第 5 章
5.3 対話の目的
5.3.1 回路設計者と営業
S社回路設計者は、直接対面する時間の多くを遊びの話や、プライベートの話に称 していることがわかる。以下はそれを現したインフォーマントの発言である。
佐藤氏:最初の5分から10分は仕事の話です。あとは遊びの話。
田中氏:1が仕事で9がプライベートじゃないですかね。
また、営業の渡辺氏、山本氏からは、S社以外の設計者との対話も含め、世間話の 比率が高いときがあることが語られた。
渡辺氏:その場の状況にもよりますけど、まあでも平たくしてもやっぱり半々 ぐらいは世間話しているかな。
渡辺氏: 9(世間話):1とかは多分ありますね。
山本氏:僕、そういうお客さんの場合、仕事の話が6割ぐらいの、世間話だと かプライベート的な話を4割ぐらいしているような感じですかね。6:4ぐらい。
山本氏:9(世間話):1、状況によってはありますね。
S社設計者のこの状況が生まれた背景と目的を、次のように考察する。
・佐藤氏の場合
(背景)
設計部門に異動したことをきっかけに、周囲に仕事を引き受けてもらいやすくする ための手法を考えた。推測にはなるが、設計部門に異動した直後、いわば新参者の仕 事を引き受けてもいにくい状態を打開するために考えた手法であろう。
(目的)
佐藤氏は仕事を引き受けてもらいやすくするため、情報の入手といった満足要素の 実現、かつ新規に仕事を依頼する相手の見極めのために、対話を実践していた。
佐藤氏:それは大体営業に話を聞いて、その後は小さいもの、軽いものを一発 出してみる。
・田中氏の場合
(背景)
田中氏が対話を多くするようになったのは、厳しく、かつきっちりしていた N 氏 との出会いがきっかけだと述べた。N氏のことを田中氏は「僕その当時はまあ恐ろし かった」とも述べたが、N氏のことを「僕その感じ嫌いじゃないっていうのはやっぱ りあった」とも述べた。このため N 氏から感じる畏怖を和らげつつ、対話をしたい という気持ちから、対話をするようになったと考える。
(目的)
田中氏の対話を多くすることの目的は、相談のしやすさ、連絡の取りやすさの実現 と、相手の傾聴を促す、相手の意見を引き出すためであった。
次に、K社営業が、遊びの話、世間話、プライベートの話をおこなう目的を整理す る。
・渡辺氏・山本氏の場合
(背景)
渡辺氏、山本氏の場合は、両氏とも雑談が多くなることは苦ではないと述べた。渡 辺氏の場合は「(顧客に)忘れられちゃうという恐怖」があるため、9:1で雑談が多く なったとしても、顧客の記憶に残ることにつながるとし、仕事としても必要なことだ と肯定的に述べた。法人営業でも、結局は個人対個人と述べた山本氏は、長く関係が
続く個人を振り返ると、取引が始まった最初の時期をとりあげるだけでも、話す量が 多いことを述べた。
これらの顧客の記憶に残る、取引が長く続くことは、営業の精神的な不安を和らげ る要素である。記憶に残すための手法として、または取引が長く続くことを期待させ る効果が対話にはあると考えた。
また対話が必要だと思う背景は、過去に、IT 技術を利用し、営業を減らしても注 文が増える仕組みをつくったK社の営業渡辺氏の言葉が端的に表していると考えた。
渡辺氏:実際に通信だけじゃ伝えられないことって絶対あると思うんですね。
そういうのは対話をして詰めていく必要があるのかなと。安心感が違わないか なということで。
(目的)
渡辺氏、山本氏の対話の目的とは、親しみ、安心感、将来の取引継続への期待感と いった精神的安定を持たたすとともに、実務における対話、情報の流れの加速、物流 の加速などへの期待を持っておこなわれると考察する。
そして、営業から基板設計者に対しては、顧客である回路設計者の情報が伝わると 考えられる。一見無駄とも思える趣味やプライベートの話はどのような効果があるの だろうか。それを考察するために遠山らが論じた知識創造の場の活性化の要素の一つ である冗長性を示す。
冗長性とは、日常業務を遂行する上ですぐに必要のない情報が組織に蓄積さ れている状態を指す。企業においては業務に関する情報や責任が意図的にオー バーラップしている状態をいう。冗長性は通常無駄や過負荷といったイメージ につながるが、組織的知識創造にとっては不可欠なものである。一見無駄とも 思える情報が共有されていることにより、暗黙知の迅速な共有が促進される
(遠山・野中 2000:14)。
回路設計者と営業の対話は、遠山らの企業における状況とは異なるが、営業が感じ
た回路設計者の為人や、営業が受けた親しみ、安心感、将来の取引継続の可能性など が基板設計者に漏れ伝わることは容易に想像できる。
基板設計者が持つ知識や経験の活用度合は、営業からの情報によって影響を受ける 可能性があると考える。