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第 5 章

5.2 回路設計と基板設計の分業の営み

5.2.2 設計記録が無い

氏の場合は基板設計者の自由度を高くしているが、その場合でも、完全に自由にする 訳ではない。それは佐藤氏の「理屈が合って動けばいい」という発言で示された、佐 藤氏の回路設計者としての一定のこだわりである。

回路設計者(依頼者)の好み、こだわりや回路設計者側でも基板設計の内容につい て妥協が容認されている状況から、このように基板設計をすれば問題が無いとする正 解は現時点で存在しないことになる。このことは基板設計の自動化を困難にする要素 である。

まとめると、電気の観点での技術的理想とされる配線長ゼロは、物理的制約から実 現できない。また、設計自動化という技術的理想は、基板設計の過程で回路設計者と 基板設計者の好み、こだわりの多様性があることから実現できない。

これらから、回路設計者と基板設計者の分業においては、技術的理想と、それから 乖離した現実のはざまを認識しながら、設計をおこなっていると考察する。

定かではない

・基板設計会社の営業の場合

筆者:それは記録されているのですか?設計者は。記録なのか、記憶なのか。

山本氏:記憶だと思う。

渡辺氏:記憶だろうね。

K社内では「記録に残すことになってはいる」とし ながらも、顧客との電話やその 場の判断でおこなったことは記録に残らないとした。また、顧客の考え方までは記録 に残さないとした。

渡辺氏:お客さんの考え方まで記録に残さないもんね。

山本氏:うん。

インフォーマントの中で、自身が記録を残しているとした田中氏の場合であっても、

その記録は全部を示したものでなく、かつ常時行われていない。

田中氏:相手方はちょっと分からないですけど、こっち側では残してるときと、

残してないときがちょっと曖昧ですね。

田中氏に記録を残さなくなる理由を質問したところ、次のように話した。

田中氏:何でしょう。自分が気になることが、一貫し始めると、きっとそれ(記 録)は取る必要がなくなるので、ていうので、そこはまあ確実に(記録を)取 らなくなると。新しい何か自分が気になるようなところがあれば、書くという か、とどめるとは思うんですけど。

このように、回路設計者、基板設計者とも設計上のやり取り、すなわち設計の考え 方の記録は稀であり、記録をしている田中氏でも、それが断片的なものであることが

わかった。

他方で、記憶が存在していることは基板設計者の違いを図面で認識できるかの質問 に対する答えより、確からしいといえる。

筆者:パターンですね。パターンで(担当の違いを)気付くことあります?

佐藤氏:あるある。

筆者:ちなみに今6人ておっしゃってましたけども、何種類かこの6人の方が 書かれたパターン図を見て、多分このパターン図はこの人が書いたな、という のは感じることがありますか。

田中氏:あります。あります、あります。

筆者:先ほど十人やれば十人違うっておっしゃってましたけど、例えば同僚で あれば、アートワークに名前が入ってなくても、この基板多分誰が書いたって のがわかるもんですか。

木村氏:長くやってる人だったらわかりますね。例えば基板自体とか、CAD のパターンを見て「これ引いたの誰だな」っていうのは、長く付き合ってる人 だとわかります。

回路設計者と基板設計者の間でおこなわれた設計上のやり取りは、多くが記憶とし て残っている。その記憶は、結果として個々人の設計に影響を与えているために、基 板設計図に「らしさ」が誕生し、その結果基板設計図を見ればわかる、という答えが 続いたと考える。

基板設計の過程の記録が無い理由は、電話での対話や即時の判断をするなど、その 場限りの即興性の高い状況でおこなわれているために記録が困難なことだと考える。

他方で、田中氏が示したように場合によっては、一時的に記憶の補助的な道具として 記録が使われてはいるが、設計者の中で一貫した物語が成立すると、記録は使われな くなる。このことは日常的に、設計者は記憶を主な頼りに設計をおこなっていると考 える。