• 検索結果がありません。

第 4 章 中国語「V 有」に関する考察

4.3.2 II 型の「V 有」構文

II型の「V有」構文は「A(Agent)+V 有+ P(Patient)」という基本構造をもち、動作主 が明示されて主格の位置にあり、対象は対格の位置に生起する。II 型における「有」は I 型における「有」より存在の意味が抽象化され、基本アスペクト形式とされている「了」

に相当し、「パーフェクト」の意味を表す機能語的な性質に至っていると見なすことができ る。構文全体としては、具体的な対象の存在ではなく、基準時(及び、それ以降)におい て動作行為の有効性が引き続き存在しているという 意味を表していると言える。ここでは、

「行為経験の存在51」と呼ぶことにする。

文(4.72)、(4.73)、(4.74)では、I 型の「V 有」とは異なり、眼前の状態を描く現象文 ではない。参照点となる具体的なものは必ずしも目の前に存在しておらず、具体的な結果 状態の存在を表すのではなく、過去の行為経験の効力が基準時(及び、それ以降)におい て存在していることを表す。

(4.72)鲁迅 先生 在1926年 写有 散文 《藤野先生》

lǔxùn xiānshēng zài nián xiě-yǒu sànwén téngyě xiānshēng 魯迅先生 1926年に 書く-YOU 散文 作品名

(1926年に、魯迅先生は散文『藤野先生』を書いている)

(再掲)

(4.73)安置点 负责人 掌握有 安置点 内 所有 群众 的 ānzhìdiǎn fùzérén zhǎngwò-yǒu ānzhìdiǎn nèi suǒyǒu qúnzhòng de 避難所 責任者 把握する-YOU 避難所 中 全部 人々 の

51 こ の よ う な 考え は 金 水 (2000)、 岡 (2001、2013b)か ら 学 ん だ と ころ が 大 き い。 金 水 (2000) は ガ 格に動作主がくるB型「Vテアル」構文における動作主は経験主体であり、「NP2(経験主)ハ[…V1テ]VP アル」という構造をもつと述べている。つまり、出来事が NP2(経験主)に存在していることを表す。

また、岡(2001、2013b) は、直接的結果や 痕跡が存 在せず、先行する 行為と現 在の発話が関連付 けら れる「Vテアル」を「行為 存在型」と呼んでいる。

94 受灾 情况…略…

shòuzāi qíngkuàng 被災状況

(避難所の責任者は避難所内の人々の被災状況を把握している…略…)

(『京华时报』、2010-04-17)

(4.74)新闻 中心 为 记者 准备有 午餐 和 晚餐。

xīnwén zhōngxīn wèi jìzhě zhǔnbèi-yǒu wǔcān hé wǎncān ニュースセンター 記者のために 準備する-YOU 昼食と夕食

(ニュースセンターのスタッフは記者たちのために昼食と夕食を 準備してあ る。)

(『人民日报』、2014-11-05)

存在動詞「有」を中心とする I型の「有」構文と比べ、II型の「V有」構文は動詞V が 中心となっていると考えられる。例えば、動詞「写(書く)」、「掌握(把握する)」、「准备

(準備する)」を省いた文(4.75)、(4.76)、(4.77)は不自然な文、あるいは非文となって いる。この点から見れば、このタイプの「V 有」は広義の存在を表すのではなく、動詞 V が中心的な役割を果たしていると分析できる。この場合、「有」は「了」に相当する「パー フェクト」の用法をもつと考えられる。

(4.75)*鲁迅 先生 在1926年 有 散文 《藤野先生》

lǔxùn xiānshēng zài nián yǒu sànwén téngyě xiānshēng 魯迅先生 1926年に YOU 散文 作品名

(4.76)?安置点 负责人 有 安置点 内 所有 群众 的 ānzhìdiǎn fùzérén yǒu ānzhìdiǎn nèi suǒyǒu qúnzhòng de 避難所 責任者 YOU 避難所 中 全部 人々 の 受灾 情况…略…

shòuzāi qíngkuàng 被災状況

95

(4.77)*新闻 中心 为 记者 有 午餐 和 晚餐。

xīnwén zhōngxīn wèi jìzhě yǒu wǔcān hé wǎncān ニュースセンター 記者のために YOU 昼食と夕食

また、文(4.78)、(4.79)のように、「已经(既に)」のような時を明示する副詞的成分を 付け加えることができることも、このタイプの「V 有」構文が結果よりも行為のほうに重 点が置かれ、先行する事態と基準時とを関連付ける「パーフェクト」の用法として分析で きる 1つの証拠になる。

(4.78)安置点 负责人 已经 掌握有 安置点 内 所有 群众 的 ānzhìdiǎn fùzérén yǐjīng zhǎngwò-yǒu ānzhìdiǎn nèi suǒyǒu qúnzhòng de 避難所 責任者 既に 把握する-YOU 避難所 中 全部 人々 の 受灾 情况…略…

shòuzāi qíngkuàng 被災状況

(避難所の責任者は既に避難所内の人々の被災状況を把握している…略…)

(4.79)新闻 中心 已经 为 记者 准备有 午餐 和 晚餐…略…

xīnwén zhōngxīn yǐjīng wèi jìzhě zhǔnbèi-yǒu wǔcān hé wǎncān ニュースセンター 既に 記者のために 準備する-YOU 昼食と夕食

(ニュースセンターは記者たちのために既に昼食と夕食を準備してある。)

「行為経験の存在」を表す「V 有」は存在場所が典型的な場所名詞である「対象の存在 様態」と異なり、対象が具体的な場所にある状態で存在していることを表すのではなく、

先行した行為経験の効力が動作主(経験主)という抽象的な場(概念領域)に引き続き存 在していることを表す。(4.72)における合成構造は図4-4に示すことができる。

96

R: 参照点 T: ターゲット D: 支配領域 RP: 結果述語 心的経路 一致

図 4-4. 「鲁迅先生在1926年写有散文《藤野先生》」の合成構造

I型の「V有」と同様に、II型の「V有」にもまず動補構造が想起される。「写(書く)」

は生産動詞であり、元々客体対象が存在しないため、「書く」の概念構造では、対象を虚線 のサークルで示している。 左下の成分構造「写-RP」の時点では、生産物である「散文」

はまだプロファイルされていない。動作主が顕現化されているため、行為のほうに関心が 置かれ、「写(書く)」の表す行為がプロファイル決定子となる。図では太線で囲われる。

また、動作主の明示により、「有」の存在用法ではなく、所有用法がベースになる。この 2 つ成分構造が統合することによって上位の合成構造になる。 目の前に具体的結果状態が残 されていないため、動作主(魯迅先生)が参照点(R)として機能している。そして、タ ーゲット(T)は先行する事態(散文《藤野先生》を書く)によって精緻化されている。

認知主体は参照点である動作主を通して先行する事態へアクセスする。すなわち、II 型の

「V 有」は先行する行為を所有するという仕組みになっている。I 型とは異なり、眼前の 情景を描写する現象文ではない。

D D

写-RP

t

t

T

R

97