社の営業側にも好意的に受け止められていた。

基板設計者との対話においては、佐藤氏の場合は「しったかぶり」を活用すること で相手のノウハウを引き出すことをおこなっていた。田中氏の場合は営業担当者と同 様に「プライベートの話」で対話実践の敷居を低くする行為に挑戦していたが「なか なかその牙城は崩せないんです」と述べたように、技術者同士の対話の敷居を下げる 困難さが存在していた。他方で基板設計者の木村氏は「人としてやりやすいとか、人 として好きだっていうのは、いい基板設計をする、いい回路図を書くっていうのを超 えるまでは言わないですけど、同等ぐらいなものはある」と述べ、対話の重要性と、

対話から相手の能力が推察できることを示唆した。

一回目のポイントで共鳴を促進する要素は、回路図等の回路設計情報を基に基板設 計者が抱いた部品配置のイメージと、回路設計者が抱いていた部品配置のイメージを、

基板設計者が抱いたイメージを具体化し提示される部品配置図(バウンダリーオブジ ェクト)を見ながら行う対話である。いわば、お互いの部品配置のイメージを、バウ ンダリーオブジェクトと対話を通じすり合わせ、部品配置を改善するといった状況を つくりだしていた。

部品配置のイメージのすり合わせを促進する要素は、田中氏が「美しい」と表現し、

木村氏が「意志を感じる」とした回路図の描き方であった。このような回路図が望ま しいことは、基板設計会社の営業の両氏とも肯定していた。

二回目のポイントで共鳴を促進する要素は、相手の意志との対話である。この時に はパターンを見ながら対話がおこなわれる。

意志は、インフォーマントからこだわり、好みといった言葉で表されたように、個々 人によって異なるものである。これを対話によって設計者間ですり合わせる行動がお こなわれ、パターンが変更されていく。

この過程で特徴的なことは、すり合わせ実施時の対話では、厳に工学的な証明がい ずれかから示され、完全なお互いの理解の上で修正が成されるものではないというこ とだ。このことは田中氏の「相手が理解できるもの半分、相手のことを理解できるも のも半分」といった発言や、木村氏の自分の意志とは反する相手の意志に合わせるこ とを躊躇しない「それも正解です」といった発言が示していた。